テスト、テスト、テスト

Last-modified: 2015-06-11 (木) 21:35:39
140 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/06(日) 01:17 [ 9ishkqw2 ]
テスト、テスト、テスト

1/1
「スコーンはもういいかい? ミルクはどう?」
食べ時を逸したスコーンは冷えゆく。
ミルクは日中の沼地のようにぬるくなっていく。
「もういいの」
彼女は食欲がなかった。
ここ数日、理由のはっきりしない――しかし、その存在を確信している
――不安が胃袋を締めつけていた。
「具合がわるいのかい?」
たしかに、具合が悪いと訴えてもいい気分だ。しかし・・・・・・。
「大丈夫。心配しないで」
彼女はそう答えた。
「・・・・・・明日も<テスト>がある。具合が悪かったら、さぼってもいいから、
そういってくれよ」
「大丈夫。今日はもう寝るね。お休みなさい」
得体の知れぬ罪悪感が纏わり付いていた。大きな嘘をついているような、気がしてならない。
一人になりたくなった。
彼女は、<ご主人>に暇を乞い、その場を辞去することにした。

141 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/06(日) 01:17 [ 9ishkqw2 ]
2/4
「それじゃあ・・・・・・始めるよ」
心拍数が増えていく。冷や汗が顔を滑り降りていく。
<これ>を除けば、日々の生活で、辛いことはなにもなかった。
義務。
<これ>はそういったものらしい。
「第一問、初代アブ板の崩壊は何年?」
「XXXX年」
彼女は即答した。躊躇はなかった。
しかし、不安はあった。正解を答えたという確信がない。
「第二問、CQの失脚は何年?」
「XXXX年」
今のは違ったような気がした。
次は正解を答えられるのだろうか?
「第三問、最初のリハビリセンターの設立は何年?」
「XXXX年」
<ご主人>は、彼女が答えた年号を、素早くメモしていく。
この紙切れに殴り書きされた数列が、彼女の運命を決める。
「第四問・・・・・・」



<ご主人>は、苦い顔で二つの紙切れを、交互に見比べていた。
上から下へ、一番下まで来たらまた上から下へ。
ほとんどまばたきせず、あたかも眼力によって、紙切れに書かれた
数列を変換しようと試みるがごとく。
「・・・・・・前回よりも悪い・・・・・・前々回よりももっと悪い・・・・・・
どんどん悪くなっていく・・・・・・残された・・・・・・」
ときおり、独り言を呟きながら、しつこく紙切れを綿密に読み取る。
やがて、ため息をひとつつき、紙切れをファイルに閉じて、本棚に突っ込んだ。
「・・・・・・」
重苦しい沈黙が、濃霧のようにたちこめた。
「あの・・・・・・どうでした?」
この質問が、数多い<禁忌>のひとつに、片足突っ込んでいることを、
彼女は知っていたが、それでも聞かずにはいられなかった。
「・・・・・・大丈夫だよ。・・・・・・大丈夫、今日はちょっと調子が悪かっただけだ」
自分に言い聞かせるように、<ご主人>は言った。
「お外で遊んでおいで。夕食作ってまっているから」
あえて逆らう理由もない。
いたたまれなさが後押しして、彼女は家の外に出て行った。

142 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/06(日) 01:18 [ 9ishkqw2 ]
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彼女の外出の際の道程は長くは無い。彼女の行動範囲は極めて狭かった。
ほどなく、目的の家にたどりつく。
「こんにちわ!」
軽いノックと呼びかけにより、家の住人である<おばさん>が現れた。
「あら・・・・・・いらっしゃい」
<おばさん>は明らかにやつれていた。彼女もそれを察したが、
しかし、尋ねた。
「OOOOちゃん、いませんか?」
<おばさん>はなかなか答えなかった。
「・・・・・・OOOOはね、ちょっと遠いところにお出かけしているの。
だから、今日は遊んであげられないの。お土産楽しみにしててね」
彼女は、なぜか、もう友達と会えないと思った。
「お邪魔しました」
まだ夕食の時間には早いが、帰るしかなかった。
夜の一人歩きは、恐怖が友となる。
昼の一人歩きは、寂寞とした孤独感が付き従う。
まだ、明るい日差しの中を、彼女は一人歩く。
通りにはだれもいない。なにもない。
遠くからかすかに車のクラクションが聞こえるほかは、
沈黙が空を満たしていた。
しかし、ほどなくして沈黙が破られた。
「あはははは~そらがみどりいろでちょうちょさんがにんじんの
おむこさんにあまいのがいいな~えへへへ~かわいいかわいい
ぞうさんが~おにわでちょこちょこかくれんぼ~
すてきなせかいがまあるいおつきさま~」
意味不明のうわごとを呟きながら、<なにか>が彼女の方に
向かってきた。
おぞましい悪臭を放ち、口元からは涎を垂れ流し、拭こうともしない。
さらにいとわしいことに、便を垂れ流しながら歩いていた。
彼女は恐怖を覚えた。
半分は嫌悪感からなる生理的な、もう半分は得たいの知れない、
根源的な恐怖を。
「ありゃりゃあ~わたちのあかちゃんかわいいあかちゃああ~ん
こんあところにいたでちゅねえ~さがちまちあよおお~
ままはしんぱいしていて、ごはんが、にがくて・・・・・・・・・・・・
ばあああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
<なにか>は彼女を視認すると、一直線に突進してきた。
その形相は二目と見られない、しかし、一度見たら二度と忘れることができない、
狂気と、喜びと、悲しみと、恍惚と、恐怖と、怒りと、その他諸々の感情が
ほとばしりでた、まさに感情の決壊。洪水。崩壊。
<なにか>は、腕の構えから見て、彼女に抱きつこうとしているのか、
はたまた、攻撃的な行為に及ぼうとしているのか、どうにせよ、
速度をまったく落とさずに、それどころか増しながら、彼女目掛けて
駆け寄ってくる。
「あ・・・・・・あ・・・・・・」
動けない。あまりの迫力に圧倒され、腰が抜けてしまっている。

143 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/06(日) 01:19 [ 9ishkqw2 ]
4/4
メキャアッッ!!
なにかが潰れる、嫌悪感をかきたてる音が、鳴り響いた。
続いて、<なにか>の絶叫が轟きわたった。
「ぎいやああああああ!!!!!!!!あじぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」
どこから現れたのか、黒尽くめのものたちが数人、<なにか>を取り囲んでいた。
手に手に、鈍器を持って。
一人が、地べたをのた打ち回っている<なにか>に向かって、鈍器を振り下ろした。
ゴリッ!
「はびゃああああああああンンッッ!!!」
実のところ、最初の一撃で<なにか>の死はすでに不可避のものとなっていた。
肋骨を砕き、肺に突き刺さり、心臓にも損傷を与えていた。
二打目は、<なにか>の頭蓋を破り、脳味噌をかき混ぜた。
注ぎすぎたビールのように、泡立つ脳味噌が<なにか>の頭部から垂れ流れた。
「ぴゃあは・・・・・・ぷぷひゃ・・・・・・みん・・・・・・な・・・なか・・・・・・し・・・・・・ぃ・・・・・・」
<なにか>はしばらくの間、生命の残骸にしがみついていたが、
やがて力尽き、己自身から引き離されて、深淵に沈んでいった。
「○○時、○○分発見及び処分完了しました。これより帰還します」
ひとりがトランシーバーに向かって、いずこかに連絡した。
他の者たちは、<なにか>の死体を鋸でいくつかのパーツに切断し、
それをビニール袋に詰めている。
彼女はそれを、ただ呆然と眺めていた。
ひとりが、作業の手を止め、彼女に声をかけた。
「大丈夫かい? 家は近く? 送っていってあげようか?」
「いえ・・・・・・大丈夫です。ひとりで帰れますから」
「そうかい・・・・・・飼い主はいるんだね?」
「はい・・・・・・」
「・・・・・・できれば、安」
「なにをしている! 早く作業を済ませて帰るぞ! 今日はあと四件もこなさなきゃならないんだ!」
「はっ! 申し訳ございません! ・・・・・・じゃあ、気をつけて帰るんだよ」
黒尽くめのものたちは、現れたときと同様、掻き消えるように立ち去った。
しばらくの間、彼女は、<なにか>がのたうちまわっていたじべたを、みつめていたが、
踵を返して、家路についた。
家には、やさしいご主人と、おいしい夕食が待っている。