140 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/06(日) 01:17 [ 9ishkqw2 ] テスト、テスト、テスト 1/1 「スコーンはもういいかい? ミルクはどう?」 食べ時を逸したスコーンは冷えゆく。 ミルクは日中の沼地のようにぬるくなっていく。 「もういいの」 彼女は食欲がなかった。 ここ数日、理由のはっきりしない――しかし、その存在を確信している ――不安が胃袋を締めつけていた。 「具合がわるいのかい?」 たしかに、具合が悪いと訴えてもいい気分だ。しかし・・・・・・。 「大丈夫。心配しないで」 彼女はそう答えた。 「・・・・・・明日も<テスト>がある。具合が悪かったら、さぼってもいいから、 そういってくれよ」 「大丈夫。今日はもう寝るね。お休みなさい」 得体の知れぬ罪悪感が纏わり付いていた。大きな嘘をついているような、気がしてならない。 一人になりたくなった。 彼女は、<ご主人>に暇を乞い、その場を辞去することにした。 141 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/06(日) 01:17 [ 9ishkqw2 ] 2/4 「それじゃあ・・・・・・始めるよ」 心拍数が増えていく。冷や汗が顔を滑り降りていく。 <これ>を除けば、日々の生活で、辛いことはなにもなかった。 義務。 <これ>はそういったものらしい。 「第一問、初代アブ板の崩壊は何年?」 「XXXX年」 彼女は即答した。躊躇はなかった。 しかし、不安はあった。正解を答えたという確信がない。 「第二問、CQの失脚は何年?」 「XXXX年」 今のは違ったような気がした。 次は正解を答えられるのだろうか? 「第三問、最初のリハビリセンターの設立は何年?」 「XXXX年」 <ご主人>は、彼女が答えた年号を、素早くメモしていく。 この紙切れに殴り書きされた数列が、彼女の運命を決める。 「第四問・・・・・・」 <ご主人>は、苦い顔で二つの紙切れを、交互に見比べていた。 上から下へ、一番下まで来たらまた上から下へ。 ほとんどまばたきせず、あたかも眼力によって、紙切れに書かれた 数列を変換しようと試みるがごとく。 「・・・・・・前回よりも悪い・・・・・・前々回よりももっと悪い・・・・・・ どんどん悪くなっていく・・・・・・残された・・・・・・」 ときおり、独り言を呟きながら、しつこく紙切れを綿密に読み取る。 やがて、ため息をひとつつき、紙切れをファイルに閉じて、本棚に突っ込んだ。 「・・・・・・」 重苦しい沈黙が、濃霧のようにたちこめた。 「あの・・・・・・どうでした?」 この質問が、数多い<禁忌>のひとつに、片足突っ込んでいることを、 彼女は知っていたが、それでも聞かずにはいられなかった。 「・・・・・・大丈夫だよ。・・・・・・大丈夫、今日はちょっと調子が悪かっただけだ」 自分に言い聞かせるように、<ご主人>は言った。 「お外で遊んでおいで。夕食作ってまっているから」 あえて逆らう理由もない。 いたたまれなさが後押しして、彼女は家の外に出て行った。 142 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/06(日) 01:18 [ 9ishkqw2 ] 3/4 彼女の外出の際の道程は長くは無い。彼女の行動範囲は極めて狭かった。 ほどなく、目的の家にたどりつく。 「こんにちわ!」 軽いノックと呼びかけにより、家の住人である<おばさん>が現れた。 「あら・・・・・・いらっしゃい」 <おばさん>は明らかにやつれていた。彼女もそれを察したが、 しかし、尋ねた。 「OOOOちゃん、いませんか?」 <おばさん>はなかなか答えなかった。 「・・・・・・OOOOはね、ちょっと遠いところにお出かけしているの。 だから、今日は遊んであげられないの。お土産楽しみにしててね」 彼女は、なぜか、もう友達と会えないと思った。 「お邪魔しました」 まだ夕食の時間には早いが、帰るしかなかった。 夜の一人歩きは、恐怖が友となる。 昼の一人歩きは、寂寞とした孤独感が付き従う。 まだ、明るい日差しの中を、彼女は一人歩く。 通りにはだれもいない。なにもない。 遠くからかすかに車のクラクションが聞こえるほかは、 沈黙が空を満たしていた。 しかし、ほどなくして沈黙が破られた。 「あはははは~そらがみどりいろでちょうちょさんがにんじんの おむこさんにあまいのがいいな~えへへへ~かわいいかわいい ぞうさんが~おにわでちょこちょこかくれんぼ~ すてきなせかいがまあるいおつきさま~」 意味不明のうわごとを呟きながら、<なにか>が彼女の方に 向かってきた。 おぞましい悪臭を放ち、口元からは涎を垂れ流し、拭こうともしない。 さらにいとわしいことに、便を垂れ流しながら歩いていた。 彼女は恐怖を覚えた。 半分は嫌悪感からなる生理的な、もう半分は得たいの知れない、 根源的な恐怖を。 「ありゃりゃあ~わたちのあかちゃんかわいいあかちゃああ~ん こんあところにいたでちゅねえ~さがちまちあよおお~ ままはしんぱいしていて、ごはんが、にがくて・・・・・・・・・・・・ ばあああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」 <なにか>は彼女を視認すると、一直線に突進してきた。 その形相は二目と見られない、しかし、一度見たら二度と忘れることができない、 狂気と、喜びと、悲しみと、恍惚と、恐怖と、怒りと、その他諸々の感情が ほとばしりでた、まさに感情の決壊。洪水。崩壊。 <なにか>は、腕の構えから見て、彼女に抱きつこうとしているのか、 はたまた、攻撃的な行為に及ぼうとしているのか、どうにせよ、 速度をまったく落とさずに、それどころか増しながら、彼女目掛けて 駆け寄ってくる。 「あ・・・・・・あ・・・・・・」 動けない。あまりの迫力に圧倒され、腰が抜けてしまっている。 143 名前: 疫病吐き(do16r4Uw) 投稿日: 2003/04/06(日) 01:19 [ 9ishkqw2 ] 4/4 メキャアッッ!! なにかが潰れる、嫌悪感をかきたてる音が、鳴り響いた。 続いて、<なにか>の絶叫が轟きわたった。 「ぎいやああああああ!!!!!!!!あじぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」 どこから現れたのか、黒尽くめのものたちが数人、<なにか>を取り囲んでいた。 手に手に、鈍器を持って。 一人が、地べたをのた打ち回っている<なにか>に向かって、鈍器を振り下ろした。 ゴリッ! 「はびゃああああああああンンッッ!!!」 実のところ、最初の一撃で<なにか>の死はすでに不可避のものとなっていた。 肋骨を砕き、肺に突き刺さり、心臓にも損傷を与えていた。 二打目は、<なにか>の頭蓋を破り、脳味噌をかき混ぜた。 注ぎすぎたビールのように、泡立つ脳味噌が<なにか>の頭部から垂れ流れた。 「ぴゃあは・・・・・・ぷぷひゃ・・・・・・みん・・・・・・な・・・なか・・・・・・し・・・・・・ぃ・・・・・・」 <なにか>はしばらくの間、生命の残骸にしがみついていたが、 やがて力尽き、己自身から引き離されて、深淵に沈んでいった。 「○○時、○○分発見及び処分完了しました。これより帰還します」 ひとりがトランシーバーに向かって、いずこかに連絡した。 他の者たちは、<なにか>の死体を鋸でいくつかのパーツに切断し、 それをビニール袋に詰めている。 彼女はそれを、ただ呆然と眺めていた。 ひとりが、作業の手を止め、彼女に声をかけた。 「大丈夫かい? 家は近く? 送っていってあげようか?」 「いえ・・・・・・大丈夫です。ひとりで帰れますから」 「そうかい・・・・・・飼い主はいるんだね?」 「はい・・・・・・」 「・・・・・・できれば、安」 「なにをしている! 早く作業を済ませて帰るぞ! 今日はあと四件もこなさなきゃならないんだ!」 「はっ! 申し訳ございません! ・・・・・・じゃあ、気をつけて帰るんだよ」 黒尽くめのものたちは、現れたときと同様、掻き消えるように立ち去った。 しばらくの間、彼女は、<なにか>がのたうちまわっていたじべたを、みつめていたが、 踵を返して、家路についた。 家には、やさしいご主人と、おいしい夕食が待っている。