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420 名前: ◆wG7.ZCeCNU 投稿日:2005/07/24(日) 22:28:39 [ yW.NbqWE ] = ローゼンイェーガー = ~ 第二章 ~ 背 景 1.誕生 AA大陸の一角、この地域に2つの主権国家が存在していた。 広大な面積を占め、豊富な各種資源を有する超大国 「マターリ共和国」と、周囲を山岳地帯に囲まれた地域に存在する「モナー帝国」である。 マターリ共和国は、いち早く「侵略戦争の放棄」「全種族に対する法の下の平等」を国是し、平和国家として全世界の市民から賞賛を受けると同時に、各国家において模範とされるような国家であった。 それ故に、AA大陸の国家連合体であるAA国家連合においても、多大な影響力を有し、結果として、かなりの発言権を有する国家であった。 しかしながら、その高福祉社会を維持するために多大な負担を国民に強いることになり、近年では高齢化社会になるにつれて経済成長率も低迷、活力を失ったマターリ共和国は国の老朽化が着々と進行しつつあった・・・。 だが、マターリ共和国、そしてAA大陸全土を後に揺るがすことになる人物が、この世に生を受けることになる。 とある しぃ族の両親の間に産まれた15番目の子供で、両親はその赤ん坊に「ハニャール」と言う名を付けた。 当時、すでに種別間の差別を撤廃したはずのマターリ共和国であったが、それは法律上に限ったことであり、世間的には幾つかの種族間の差別は存在していた。しぃ族に対する差別も、その1つである。 近年マターリ共和国に流入してきた しぃ族移民は、膨大な数になっていた。 しかも、その大半が初歩的な教育すら受けていない状態であったため、労働力として需要の高い(つまり給与の多い)職種には就けず、国内で小作農や単純労働の職に就かざるを得なかった。 故に、彼らは貧しく、他の種族からは教養の無い者達として様々な差別を受けていた。ハニャールの両親も、しぃ族であるが故の様々な差別を受けていた。 モナー族やモララー族に家畜のように扱き使われる両親。そして、時には商品として売られていく兄弟達・・・。その環境がハニャールの心に何らかの固い決意を植え付ける事となった。 やがて、生活に困っていた彼の両親は彼らの15番目の子供も商品として売らざるを得なくなった。 だが、彼女は幸運だった。なぜなら、彼女が売られたのは奴隷を欲する地主や資本家でもなく、売春業者でもない、とある老夫婦であったからである。 その老夫婦はギコ族の夫婦であり、病死した彼らの息子の代わりとして、ハニャールを彼ら夫婦・・・シードラー家の養女としてむかえたのである。 そのため、ハニャールは しぃ族としては希有の経験を積むことになる。そう、彼女は高度な教育を受ける機会を与えられたのである。 ハニャールは、シードラー夫婦の期待に応えるべく必死であった。なぜなら、シードラー夫婦の期待に応えられなかった場合、またあの地獄の日々に戻される・・・。その強迫観念にハニャールは常に晒されていたからである。 結果として、ハニャールは常にトップクラスの成績を維持したまま、共和国随一の教育レベルを誇る大学へ進学し、常にトップを維持したまま主席で卒業するに至った。当然、しぃ族としては初の快挙であった。 そして、大学院に進学し経済に関する研究を行っていたハニャールは、大学院卒業後、シードラー夫婦の所有する企業の一つを貰い受け、自らの研究の成果を実践することになった。 そしてその結果は、大成功を納め、企業の業績が飛躍的に伸びたのであった。 421 名前: ◆wG7.ZCeCNU 投稿日:2005/07/24(日) 22:29:26 [ yW.NbqWE ] ハニャール・シードラーの考え出した理論とは、「しぃ族中心の企業システムの構築」であった。 まず、ハニャールは しぃ族が他のAA種族とは異なる一生を過ごすことに着目した。 従来のAA種族では大雑把に、生誕後に未成熟な状態から20年近くかけて成長し、その後20年間で労働力として社会に貢献、その後に老いていく・・・というのが、基本的な一生のスタイルになる。 しかし、しぃ族は、まず成人への成長が非常に早く、誕生後5年ないし6年ほどで成長し、労働力として社会に貢献、そしておよそ40年で寿命をむかえるのである。 すなわち、縦軸を能力、横軸を年齢にしたグラフで表せば、しぃ族の場合、他のAA種族と比較すると、まず誕生後5~6年で急な右肩上がりの成長を示し、ピークを迎えた後、40年ぐらいで急激に低下するのである。 この しぃ族独特の一生により短期間で労働力として使用でき、かつ老いることなく死亡するため老後のケアにかかるコストが削減できる・・・その点をハニャールは活用したのである。 しかも、個体数も繁殖能力も高いため、常に豊富な労働力を得る事が出来るのも大きな魅力であった。 「しぃ族が労働力として使えないのは、高度な教育を受けていないからだ。」自らの生い立ちでそのことを実感していたハニャールは、私財を注ぎ込んで しぃ族専用の教育機関を創設し、誕生したばかりのベビしぃを集め教育を施した後、5~6年で成長した彼女らを自分の会社で優先的に雇い、生産ラインに送り労働力として活用したのである。 まさに、従業員の「ゆりかごから墓場まで」をハニャールの企業で保証したのである。 当初、世代交代によって発生するノウハウの消失が懸念されたが、蓄積したノウハウをマニュアル化する事で次の世代の労働者に託すことにより、ハニャールの示した経営理論はさらに洗練され、多くの資本家から注目するようになった。 当時は、「たかが しぃ族ごときが・・・」と冷ややかに見守っていた彼らも、ハニャールの企業が急速に成長する様を見て、直ちにハニャールに習うことにしたのである。偏見に拘り、儲ける機会を損なうほど、彼らは愚かではなかったからである。 こうして、ハニャールの学校で教育を受けられた多くの しぃ族は、奴隷としてでは無く、労働者として社会に貢献できるようになったのである。 始めは、工場の生産ラインでの単純作業が多かったが、後に高度な技術を要する産業にも進出を始め、一財産を築いた しぃ族も現れるようになった。 ハニャールの成功は、しぃ族移民の地位を大幅に向上させた。そのため、彼女はしぃ族の救世主として賞賛を浴びることになる。 だが、その一方でしぃ族中心の企業システムに移行するために他のAA種族に対する解雇が相次いだため、多くのAA達が職を失い、しぃ族とその他のAA種族との間の溝も深くなりつつあった。 やがて、シードラー夫婦が亡くなり、その膨大な遺産を相続したハニャールは、その資産を基盤に政治の世界に足を踏み入れることになる。 政治家としてのスタートは順調であった。初めての選挙で、しぃ族からの大量の票を獲得した彼女は、2位以下に大きく差をつけてトップ当選を果たしたのである。 また、シードラーの支持者は しぃ族だけではなかった。彼女の企業家としての手腕に目を付けた政治家達は、停滞の続くマターリ共和国の経済建て直しの為の起爆剤として、彼女の見識と手腕を必要としていたのである。 彼女はこれまでの実績を背景に、しぃ族を中心に置いた社会システムの確立に全力を尽くした。そして、マターリ共和国の経済は急速に回復していったのである。 シードラーの掲げた経済再建5カ年計画により、多くの しぃ族を中産階級へと押し上げ、 しぃ族による消費の拡大が経済を活性化する起爆剤となり、当初の目標を僅か3年で達成するほどの勢いとなった。 また、政治の世界においても、これまでのマターリ共和国政治の老害の元といわれていたモナー・モララー族中心であった長老議員から、若く活発な しぃ族の議員へと世代交代が急速に進んでいった。 こうして、政治・経済の分野において しぃ族が続々と進出する事になり、それに伴いシードラーの権力も着々と強化されるようになった。議会内部において、しぃ族を中心としたシードラー派の議席は、選挙を重ねるに連れ次第に増加し、ついには過半数を占めるに至った。 こうして彼女はマターリ共和国の首相となったのである。 422 名前: ◆wG7.ZCeCNU 投稿日:2005/07/24(日) 22:30:31 [ yW.NbqWE ] さらに、その直後に行われた任期満了に伴う大統領選挙において、しぃ族からはもちろんのこと、他のAA族からも絶大な支持を受けたシードラーは、再選を目論む現大統領に圧倒的な差をつけて大統領に就任した。 こうして、首相と大統領。これまで法によって明文化はされていなかったが、誰一人として兼任されることの無かった行政と立法の長の職が、ハニャール・シードラーという1つの人格によって兼任されることになったのである。 多少騒がしい世の中にはなったものの、以前の停滞しきった重苦しい雰囲気よりはマシと考えていた多くの人々は、喝采を上げていた。・・・この状況が後に何をもたらすかも知らず・・・。 シードラーは大統領就任直後で、驚くべき事を宣言した。 「これまでのマターリ共和国の停滞は、長老議員が自らの権力を維持するため現状の維持を望み、改革を怠った結果である。また、彼らによって構築された議会制民主主義もそれに貢献しているものである。」 彼女は、議会制民主主義ではその意志決定の遅さから、今の激動の時代に対応できない事を述べ、こう続けたのである。 「これからは、優れた指導者と優れた国民とが一致団結していく必要がある。それこそが、これからのマターリ共和国を発展させる為に、私ことハニャール・シードラーが成さねばならないことである。」 そして、この宣言の後に開かれた議会で2つの法案が可決されることになった。 『大統領への全権委任特別法』及び『国家秩序維持法』である。 大統領への全権委任特別法とは、大統領であるシードラーに行政・立法の面でフリーハンドの裁量権を与えることであった。これにより、シードラーは自らが作った法律を自らの権限で執行することが出来るようになったのである。 発足当時は、国家経済再建のためという名目で3ヶ年の期限付きではあったが、これがシードラーによって近日中に改正されるのは明白であった。 議会の存在を無にするこの法律は、当然議会からの反発を受けていた。しかし、シードラー派は、これまでの議会に辟易していた国民の強い支持を背景に、これを強引に可決させたのである。 国家秩序維持法は、警察力を強化し国家の秩序を乱す者に対する処罰を強化させたものであった。 「国家の発展を阻害する犯罪者の取り締まりを強化する」という名目で施行されたこの法律により、これまで様々な「事情」によって逮捕されなかった汚職官僚や悪事を働いた権力者達が続々と逮捕された。 その他の犯罪者への取り締まりも強化され、悪化傾向にあったマターリ共和国の治安レベルも劇的な向上を示すようになった。 当時のマターリ共和国国民にとって、シードラーはマターリ共和国の救世主であった。やがて、「シードラー大統領に任せればすべて上手くいく。」という信仰に近い考えが蔓延するようになった・・・ やがて、その信仰が自らの首を絞めることになるとは夢にも思わずに・・・ 423 名前: ◆wG7.ZCeCNU 投稿日:2005/07/24(日) 22:31:16 [ yW.NbqWE ] 2.変質 シードラー大統領による新体制は、マターリ共和国を劇的に変化させていた。 次々に政策を打ち出しては、即座に実行に移し、汚職や犯罪を許さず、清貧と精励を尊び、浪費と怠惰を憎む社会を作り出していた。 だが、そんなマターリ共和国にも問題があった・・・。しぃ族に職を奪われたAA達が住む場所を失い、街中にたむろするようになったのである。 マターリ共和国政府は、彼らに対し食糧配給や宿泊所の提供などの福祉サービスを行っていたが、浮浪AAは続々と増える一方であり、それに伴い各種福祉事業の予算額も増加していく一方であった。 さらに、マターリ共和国にはAA大陸随一を誇る技術と設備を備えたマターリ共和国国立リハビリセンターがあり、「でぃ化」と呼ばれる精神・身体障害AAの治療においては大陸一の実力を有していたが、このリハビリセンターの維持・運営にも莫大な費用がかかっていたのである。 働かざる者、国家に貢献できない者達が、国家の資産を食いつぶす・・・。それは、シードラーにとって、絶対に許されざることであった。 こうして、シードラーが掲げた次の政策は、マターリ共和国全土を揺るがすことになる。 「過度の福祉政策は、国家に何ら貢献することもなく、ただ国家の資産を貪り食う者共達を増長させるだけである!我々は、我がマターリ共和国食いつぶす害虫共を放置するわけにはいかないのである!」 こうして、マターリ共和国の福祉政策は大幅に縮小されることになり、マターリ共和国国立リハビリセンターは廃止され、国立シードラー病院と名前を変えることとなった。 さらに、街中の浮浪AAに対して「街の美観を損ね、治安を悪化させる原因」として、徹底した浮浪AA狩りを実施したのである。 この苛烈な政策は、これまでシードラーを救世主と称えていた多くのAA達-特に、しぃ族以外のAA-を恐怖のどん底に叩き落とした。 ただでさえ、しぃ族に職を奪われ続けている状況下において、警察に追い立てられトラックに詰め込まれる哀れな浮浪AA達の姿は、明日の自分の姿かもしれないのである・・・。 恐怖におののく彼らに、さらに追い打ちをかける事態が発生した。 「優れた指導者と優れた国民とが一致団結していくために、模範となる優良な国民を選出し、彼らの指導の下で祖国の発展に全力を尽くす。」 この宣言により、国民の中から貴族階級が構成されることとなり、彼らには『国民を指導するために必要な権限』として、様々な特権が与えられたのである。 しかしながら、『模範となる優良な国民』の選出はシードラーの独断で行われたため、シードラー政権に貢献した者達が貴族に任命されるのがほとんどだった。そして、しぃ族以外のAAが貴族になることは非常に稀なことであった。 その一方で、シードラーとその一派によってマターリ共和国が変質していくのを懸命に防ごうとしていた勢力も存在していた。モララー・モナー族議員による共和主義派の議員達である。 彼らは、シードラー政権発足時は、旧体制派として国民の支持を失っていた。 しかしながら、シードラー一派によってマターリ共和国が次々と変えられていく内に、彼らは古き良き祖国を守る最後の砦として、国民の支持(特に しぃ族以外のAA種族から)を取り戻しつつあった。 当初、シードラー政権は彼らの存在を取るに足らない物として無視していたが、彼らが国民の支持を取り戻しつつ、次第に勢力を回復させていくにつれて、彼らの存在を危険視するようになった。 424 名前: ◆wG7.ZCeCNU 投稿日:2005/07/24(日) 22:32:07 [ yW.NbqWE ] そして、マターリ共和国は最大にして最悪の変化を遂げることになる・・・。 それは、議会におけるシードラーの演説から始まった。 「近年、我が国内において国家と国民の団結を阻害し、国家に混乱をもたらす勢力が存在する!」 その言葉から始まった演説の内容は、これまでになく苛烈なものとなった。 第一に、モララー・モナー族議員による共和主義派を、国家に反逆する不良分子として、彼らの政治活動を永久的に禁止。 第二に、『優れた指導者による政治指導をスムーズに政策に反映させるため』に、議会の活動を無期限で停止し、代わりに大統領を中心とする「大統領府」を設け、立法・行政を司る機関とすること。 そして、最後に「国家に混乱をもたらす反乱分子摘発」を専門に行う機関として『秩序維持保安管理局』の設立。 特に、最後の秩序維持保安管理局については、「優秀な国民」すなわち貴族のみで構成されており、反乱分子の摘発・処分において、非常に大きな裁量権を与えられていた。 そして、その日から秩序維持保安管理局による大規模な反乱分子狩りが始まった。 『法律によらず、優れた国民である秩序維持保安管理局員の主体的な判断』にとって、多くのAA達が逮捕され、ある者は投獄され、またある者はその場で処刑された。当然のことながら、裁判等は全く行われなかった・・・。 ここで、一例を挙げておこう・・・ 某所で金融業を営むモララー族の男は、ある朝に秩序維持保安管理局の職員によって逮捕され、弁明の機会も与えられぬまま即座に処刑された。 その職員は、モララー族の男に多額の金を借りており、その職員曰く・・・ 「貴族として国家に奉仕する私に金銭を無償で提供せず、それどころか高額な利子を請求してきた。これは、国家に対する重大な反逆行為として、処刑と財産の押収に値すると判断し、即座に執行を行った。」 そして、その職員はモララー族の男の屋敷を始めとするすべての財産を手中に収めた。(もっとも、名目上は国家財産として押収したわけであるが、『押収』した財産を過小に報告し、大半を自分の懐に収めていたことは言うまでもない。) このようなことが、マターリ共和国全土で行われたのである。 秩序維持保安管理局発足後、1ヶ月でマターリ共和国全人口の5%程のAA達が拘束され、半数が処刑、残りは強制収容所に移された。 その大半はモララー族・モナー族であり、しぃ族はほとんど含まれていなかった。 多くの非しぃ族AAは、身の危険を感じ国外への逃亡を図り、さらに多くのAA達が命を失うことになった。 こうして、マターリ共和国は、シードラー政権による独裁国家へと変わってしまった。 そこには、『全種族に対する法の下の平等』の下、すべてのAA種族が平和的に暮らしていたかつてのマターリ共和国の面影は、もはや存在しない・・・。 = 続く =
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