一期一会 -朝のお散歩-

Last-modified: 2015-06-25 (木) 22:49:33
537 名前:樹氷 ◆DARK.45KBw 投稿日:2006/03/25(土) 16:31:58 [ 1N1Zp.o6 ]
01/08

               一期一会 -朝のお散歩-


 ごく一般的な、アパートの一室。その、狭いけれど綺麗に整頓された、
居心地の良さそうな部屋に、銀色の毛をしたアヒャ種の仔が、一人で住んでいます。
 その仔の名は、アーヒャレスト。人間で言うと、12,3歳くらいです。
 アーヒャレストは何時も、朝は6時の3分前に起きますから、今日も、何時もと
同じに、6時の3分前に起きました。早寝早起きがモットーなのです。
 アラームが鳴る前に目覚し時計を止めてから、アーヒャレストはベッドからもぞもぞと
出てきます。そして、顔を洗って、ご自慢の真っ白な牙も、歯ブラシで丁寧に磨き、
それからごはんを食べて服を着替え、大好きな出刃包丁をお手製の鞘に収めると、
朝の散歩に出かけます。雨の日だって、風の日だって、雪の日だって必ず出かけるので、
もちろん今日も、いつもと同じように出かけます。きちんと戸締りを確認してから、
お気に入りの黒いスニーカーを履いて、出発します。

 アーヒャレストは、自分の住んでいる町を散歩するのが大好きです。
だから、いつも好きな歌を歌います。いつも歌っているので、とても上手になりました。
今日は晴れているので、晴れた日にぴったりの歌を、歌うことにしました。
「アヒャ~、アヒャヒャ~……さいたまたいよう、しずんだあとは~♪
 アヒャ~、アヒャ~、アヒャ~……さいたまさいたま、どこへゆく~♪」
さいたまが聴いたら、喜びそうな歌です。晴れている日はいつもこの歌なので、
晴れている日は、アーヒャレストのアパートの近所で、さいたまという言葉に反応して
早起きするさいたまが、何時もよりほんのちょっと増えます。さいたまがたくさん集まると
大合唱になる事もよくありますので、近所の他のAA達も早起きするようになります。
とても健康的です。

538 名前:樹氷 ◆DARK.45KBw 投稿日:2006/03/25(土) 16:32:25 [ 1N1Zp.o6 ]
02/08

「アヒャ~、さいたま~の、たいよ……アヒャ?」
 仕事に向かうAA達で賑やかになってきた散歩コースを、暫く行進していた
アーヒャレストでしたが、ふと、大きな交差点に架かる歩道橋の、階段の前に何かを見つけ、
歌うのをやめて、立ち止まりました。後ろを歩いていたモナーが、ちょっと文句を言いながら
追い越してゆきましたが、あまり気にしませんでした。
 アーヒャレストが見つけたのは、大きなトランクを持って、困った顔をしながら階段の上を
見上げている、一人の、しぃ種のおばぁさんでした。
 みんな忙しそうで、そのおばあさんしぃに気付くAAは、一人もいませんでした。
ですから、アーヒャレストは、おばあさんしぃに急いで近づき、声をかけてあげました。
「アッヒャ~……何か困ってるアヒャか?」
「エエ、荷物ガ多クテ、階段ヲ登レナイノ...」
おばあさんしぃは、やっぱり、困っていたようです。何時も、アーヒャレストは、
困っている人が居たら助けてあげます。だから、今日もそうします。
 お年寄りが、このいくつもの車線がある、広い交差点を渡るのはとても危ないので、
どうしてもこの歩道橋を渡らなければなりません。アーヒャレストは、それを
よく知っているので、おばあさんしぃのトランクを持ってあげる事にしました。

539 名前:樹氷 ◆DARK.45KBw 投稿日:2006/03/25(土) 16:32:51 [ 1N1Zp.o6 ]
03/08

「オレが手伝ってあげるアヒャ!」
アーヒャレストが元気よくそう言うと、おばあさんしぃは、嬉しそうに
しわだらけの顔を綻ばせ、元から曲がっている腰をもっと曲げて、お礼を言ってくれました。
そして、大きなトランクをアーヒャレストへ手渡しました。
 アーヒャレストは、トランクを受け取って担ぎ上げると、階段を登ります。
「これ、結構、重いアヒャな……」
おばあさんの持っていた荷物は、とても重たくて、階段を上るのが少し大変でしたが、
それでも一所懸命頑張って、一番上まで登りきりました。段は、全部で36段ありました。
おばあさんしぃも、後から、ゆっくり、杖をつきながら登ってきました。

「ア、アヒャ……やっと、着いた……」
「フゥ...重タイノニゴメンナサイ、アリガトウネ、ボウヤ」
アーヒャレストがトランクを下ろし、膝に手をついて深呼吸していると、おばあさんしぃが、
もう一度、さっきよりもっと丁寧に、お礼を言ってくれました。アーヒャレストは顔をあげて、
嬉しそうに、そしてちょっぴり照れくさそうに、飛び切りの笑顔を返しました。
重いトランクを持って階段を上り、疲れていたのが、綺麗さっぱり無くなったような
気分でしたから、何時もよりずっと、素敵な笑顔ができました。

540 名前:樹氷 ◆DARK.45KBw 投稿日:2006/03/25(土) 16:33:14 [ 1N1Zp.o6 ]
04/08

 アーヒャレストとおばあさんしぃは、一緒に、ゆっくりと、頑張って登った歩道橋を
歩きました。おばあさんしぃは、アーヒャレストに、モウイイヨ、と言ってくれたのですが、
アーヒャレストは、まだ、降りるときも手伝いたいので、一緒についていく事にしたのです。
 アーヒャレストは、中途半端が嫌いです。ですから、中途半端におばあさんしぃを置き去りに
するより、散歩道を外れても、着いていくほうが、ずっとずっと良いと思ったのです。
「降りるのも、手伝うアヒャよ」
アーヒャレストがそう言うと、おばあさんしぃは、三回目のお礼を言ってくれました。
 朝は忙しいので、歩道橋を渡っているAAは、二人っきりしか、いませんでした。

 いくら、広い道に架かる歩道橋でも、そんなに長くありませんから、向こう側には、
すぐにたどり着きました。下りの階段の前で、アーヒャレストは、キャスターでころころ
転がしていたトランクを、よいしょ、とさっきのように担ぎなおします。
「本当ニ助カルワ...何ダカ、ココマデシテモラウト、少シ悪イワネェ...」
お礼は、もう沢山言ったので、おばあさんしぃは、今度は少しだけ申し訳なさそうに
苦笑いをして、重いトランクを笑顔で担ぐアーヒャレストへと、そう言いました。
「構わないアヒャ、お年寄りには親切にしなきゃいけないと、誰かが言っていたアヒャ。
 それに、降りるときは登るときより、危ないらしいから、アヒャ」
アーヒャレストは、短い銀色の毛並みを、照れくさそうにグシャグシャしながらそう言うと、
もう、杖をつきながら階段を降り始めていた、おばあさんしぃの背中を、ドン、と押しました。

541 名前:樹氷 ◆DARK.45KBw 投稿日:2006/03/25(土) 16:33:53 [ 1N1Zp.o6 ]
05/08

「...エ? ...ハ、ハニャ、ハ....シ、シギィィィィィィィィッ!!」
おばあさんしぃは、ちょっと驚いた顔をして、ふらっ、とよろけたかと思えば、
何度も頭や身体を段にぶつけて、ゴツン、ゴン、と良い音を立てながら、36段の階段を
まっ逆さまに転げ落ちてゆき、最後に、下の地面に頭をぶつけて、一番いい音を出してから、
右手と左足、それから首をおかしな方向に曲げて、ようやく止まりました。
 アーヒャレストは、その光景を、嬉しそうに眺めていました。道に倒れたおばあさんしぃの
頭から、赤いどろっとした血がたくさん、流れ出してきました。
 近くを通った仕事に向かう途中のスーツ姿のAA達が、おばあさんの姿を見たとたんに、
自分が何処に行こうと思っていたのかも忘れて、立ち止まりました。時々、後ろからきた人に
押されて、よろけたり、地面に手をつくAAも居ました。
 そして、少しだけ、歩道橋の下の足音と話し声が、少なくなりました。
 けれど、その代わり、ガナーやしぃなど、女性のAAが何人か、悲鳴をあげたので、
騒がしさは、あまり変わらりませんでした。

 濃い灰色のスーツを着たモララーが、おばあさんしぃに近寄り、変な方向に曲がってしまった
その首に向かって、何か話し掛けますが、おばあさんしぃは、このモララーが嫌いなのか、
答えようとしません。頭から、赤い血をドロドロと流すだけです。
 おばあさんしぃの目が、魚屋さんで売られている、美味しい魚の目のようになってゆきました。

542 名前:樹氷 ◆DARK.45KBw 投稿日:2006/03/25(土) 16:34:18 [ 1N1Zp.o6 ]
06/08

「アーッヒャッヒャッヒャァーッ!登るときしんどそうだったアヒャから、下りはもっと
 楽をさせてあげたかったアヒャよ、早く降りれて良かったアヒャァーッヒャッヒャッ!」
アーヒャレストが、下で一生懸命、動かないおばあさんしぃに話し掛けているモララーの声や、
ガナーやしぃの悲鳴に負けないように、元気一杯の大声で、そしてとても嬉しそうに叫びました。
 おばあさんしぃは、折角、親切に荷物を運んでくれたアーヒャレストの声にも
答えませんでしたが、アーヒャレストは、そんな事は全然気にしませんでした。
「アヒャーッ、ヒャッヒャッ!じゃ、荷物返すアヒャ、ちゃんと受け取って欲しいアヒャ」
そして、大きなトランクを、力一杯、おばあさんしぃの方に投げました。

トランクは階段の上をひゅー、と飛んでゆき、おばあさんしぃの傍にしゃがんで、今は
アーヒャレストの方をぽかんと見ていた、灰色スーツのモララーの顔に当たりました。
そして、ちゃんと跳ね返って、おばあさんのおなかの上に、ドスンと落ちました。
おばあさんのおなかが破れて、中から、真っ赤な太いミミズみたいな内臓が、
血と一緒に元気よく、にゅるっと飛び出してきました。
 もちろん、重いトランクが当たったモララーの顔からも、たくさん血が噴き出します。
一緒に、目玉も片方飛び出して、赤いヌメヌメした紐で繋がったまま、風変わりな
アクセサリの様にぶら下がり、モララーがヒクッ、ヒクッと痙攣するたびに、
ゆらゆらと、のんびり揺れていました。
「アヒャーッ、ヒャッヒャッ!ちょっと外れたアヒャ、でも、ちゃんと届いたアヒャな!
 それじゃあ、ばいばいアヒャ、アヒャはお散歩の途中だから、もう行くアヒャ。
 また困ったことがあったら、言って欲しいアヒャ、いつでも力になるからァーッヒャッヒャ!」
アーヒャレストは、手を降りながら、くるりと回れ右して、いつもの散歩コースに戻るために、
ぽかんとしている沢山のAA達を残して、来た道を戻り始めました。

「アヒャ~、さいたま~の、太陽は~♪……アヒャ~、アヒャ~、何処えぁアーッヒャアッ!!」

543 名前:樹氷 ◆DARK.45KBw 投稿日:2006/03/25(土) 16:34:43 [ 1N1Zp.o6 ]
07/08

 しばらく、目玉をゆらゆら揺らすのに夢中になっていたモララーが、もう動かない
おばあさんしぃの上に、どさっ、と音を立てて倒れました。その時にかかった力で、
おばあさんしぃのおなかの中から、もっと沢山の内臓がにゅるにゅると飛び出し、
もう一度トランクの角に、今度はおなかをぶつけたモララーの口からは、朝、お嫁さんが
作ってくれた、愛情の篭った美味しい朝ごはんが、ちょっと汁っぽくなってドバドバと
出てきました。それからもう少しの間、モララーはヒクヒクしていましたが、とうとう、
ヒクヒクするのに疲れたのか、動かなくなってしまいました。

「……あ、AA殺し?」
「AA殺しモナ……」
「二人も……」
「ト...通リ魔ヨ!」
 しばらく、ぽー、っとしていた周りのAA達が、あっちこっち走り回って騒ぎ始めたのは、
モララーが動かなくなってしばらく経ち、血と朝ごはんが、たっぷり、地面に広がった後でした。

 アーヒャレストが、道路の向こう側のAA達に紛れて、すっかり見えなくなった後でした。

544 名前:樹氷 ◆DARK.45KBw 投稿日:2006/03/25(土) 16:35:43 [ 1N1Zp.o6 ]
08/08

 アーヒャレストは、いつもの散歩コースに戻って、歌の続きを歌いながら歩きました。
お昼までに、隣の区にあるいつも行っている店に着かなければ、ランチ限定の
チャーハン定食が終わってしまうので、少し、何時もより早足でした。
 けれどアーヒャレストは、自分がこうして急がなければならないのは、おばあさんしぃの
せいだなんて、少しも思いませんでした。おばあさんが喜んで、何度もお礼を言ってくれて
とても嬉しかったのに、今更そんな事を思うのは、とても失礼な事だと思ったからです。
だから、ご機嫌に歌いながら、早足で、長い道のりを歩き続けました。
「アヒャ~、アヒャヒャ~……さいたまたいよう、しずんだあとは~♪
 アヒャ~、アヒャ~、アヒャ~……さいたまさいたま、どこへゆく~……」

 其の仔の名は、アーヒャレスト。散歩と、歌と、親切と、チャーハン定食と、
遊ぶのが大好きな、12,3歳の、アヒャ種の仔です。


                 -朝のお散歩 おわり-


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トリップ変えました。