一秒間

Last-modified: 2015-06-19 (金) 00:21:22
804 名前: 一秒間(1/7) 投稿日: 2003/08/31(日) 16:02 [ 4jEtAS3g ]
俺はゆっくりとしぃの心臓にナイフを突き立てた。
冷たい金属の切っ先が奴の皮膚を切り裂き始めた
この瞬間をもって0.00秒と設定しよう。

805 名前: 一秒間(2/7) 投稿日: 2003/08/31(日) 16:03 [ 4jEtAS3g ]
〈0.22秒後〉
「シ

俺は何故しぃを虐殺するのだろうか?
或いはこの名も無きしぃの心臓にナイフを突き立てることさえ
この世に生を受けたときから決定付けられていた運命なのだろうか?

「運命」などというものが本当に存在するかどうかさえ怪しいものだが、
仮に上記の説を肯定するなら、俺はこの世に生を受けたときから
このしぃと何らかの因果的な交わりを持っていたことになる。
それはしぃを憎みしぃを殺すことを生きがいとしている俺にとっては屈辱的なことだ。
この論理では、しぃを俺が殺すのは俺の選択したことではなく
しぃ自身が選択したことであるとも言えるからだ。

誇り高き虐殺モララーを自称する俺にとっては、いかにオカルト的な世界観の上でも
糞虫と同列に扱われるのは耐え難い。
よって、この論理をこれ以上展開するのはやめることにする。

806 名前: 一秒間(3/7) 投稿日: 2003/08/31(日) 16:04 [ 4jEtAS3g ]
〈0.38秒後〉
「シィィ

運命などという概念が初めから存在せず、
我々の世界はあくまでも我々自身の選択によって成り立っていると仮定してみよう。
このしぃは裏の通りでゴミを漁っていたところをたまたま発見したもので、
俺自身が厳密に「このしぃを殺したい」と狙いを定めたわけではない。
要するにしぃなら誰でも良かったのだ。

しかし、俺-虐殺モララーがこの通りをしぃ駆除のために見回っており
そこに(あらかじめ仕組まれていたかのごとく)「用意」されていたこのしぃがいて
現在の状況に到っている。
運命論を肯定しないのならば、この「選択」を行ったのはあくまでも俺達であるはずである
(糞虫と自分を一くくりにして「俺達」などと呼称するのは自分でも吐き気がするが思考上の都合ゆえ致し方ない)。
俺達自身がこの未来を「選択」したことを意識していないとすれば
それは元々俺達が持っていた「過去」が未来を決定したと考えるべきなのだろうか?

807 名前: 一秒間(4/7) 投稿日: 2003/08/31(日) 16:04 [ 4jEtAS3g ]
〈0.54秒後〉
「シィィィィ

このしぃは見たところ、子供を産んだ経験の無いまだ若いしぃのようだ。
人間の年齢に換算すれば16,7歳といったところか。
裏通りでゴミ箱を漁っていたという行動や、薄汚い毛並み、
耳のあたりでかすかに蠢いている蚤の群れから見ても、
生まれたときから野良であったことが容易に推測できる。
多分このあたり一帯を縄張りとして、俺のような虐殺モララーの目を逃れながら
今まで生き延びてきたのだろう(それも今日で終わりだが)。

このしぃを一般的な「しぃ」のイメージ・モデルと比較するならば
きわめて平凡な個体であると推測できる。
鳴き声や行動からしてエクスタしぃではないし、知能もアフォしぃより少し賢い程度のようだ。
こいつと似たり寄ったりのしぃはこの辺には腐るほどいるだろう。
そもそも、俺のようなモララーのターゲットにされるということ事体、
こいつが特殊な存在でないことを証明している。
この世界において、「普通」なしぃはすべからく虐殺される運命にあるからだ・・・。

808 名前: 一秒間(5/7) 投稿日: 2003/08/31(日) 16:05 [ 4jEtAS3g ]
〈0.67秒後〉
「シィィィィィィィ

おっと、先ほど運命論を否定しておきながらうっかり「運命」という言葉を使ってしまった。
まあ便宜的なものとしてご容赦願いたい。

さて、上記したように「平凡なしぃ=虐殺対象」とするならば、このしぃは俺に虐殺される
「過去」をあらかじめ背負っていたと見て間違いではなかろう。
しかし、俺のほかにも数多くいる虐殺モララーの中から何故俺が選ばれたのか?
その疑問に回答を出さねばなるまい。

俺は近くの町の中流家庭に生まれた。
家族は父と母に長男の俺、妹、それに年老いた祖母がいた。
母は普通の主婦だったが、父は警察官であった。
日夜スラム街化したこの近辺から餌を求めて街に集まってくる
しぃ族を逮捕するのが主な仕事であった。
俺は父の職業を誇りに思っていた。決して優しい父ではなかったが、
息子に尊敬される行動力と勇気と腕力を持っていた。

幸福な毎日が終わりを告げたのは、俺が高校に上がったころだった。
数十人の武装したしぃ達が、同胞の開放とモララー族への反逆を叫び
大規模なテロを仕掛けたのだ。
父は警察官として真っ先に最前線に駆けつけたが、敵のマシンガンを浴び殉職した。
父に恨みを持つ幾人かが俺の家族をターゲットにした。
母は殺され、祖母は自殺した。妹は行方不明になり、今でも発見されていない。
・・・それから俺がこの街に、このスラム街に帰ってくるまでの経緯は、まあくどくど説明するまでもないだろう。

809 名前: 一秒間(6/7) 投稿日: 2003/08/31(日) 16:05 [ 4jEtAS3g ]
〈0.86秒後〉
「シィィィィィィィィィィィ

確かにこいつの過去にも俺の過去にも、現在の状況を作り出すだけの要素は整っていたことが分かった。
しかし、俺がこいつを虐殺する明確な理由のようなものはない。
確かに俺はすべてのしぃを憎んでいる。個人的な恨みがあり、モララー族としての本能的な攻撃欲もある。
だが、家族が死んだのはもう10年以上も昔のことだ。
その間、数え切れないほどのしぃ共を虐殺してきたが、
それがすべて俺の私的な悔恨によるものであるとは俺自身すら理解しがたい。

そもそも俺がこいつを虐殺するという状況を作り出したのは何だ?
世間か?事件か?社会か?
・・影響が無いとは言い難いが、最終的な選択はやはり俺に委ねられていた。
自分の起こした行動の原因を他の誰かに転嫁するのはただの現実逃避だ。

・・ここまで考えたところで、俺は気づいた---
何時の間にか、俺はしぃを殺すということ事体に喜びを見出すようになっていたのだと。
腹が裂け、腸が飛び出し、眼球が潰れ、脳漿をぶちまけるしぃの姿に
得体の知れぬ快楽を見出していたのだと。

そう考えれば、今までの0.86秒間の思考は-ワイングラスを傾けながら死について語るショーペンハウアーのように-
どうしようもなく滑稽で無意味なことであったかもしれない。
最初から、俺がしぃを殺すことに「理由」など無かったのだ。
ただ、殺したいから殺してきただけだ。
こんな事を続けるうちに、いつしか俺は自分のレーゾンデートルを見失っていたのかもしれない。

810 名前: 一秒間(7/7) 投稿日: 2003/08/31(日) 16:06 [ 4jEtAS3g ]
〈1.00秒後〉
「シィィィィィィィィィィィィィィィイ!」

甲高い声を上げてしぃは絶命した。
俺はゆっくりと奴の心臓からナイフを抜き取った。





今日も俺は、こうして楽しく生きている。








おわり