下水道探検記

Last-modified: 2015-06-18 (木) 00:31:13
699 名前: [下水道探検記①]ふー 投稿日: 2003/08/18(月) 05:12 [ nxLAU3xo ]
この読み物は2003年7月初旬にお絵描き板流血可に投稿した自作イラストを
元に作成されたものです。


『下水道探検記』    作 ふー

古今東西、人間の住むところには少なからず何らかの「伝説」が伝わっているものである。
私はこの町に住み始めて6年目になるが、人口が毎年減りつつある此処でも初春の頃から
ある噂が囁かれていた。

「餓鬼を見たことあるか」

町に住む大多数というわけではない。あくまでも「この手」の話が好きな連中が、溜まり場で
顔を付き合わせたときにだけ交わされた言葉だ。
左遷され、嫁と息子に逃げられた私は町のほぼ中心にある掘っ立て小屋のような安酒場に
通うのが日課になっていた。
毎日カウンターの端に座り、雪冷えの酒とねぎ間でチビチビやる。これだけ毎日来てやって
いるのに煮豆のようにてかてかした頭をした店の親父は私に一瞥もくれたことがない。
もっともこんな親父の「経営方針」が、酒好きで寂しがり屋で人間嫌いの私には居心地の
良い時間を与えてくれ、喧騒の中であってもその気色の悪い話が耳の中にぬるりと入って
くることを可能にしたのだろう。

<まただ>

この噂を町の連中が話すの聞くのは何度目だろう。しかも、結構年配の人間まで話に興じて
いることもあるのだ。
だが酒の肴の運命とでもいうのだろうか、話題はあっという間に今度の町議選挙に流れて
いったり、やれ駅前が寂れて商売あがったりだのという方向にいってしまう。
だが、私は数日前から気付いていた。「餓鬼」の話が此処では必ず一日に一度は誰かが
囁くのだ。この町でこの酒場でそんな現象に気付いたのは私ぐらいだろう。
まてよ、煮豆頭の親父も気付いているのだろうか?ちらりとカウンターの中に眼をやったが
炎と懸命に格闘しているこの初老の男は私だけでなく噂話にも何等興味がないように思えた。

温み始めた酒を直接喉に流し込む様に飲み干すと、代を済ませジメジメとした空気がまとわり
つく店の外へと出た。
ポケットの中から図書館でコピーしてきた数十年前の町の地図を出しもう一度確認する。
そこには本格的な土地開発が始まる前のこの町の姿が記されていた。
今では見る影もないがほぼ町の中心にある東西に渡って伸びる公園にはその昔河川があった
らしい。現在の都市計画図や上下水道埋設図面を照らし合わせると埋め立てたのではなく
旧河川はそのまま下水道本流として活用されているのが分かる。
「よし」
まさに童心に帰った気持ちだ。私は路駐したポンコツのトランクから鞄を取り出して二区画先を
目指して歩き出した。
 -つづく-

700 名前: [下水道探検記②]ふー 投稿日: 2003/08/18(月) 05:15 [ nxLAU3xo ]
用心しながら下にたどり着くと、自分が入ってきたマンホールの入り口を真上に見上げた。
何だかやけに小さく見える。戻ろうか・・・少しだけそんな考えも過ぎった。
取りあえずLEDヘッドランプを点けると、錆びついた昇降用梯子をギュゥッと握り締める自分の
手が照らし出された。
深呼吸をして肩の力を抜くと、自然に腕全体の緊張も解けて青白かった指先に血の気が戻っていく。
バックが濡れないようにストラップを梯子に括り付けて宙吊り状態にすると、中から荷物を取り出した。
リュックサックを背負い、ベルトに挟んだグローブをつけ、改造モデルガンを手にした。
ついさっき地上にいる時はワクワク気分だけだったが、実際に此処に降り立つとそれは倍増し、子供の
頃は当たり前のように自分の中にあった暗闇への畏怖が頭をもたげてきた。
大げさに肩の緊張を解すと、梯子にぶらさっがている抜け殻鞄にサイリュウムを折って発光させて
取り付ける。
もう一度上を見上げて「閉めたほうがイイかな、蓋・・」と独り言を吐くと完全に閉めてしまったときの
ことを想像してゾッとした。
<冗談じゃない!>
モタモタと仕度を整え終わると、モデルガンに装着したライトも点灯させゆっくりと闇の向こうへ進み
始めた。

一応「あれ」の確認でもするか。
リュックを下ろして中から麻袋を取り出す。
<まさか死んでないだろうな>
手袋をとって袋の上から触ってみると暖かさが伝わってきた。
口を開けてそっと覗いてみると、仰向けになった一匹のベビしぃが寝息をたてている。
「・・・アニャァァ・・・」
慌ててライトを逸らした。餌に混ぜておいた睡眠薬が効いているようだが、「その時」までは眠っていて
もらったほうが都合がいい。
慎重にリュックに戻すと、今度は腰に取り付けていた水筒を取り出し喉を潤す。
壁に寄りかかる様に座り込み小休止を取っていると、すぐそばに散らかっているゴミ屑の中にまだ
新しそうな缶を見つけた。
目に留まったのはいつも見慣れているデザインの為だろう。
<そういえばそろそろ買っておかなきゃなオイル>
こんな所で唐突に慣れ親しんだライターオイルの缶を見つけ思わず嬉しくなって手に取った。
<こ、これは!!>
私の目は缶に釘付けになってしまった。表面に残っているのは明らかに血の跡だ。一瞬ただの錆だと
思ったが違う。血液が雫のように垂れて付着したようなあとだった。
缶にはこの一滴の痕跡しか残っていないようだ。
ほかの屑もよく見てみたが、何も見つからなかった。
ナイロン袋に血液が付着した缶をいれて、発見したば場所を地図にマーキングしようとした時に新たな
痕跡に気付いた。
点検歩道に堆積した泥の上に何かを引きずった様なあとが見て取れた。さらに調べると引きずった
跡の中には小さな足跡のようなモノも確認できる。
興奮しながらカメラで撮影する。
泥はまだ乾いてはおらず、これはごく最近ついた跡に違いない。私は跡を追うことにした。
 --つづく--

701 名前: [下水道探検記③]ふー 投稿日: 2003/08/18(月) 05:17 [ nxLAU3xo ]
這いずった跡は途中途切れこともあったが何とか辿る事ができた。
下水道の中なのだから当然なのだが降りてきた当初は掃き溜めの匂いが鼻についてしかたが
なかったが、それも暫くすると慣れてしまった。
しかしその匂いを嗅いだ瞬間、眉間に皺がより嘔吐感がこみ上げてきた。
<近いぞ>
すべてのライトを消し用意した暗視ゴーグルを着用した。
結構値が張る代物だが、今回の「探検」では必ず役に立つはずと手に入れたのだ。
ゆっくりと歩を進めると、分岐地点の近くに黴がこびり付き湿り気を帯びたダンボール箱が
うっすらと見えてきた。
少しだけ引き返しリュックの中から麻袋をとりだす。
「出番だぞ糞虫」
袋の口を開けたまま7~8m離れたダンボールに向かって袋を放り投げた。
「ヂィィィッッ!?」
ドサッと通路に叩きつけられる音とベビの声が聞こえた。すぐに、サイリュウムを折って発光させ
3本ほど同じ方向へと投げる。
肉眼でみると今ひとつだと思われたが、ゴーグルの光源としては中々良い場所に3本とも落下した。
袋口からベビがひょっこりと顔を出しキョロキョロしている。か細い声でチィチィ鳴くと自分のすぐ近くに
落ちている発光体が気になったようで完全に袋から出て樹脂製の棒を突付いている。
やがてベビは鮮やかに光る棒を持つとまるで指揮者のように楽しげに振り回し始めた。
「キラキラチィチィ♪チィチィチィ♪」

一瞬だがダンボール箱の上のほうに影が動くのを私は見逃さなかった。
そしてヤツは現れたのだ。
残念だが光はそいつをうまく照らし出してはいなかった。大きさは・・・ベビよりもひと回り位大きい
だろうか。
それは楽しげな糞虫から視線を外さず、獲物を狙う獣のようにゆっくりと気配を消しながらベビに
近づいていくのが分かった。
--つづく--

702 名前: [下水道探検記④]ふー 投稿日: 2003/08/18(月) 05:18 [ nxLAU3xo ]
ヤツの息がかかるほどの距離に近づいて初めてベビは何かに気付いたようだ。
座り込んで棒を揺らしていたが、立ち上がり私に背を向けるように、つまりヤツと向かい合うように
振り返ったとたん・・・
ベビが持っていたサイリュウムが光の弧を描き下水の方へと吹っ飛んでいった。
「ギッギキッ゙ギギヂヂィィイッ!ィイイイ!」
なんて薄気味悪い声なんだろうか。ベビの前に立ちふさがる化物はその体躯から想像も出来ない
ような大きな唸り声をあげた。
「ハニャァァァッッッッッ!!!」
慌てて踵を返し逃げようとするベビ。しかしふわふわの尻尾をいとも簡単につかまれて引っ張られ
てしまう。
化物が上に持ち上げるように尻尾を引っ張ると、ベビの脚は宙に浮き、両腕をついて手押し車の
ような姿勢で捕らえられてしまった。
「チィチィ!! ハナチテヨゥ! マァマ、マァマ!!」
我々しかいない薄暗い下水道の通路に哀れな生贄の慈悲を請う叫びがこだまする。
必死に爪を立てその場に留まろうとするベビの抵抗も虚しく、カリカリと小さな爪を削りながら
化物は自らのねぐらへと獲物を引きずっていった。
箱の傍まで来ると悲鳴を上げ続けるベビを軽々とダンボールのなかに放り込んだ。
「ん?」
ベビの身体がまだ宙にある間、僅かだが中で何かが動いたように見えたのだ。
<2匹、あるいはそれ以上か・・>
化物もよじ登って中に入るとベビの悲鳴はさらに大きくなった。
「イヤァァァ!!!、ナ、ナッコウチマスカラァ、ナコ、ナコ・・・、ナァッッコォゥ!!!!!!」
グルルルルと唸り声が聞こえたかと思うと箱が大きく揺さぶられた。
「ナッ・・・」
それが糞虫のこの世に残した最後の言葉だった。暫くするとクチャリクチャリと音が聞こえてきた。
その中に混じってプチっとかパキポキという小さな音も耳に届く。
--つづく--

703 名前: [下水道探検記⑤]ふー 投稿日: 2003/08/18(月) 05:20 [ nxLAU3xo ]
お世辞にも視界が効くとは言えない暗視ゴーグルを外した。
暗闇で良くは見えるのだが、どうにも視野が狭まってしまうのが気になった。肉眼で行こう。
パワーアップ改造を施したモデルガンを構えながら、化物にも負けない忍び足で箱に近づく。
2mほどまで近づくと右手で銃を構えたまま、左手でヘッドライトのスイッチを入れた。
<2匹か>
ベビはすでに肉の塊と化していた。頭部と胴体は離れ離れになり腹は切り裂かれて、腸が引き
ずり出されていた。
先ほどハンティングを行ったヤツがこちらを振り返る。
どうしてこの様な醜い姿になったのだろうか。私には鬼は想像もつかなかった。
そいつの体毛は殆どなく、どす黒い紫がかった肌は不衛生な下水にさらされ膿だらけだ。
顔面、腕、腹、脚いたるところから腐臭のする濃黄色の液体をダラダラと垂らしている。
特に顔面の化膿は酷い有様で、片眼はその機能を果たしているかどうか怪しいものだ。
引きずり出した灰色の腸をグッチャグッチャ音を立てながら喰っていた。
もう一匹のほうは、さらに得体の知れないものに見えた。あえて言葉にするならば
「赤紫の肉団子」といえるだろうか。
薄い皮膚の下に静脈が透けて見え、針で突付けば中の液体を撒き散らしながら勢い良く
破裂しそうだ。
こいつはベビの腕を骨ごとパキパキいわせながらガッついていた。
突然の訪問者にハンターのほうは機嫌を損ねたらしい。
こちらを残りの目で(と言ってもただの穴にしか見えなかったが)こちらを見据え
「ギギョョォオオォーーーーッッ!!!」
と叫んだ。
私は迷わず強化改良したモデルガンの引き金を絞った。
--つづく--

704 名前: [下水道探検記⑥]ふー 投稿日: 2003/08/18(月) 05:21 [ nxLAU3xo ]
「うそ・・・だろ・・」
弾が出ない!!狙いをつけたまま何度引き金を引いても黙ったままだ。
そうこうしているうちにハンターが箱のふちに手をかけて出てこようとしていた。
「コノヤロウ!!」
役に立たない銃を思い切り投げつけると、ヤツの顔面にまともにぶつかり、化物は箱の
内側にドサリとひっくり返った。
逃げようとも思ったがこんな化物を自分が住む街の地下にのさばらせるのもいやだった。
しかし肝心の武器は使えないしどうしようか・・
「くそ!何で大事な所で壊れるんだよ!!」
まごまごしているとあいつが箱の中から飛び出してきそうだった。
<そうだ!!>
リュックの中を通路にぶちまけるように出した。
<あった!>
途中拾ったオイルライターだ。ビニールを震える手で破り、蓋を開けて口を化物の住処へ
向けると缶の腹を思い切り握った。
オイルは予想以上に遠くまで届き、私の足元から箱を縦断し向こうまで飛んでいった。
燃料が箱の中を濡らす度に
「ギ、ギギッ」
と奴らの声が聞こえた。
もう十分だろう。ポケットからライターを取り出すと足元に滲んでいるオイルの道
の先端に火を放った。
炎は蛇のようにするすると箱の外壁にたどり着き、少しの間があってから一気に内部を占領した。
「ゲギョオオオオォォゥウウッッオウォウゥッ!!ギギッッッ!」
凄まじい叫びとともに火達磨になった化物が箱の外へ飛び出してきた。
私のすぐ近くまで物凄い勢いで駆け寄ってきた為少し驚いてしまったが、化物の抵抗も
そこまでだった。
あっという間に失速し、まるで酔っ払いの千鳥足のような歩みになりバタリと倒れこんだ。
--つづく--

705 名前: [下水道探検記⑦]ふー 投稿日: 2003/08/18(月) 05:23 [ nxLAU3xo ]
私はまだ燃え盛る箱に近づいてもう一匹のほうも確認した。肉団子は仰向けにひっくり返り
ブスブスと自らが垂れ流す脂肪によってより火力を増しながら火に纏われていた。
「ふぅ」
炎が治まったら写真を撮ろう、その前にハンターの死体を撮るか、そう思って振り返ると
私の身体は凍り付いてしまった。
ないのだ。ハンターの焼死体が!
通路に焼け焦げた跡は残っているが体がきれいになくなっている。しかし良く見てみると
下水のほうに伸びる煤の跡が見えた。
<なんて野郎だ。生きてやがった>
水面をライトで照らしてみたが濁りまくった下水の中が見えるわけもなかった。
ぐずぐずしてはいられない。せめて肉団子だけでも写真に収めて撤収しよう、そう思い
カメラを探す。
ところがそのカメラが見つからないのだ。わたしはハッとした。オイルを探してリュックの
中身をぶちまけた時だ!
狭い通路から下水の方へ幾つか落ちていったものがあったのだ。あの中にカメラも・・
箱の方を振り返り死体を持ち帰ろうかとも思ったが、あんな気持ちの悪いものに近寄りたくは
なかったし、なによりもハンターはまだ生きていてこの近くにいるというのが足を竦ませた。
<またチャンスはあるさ>
自分にそう言い聞かせると、散らばった荷物をリュックにかき込み入れその場を後にした。
未知の体験と緊張の連続の為だろうか、背負ったリュックは来たときよりも大分重く感じた。
そう、ずっしりと・・・・

--おわり--