天と地の差の裏話 その4

Last-modified: 2015-06-27 (土) 22:53:33
143 :魔:2007/08/06(月) 23:32:49 ID:???
(関連作品>>36~ >>74~ >>103~ >>128)

天と地の差の裏話
『まとめ』




最初はメイがモララーに捕まる事から、最後はウララーが路地裏で何かを見つける事まで。
全ての出来事が終わってから、一ヶ月が経った。
昨今、この街は『片腕が黒い少年』の話で悪い方向に賑わっている。
しかし、彼等は、この物語の歯車達はそんな話なんて露ほどにも思わない。
唯、自分のしたいこと、目標、目的の為だけに生きた。
そして今、歯車は更に噛み合い、隣り合う歯を牙に変えて互いを傷つける。

一ヶ月の間に、それぞれの牙を研ぎ、磨いてきた。
一ヶ月の間に、それぞれの念いは膨らみに膨らんだ。

誰が生き残るかなんて、誰も知る筈がない。




街の一角にある、寂れた商店街。
平日でさえ、殆どの店にシャッターが下りている。
人気があまりない事から、被虐者が身を潜めるのに良い環境である。
逆に言えば、加虐者にとっても良い環境でもある。

今日もまた、この商店街で虐殺が行われようとしていた。




「ヒギャアアアア!! 誰か、誰かぁぁぁ!!」

尻尾があった所から鮮血を撒き散らし、何者かから逃げているちびギコ。
恐らく、加虐者に襲われたが、代償は尻尾だけに留まったので、ここに隠れようと走ってきたようだ。
前述の通り、被虐者にとってここは防空壕のようなもの。
店と店の間に入り込めば、たやすく身をくらます事も可能だ。
しかし、ちびギコは必死になりすぎて、自分の犯したミスを知らないでいた。

「アヒャ! やっぱり糞虫は糞虫だナァ!」

ちびギコの後方で、追う者の影が見える。
赤い身体をしたAAが、種特有の笑い声を発しながらちびギコを追い掛けていた。
彼はアヒャという名前で、加虐者でもあり、ちびギコの尻尾をもぎ取った犯人でもある。
何故、被虐者を見つけておいて、そのまま虐殺せずこのような事をしているのか。

答えは至極簡単である。
逆『ヘンゼルとグレーテル』だ。
童話の中で、彼等は森の中で迷わないようにと、パンくずを進路に撒き目印にしていた。

この場合、趣旨は違えど、ちびギコの尻尾の付け根から溢れる血が、パンくずの役割を果たしていた。
アヒャはこうする事によって、尻尾をもいだ被虐者の後を追い、その住家と家族を見つける。
鴨が葱を背負うというより、鴨自身が葱の在りかを教えてくれているようなものだ。

必死になっているちびギコは、それに全く気付いていない。
振り切ったと思っても、また現れる事に吐き気を感じながら、商店街を縦横無尽に駆ける。




命懸けの鬼ごっこは、あっさりと幕を閉じた。
商店街の地理を把握しきれていないちびギコは、ついに袋小路に入り込んでしまった。

「あ・・・あぁ・・・」

上を見上げると、その場にあるものを積み上げれば登れる位の場所に屋根があった。
どう考えても、そんな事をする前に捕まってしまう。
真後ろでは、死神が不快な笑い声を響かせている。
恐怖で脚は震え、溜まりに溜まった涙はぼろぼろと流れ出す。

振り向けば、滲んだ視界の中央に嫌らしく笑う者がいた。
そいつの手には鈍く光る包丁がある。
つい先刻、簡単に尻尾を切り離したあの忌ま忌ましい得物。
次にそれで切り離されるのは何処だろうか。
想像しただけで、腰が抜けてしまった。

「ナんだ、闇雲に逃げてタだけかア」

「や、やだ・・・やだぁぁ・・・」

いつもは傲慢で鈍いちびギコでも、アヒャからだだ漏れる狂気にすぐに侵された。
だから、振り向いた今やっと、自分が撒いた血の痕に気付いたのだ。
誰がこんな頭の悪そうな奴に猿知恵を与えたのか。
そう心の隅で毒づきながら、必死で命乞いをする。
もはや助かる事よりも、一分でも、一秒でも長くこの地の息を吸っていたいと。

144 :魔:2007/08/06(月) 23:34:39 ID:???

既に下半身は恐怖でガチガチになり、両手を使って後ろに下がるしか他にない。
尻尾の血が、まるで失禁したかのように見え、酷く情けなく思えた。

不意に、アヒャが一気に距離を詰めてきた。
大きな二本の赤い脚が間近に迫り、それだけで心臓が跳ねる。
見上げると、何故か吊り上がった口に包丁の柄をくわえていた。
ふらふらと揺れる銀色の刃は、まるで自由落下を行おうとするギロチンのよう。
それが処刑で扱われるならば、苦しみは少ない筈。
だが、今から行われるこれは、紛れも無い虐殺だ。

「ヒャ」

間抜けな笑い声と共に、包丁が落ちた。
すとん、という心地良い音がして、それは地面に刺さった。
ちびギコの脚を、そのまま輪切りにして。

「ぇ、ぁ、ひ、ヒギャアアアアァァァ!!!」

鋭い刃物で素早く切られると、直ぐに痛みを感じない。
そんな事よりも、脚を切断されたショックの方がはるかにでかかった。
赤く濡れた包丁の奥で、自分の腿が転がるのが見える。

身体を動かすことだけが、彼等被虐者にとっての娯楽であり、全てでもある。
同じ種でも、達磨は疎かカタワですら恥さらしとして扱われてしまう。
それは、彼等にとっての暗黙のルールなのか、単に慈しむ心を持っていないだけなのか。

どちらにせよ、ちびギコはもう仲間と一緒に遊べなくなった事にただ絶望する。
宝物を壊された子供のように喚き、次に来る虐殺の恐怖に身を震わせた。

「アーッヒャヒャヒャ! 腹に刺サんなくてよかったなぁ!」

包丁を拾い、刃の腹についた血を舐めとるアヒャ。
自分の得物の切れ味に恍惚の表情を浮かべ、かつこちらを睨んでくる。
銀色のそれの奥にある、細く歪曲した眼が悍ましくてしょうがない。
再度包丁をくわえ、剥き出しになった牙が笑う。
今度は先程よりも、わざとらしく刃を揺らしている。

もう駄目だ。
このまま、細切れにされて死ぬのか。
何回包丁が身体を通過するのだろうか。
そんなの、嫌だ。

「誰かぁ・・・」




弱々しく呟いた時、光が見えた。
涙で滲んだ視界の事だし、最初は見間違いかと思った。
だが、今のちびギコでもそれは包丁の刃とは別のものと理解できた。

アヒャの口元で鈍く光るそれのはるか上、登ろうとした屋根。
その上で、小さな影が銀色に輝く何かを持っている。

「・・・ン? ドうした」

ぴたりと泣き叫ぶのをやめたちびギコを見て、アヒャは違和感を覚えた。
包丁を握り、口から離して、じっくりと観察をしてみる。
どうやら自分を見ていて、失神したわけではなさそうだ。
涙に濡れたつぶらな瞳は、自分より上の空間を見詰めている。

そこにあるものに怯えているわけではない。
ただ純粋に『何だろう』といった気持ちのようだ。

「なンナんだぁ?・・・」

ちびギコの心を掴んだ何かが、気になってしょうがない。
疑問は膨らみ、我慢できなくなって空を仰ぐ。
と、視界の端に、何か黒い影が動くのが見えた。

そして、アヒャが最後に見たものは、空から降ってきた小さな殺人鬼だった。




どすん、と鈍い音がその場に響き渡る。
アヒャに飛び付いた影は、その手に握っていた光るものを眉間に突き立てていた。
刀身はわからなかったが、柄まで減り込んでしまっていたので、恐らく即死だろう。

「ア ヒャ」

間抜けな笑い声を一つあげると、アヒャは白目を剥いて仰向けに倒れた。
眉間にあるナイフを手放すのが遅れたようで、影も一緒に地面に投げ出される。
尻餅をついた影は、身体についた砂を掃い次の行動に移った。

145 :魔:2007/08/06(月) 23:39:05 ID:???
※

普通のちびギコより少し大きい身体。
顔の左、彼から見て右半分は、綺麗な茶色をしている。
真っ黒に透き通った目は、刔られたのか片方しかなかった。
立派な耳も、同じく片方だけもがれている。

「あ・・・」

そして、彼の身体で一番の異彩を放つ部位があった。
左肩から指先にかけて、どろどろに黒く汚れていたのだ。
しかしそれはよく見ると、重度の火傷だとわかった。
炭化した皮膚と、所々で血と膿が混ざって固まっている。

助かった事による安堵の溜め息と、奇妙な風貌のちびギコに驚いた声が重なった。
アヒャの眉間からナイフを抜こうとした彼はそれに気付き、こちらに目を向ける。

「・・・なに?」

「いや、あの・・・助けてくれて、ありがとうデチ」

同じ種族のようだし、やはり感謝位はしなくては。
そう思ったのだが、やはり見てくれの酷さに目を逸らしたくなる。

「助けたつもりは、ないよ」

ナイフを抜くのに苦戦しながら、彼は意外な返答を返してきた。

「え?」

「僕は、このヒトを食べたかったから」




衝撃的な言葉に、脚が切断された事なんてどこかへ吹っ飛んでしまった。
それでも一応、止血の為に傷口を押さえるのだけれども。
ナイフをアヒャの頭蓋から抜き取った彼は、刃についた体液を舐めながら続ける。

「このヒト達はね、虐殺に夢中になると注意力が散漫になるんだ」

建物の上に居たのは、先程のように頭を狙い打つ為とのこと。
入り組んだこの商店街では、今のようなケースはそれなりにあるらしい。
つまり僕、被虐者達は彼にとって『仕掛けていないエサ』。
ここの他にも、地の利を活かした自分用の狩場があるんだ。と彼は言った。

「な、なんでこんなヤツを食べたがるんデチか?」

もしかして、自分をこんな姿に変えた虐殺厨への復讐なのか。
そう問い質してみたが、彼は首を横に振り、アヒャの腕に刃を入れてこう返してきた。

「生きたいんだ」

その時、彼の黒い瞳の中に、更に黒い何かが垣間見えた。
負の感情ではなかったが、その悍ましさに身震いしてしまう。

死体から腕を切り離した彼は、決して綺麗ではない肉の切り口をかじる。
もぐもぐと少し嬉しそうに咀嚼する様は、野性児とか浮浪者とかを彷彿とさせた。

暫く彼の食事を眺めていた時、不意に、商店街の通りの方から話し声が聞こえた。
段々と大きくなってくることから、こちらに近付いてきているようだ。
声色からして、虐殺厨かもしれない。

「!」

彼はその声に気付いた途端、肉を食べる事を止め、置いていたナイフを乱暴に掴む。
そして、脱兎の如くその場から消えた。

「あっ!?」

片脚の僕を、置き去りにして。

『うわっ! な、なんだ?』

『お、おい、今のって『片腕』じゃね?』

『って事は、まさか・・・!』

奴らの慌てたような声から、どうやら彼は虐殺厨を正面突破したようだ。
奴らはかなり近くまで来ているようで、会話の内容をしっかりと聞き取る事ができた。
しかし、奴らは彼を追い掛けることなく、こちらに迫っている。

「ああっ!」

「アヒャ君!」

複数の足音が消えた時、既に視界にそいつらはいた。
真っ先に死体に飛び付き泣きわめく者と、その場でオロオロする者。
そして、僕を睨んで青すじをたてている者の三人だ。

正直、どうでもよくなった。
一分でも一秒でも長く生きたいという願いは叶ったし、これ以上何も望まない。
脚もないし、希望も潰えた今、最期に面白いものが見れた。
そんな不思議な気持ちになった僕は、三人に向かってこう言ってやった。

「そこの奴ら、僕を殺せデチ」

146 :魔:2007/08/06(月) 23:39:45 ID:???
※

折角仕留めたのに、戦利品は腕一本だけ。
無理をして死ぬよりは大分マシではあるが、少々勿体なかったかもしれない。

「・・・」

アヒャを殺したちびギコは、そう思いながら商店街をひた走る。
彼の名前は『メイ』。とあるモララーから、その名前と傷を貰った過去がある。

ひょんなことから虐待の監獄を抜け出す事ができたメイは、必死に生を求めた。
雑菌だらけでも、喉を潤すのなら川の水だって飲む。
カラスに交ざって被虐者の死肉を食べる他、獲物を自分から仕留める事もあった。

何故、メイが肉に固執するのか。それには理由がある。
あの時モララーがちびギコの肉を持て成してくれたのと、逃げ出した初日の食事がそれだったからだ。
空腹という至高のソースもあったし、それに魅了されてしまうのは仕方のないこと。
更に、AAでなく肉が街を歩いていると考えれば、飢える事はおそらくない。

「ふう」

ヒトの気配が全くしなくなった所で、メイは走ることを止める。
持ってきた腕から血が垂れていない事を確認し、辺りを少し見回す。
と、ちょうど良い閉所を見つけ、そこに入り腰を下ろした。

早速戦利品に口を付けようとしたら、逃げて来た方角から悲鳴が聞こえた。
独特な声色のそれは、多分さっき出会ったちびギコかもしれない。

(・・・仕方ないよね)

自分には負傷者を助ける余裕もないし、寧ろこちらが助けてもらったようなもの。
虐殺厨をその場に留める撒き餌にもなった名も知らぬちびギコに、メイは軽く黙祷した。

しぃや、加虐者等の身体の大きい奴を仕留めると、やはり処理に困る。
今回のようなケースは何度もあったし、その都度死体を残してしまっていた。
自分の姿を見た者も数え切れない程居ただろう。
その中に、捕まえてしまおうといった考えを持った奴もいる。

メイは、そいつらに対しては酷く敏感でいた。
とにかく日の当たらない所で生活し、屋根のない所で夜を明かすことは当たり前。
人気がすれば、それが自分を狙っているか否かを観察。
そうであれば逃げ、違った場合は狩りに移行したりと忙しい。
だから、自分が『片腕の少年』として噂になってる事なんて気にしている暇はない。

被虐者として、生き延びる為にしている行動に過ぎない。
それなのに。




肉を食べ終わり、骨をかじって遊んでいた時のことだった。
物影から、一匹のちびしぃが出てきたのだ。

「・・・誰? ここで何をしてるの?」

桃色の毛並みに赤いアスタリスク、エメラルドグリーンの瞳。
外見だけならば美しく見える、至って普通のちびしぃだ。
口調はしっかりしたものだったが、その目には既に軽蔑の念があった。
彼女はメイに問い掛け、近付こうとする。

※

『弱き者は、強き者に弄ばれる』
この街では被虐者でも、自分より弱い者には虐殺をする。
メイだって、街の住人に変わりはない。
やり手が誰だとか、相手がどの種族かなんて関係ない。
理由すら無視されて、街では毎日虐殺が行われるのだ。

※

メイはくわえていた骨を手に持ち直し、ちびしぃに投げ付ける。

「ぎゃッ!?」

軽快な音とともに骨はちびしぃの額に当たり、跳ね返ってメイの足元に落ちた。
それを拾いあげ、今度はナイフで斜めに切り込みを入れ、二つに割る。
ちびしぃはその場にへたりこみ、額を押さえて泣いていた。

「ちょっと! 何す・・・っっ!!」

喚き散らす前に、メイは即座に距離を詰め、その小さな顎を掴む。
間髪入れずそのまま押し倒し、先程割った骨をちびしぃの手の平に突き立てた。

147 :魔:2007/08/06(月) 23:40:48 ID:???

「―――!!」

地面は舗装されておらず、しかも軟らかい土であった為か、綺麗に打ち付ける事ができた。
ちびしぃは目を見開き、大粒の涙を撒き散らしながら叫ぼうとする。
が、メイがしっかりと顎を掴んでいるせいで、悲痛の声は口の中で消えた。
それに重ね、駄々をこねるようにバタバタと手足を動かし、必死で抵抗をする。
メイはそれも気にせずに反対側の手も押さえ、更に力を込めて骨を突き刺した。

「ッッ!!! ーーッ!!!」

既に腹の上に乗っかかっていたので、ちびしぃが暴れるのを幾らか抑えることができた。
さるぐつわの代わりになるものがあれば、安心して行えるのに。
そう思いつつ、メイはちびしぃの顔色を観察する。

普通ならば、頭の弱そうな暴言ばかりを吐く種族ではあるが、
口を押さえてみると、涙でぐしゃぐしゃになりつつもこちらを睨む眼。
その中には何か力強いものがあるような気がした。

「君達って、喋らなかったら美人なのにね」

哀れみを込めた一言。
その言葉にちびしぃの眼は緩み、穏やかな表情を見せた。
呆気にとられた、といった方が正しいのかもしれないが、メイにはそう見えたのだ。

表情を崩し、再び暴れてしまう前に首に手をまわす。

「っ!? か・・・ぁ・・・」

あっさりと泡を吹き、白目を剥いてちびしぃは動かなくなった。
しかし、ゆっくりと手を離せば、腹部が再度上下動を始めた。

実はメイは首を絞めたのではなく、頸動脈を押さえただけ。
そうする事により、脳に酸素が行き渡らなくなり、すぐに意識を失わせることができる。
道具もなしに簡単に気絶させるには、この方法が手っ取り早い。

叫び声に気を配る心配もなくなり、メイは次の行動に移った。
まずはその場に置いていたナイフを拾い、刃を指で摘んで汚れを落とす。
そして辺りを見回し、さるぐつわの代わりになるものを探した。




今いる所のほんの少し先に、水場があるのがわかった。
ナイフを一旦ちびしぃの足元に置き、そこへ向かう。
コンクリでできた柱に、取って付けた様な蛇口。
それの裏側に、泥水の入った錆びかけたバケツと、虫喰いのようにちぎれたホース。
メイはバケツを覗き、音をたてずにゆっくりと傾ける。

(・・・あった)

どろどろとした水の中に、手頃な大きさの灰色の布が落ちている。
それを拾い、一応ではあるが蛇口を捻って水にさらし、洗う。
ついでに蛇口に口をつけ、喉を潤すことにした。
少し臭かったし、清潔感が全くない所なのであまり飲めなかったが。

布を緩く絞り、ちびしぃの元へと戻る。
ひゅうひゅうとかすかに鳴る咽と、合わせるように上下動する腹。
まだ気絶しているようで、だらし無く開いた口からは涎が垂れていた。

捻った布には後頭部までまわす位の余裕はない。
なので、すぐに吐き出せないように口の中に詰め込んだ。
顎をこじ開け、ぐいぐいと小汚い布を入れていく。
窒息されてはまずいので、半分程詰めた所で手を止める。
と、ちびしぃはしたぶくれのお世辞にも、いやお世辞でも美人とは言えない顔になってしまった。

「・・・うわ」

白目も剥いてしまっているし、これでは新しい妖怪である。
メイは見た目だけの美人を自分で崩した事に、少しだけ後悔した。

とりあえずだがさるぐつわを噛ませることができたので、早速虐殺を始める。
ナイフを手に取り、ちびしぃのか細い右腿に刃を宛がい、引いた。

「・・・」

血がいくらか吹き出るが、ちびしぃに反応はない。
桃色の脚はぱっくりと割れていて、見るだけで痛々しいというのに。
まだ脳の酸素が足りていないのか、はたまた鈍いだけなのか。
メイはちびしぃの様子を伺いながら、更に刃を進めた。

148 :魔:2007/08/06(月) 23:42:18 ID:???

三、四回と滑らせ、骨が見えた所で異変が起こった。
わずかだが、桃色の身体が痙攣している。
恐らく、覚醒し始めているのだろう。
ならば、もっと大きい刺激を与えれば起きるはず。
メイはそう考え、ナイフを骨に刺す形で振り下ろした。

「ーーーッ!!!」

ばきん、と骨が割れる乾いた音とともに、ちびしぃの身体が跳ね上がる。
口を押さえていた時と同じ声をあげ、ばたばたと暴れだした。

頬が膨らむまでに布を詰め込んだので、そう易々と吐き出せはしない。
とてつもない痛みの中、そのうえ叫びながらそれを行うのも困難だ。
声にならない声を精一杯あげ、ちびしぃは酷く発狂した。

実はというと、骨を割った時にもう脚は切り離していた。
ここでその脚を見せてしまえば、更に煩くなることはやらなくてもわかる。
寧ろ、メイからすると暴れるのを止めて欲しいところ。
もう片方の脚は激しく動き、押さえ込むのも面倒だ。
静かにしてもらおうと、半ば投げやりに手を打つ事にした。




「見て」

ちびしぃの横でしゃがみ、眼前に自分の左腕を持っていく。
すると、一瞬にしてちびしぃの顔は青ざめ、暴れるのを止めた。

炭化し、焼けきれなかった個所は血と膿でドロドロになった腕。
やはり他人からすると、この腕は生理的に不快感をもたらすものらしい。
自分でもグロテスクだとは思うが、そこまで嫌がられると正直遺憾だ。
ただ、見せた者は皆黙り込むから、便利といえば便利である。

そんな左腕でも、メイは一つ気掛かりな事があった。

「・・・この火傷はね、一ヶ月前に虐殺厨から貰ったんだよ」

自分に問うように、ちびしぃに囁く。
黒い掌を桃色の頬に宛て、艶かしく指を這わせる。
すると、ちびしぃの身体はメイの悍ましさと恐怖感で一気に震えだした。

一ヶ月もの間、全く治らない怪我なんて聞いたことがない。
炭化した所はともかく、血が未だに止まらないというのはおかしい。
壊死しないだけ、使えるだけマシではあるが―――。

「ム・・・ムゥ、ウ・・・」

メイの心とは裏腹に、ちびしぃはひたすら震えている。
焦げた指から逃げるように首を傾け、強く閉じた瞼からは大粒の涙。
布の詰まった口からは、抑止を願っているらしき声が漏れていた。




「哀れむことすらしてくれないんだね」

溜め息まじりに小さく言い放ち、立ち上がる。
自分に手に穴を開けられて、かつ脚を切り落とされた者にそんなことを願う方が無理があった。
が、やはりこの傷だらけの身体を否定されると、僅かながら怒りが込み上げてくる。

痙攣とも取れる程震えているちびしぃの左脚。
今度は股の部分、胴体に一番近い関節に刃先を突っ込んだ。

「!!!」

同時にその桃色の脚は暴れだし、爪先をぴんと伸ばすような状態になる。
ナイフを刺したままなので、ちびしぃが脚を動かす度に切り込みがじわじわと広がっていく。
流れ出る血の量も増え、美しい毛並みは体液と土の混ざった泥で汚れていった。

このまま観察するのも一興だが、それでは苛立ちを残して終わってしまいそうだ。
メイは暴れ狂う脚を、その汚らしいと見られた左手でわしづかみ、押さえる。
そしてナイフを鋸のように前後に走らせ、肉を切り裂いていった。

「ムゥ!! ムゥゥー!!!」

まだ叫び続けるちびしぃに、どこにそんな元気があるのかと問いたくなる。
打ち付けた両手からは血が溢れているものの、外れる気配は全くない。
首を左右に振り続け、頬を地面にこすりつけているせいか顔まで泥塗れになっていた。

149 :魔:2007/08/06(月) 23:43:07 ID:???

切り込みを入れること数回、ちびしぃの脚に異変が起きた。
地面に穴を開けそうな勢いで暴れていたのが、段々動きが鈍くなってきている。
上半身は相変わらずだし、疲労してきたわけではなさそうだ。

左手を離し、ナイフを浮かせた所で理由がわかった。
ちびしぃの脚の筋肉の、大半を切断していたからだ。
こうなれば、後は引っ張るだけでちびしぃの両足はなくなってしまう。
メイはナイフを置き、傷口の両端を掴んで一気にちぎった。




「・・・?」

ちびしぃが変だ。
脚は既に切り離したのに、叫びのトーンに変化がない。
もしかして、神経も一緒に切断していて、感覚はとうの昔になくしていたのだろうか。
そう思ったメイは、両足を持ってちびしぃの眼前に置いた。

「これ、君の」

「・・・!! ムゥゥゥゥゥ!!!」

切断面から見せたせいか、その発狂っぷりに拍車が掛かる。
エメラルドグリーンの瞳は、血走った目と奇妙なコントラストを醸しだしていた。

(頃合い・・・かな?・・・)

流石にこれ以上痛め付けてしまえば、ちびしぃはいろんな意味で飛び立ってしまうだろう。
味のなくなったガムを噛みつづける余裕はないし、仕上げに取り掛かる。

脚をその場に置き、ちびしぃの後方にまわる。
次に脚のあった所の真ん中にある秘部に、ナイフの刃先を上にして入れる。
二種類の体液が漏れだすが、ナイフはもう血で塗れているので気にしない。

更に奥深くに入れ込むものの、未だに反応は変わらない。
多分、痛覚神経を刺激し過ぎて感覚が麻痺しているのだろう。
或いは、錯乱の度合いが痛みを感じない程までになっているのか。

刃を押し上げ、秘部から腹を裂いていく。
ちびしぃの体液が手を濡らし、その生臭さにうっすらと吐き気を覚えた。
と、胸の辺りで刃が止まってしまい、それ以上先に進まなくなる。
考えるまでもなく、そこには肋骨があった。

「・・・このまま喉までヒラキにしてやろうと思ったのに」

引くだけでは切れない骨に重ね、ぬるぬると滑る手とナイフ。
そのような状態では、いくら力を入れようが意味がない。

忘れかけていた苛立ちが募り、冷静さが失われていく。
半ば投げやりになったメイは、ちびしぃの身体からナイフを抜き、逆手に持ち直す。
そして、血だらけの桃色の胸目掛けて、殴り付けるように振り下ろした。

「グ、ブッ!! ブギャエエェェェ!!!」

と、口から布を飛び出させ噴水のような吐血をするちびしぃ。
その様はほんの少し美しく、とてつもなくグロテスクだ。

心臓と肺を貫き、なおかつ拳も加わった一撃。
穴があき、圧迫された胸から体液と空気が一気に口へと向かった。
そうなれば、詰め物も何もかもが口から飛び出る。
命の灯を爆発させられたちびしぃは、空に撒いた吐血を顔に浴びて事切れた。




釘ではなく骨が掌を穿ち、十字架でなく土への張り付け。
まるでキリストのようではあるが、神々しさなんてどこにもない。
腹を槍で貫かれるどころか、グシャグシャに裂かれているし、後光は唯の汚い血。
哀れといえば哀れである。

「・・・そうだ」

凄まじい姿になったちびしぃを眺め、何かを思い付いたメイ。
ナイフを再度持ち直し、露になった臓器に手をかける。

くすんだ色をしていても、しっかりと光を反射するはらわたは、気持ち悪い事この上ない。
だが、それは大元を探れば『肉』の一つである。
旨い不味いの理由から、一般ではお目にかからないものだって一応食べられる。

ちびしぃだから証拠を放置してもいいのだが、アヒャの腕だけでは満足していない胃袋がある。
水場もあるし、どうせなのでとメイはちびしぃを食べることにした。

150 :魔:2007/08/06(月) 23:43:42 ID:???
※

摘出したのは、肝臓と小腸、大腸の一部。
消化器官は食べやすい部類には入るが、まるまる取り出すのは無理があった。
だだ長いそれを一々引っ張り、更に中を洗浄するのは骨が折れるからだ。

臓器と布を抱え、ナイフを口にくわえて水場に向かう。
メイとしては早くそれを洗い、胃袋におさめたい所だったが、その前に身体が汚れている。
形だけでも清潔にしておかないと、雑菌のせいで訳のわからない病気を発症しては本末転倒だ。

蛇口の下に屈み、水を浴びる。
生ぬるい水が全身を包み、ちびしぃの体液を落としていく。
腕だけならまだしも、腹にも体液がついてしまっているので、少々面倒である。
自分の毛の色が見えた所で、今度は虐殺で使用した布を洗う。
そして水気を絞り、身体を拭いていった。

準備が整った所で早速、小腸の中に水を注ぎ、洗浄する。
消化されかけた物や排泄物が押し出され、やがて透明な液体だけが流れてくる。

(こういう所に、必ず蛇口があったら嬉しいんだけどな)

水の流れる音を聞きながら、メイはそう思った。




全てを洗い終え、食事にかかる。
小さい布の上に、山のように置かれたはらわたから、まず肝臓を取る。
次に食べやすくする為、ナイフで器用に切り込みを入れていく。
皮や筋肉とは違った感触と切れ味に、楽しさすら感じた。

「・・・ん」

一切れを口に運べば生臭さと鉄分が鼻をつき、柔らかくとも固い歯ごたえが口の中に広がった。
加虐者の腕や脚とは違い、決して美味ではないが独特の味がある。
メイは更にナイフを走らせ、せわしなく肝臓にがっついた。

小腸や大腸は非常に固いせいか、刃も入りづらいしより細かくしないと噛み切れない。
だから、肝臓は全部平らげたものの、腸だけは半分近くを残してしまった。

(洗い損しちゃった、かな)

メイは布で口を拭き、余った腸はちびしぃに投げ付けた。




その時だった。
べしゃり、と腸がちびしぃに当たると同時に、通りに人影が見えた。
メイは『しまった!』と思うより先に、猛ダッシュでその場から逃げ出す。
とはいえ、この閉所の最奥までは確認していないし、運が悪いと袋小路だ。

「っ! みんな!! こっちだ!!」

だから、AAに見つかろうが何だろうが、メイは通りの方へと駆けた。
どうやら影は先程の虐殺厨の仲間のようで、その形相は凄まじかった。

股をくぐるのが二回目となると、相手もやすやすと逃がしてくれはしない。
そいつは仲間を呼びつつ、その手と目はこちらを捕らえんとばかりに構えていた。

「あああぁぁぁァァ!!」

対するメイは、自分に鞭を打つことを兼ねた咆哮を響かせた。
姿勢を低くしたまま駆け、ナイフの切っ先を相手に向ける。
そして、すれ違い様に襲ってきた手を切り付けた。

「ぎゃあっ!?」

相手はよろめき、道を開けてしまう。
そこからはメイの土壇場であり、忍者か兎かの如くその場から姿を消した。




※

その後、救急車から本物の警察が来る程までに、事件は発展する。
アヒャの仲間は、友人が殺されたことに理性を失いかけるまで怒り、悲しんだ。
そのせいか、アヒャに襲われていたちびギコを、片腕が黒い少年とグルだったと決め付けてしまう。

警察も報道陣も、そのことを追究せずに鵜呑みにしてしまった。
それ以降、住人は被虐者が片腕が黒い少年と繋がりがないかを気にしながらの虐殺しかできなくなった。
『一人で虐殺は行うな』。『警戒心を怠らず、みんなで楽しい虐殺を』。そんな用語まで生まれてしまう始末。
最終的に、この商店街は街から破棄され、洗浄という名の大虐殺が行われる。

―――これはまた、別の物語。
   もし機会があれば、またその時に。

151 :魔:2007/08/06(月) 23:44:53 ID:???
※

今は、日が最も高い位置に昇り、下降していこうとする時間だ。
朝と昼の兼用として、アヒャの片腕とちびしぃの内臓を食べたメイ。
場所を移し、今度は夜の為の食べ物と寝床を探していた。

商店街からそれなりに距離のある、田舎っぽさが残る地域にメイは来た。
家より畑の方が目立ち、起伏の激しいところから、より身を隠しやすい。
その分、毒をもった虫や蛇など、虐殺厨以外の危険も増えてくる。
狩場としてはあまり利用もしていないここで、多少のリスクを背負いながらの探索。




隣り合わなかった歯車は、新しく噛み合っていく。




「・・・」

聞こえるのは、風が木を撫でる音と、虫の声だけ。
虐殺厨が歩き回っていないのは嬉しい事だが、少しでも騒げばすぐに見つかりそうだ。
細心の注意を払いながら、メイは地理を把握するためひたすら歩く。

土でなく、芝生のように雑草が生い茂る公園についた。
遊具は大半が錆び付いていて、とてもだが遊べる状態ではない。
そんな公園にメイは入り、警戒しながら辺りを散策する。

と、視界の中で公園にそぐわない何かを見つけた。
端の方に視線を移すと、そこにやたらと大きい段ボールがあった。
遊具とは正反対にまだ新しめのそれは、小さい鳴き声を漏らしてかすかに揺れている。

覗くまでもなく、あの中にはしぃの親子がいる。
ナイフをにぎりしめ、早速その段ボールへと近付く。
が、二、三歩と歩み寄った所で、メイは足を止めた。

(・・・まだ、様子見だけにしておこう)

身に降り懸かる危険が殆どない所で、こういった者を発見するのは幸運ではある。
しかし、その幸運を全て拾わなければ死ぬというわけではない。
とりあえずこの家族は保留として、他の場所へと移動する。




公園よりさほど離れていない所に、廃屋があった。
蔦で被われた壁と窓に、瓦の重みにすら堪えていない屋根。
フェンスと木に囲まれ、ボロボロの木材が積まれた庭。
近くにはAAが住んでる家屋があまりなく、寝床として利用するにはいいかもしれない。
それまで、虐殺厨にバレなかったらの話だが。
メイは建て付けの悪い扉を出来るだけ静かに開き、足を運んだ。

中に入ってみると、外観よりもあまり形を崩していなかった。
たいした大きさではなかったのに、家具がないせいか広く感じる。
奥の方は畳と大黒柱が主なつくりで、仕切りとして扱われる戸や襖は全部取り払われていた。

(かくれんぼは、できないかもね)

押し入れを覗き、天井裏は潰れているのを確認すると、メイはそう思った。
更に案の定ではあるが、台所やトイレ、風呂場などの蛇口を拈っても、水はでなかった。

雨と風をしのぐだけしか、他にこの廃屋の使い道はなさそうだ。
とりあえずここも保留とし、外に出ようとする。

「・・・あれ?」

入り口の扉が、何故か閉じていた。
もしかして、既に誰かがここに目を付けていたのか。
考えるより先に、踵を反し中庭へと駆ける。

おかしい。
ちゃんと警戒し、他人の気配がないかを確かめてここに来た。
今だって、他人の気配も何もない。
なのに、それなのに―――。

「ッ!?」

中庭に飛び込んだ所で、やっと他人の気配がした。
それも、血の匂いと殺気を醸し出しながらの凄まじいもの。
メイは即座に向き直り、ナイフを構える。

まるで呪いか何かをかけられたかのように、身体が上手く動かない。
普通なら、ここで対峙なんて馬鹿なことはしない筈なのに。
『逃げられない』。
もしかすると、思考よりも素早く動き、更に速く身体はその答を出していたのかも。
でも、折角手にした『生』を、もう手放す事になるなんて。
そんなの、認めたくない。

152 :魔:2007/08/06(月) 23:46:16 ID:???

破裂しそうな心臓と、粗い呼吸を必死で整えながら、メイは考える。
どうにかすれば、この状況から逃れ出る方法がある筈だ、と。
だが、目の前にいる相手を、

自分は、この『化け物』を相手に出来るのだろうか。

「やっと見つけた・・・お会いできて嬉しいわ」

艶かしい動きと声色の、奇妙な風貌の女はそう言った。
全身は痂と火傷で茶褐色になっていて、見るだけで痛ましい。
それに対し、指先に一つ一つ刃をつけたかのように、鋭い爪を持っている。

メイは、そいつに殺されかねないというのに、どこか自分と重ねてしまう。
傷だらけの身体と、ナイフ代わりの爪。
もしかしたら、このヒトも生きる為にこうしているのでは、と。

「入り口を閉めたのは、キミなの?」

恐る恐る、問い質してみる。

「ええ、そうよ。いつもあなたの事、見ていたわ」

「・・・殺さないの?」

「殺してほしいの?」

「・・・ごめんなさい」

「あはっ、面白いコね」




※

あっさりと打ち解けてしまった。
どうやら、先程の威圧は自分をその場に縫い付ける為のようだった。
メイは殺気に怯えた事を恥じ、女は驚かせた事を謝罪した。

女がしたことは、予想とほぼ同じであったが、目的は正反対だった。
AAをおもちゃのように扱い、種族を無視した虐殺を生き甲斐としているようだ。
というのも、女曰く『種族なんて知らなかった。いろんな色をしているのはそのせいだったの』。とのこと。
少しどころか、物凄い勢いで世間知らずの女に、メイは別の意味で恐怖した。

質問してばかりでは相手に失礼なので、何か知りたい事はないかと聞いてみる。
すると、女は一瞬悩んだ後、目を輝かせながらこう言った。

「私ね、私、あなたのこと、好きなの」

「え?」

「『片腕が黒い少年』って、いろんな所で聞いたの。ほら、あなたの腕、黒い」

聞き慣れた言葉を放ちつつ、女はメイの左腕をつつく。
世間知らずでやりたい放題な考えを持つ者にまで、噂は広まっているのか。
メイは落胆するが、女は逆に喜びを隠せないという態度だ。

「ちいさい身体なのに、いっぱいおおきいいきものを殺してるんだもの。凄いわよ」

と、女は今までにメイがしてきた事を話していく。
ほんの数時間前の、屋根から飛び降りて虐殺厨を殺したことから、逃げ出してすぐの殺人まで。
断片的ではあったが、生き証人のような女の記憶力とストーカーぶりに身震いしてしまう。

「一応、気配とかに気をつけてたのに・・・」

「遠くから眺めていた時もあるわ。いきものと遊ぶより、あなたを見ていた方が楽しかった」

隙を見つけておいて、殺さなかった理由はそれのようだ。
彼女の言う『遊ぶ』、つまり虐殺をしている時、やり方などが自分好みだとか。
それに加え、死体となったAAを解体し、食事をする様がかわいくて仕方ないとのこと。
その事に、メイは苦笑いしかできなかった。

「今日は、もう遊ばないの?」

何の含みのない、純粋な質問。
もう警戒する意味もないので、そのままの気持ちを言ってみた。

「いや、夜の分の肉が必要なんだ。どこにあるかはもう見つけてるけど」

「じゃあ、私がとってくるわ」

「・・・えっ?」

意外な返答に、片方しかない自分の耳を疑った。

「お礼とお詫びを兼ねて、お手伝いがしたいのよ」

153 :魔:2007/08/06(月) 23:47:28 ID:???

「お詫び?」

「実はね・・・」

申し訳なさそうに目を逸らし、彼女は続ける。
自分がしてきた虐殺と、それが一般の世界に与えた影響を。

『物陰に身を潜め、襲い掛かる』、と虐殺と行動のあり方が酷く似ている二人。
しかし、彼女の場合は、現場に立ち寄った者をも殺している事が多い。
ということは、証拠は残しても目撃者はいないということになる。

後は至極簡単に考えつく流れだ。
ろくすっぽに捜査しない警察は、似たような事件とそれをごちゃまぜにする。
彼女の話題が表に出なかったのも、おそらくそれが原因だろう。

「じゃあ、行ったこともない所でも噂が流れてたのは、キミだったの」

「そうかもしれないわ。ごめんなさいね、あなたの邪魔しちゃって」

確かに、迷惑だったかもしれない。
初めてやって来た地域でも、何もしていなくても追われている時は最悪だった。
どうしてここの住人が知っているのかと、見出だすことができない答を探すのにも神経を擦り減らした。

「知らず知らずの内に、嫌がらせまがいのことをしたのだから、ね」

「・・・」

彼女の思考や、その心内は口から出た言葉が全てだった。
疑心暗鬼になる必要もなく、これなら任せても良いかな、とメイは思った。

「この近くの公園で、しぃを見つけたんだ」

「?」

「子供がいたようだし、僕一人だと手に余りそうだから、それをお願いしたい。かな」

「わかったわ。我が儘聞いてくれて、ありがとう」

「こちらこそ」

※

日も傾き、木々の影が伸び始める時間。
その影は暑さを凌ぐには十分過ぎるどころか、薄暗ささえ感じる公園に二人は来ている。
入り口から五メートル先に、その段ボールはあった。

「アレね?」

「うん」

大胆に公園を横切る女に対し、メイは端の方をこそこそと走る。

天敵となる虐殺厨がいないとわかっていても、やはりああいった真似はできなかった。
背後から襲われただけで、隙をつかれてしまっただけでも終わってしまう命。
彼女のように、殺気だけで獲物を捕えたり、虐殺厨を簡単に返り討ちにできるような力があれば。

(もっと・・・強くならないと)

そんなことを考えながら、ひたすら気配を殺し、歩く。
段ボールとの距離は縮まり、女はそれの前に立ち、メイは近くのベンチに身を隠す。

「こっちで見ないの?」

「周りのこととか、念のため」

「ふうん」

※

どこに基準を定めたらいいのかはわからないが、とりあえず女が段ボールを覗き込んだ所から。

―――虐殺が、始まった。

「あら、あら・・・かわいい子達ね」

すやすやと寝息をたてて、一匹の親しぃと三匹のベビしぃが丸くなっている。
そんなほほえましい光景に、不本意ながら笑みがこぼれる。

早速段ボールの中に手を突っ込み、先ずは親しぃの首根っこを掴み、ひょいと持ち上げた。
皮に爪が食い込んでも、それでもまだ寝息をたてつづけている。
あまりの熟睡っぷり、或いは神経の図太さに、少し呆れてしまう。
が、この可愛い寝顔が血と涙でぐしゃぐしゃになるのを想像すると、先程とは違う意味で笑ってしまう。

「ふふっ」

女は親しぃの頬にキスをすると、そのまま後方に投げ捨てる。
桃色のAAは、物凄い勢いで芝生の上を滑り、公園の端にある木にぶつかった。

「シィィィィッ!?」

どうやら木に衝突したショックで覚醒したようで、親しぃは急に泣き叫ぶ。
状況を把握するどころか、草と土塗れになった擦り傷だらけの身体ばかりを見て悶えているばかりだ。

その隙を狙い、女は段ボールの中のベビを次の目標にする。
どうやらこちらも目を醒ましたようで、三匹共に覗き返していた。
親は外で酷い目にあっているというのに、小さく「チィ」と鳴き擦り寄ろうとしてきている。

154 :魔:2007/08/06(月) 23:48:07 ID:???

(まあ、まあ。綺麗なオメメ)

幼い頃であればひたすら清らかであるベビしぃ。
それだけを切り取って見てしまえば、何故こんな可愛い者達が殺されなければならないのかと考えたくなる。
が、今ベビの目の前にいる者は『化け物』である女だ。
慈愛の心なんて、母性なんてかけらも持っていない女は、もはや虐殺の二文字しか頭になかった。

「それ」

爪を翻し、一薙ぎ。
轟音と共に段ボールは爆発し、形を失って辺りに散らばった。
中に居たベビ達も、同じように様々な大きさの肉片となって投げ出される。

(うわ・・・!)

小道具もなしに、瞬きをする間にそれを細切れにした。
その瞬間を見ていたメイは、女の持つ力に、恐怖と興奮という二つの感情が重なる。
笑う様とその見てくれは畏怖の象徴でもあり、また目標でもある。

メイの求める『生き延びる』という願いは、彼女が全てを体言していた。




女はまだ悶えていた親しぃの前に立ち、こちらに気付くのを待つ。

「イタイ、イタイヨゥ・・・ハニャッ?」

「おはよう、お寝坊さん」

親しぃは女に顔を向けた途端、一気に青ざめた。
次にそいつの後方に広がる赤と、ぐしゃぐしゃになった段ボールを見て、絶望した。

「ア、アァ、ソンナ・・・ベビチャ・・・」

「あなただけは形を残してあげる」

呟き、鯉のようにぱくぱくと動く親しぃの口の中を覗く。
タイミングをあわせ、それが大きく開いたところで、爪を突っ込み舌をちぎった。

「ッ!!? ギャブアアァァァ!!」

血が噴水のように口から溢れ、言葉でない声がこだまする。

「ゆっくり遊ぶ暇はないわ。さあ、さあ、噛み締めましょう」

顔を押さえ突っ伏す親しぃを無視するように、桃色の肩に手をまわす。
そして、肩甲骨ごと引きはがすように、腕をもいだ。

「ギャッ!! ブアアアァァッ!!! ガ―――」

突っ伏した状態から、飛び上がるような形で海老反りになる。
二、三回叫んだかと思うと、急に声をあげるのを止め、仰向けに倒れた。

どうやら上を向いたせいで、口内に残っていた舌が落ち、気道を塞いでしまったようだ。
両腕なしにがくがくと暴れる様は、まるで新しい生き物のよう。
呼吸をしたくて必死になり、泣くことすら忘れてしまっているようだ。

「まあ、まあ、面白い動きね」

そんなことを言いつつも、虐殺の手は休めない。
もぎ取った腕を丁寧に置き、暴れ狂う脚を押さえ付ける。
しかしなかなかに抵抗してくるので、多少荒く脚の付け根を潰した。

と、親しぃは身体を弓のように張り、痛みに酷く悶絶する。
喉に落ちた舌のせいで、苦しさに苦しさが重なっていく。
段々とその動きは鈍くなっていき、ついには肉塊となった。

「・・・ふふ、お疲れ様」




(・・・凄い)

その一連の流れは鮮やかでもあり、指先一つ一つの動きすら美しかった。
冷静に見れば、奇形とも化け物とも取れる姿である彼女に、メイは心を奪われていた。
巷では本当に化け物と呼ばれている、あの女に。

「これでいいかしら?」

親しぃの腕と脚をまとめて抱え上げ、女はメイに問う。

「うん。できれば、身体の方も持ってきてほしいかも。腕は僕が持つから」

「まあ、まあ。見た目よりも食欲旺盛なのね」

と、二人はそんなやり取りをして、廃屋へと向かった。
公園には、嵐が通ったかのような跡を残しつつ・・・

155 :魔:2007/08/06(月) 23:49:13 ID:???
※

夜になり、望月が廃屋を照らす。
青白く光る自分の身体と、彼女の横顔がなかなか幻想的だった。

持ってきたしぃの遺体は、残さず綺麗に食べてしまった。
二人居たからというのが原因でもあるし、なにより寝床の近くで腐らせてしまったら不快でしかない。
文字通り骨と皮だけになったしぃは、庭に散らしておいた。




「今日は楽しかったわ。ありがとう」

横になろうとした時、女は唐突に話し掛ける。
振り向けば、自分に背を向けて月を眺めている彼女の姿があった。

「どこか行く場所があるの?」

「ないわ。ただ、一緒に居たら目立っちゃうかもしれないでしょ」

まだお話したいけど、と彼女は続け、俯く。
メイだって、その通りとは思いつつ、まだ彼女と一緒に居たいと心のどこかで願ってしまっていた。
だが、それではお互いの為にならない。

「・・・」

「またいつも通り、それぞれ違う場所で生きましょう」

そう言って、彼女はゆっくりと歩き始める。

「待って!」

「・・・何?」

「名前・・・教えてなかったから。僕は、メイって名前があるんだ」

風が、頬を撫でる。
ほんの少しの間だけ、同じ時間を過ごしただけなのに。
何故こうも惹かれてしまったのか。
それは、メイにも、女にも、誰にもわからなかった。

「・・・私ね、子供の頃、白くて、ガラス一枚しかない部屋で育ったの」

「えっ?」

「大きくなって、自分からその部屋を出た時、ガラスの下に『V』って彫られてた」

「それが、君の名前?」

「わからないわ。その頃はずっと、遊ぶことと食べることしか頭になかったから」

「・・・」

「メイ君・・・だっけ。また、機会があれば、その時は一緒に遊びましょ」

そう言うと、Vはその場で跳躍して夜の闇に消えた。




※

僕が、被虐者でなければ。
Vが、化け物でなければ。
この街に、虐殺がなければ。

いろんな者に不思議な体験をもたらす少年は、そんなことを想っていた。
生き延びる事以外にも、新しい願いが湯水の如く溢れ出す。

―――また、会えるかな。
   いや、次は僕から逢いに行こう。

片腕が黒い少年は、次に叶えるべき事を定め、床についた。


続く