天と地の差の裏話 その8

Last-modified: 2015-06-27 (土) 23:01:08
439 :魔:2007/10/21(日) 19:25:22 ID:???
エピローグ
『表』

※

視界を阻む程降りしきる雨の中を、ひたすら走る。
灰色に染まった世界で、AAの気配は己以外に感じなかった。

殆ど同じような景色を縫い、駆けていく。
すると、不意に視界が開けた。

足を止めてみれば、そこは懐かしい場所だった。
一ヶ月前に、奴らの手から逃れてきた場所。
似たような景色の中でも、ここだけははっきりと覚えていた。




「・・・う、っ」

不意に、吐き気を催す。
吐こうとすると、胸元に鋭い痛みが走った。
構わず、胃の中にあるものを押し出す。
雨が降っているさなかで、別の液体が撒かれる音。

全てを吐き、二、三度咳き込む。
胸の痛みが取れないまま、出たものに目線を落としてみる。

「あ・・・」

そこには夥しい量の血が流れていた。
愕然として、握っていたナイフが指から滑るように落ちた。

堪らず、何度も咳き込む。
口を押さえている手に、更に血が付着していく。
止まったかと思えば、立て続けに目眩が襲ってきた。
成す術なく、その場に倒れ込む。

正直、よくここまで来れたなと思う。
ギコの恐ろしい暴力のせいで、ボロボロになった身体。
あの時に、暴れた肋骨が内臓を傷付けた事には気付いてはいた。
それが今になって、揺り返しのように一気に襲ってくるなんて。

喉が熱い。
身体は冷たくなっていく。
段々と、呼吸することすらきつくなってくる。




死ぬ。
その運命は、すぐそこまで来ていた。
眼も霞み、もう何も感じることができない。
指先一つ動かせない程麻痺してきた時、ふと眼前のナイフを見遣る。
銀色の刃に雨粒が落ちては消え、まるで宝石のように輝いている。

(・・・ああ)

『生き延びる』という願いが潰えそうな今になって、いいものが見れた気がした。
思えば、このナイフがなければ、自分は何も出来なかった。
身体の一部のように、当たり前のように扱ってきて、あまり向き合うこともなかった。
今更だけれど、このナイフに感謝をしなければ。

メイは心の中でありがとうと呟き、醒めることのない眠りへと落ちた。





―――被虐者であったメイは、被虐者の運命を拒んでここまで来た。
   そして、それに必死で抗ってもきた。
   だが、その時はあまりにも短すぎた。
   たった一ヶ月の間だけ、自分なりの冒険をした。
   雨に打たれ、横たわっている今、彼は何を想っているのか。
   それは、誰にもわからない。

440 :魔:2007/10/21(日) 19:25:58 ID:???
※

全ての歯車は、回転を止めた。
隣り合う者も、ぶつかり合った者も、砕けていった。
今、残っている歯車は一
歯車は一人では回ることはできない。

しかし、歯車がなくても街という時計は時を刻む。
街は更に新しい歯車を生み出し、壊す。
混沌とした輪廻の輪は、止まる事を知らない。
今日もまた何処かで、様々な歯車が噛み合い、回っている。




―――天と地の差の裏話。
   小さなこの物語は、ここでおしまい。

441 :魔:2007/11/10(土) 15:33:54 ID:???
『表話』

※

世の中には様々な姿のちびギコがいる。
目の色から毛並み、尻尾の形も含めると数え切れない程だ。
そういったちびギコが産まれる理由は、同じように様々だった。
どこぞの変態がアフォしぃを犯したり、逆にアフォしぃが自分より弱い者と無理矢理交えたり。
そういった異種同士のやりとりからの発生、あるいは唯の突然変異という事と世間では言われている。

今回はその様々なちびギコ達の中でも、『より珍しい者』の話。
上記の理由をもってしても、なかなかお目にかかれない者の物語だ。




※

街の中央に位置する、雑木林を切り拓いた巨大な公園。
そこからあまり離れていない所に、被虐者の集まる空き地がある。
雑に置かれた土管やブロックもあり、雨風をしのぐ位はできる。
そんなごく普通の空き地に、物語の要はいた。




「・・・ぐぅ」

空き地の真ん中で、ブロックを高く重ねたものの上で丸くなっているちびギコ。
彼には勿論家などなく、出生もわからぬままここで暮らしている。
普通ならば、家族も名前も何もないちびギコなど仲間にまでも見捨てられるだろう。
だが、彼は違った。
誰も持っていない武器を持ち、それを最大限に利用してきたのだ。

その武器とは、『身体の色』の事だ。
ギコ種のそれよりも濃い青と、光沢さえ見えてしまう毛並み。
先の折れた耳には、一文字に鮮やかな白いラインが走っている。
瞳は身体の色と相反して、朱と紅が混じったかのように輝いていた。

あまりにも世間離れしつつ、被虐者らしからぬ艶やかさ。
何も知らない者なら、血統書つきと言われてもすぐに信じてしまう程だ。
しかし、一枚皮を剥いでしまえば糞虫と呼ばれているちびギコと全く同じ。
彼の浅はかな思考では、今の生活で精一杯、かつご満悦なのだ。

「アオ様、起きて下さいデチ」

ブロックを昇り、青いちびギコに仲間と思われる者が耳打ちをする。
それに反応し、アオ様と呼ばれた青いちびギコはゆっくりと顔を上げた。
二、三度目を擦り、大きく背伸びした後、仲間の方を向く。

「何デチか?・・・アオ様はまだ眠いデチよ」

「ご飯の時間デチ。既に準備をしてるから早く来て下さいデチ」

「ああ、なるほど。ご飯なら仕方ないデチね」

渋々とした意思を言葉に表しても、表情は嘘をつけない。
気怠さを吹き飛ばし、眼を爛々と光らせながらブロックを飛び降りる。

積み上げたブロックの、後方にある土管の裏に回り込む。
そこではまた別の仲間が数匹、残飯とおぼしきものを列べて待っていた。
彼等のちょうど真後ろ、木で出来た塀の下には、小さな穴があいている。
恐らく、あまり目立たないそこを主に、このちびギコ達は残飯探しをしているようだ。

「アオ様、これが今日のご飯デチ」

「いつもより多く肉をゲットできたデチよ」

アオ様とやらに収穫の成果を報告する彼等も、やはり様々な姿である。
しかし、その身体もゴミ漁りやら何やらで汚れてしまっている。
それに対し、アオ様はその綺麗な体毛を綺麗なままで維持できていた。
何故、同じ場所で生活をする彼等に、ここまで差があるのだろうか。

442 :魔:2007/11/10(土) 15:34:17 ID:???
※

答えは至極単純なものだった。
アオ様が、他の仲間に雑用等を全て押し付けていたのだ。
だが、それだけの理由では、ちびギコ達はおろか、全てのAAは納得できないだろう。
『働かざる者、食うべからず』。それを無視できたのは、やはり身体という武器が関係していた。

上流階級でもない限り、見る者全てを魅了する毛並。
物心ついた時には、住む場所もなく、家族も既にいなかった。
しかも、その派手さのせいかよく他のちびギコが寄ってきた。
本来ならば、ここで奇形だ害虫だと罵る輩が多くいる。
だが、このちびギコを見た者は、その美しさの前ににそんな言葉は口に出来なかった。

それでも、輝くものを持っていながらも所詮はちびギコ。
『弱き者は強き者に弄ばれる』という理を、脱する可能性を得たというのに。
青いちびギコは頭脳を悪い方向に、しかも稚拙に回転させた。

『ボクはマターリの神サマの、御使いなんデチ!』

群がってきたちびギコ達に、彼はそう言い放ったのだ。
勿論それはでっちあげで、本人はマターリの神など信じていない。
頭の悪い奴らを利用したいが為に、そんな嘘を吐いたのだ。

アオ様と呼ばれるようになったのも、その時に咄嗟に名付けたもの。
それから、アオは色々な嘘を作り上げては、ちびギコ達を利用した。
あまりにも無茶な注文をした時には、流石に反発する者も出てくる。
それすらも、その美しい姿に既に魅了された者達を使って排除した。

※

「ふむ・・・」

アオは、目の前に並べられた食料を品定めしていく。
肉や味の濃いものはそのまますぐに口に運び、他は乱雑に扱う。
残飯とはいえ、被虐者達から見たらそれは恐ろしい程の贅沢。
アオの傍若無人な行動に、涎をだらしなく垂らす者や、憤りを感じる者もいた。

それでも、彼等にとってアオは『マターリの神の御使い』である。
アオに不満を言ってしまえば、マターリの神から天罰が下るだろう。
そんなありもしない事に彼等は怯えつつ、アオの毛並みを眺めていた。

「今日はご苦労デチ。残りはお前らにやるデチよ」

と、品定めという名の好き嫌いをし終えたアオは、そそくさと元の場所ヘ戻る。
その場に残ったのは、汚いちびギコ達と生ゴミに近い残飯だけだった。

「・・・残りって、またコレだけデチか」

虫喰いのあるキャベツの芯を摘み、溜め息をつく者。
その横で、人参の皮をしゃぶる者も居た。

「文句も、陰口も言ったら駄目デチ。アオ様に失礼な事があったら、どうなるか・・・」

「でも、これで本当にマターリできるんデチかね・・・」

「・・・」

「信じる者は救われる。それを守るだけでいいんデチ」

「そうデチね。信じていれば、いずれアオ様がマターリへと導いてくれるデチ」

いつもと同じ流れからくるのは、いつもと同じ会話。
嘆く者がいれば、それの背中を押し助けあう。
健気ではあるのだが、やはり現実は厳しいものだった。

(フン・・・そうやって一生バカやって、僕の為に死ぬがいいデチ)

まともな敷居もないこの空き地では、そんな会話はアオの元に簡単に届く。
それを聞き、ほくそ笑みながらひなたぼっこをするのも、彼の日課。
まあ、視野を狭めればこれも『弱き者は、強き者に弄ばれる』事に等しい。
弱者は、強者の慰み物、或いは利用されるべきなのだろう。

443 :魔:2007/11/10(土) 15:35:14 ID:???
※

そんな被虐者達のやりとりを、影から観察する者が二人。
一人は頬がこけ、やたらとエラが目立つニダー。
職についていないものの、その肩書には守銭奴というものがある。
もう一人は、細長い髭をたくわえたシナーという男で、料理人だ。

「アイツか・・・噂通り、無駄に綺麗な奴ニダ」

ニダーの手にはいかにもといった怪しいスプレーと、袋があった。
吊り上がった細い目の奥では、アオを見詰めて爛々と光る瞳。
しかしそれは、毛並みに魅了されてのものとは違うようだ。

二人の目的は、言わずもがなアオを捕獲する事。
その筈だが、ニダーの相方であるシナーは、どこか不満げである。

「普通のちびギコじゃないアルか。あんなの、毛皮にしても価値ないアルよ」

「お前の発言は否定と肯定が混ざっててややこしいニダ」

どうやらシナーはニダーに詳しい説明を聞かされず、連れて来られたようだ。
ぶすくれて愚痴と不満を垂らしつつも、その手の中にはアタッシュケース。
中には自慢の包丁を入れており、料理ではなく虐殺に扱うものだ。

互いに相反する道具を持つ理由は、やはりニダーの考え。
そうこうしているうちに、目標であるアオはうとうととし始めていた。

「チャンスニダ! シナー、ウリの言ったように、しっかりと動くニダよ?」

「わかってるアル。寧ろそれの為に来ただけアルよ」

声を押し殺しての会話の直後、ニダーが動く。
足音をたてないように小走りをするが、枯れ葉や小石がそれを邪魔する。
地面を踏む度に乾いた音がして、これでは隠れていた意味がない。
案の定、後少しといった所でアオは目を覚まし、ニダーに気付いた。

「ん・・・誰デチか?」

(しまったニダ! でも、まだこれがあるニダ!)

アオが完全に目覚めるより前に、素早くブロックの前に走る。
そして、間髪入れずスプレーをアオに向けて、噴射。

「ひぎゃっ!? な、何・・・」

何するんデチか。そう言い終える前にアオは再び眠りについた。
ニダーが持っていたのは、睡眠薬の入った即効性のあるスプレーだった。
ふら、と倒れそうになる青い身体をニダーは上手くキャッチし、そのまま袋の中へ落とす。

「ホルホルホル。上手くいったニダ!」

独特な笑い声をあげ、ニダーはご満悦だ。
踵を返し、帰路につこうとした途端、ブロックの奥の土管の方から音がした。
ガサガサとその音は大きく、複数がこちらに向かっている。

「アオ様!?」

「そこのお前! 何やってるデチか!」

「アオ様が虐殺厨に掠われるデチ!!」

物音達はニダーに姿を見せるや否や、様々な罵声を浴びせる。
纏まりの全く感じられない発言は、ちびギコの頭の足りなさを感じさせてくれる。
それでも、アオに対する忠誠心、信仰心はかなりのもののようだ。

「煩い奴らニダ・・・」

普通ならば、こういった場合は他の者に見つかった時に『しまった』と思う筈だ。
しかし、ニダーはそう思うどころか、面倒事が増えたと歎いている。
それもその筈、ニダーは抵抗する者に対してはしっかりと対策を練っていたからだ。
まあ、実際はそこまで考え込んでの対策ではないのだが。

「シナー、出番ニダ」

444 :魔:2007/11/10(土) 15:35:45 ID:???

ぎゃあぎゃあ喚き立てるだけのちびギコ達を無視し、ニダーは連れの男の名を呼ぶ。
あまり間をあけずに、シナーがアタッシュケースの中身を持ち出してやって来た。

「なんと。こんな数の糞虫がここに居たのアルか」

「さ、後は頼んだニダよ」

ニダーはシナーの後ろ手にまわり、アオを入れた袋を肩に担ぐ。
それと同時にシナーは大振りの中華包丁を構え、切っ先を眼前に置く。

「直接的な恨みはないアルが、『食』の害虫として貴様等は捌いてやるアル!」

「アオ様を掠う虐殺厨め! 返り討ちデチ!」

互いに気持ちをぶつけ合うと、ちびギコは力強く地を蹴った。
それを迎え撃たんと、シナーは包丁を握り直す。

※

シナーは料理人であり、糞虫のことは人一倍嫌っていた。
アオを生け捕りにする時に不満を垂らしていたのは、この理由も含んでいる。
ちびギコは飲食店ではゴキブリと同一視されるものだから、それは仕方ないのだが。

生理的に受け付けないとはいえ、それが虐殺対象になると話は変わる。
ちびギコへのベクトルは一気に真逆を向き、虐殺には最高の相手と化す。
今のシナーは、眼に火が燈ったかのように熱くなっていた。

「はイイィィィ!!」

飛び掛かってきたちびギコに向かい、刃を振るう。
空を切り裂く音がしたかと思えば、瞬く間にちびギコの身体に赤い線が走った。

「!?」

そのちびギコは叫ぶことなく、空中で綺麗に輪切りにされた。
受け身も取れる筈がなく、そのまま肉塊として地にばらまかれる。

「ああっ!」

「そんなぁ!」

仲間が次々に驚くものの、名前らしきものは発さない。
どうやら名前を親から貰う事なく生まれ落ち、ここまで生き延びてきたようだ。
哀れむ事なんてあるはずはないし、それにこいつらには共通の名前がある。

「せめて『糞虫タン』と叫んでやるネ!!」

嘲りを含めた、気合いを込めての言葉。
包丁を振りかぶり、肩が外れんばかりの勢いで投擲。
鈍く重たい音を響かせながら、ちびギコ達の方へと包丁が飛ぶ。

「え ひぎゃブっ!?」

「ぐゃあぁがぁ!?」

軌道のど真ん中にいたちびギコ達は、首や腹を次々とかっ切られていく。
ボロ雑巾のような毛皮が、自身の血で艶やかに染まっていった。
水平に弧を画いた包丁は、軽快な音をたてて持ち主の手の中に戻る。

「ふむ。まだ生きてるアルか」

「あ、あうぅ・・・」

咄嗟に屈み、難を逃れた者が数匹。
全員、仲間の血が身体に付着しており、それが原因なのか腰を抜かしていた。
名前がないせいで馬鹿みたいな馴れ合いができず、恐怖に盲目になれていない。
シナーはちびギコ達を見てそう読み取り、次の行動に移った。

445 :魔:2007/11/10(土) 15:36:37 ID:???

「フム・・・」

死体を数えてみれば、思った以上のちびギコがここに居た。
一匹見れば三十匹と考えるのだが、流石に一辺に沢山集まっているのには堪え難い。
しかもニダーが狙っていたアオとやらにこき使われたのか、非常に汚い身体をしている。
より近くで見る程、毛並みはガビガビで変な方向に固まっているし、その色も凄まじい。
漂泊剤で洗うよりも、いっそペンキで塗り隠した方が楽ではないかと思われる。

ふと、ここで疑問が浮かび上がった。
身体をボロボロにしてまでアオに仕えていた様なのに、虐殺に入るとこの反応。
例えばアフォしぃによく見られる『マターリ』に関する宗教がある。
その信者達は様々な地域で活動し、酷い時には暴動や殺人を犯す者もいる。
神の為なら命懸けで尽くすというか、こいつらにはその精神が見当たらない。

自分だって、愛国心ならば誰にも負けない。
もしこいつらと同じ立場になったとしても、足首にくらいは噛み付いてやる。

(ひとつ、聞いてみるアルか)

疑問に対する一つの解答が閃いた所で、シナーは答え合わせの為にちびギコの前に進んだ。
おおざっぱな虐殺を仕掛け、残ったのは三匹。
ざ、と砂を踏む音に反応して、一匹のちびギコが驚く。
何の気無しに歩いただけなのに、この怯えっぷりには流石に呆れ返る。

「あひ・・・ひぃぃっ!」

あと一歩という所まで近付けば、糞尿を垂らして後退る。
涙も鼻水も涎もだらだらと溢れ、その様はどう見てもまともではない。
こうまでなっては、ちゃんとした会話は出来ないだろう。
そう解釈したシナーは足を早め、ちびギコの眼前まで近付いた。
そして、何も言わず包丁を動かし、そのちびギコの首を撥ねる。

「ひ、ひぎゃあああぁぁぁ!!」

真っ赤な生臭い噴水があがると同時に、側にいたちびギコが悲鳴をあげる。
仲間の血をもろに浴びたせいで、その不快感と恐怖は半端ではないようだ。
どちゃ、と首のなくなったちびギコが崩れると、つられて叫んだちびギコも泡を噴いて倒れた。




不愉快である。
何時もなら無茶苦茶な屁理屈を並べた後、自分達に虐殺されるのが定石だろう。
これではこちらがシリアルキラー、もとい悪者扱いだ。

最後の一匹に問うことが出来なかったら、ニダーに解釈を求めよう。
シナーは諦め気味にそう考え、残った者に近付いた。

「う・・・」

先程殺した者と同じような反応はしたものの、そこまで露骨なものではない。
逃げられないようにと首の後ろの皮を掴むと、すんなりと受け入れてくれた。
ひびは入っているものの、まだ精神崩壊は起こしていないようだ。
少しの余裕が見えた所で、先ずは最初の疑問を問う。

「お前、どうして真面目に助けてやらないアルか?」

「え、っ!?」

恐怖に震えあがっているちびギコの身体が、強く跳ねるのがわかった。
それと、隠し事がバレたかのような勢いで、心臓が激しく動き始めたようだ。
耳を寄せなくとも、掴んでいる手から心音が聞こえると錯覚する程。
構わず、質問を投げ掛ける。

446 :魔:2007/11/10(土) 15:36:56 ID:???

「アオ様とやらを、マターリを信奉してたんじゃないアルか?」

「そ、それ、は・・・その、っ」

「たった二人の加虐者が来ただけで、その信奉は崩れるものアルか?」

「あ、あう・・・」

疑問が、確信へと変わっていく。
それに倣って、ちびギコの愚かさから感じる愉快さが込み上げる。
シナーは鼻息がかかる距離まで顔を近付け、その確信を投げ掛けた。

「お前は馬鹿アル。騙されていると理解していながら、何故アオを崇め敬っていた?」




少しの間の後、ちびギコの眼が泳ぐ。
続いて身体の震えも加速し、小汚い顔は土気色でいっぱいだ。

今このちびギコは、己の弱さからくる葛藤で頭がいっぱいなのだろう。
アオの姿、加虐者の言葉、嘘か真か、自分がやってきた事は・・・と。

深く探らずとも、ちびギコの天秤には何が乗せられているか位はわかる。
真であれ偽であれ、こいつらにはマターリが必要不可欠のようだ。
だが、そのマターリはマターリでなく、しかも騙していた者があのような姿。
ならば自分達が信じていたマターリとは、一体何なのか。
ちびギコの思考など、だいたいこのような感じだろう。

(やっぱり、コレが最高アル・・・)

被虐者が己の愚かさに気付いたこの瞬間が、一番面白い。
眼の前で子供を殺された母親よりも、崩壊の度合いが違うからだ。
それに、このちびギコは中途半端な賢さのせいでこうなった。
アオの言うマターリが、嘘なのかと疑問視する位の賢さだ。
打開策を考える良さもなければ、逃避できる馬鹿さもない。

時間に余裕があれば、もっともっと遊んでいただろう。
だが、ニダーを待たせてはいけないので、ここらでお開きにする事にした。
シナーは最後にちびギコに耳打ちし、その場に打ち捨てた。




※

「二言三言で潰れるなんて、余程自分を追い詰めていたようだったアル」

「意見を表に出せない、自己主張できない奴らの末路はこれでいいニダ」

「自身で悩み、自身を責め、自身を破壊するなんて、手間のかからない良い奴アル」

「そういえばシナー、最後に糞虫に何か耳打ちをしてたニダ。なんと言ったニダ?」

「ああ、それは・・・」

二つの嵐が談笑しながら空き地から離れていくのを、一匹のちびギコだけが見ていた。
マターリの為に、アオ様に必死で仕えてきたはずなのに。
その頑張りは、虐殺厨にあっさりと砕かれてしまった。

仲間も殺され、あまつさえ御使いであるアオ様まで奪われた。
地獄よりも凄まじい世界となったこの空き地で、自分は何をしていけばいいのだろう。
恐怖と絶望と、あの虐殺厨が吐いた言葉のせいで身体が動かない。

『マターリとは、裏切りの味を濃くする為の調味料アル』

異国の訛りが入ったそれは、耳と脳にこびりついてしまっていた。
自分は死ぬまで、この惨状と言葉を脳裏に焼き付けなければならない。
そう考えてしまっても、叫ぶ気力すら失ったちびギコ。
他にある道も、後悔に後悔を重ねるだけの無限回廊。
現実と無知は、弱者にとってあまりにも残酷なものとなった。

447 :魔:2007/11/10(土) 15:37:58 ID:???
※

互いに結果に満足し、余韻に浸りながら帰路につく。
と、シナーはここで自分の中にまだ残っていた謎を思い出す。

「そういえば、まだ捕獲の理由を聞いてなかったアル」

「そんなに知りたいニダか」

にやにやと勿体振るニダーを見て、シナーは不満げだ。
だが、虐殺の余韻かその口元は緩んだままである。

「当たり前アル。料理人として、そのちびギコ捕獲のメリットが見付からないからアル」

「ホルホルホル。まあ、まだシナーには手伝って貰うから、今教えても支障はないニダね」

「いいから、早く教えるアル」

「わかったニダ。それは・・・」

「それは?」

稼げるものなら何でも扱う、守銭奴として名高いニダー。
そのニダーが今までやってきた事の中でも、それは一番奇抜なものだった。




「こいつを使って、マターリならぬ『健康』の信者を釣るニダ!」




その言葉の直後、シナーの眼が点になる。
訳がわからないのと、妄想についていけないという理由が半々だ。
あまりにも素っ頓狂な解答に、シナーは自分を宥める意味で掘り下げる。

「ニ、ニダー? そんな抽象的だと余計わからないアルよ?」

「これからじっくり説明するニダ」

※

要約すると、
『このちびギコを珍獣扱いして、店に出す』
『珍しさを武器に、身体の至る所に薬効があると偽る』
『客は効果のない霊薬に喜び、自分達は金に喜ぶ』
ということ。

シナーはニダーの説明に段々と食いつくも、その怪しげなやり方に不安を抱く。
その顔色を察したのか、ニダーは自分の細目を更に吊り上げてこう言った。

「質問があるならどうぞニダ。あらゆる解答、打開策はあるニダよ」

「・・・薬効がないかもしれないとケチつけられた場合はどうするアル?」

「その前に薬のもう一つの効果、『思い込み』を使うニダ」

「思い込み?」

ニダーいわく、薬の効果の半分は薬効で、残りは思い込みとのこと。
珍しいから、御利益があるから効くだろうといった事は、田舎等ではよく耳にする。
特に珍しいものに関しては、そこに医学的根拠がなくとも信じ込みやすいらしい。
今回の場合は、珍しさを全面的に押し出しての商売を狙うようだ。

「この毛並みと珍しさを利用して、『薬効があると思い込ませる』ニダ」

「ほうほう」

「更に、シナーの祖国から捕まえたと話を上乗せすれば完璧ニダ」

「・・・なぜ、私の祖国アル?」

「『脚のあるものは机と椅子以外食べる』と言われる程エキゾチックな国ニダ。そこから取り寄せたと言えば、信じ込みやすいニダ」

「・・・それは偏見アル。というか、もしかしてまだ付き合わさせるつもりアルか」

「当たり前ニダ。でも、お前に損はさせないニダ。どころか満足させてやるニダ」

「満足?」


448 :魔:2007/11/10(土) 15:38:19 ID:???
※

翌日。
人気の多い百貨店の横に簡易な店を設け、それは始まった。
勿論、その百貨店からの了承はちゃんと得て行っている。

「さあさあチョッパリ共! ウリの店に寄るがいいニダ!」

(こいつは真面目にする気はないのアルか?・・・)

ニダーの無茶苦茶な呼び込みに、シナーは多少不安を覚える。
だが、彼もニダーと同じ思いであり、早く客にきてほしいと心の中で願っていた。

何故ならば、見世物としてこのアオを『吊るし切り』にするからだ。

ニダーの言っていた、満足とはそのことだった。
シナーが想像していたのは、アオの写真と実物の毛皮の切れ端を肉骨粉にしたそれを袋詰めにする作業。
霊薬と呼ぶものだし、糞尿や細胞の一欠けらまで金にすると思っていた。
が、まさか一般AAの前でこんな珍しい者を虐殺するとは一片足りとも考えてもいなった。
解体ショーという相手も自分も楽しいものをしつつ、金儲けとは素晴らしいものだ。

(・・・にしても、コイツは大丈夫アルか?)

捕まえて以来、今だ眠っているアオ。
両手首をきつく縛り、そこから吊るしているというのに、本人は寝息を立てている。
ニダーの使ったスプレーが強すぎたのか、或いはこいつが鈍いだけなのか。
そんな事を考えていると、既に主婦達が店の前に集まっていた。

「あらホント。綺麗なちびギコねー」

「流石に鑑賞用に飼うなんて酔狂な事はできないけど、お薬になるならいいかもしれないわ」

「その毛並みの美しさが、私達に貰えるような薬って本当?」

「そうニダ! どころか身体の中もたちまち健康に、美しくなるニダよ!」

台本通りの説明で、食いつきはなかなかのようだが、まだ不安は全て拭えていない。
自分達だけが考えた要素だけでは、完全に保険という逃げ道を作ることはできない。
その場にいなかった者が、ごくまれに意外な目線で突っ込みを入れる事もある。
と、早速一人の主婦が疑問を持ち掛けてきた。

「念の為に聞くけど、そのちびギコってカラーひよこと同じ原理じゃないわよね?」

「どういうことニダ?」

「染めてるんじゃないかって。よくよく考えると、そんな綺麗な毛並みのちびギコっておかしいわ」

「ファビョーン!! このニダー様が用意したものに文句をつけるとはどういうことニダ!!」

「じゃあ証拠を見せなさいよ。本物だったら私達も文句は言わないわ」

「わかってるニダ!! シナー!」

短気過ぎるというか、物凄い剣幕でまくし立てるニダー。
毛皮を少しだけこちらに寄越せと、叱るように促す。
自分は呆れ気味に返事を返し、包丁を持った。
毛皮を扱う職人ではないが、トリの皮なら数え切れない程剥いできた。
それと同じ要領で、アオの臀部に切り込みを入れる。

「・・・ひぎゃっ! え、痛、痛い痛いっ!!」

と、どうやら痛みでアオが目を覚ましたようだ。
幸い暴れ始めるより先に切り離すことができたので、被害は少ない。
アオの両足首を片手で器用に掴んだ後、毛皮をニダーに渡した。

449 :魔:2007/11/10(土) 15:39:09 ID:???

「何す、い、いや、何デチかここは!?」

アオは喚き出すも、周りの騒々しさには勝らない。
寧ろニダーの怒りようの方が酷いと感じる位だ。
皆も気にしていないようだし、自分も無視するようにした。

「さあ、しっかりと目に焼き付けるニダよ!」

威勢よく声を出したニダーが取り出したのは、水の入ったボウルと漂白剤。
ボウルを置き、中に毛皮を入れた後漂白剤をなみなみと注ぐ。
直後、これでもかという位に乱暴に揉み洗いを始めた。
暫くそれを行った後、天に掲げるようにそれを取り出す。

「どうニダ!」

その言葉に続いて、主婦から感嘆の声。
それどころか、当たり前だと感じていた自分も驚いてしまった。
勿論色は落ちていないし、あれだけ乱暴にしておいて、毛がへたっていないのだ。
クセのようなものもなく、渡した時と同じ流れを保っている。
触った時には、そんなに硬く感じはしなかったのだが。
突然変異、偶然とはいえ、なぜそのような美しさをこんな糞虫が持っているのか。
そこだけは、やはり納得がいかない。

「まだ信じられないなら、通販で手に入るヤバイ洗剤ても持ってこいニダ!」

「誰もそこまでヒクツじゃないわよ。私買うわ!」

「ホルホルホル! そうなれば話は早いニダ!」

早速注文がやってきた。
値段はしっかりと店の前に書き記し、『1g100円』とかなりのぼったくりだというのに。
深い事を考えるより前に、誰もがこの毛並みに魅了されている。
虐殺という麻薬さえ超えたその中毒性は、どこか悍ましさを覚えた。

「シナー! 早速作るから材料を寄越すニダ!」

「了解アルよ」

作る、というのも、公平さを保つ為にアオをペーストにする事だ。
なにもかもを挽き肉より細かいものにし、後は適当な香料で臭みを消す。
主食でなく、調味料的な扱いを促せば、より嘘と気付きにくくなる。

早速取り掛かろうと、アオの脚を自由にさせる。
途端にばたばたと仰ぎ始めるも、声と一緒で周りの騒々しさに負けるもの。
あえてアオの罵声も耳にせず、包丁を逆手に構える。
後は簡単な精神統一。そして、

「はイイィァ!!」

脚を狙い、一閃。

「ひぎゃあぁぁぁあああぁ!!?」

すると、アオの甲高い悲鳴に併せてその青い脚が宙に浮く。
引力に引かれるより先に空いた手でまな板を持ち、しっかりとキャッチ。
ばたたっ、と複数の音がしたかと思えば、アオの脚は輪切りになってまな板に並んでいた。

「さ、どうぞアル」

「お見事ニダ!」

差し出せば、ニダーの褒め言葉と主婦達の黄色い声が重なる。
次いで、その奥のギャラリーからの拍手があがった。

「いあ、あああぁぁァ!! 脚、脚ぃぃぃ!!」

その中で不快に取れるものが一つ、アオの慟哭が耳に入る。
流石に脚は精神的ダメージも大きかったようで、いずれは痛みで更に叫ぶだろう。
ニダーと主婦達が喋っている間は、自分はこいつと遊ぶのもいいだろう。

「やあ、やあ。御目覚めアルか」

「な、なんなんデチかぁ! オマエはぁ!」

450 :魔:2007/11/10(土) 15:40:23 ID:???

「いや、なに。唯の料理人と商人アル」

「商人って! このアオ様にこんな事するのが商売デチか!?」

「そうアルね。しかも私達は君にいい事教えてるアル」

「はァ!?」

「お前、あの空き地でちびギコを利用していたアルね? マターリを巧みに使って」

その言葉の後、アオは言い留まる。
罪悪感のせいかどうかはわからないが、悪い事とは自覚していたのだろう。
まあ、そこで開き直ろうが反省しようが構わないのだが。

「そ、それがどうかしたデチか!」

「勿体ないアル。お前の毛並みは、もっと上手に扱えるアル」

「・・・え?」

と、アオは自分の発言に食いつく。
そこで、今行っている事全てをアオに教える。
勿論、詐欺ということは言わないでおいた。




※

「そ、そん・・・ふざけるなデチィイ!!!」

全てを知るや否や、怒りで泣き叫ぶアオ。

「勿体ない使い方をしたお前が悪いアル。だから、私達が教えてやってるだけアル」

「だからって! だからってぇぇ!!」

「授業料が命なのがそんなに不服アルか? まだ破格値だというのに・・・」

「シナー、早く次をくれニダ!」

「アイサー」

「あ、ちょ、待っ・・・ひぎゃあああああぁぁ!!」

脚を切り、尻尾を落とし、尻を削ぐ。
刃がアオの身体を走る度、それは心地よい音色となって返ってくる。
切り離したものをニダーに渡せば、アオはそれを拒んでまた叫ぶ。
定石である反応を示す様は、ギャラリーにも受けがよく、やっている側も気持ちが良い。

「も、もうやめてデチぃぃぃぃぃぃ!!!」

「まだまだアル。滴る血液もしっかりと金にして、ボロ儲けアルよー」

「誰かあぁぁぁぁ!! 助けるデチぃぃぃぃ!!!」

助けを呼んでも、皆亡くなっているわけで。
万が一に来たとしても、そいつにはアオの目論みも話した。
復讐に燃えるちびギコがアオを殺すというシチュエーションも見たかったが、それは心の中に仕舞うとしよう。
シナーはそう思い、なお叫ぶアオに包丁を走らせた。




※

アオがそういった毛並みだったのは、本当に偶然である。
突然変異。それが起こる確率は、天文学的な桁なのかどうかはわからない。
所詮はちびギコであるし、詳しく調べるという酔狂な科学者はいないだろう。
だから、今回の事もアオの肉の持つ成分がどうとか調べる者はいなかった。
それはニダー達にとって嬉しい誤算であり、本人は勿論気付いていない。
詐欺は誰にもバレる事なく、作戦は大成功のようだ。

―――これは、突然変異を成したちびギコの中の一人の物語。
   街のどこかでは、似たような者のまた違った物語が語られているだろう。
   機会があれば、それもまたいつか。



完