崩壊理論

Last-modified: 2021-02-06 (土) 00:55:31
463 名前:樹氷 ◆vKUd0rqkpo 投稿日:2005/10/26(水) 21:10:03 [ Puo3TOPo ]

0/11

― 全部ヲ、奪ッタ、奴等ニ、復讐ヲ ―
血塗れで立ち尽くすその仔は、涙と笑顔を浮かべ、包丁を握り締める。
― なら、行こう。一緒に、最期まで ―
長身の青年は、狂気の仔へと、静かに手を差し伸べた。

464 名前:樹氷 ◆vKUd0rqkpo 投稿日:2005/10/26(水) 21:10:37 [ Puo3TOPo ]

            『崩壊理論』
1/11

――急に、雨が降り出した。その、冷たい雨の中――

『 しぃ虐待・虐殺は犯罪です。 しぃはダッコしないと犯罪です。 
 ※このポスターを破損すると、しぃ法第3条により罰せられます。 』

保護者と思しきモララーと共に、寂れた通りを駆け抜けて
雨宿りに駆け込んだ店の軒先に、引き攣った顔のギコにダッコされている
だらしない表情のアフォしぃの写真と共に、そう書かれたポスターを
見つけたのは、まだ幼いアヒャの仔だった。
アヒャの仔は暫しの間その、今日におけるしぃの独裁政権の象徴である
ポスターを憎々しげに睨み付けていたが、其れに飽きると、
その視線と興味の行き先を傍らに居る、自分より遥かに背の高い、
育ての親でもあり、師匠でもあるモララーに変えた。
「……ヒャ、モララー、コレ」
「うん? どうした?」
アヒャの仔はモララーの服の裾を引っ張り、気を引いて振り返らせると
服を掴んだまま、開いている方の手を使ってそのポスターを指差す。
「……ああ」
モララーは、其のポスター、特にギコの引き攣った顔ををチラリと見た後、
ため息とも、相槌ともつかぬ声を洩らし、期待のこもった眼で見上げる
アヒャの仔と視線を合わせて肩をすくめ、おどけた調子で呟いた。
「破いて良いよ。でないと、ギコが可哀想だ」
「アヒャー!」
その言葉を最期まで聞き終えない内に、アヒャの仔は、
元々狂気的な笑みを浮かべている口元に、更に極上の笑みを重ね、
何のためらいも無く、ポスターを縦に真っ二つに引き裂く。
「アーッ、ヒャヒャヒャヒャヒャヒャ……」
奇声もとい笑い声を上げながら、ギコとしぃを別れさせたアヒャの仔は、
もう一度モララーを見上げ、破り取った方、先程までダッコされていた
しぃを、丁度首と身体の分かれる場所で、ビリビリと破いて見せた。
 その様子をじっと見ているモララーの顔が、ほんの少し曇る。
(この下劣なポスターのせいで、この逝かれた法律のせいで、
 この仔や俺を含めたこの国のAAが、どれだけ苦められている事か……)
「……アヒャ、モララー、ドウシタ?」
アヒャの仔が極上の笑みのまま首をかしげると、モララーは
仔の頭をそっと撫でながら、優しい笑みを浮かべていた。
天使と比べても、遜色のない、しかし、寂しそうで、冷たい笑顔を。
「いや、なんでもないよ」
暫し、対照的な笑顔が、互いをじっと見つめていた。

465 名前:樹氷 ◆vKUd0rqkpo 投稿日:2005/10/26(水) 21:11:10 [ Puo3TOPo ]
2/11

「ハニャーン シィヲ ダッコシナイ ヤシハ ギャクサツチュウ ダヨ!」
突然、その笑顔の間を遮るように、この上なく耳障りな甲高い声が奏でる、
不愉快でワンパターンな科白が、雨音の合間を縫って聞こえてきた。
「ヒャ……?」
「ん?」
アヒャの仔が、通りを挟んだ向かいの路地に目をやると、其処には
モナーにダッコをねだる、しぃが居た。
「アヒャア……!」
決して良いとは言えない視界、しかしアヒャの仔には、その光景が
異様なほどによく見えた。
(シィダ。アヒャノ、大好キナ 父サン、母サン、殺シテ、
  アヒャニモ、ヒドイ事、シタ、シィダ!)
 アヒャの仔がその眼で、声の主が間違いなくアフォしぃであると
確認した途端、先程まで見せていた、アヒャ特有の狂った笑顔は
みるみるうちに消え去り、アヒャの仔の顔は嫌悪、不快感、憎悪、殺意……
湧き上がる激情に推され、先程破いたポスターのギコなどとは
比較にならないほどに引き攣る。
「アヒャァア! モララー、行カセロ!」
そう叫ぶと、アヒャの仔はモララーの返事も待たずに、彼の服の裾を
掴んで引っ張りながら軒先を出て、通りを渡り、向かいの路地へ。
モララーも、抵抗せずに続く。折角の雨宿りが無駄になり、二人は
激しくなってきた雨に打たれ、たちまちずぶ濡れになってしまう。

466 名前:樹氷 ◆vKUd0rqkpo 投稿日:2005/10/26(水) 21:11:43 [ Puo3TOPo ]
3/11

―― その、冷たい雨の中、駆ける彼等の目的は、ただ一つ。
それは紛れも無く、この国の荒んだ法を真正面から破る事だったが、
彼等にとってそれは、あまりに小さい、取るに足らない事だった。
 何故なら、彼等は ――

アフォしぃにダッコをねだられているモナーは、かなり急いでいるようで、
今すぐ逃げ出して、目的地に向かいたいという気持ちと苛立ちが
普段は柔和であるはずのその表情に、今は露骨に表れていた。
「モナは急いでるモナ! 君をダッコしてる時間なんか無いモナ!
 他のAAを見つけて、ダッコしてもらってほしいモナ!」
しかし、アフォしぃがモナーの言うことを聞く事など、ありえぬ事だ。
「キーッ! ナニヨ、コノ クソモナー! ギャクサツチュウ! ダレカ コノ ハンザイシャヲ アボーン シテヨ!」
アフォしぃは、雨でドロドロになった地面にためらう事無く、
仰向けにひっくり返って、駄々をこねる三歳児の様にじたばたしながら、
おどおどしているモナーに向けてお決まりの罵声を浴びせている。
 呆れたモノだと、アヒャの仔は一度モララーと視線を合わせ、
もう一度アフォしぃへとその視線を滑らせた。少しずつ、しかし確実に
アヒャの仔の視線に孕む憎悪と殺意が、増してきた。

467 名前:樹氷 ◆vKUd0rqkpo 投稿日:2005/10/26(水) 21:12:09 [ Puo3TOPo ]
4/11

 背の低いアヒャの仔は、ひっくりかえっていたアフォしぃと、
必然的に目が合った。それと同時に、ようやくアヒャの仔に気付いた
アフォしぃは、その仔の眼に宿る殺意にも、狂気にも気付かないらしく、
ウサ晴らしとでも言わんばかりに、半角カナで、いきなりぎゃあぎゃあと
喚き立ててきたのだ。
「アッ! ソコノ コギタナイ アヒャノガキ! サッサト コノ ギャクサツチュウノ クソモナーヲ アボーン シナサイ!
 ソレカラ シィヲ ダッコシテ、アマクテ ヤワラカイ モノヲ ヨコシナサイ! デナイト ギャクサツチュウヨ!」
聞いていると頭が痛くなってくるような甲高い声と、自己中心的な命令。
アヒャの仔は、さらに激しくなってゆく憎悪と殺気を隠す事無く、
眉間にしわを寄せながら、指示を仰ぐようにモララーを見上げる。
「少しだけ、待ってろよ」
モララーは、アフォしぃの言葉など聞こえていなかったとしか思えないほど
穏やかな笑みを浮かべ、今にも飛び掛らんとするアヒャの仔だけに
聞こえるよう、背をかがめて嗜めると、まだ喚き散らしているしぃを
無視して、どうしていいか判らずにオロオロしているモナーの方へ
歩いて行った。
「急いでるんだろ? 行けよ、後は俺達が引き受けてやるからな」
「モ、モナ……助かるモナ、でも、あなた方はいいモナ?」
しきりに時計を気にしながら問うてくるモナーに、モララーは
喉の奥で笑いながら頷き、続けた。
「構わないよ、寧ろ『行ってくれた方が俺達としても助かる』からな」
「……? わ、判ったモナ、悪いけど、後はお願いするモナ」
モナーは、モララーの言葉に首をかしげながらも、礼を言いながら
足早に去って行き、すぐに雨に霞んで見えなくなった。

468 名前:樹氷 ◆vKUd0rqkpo 投稿日:2005/10/26(水) 21:12:35 [ Puo3TOPo ]
5/11

「遅イ! モウ、良ノイカ?」
モナーが見えなくなった路地から、自分の傍に戻ってきたモララーに
視線を移し、アヒャの仔は若干、苛立った声を上げる。
「……ああ、もう良いよ。またせたな」
モララーが、穏やかな笑みを崩す事無く大仰に頷き、
いい加減喚き飽きてきただろうアフォしぃへ視線を移すのを見て、
アヒャの仔の引き攣っていた顔は、漸く、狂気の笑みを取り戻した。
「ナニヨ サッキカラ カワイイ シィチャンヲ ムシシテ コノ ギャクサツチュウ! ハナシテル ヒマガ アッタラ、
 シィヲ ダッコシテ アマイモノ モッテキテ マターリ サセナサイヨ! デナイト アボーン シチャウヨ!」
「ああ、そうだな。無視してすまなかった。お詫びに、ダッコより
 愉しくて、甘いものより美味しいものを、プレゼントするからな」
まだ元気が有り余っているようで、喚き続けるしぃに、モララーは
優しく、そして氷の様な冷たさを孕んだ声を投げかける。
 その声を合図に、アヒャの仔は小さな身体を翻し、起き上がってきた
アフォしぃに飛び掛った。まだ子供だとは言え、彼はアヒャだ。
しぃ種が簡単に避けられるような、生半可な攻撃はしない。
「シィィィィィィィィィィィ! ナニスルノヨ! セッカク ジヒブカイ シィチャンガ ダッコヨリ マターリデ
 アマクテ オイシイ モノヲ テイノウ モララーカラ モラッテ アゲヨウト シテルノニ!
 アンタモ ギャクサツチュウネ ハナシナサイ!」
再び、無様にひっくりかえったアフォしぃを、馬乗りになって
押さえつけながら、アヒャの仔は、次の行動の指示を仰ぐように、
モララーを見つめる。
 モララーは、冷たい冷たい笑みを、浮かべていた。
「アヒャ、今日はお前一人で殺るんだからな」

469 名前:樹氷 ◆vKUd0rqkpo 投稿日:2005/10/26(水) 21:13:05 [ Puo3TOPo ]
6/11

―― 何故なら、彼等は、この国に残った、最期の虐殺者だからだ。
かつての同胞が全て、国を逃れたり、殺されたり、屈したりする中、
最期に残った、虐殺者だからだ。
 彼等の目的は一つ、彼等の歩む道も一つ。 ――

「ア、アヒャ? アヒャ、一人デカ?」
これまで、モララーの手伝いをするだけであったアヒャの仔は、戸惑い、
モララーから視線を外すのを、先延ばしにする。
「そうだよ。俺は口も手も出さないからな。お前の好きなようにして
 いいんだからな」
モララーは、キッパリと言った。アヒャの仔がこれ以上戸惑う必要も理由もモララーのその一言で綺麗さっぱり、無くなった。
「アヒャァ! 判ッタ、アヒャ、アーヒャヒャヒャ!」
アヒャの仔はモララーに頷き、その瞳に狂気と共に、決意の色を滲ませる。
「ナニヨ、グダグダイッテナイデ サッサト ハナシテ ダッコ シナサイ! イマナラ ユルシテアゲテモ イイワヨ!」
アフォしぃは、押さえつけられたまま、空回り気味に喚き続けているが、
怒りと憎しみと、初めて自分一人で虐殺する、その興奮によって、
既に理性が失われつつあるアヒャの仔にとって、その甲高い声と
愚かな言葉は、単なる、不快な騒音でしかなかった。
「ウル、サイ、黙レ……」
アフォしぃを片手で押さえつけたまま、アヒャの仔はベルトに差していた
鈍く光る包丁を抜き、勢い良く振りかざす。仔の顔は今、
異様に見開かれた眼が、アフォしぃを睨みつけているだけの、無表情。

470 名前:樹氷 ◆vKUd0rqkpo 投稿日:2005/10/26(水) 21:13:40 [ Puo3TOPo ]
7/11

「シィィィ! ヤ、ヤメナサイ! ソンナコトスルト シィホウ ダイ1ジョウニ ヨリ アボーン スルワヨ!」
アフォしぃは、恐怖に慄きながらも、まだ虚勢を張っている。
そんなくだらない脅し如きで、自分が折角の機会を無駄にして、しぃなどの
言うことを聞くとでも思っているのだろうか。狂気に支配された
思考の片隅でふと思い、アヒャの仔は、今自分が踏みつけている、
アフォしぃという生物に対する苛立ちが増してゆくのを感じた。
「アヒャハ、ソンナ事……ドウデモ、イイ!」
ザシュッ!
 その苛立ちが限界に達すると同時に、アヒャの仔は、研ぎ澄まされた
包丁を、アフォしぃの右耳目掛け、勢い良く振り下ろす。薄い肉は、彼に
殆ど手応えを感じさせる事も無く易々と切り裂かれ、勢い余った切っ先が、
耳と地面を縫い合わせた。一瞬遅れて、血が流れ始める。
「シィィィィィィ! シィノオミミィィィ!」
そして、もう一瞬遅れ、アフォしぃの悲鳴も響き渡った。その声を聞くと
すぐに、アヒャの仔は包丁を乱暴に抜き去った。
 アヒャの仔は、この最初の一撃で、少なからず感じていた
プレッシャーから解放された様だ。アヒャらしい、狂った瞳、そして
狂った笑みを取り戻し、耳に開いた風穴から血を流し、泣き叫ぶしぃを
見下ろしながら、腹の底から高笑いを。
「アーヒャヒャヒャ! サア、次ハ、何処、刺シテ 欲シインダ?」
包丁に付着した血を雨で洗い流しながら、アヒャの仔は、死に方を選ばせて
やろうと、アフォしぃへ問いかけた。しかし、折角の問いへの返事は、
あまりにもお粗末なものだった。
「シィィィィ ダ、ダッコ スルカラ ササナイデ!」
その答えの最初の一文字を聞いた瞬間、楽に死なせてやる
などという甘い考えは、折角取り戻した笑みと共に吹き飛ぶ。
自分が今思いつく限りの、一番ひどい苦痛を味わわせてやる。
そんな意味を持つ言葉をブツブツと呟きながら、アヒャの仔は
包丁をベルトに戻し、代わりに金槌を一つ、手に取った。

471 名前:樹氷 ◆vKUd0rqkpo 投稿日:2005/10/26(水) 21:14:09 [ Puo3TOPo ]
8/11

「アヒャヲ、ダッコ、シテ、クレルンダナ?」
「チガウワ アンタガ シィチャンヲ ダッコ スルノ カワイイ シィチャンヲ ダッコシテ ミンナ マターリニ ナルノ!」
アヒャの仔は、この期に及んで、まだそんな事を言っているアフォしぃを
暫くの間呆れたように見下ろしていたが、面白くない、と軽く舌打ちし、
おもむろに、金槌を振り上げ、
「マア、ドッチデモ、アンマリ、関係、ネエ、ケド。アヒャヒャ!」
アフォしぃの左の二の腕へと、渾身の力を込めて振り下ろした。
ヒュ、グシャッ!一撃目はその柔い毛皮を突き破り、筋肉を破壊する。
「シィィィィ! シィノ カワイイオテテェェェェ!」
ヒュ、べキボキッ! 続く二度目、快音と共に骨を砕く。
「シィィィィィィィィィィィィィッ! イタイ、イタイヨォォォォ!」
ヒュ、ゴシャッ! 三度目、まだ無事だった僅かな筋肉と神経が
ブチブチと音を立てて潰れてゆく。
「シギャッ!モウヤメテヨォ コンナノ マターリジャ ナイヨォ!」
ヒュッ、ベチャッ、ガッ!四度目でとうとう、アフォしぃの細い腕は
殆どちぎれて、僅かな筋と皮で繋がっているだけの
無残な状態に成り果ててしまった。
「シギャァァァァァァァァ! …ァ、ァア゙アアァァァア゙! アァア゙ァァァ、ウ、ゥァア……」
 飛び散った鮮血が、雨に濡れた地面を、綺麗な紅色に染め上げてゆく。
「ダッコ、シテヤル」
 苦悶するアフォしぃの悲愴な顔を満足げに見遣りながら、
アヒャの仔は唐突にそう言うと、微笑み、いや冷笑を浮かべ、
金槌を放り出してアフォしぃへ手を差し伸べる。
「ハ、ハニャ…… ダッコ マターリ……」
アフォしぃの愚かな思考回路は、これで助かると思い込んだ様だ。
無事な右腕を懸命に上げ、差し出されたアヒャの仔の手を握ってくる。

472 名前:樹氷 ◆vKUd0rqkpo 投稿日:2005/10/26(水) 21:14:36 [ Puo3TOPo ]
9/11

 ……ズッ!
「アーヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! 嘘デシタ!」
アヒャの仔は可笑しそうに、そして愉しそうに高笑いしながら、
差し出してやった手を握っているアフォしぃの手首に、貫通させぬよう
気をつけながら包丁を突き刺し、魚を三枚におろす時の要領で
刃を骨に沿わせ、肘までザクザクと切り開いてゆく。
「ジィィィ?! ヤ゙、ヤメ、デ……イ゙タイィィィィ゙イィ!」
それが終わると、激痛に耐えかねてバタバタと暴れるアフォしぃを
押さえつけながら包丁を抜くと、その傷口に親指を突っ込んで強引に広げ、
「ウルサイ、耳障リ、静カニ、シロ!」
其処に、ポケットから取り出した食卓用の調味塩を一瓶分、
サラサラと流し込む。塩はみるみる紅く染まり、雨と血、二つの水分を
含んで、傷口によく染み込んだ。
「ハ、ハギャァァァァアアァァアアアアア、ァァァアアアァアァァアアァァァアアアアア!」
流石にこれは効いた。今までで一番大きな、耳を劈くような悲鳴を上げ、
アフォしぃは先程までの元気は何処へやら、痛みに歯を食いしばりながら
ガクガク震え始める。
 アヒャの仔は暫しの間、アフォしぃが苦しむ無様な姿に、
恍惚として見入る。ソレが、まるで美術館に飾られている芸術作品ででも
あるかのように。
 二人、そして沈黙と不動を守っているモララーまでもが、
この場所の時が止まったかのように動かなくなった。
 時が動いていることを証明するモノと言えば、時折アフォしぃが洩らす
呻き声、そして絶えず降ってくる雨だけだった。

473 名前:樹氷 ◆vKUd0rqkpo 投稿日:2005/10/26(水) 21:15:02 [ Puo3TOPo ]
10/11

「……ソロソロ、仕上ゲ、シヨウカナ、モウ、耐エル元気、ナサソウダ」
暫くして、アヒャの仔はポツリと呟き、アフォしぃを見下ろす。
其の顔からは、もう笑みも、恍惚とした表情も消えていた。
「モウ……イヤァ……オナガ、イ……ユル、シ……テ……」
多量の出血と痛みで、アフォしぃは既に瀕死の状態だった。
焦点の定まらない瞳で、アヒャの仔をぼんやりと見ながら、うわ言の様に
そう呟いている。もうすぐ息絶える事は、誰が見ても明らかだ。
アヒャの仔の手の中で、血に塗れた包丁がギラリと光る。
ズブッ!
呼吸に伴う上下の動きが著しく弱くなっている、白い毛皮に覆われた胸に
軽く刃先を刺し、静かに下まで切り開く。
 アフォしぃの身体を丁度真ん中で縦半分に分ける、真っ直ぐな
紅い線が出来上がり、其処から、残り少ない血がたらたらと流れ出て、
アフォしぃは、呻き声とも悲鳴ともつかぬ不思議な声をあげ、
全身の筋肉を強張らせた。
「アヒャ、モウ遅イ。最初ニ、言エバ、良カッタノニ」
そう呟くとアヒャの仔は包丁を投げ捨て、その小さな手を紅い線から
アフォしぃの身体の中に突っ込み、やけにヌルヌルして
掴み難い腸を、両手で鷲掴みにする。
「シギッ!?」
アフォしぃの全身が激しく痙攣した。虚ろだった眼をカッと見開き、
ギリギリと歯軋りをする。其の顔は、まるで化け物の様だった。
アヒャの仔は、漸くアフォしぃを押さえつけるのをやめ、
ゆっくりと立ち上がって、その腸を一気に、思い切り引っ張った。
「ガァッ……」
アフォしぃの断末魔と共に、ズルズルと気色の悪い音が鳴った。
 腸が殆ど全て身体の外へと引きずり出されたアフォしぃは、
一度、激しく飛び跳ねるように痙攣し、二度と動かなくなった。
 それを確認した後アヒャの仔は、まだ本体に繋がっているアフォしぃの
腸を投げ捨て、包丁を拾い上げ、もう聞こえないと知りつつ、
アフォだったしぃの死体へ話し掛ける。
「最初ニ、言エバ、モット、楽ニ、殺シテヤッタカモ、知レナイノニ……」
初めて、一人で虐殺をした。初めて、目の前で、自分の手でしぃを殺した。
 もっと嬉しいはずだった、もっと喜べるはずだった。けれど、
アヒャの仔は、嬉しく無かった、喜べなかった。
「コレガ、アヒャノ、当然……」
 無言で見ていたモララーが、そっとアヒャの仔に歩み寄る。

474 名前:樹氷 ◆vKUd0rqkpo 投稿日:2005/10/26(水) 21:22:47 [ Puo3TOPo ]
11/11

―― 彼等の目的は一つ、彼等の進む道も一つ。
自分の為だけに、満足ゆくまで殺戮を繰り返す事。
己の心の闇の為に、亡き者となった人々の為に。
そして、彼等の歩む道の終着点は ――

急に、先程まであんなに降っていた筈の雨があがった。
近づいてくるモララーに、アヒャの仔がふと、言葉を洩らす。
「全部ヲ、奪ッタ、奴等ニ、復讐ヲ……」
血塗れで立ち尽くすアヒャの仔は、涙と笑顔を浮かべ、包丁を握り締める。
「なら、行こう。一緒に、最期まで」
長身のモララーは優しい微笑を浮かべ、アヒャの仔へ、手を差し伸べた。

―― 彼等の進む道の終着点は、崩壊、そして破滅 ――

 雨上がりの空にかかった虹は、途中で途切れていた。

          -糸冬-