帰らずの城

Last-modified: 2015-06-23 (火) 01:03:34
699 名前: 逝犬 投稿日: 2004/04/08(木) 00:14 [ zNYJLTeI ]
血狂いモラ王子 ~帰らずの城~


 血狂いモラ王子。
 誰が呼び始めたのか定かでは無かったが、その国の王子は人々に、そう、評されていた。
 城に入った者は、誰一人として入ったままの状態で帰れる者はいない。
 それは命の問題であったり、見た目の問題であったり、そして心の問題でもあった。
 ある者は城で命を落し、ある者は姿を変えられ、ある者はモラ王子の虐殺に魅せられ城を離れられなくなる。
 血狂いモラ王子の棲まう城は、帰らずの城でもあった。
 これは、そんな血狂いモラ王子の何の変哲も無い日常のお話である。

「…王子、モラ王子!ちゃんと私の話を聞いておいでですか?」

 大臣であるモナーの問い掛けに、玉座でぼんやりと視線をさまよわせていたモラ王子が、
彼の方へと視線を動かす。

「何だ、大臣?お前の下らん話など聞いている訳がないだろう…」

 モラ王子は大臣を小馬鹿にしたように一瞥すると、再び視線をぼんやりと彷徨わせ始めた。

「…。私の話が下らないと、お聞きになられる前から仰られるのは結構ですが、
出来れば、評価はお聞きになられてから願いたいのですが…」

 大臣はモラ王子に発言の許可を願うように、怒りを必死に抑えるような、少し震えの混じる声で進言する。

「仕方ないなぁ…発言を許可するから、とっとと喋れよ…」

 モラ王子は大臣がいる方向とは逆の肘掛に体を預け、つまらなさそうに呟いた。

「発言の許可、有難うございます、モラ王子。実は兼ねてから気になっていたのですが、
モラ王子の虐殺好きには目に余るものがございます。死体の処理も大変ですし、何より、下々の者が、
モラ王子の事を何とお呼びか知っておいでですか??血狂いと評されておられるのですよ?」

 大臣はモラ王子に向かって、諭すように必死に語りかける。

「で、それがどうかしたの?死体の処理は、ぽろろが骨まで丸ごと何でも食べてくれるようになったから
墓場もいらないし、僕が例え血狂いって呼ばれていたからって何か、問題があるのかい?
姉上なんか、ずっと狂ってるって呼ばれてるじゃないか…」

 モラ王子は大臣の言葉をとりあえず最後まで聞いた後、下らない話に時間を割いたというように、
ウンザリとした顔で言い切った。

「確かに、城には死体処理係としてぽろろを雇い入れましたし、つー姫様がそうお呼ばれになられている
不名誉も存じております。けれど、それはそれでございます。モラ王子には王子として、
この城を継がれる方として、それ相応の振る舞いをお願いしたいのです。モナが言いたいのは
とにかくモラ王子は全然、自覚がないって事で、王になるものが楽しいからと言って、
本能のままに、国民を減らすような虐殺をするべきじゃないって分かれって…」

 モラ王子への意見で興奮してきた大臣は、本来するべき言葉使いも忘れ、
いつの間にか、1人の子供を叱るように喋り始める。

「……。大臣、君も偉くなったもんだね。僕によく、そんな口が聞ける。おい、タカラ、コイツ、
随分と腹に不満を溜め込んでいたみたいなんだ。どれだけ溜まっているのか、ちょっと割いてみてくれないか?」

 モラ王子は大臣を気の毒そうに眺めた後、近くに控えていた執事のタカラを呼びつけた。

「仰せのままに、モラ王子」

 モラ王子の声にタカラは一礼すると、懐のナプキンに包んでいたメスを取り出し、大臣の腹を深く、しかし、腸や内臓を傷つけない狙い済ました正確さで割く。

「モ゙ナ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙」

 大臣の叫び声が城中に響き渡った。

700 名前: 逝犬 投稿日: 2004/04/08(木) 00:17 [ zNYJLTeI ]
「アハハ、モナ大臣。そんなに叫ぶほどの事じゃないでしょ?綺麗に割いたから、そんなに出血してないし、
腸がはみ出ただけですよ?」

 タカラは手にしていた血に濡れたメスをナプキンで拭いながら、再び懐にしまう。

「僕への不満を溜め込んでいたわりには、随分、腹の中の色は綺麗みたいじゃないか?
大臣の事だから、もっと、腹黒くなっているかと思ったよ。しかし、叫び声は綺麗じゃないし、
痛がり方も凡庸で退屈だな…。エクスタシィ、大臣を黙らせる方法は何か無いか?」

 モラ王子に降りかかった血を拭いていたメイドのエクスタシィは問い掛けられて、
絨毯の上に膝をつき上半身をまるめ自分の内臓を見つめながら叫ぶ大臣を振り返った。

「私には、大臣の叫ぶ理由が分かりませんわ。私なら、お腹を割かれたりしたら、
余りの気持ち良さに声もあげずに快感にむせびますもの」

 エクスタシィは腹を割かれた大臣に、羨望の眼差しを向ける。

「ああ、そうだったな…エクスタシィは…。だが、残念ながら、君の腹は割けないよ?
それは一昨日したばかりで、傷口が治るまでは次の割きは出来ないからな…。
それじゃぁ、ノーペイン。お前なら、どうすればイイと思う?」

 玉座横に控えた、もう1人のメイドの、ノーペインは、しばらくの沈黙の後、口を開いた。

「私は、痛みという物を理解できませんので、分かりかねます。でも、殿方は、どんな時でも、
性欲が優先されるものだと聞き及んだ事がございます」

 名前の通り、痛みを知らない隻眼のメイドは、自分なりの回答をモラ王子に示す。

「性欲ね、試してみるか…。ノーペイン、エクスタシィ、少し耳を貸せ」

 モラ王子は2人を呼びつけ、何かを囁くと、それを了解したメイド達がモナ大臣の前に立った。

「失礼します大臣、お召し物が汚れておられます」

 エクスタシィが大臣の上着を剥ぎ、そのシャツで腕を後ろ手にくくる。

「大臣、血の染みは非常に落ちにくいそうですよ。でも、初期の内ならば落とせるかもしれませんわ」

 大臣のズボンを脱がせ、ノーペインは胸に巻いていた真っ白な包帯を解くと、その場で、
ズボンの血の染みを包帯で叩いていった。
 包帯から解放され、締め付けられていたノーペインの胸が、染みを取るためにリズミカルに動く
腕の動きに合わせてゆさゆさと揺れる。
 絨毯に膝をつき、まるで大臣に向かって跪くような姿勢で、ノーペインは胸を隠す事も無く、
作業を黙々とこなしていた。

701 名前: 逝犬 投稿日: 2004/04/08(木) 00:18 [ zNYJLTeI ]
「大臣、ゆっくり息を吐いて、吸って…そう、上手。私が、痛みがどれだけ気持ちイイのかを教えて差し上げます」

 エクスタシィは大臣の首に絡みつき、自分の肉体で彼を包み込みながら耳元に囁く。

「…モ゙ァ゙ァァ……ハァ…ハァ……ハァ…」

 顔中の穴という穴から液体をこぼし醜く苦痛に歪んでいた大臣の顔に、恍惚が混じり始めた。
 大臣はハァハァと荒い息を繰り返し、視線は何処までも、ノーペインの胸のまろみに注がれ、
体をエクスタシィに甘えるようにすり寄せている。
 痛みという現実から逃げようとしているのか、大臣の目は酷くギラつき、すでに正気を失っているようだった。

「僕の虐殺を非難していた大臣も、また随分と本能に忠実な振る舞いをするんだね…。人に意見するからには、
大臣には、もっと、立派な大人であって欲しかったなぁ…」

 大臣に歩み寄ったモラ王子が、軽蔑したというように彼を見下ろす。

「モラ…王子……だのむ…頼む゙…殺しで…くれ゙…」

 大臣は残った理性を必死にかき集め、目の前に立ったモラ王子に懇願した。

「殺してくれ??明日、城下の視察をすると大臣は言ってなかったかい…。大臣なら、大臣の自覚を持って、
仕事をしなきゃいけないよ?ちゃんと、明日、馬に引かせて城下をまわらせてあげるから、
それまではちゃんと生きてないと駄目だよ?」

 モラ王子は大臣に目線を合わせるように腰を落とすと、その申し出を嘲笑って拒否する。

「王子、昼食の用意が整ったとギコ料理長が申しておりますが…」

 執事のフーンが恭しくモラ王子の元にやってきた。

「あ、フーン。昼食かい?それじゃ、悪いんだが、こいつ、明日まで適当に繋いでおいてくれないか?」

 モラ王子はフーンの言葉に、あっという間に、目の前の惨劇よりも食事に興味を移す。

「畏まりました。王子、申し訳ありませんが、ぽろろが腹を空かせておりますので、大臣の腕を貰っても宜しいですか?」

 モラ王子から後を任されたフーンが、王子に向かって一つの願い出をした。

「ああ、いいよ。あ、いや、腕よりも足がイイな。フーン、膝から下を1本、ぽろろにあげてくれ」

 食堂に足を運び始めたモラ王子が、一旦、足を止めてフーンに指示を与える。

「ありがとうございます、王子。それでは足を頂いた後は、適当に生を明日まで繋げば宜しいのですね」

 フーンはモラ王子の言葉に一礼をして、大臣の前に立った。

「明日、城下の視察に馬に引かせて行かせるから、それに耐えられる程度に繋いでおいてね」

「御意」

 廊下から聞こえるモラ王子の声に短く答えたフーンは、メイド達と、同じく執事であるタカラを率い、
大臣を繋ぐ作業へ勤しむ。
 昼食時の城に、大臣の止む事の無い、悲痛な叫び声が響いた。

702 名前: 逝犬 投稿日: 2004/04/08(木) 00:20 [ zNYJLTeI ]
「姉上、本日、城下で評判の踊り子を呼んでいるのですが、舞を一緒に見ませんか?」

 昼食の席についたモラ王子が、向かいの席に座るつー姫に提案する。

「舞??俺はイイよ。そういうのはどうも背中が痒くなる」

 ほんの数時間前まで、城の料理場で下っ端調理人をしていた男の脳のフライを突付きながら、舞という言葉に
つー姫が顔をしかめた。

「流れの踊り子で綺麗な舞らしいんですけど…。姉上は芸術観賞はお気に召さないようですね。
じゃ、僕だけで見ますよ」

 昨日までは城の雑用をしていた女の足肉の煮込みを口に運びながら、モラ王子が決まりにとらわれるのが苦手な
姉に向かって微笑む。  

「俺は、芸術なんてよくワカラネェからな…。あ、でも、音楽なら多少、観賞出来るぞ?」

 つー姫が給仕に向かってワイングラスを掲げると、赤い液体が並々と注がれた。

「観賞?どちらかというと姉上は演奏側では?これ、姉上の楽器の成れの果てでしょう?」

 同じくワイングラスを掲げたモラ王子の元にも、メイドの1人だった女の首から血が注がれる。

「成れの果てじゃねぇ…現在進行形の音楽だろ?なぁ、モラ?」

 立ち上がったつー姫が、給仕の手に抱かれ支えられていた、すでにダルマと化している女に近付いた。
 
「あぁぁぁぁぁぁぁ―――――っ」

 穴の開いてしまった喉から漏れていた空気を塞ぐように、つー姫が手を当て、白い胸に包丁を突き立てる。
 ヒューヒューという息だけだった女の口から、甲高い叫び声が上がった。

「食事中に立ち歩くのは、どうかと思いますよ、姉上?」

 飛び散った血と、叫び声に愉しそうに笑いながら、モラ王子が隣に立ったつー姫を見上げる。

「アヒャヒャ、だって、食事に不似合いな不協和音が聞こえるから、つい、なぁ…」

 姫としては褒められない、しかし、彼女の美しさを逆に際立たせる狂ったような笑い声を混じらせ、
つー姫が非礼を詫びた。

「ああ、姉上、スイマセン。僕のせいです。大臣がチョットうるさかったんで、腹を割いたから…」

 モラ王子がすまなそうに眉をひそめる。

「大臣がうるさいのはいつもだろ?まぁ、最低の楽器でも、指揮のフーンと演奏者のタカラ達のお陰で、
まだ何とか許せるがな…あ、ぽろろが加わったか?」

 大臣の声の微妙な違いに、席に戻ってナイフとフォークを動かし始めたつー姫が皿から視線を持ち上げた。

「みたいですね…。フーンも横着だなぁ…どうやら、ぽろろにそのまま食べさせてるみたいだ…」

 フーンの事を笑いながら、モラ王子がワイングラスの液体を飲み干す。

「ああ、アイツはどうも、横着な所があるからな…じゃ、悪いが、俺はコレで失礼するぞ。造形の続きが待ってるんだ」

 つー姫は適当にナプキンで口を拭うと、モラ王子の食事に最後まで付き合わない事を謝って立ち上がった。

「造形?ああ、姉上は、観賞側よりも、やっぱり作る方が向いていっらっしゃるんですね。イイ作品が出来たら、
僕にも見せて下さいね」

 去ろうとするつー姫にモラ王子が手を振る。

「アヒャヒャ、次の作品は、もうちょいマシなのになるように頑張るさ」
 
 モラ王子に手を振り返すついでに、つー姫は手に持った包丁をなぎ払い、ダルマ女の首をゴロリと床へ落とした。

703 名前: 逝犬 投稿日: 2004/04/08(木) 00:21 [ zNYJLTeI ]
 薄手の衣を纏ったしぃの舞が、大広間に集まった者達を魅了する。
 モラ王子やそのそばに控えるメイド、執事や、大広間を守る兵士、その全てが、しぃの一挙一動を見つめいていた。
 流れであるとはいえ、モラ王子の評判を耳にしていたしぃの舞は、最初、緊張でかたさの残るものであったが、
踊るうちに段々と舞は柔らかになり、しぃは踊りへの陶酔を深めていく。

 それは城下で評判になっただけの事のある、上品にして繊細な舞だった。
 しかし、舞を見つめるモラ王子の表情が段々と精彩に欠けていく。

「中々綺麗な舞じゃないか」

 モラ王子が抑揚の無い声で呟いた。
 その声の調子に、舞を舞うしぃを遠巻きに眺めていた兵士達が、前へ進み出る。

「でも…つまんないなぁ」

 モラ王子の言葉を合図に、しぃの体に無数の槍が迫った。
 舞に集中していたしぃはその槍への反応が遅れ、気付いた瞬間、体を貫かれる。

「ほら、やっぱりだ。君は赤いドレスの方が似合う」

 槍を抜かれ、支えをなくしたしぃが広間の床に倒れこんだ。
 血が溢れ、白いドレスはドンドンと赤く染まっていく。

「失礼いたします」

 エクスタシィがモラ王子の顔に飛んだ血飛沫をハンカチで拭った。
 モラ王子はエクスタシィの手を軽くはらって立ちあがると、しぃに歩み寄る。

「あ…ハ…イ…痛…い……た…。…ィャ…たす…タすケ…助け…テ…イタ…」

 自分の血だまりに爪を立て、涙を流してモラ王子に命ばかりはとしぃが訴えた。
 涙を浮かべるしぃに、モラ王子の表情が曇る。

「泣いてるの?可哀想に…」

 モラ王子が涙と血に濡れるしぃの頭に手を置いた。
 手が置かれた事で、いつも通りの作業の開始に気付いた執事のフーンが、しぃの腕にベルトを食い込ませる。

「アゥ…あぁ、嫌!」

 しぃが頭を振り、叫ぶ声に構わず、フーンがベルトを巻き終わると兵士が斧を構えた。

「心配しなくても良いんだよ。僕がずっと、面倒を見てあげるからね」

 モラ王子がにっこり微笑んだ瞬間、斧が振り下ろされる。

「あ゙あ゙あ゙あ――あアァァぁあ゙!!!!!!」

 しぃは腕が切り落とされた瞬間、大きく叫び、残酷なまでに美しいモラ王子の笑みを見ながら意識を手放した。

「王子、踊り子の腕ですが、貰い受けても宜しいでしょうか?」

 フーンが床に落ちた腕を拾い上げ、モラ王子に尋ねる。

「構わないが、どうするんだ?」

 がっくりと頭を落としたしぃから手を離し、モラ王子がフーンに視線を移した。

「ぽろろが少しさっぱりしたものが食べたいと我が侭を申しておりまして…」

 フーンが少しだけ表情を困らせたようにしかめ、モラ王子に理由を説明する。

「ハハ、仕方ないな…大臣は確かに少し、くどかったかもしれないし…イイよ。良かったら、
もう1本持っていってもいいしね…」 

 モラ王子が、床に倒れるしぃの右腕を指差した。

「宜しいのですか?」

 フーンは左腕だけでも勿体無いのに…そんな恐縮した声をあげる。

「ああ、この子は踊り子だから、ステップさえ踏めればイイんだ…足と頭があれば、十分だろ?」

 モラ王子の言葉に、真意を掴んだ執事のタカラが進み出て、メスを懐から取り出すと目を抉り出す。

「そうそう、余計なものを見る必要も、この子は無いんだ…。ただ、ココで、舞だけ踊るんだ…」

 モラ王子は満足そうに微笑むと、再び玉座に戻り、舞以上の興奮に包まれる大広間を愉しそうに見つめた。

704 名前: 逝犬 投稿日: 2004/04/08(木) 00:23 [ zNYJLTeI ]
「なるほど、頚動脈をばっさりと…」

 今日一日の城での人の出入りを調べるメモラーが、人の寝静まった城で黙々と作業を続ける。

「ああ、本日は、大臣も用済みになられたんでしたっけ…。メイドが3人、料理人を2人、兵士を5人、大臣を1人…他には……はぁ…全く、新たに城に呼ばなければならない者が多すぎますね…。まぁ、人件費を払う相手が死んでしまうので構いませんけど…」

 屍や、まだ息の残る用済みの彼らの状態をチェックしてまわり、城の人事を担当するメモラーは独り言を続けた。

 こうして、帰らずの城の夜更けは深まり、いつもの朝日がのぼる。

 モラ王子の日常が何の問題もなく終わり、そしてまた新たに始まっていった。


血狂いモラ王子 ~帰らずの城~  終