思い一つで

Last-modified: 2015-07-09 (木) 19:54:35
879 名前:耳もぎ名無しさん 投稿日:2006/11/28(火) 22:35:07 [ a/aj9eVE ]
初投稿です。どうかよろしくお願いします。
少々長くなるかもしれませんが、どうかご容赦を・・・。


「思い一つで」





春の日差しが暖かい5月のある日。
一人のでぃが、川原の傍の道を歩いていた。
彼女は特に行く当ても無く、各地を放浪しながら毎日を過ごしていた。
食べ物には、困らない。
お金も、少しだがある。
悩みも、ほとんど無い。
ただ、一つだけ・・・。

「アッ!キタナラシィディガイルヨ!」

「ホントダ!アボーンシナキャ!」

・・・ほら、来た。
でぃが持つ唯一の悩みの種が。
前方から近づいてくるのは、二匹のしぃ族。
ただ、その2匹には本来のしぃ族に感じられるような聡明さや気品などは一切感じられない。
あるのは、ただ己が欲を満たさんとする穢れた雰囲気。
・・・そう、所謂「アフォしぃ」というやつだ。

――また、苛められる・・・。

でぃは内心で苦い顔をする。
でぃ族は元がしぃ族であるにも関わらず、アフォしぃから苛烈な苛めを受け続けてきた。
・・・というよりは、最早「虐殺」と称しても何ら差異は無いだろう。
もしこっちに向かってくるしぃ達が普通のしぃ族だったら・・・。
でぃが傍を通っただけで、激励の言葉の一つでもかけてくれるだろう。
もしかしたら、食べ物の一つでもくれるかもしれない。
しぃ族は優しい。・・・普通のしぃ族なら。
しかし、今こちらに向かってくる2匹が運んでくるものは、決して彼女にとってプラスにはならないだろう。
肉体的虐待と、精神的虐待。
しかし、でぃはもう慣れっこだった。やるならやれ、と思っていた。
彼女はとりわけ生命力が強く、今までにも何度かアフォしぃからの虐待を受けてきたにも関わらず、こうして生きている。
だから、暫く痛いのを我慢すれば何とかなるはずだった。
彼女にはもう、逃げるとか、反撃するなんて概念は無かった。
弱い自分が出来るのは耐える事だけ、と諦めていた。
そうこうしてる内に、2匹はもう目の前だった。

「チョット!カワイイ シィチャンノ イメージガワルクナルンダカラ、コンナトコロヲ ウロツカナイデヨネ!ジャマヨ!」

「マ、イマカラ アヤマッタッテ オソイケドネ(プゲラ」

そんな暴言を、でぃは黙って受け止める。そんなのはいいから、さっさと殴って、さっさと解放して欲しい。
その時、でぃの右頬を痛みと熱、そして衝撃が襲った。視界がぐらり、と揺れ、硬い地面の感触が伝わる。
殴られた、というのはすぐにわかった。だって、もう何度も経験してきたから。

「アタッタヨ!ヤッパリ シィチャンハ ツヨイネ!」

「ハヤクワタシニモ、ゴミムシヲ ナグラセテヨゥ!」

そんな会話を聞きながらでぃは、痛む右頬を擦ろうともせず、内心でアフォしぃ達を急かすのだった。

――早く、終わらせて・・・。

880 名前:耳もぎ名無しさん 投稿日:2006/11/28(火) 22:35:45 [ a/aj9eVE ]
痛い。全身が痛い。けど、我慢する。
あれからでぃは全身を殴られ、蹴られ、されるがままに苛められ続けた。

「ハニャーン!モウチョットデ アボーンデキルヨ!」

「ソロソロ コノ ゴミニハ キエテモラオウカナ!」

「ソウシヨウ!」

でぃは内心で胸を撫で下ろした。やっと、終わる・・・。
・・・だが。

「サイゴハ コレデ トドメヨ!」

「オモイッキリ ヤッチャッテ!」

アフォしぃ達が棍棒を取り出したのを見て、でぃは体を強張らせた。
今までは素手で苛められてたから、命は助かった。
しかし、武器を使われたら、多分・・・助からない。
でぃは目を閉じる。ここで死ぬんだ・・・そんな思いが頭を過ぎった。
そして、弱い自分を責めた。私がもっと強ければ。私が戦えれば。
もっと、マトモな人生だったかもしれないのに・・・。
でも、しょうがない。弱いものは強いものに淘汰される。それが、摂理。
でぃは半ば、というか殆ど諦めた。

――来世は、もっと楽しい人生になったらいいな・・・。

でぃは早くも来世に思いを馳せた。
アフォしぃが棍棒を振り上げる。でぃは動かない。何も言わない。
そして・・・

ドゴォッ!

鈍い音がした。やられた、とでぃは思った。
しかし、痛くない。痛すぎると、逆に何も感じないとよく言われるがそれだろうか?
・・・違った。

「ハギャアアアア!イタイヨゥ!」

直後に響いた悲鳴が、それを雄弁に物語っていた。
でぃは目を開ける。
そこには、倒れたアフォしぃと立ち尽くすアフォしぃ、そして、若いギコ族の青年が立っていた。
でぃは恐らく自分を助けてくれたのであろう、若きギコの顔をまじまじと見た。
歳は17,8くらいだろうか。自分と変わらない。

「てめぇら、弱いものいじめしやがって!許さねぇぞゴルァ!」

ギコが声を張った。とてもよく響く声だった。

「ド、ドウシテ!ワタシタチハ マターリ シテタダケナノn」

「黙れぇっ!!!!」

ドガッ!

アフォしぃの言葉を遮って、ギコが吼えた。
そして、右の拳を繰り出す。でぃにはそれが、目にも留まらない速さに映った。
ギコの拳は、正確にアフォしぃの顔を捉えていた。
渾身のパンチがクリーンヒットしたアフォしぃ(こちらを仮に、しぃAとする)は、後方数メートル吹っ飛び、地面に墜ちた。

「弱いもの苛めのどこがマターリなんだ!?あぁっ!!?」

ギコの瞳は怒りに燃え、声色はこの上ない憎悪と憤怒を孕んでいた。

「てめぇらのせいで、一体どれだけ多くの人が苦しみ、涙を流したと思っていやがる!?」

しかし、アフォしぃ2匹は彼の言葉など聞こえていないようだった。
しぃAは醜く腫れ上がった顔を押さえて

「イヒャイヨゥ!ナグラレタヨゥ!」

と叫んでるだけだし、最初に攻撃を喰らったアフォしぃ(こちらはしぃBとする)は

「ヒドイヨゥ!コンナノ マターリジャ ナイヨー!」

とか言ってる。
ギコはでぃに歩み寄った。でぃは彼の顔を見つめたまま。

「痛かっただろ・・・もう大丈夫だ、心配しなくていい」

そう言ったギコの顔には先程まで見せていた怒りは微塵も無く、深い慈愛に満ちていた。

「ダイジョウブ・・・デス。アノ・・・」

「礼なんていらないさ。照れるじゃねぇか。お前が無事なら、それでいいよ」

でぃの言葉を遮って 、ギコは手をぶんぶんと振った。

881 名前:耳もぎ名無しさん 投稿日:2006/11/28(火) 22:36:18 [ a/aj9eVE ]
ひとしきりそうしてから、ギコはアフォしぃ達に向き直った。

「さて・・・覚悟はいいか?」

しかし、しぃAもしぃBもまるで聞いちゃいない。未だに「イタイ、イタイ」を連発するだけである。
ギコはため息一つついて、言った。

「・・・さっさと終わらすか」

刹那、ギコはすでにそこに居なくて、でぃは目を瞬いた。
そしてその時・・・

「ハギャッ!」

短い悲鳴が上がり、でぃが声の方向を向いてみると、そこには頭を一撃で潰されたしぃBと、返り血を浴びたギコが立っていた。
足に多量の血が付着しているのを見ると、跳び蹴りか何かを見舞ったらしい。
一瞬で間合いを詰め、頭を砕くほどの強力な一撃を叩き込んだというのか。

――強い・・・。

でぃはその強さに、強い羨望を抱いた。
私がもし、彼みたいに強かったら・・・。
でぃが考えてる間に、もうギコはしぃAを追い詰めていた。

「ヤメテヨ・・・ネ?コンナノ マターリジャ ナイヨ。ダッコスルカラ・・・」

「・・・生憎、俺はアフォしぃのダッコを好むような物好きじゃ無いんでな」

言い終えない内にギコは、鋭い爪を立てた右手を縦向きにして、しぃAの鳩尾辺りに突き込んだ。
爪を皮切りにして、ズブリ、と右手が刺さる。

「ハ・・・ギャ・・・ジ、ゥ・・・」

しぃAは最早物も言えないようだった。
傷口から溢れる鮮血が大地を紅く染め上げる。

「おらよっ!」

ギコの掛け声と共に、ギコは右手を捻って地面と平行にして、右方向に払った。
手が刃のように肉を裂き、ギコの手はしぃAの右胸を破って外に出た。
裂けた口から鮮血が吹き出し、色鮮やかな臓物がいくつかこぼれ出る。

「ヴァッ・・・」

そのまましぃAも息絶えた。
ギコは軽く右手の血をぴっぴっと払いながら、でぃに向き直った。
待ってましたと言わんばかりに、でぃは言葉を発した。

「アノ・・・」

「ん。どうした?」

ギコはでぃの言葉を待った。
でぃはさっきからずっと考えてた事を、おずおずと口にした。

「ワタシヲ・・・キタエテ クレマセンカ?」

882 名前:耳もぎ名無しさん 投稿日:2006/11/28(火) 22:36:44 [ a/aj9eVE ]
ギコは拍子抜けした様子だった。

「へ?鍛えるって・・・お前をか?」

ギコは何かの冗談だろうと思って、半笑いで答えた。
だが、でぃの表情はあくまで真摯で、それが本気であることを物語っていた。

「ハイ。ワタシハ ツヨク ナリタインデス。ツヨク ナッテ ジブンノミハ ジブンデマモル・・・ソンナフウニ ナリタインデス。
ソレニ、アナタハ ミズカラノ キケンモ カエリミズニ、ワタシヲ タスケテ クレマシタ。
ワタシハ ツヨクテ ヤサシイ アナタノヨウナ ヒトニ ナリタイト オモッタンデス。ダカラ・・・」

でぃは四つんばいになり、深々と頭を下げた。所謂土下座だ。

「オネガイシマス」

ギコは少し困った表情をした。

「しかしなぁ・・・」

俺じゃなくても、もっと強い人はいるぞ・・・と言いかけて、ギコは口を閉じた。
でぃの表情は、「貴方でなくては駄目」と言っていた。
ギコはふぅ、と息をつき、でぃに言葉を向けた。

「・・・わかったよ。俺の家に来な」

883 名前:耳もぎ名無しさん 投稿日:2006/11/28(火) 22:37:09 [ a/aj9eVE ]
それから数ヶ月、でぃは彼の家に住み込みながら、稽古をつけてもらった。
基本的な体術。武器の使い方。戦闘時の立ち回り方。万が一の逃げ方。
厳しくも優しいギコの特訓と、彼との共同生活は、でぃを確実に変えていった。
でぃは様々なことを教わった。それは何も戦い方だけではなかった。
ギコが時折見せる優しさも、でぃは感じ取っていた。そして、自分もこういう人であろう、と決心するのだった。
ギコが持っていた、強さと、優しさと、正義感。それらを全て受け取って、でぃは確実に変わった。
そして・・・別れの時が来た。



「ホントウニ・・・アリガトウゴザイマシタ。ナント オレイヲ イッタラ イイノカ・・・」

「よせって。そんなのいいよ。それより、忘れ物は無いか?」

ギコの家の前で、2人は別れを惜しんでいた。
季節はもう、秋の足音が聞こえる9月の始めだった。
でぃはギコにお金といくつかのお手製の武器を持たせた。お金は、当初渡すつもりだった金額の半分だ。
でぃが、拒んだからだった。それでも強く勧めるので、彼女は半分だけ受け取ったのだ。

「イママデ、オセワニナリマシ・・・ウッ・・・」

「お、おいおい、泣くなって。別に一生会えなくなるわけじゃないんだから、な?」

突然でぃが見せた涙に、ギコはおろおろした。
でぃは涙を右手の甲で拭うと、ギコにもう一度深々と頭を下げた。

「ソレデハ・・・イッテキマス。ホントウニ、アリガトウゴザイマシタ・・・」

そして、でぃは最後にギコの手を強く握り、振り返って、歩き始めた。
その背中に確かな自信が満ち溢れているのを感じて、ギコはほっとした。
だが、たまらなくなって声を張り上げる。

「おい!忘れるなよ、ここはお前の家だからな!
お前の部屋とか、椅子とか、食器とか、全部とっておくからな!
辛かったら、いつでも帰って来いよ!・・・辛くなくても来いよなぁっ!!」

でぃは振り返らず、片手を掲げて大きく振り、そのまま雑踏の中に消えていった。
ギコは最後まで見送ると、でぃが消えた方向に向かって歩き出した。

「街を出る辺りまで・・・な」

884 名前:耳もぎ名無しさん 投稿日:2006/11/28(火) 22:37:32 [ a/aj9eVE ]
でぃは溢れそうになる涙を必死に堪えながら、歩いた。
最後のギコの言葉が、とても嬉しかったから。
いつも苛められて、ぼろぼろだった私・・・。
元同族(アフォではあるが)にも邪魔者扱いされ、行くあての無かった私・・・。
此の世には私の味方なんていない。そう思っていたのに・・・。
そんな私に、「帰って来い」なんて言ってくれる人がいるなんて。
でぃは早くもギコが恋しくなっているのに気づいた。
だが、でぃはしっかり前を見据え、歩いた。
だからこそ、彼の思いに応え、無事に旅を終えなければならない。
でぃの目には、もう迷いは無かった。
街の大通りを歩くでぃは、狭い路地裏の脇を通ろうとした。
その時・・・

ガシャーン!

突然の破壊音と共に、

「な・・・何なんですか、貴方達は!」

そんな声が風に乗って流れてきたのを聞きつけ、でぃは路地裏を覗き込んだ。
――ここからじゃ、見えない。
彼女は迷わず、路地裏に踏み込んで行った。

885 名前:耳もぎ名無しさん 投稿日:2006/11/28(火) 22:44:28 [ a/aj9eVE ]
路地裏を進んだでぃは、少し開けた場所に出た。
そこには4匹のアフォしぃと2匹のベビ、そしてそれらに囲まれるタカラギコ族の青年がいた。
タカラギコ族は、見た目は非常にギコ族と似通っているが、最大の違いはその表情にある。
タカラギコ族は、常に笑みを湛えているのだ。その外見に似合って性格は総じて温和で、争いをあまり好まない傾向にある。

「一体何なんですか!?僕をどうするつもりなんですか!?」

「コノ、ギコクンノ ニセモノメ!ニセモノノ ブンザイデ ギコクンニ ソックリナ カッコヲ スルナンテ ナマイキヨ!」

「ソウヨ ソウヨ!ソウヤッテ ワタシタチニ ダッコヲ シテモラウツモリ ナンデショウケド ソウハ イカナイワヨ!」

「アボーン シテヤルワ!カクゴシナサイ!」

「ニセモノハ サッサト シンダホウガ ヨノナカノ タメデチュ!」

「チィ!」

「そ、そんな・・・そんな理不尽な・・・」
タカラギコはすでに壁際に追い詰められ、じりじりと間合いを詰められていた。
でぃはそれを見て、自分とギコが初めて出会った日の事を思い出していた。
あの時、彼は死にそうな私を助けてくれたっけ・・・。
そして、でぃの心に強い思いが渦巻いた。

―――今度は、私が―――!

でぃは片足を少し上げると、地面を踏み鳴らした。

トン!

乾いた音が響き渡り、音に気づいたアフォしぃ達が一斉に振り向いた。
タカラギコも、こっちを見た。
「ハニャ!ゴミクズディガ イルヨ!」

「チョウドイイワ!アノ ニセモノト イッショニ アボーン シテ アゲルワ!」

「オマエミタイナ ゴミハ サッサト チニナチャイ!」

「チィチィ!」

アフォしぃ達から浴びせられる罵倒の声にも、でぃは少しも動じなかった。
そんな自分に、でぃは内心驚いていた。
前は、またかと思って、うんざりしていたのに・・・。

「コンナヤツ、チィダケデ ジュウブンスギル デチュヨ!」

そんな事を喚きつつ、ベビしぃ――言葉を喋れるから恐らくは姉だと思われる――が近づいて来た。

「ベビチャン、ガンバレ!」

「サッサト アボーン シチャイナサイ!」

ギャラリーの声が五月蝿いが、でぃはとりあえず目の前の相手に集中する事にした。
以前、でぃは親子連れのアフォしぃに襲われた事もあったが、その時は怪我もあってか、ベビにさえされるがままにやられていた。
だが、今なら・・・。

「ヤイヤイ、コノゴミクジュ!オマエナンカ サッサト シンデ カワイイ チィチャンノ マチャーリノ イシズエニ ナリナチャイ!」

ベビがまた喚いてるが、でぃはやはり動じなかった。
それどころか、罵り返してやろうと口を開けている自分に驚いた。
以前ならとても、そんな大それた事は出来なかった。・・・でも、今なら言える。

「・・・ザレゴトハ イイカラ サッサト カカッテキナサイ」

・・・言えた。言い返せた。
でぃの胸に勇気と自信が満ちた。・・・勝てる!

「キィー!ディノクセニ ナマイキヨ!ベビチャン ヤッチャイナサイ!」

「アボーン デチュ!」

「駄目です!逃げて下さい!」

タカラギコの声に、でぃは彼を安心させるように頷いた。――大丈夫、とでも言うように。
そしてでぃは黙って、突っ込んで来るベビを待った。

「カクゴデチュ!」

ベビが目の前に来る。でぃはそれを掴んで、ひょい、と持ち上げた。
頭を掴まれたベビが手足をばたつかせるが、勿論脱出など出来ない。

「チィィ!ハナシナチャイ!」

でぃは何も言わず、ベビを両手の平で挟んだ。
そしてそのまま腕を軽く上げ、右足も軽く上げ、膝を曲げる。
でぃはそのまま、両手で掴んだベビを、自分の膝目掛けて――振り下ろした!

グチャァッ!

「ジチィィイイイ!?」

悲鳴が上がり、見れば、ベビの顔は醜く変形して潰れ、既に原型をほとんど留めていなかった。
自分自身、特に膝が血まみれだが、でぃは気にも留めなかった。
彼女はそのままそのベビを黙って壁に投げつける。

グチュ!

「ジピッ・・・」

煉瓦作りの壁に当たって、ベビは無残に潰れ、唯の肉塊と化した。

886 名前:耳もぎ名無しさん 投稿日:2006/11/28(火) 22:44:53 [ a/aj9eVE ]
「ベビチャァァァァァァン!!」

母しぃの叫びが響いた。

「チィー!チチィー!!ナッコー!」

妹と思われるベビも叫んでいた。
そしてすぐさま、アフォしぃ達が突っ込んで来る。

「モウユルサナイワ!シンジャイナサイッ!」

先頭のアフォしぃが突っ込んで来るのを見て、でぃは素早く、ギコから貰ったナイフを取り出した。
そして走ってくるしぃの胸部目掛けて、思いっきり突き出した!

ドシュ!

刃が肉を裂く音と共に、血が溢れ出した。

「ジィィィィ・・・ナ、ナンデ・・・」

答えず、でぃは刃をその場で抉った。

「ジギィィィィィイ!」

アフォしぃの悲鳴。かなりの音量だが、でぃは眉一つ動かさない。
出血がさらに激しくなった。
そのままナイフを抜き、思いっきり蹴り飛ばす。
吹っ飛んだしぃは、さっきからナッコナッコ言ってたもう一匹のベビの上に降ってきた。

「ナッコー!ナッブジュゥゥギィ!?」

「シィィィィィィ!ベビチャンガー!」

どうやらいとも簡単に潰れてしまったらしい。
でぃはというと油断なくナイフを再び構えている。

「ダラシナイワネ!ゴミナンカニ マケルノハ ギャクサツチュウノ ショウコ!シンデトウゼンヨ!コノ シィチャンガ ヤッツケテ アゲルワ!」

別のアフォしぃがやはり突っ込んで来るが、これにもでぃは動じず、ナイフを首筋に突き刺した。
返り血ででぃは既に体中真っ赤で、ナイフを駆るその姿はつー族顔負けと言える程の様だった。

「ハギャッ・・・ジィィィ・・・」

そのままナイフを首周りで一周させてから抜く。そして首を軽く引っ張ると・・・

ボキッ!ブシュゥウ!

・・・これまた簡単に、首は取れた。
既に真っ赤な体に、さらに真紅の血が降り注ぐ。

「す、すごい・・・」

タカラギコは思わず唸るように言った。
こんなに強いでぃ族は、彼も見たことが無かった。
その時、3匹目のしぃがタカラギコの方を向いた。

「シィィィィ!コウナッタラ サキニ ニセモノヲ コロスワヨ!」

「う、うわあぁぁ!」

それに気づいたでぃは、素早くナイフを投げた。
でぃの手を離れたナイフは風を切り裂き、見事にしぃの後頭部に突き刺さった。

「アギャァァァァ!」

でぃはナイフの刺さったしぃに歩み寄り、ナイフの柄を掴むと、さらに力を込めてナイフをねじ込んだ。

「ギィィィィィ!ジギィィィィ!」

断末魔の悲鳴を上げるしぃからナイフを抜くと、でぃは最後の一匹に向き直った。

887 名前:耳もぎ名無しさん 投稿日:2006/11/28(火) 22:45:16 [ a/aj9eVE ]
「ヤ、ヤメテ・・・オナガイ、コロサナイデェ・・・」

でぃに気づいたしぃは、命乞いをし始める。
最早先刻潰された2匹のベビなど頭にないようだ。

「モウ、コンナコト シナイ?」

でぃの問いかけにしぃは、

「シ、シナイワヨ!ゼッタイニシナイ!」

でぃはその哀れなしぃをしばらく見つめていたが、くるりと振り返り、タカラギコの手を取る。

「サァ、イキマショウ」

「え、あいつはいいんですか?」

「イイノ」

でぃとタカラギコは歩き出した。
でぃは強くなった自分に、若干の戸惑いを覚えていた。
ついこの間まで自分を苛めてた相手をこんなに簡単に・・・。
でぃは改めて、ギコに感謝を捧げるのだった。
・・・しかし、その背後でしぃが動き出していた。

「オバカナ ディネ。コノ シィチャンガ コノママ ヒキサガルトデモ オモッタ?」

しぃは棍棒を手に取ると、こっそりとでぃに近づいていった。
そして間合いに入るなり、

「ゴミクズハ シニナサイッ!」

棍棒を振り上げようとして・・・出来なかった。
その瞬間にはもう、でぃのナイフがしぃの胸部を貫いていたのだ。
でぃは前を向いたまま、後方に逆手に持ったナイフを突き出していた。

「ジィィィ・・・ナンデ・・・ダッ、コ・・・」

まともに喋ることもままならないまま、しぃは自らが作った血溜まりの中に倒れた。
でぃはすでに、しぃの行動を見通していた。
・・・もっとも、しぃがこのまま何もして来なければ、見逃すつもりではいたのだが。

888 名前:耳もぎ名無しさん 投稿日:2006/11/28(火) 22:45:48 [ a/aj9eVE ]
「本当に、本当に、ありがとうございました!」

「イイエ、イインデスヨ、ソンナノ」

路地裏を出た所でタカラギコは早速お礼を言いまくり、それに対してでぃはひたすら手を振った。
体の汚れは、この後銭湯にでも行って落とすつもりらしい。

「何でもいいから、御礼させて下さい!」

そのタカラギコの言葉に、でぃがぴくり、と反応した。

「・・・ナンデモ、イインデスカ・・・?」

その問にタカラギコは、

「もちろんですよ!貴方は命の恩人なんですから!」

笑顔3割増しで答えた。

「ジャア・・・」

でぃはタカラギコをまじまじと見つめた後、口を開いた。

「ワタシノ タビノ オトモヲ シテクレマセンカ?」

「へ?」

旅のお供。それが、でぃからの要求だった。
しばし見つめあう2人。沈黙の時。
ややあって、でぃが口を開く。

「・・・ダメ、デスカ?」

その言葉に悲しげな感情を感じ取り、タカラギコは慌てて言った。

「と、とんでもない!僕なんかで良ければ、喜んで!」

でぃは安堵したようにため息をついた。

「で、でも・・・僕はすごく弱いんですよ?でぃさんのお供が勤まるかどうか・・・」

「ダイジョウブ、デスヨ」

「え?」

でぃはタカラギコを安心させるように言った。

「ワタシモ、イゼンハ トテモ ヨワカッタンデス。ケド、ツヨクナリタイト オモッテ イッショウケンメイ トックンシタラ ナントカ ツヨクナレタンデス。
タカラサンモ ツヨクナリタイトイウ オモイサエアレバ キット ツヨクナレマスヨ」

そこででぃは言葉を切り、タカラギコに向き直って微笑んだ。

「ネ?」

タカラギコはでぃをしばらく見つめていたが、ふいに言葉を紡いだ。

「そうか・・・そうですよね!」

「ソウデスヨ。タトエ イマ ヨワクテモ ダンダン ツヨクナレバ イインデス。
・・・ジャア、イキマショウカ」

でぃの言葉にタカラギコは、

「・・・はいっ!!」

元気よく答えた。
そして2人は、仲良く連れ立って歩き出した。

889 名前:耳もぎ名無しさん 投稿日:2006/11/28(火) 22:46:29 [ a/aj9eVE ]
一部始終を見ていたギコは、

「でぃの奴・・・本当に強くなりやがって・・・」

彼はもう、溢れる涙を堪えようとはしなかった。
それにしても、とギコは呟いた。

「あいつが人を好きになるっていう感情に気づくのは・・・まだ時間がかかりそうだな・・・」

去っていくでぃとタカラギコを交互に見ながら、ギコは2人の姿が見えなくなるまで、ずっとそこに佇んでいるのだった。

890 名前:耳もぎ名無しさん 投稿日:2006/11/28(火) 22:46:46 [ a/aj9eVE ]
弱いからといって、諦めていいのか?

困難にぶつかった時、「自分は弱いから」なんて言い訳をして、逃げていていいのだろうか?

・・・それは違う。

「強くなりたい」

・・・その思い一つだけで、人は変わることが出来るはずだ。

さあ、立ち上がって、手を伸ばそう。

貴方は決して、弱くなんか無い・・・。






<完>