恋情

Last-modified: 2019-12-15 (日) 01:32:18
666 名前:若葉 ◆t8a6oBJT5k 投稿日:2006/05/24(水) 22:22:26 [ 7yzsV7Gc ]
タイトル 『恋情』
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ギコは今、悩んでいた。
愛する女がいると言っているのに、それでもいいから、と好意を寄せられて

「つい、浮気してしまった」
はあぁぁ、と長く溜息をつく。
1回だけの遊びという約束だったのに、その女――しぃは、
すっかりギコの彼女気取りで、ベタベタと纏わりついてくる。

家にいると押しかけてきそうな気がして街に出てみても
運悪く見つかろうものなら、どこへ行くにもついてくる。
ギコの心情からすれば、ついてくるというよりは、
憑いてくるといったほうがピッタリくるかもしれない。

「逃げ回るのも楽じゃねえぞゴルァ」
苛立ちを唇に乗せて小さく愚痴を洩らすが
ぐだくだ悩んでいたところで現状は変わらない。
バレる前に自白したほうが怒りも少ないだろうと判断して
ギコは携帯電話を手に取ると、恋人にメールを送った。

『大事な話がある。今、AA喫茶店にいるんだが来れないか?』
返事はすぐに届いた。
『あら奇遇ね。近くにいるから、すぐに行くわ』

ポケットに携帯電話をしまうと、何度目かの溜息のあとで
ギコは冷たいレモネードを飲んだ。
グラスの中で氷が動いてカランッと涼やかな音を立てる。
その音に被さるようにして、ドアにつけられた鈴の音が響いた。

入ってきたのは、メールの返答どおり早々と到着したギコの恋人だ。
年齢は二十代前半くらいだろうか。そこかはとなく大人の色香が漂っている。

ワンピースには深いスリットが入っていて、歩くたびに
すらりと伸びた足が見え隠れするのがセクシーだった。
服と同じ色のピンヒールも、脚線美を際立たせている。
派手な服装だが、華やかな雰囲気で下品には見えない。

「おまたせ。と、いっても早かったでしょう?
ちょうど斜め向かいの店に服を買いに来ていたの」
ギコが似合うと言って褒めると、薄く頬を染めて照れている表情が可愛らしい。

「ところで話というのはだな、姉者。しぃのことなんだ」
ギコは彼女の本名を知らない。流石家の長女だが家族でさえ
彼女のことを姉者としか呼ばないし、本人に聞いても
『私のことは姉者か、お姉さまって呼んでね』と微笑むばかりで謎めいていた。

なんじゃそりゃあーっと叫びたいギコだったが
惚れた弱みもあって、言いたくないなら無理に聞かなくてもいいか
などと思い直し、結局のところは姉者と呼んでいる。

「しぃ? そうね。騒音や蚤の発生で困ってるのなら捕獲して弟者に引き渡せば、
有効に処理してくれるはずよ。しぃ族を生体実験に使ってるらしいから」

しぃ族の地位が溝鼠以下だということは周知の事実だったが
1度は夜を共にした情というものがある。
ギコは虐殺業者に、しぃの駆除依頼を出すのも躊躇っていた。

にっこりと微笑む姉者の前で、ギコは気まずそうに身を縮め、覚悟を決めて話し出す。
「あの、その、実は、だな……」

ギコが総てを話し終わっても姉者は、静かに微笑んでいた。
ただし先程とは違う、背筋が寒くなるような能面みたいな微笑みだ。
その表情は憤怒の数倍、恐ろしくてギコは居心地悪そうに微妙に視線を泳がせた。

「ふーん?
私という者があるって知りながら寝取ろうとしたのね。
へぇ、しぃの分際で。下等生物のくせに……そう、なんて身の程知らずな」
ふふっと暗い笑い声を立てる姉者に、ギコが怯える。

「ギコ君」
「はいっ!」
呼びかけられたギコは、思わず直立不動で返事をした。

「その恥知らずな小娘のところに案内して頂戴。
今すぐよ! 弟者に引き渡すのは中止しましょう。
この私が直々に、たっぷり立場を教えて差し上げるわ」

静かに怒り狂う姉者に逆らえるはずもなく、ギコは素直に従った。
しぃが酷い目に遭わされる、と判っていても。
姉者の怒りが自分ではなく、しぃにだけ向けられていることにも、密かに安堵していた。

粗大ゴミが積まれた空き地に到着すると
少し迷ってからギコがしぃを呼ぶ。
何気なく捨てられていたタンスから、しぃが顔を出した

しぃは、タンスの底に穴を開けて、土中で暮らしている。
危険な虐殺厨たちから身を隠すための知恵だった。

667 名前:若葉 ◆t8a6oBJT5k 投稿日:2006/05/24(水) 22:28:16 [ 7yzsV7Gc ]
「ハニャーン、ギコクゥン」
甘ったるい媚びた声をあげながら、嬉しそうに駆け寄ってくる。
隣にいる姉者の姿は目に入っていないようだった。
足の届く距離に入った瞬間、姉者がしぃを蹴り飛ばした。

「シィィィィィィ」
悲鳴を上げながら、しぃの身体は紙風船のように飛んだ。
どすっと鈍い音を立てて、腹ばいに落ちたしぃが
顔だけ持ち上げてキッと姉者を睨んだ。ギリギリと歯が鳴る。

「オバサンガ、ギコクンヲ、タブラカシテル、トシマネ! コノ、ショタコン!!」
ギコと同じく十代後半である自分のほうが、若くて可愛いのに、と
嫉妬の炎を燃え上がらせ痛みも忘れて、しぃは姉者を口汚く罵り始めた。

「見苦しいぞ、しぃ。俺が愛してるのは姉者だけだ。
もう二度と俺たちに近づかないと約束しろゴルァ!」

姉者の瞳に殺気が灯るのを見たギコが、わざと荒い声で怒鳴る。
なんとかして生命だけは助けてやろうという試みだったが
しぃはギコの思いやりに気づくことができなかった。

「ソンナ。ギコクンハ、ババアニ、ダマサレテルノヨ。アタシトノヨルハ、ステキダッタヨネ」
怒りの限度を超えた姉者が、しぃの元へと駆け寄り
思いっきり足を振り下ろした。力いっぱい蹴りつけ、踏みにじる。
ボキッバギッという嫌な音と、しぃの絶叫が響いた。
靴底ではなく、堅く尖った靴先で蹴りつけているところに怨恨が現われている。

「シイィィィ、シィィ、ヤメテ、イタイ、ギコクンッ、タスケテェ」
「この泥棒猫! よくも私の男に手を出してくれたわね」
しぃの腕や顔に青痣が浮かびあがり、腫れあがる。
鼻血と涙と涎で、しぃの顔はぐしゃぐしゃに歪んでいた。

「ギコクンッ、ギコクンッ、ハニャーン、ギコクゥン」
泣き喚き、恋しい男へと懸命にしぃが救いを求める。
しぃの口からギコの名前が出るたびごとに、姉者の眉間には
縦皺が増えていき、悪鬼の形相に近づいた。蹴る攻撃力も増していく。

「お黙り! 薄汚い泥棒猫が!」
細いヒールが、しぃの口の中にねじこまれ、そのまま踏みしだいた。
舌を貫いたヒールが頬に刺さっているが、口を動かせないせいか
しぃは不明瞭な泣き声しか出せていない。
ぐにっぐにっと姉者の足の揺れに合わせて、しぃの頭も揺れる。
地面に押し付けられた形になっている頬は土砂に削られて、擦り傷だらけになっていた。
何本か歯も折れたようで、深紅の血潮といっしょに白い固形物が流れ出ている。

「汚いわね。あんたの血と涎で、私の靴が汚れたわ」
血に濡れたヒールを口の中から抜いた姉者が、
しぃの真っ白な毛皮で汚れをぬぐうように手足を踏みにじった。
踊るように舞うように靴底が強弱をつけて蹂躙する痛みに、
しぃは力なくヒックヒックと、啜り泣きを漏らした。
無駄だと悟ったのか抵抗はしない。されるがままに弄びれている。

しばらく踏みつける感触を楽しんでいた姉者が、ゆっくりと大きく足を引き上げた。
ニヤッと、紅いルージュの唇が笑みの形につりあがる。

「ヒ、ヒィッ、ナ、ナニヲスルノ。モウユルシテ、タスケテ、オナガイヨ」
しぃは顔を強張らせて、じりじりと尻でずり上がって逃げようとしたが
恐怖と焦りのためか、ほとんど動けていない。

「あ、姉者……踏む殺す気か」
スリットから露わになった太腿が扇情的だったが今のギコには
その魅惑的な光景に酔う余裕はなく、血の気が失せた顔は麻痺したみたいに、
恐怖を湛えた表情のまま凝り固まっていた。

「タケステ、タスケテ……」
全身の間接が不自然な方向に折れ曲がり、大の字に近い形で
横たわった状態のしぃの股間めがけて、姉者の足が振り下ろされる。

「シィギアァァァァァァァァァァ」
細いヒールが、しぃの尿道に突き刺さった。
背を仰け反らせて悶絶するしぃに構わず足に力が加わり
ヒールは更に奥へとねじ込まれていく。

くすくす笑いながら姉者がヒールを勢いよく抜き取ると
尿道からは血潮が噴出した。その血色が途中から黄金色に変化する。

「ジィィィィィィギャビィィィィ」
股間を押さえて、しぃが転げまわって悶え苦しんでいる。
尿に含まれている塩分が傷口に沁みるのだろう。
それでも尿はしばらくは止まらず、地面にアンモニア臭が漂う水溜りをつくっていく。
土や血とも混ざり、ひどく汚らしい光景だった。

「シイィィィィィ、ヒギィィィィ、タスケテ、モウ、ユルシテ」
自分の汚水にまみれ、しぃの白い毛皮を染めてゆく。
恐怖に歪んだ視線で姉者を見つめる眼は顔面の前面に飛び出ていて、
今にもポロリと零れ落ちそうになっている。よほど姉者の恐ろしさが身に沁みたらしい。

668 名前:若葉 ◆t8a6oBJT5k 投稿日:2006/05/24(水) 22:30:49 [ 7yzsV7Gc ]
「ギコクントハ、ワカレル。ヤクソクスル、ダカラモウ、イジメナイデ」
姉者は何も答えなかった、が。何やら思案している様子だ。

しぃは悲鳴を上げるのを中断して、荒く浅く呼気を洩らしている。
恐怖と激痛で過呼吸になっている様子だ。

「決めたわ。やっぱりお前は殺す」
淡々とした姉者の言葉に、しぃが震え上がった。
「ド、ドウシテ? オナガイ、モウニドト、オネエサンタチニハ、チカヨラナイカラ…ワカレルカラ」

「別れる、ですって? 馬鹿馬鹿しい。
お前が、いつギコ君とつきあってたっていうの?」
しぃの哀訴に対する返答は、蹴りだった。

「シィィィィィィィィィィ、ジゥィィィィィィィィィィィ!!」
今までのような爪先での攻撃ではなく、ヒールを打ち込む攻撃で
細いピンヒールは柔らかい白い腹部を貫通してめり込んでいる。
蹴る、というよりは突くという攻撃だ。
しぃが苦痛に耐え切れず、もがくごとにピンヒールの周辺から血が流出した。

「ふんっ。これで終わったなんて思わないでね」
姉者が足を乱暴に引き抜くと、ヒールに絡まった内臓が
にゅるりと露出した。穴が小さいから、それほど多くは無いが
蒼い血管が浮き出たピンク色の内臓の露出は
しぃを恐慌状態に陥られるには充分に衝撃的な光景だったようだ。

「イヤ、イヤァァァ」
しぃが狂ったように自分の内臓を指先で体内に押し戻そうとしている。
姉者は笑いながら、その手を爪先で蹴り飛ばした。
しぃの指が、あらぬ方向に折れ曲がり、皮膚を裂いて骨が露出した。

「ギャウアアァァァァァァァァ、シィィィィィィィィィ」
泣き喚くしぃを無視して、姉者が更に足技を繰り出す。
爪先で蹴られてできた青痣が黒紫色に変化して腫れあがっても
ヒールで突き破られた無数の小さな穴から内臓を撒き散らしても
姉者の攻撃には容赦が無い。蹴っては突き、突いては蹴った。

傷口が小さく致命傷にはならないが、その痛みと戦慄に
しぃの身体はヒクヒクと痙攣し、逃げることもままならない。
蹴られて身を転がされたとき、しぃの視界に一瞬だけギコの姿が映ったが、
彼は姉者の剣幕に怯えて腰をぬかしていた。とても助けてくれそうにはない。

「あら、まだ図々しくギコ君を見つめるの?」
禍々しい声にハッとして姉者に向けようとした視界は、すぐ塞がれた。
頭部に鈍痛がはしる。しぃの右頬に何か冷たいものが当たっていた。
ずしっ、と重みが加わって地面に左頬が押し付けられる。
頭が割れそうな痛みに、しぃは声にならない悲鳴をあげる。

しぃからは見えないが、それはガラクタから拾い出されたブリキの板だった。
結構な厚みがあって幅も広い。姉者は、その板の上に立って、ふぅっと溜息をつく。
板の幅にはまだ余裕がある。しぃの頭は板ごしに姉者の体重を支えていた。

「ほら、ギコ君もいらっしゃいな。この上で飛び跳ねるのよ」
姉者が優しくギコを呼んでいる。
優しいのは声と表情だけで、瞳には有無を言わせない怒気が籠もっている。

「それとも。さっきみたいに、この小娘を助けようとするのかしら?」
ギコの真意は、しぃには通じなかったが姉者にはバレていたようだ。
もはや、しぃを救ってやりたいなどと思っている場合ではなかった。
逆らったりしたらギコの命も危ないかもしれない。

「わ、わかったぞ。ゴルァ……しぃ。お前が、悪いんだから、な」
ギコは目を瞑って助走をつけると、どんっと板の上に飛び乗った。
足下で板越しに、しぃがくぐもった悲鳴を上げているのが聞こえる。

「アタマガ、ワレチャウ、タスケテ、ギコクン。タスケテ…」
よくよく耳を澄ませないと聞き取れないほど弱い声音で、しぃが泣いている。
板と地面に顔を挟まれて、うまく口を開けられず大きな声は出せないのだろう。
それでも、しぃの切れ切れの哀願はギコの心を蝕んだ。

「クルシイ、クルシイヨ、タスケテ……イタイヨ、ギコクン、ギコクウゥゥゥン」
「うあぁぁっゴルァァァ、ゴルアァァァァ」
掠れた声音なのに、それはギコの耳にこびりついて離れない。
一刻も早く、しぃを黙らせたくてギコは無我夢中で跳んだ。

669 名前:若葉 ◆t8a6oBJT5k 投稿日:2006/05/24(水) 22:32:19 [ 7yzsV7Gc ]
厚い板に阻まれているから感触など伝わるわけが無いのだが
足の裏に脳髄を踏み荒らしているような、おぞましい気配をギコは感じた。

聞こえるはずが無いのに、ゴキュッグリュッという頭蓋骨を割る嫌な音も感じる。
すべてはギコの蝕まれた心からくる幻覚だったけれど
ギコには総てが恐ろしくて、総てを忘れたくて跳ねる速度をあげていく。

ドンッドンッと、衝撃が頭部に加えられるたびに、しぃの四肢が痙攣する。
顔を潰された状態のしぃには、もう悲鳴を上げる余力は無かったが
ギコの脳内では血を吐くような叫びがこだましていた。
その叫びはギコの名を呼び、まるで呪詛のように心に絡みつく。
嫌な汗が吹き出て、ギコは狂乱状態に陥っていた。

「死ね、早く死ねゴルァァ、くたばれゴルァァァァァァァ!!」
「うふふ。その調子よ」
姉者も飛び跳ねながら、心底から嬉しそうな笑顔を見せた。
ギコの大好きな、いつもの微笑を。

どのくらい時間が経過しただろうか。
板の位置が最初に比べて微妙に下がっている。ぐにぐにと不安定に揺れた。
チラッと前方の地面を見ると赤黒い血溜まりのなかに
白い骨片や、脳の一部だと思われる薄桃色や緑の塊が浮いている。

ギコは口元を押さえて、力なく肩を落として板から下りた。
板の下を見る勇気は無い。もう帰りたかった。

そんなギコとは対照的に、姉者は面白そうに板の下を覗いている。
板と地面に挟まれ押し潰された、無残な顔を確認して満足そうだ。

しぃの頭部はひしゃげて一部が陥没していた。
唇からは、だらんと驚くほど長く舌を垂れ出させている。
舌に折れた歯が突き刺さっていて、口内は血でいっぱい。
鼻からも出血している。これでは呼吸も出来なかっただろう。
いや、頭に加えられる暴虐の痛みで呼吸どころではなかったろうが。
眼球は圧迫に耐え切れず零れ落ち、眼孔からは鮮やかなピンク色の脳が流れ出ていた。

「少し疲れたわね。ギコ君も顔色が悪いわ。もう帰りましょう。
あの小娘の遺体は放っておいても野犬や鴉が始末してくれるわ」
「あぁ、そうだな」
憂鬱な表情のギコの指に、姉者のほっそりした指が巻きつく。

「ねえギコ君。今日は私の家に遊びに来ない?
美味しい紅茶とクッキーがあるの。きっと気に入るわ」
「いや、今は食べたい気分じゃない」
「そう? でも良かったわ。ギコ君が私を選んでくれて」

姉者は頬を染めて、眩しそうにギコの横顔を見つめた。
「もしギコ君が私を裏切って、あの小娘を助けたりしていたら」
「待て、待て待て。やっぱりクッキー食べる。遊びに行くよ」
その先を聞くのが恐ろしくて、慌ててギコが姉者の言葉を遮った。

そんなギコを姉者は、おかしそうにクスクスと声を立てて笑う。
「馬鹿ね。私が愛するギコ君に酷いことをするわけないでしょ?
でも、そうね。私が泣いていたらきっと母者が許さないわね。
そうなっていたらギコ君、大変なことになってたかも」

流石家の母者といえば、ギコも噂で知っていた。
気に入らないことがあれば実の息子であろうとも容赦はなく
欲望の赴くままに半死半生にしてしまう猛母だと聞いている。
きっと姉者より戦闘能力も高くて残虐だろう。
ヒッと息を飲むギコを、艶然とした仕草で見つめながら姉者は

私を 裏切らないでね 約束よ

声には出さず唇だけを動かして、そう伝えるとギコの頬にキスをした。

ー終ー