正義の味方

Last-modified: 2020-05-29 (金) 00:12:16
428 名前:貧血。 投稿日:2004/12/12(日) 18:57 [ .Ptdheig ]
 ―――憧れていた正義の味方。

 壊れかけたテレビに映る映像。
 そこに映る正義の味方は、いつでも格好よくて。
 毎日、飽きることなく箱の映像を見ていた。

 ―――ゲンジツは醜かった。

 いつ死んでもおかしくないような街。
 とても、醜くて、死にたくなった。

 自分ひとりだけ、呑気に暮らす事が出来たのだ。
 本もあった。食料も、生きていける分は用意されていた。

 何ひとつ不自由は無く。
 何ひとつ自由も無い。

 勉強に励む環境があり。
 それを生かす環境が無い。

 でも、箱の中の正義の味方は綺麗だった。
 醜いゲンジツを忘れさせてくれた。

 それに憧れて、まだ夢を捨てられない。
 心が腐った貧民街の空気の中でも。

 …まだ、その夢だけは腐っていない。

 持ってるものはナイフしかない。
 飯は、もう底を附いた。

 誰かを殺して金を稼ぐ。
 この貧民街での稼ぐ手段は、それ位しかない。


 だが―――。

 思い出せ、と誰かが言う。
 おまえは正義の味方になるのではなかったか。
 相反する思考が体をズタズタに切り崩していく。

 ―――自分の為だけに、無関係の人間を貪る正義の味方。

 もとから身勝手にすぎない正義の味方。

 憧れていた正義の味方は、壊れた箱の中。
 箱の中の、幻想。それだけを糧に、貧民街で生きてきた。

 今までの時間。
 何年もの間信じ続けてきた思いが、立ち止まる自分の胸を撃つ。

 夢も希望も無いこのゲンジツで。
 唯ひとり夢を見る事を許された自分。
 その夢を、捨て去るのか。

 その糧を、失うのか。

 自分を上手に騙し、誰かに夢を見せる。
 そう考えていた、今までの自分を裏切るのか。

 正義の味方という名の、幻想。
 生きていく上での、糧。
 俺が捨て去るものは、今までの、そして、これからの自分だ。

 今まで信じ、支えてきたモノをなくして、生きていくことが偽りだとしても。

「          …ああ」
 そうだ。
 俺は、生きていたい。
 生きていく意味を失ってでも、生きて、いたい。

 箱の中のちっぽけな夢を、捨て去って。
 生きていく糧を、失っても。

 喩え、この先に。
 …避けえない、孤独な破滅が待っていても。

 ――――それでも。
 俺は、地べたに這い蹲ってでも、生き延びて、いたい。

429 名前:貧血。 投稿日:2004/12/12(日) 18:59 [ .Ptdheig ]
きゃー連投。
ごめんなさい。

 貧民街の大通りに出る。
 生き延びる為なら、他人はどうでもいい。

 どうでも――…いい。


 ひとり、現れた。
 この街には沢山いる、しぃ、だ。

 出会い頭に抱擁をせがんで来る。
 まぁ、今の俺の脳は、殆ど働いていないのだが。

 何故だろう。耳が、痛い。
 言語の処理が、全くできないからか。

 耳が痛いことしか、わからない。

 …そのお陰、だろうか。
 悲鳴をあげていた心臓が、冷静になってくれた。


 何も考えない。
 ただ、空気を吸うように。

 それ以上のコトは、何ひとつ考えなくていい。

 そう。何ひとつ、考えなくていい。

 殺す。
 それ以外、何も考えなくていい。


 …まずは、右手薬指から肘にかけてを引き裂くとする。
 迷いは、捨てる。
 俺は、生きていたい。

 ――誰かを殺してでも、生きて、いたい。

「オナガイ オナガイダカラァァァァァ!!」
 命乞いなど
、聞ける筈が無い。
 もう、何ひとつ聞こえない。


 もう、何ひとつ、わからない。
 ―――自分が生きているコトさえも。

430 名前:貧血。 投稿日:2004/12/12(日) 18:59 [ .Ptdheig ]

 ざく。
 ざく。
 少しずつ切っていく。
 抵抗されているのだから、慎重に切っていくべきだ。

 ぶしゅり。
 間違えて血管を切ってしまったらしい。
 どくどくと血が出ている。


「ィィィィイイイイヤァァァァアア!!」
 血を見てパニックを起こしたらしい。
 バケツから振り撒かれたかのように出てくる、血。

 実感が、わかない。
 この赤色も。この赤色も。この赤色も。赤色も。
 赤色も。赤色も。赤色も。赤色も赤色も赤色も
 赤色も赤色も赤色も赤色も赤色も赤色も赤色も、全て。

 全て、無関係のように見えてしまう。


 ざく。
 ざく。
 腕の肉は少ない。
 切るというよりも、削ぎ落とす、と言う方が近いか。

 ざく。
 ざく。
 真っ白な骨が見えている。
 次は、コレを切るとしよう。


 が、きり。
 ナイフの刃が毀れた。
 まぁ、いい。

 がり。
 ぎ、り。
 切りづらい。
 彼女は必死に抵抗ををしている。

 がり。
 がっ。
 切るところが逸れた。
 やはり、動くと切りづらい。

 がっ――。
「シィノ オテテ ガァァァァァァァ!!」
 雑音がしたが、全く気にならない。

 彼女が抵抗をしたところで、何が変わるわけでもない。
 抵抗をすれば、苦しむだけだ。


「シィィィィィィィイイイイ!!」
 …まだ、気が附かないのか。
 自分が、水槽で溺れているというコトを。
 水槽からは、決して出れなどはしない。

 出ることはできない、濁った水槽。
 囚われてしまった、不運な魚。

 

 生きる意味を失くしてしまった、意味の無い、自己。

 がり。
 がり。
 がり。
 がり。
 がり。
 がり。
 まるで気でも違ったかのように、ナイフを振るい続けた。
 抵抗は無意味。したところでナイフの軌道は変わりはしない。

 がり。
 もう、骨は今にも割れそうだ。
 少し力を入れれば、折れるだろう。

 が、きり。
 ようやく割れた。

431 名前:貧血。 投稿日:2004/12/12(日) 19:00 [ .Ptdheig ]


 次は右足の太腿から踝にかけて。
 

 ざくり。
 ざく。
 肉が多い分、太腿は肘などに比べれば切り易い。

 ずぶり。
 ざく。
 ずぶずぶと刺さっていく。
 その刃物を、踝にスライドさせる。

 ずぶり。
 ざく。
 ずぶり。
 ざく。
 ずぶり。
 ざく。
 刺しては切り。刺しては切りを繰り返す。

 手は、止まらない。
 思考は、止まっている。

 …気が狂いそうだ。

 ざく。
 ざく、り。
 残るは、骨だけとなった。

「アグ…ガ…ア」
 彼女は既に失神しているらしい。

 そのほうが好都合だ。
 さっきより確実に切り易い。

 がり。
 がり。
 がり。
 がり。
 切りづらい。
 やはり、骨は切りづらい。

 がん。
 がん。
 切れなければ、割る。
 それまでのことだ。

 がん。
 がこ、ん。
 割るほうに切り替えた途端、大股の骨は簡単に割れた。
 当然、抵抗は全く無い。そして、脆い。極めて割り易いと言える。

 がん。
 がん。
 がん。
 叩くように。

 がん。
 がこん。
 もう、踝の骨が割れた。
 抵抗さえなければ、簡単なものだ。

432 名前:貧血。 投稿日:2004/12/12(日) 19:00 [ .Ptdheig ]

 さて。
 最後に、右肩から右腹部にかけてだ。

 ざく。
 ざく。
 肩の辺りを引き裂く。

「シィィィィイイイイイイ!!」
 悲鳴。
 鼓膜が破れてしまいそうだ。
 …だが、そんなコトは全く気にならない。

 ぶしゅり。
 胸から腹まで、一度に切り裂いた。

 見えている、胸骨、および胸椎・肋骨。
 全て、体外から放り出した。

 そのお陰か、色々と、見えてしまうようになった。
 主に、胸管・気管・食道・脈。

 …それと、沢山の臓物。
 空に撒いた筈の肋骨の二本ほどは、肺に突き刺さっていた。

 心臓は、既に動いていない。
 動いている、筈もない。

 …死んでいる。

 殺した。
 俺は 彼女を 殺し た。
 コ ロ シ テ シ マ ッ タ。

 未来が、あったのだろう。
 おそらく、哀しむ家族もいたのだろう。

 それを、殺した。

 自分自身の、エゴで。

 彼女を 殺し た。

「っっ…」
 彼女を見ていると、なんだか、酷く、気持ちが悪くなって。


 …そのまま   彼女 を  切り 刻ん  だ。

433 名前:貧血。 投稿日:2004/12/12(日) 19:00 [ .Ptdheig ]

 気が附けば。
 日は傾き、夜になっていた。

 何故、だろう。
 何故 殺して しまったん だろう。

 …わからない。

 切り落とした首を、持つ。
 今日を生き抜くために。

 生き抜く ため に。

 そうだ。
 生き抜くために、他人の命を、犠牲にした。

 自分自身のエゴのために、
 他人の未来を、踏みにじった。

 生きていたいために、
 自分の意味を、失った。

 なら、せめて。
 …せめて。生きる意味が無いとしても。
 ―――精一杯生きることが、その償いだ。

 どうやら。
 どうやら、壊れた箱の中の幻想は、箱と同じ運命を辿ったようだ。
 淡い色の箱の幻想は、砕けてしまった。

 ならば。
 …それを糧に今日までを生きてきた人間は、どんな運命を、辿るだろうか―――。