白い部屋

Last-modified: 2015-06-12 (金) 21:46:16
255 名前: 白い部屋(1/5) 投稿日: 2003/05/23(金) 00:36 [ VXsra08I ]
「………ココハ………?」
腕に抱いていたはずのベビはいない。自分達親子をさらったモララーは…………
「……!!!ベビハ?!シィノベビチャンハドコ!?」

気がつくとしぃは真っ白な部屋の中にいた。一辺がおよそ15メートルほどの白壁に囲まれた正方形の部屋だ。
部屋にはテレビや冷蔵庫、テーブルや台所、ソファなどの家具がやや不自然な形に設置されており、
部屋そのものの非現実感とあいまって異様な効果を発揮していた。
「ベビチャン!?ドコニイルノ?オカアサンハココヨ、ヘンジヲシテ!」
返答は聞こえない。自分を気絶させ、何の意図があってか知らないがここまで運び込んだモララーは
邪魔になるはずのベビをすでに始末してしまったのだろうか。
「……ベビチャン……ナンデ……ココハイッタイドコナノ………」
絶望感のあまり途方に暮れる母親しぃ。まさか既に殺されて冷蔵庫の中にでも入っているのでは……
恐ろしい想像が頭を過ぎる。しぃが少しずつ冷蔵庫のほうへ歩み寄ろうとしたその時、突如としてテレビの電源が入った。
「したらばニュースの時間なのら!全国のしぃの皆さん、見てるかにょら?!」
しぃは思わず目の前の大き目のテレビ画面に目をやった。したらば猫がキャスターを勤めるしたらばニュースだ。
JBBS地方出身のしぃはあまりこの番組を見たことはなかったが、突然の出来事に思わず番組に引き込まれてしまっていた。
「えーと、また凶悪な虐殺厨モララーによる被害が続発しているにょら!
今日の午後1時ごろ、JBBS地方出身のしぃ親子が
買い物帰りのカモノハシ通りKL番地で突如何者かに拉致されたにょら!
警察はしぃ親子の行方を追っているにょらが、状況から考えても生存は絶望的との見方で一致しているにょら!」
しぃは絶句した。もはや自分達親子は殺されたものと考えられているのだ。
ニュースが一通り終わると、またしても突如画面が切り替わった。
今度は真っ白な画面が続いていた。カメラは一応動いているようだったが、
映し出すのは白い壁ばかりだった。しかし、カメラがその視点を下方にずらすと
見覚えのある顔が目にはいった。不安と恐怖でやつれてやや青白さを帯びているその顔は………
紛れも無い、しぃ自身の顔であった。

256 名前: 白い部屋(2/5) 投稿日: 2003/05/23(金) 00:36 [ VXsra08I ]
「……エ……………?」
しぃは思わず天井を見上げた。
突如としてカメラから高速で弾丸が発射された。しぃはとっさに身をかわしたものの、
弾丸はしぃの右頬を掠って白い床に小さな黒い点を作った。
「シィィィィィィィィィッ!!ナ、ナンダッテイウノ?!イッタイナニガオコッテイルノ!??」
テレビ画面はなおも恐怖に震えるしぃの顔を映し出していたが、しばらくすると画面が切り替わり、
惨殺されたしたらばの死体と、しぃを襲ったモララーが映し出された。
「ア、アンタは…………!!」
「……驚いたな。まさか銃をかわせるとは。まあ、このぐらいで死んでもらっては
その部屋に放り込んだ甲斐が無いというものだが」
モララーの冷淡な声が部屋にこだました。一切の感情を廃した機械的な声だった。
「薄々気づいているかもしれないが、貴様らしぃはアホだから一から説明してやろう。
今まで見せていたのは偽のスタジオだ。私がこのボロ雑巾を脅迫して作らせた模造品だ。
しかしニュースの内容は”本物”だ………警察は捜査を打ち切った。
もはや貴様らが誰かに助けられる可能性は限りなくゼロに近くなった」
しぃの顔が絶望に歪んだ。もしベビが死んでいるのなら、自分も早くベビの元に行きたいと思った。
「だが…………ベビは死んでいない。今もその部屋のどこかにいる」
「エ?!」
しぃは思わずあたりを見まわした。しかし、家具以外にはどこにもベビの隠れられそうな場所など無かった。
「話を最後まで聞け。もしその部屋のどこかに厳重に隠されているベビをおまえが自力で見つけ出せたなら
親子ともども開放してやろう。どこへでも好きな場所に逃げるがいい。
もっとも、見つけられなければその限りではないがな」
「…………ドウシテソンナコトバヲシンヨウデキルノ?ベビチャンヲカエシテ!」
「わからん奴だな。殺してなんかいないといっているんだ。現に、今もおまえのすぐそばにいる……」

「…………ナッコ………」

「!!!」
確かに聞こえた。スピーカーを通したものではない、本物のベビの声だ。
「ベビチャン?ドコナノ!イイコダカラヘンジヲシテ!!」
「これでわかったか?わかったならとっとと探すがいい。私の気が変わらないうちに」
願っても無いチャンスだとしぃは思った。あのモララーが何を考えているのか定かではないが、
もし自力でベビを見つけることが出来れば、ベビが助かる確率は格段に上がる。
ちょっとした通風孔でもベビは出入りすることが出来るからだ。
自分が助かる確率はほとんど無いだろうが、しぃは我が子が生き延びればそれで良かった。
しぃは思い切り冷蔵庫のドアを開けた。

「あ、そうそう…………一つ言い忘れてたけどね」
冷蔵庫から飛び出した無数の針がしぃの全身に突き刺さっていた。右目がつぶれ、左耳がもげ、
あまりの激痛に声を出すことも出来ずにいた。
「その部屋は私がしぃ虐殺の研究のために作った”実験場”だ……せいぜい、がんばって生き延びてくれたまえ」

257 名前: 白い部屋(3/5) 投稿日: 2003/05/23(金) 00:37 [ VXsra08I ]
しぃは全身に突き刺さった針を一本一本丁寧に抜いていった。抜くたびに黒ずんだ血が飛び出てきて、
痛みのあまり顔が醜く歪む。しかし、抜かなければもはや歩くことも出来ない。
爪の間に食い込んだ針を抜く。爪が剥離して血の気の引いた指先にじりじりとした痛みが走る。
思わず剥がれかけた爪を自分で取り去りしぃは短い悲鳴を上げた。
「……コノグライ……ベビチャンヲタスケルタメトオモエバ……」
もはやしぃを動かしているのは我が子への思いだけであった。

しぃは慎重な足取りで台所に近づいていった。先ほどの経験から、
あの台所にも恐るべき罠が仕掛けられているであろう事は想像に難くない。
しかし、どこかで自分を呼び続けている---先ほども小さな声が聞こえた---
ベビを見捨てるわけにはいかなかった。
備え付けのガスコンロには異常は見当たらない。しぃはそっとコンロの下の食器棚の取っ手に手をかけていた。
恐る恐る扉を開く。鈍い音を立てて動いたそれの中からは、針も炎も飛び出してくる様子はなかった。
「………ヨカッタ、ココニハナニモナイミタイ」

鋭い銃声が部屋の中でこだました。先ほどの拳銃がしぃを狙って弾丸を発射したのだ。
弾丸は外れたものの、しぃは恐怖のあまり棚の中に隠れてしまった。
「コ………ココナラケンジュウノタマモトドカナイヨネ………」
突如としてガスコンロに火が点き、あのプロパンガス独特の異臭を放ち始めた。
同時に、しぃの周りの空気が見る見るうちに温度を上げていく。
食器棚の中にも上部についていたのと同じコンロが備え付けられていたのだ。
「シィィィィィィッ!!アツイ、アツイッ!!」
しぃは外に出ようと慌てふためいたが、なぜか棚の扉は開かなくなっていた。
ここは進入者を蒸し焼きにして殺すための火責めの罠だった。

「ナッコ、ナッコ!!」
どこからか小さな声が聞こえたような気がした。どこにも見つからぬ母親を捜す子供の声だ。

「………………!!!」
しぃは何かを覚悟したようだった。肩の骨が砕けるのもかまわずに思い切り扉に体当たりをした。
モララーの操作する拳銃がしぃに狙いを定めた。しぃは慌てふためいた様子で台所の側面に回った。
「馬鹿め、逃げられるとでも思っているのか」
その時しぃは万力の力をもってプロパンガスの詰まったボンベを外し、思い切り自分を狙う銃口に向かって投げつけた。
発射された弾丸によってあたりは炎の海となった。

258 名前: 白い部屋(4/5) 投稿日: 2003/05/23(金) 00:38 [ VXsra08I ]
もはやしぃに皮膚の感覚はなかった。全身にあばたのような焦げ跡がついていた。
残った左目も右耳も失い、聴覚と視覚を喪失した。
先ほどの反撃によって右腕は使い物にならなくなった。肩の骨も砕けていた。
「…………ベ……ビチャン……………」
しぃが理性を失いでぃ化しなかったのはもはや子への愛情故としか説明のしようが無かった。
精神が肉体を超越していた。

しぃはふらふらとソファに向かった。もはやベビが隠されている可能性があるのはこの中以外に無かった。
しぃは罠を確認しようともせず左腕でソファを持ち上げた。
ソファの中から一本のワイヤーが射出され、しぃの左手に巻きついた。
同時に折れた右腕とまだ使い物になるはずの両足までもが拘束された。
しぃはちょうどソファの中心に固定される形となり、四方向から出ていたワイヤーは
思い切りしぃの四肢を引っ張りだした。
「シィィィィィッ!!」
苦痛のあまり叫んで暴れるしぃ。だが暴れれば暴れるほどワイヤーはその張力を強めていった。
自分の体を切り裂こうとしていることをしぃは理性ではなく本能で察知した。
迷うことなくしぃはその牙でみずからの両腕と両足を噛み千切った。

ひっくり返ってその内容を露わにしたソファ。しかし、どこを探してもベビの姿は見当たらなかった
(もっとも、しぃは”見て”探したのではなく、匂いと感覚でベビの所在を判断しようとしたのだが……)。
もはやでぃ以上に醜い姿となってしまったしぃは、のそのそと背中で這いずりながら
テーブルの上に上がり、天井を見上げる形で仰向けになった。
「…………ベビチャン………ドコニ……イルノ………」
しぃの悲しい啜り泣きが部屋の白い壁に反響した。
その壁は焦げ跡や弾痕で傷がついていてもやはり白い壁だった。
何も映し出さず、全てのものを拒絶する白い壁だった。

259 名前: 白い部屋(5/5) 投稿日: 2003/05/23(金) 00:39 [ VXsra08I ]
白い部屋にパチパチと拍手の音が鳴り響いた。監視室から一部始終を見守っていたモララーだ。
「しぃ………結局ベビは見つけられなかったようだが、君の頑張りにはこの私も涙を禁じ得ないよ。
正直、感動したってヤツだ」
しぃは無感動な表情のままだ。当然である。もはやモララーの言葉など聞こえないのだから。
「君に温情を与えるよ。ベビしぃ、君の娘を君のもとに返してやろう」

ベビしぃがついに自分の元に戻ってくる…………
しぃは本能でそれを感じ取っていた。ベビしぃの泣き声が大きく聞こえてきた。
「ママ………ナッコ。ナッコ!」
「ベビチャン………!!」
夢のようなまどろみの中で、しぃは確かに娘と再会していた。

その時、しぃの腹部のあたりがごろごろと蠢いた。見る見るうちに肉が裂けて血が飛び散った。
もがき苦しむしぃにかまわずに中の生き物は腹を食い破りながら外へ進出しようとしていた。
それは空腹とダッコ欲しさのあまり必死に母を捜し求める血塗れのベビしぃであった。

モララーは一人監視室で爆笑していた。
「ぶははははははは!!なかなかナイスアイディアだろう、ベビが生まれた最初の場所に戻してやったんだ。
”部屋のどこか”という先入観に惑わされて、自分の中までは目が行かなかったようだな!!
ちゃんと拘束具も兼ねて防護服もつけてやったんだぜ………おまえが罠にかかった拍子に死なないようにな。
今おまえに再会させるために自動で脱がせてやったんだがね。ははははははは!!」
ここまで叫んでモララーはどこか薄ら寒いものが自分を包むのを感じた。
何故あれだけのことをしていてベビは死ななかった?いくら防護服をつけていても、母ごと潰されては何の意味も無い。
しぃはまさか、まさか腹の中に我が子がいることを承知で出来るだけ腹部をかばいながら
自分は拷問を受けていたのではないか………ベビを無事に開放してもらうために。
「まさかな……考えすぎだ。俺もヤキが回ったかな」
モララーは気を取り直してディスプレイに映し出された血塗れのベビを見つめた。

「ナッコ♪ナッコ♪」
何も知らないベビはもはや動かぬ母親に無邪気にダッコをねだっていた。
血の色にまみれてはいても、それは真っ白で純粋無垢な子供の顔だった。



おわり

260 名前: おまけ 投稿日: 2003/05/23(金) 01:07 [ VXsra08I ]
次の日、KL通りでは……
「ハニャニャニャニャン♪キョウモゲンキニ シィシィシィ♪ダネ!」
「ソンナニ ハシャイデテ イイノ? キノウモ ココデ ギャクサツチュウニ オヤコガ ラチ サレタノヨ」
「フン、ヘイキダヨ。ガキ ナンカ ツレテルノハ ドウセ ギャクサツチュウニ テイコウシナイ
コシヌケノ ヘタレシィニ キマッテルモノ!
ワタシタチ ミタイニ マイニチ ココデ モララーシュヲ ヌッコロシテイル セイギノ シィ コソガ
シンノ マターリヲ カタル カミサマノ ツカイト ナルノヨ」
「………よく言うぜ。貴様らの組織の活動のせいで、俺たち普通のモララーまで頃されて
結果としてここはJBBS地方一の絶対危険区域(absolute danger zone、略してアブ区域)になったんだがね」
通りすがりのモララーが言った。彼の家族はマターリ厨組織によって被害を受け、
兄はそれがきっかけでしぃ親子を拉致するような虐殺者になってしまった。
「ゲッ!!ギャクサツチュウ ダワ!!」
「フン、ギャクニ コウツゴウヨ。ワタシタチニ ケンカヲ ウッタンダカラ、イキテ カエシハ シナイワヨ。
カクゴナサイ、ギャクサツチュウ!セイギノ シュクセイヲ クラワセテヤルワ!!」
「………」
モララーは深い深いため息をついた。兄の気持ちがわかったような気がした。
「……前々から疑問に思ってたんだが、
自分に迎合しない反乱分子は即座に抹殺するようなファッショ連中の
どこが”マターリ”なんだ?」

気がつくとマターリ厨しぃ達は陽光に溶けて消えていた。死んだのではなく、存在自体が消滅したのだ。
「……やっぱりレーゾンデートルが破壊されたか。ま、もともと矛盾だらけの連中だから無理ないが」
しぃ達のいた跡を踏みつけながら、モララーはたまには兄に会いに行きたいなと思い始めていた。

おわり