盲目な旅

Last-modified: 2015-06-23 (火) 00:42:01
335 名前: 盲目な旅 1/8 投稿日: 2004/02/10(火) 23:20 [ IXMIi906 ]
 5年前、愛する人を僕は見つけた。
 4年前、愛する人が僕を愛してくれた。
 3年前、愛する人が僕らに増えた。
 2年前、愛する人は僕らを置いて消えてしまった。
 1年前、愛する人を求め、僕らは旅へ出た。

 僕らは彼女を求めて、今日も街から街へと彷徨いつづける。

336 名前: 盲目な旅 2/8 投稿日: 2004/02/10(火) 23:21 [ IXMIi906 ]
 冷たい風を受けて、僕は左手で自分のコートの襟をギュッと握り締めた。
「大丈夫かい?ベイビー??」
 僕は自分の左手を握る小さな手の主に語りかける。
 言葉を持たない彼女は『平気よ』というように頷いた。
「もうすぐ、次の街だよ…今度こそ、ママがいるとイイね…」
 その問いに対して、ベイビーは縦にも横にも首を振る事は無い。
 僕らを置いて消えた彼女を探しつづけて、明日でちょうど1年を迎えようとしていた。
 どの街にも彼女はいなくて、諦めてしまおうと思ったのも一度や二度じゃないはずなのに、僕らの歩みは止まらない。
 彼女が消えて以来、笑顔も言葉も忘れてしまったベイビーの手をひいて、今日も僕は一つの街を訪れた。

337 名前: 盲目な旅 3/8 投稿日: 2004/02/10(火) 23:23 [ IXMIi906 ]
「ベイビー、街外れに何処から流れてきたのか分からない、しぃの噂を聞いたよ??」
 あまり夜更けに子供を連れ歩くのもどうかと思い、僕は宿にベイビーを残し、屋台の並ぶ市場へ遅い夕飯を買いに出かけたのだが、そこで彼女の手がかりかも知れない情報を得て、慌てて宿へと戻ってきた。
「どうする?今からママかどうか確かめにいくかい?」
 ベイビーは少し考えた後、困ったような顔で僕の買ってきたパンを指差す。
「ああ、そうか。お腹が空いたのか…。歩き通しだったし、ベイビーは、もう疲れたよね…。噂によると、そのしぃは何処へも逝くあてがなくて、街外れに住み着いているというから、明日の朝、一番に訪ねようか?」
 僕の言葉に、ベイビーが静かに頷いた。

338 名前: 盲目な旅 4/8 投稿日: 2004/02/10(火) 23:24 [ IXMIi906 ]
 ベッドの中でスヤスヤと寝息を立てるベイビーの布団を直し、ソファーへ腰掛けると、僕は目の前にあるテレビではなく斜め左の小窓から見える真っ暗な外の景色をぼんやりと眺める。
「僕のしぃ…一体、君は何処にいるんだい?」
 ある霧雨の降る夜、虐待を受けてボロボロになっている、しぃを拾った。
 治療のため世話をやくうちに、僕には彼女に対する愛が芽生え、彼女も僕の愛に応えてくれた。
 そして、愛し合う二人の間にベイビーが生まれ、僕らは幸せだった。
 でも、僕には気がかりな事が一つあった。
 それは彼女の目の事だった。
 虐待の傷は全て綺麗に消えて、しぃはでぃのようにはならなかったけれど、僕らの目では見えないような細かい傷が眼についてしまったしぃには、視力が欠けていた。
 彼女はそれでも構わないと笑っていたけれど、僕はどうしても彼女に視力を取り戻して欲しくて、彼女の目を直してくれる医者を探した。
「僕は、君のためを思ったんだ…それが、まさかあんな事になるなんて…」
 手術は大変だったけれど、彼女は耐え、視力を取り戻す事が出来た。
『…モララー?? ヤメテ! コナイデ! モ、モウ…イタイノハ… イタイノハ イヤナノ! オネガイ! イヤァァァァ!コナイデ ギャクサツチュウ! シィニ… シィニ ヒドイコト シナイデェ! シィィィィィィィ!』
 視力を取り戻した彼女は、僕の顔を見るなり叫んで取り乱し、何処かへと消え去った。
 彼女の視力を奪うほどの虐待を与えたのが、僕と同じモララー種だったせいで、おそらく取り乱したのだろうというのが医者の憶測だった。
「いくら種が同じだったからって、彼女の目に、どうして一緒に暮らしてきた僕が、虐殺厨なんかに……」
 僕はその時、愛する妻に裏切られた気分で酷く悲しかったけれど、ベイビーの事や、そして彼女の受けた虐待の辛さが愛する相手を忘れるほどの物だったのだと気付いて、こうして彼女を探す旅に出る事にしたのだ。
「…雨が降ってきたな……」
 僕が彼女を拾った夜と同じような、霧雨が降り始める。
 きっと、今日の雨は冷たいだろうな…などとぼんやり思っている内に、僕の記憶は途切れた。

339 名前: 盲目な旅 5/8 投稿日: 2004/02/10(火) 23:25 [ IXMIi906 ]
「…ん??ベイビー??」
 ソファーで目を覚ますと、膝の上にベイビーが乗り、その上には布団が乗っている。
 僕が動いたせいだろか?ベイビーも目を覚まし、こちらをぼんやりと焦点の定まらない目で見ていた。
「ベイビー?もしかして、パパに布団をかけてくれたのかい?」
 今回の宿はシングルで、掛け布団は一枚しかない。
 ベイビーでは僕をベッドに運ぶ事が出来ないので、布団を引っ張って、ここに落ち着いたに違いなかった。
「ありがとうね、ベイビー…朝食を食べたら、すぐに出かけよう!」
 起き抜けのハッキリしない頭でワンテンポ遅れて頷いたベイビーの頭を撫で、僕らは朝食の準備に取り掛かる。
「どうしたんだい?雨が気になるのかい?大丈夫、カッパを着て、傘をさして、ママを迎えに逝こう??」
 朝食を食べながら、しきりに窓の外を気にするベイビーに、そう優しく語りかけると、彼女は小さく頷いた。

340 名前: 盲目な旅 6/8 投稿日: 2004/02/10(火) 23:26 [ IXMIi906 ]
「ごめんください、ちょっとお尋ねしたいんですが…」
 カッパを着たベイビーを連れ、傘をさした僕は、街外れのあばら家の扉を叩く。
「ハーイ カワイイ シィチャンノ オウチヘ ヨウコソ! アメデモ キニセズ ヤッテクルナンテ サテハ シィチャンノ ネツレツナ ファンカナ??」
 甲高い、耳障りな声を響かせながら扉が開いた。
「…すいません、どうやら人違いだったようです」
 その姿を確認するまでもなく、その言葉から妻でないのは明白である。
 僕とベイビーは、そのしぃを見ずにあばら家に背を向けた。
「ヒトチガイ デスッテ! シィチャンヲ ヨンデオイテ ダッコモセズニ カエル ナンテ アナタ サテハ ギャクサツチュウネ!」
 見知らぬしぃが僕を罵るが、ソレを気にせず、僕らは道を逝く。
「ベイビー、逝こう…次の街ではママが見つかるとイイね…」
 ベイビーは背中にかかる罵声を気にして振り返ろうとしているが、ソレをやんわりと止めて彼女の手をひいた。
「ベイビー?? ソノ チビシィガ シィチャンヨリ ダイジナノ?? バカニ シナイデ シィチャンノガ ダキゴコチ イイノヨ!」
 ベイビーに汚い言葉が聞こえないよう、彼女の耳を塞ぐように手の中へ抱きしめる。
「サテハ アナタ ロリコンネ! オトナノ オンナニ アイテニ サレナクテ チビシィ ナンカ ツレ アルイテルンデショ? シイチャンガ ダッコサセテ アゲルカラ ダッコ シナサイヨ! ホラ ダッコヨ ダッコ!」
 しぃが僕の手を取り、ベイビーを突き飛ばした。
「この、アフォしぃが!!!僕のベイビーに何するんだ!」
 水溜りに倒れこんだベイビーを助け起こそうと傘も放って駆けつけようとした時、しぃが僕の手の中に滑り込んでくる。
「ホラ ダッコ… キモチイイデショ?」
 僕はソレを突き飛ばして、ベイビーを抱き起こした。
 カッパのお蔭で特に水溜りに汚される事はなかったが、ベイビーは驚いたためか、いつも以上に表情が硬い。
「クソ!このアフォが!テメーみてぇのは!社会のゴミだ!クズだ!テメーなんか!とっと塵に帰れ!」
 水溜りに無様に倒れこみ、泥水を飲んだのか、しぃはゲホゲホとむせ、鼻水を垂らしながら僕を恐ろしい程の眼力で睨みつけてきた。
「何だよ、その目は!そんな目で僕を見るなぁ!!!!」
 僕は落とした傘を拾い上げ、しぃの目をさらうように真横に切りつける。
「シィィィィィィィィィ!!」
 目玉の肉片を散らしながら、しぃは水溜りを血黙りへと変えていった。

341 名前: 盲目な旅 7/8 投稿日: 2004/02/10(火) 23:27 [ IXMIi906 ]
「畜生…何で、そんな目で僕を見るんだ?何で、ベイビーを突き飛ばしたんだ?」
 ベイビーは泣いたんだぞ??
 ベイビーは僕らを呼びながら泣いたんだ!
 突き飛ばされて痛いからじゃない…僕を責めた君と、そんな君に絶望した僕を見て泣いたんだ!
 しぃ、しぃ、僕のしぃ、何処へ、あの君は何処へ逝ったんだ?
「偽物は必要ないよね??」
 僕の唇にのる、一年前の今日と同じ言葉。
 傘の先を偽しぃに突き立て、僕は笑った。
「シィィィィィィィィ! コロサナイデ! コロサナイデ! ダッコスル ダッコスルカラ! カワイイ シィチャンノ ダッコヨ! オネグァヒィ……」
 偽しぃが泥と血にまみれながら、さして深くない水溜りの中で溺死しようとしている。
 僕はソレを助けようと足で彼女の頭を踏みつけた。
 僕が踏む事で鼻や歯がミシミシと音を立てて軋み、崩れていく。
「このまま踏んだら、頭が割れるかな??」
 頭蓋骨を体重で割る事など無理なのは承知だけど、ベイビーを傷つけた偽しいになるべく恐怖を与えたくて、僕は煽るように笑った。
「…ジィィィィィィィィィィ」
 水の中で偽しぃが断末魔をあげる。
 僕のつきたてた傘か、踏みつけた頭か、それとも水溜りか、何かがコイツをただの肉塊へと変えた。
「ベイビー、大丈夫だった?とんだ偽物だったね…。ああ、本当にママは何処へ逝ったんだろうね…」
 ベイビーの顔に跳ねた泥と血を拭って、僕は血のしたたる壊れかけの傘をさす。
「次の街では消えたママが見つかるとイイね…」
 僕はしぃが消えて以来、笑う事も言葉を発する事を忘れたベイビーを連れて、彼女を探す旅を今日も続けるのだ。
 頭の何処かで、探しても僕のしぃは何処にもいないという声が聞こえるけれど、そんな幻聴を気にせず、歩いていく。


343 名前: 盲目な旅 8/8 投稿日: 2004/02/10(火) 23:28 [ IXMIi906 ]
 5年前、僕は霧雨の夜に傷ついたしぃを拾った。
 4年前、目の見えない彼女と僕の愛は順調だった。
 3年前、僕らにベイビーが生まれ、幸せは絶好調だった。
 2年前、突然しぃが消え、僕の元からベイビーが引き離された。
 1年前、僕は施設に預けられたベイビーを連れ出し旅に出た。

 僕らは彼女を求めて、今日も街から街へと彷徨いつづける。


363 名前: おし黙りの道 1/7 投稿日: 2004/02/20(金) 08:28 [ PAclKL/Q ]
>>335-343 盲目な旅 の続き


ママが死んでしまった。
パパは人殺しになってしまった。
皆が言うの。
私が泣いたせいだよ…って。
ねぇ、泣き虫のベイビーは悪い子なの??
じゃぁ、もし、ベイビーが泣かなかったら、もう一度幸せになれるのかな?
私、頑張るよ。
何があっても泣かないから、絶対に泣かないから
お願い、ココから私を助け出して…。
イイ子にするから、痛いのは、もうイヤなの…。

364 名前: おし黙りの道 2/7 投稿日: 2004/02/20(金) 08:30 [ PAclKL/Q ]
「ベイビー、大丈夫かい?」

 パパが心配そうにコチラを見つめている。
 その顔を見て、私は夢を見ていたのだと気が付いた。
 『大丈夫』と答えそうになって、慌てて口を噤み、頷いてパパに大丈夫だと教えてあげる。

「良かった。凄い苦しそうに息をしていたから、悪い夢でも見ているのじゃないかと心配でね…。
起こさない方が良かったかい?」

 パパが心配のし過ぎかな?というように首を傾げてコチラを見るので、
起こしてもらって丁度良かったのだというのを伝えるために首を振った。
 私は本当は喋れるし、表情だって動かせる。
 でもね、泣いちゃいけないから、泣かないために私は喋る事も笑う事も忘れたフリを続けていた。
 パパを騙しているのは悪い事かもしれないけど、私はもう、あの場所へは還りたくない。
 パパはママを探せば、私がもう一度笑うって信じて旅をしている。
 ママはもう、この世の何処にもいないのだから、私が笑わなければ、
この旅は終わる事なく永遠に続いてくれるはずなのだ。

365 名前: おし黙りの道 3/7 投稿日: 2004/02/20(金) 08:32 [ PAclKL/Q ]
 ママがパパに殺されて、私は施設に預けられた。
 パパに会わせてと私が泣くと、パパは病院に入れられて、もう会えないのだと
オトナの人が私に冷たく言い放った。
 私はキチガイの娘だからオカシイ可哀相な子なんだって。
 自分の夫と虐殺厨の区別のつかなくなったオカシイママと、
 虐殺厨呼ばわりされてキレて本当に虐殺厨になったパパと、
 そんな間に生まれた私は、嘘つきで本当の事を言わない上に
ジギャクヘキっていうのを持っているって言われた。
 ジギャクヘキって言うのは、自分で自分をイジメる事らしいけど…
私は今まで、一度だってそんな事をした事なんかなかった。

「この腕の傷はアノコに噛まれたの…。この足の傷はソノコに引っ掻かれたの…。
この頬の傷はコノコに叩かれたの…。このお腹の傷はドノコに蹴られたのか、もう分からない…」

 だけどね…。何を言っても、私は嘘つきで、他の子はイイ子なの。

「チビしぃちゃん。またイジメられたのかい?大丈夫…僕が治療してあげるよ?」

「先生、アリガトウ…。先生は私の味方になってくれるの?」

 施設の中にいる保健室の先生は、とっても優しくて、いつも私の話をちゃんと聞いてくれる。
 治療中にダッコばかりされるけど、でも、ココで私を大事にしてくれるのは先生だけだった。

「チビしぃちゃん…今日は、ちょっと痛い治療をするけど、我慢してね…」

 消毒を終えても、私をダッコしたままだった先生が、ベッドの上に私を連れていく。

「先生、ヤメテ!コレ、治療じゃない!これ、交尾だよ!私、こんな事したくないよー!」

 先生がハァハァしながら私にのしかかってきた。
 
「交尾を知っているなんて、チビしぃちゃんはおませだねぇ…もしかして、した事あるのかな?
まさかパパとしていたんだったりして…だからパパが恋しくて泣いてるんじゃないのかい?」

 先生は逃げようとするのを無理矢理押さえつけ、ジタバタと幾ら暴れても
逃げられない私を愉しそうに笑っている。

「パパがそんな事、する訳ないでしょ!ヤメテ、ヤメテ、ヤメテ!キモチワルイノ!タスケテ!」

 先生の指が、私の内臓をかき回すみたいに動くのが気持ち悪くて必死に蹴ったり叩いたりしているのに、
先生にはまるで効いてないみたいで、もっともっと愉しそうに笑いながら指をグチャグチャ動かしてきた。

「交尾はね…ダッコよりも、もっと近くにいられるから寂しい子には絶好の治療なんだ…。
おとなしくしていたら気持ち良くしてあげるから、イイ子にしなさい…」

 先生は私の中をかき回しているのとは別の手で、身体を撫で回してくる。

「ヤメテ ヤメテ ヤメテ コワイヨー タスケテ パパ ママ ベイビーヲ タスケテ ダレカァ!!」

 怖くて、怖くて、怖くて、必死に叫ぶほど、声は細切れの半角になっていった。

366 名前: おし黙りの道 4/7 投稿日: 2004/02/20(金) 08:35 [ PAclKL/Q ]
「鳴かれるのは好きだが、泣かれるのは嫌いなんだよ…おとなしく出来ない子は…痛い事をしちゃうよ?
チビしぃちゃんはイイ子だよね?先生の言う事聞けるだろ?」

 先生が私の頭を撫でながら、怖い顔で睨んでくる。

「コ、コンナ ヒドイコトシテ センセイナンテ… キライ! ヤメテ! ハナシテヨー! ホカノヒトニ イイツケルワヨ!」

 こんな酷い事をする人は警察につかまってしまえばイイのだと、思わず叫んだけれど、
ソレを聞いた先生は、気持ち悪いくらい歪んだ笑みで私を見下ろした。

「まだ、騒ぐのか?ガタガタうるせーチビだな…テメーの訴えなんて、誰が聞くんだ?
キチガイの母親と虐殺厨の父親の娘は嘘つきの自虐癖って有名だぜ?
お前はおとなしく、俺のお人形でいればイイんだよ?そうすりゃ可愛がってやるからさぁ??」

 先生の言う通り、私の訴えを聞いてくれる人はココにはいない。
 唯一、味方だと思っていた先生はコンナ人だったのだ。
 私は助けを求めるのを諦めて目を閉じる。

「やっと、おとなしくなったか…そうだ…イイ事を教えてやろうか?
お前の父親の弁護士な…妻を殺したのは、お前の泣き声がキッカケで狂ったせいだって訴えたんだぜ?
そして裁判所もソレを認めて、父親が子供の泣き声で狂ったって病院送りを決めたんだ。
つまり、お前さえ泣かなければ、あの事件は起きなかったって、世間は認めたんだよ…」

 先生が私の耳に囁いたのを聞いて、閉じた目から涙が溢れるのが、
いくら堪えようとしても止まらなかった。


 以来、私は泣かなくなった。
 誰に何を言っても信じてもらえないから喋るのもやめた。
 笑っても笑い返してくれる人がいないから、笑わなくなった。

「なぁ、お前、何で喋らないんだ?」
「そうデチ、口ついてるのに喋れないなんてオカシイんじゃないデチか?」
「喋らないのに開いてるなんて、オカシイよな…」
「シィチャン キョウ オサイホウヲ ガッコウデ ナラッタノヨ オサイホウッテ アナヲ フサゲルノ! ダカラ ソレデ
チビシィノ ムダナアナヲ トジチャイ マショウヨ! イラナイモノハ ナクナルシ オベンキョウノ フクシュウニモナルシ トッテモ イイコトヨネ!」

 私を囲む、沢山の声。
 ママや私と同じ種なのに、恐ろしいくらい残酷な笑みの、チビから
しぃになったばかりのお姉さんが、針と糸を持って私の前に立った。
 逃げようとすると、周りを囲んでいた他の子達が、私の手足を押さえる。

「ホソイ ハリダト オレチャウカラ コノ タタミバリヲ ツカッテ アゲルネ?」

 お姉さんは、親切でしょ?って言う感じで笑いながら私の唇に針を思い切りつきたてた。
 針を刺された所がジンジン痛む。
 でも、声を出しちゃいけない。
 声を出すと余計に悪い事が起きそうで、私は必死に声を堪えた。

「痛かったら叫べばイイデチ!叫ばないのは痛くないからデチ」

 口の中に鉄の味が広がる。
 痛みで息が荒くなるけれど、唇はどんどんギザギザに縫われていって、
鼻でしか息をする事が出来なかった。
 苦しい…痛い…助けて…パパ、ママ…ベイビーを助けて…。

「コラ!君たち、何をやってるんだ…。チビしぃちゃん大丈夫かい?すぐ治療してあげるからね…」
 
 唇を縫われてしまった私を助けてくれたのは、パパでもママでもなくて、
余計に酷い事をしそうな先生だった。
 だけど、私には逃げる所も無いから、先生の手の中に抱かれて、きっと今日も、
このまま保健室に連れて行かれてしまう。
 縫われた唇をもっと閉じるように噛みしめた時、部屋の外から大きな悲鳴が響いてきた。

367 名前: おし黙りの道 5/7 投稿日: 2004/02/20(金) 08:36 [ PAclKL/Q ]
「…ヤメ…イヤァー!」
「誰か…助け…」

 子供部屋に、施設の職員の人が血まみれで倒れる。

「な、何があったんだ?こんな残酷な…」

 先生は抱きかかえていた私を床に下ろすと、すでに死体となっている彼らに歩み寄り、
傷を確かめ、その残酷さに顔を背けた。
 私に酷い事はするくせに、そういうのは嫌なんだなぁ…とぼんやり見ていると、
さっきまで私をニヤニヤとイジメていた子達が怯えるように部屋の隅で丸くなっている。
 私を追い詰めるのは平気なくせに、自分が追い詰められるのは怖いようだった。
 私だって、もちろん怖いけれど、何だかココまで来ると死んでしまう方が楽な気がして、
誰だか分からないけれど、私を一思いに殺してくれないだろうかと、虐殺者を探すため部屋を出る。

「ベイビー、こんな所にいたんだね??」

 驚いた声を聞いて振り向いたけれど、どちらかというと、こんな所でベイビーと
名前を呼ばれた私の方が驚きだった。
 ガラスの破片を握って、血まみれで笑っているのは紛れもなくパパである。

「…その口、どうしたんだい?誰にやられたんだ??痛かっただろう?すぐに外してあげるからね…」

 パパはゆっくりと慎重な手つきで、鋭利な血まみれのガラスを使い、私の唇を縫い合わせた糸を
プチリ、プチリと切って、外してくれた。

「こんな事した奴は何処にいるんだ?大丈夫、そんな口で喋るのは痛いだろう?
指でさしてごらんパパがやっつけてやるから…。前に偽物のママをやっつけたみたいにね…」

 どうやらパパの中で、殺したママは偽物って事になっているらしい。
 私は、自分が指をさす事で何が起こるのか分かっていたけど、パパに言われるまま、
パパの手をひき、真っ直ぐに子供部屋へ向かった。


「シィィィィィ! イタイ! タスケテ! シィノ シィノ オミミガァ!」
「痛いデチ!助けて欲しいデチ!オテテを返して欲しいデチ!」

 パパの手から逃げ回ったせいで、半端に刺された子供達が部屋のいたる所で泣き叫ぶ。

「チビしぃちゃん…パパを止めておくれ…君なら、止められるだろう?」

 先生が私にすがり付いてくるけど、もう、下半身もないのに本当に止めて欲しいのだろうか?
 
『私が泣いたら、きっともっと、パパはおかしくなるんでしょ?先生??』

 先生に通じたかどうか分からないけれど、とにかく私は、そう、唇を動かした。
 私のその唇の動きを見た先生は、泣きそうな、何かに絶望したような顔をしたまま、
パパにメッタ刺しにされていく。

「もうちょっとで、ベイビーに酷い事した奴が皆、いなくなるよ?
さっき僕とベイビーを離れ離れにした奴らもやっつけたから、ママを探しに逝こうね?」

 パパがニッコリと微笑んで私に手を差し出した。
 何処を探したって、私たちのママなんかいない。
 パパの手は血まみれで、きっと、パパは病院に入っているのが本当は正しいのだ。
 だけど、私は…。

368 名前: おし黙りの道 6/7 投稿日: 2004/02/20(金) 08:37 [ PAclKL/Q ]
「ベイビー、大丈夫かい??ほら、これでも飲んで落ち着きなさい?」

 パパが渡してくれたのは、ホットココアで、私がベッドの上でボンヤリとしていた間に
宿の台所を借りて作ってくれたらしい。
 濁った茶色の液体は、空気に触れて腐敗を始めた血液みたいだったけれど、
私は気にせず、それを飲み干した。

「ベイビー、実はもう、朝なんだが、どうする、次の街へ出掛けるかい?
それとも、もう少し眠ろうか?」

 パパがカーテンを開けると、窓からは眩しい位の朝日が射し込んでくる。
 私はベッドから飛び降り、パパの手をひいた。

「分かった。逝きたいんだね…。じゃぁ出発しようか…」

 今日もまた、あてもなく、見つかるはずもないママを探して、私たちは道を逝く。
 握った手を離さないように、ただ黙って、私は何処までも歩いて逝く。
 終わりのない旅路を何処までも、何処までも、パパと2人で…。

369 名前: おし黙りの道 7/7 投稿日: 2004/02/20(金) 08:38 [ PAclKL/Q ]
ママは殺されてしまった。
パパは指名手配の大量殺人犯になった。
皆が言うの。
私が泣いたせいだよ…って。
ねぇ、泣かないベイビーはイイ子よね?
ベイビーが黙っているせいで殺されたなんてオカシイわ…
だって泣いたから事件は起こったはずなんでしょ?
私、頑張るわ。
このまま何があっても絶対に喋ったりしない。
このままパパと2人何処までもこの道を逝くの。
1人になるくらいなら、笑えない方がずっと、ずっと、マシだから…。