51 名前:That'Z ◆a1IJk6/hJk 投稿日:2006/07/19(水) 00:36:47 [ H1/6arHo ] 穢れ その0 虐殺者 黄昏時、ごく普通の1DKのアパートに一人のギコが居る。その口はДではなく、固く閉ざされている。 彼は今、その手に野良しぃの仔を抱いている。とても愛おしそうに、慈しむように。 彼の腕に抱かれたベビは、「マターリデシュ」と言って眠りについた。永遠に覚めない眠り。 ベビの後頭部、盆の窪と言われる辺りには、そこあるのが当たり前のように、鋭い柳刃包丁が刺さっていた。 無論、殺したのは彼だ。 寝入ったところを一突き、「アニャァァァ」と肺から空気の漏れ出る音が声帯を震わせただけで、苦痛も感じていない様子だった。 このベビの様に、苦しまずに死ねるのは幸せなことなのかも知れない。 この国の街に住む野良しぃに、人権など無い。虐殺されるか、飢えや病気で死ぬかで、ゴミと成り果てるのが関の山だ。 それでもそこかしこを繁殖地にし、ちびギコと交尾を繰り返しては、恐ろしい数に膨れあがっている。 繁殖と虐殺のサイクルで、今はかろうじて許容量から溢れ出していないだけだ。 彼は野良しぃの口減らしをしているわけではない。彼が殺し続ける動機、それは彼にも分からなかった。 一応の理由としては、野良除けのぬいぐるみの材料にしたり、母親を虐殺されたベビの介錯をしたりといったものだ。しかし、 それは彼の中では本当の理由ではなかった。 彼には何も分からなかった。 社会人としての彼には何ら問題になる部分は無い。独り暮らしでアパート住まいにもかかわらず、町内会にもよく顔を出し、 近所の人々からは立派な社会人として見られている。会社でも、高卒の者としては逸材として見られている。 別段、街に住む野良しぃやちびギコを虐殺してもその人格を疑う者は少ない。 彼の虐殺も、公然とはやっていないものの、周囲の人間は皆そのことを知っていた。 しかし、彼だけは自分をこう評価していた。 『虐殺者』と。 752 名前:That'Z ◆a1IJk6/hJk 投稿日:2006/07/19(水) 00:37:55 [ H1/6arHo ] その1 山に潜む者 世間では盆休みも終わりに差し掛かかっている。心地よい風が吹く日が暮れたばかりの農村に、余りに不相応な者達が集う。 「小隊集まれー!」 オリーブグリーンの幌を付けた2台の7トントラックから兵士が降り立ち、駆け足で整斉と集合してゆく。 その装備はかなり簡易な物だった。迷彩服、そして同様の迷彩を被せた鉄帽、新型の陸上防衛軍制式小銃、本来は幹部用の拳銃、 マニアが見れば「レンジャー訓練だ」とでも評すであろう、たったそれだけの装備だ。 皆、種族はバラバラだが精悍な顔つきをしている。兵士と言うよりはむしろ、戦士と呼べるかも知れない。 5列の縦隊に整列したその戦士達に向かい合って、1人の男が立っている。 「モナ由3佐、総員42名、集合完了しました」 「了解モナ」 小隊最右翼のフーンから報告を受けると、短く答えた。敬礼はしていない。3等陸佐のモナー、この小隊を率いる小隊長だ。 モナ由は小隊を左右に見渡した後、おもむろに、しかし力強く口を開いた。 「戦士諸君、準備はいいモナ!」 「準備ヨシ!!!」 モナ由は、一斉に答える小隊を改めて見渡すと、小隊の前方にそびえる300メートルほどの山、夕日に照らされた山と、 そして決して深くはないはずの森に向き直った。 彼らがこれから戦う相手は恐るべき異形の生物、不死身の怪物とも言われる者だった。 あの時も、こんな風に始まった。 あの時、この戦士達が居れば・・・ 753 名前:That'Z ◆a1IJk6/hJk 投稿日:2006/07/19(水) 00:38:20 [ H1/6arHo ] その2 夏休み突入 夏休みに入る直前のHR、恒例行事の『夏休みの過ごし方』教室が開かれている。 (高校2年にもなって) 最前列の中央の席に座る真一文字の口をしたギコは、まじめな態度は見せているが正直恥ずかしい気分だった。 夏休みの課題について念を押され、海や山での事故についての注意を受けた後だった。そこまでは別に構わない。問題は、 毎年先生が替わっても一言一句変わらずに聞かされるお伽噺だった。 恐ろしい怪物の話、かつて大陸ではその怪物1体に一国が滅ぼされた、そして今もその怪物は居るから注意するように、 そんな荒唐無稽な話だった。 (宿題は今月中に終わるな、課題研究は持って行けばいいし・・・) お伽噺を適当に聞き流し、夏休みに入ってからの計画を立てていたところに邪魔が入る。 「こら、ギコ矢君まじめに聞きなさい」 担任のしぃがやんわりとではあるが、やや大きな声で言った。うわの空でいたことがばれたギコ矢は、ばつが悪そうに頭をかいた。 しかし先生の話はもう終了していたようだった。 「本日の授業はこれまで、みんないい夏休みを過ごしてね」 そう言って、担任は教室を後にした。 「なぁギコ矢?」 「なんだ?」 「お前今年も行くのか?」 「ああ」 学校からの帰り道、友人のネーノが話しかける言葉にギコ矢は答えた。ギコ矢の済む地域で続けられている習慣とも言える、 『田舎ステイ』、ギコ矢も小学校の頃から休まず参加しているが、これが最後になる。 「高校に入ってから行く奴も少ネーみたいだし、もういいんじゃネーノ?」 そうネーノは言うが、この行事に思い入れが深いギコ矢が逆に言う。 「お前も一緒に来たらどうだよ?楽しいぞ」 しかし課題も多く、受験勉強に備えなければならない夏休みに、普通ならばそんな余裕は無い。当然のようにネーヨは断り、 ギコ矢と別れた。ギコ矢は成績こそ中の上辺りだったが、就職するつもりでいたので今回参加することにしたのだ。 754 名前:That'Z ◆a1IJk6/hJk 投稿日:2006/07/19(水) 00:38:53 [ H1/6arHo ] その3 田舎ステイ 8月に入ってすぐ、町内会で係にあたっているモナーがマイクロバスに子供達を乗せて、高速道路を5時間も走った先の村へ、 その村の更に奥の山中に向かう。数十年にもわたり、この地区の子供達を受け入れている農家のモラ仁は、 マイクロバスの到着を自宅の門の前で、一家揃って出迎えた。一家とは言ってもいつもは3人しか居ない。還暦も近いモラ仁と、 妻のレモ乃、そして養女のでぃ香、これだけだ。 3人は子供達が2週間余りを過ごす部屋に案内する。かつて周囲一帯の地主であった名残で、小作人用の長屋が残っている。 ここに30人弱の子供達が寝泊まりするのだ。 ここでは自分のことは自分で面倒を見るのが基本だが、中学生以上の子供達はそれに加え、小さい子達のフォローもする。 高校生のギコ矢はリーダー格だが、ふんぞり返ってもいられない、この場で一番苦労する立場だった。 (中学生の女の子が少ないんだよな、、、やっぱりでぃ香さんに任せるしかないか) これからの2週間、野良仕事の手伝いや薪拾い、体験的な食料調達など、やることの大筋は決まっているが、詳細については、 年長者に任されていた。 「ギコ矢さん、おいギコ矢さん、聞いてるかゴルァ」 不意にギコ矢を呼ぶ声。見ると中学2年生のギコ和が目の前に居た。高校生にも平気でタメ口を利くような生意気な中学生だが、 一応ギコ矢には敬意を払っているらしい。というのも、彼はギコ矢の通っている拳法道場で弟弟子にあたるからだ。 いつもの通りなので別段気にした様子もなく、ギコ矢は「なんだ?」と答えた。 「休み明けにある大会の稽古を付けてくれよ」 ギコ和が言うが、ギコ矢は正直気乗りしなかった。学校で出された課題は8割方終わらせているが、今は今で、 ここでの計画で手一杯だったからだ。しかし兄弟子としては、弟弟子の向上心は無に出来ない。 「わかった、空いてる時間は稽古を付けてやる」 「サンキュー、高校全国一の男に教えてもらえば完璧だゴルァ」 同大会でギコ族の優勝は、ギコ矢が初だった。 ギコ矢は師の教えが良かっただけのことだと認識していたが、喜ぶギコ和を見て、自分も教える立場になったんだということを、 強く意識した。 「それはいいから、早めに荷物の整理をしろよ」 ギコ矢はそう促すと、自身も持ってきた荷物の整理を始めた。 ふと網戸のはまった窓を見る。村のはずれの携帯も通じない山奥で、既に暮れた太陽の代わりに、冷たく輝く下弦の月が、 とても大きく感じられた。 755 名前:That'Z ◆a1IJk6/hJk 投稿日:2006/07/19(水) 00:39:37 [ H1/6arHo ] その4 紅い記憶 斥候 既に漆黒の闇に包まれ、月明かりだけが頼りとなった森で、”パパパパン”、”パパン”と何度も銃声が響く。 この列島国で最も高い霊峰の眼下に広がる樹海で、事態は発生していた。 「ヒトヒト、こちらヒトマル、目標は仕留めたアヒャ?」 6畳ほどの三角屋根のテントの中で、通信員のアヒャが無線機に向かって呼びかける。だが返事はない。 「もう1回、呼んでみろYO」 アヒャの後方で、大きな地図を広げた2等陸尉のモララーが言った。 「ヒトヒト、こちらヒトマル、状況送れアヒャ」 しかし返答は無い。代わりに、銃声が遠くで答える。 「斥候が即会敵交戦なんて、ついてないモナ」 モララーと同じ階級のモナーが言った。 錯乱した自殺志願者の通報だったため、確認のために斥候の分隊を送り込み、本隊も小隊規模での編成のみで展開していた。 しかし不幸にも通報は”当たり”だったらしく、斥候の分隊が出発してから2時間後、「目標発見」の報と共に、銃声が響いた。 「ん?モラ夫、小便モナ?」 「出発の準備だけはしておくYO」 モラ夫は増強と救援のため、2個分隊を率いて樹海へと進撃する計画を立てていた。初めて戦う相手、お伽噺の怪物、 なんにせよ初めての実戦に不謹慎とは分かりつつ、心躍るものを感じていた。 完全武装の隊員を率いて、出発準備をするモラ夫が口を開く。 「モナ由、金曜の同期会までには間に合うようにするからな!」 「そんなのは当然モナ、いつまで森に籠もる気モナ」 しばらくしてモラ夫は出発し、テントの周辺には10名弱が残るのみとなった。 「通信!!どうした!CPと連絡は取れネーノか!!」 迷彩姿のネーノが叫ぶが、誰も答える者は居なかった。これが昼間なら、彼は周囲の惨状に恐慌していたかも知れない。 通信員のぃょぅは既に木に張り付いて、毛皮程の厚さに文字通りペッタンコにされていた。骨や肉はその周囲に散らばって、 服ごとプレス機に押し潰された様になっていた。弾けた様に絶命したぃょぅは、声を出す暇すらなかっただろう。悲鳴の代わりに、 ”ドォォ~~ン”と何か重い物を叩き付けた様な音がしたが、それがぃょぅの死の瞬間だとは誰にも認識できなかった。 そして1人、また1人と殺されていったのだ。ある者はぃょぅ同様に叩き潰され、またある者は魚の様に胸から腹を切り開かれ、 7人居た分隊は、いつの間にかネーノ1人になっていたが、本人は極度の興奮でそれにも気付いていなかった。 「どこだ!どこにいやがる!」 同士討ちの可能性など考えず、未だにはっきりと捉えきれない目標に向かい、闇雲に打ち続ける。安全装置は連発になっており、 当初は指を切り単連射を繰り返していたが、今は興奮の為、引き金は引きっぱなしになっていた。 ”カキッ”という音と共に銃撃が止まった。弾切れで遊底が開きっぱなしになっている。残弾確認を怠っていた。 見えない敵への恐怖と慌てが招いたミス。 空弾倉を引き抜いたところで、何かに気付く。木の陰から何かが迫る、それは鋭い刃だった。 一瞬の間も開けずにネーノを襲った刃は、頭部を唐竹割にかち割った。自身の脳漿がこぼれるのを眺めながら、彼は息絶えた。 756 名前:That'Z ◆a1IJk6/hJk 投稿日:2006/07/19(水) 00:40:09 [ H1/6arHo ] その5 紅い記憶 攻勢 今まで10名足らずしか居なかったテントの周辺は、先ほどとは全く違った様相を呈していた。 モナ由やモラ夫が要請したわけでもない増援が、到着していたのだ。 その規模は、モラ由達の所属する普通科連隊が本管中隊まで含めた総員、特科教導隊を含めた特科大隊、果てはへり隊までも 到着予定だという。陸上防衛参謀部で本格的な作戦が立案され、最終的にこれだけの部隊が集結することになった。 「クソッ、あいつ等を見捨てろって言うのかYO!」 「・・・」 憤りを押さえきれないモラ夫が、7トントラックのタイヤに拳を叩き付ける。出発から30分も経たないうちに呼び戻され、 到着部隊の受け入れと、陣地の構築にかり出されることになったのだ。数時間後に全部隊が集結する頃には、 200×350メートル程の空き地に、簡易へリポートも備えた陣地が出来上がっていた。 大小無数のテントや車両の並ぶ中、一際大きいスチールフレームテントの本部に、指揮官のマニ清1佐以下幕僚や幹部が集まり、 今までの状況説明と、作戦のブリーフィングが開始された。 作戦の概要としては、 フェーズ1-観測へリを集中投入して目標を捕捉 フェーズ2-砲迫の一点集中射撃 フェーズ3-攻撃へりによる戦果確認、場合によってはそのまま再攻撃へ移行 フェーズ4-地上から歩兵による最終的な確認 以上の様に推移する予定だった。 (まだ斥候の生き残りが居るかも知れないのに) そうモナ由は思った。同様の考えは誰しも持っていたはずだが、相手が相手だけに、彼らを捜索する猶予は与えられなかった。 結局のところ、連絡も取れず銃声も途絶えた斥候については、生き残り無しという判断になったらしい。 既にフェーズ1は開始され、数機の卵の様な形をしたヘリコプターがけたたましい音を立て、樹海の上空を飛び交っている。 深夜だが、赤外線ライトと赤外線暗視装置のおかげで、視界は確保できていた。 そのうち陣地から5キロ離れたエリアの機が、地上近くで動く物を捉えた。それは間違いなく『攻撃目標』だった。 マニ清と特科部隊に目標の位置情報が送られ、直ちにフェ-ズ2に移行する。本部から離れた特科陣地では「待ってました」、 とばかりに隊員が動き回り、瞬く間に砲撃準備が完了した。目標はほとんど移動しておらず、今砲撃を行えば撃破は間違いない。 準備完了がマニ清に伝えられると、そのまま砲撃命令が下った。 弾着位置確認のための白燐弾が撃たれ、その誤差が観測へりから特科陣地に伝えられると、ついに実効射撃が開始された。 ”ドォォォン”、”ドドオォォン”と地鳴りがへりの音すらもかき消す。榴弾砲の斉射の発射音と、大量の砲弾が弾着した音だ。 地表から高度を取って破裂した榴弾は子弾をばら撒き、目標を周囲の地形ごと吹き飛ばしていた。目標は爆発で何度も宙を舞い、 地表に叩き付けられていたが、それを確認する者は誰も居なかった。 「砲撃終了しましたアヒャ」 特科陣地からの連絡を受けるまでもなく、最終弾の弾着が止んだことで分かっていたマニ清は、続いて指示を出す。 「うん、当該エリア周辺の観測へりを避退させて。早速フェーズ3の開始だよ」 アヒャは対空無線機で観測へりに避退指示を伝えると、野戦ヘリポートで出発準備終えていた攻撃ヘリ隊にも、出撃命令を伝えた。 小気味のいいエンジン音を響かせ、正面から見ると極端に細いシルエットをした、3機のへりが飛び立った。 へりにとっては目と鼻の先、到着するとすぐさま戦果確認のために高度を下げた。観測へりが避退前に照明弾を投下しており、 十分に視界が確保できる。周囲にうっそうと木が茂る中でそこだけが、始めから何も存在しなかった様に、禿げ上がっていた。 <<ホッシュイチより本部、弾着地点には何も見あたらない>> 攻撃へり編隊の先頭を飛ぶホッシュ1は、見たままの状況を伝える。照明弾が徐々に光を失っていく。パイロットとガンナーは、 視界を確保するため、赤外線暗視装置を作動させた。対地カメラ用のモニターが緑色に輝くと、ガンナーがふと何かに気付く。 (何か居るのか?) もしかしたら目標かも知れない。パイロットにその事を伝えようとしたが、それは叶わなかった。 後席に話しかけようとインカムを操作したところで、何故か視界が傾く、 (あれ・・・、俺、、、なんで斜めに?) そこで意識が途切れた。一方のパイロットは、前席の状況を見て呆然としていた。出発まで普通に談笑していた相棒は、 機内に鮮血をまき散らすポンプと化していたからだ。 757 名前:That'Z ◆a1IJk6/hJk 投稿日:2006/07/19(水) 00:40:38 [ H1/6arHo ] その6 紅い記憶 触手 <<ホッシュニよりホッシュイチ、何があった?姿勢を戻せ!>> フラフラとしながら高度を下げるホッシュ1に向かって、ホッシュ2のパイロットのマララーが叫んだ。 ホッシュ1の機内は血で真っ赤に染まり、パイロットもガンナー同様に首を刎ねられ、ただの血袋となっていた。 ホッシュ2の必死の呼びかけも空しく、ホッシュ1は機体を地面に叩き付けて炎上した。 <<本部、ホッシュニ、ホッシュイチ墜落!繰り返す、ホッシュイチ墜落!>> ホッシュ1墜落の報を受けた本部は驚きに包まれる。詳細の確認を求めて再度ホッシュ2を呼び出したが、それに応答したのは、 編隊のうち、最後尾から進入したホッシュ3だった。 <<ホッシュサンです、本部、何かが、、、何かがホッシュニに取り付いています>> マララーは混乱に陥っていた。何かに機体を輪切りにされ、ガンナーは体を前後に両断されていた。 その遺体は、頭頂部の中央から綺麗に分割され、残った部分はシートに座ったままの状態になっていた。 もちろんこんな状態で飛べるはずはない。いつの間にかエンジンも止まっているがしかし、機体は依然として宙にあった。 「本部・・・ ホッシュニ・・・ 前席が・・・」 マララーは無線でそう言ったつもりだったが、無線機はおろか、全ての機上電子機器はその機能を停止している。 脱出しようにも、脱出装置など備えていない機体である。しかしマララーは一刻も早くこの状態から脱したかった。そしてついに、 彼は飛び降りた。高度を下げているとはいえ、地上までまだ40メートルもある。落ちれば助かるはずもなかったが、 彼は地面には衝突しなかった。だが死を免れたわけではない。その体は落下の途中で何かに貫かれ、機体と同様に、 宙に残されただけだった。 「ウグァァァァ、ゴヴォッ、ゴヴォッ、ゲボォッ」 声にならない呻き、そして血を吐き出してマララーは絶命する。ホッシュ3はその一部始終を見ていた。 <<ホッシュサンより本部、ホッシュニがやられました。目標健在>> 目標はマララーを串刺しにし、ヘリコプターを持ち上げたまま、タバコの煙が燻るかのように、その触手らしき物を揺り動かす。 しかしやがてそれに飽きたかのように、それらを地面に叩き付けた。自由落下のスピードより遥かに高速で叩き付けられ、 マララーの骸は四散し、機体も一瞬にして大破した。 <<ホッシュ!攻撃開始、攻撃開始!!>> 本部からの攻撃命令にハッとし、唯一残ったホッシュ3は攻撃位置に遷移したが、未だに目標を鮮明には捉えていない。 それでも射撃は十分に可能な位置に着くと、機首に搭載されたガトリング砲が火を噴いた。生身の生物が直接これを喰らって、 無事でいられるはずがない。いや、原形すら留めないであろう。しかしホッシュ3は、僚機の仇とばかりに尚も執拗な攻撃を行う。 ガトリング砲を撃ち尽くすと、両翼下のロケットポッドからロケット弾が発射される。本来ならやり過ぎにすら思える攻撃だが、 この目標に対しては、それを以てしてもまだ足りなかった。 搭載する全ての弾薬を撃ち終わったホッシュ3は、再度距離を取り戦果確認を行おうとしたが、機体はそのまま地面に落下した。 パイロットもガンナーも落下前に既に死んでいた。 高度を取ろうとしたホッシュ3は、正面から現れた刃に、薙ぐ様に切り裂かれた。乗員は機体ごと上半身を切り裂かれ、 痛みを感じる暇もなく絶命した。 758 名前:That'Z ◆a1IJk6/hJk 投稿日:2006/07/19(水) 00:41:18 [ H1/6arHo ] その7 のどかだった山 「おはようございまーす」 「おはようッス」 「おはよう御座います」 「おはようモナ、元気のいい子達モナ」 昼に差し掛かる手前。ギコ矢とギコ和、数少ない中学生女子の参加者となるしぃ子が、山道で出会った丸耳モナーと挨拶を交わす。 ギコ矢達がこの里に来て2週間が経過した。その間、様々なレクリエーションが行われたが、それも今日までだった。 明日にはマイクロバスが迎えに来て、街へ帰ることになる。最後の参加となるギコ矢にとっては寂しい限りだった。 3人は、今日の最後の晩餐のために、材料となるキノコや山菜といった、山の幸を採りに来ていた。 「ふぅ、あれギコ矢さん、どこ行ったんだゴルァ」 正午を回り、持参した弁当で昼食をすませたギコ和は、ギコ矢が居ないのに気付く。しぃ子は隣に居るため、そういった展開、 と言うわけでもなさそうだった。ではどこに?ギコ和は弁当を片付けると、すぐさまギコ矢を捜し始めた。 ギコ矢はすぐに見つかった。森の少し開けた斜面、見晴らしの良い台地がわずかに出っ張った場所に彼は居た。岩の前に跪き、 黙祷を捧げている様子だ。彼を見つけたギコ和はしかし、話しかけなかった。その岩が何であるかを思い出したのだ。 ギコ矢の実母の墓。彼の母は、彼が小学生の頃、事故で亡くなっていた。その遺骨を分骨し、ここに葬ったのだ。ここからは、 田畑と3件の農家しか無いながらも美しい、里の姿が一望できる。そのフレームの一部、モラ仁邸の広い庭では、他の子供達が、 鶏を相手に四苦八苦している様子までもが伺える。 「―――和君、ギコ和君、聞こえてる?」 「うわっ!」 里の風景に見とれていたところに、不意に話しかけられたため、ギコ和はつい大声を出してしまった。話しかけたのはしぃ子だった。 しまった、とギコ和は思ったが、幸いギコ矢の黙祷も終わっており、ギコ和を向き直ったところだった。 「ゴ・ゴゴゴ、ゴルァ、しぃ子先輩、こんな時に話しかけんなよゴルァ」 ギコ矢の邪魔をしたと思いこんでいるギコ和は、明らかに狼狽している。ギコ矢はこれぐらいのことで怒ったりはしないだろうが、 母子の時間に割り込んだことを、申し訳なく感じたのだ。 「ギ、ギコ矢さん、すいませんっしたー!」 「お、おう?(こいつ何かやったのか?)」 頭を深々と下げて唐突に謝罪をするギコ和に、逆にギコ矢が驚く。 状況がよくつかめていなかったが、何かまずいことがあった様子でもなかったため、返答も短かった。 一体何があったのかと辺りを見ていると、しぃ子が母の墓前に立ち、目を閉じ手を合わせているのに気付く。 「しぃ子ちゃん?」 ギコ矢が話しかけるとしぃ子は目を開け、合わせていた手を解き、ギコ矢の方に向き直った。 「ギコ矢先輩のお母さん、優しい人だったそうですね」 「ああ、優しかったぞ」 この国のギコ族は、生涯の伴侶を持つ者が少ない。そのため母子のつながりが強いのだが、ギコ矢の場合は一際強かった。 しぃ子はそのことを知っていたのだ。 「ところでしぃ子先輩、さっきは俺に何の用だったんだ?」 今度はギコ和がしぃ子に話しかける。しぃ子からは、何とも言えない答えが返された。 「さっきのはね、あれはギコ矢先輩のお母さんのお墓だから邪魔しちゃダメだって、言おうとしたんだけれど・・・」 「あんたが話しかけなければ、邪魔になることもなかったぞゴルァ・・・」 日が少し傾き始めたばかりだったが、早めに帰ろうという話になり、3人は下山を開始した。 手に提げたり背中に背負ったりしたカゴには、大量の山菜やキノコ、木の実などで溢れていた。帰ってからモラ仁の手で、 毒を持つ物とそうでない物に選り分けてもらう必要があったが、とりあえずは分かり易い物ばかりを選んで採っていた。 下山途中、3人の前に特徴的な丸耳をした男が居た。彼は山道脇の、切り株の上に立っている。朝会った丸耳さんだろうか、 と3人は思ったが様子がおかしい。近づいてみると、こんな山の中だというのに、身を守る服を何も着ていない。朝会ったときは、 ちゃんと山用の服装をしていたはずだったため、なおさら不思議に感じた。 その脇を通ろうとしたとき、3人の耳に、短いが恐怖を与えるのに十分な『言葉』が聞こえた。 「ぃ ぇ ぁ」 【続く】 759 名前:That'Z ◆a1IJk6/hJk 投稿日:2006/07/21(金) 01:23:02 [ wDdwfKYg ] その8 最善の策 3人の頭に、ある話が思い浮かんだ。紀元前から大陸でいくつもの国を滅ぼした、人を模した姿はかりそめで異形の本性を持つ、 全ての生物を切り裂き喰らう、未だにこの極東では存在しているだろうと言われている、怪物。飽きるほど聞いた話だが、 断片的な内容しか思い出せない。その怪物が発する特徴的な『言葉』、「ぃぇぁ」という呻き、「僕を虐殺して下さい」という嘆き。 耳こそ丸いが、明らかに普通の丸耳とは違う。3人は一つの答えを確信した。 間違いない、彼は『ぽろろ』だ。 「うわぁぁぁぁぁ!」 明らかにぽろろであると分かっているはずなのに、ギコ和は声を上げて殴りかかった。恐慌状態で訳が分からなくなり、 まず先手を加えようとしたのだったが、その行為は逆の結果を招く。どこからともなく現れた触手が、”ぶぉん”と空気を鳴らして、 ギコ和に迫った。 (間に合わない!) ギコ和の動きを慌てて制しようとしたギコ矢は、そのまま彼を庇おうとしたが、わずかに届きそうになかった。しかしギコ和は、 怪我一つすることなく、森に生えた草の上に転がっていた。その代わりに誰かが飛ばされ、木に叩き付けられた。しぃ子だった。 ギコ矢が動くより先にギコ和に追いつき、盾になったのだ。しぃ子が盾になって飛ばされたのを悟ったギコ和は、金魚の様に、 ただ口をぱくぱくさせている。一方のしぃ子は無事、否、無事ではない。起きあがろうと試みてはいたが、痛みにすぐへたり込む。 彼女の右の頸は折れ、皮膚を突き破っていた。自身の傷の状態が分かり、急に痛みを感じ出したしぃ子は、 ポロポロと涙を流しながら、うずくまった。 (どうすればいい、どうすれば・・・) ギコ矢は賢明に考えを巡らせた。 このまま逃げて逃げ切れるか?ダメだ、しぃ子の足がこれじゃあ追いつかれる。 俺が時間を稼いで2人を逃がす?どれだけ時間が稼げるか分からない、ギコ和だけじゃ運べない。 ギコ和と2人で戦う?勝てるはずがない、みんな揃って死んでしまう。 彼女を置いて逃げる?・・・論外だ!!! 時間を稼いでギコ和だけを逃がす?・・・ギコ和だけは生き残れる、うまく隙を見れば、、、いや諦めよう。 ほんのわずかの間だったが、幾つかの案を検討し、最善と思える策をギコ矢は選んだ。彼女を置いて逃げれば、2人が助かる、 しかしそれは出来なかった。非合理的とは分かっていたが、ギコ和だけでも逃がし、自身はしぃ仔を最後まで守って時間を稼ぐ。 決心したギコ矢は、ギコ和に叫ぶ。 「ギコ和!お前は急いで降りて、モラ仁さんにこの事を伝えろ!」 「でも、ギコ矢さんや、しぃ子先輩は・・・」 いつもの強気はどこへやら、半泣きになって言うギコ和に、更に続けて言った。 「どのみちあの子を連れてじゃ降りられないだろ!大丈夫だ、俺は強い」 強い、とは言ったが、全く自信も策も無く、ただの強がりでしかなかった。しかしギコ和はその言葉を信じた。 「分かったぞゴルァ!大人を連れてくるまで無事でいてくれ!」 ギコ和はそう言うと、後ろめたい気持ちを振り払い、脱兎のごとく駆けていった。 760 名前:That'Z ◆a1IJk6/hJk 投稿日:2006/07/21(金) 01:23:20 [ wDdwfKYg ] その9 穏やかな夏 「丸男さん、次はいつ頃おいでになるんですかな?」 「そうモナねぇ、まあ気が向いたら来るモナ」 広い庭の縁側に座り、子供達がはしゃぐのを見ながら、丸耳モナーの丸男とモラ仁が取り留めのない話をしている。 時間的にもう夕方といえる時間だが、日はまだ傾き始めた辺りでまだまだ高かった。 「しかし、毎年ここに来る子達は元気がいいモナ」 丸男は昼前に山道ですれ違った3人を思い出し、また庭に居る子供達を見て言った。しぃ、ギコの割合が多く感じるが、 種族に関係なく和気藹々と遊んでおり、その様子を見ていた2人の心は和んだ。 「オちャ ドうゾ」 でい香が冷たい緑茶とお茶菓子を運んできたのを、丸男とモラ仁は受け取った。縁側で子供達を見守りながらお茶を飲む、 自分たちがいよいよ老人になったのだと、なにげに実感させられた。 四方から聞こえる蝉の声、子供達の声。夏の風物詩といったそれらは、大きな音ではあったが、決して騒音では無かった。 だがそんな中に、全く異質な声が挿入された。 「モラ仁さーん、モラ仁さ~~~ん!!」 自分を呼ぶ声に耳を傾けるモラ仁だが、声の主の姿は見えない。だが声で誰かは分かる、ここに来てる中学生のギコ和だ。 声は山側の方、裏門の方から聞こえてきていた。モラ仁は草履を履き、そちらへ向かう。そこへ丁度ギコ和が現れた。 「どうしたモナ」 「何があったんじゃ?」 丸男も一緒になって迎えたが、ギコ和は息を切らせてほとんど喋れないでいる。少し息が落ち着いてようやく話し始めた。 「ぽっ、ぽっぽっぽ・・・」 「鳩がどうかしたモナ」 おちょくるつもりはなかったが、丸男が言う。ギコ和はその言葉に反応し、ちらりと丸男を見るが、一瞬恐怖を感じる。ギコ和は、 気持ちと息を落ち着かせて、改めて言った。 「ぽろろだ!ぽろろが出たんだ!」 言ってからギコ和は思った。お伽噺の怪物の話なんか、大人が信じるわけ無いのに、何をやってるんだろう、と。 しかし、その大人の反応は、ギコ和の想像を裏切るものだった。 「ばーさん、大変じゃ!ぽろろが出たらしいぞ!」 761 名前:That'Z ◆a1IJk6/hJk 投稿日:2006/07/21(金) 01:23:41 [ wDdwfKYg ] その10 紅い記憶 教訓 「ホッシュ、こちら本部、送れアヒャ!ホッシュ、応答せよ!」 「もういいよ」 額から汗を流して呼び出しを続けるアヒャに、マニ清が言った。どんな状況かは不明だが、ホッシュ隊が全滅したであろう事は、 その場に居る全ての者が想像していた。 「やはり砲撃もへりも効果無しか。記録によれば、旧軍の時にも爆撃は無効だったらしいしね」 あくまで昔の話で、現代の火器ならばどうにかなるだろうと、誰も今回の作戦計画を疑う者は居なかった。しかし現実はこの有様。 お伽噺の時代から変わらぬ恐怖を振りまく怪物は、その脅威すらも保ち続けていた。 「やむを得ないね。普通なら再度砲撃を行うべきだけれど、奴には通じそうにないから、そのままフェーズ4を実施しよう」 淡々と言うマニ清の言葉に、反対する者は誰も居なかった。目標の情報を何も持っていなかったならば大いに反対しただろうが、 ここに居る者達は作戦前に、目標について最低限の知識は身につけてきていた。配付資料には『記録によれば』、『かもしれない』 等の曖昧な表現ではあったが、砲撃や航空攻撃の効果についての記述があったのだ。 『旧軍の記録は、歩兵による白兵戦で決着を付けたという記述で、締めくくられていた』ということも注釈されていた。 それらの情報は不幸にも、3機のヘリの犠牲で証明されてしまった。となればやはりフェーズ4の計画外の実施しかない。 マニ清の決断は、余りに無謀で非人間的なものかも知れなかったが、万が一目標が樹海を出た場合、どれだけの被害が出るか、 想像もつかない。今は周囲の道路から何から全て封鎖しているが、そこから漏れ出れば、 (一般人に出る被害を考えたらね) 確実な死を命じるなど統率の外道。今のマニ清の作戦はそれに等しい話だったが、ここで決心を行うよりほかなかった。 歩兵の投入は様々な事情を鑑み、事前に多くの部署と”調整”を行った後、完全に日が昇ってからの開始となった。 「うちが先発だからな」 「不安じゃないモナ?」 夜明け前に目を覚ましウォームアップをすませたモラ夫が、完全武装でモナ由の前に現れた。彼らは第1波攻撃の200名のうち、 50名を任される小隊長として配置されることになった。モナ由も準備は進めていたが、まだ出発までは時間がある。出発前に、 無駄に体力を消耗する気はなかった。 「でも何というモナか、第1波ってことは第2波3波と、当然用意されているモナね」 モナ由は寂しそうに言った。要は、攻撃部隊が損耗し死者が大量に出ても次は居るぞ、と言われているようなものだったからだ。 モラ夫は、そんなモナ由の気持ちを察して言う。 「作戦に万全を期すのは当然だからな。どんな不測の事態が起こるかも知れないし、それに・・・」 「それに?」 「それに俺たちで終わるかも知れないだろ、あいつ等やヘリの奴らの弔い合戦だ、やってやるYO」 モナ由は防衛軍大学校の時の事を思い出した。モラ夫はどんな状況下でも楽天的で、皆の牽引役になっていた。ただし、 とんでもない方向に突っ走ることもあり、そんなときはモナ由が押さえに回っていた。モナ由からすればいい迷惑だったが、 そんなパターンの時は大抵のことはうまくやり仰せ、結果を出してきた。 (大丈夫モナ、こいつがこういうときは俺がしっかりフォローすればいいモナ) モラ夫の楽天ぶりは、周囲の人間のモチベーションを上げる効果があるらしく、モナ由もいつの間にやら乗せられていた。 762 名前:That'Z ◆a1IJk6/hJk 投稿日:2006/07/21(金) 01:24:11 [ wDdwfKYg ] その11 子供達の知らなかったこと モラ仁とレモ乃、それにでぃ香や丸男までもが手伝い、残っていた子供達に最低限の荷物の用意をさせ庭に集めた。 「明日に帰るって聞いていたデチ」 「こんな時間にどうしたんだろ」 「なんか恐いモナ」 せっかくの最後の夜を楽しみにしていた者、訳が分からずとまどう者、ただならぬ雰囲気に怯える者、反応はそれぞれだが、 皆一様に浮かない顔をして、互いに話をしていた。ギコ和もその中に居るが、押し黙ったままうつむいている。 そんな中、1人のガナーの子が、レモ乃に問いかけた。 「おばあちゃん、何があったの?」 「(えーと)ちょっとね、お山の中で火事があったらしいの、ギコ矢君達は、先にそれを消しに行ったわ」 あえてレモ乃は嘘を言った。子供達に本当の事を言っても、パニックになるだけだと思ったからだ。いや、それは小学生までで、 小学校高学年以上の子なら、逆に全く信じず、呆れられるのは目に見えている。小さい子はそれが本物だと信じているが、 大きい子達はサンタクロースと同じお伽噺だと信じているからだ。 「でも火も煙も見えないよ?」 「う~んとそれはねぇ」 レモ乃が子供ならではの、素朴で鋭いツッコミに困窮していると、その苦労を無にするかの如き出で立ちのモラ仁が現れた。 「ばーさん!わしゃもう待ってられん、ギコ矢君達を助けに行ってくる」 「お、おじいさん、山火事を消すのにそんな格好は・・・」 どこから引っ張り出してきたのか、縮んだ体には大きい旧軍の軍装、手には鉈や斧といった、複雑に考えなければ、 火を消しに行く格好ではない。これで軍刀でも持ち出していた日には、とレモ乃は思ったが、残念ながら腰に差している。 「何を言ってるんじゃばあさん、わしの時もぽろろが出て・・・」 レモ乃の必死の隠蔽は、一瞬にして瓦解した。モラ仁も、自分を見つめる子供達を見て、しまった、と思った。 『ぽろろが出た』という言葉を聞いて、やはり小さい子供達がパニックになった。泣き出し、その場にへたり込む。それに対して、 それ以外の子達の反応はレモ乃の予想とは違い、その顔は真剣になっている。揃って何かを言いたそうにしていたが、 今回来た中で、しぃ子に次いで大きいしぃが言った。 「ぽろろって、どういう事ですか」 モラ仁の服装などは、見ようによっては何かの催し物と受け取れる。しかしその態度が余りにも真剣だったため信じたのだ、 ぽろろのことを。これが演技だったら優れた役者だ、そう思えるものだった。 観念したモラ仁は口を開いた。 ぽろろはな、本当に居るんじゃ、本当に。わしが陸軍に居たときにも一度現れての、その時は何千人も亡くなった。その人達は、 教科書では南の島で亡くなったことになっているからの。 大人はみんな知ってるからの、ぽろろが本当に居ることを。 子供達はそのことを、昔話かお伽噺の様に思っている。だから逆に子供が、ぽろろが出た、と言うと信じるんじゃ。 にわかには信じられない話、当然素直には信じられない者も居た。それも正常な反応のひとつだ。 「そんなの信じられないYO、ネットでもそんな話見たこと無いYO!」 ギコ和と同学年のモララーが言うと、何人かも同意し、うなずいた。それに対し、モラ仁が答えた。 「ネットという物をよく知らないんで分からないんじゃが、少なくともわしが今言ったことは本当じゃよ」 ソースがなければ信じない。そう中学生のモララーが言おうとしたところで、ギコ和が口を開いた。 「本当なんだよ、本当に居たんだゴルァ」 「カズ?」 「俺、訳分かんなくなっちまって飛びかかったんだ。そしたら、しぃ子先輩が俺のこと庇って飛ばされて、ギコ矢さんが逃げろっ、て」 ギコ和は涙を流し、しゃくり上げながら話し続ける。 「俺、恐くって、しぃ、子先輩、の事も、置いて、逃げ、て・・・」 確かにギコ矢さんの言うことを聞いたが、本当は恐かっただけなんだ。そうギコ和は告白し、うつむいて泣き続けた。 「ぎコカズくン ナかナイデ」 ギコ和の事を見かねたでい香が、そっと抱きしめた。うつむいたギコ和の目に、でぃ香の義足の左足が見えた。 (俺はなんて弱いんだろう) 763 名前:That'Z ◆a1IJk6/hJk 投稿日:2006/07/21(金) 01:24:22 [ wDdwfKYg ] その12 覚悟 ギコ和が去った直後、ギコ矢は後悔の念に襲われていた。 (俺が強い訳無いじゃねぇか、俺が) 自分の弱さ、それはギコ矢が一番知っているつもりだった。大会では優勝したが、それはルールがある試合でのことだ。 止めてくれる者も居ない、ルールも無い喧嘩などしたこともない。『全国一』と言うハクがあったから、それを拒否できただけだ。 (そんな俺が、こんな怪物と戦える訳が、なんで逃げなかったんだ) しぃ子を守るように身構えていたギコ矢の息は荒くなり、油汗をダラダラと流していた。恐怖が全身を支配する。 不意にしぃ子が口を開く。動きを止めているぽろろからも目を離し、ギコ矢はしぃ子を見やった。 「に、逃げて、ギコ矢先輩、このままじゃ2人とも死んじゃう、先輩だけでも・・・」 改めて見て気付いた。よく見ると脚だけではなく腕も骨折している。そんな状態なのに、痛みに、恐怖に震えながらも、 ギコ矢を気遣う言葉。その言葉を聞いて、ギコ矢は後悔を払拭した。 (なんて強いんだよ、俺は見捨てられない、ここで1人で逃げたら、それこそ) 恐怖までが拭われたわけではなかったが、腹は決まった。 限界まで戦う、彼女が逃げられるよう、最期まで戦う。 764 名前:That'Z ◆a1IJk6/hJk 投稿日:2006/07/21(金) 01:24:54 [ wDdwfKYg ] その13 紅い記憶 集合地点 第1隊が、日の光が当たってもなお暗い樹海に投入されて、既に1時間が経過していた。 小隊毎に別れそれぞれの方角から進撃、未明の戦闘の跡地を集合地点(AA)とした。モナ由の第1小隊には隊長も同行し、 最右翼から樹海に進入した。隊の中では最も遅い到着になる予定だ。それに対しモラ夫の第3小隊は、AAに最も近く、 何もなければ既に到着しているはずだ。しかし未だ到着の報告が無い。本部からも呼びかけてはいたが、他の小隊からも、 応答が無かった。 「ヒトマル、マルマル、ヒトフタからヒトヨン応答無し、そちらどうかアヒャ」 「ヒトマルよりマルマル、こちらにも応答無し」 いちいち受話器を受け取るのが面倒だと言うフーンの隊長は、自分で可搬型無線機を背負い、通信を行っていた。モナ由は、 (他にやることがあるモナ)と思っていたが、口に出さないでいた。それにしても、どの小隊からも報告が無いのがおかしい。 やられたのかとも考えたが、50人もの兵士を、一発の反撃もさせずに殲滅するのは、爆弾でも使わなければ不可能だろう。 報告が無いのは無線機のトラブルだ、モナ由はそう考えていた。それは半分が正解であり、半分は誤りだった。 「おーい、もしもーし、誰か答えろYO」 「小隊長、やっぱり故障です」 ふざけ半分に無線機を操作するモラ夫に、無線機を背負った八頭身が言った。無論、壊れているのは分かっている。だからこそ、 こんなふざけたことをしているのだ。 既にAA到着から15分が経過している。何とかして無事到着したことを伝えたかったが、どうにも方法が見あたらない。 (あと5分もすれば、2小か4小の奴らが到着するからな、報告はそっちを使ってやるか) 周囲に目標の気配は無い。左手首のデジタル時計を見やり、モラ夫はゆったりと構えていたが、すぐに来るはずの2個小隊は、 永久に到着することは無かった。 第2小隊と第4小隊は進入ルートの都合上、AA到着前に会合し接敵警戒をしつつ現地に向かっていた。だが集合した彼らは、 目標にとってみれば格好の獲物だった。 「あるぇ、雨KA?」 第1隊の半分、100名の部隊の最後尾で、しんがりを務めていたぼるじょあが異変に気付いたときには、全てが終わっていた。 樹冠の上に、透明な幕状の物が乗っており滴が垂れる。それも1カ所だけではなく、見ると2個小隊全体を覆うように広がっていた。 (っ!しまったYO!) 焦りつつも、叫ぶより早く銃を構え、応戦の姿勢をとるが相手の動きがわずかに早かった。それは木の上から降りると、 そのまま100名を包み込んだ。かなりの範囲に散っていたはずの小隊は、全て飲み込まれている。 「―――――――!!」 ぼるじょあは声にならない呻き声を上げた。銃は既に手から離れている。 息が苦しいだけではない。全身を覆う痛み、酸の様に体表を焼き溶かし、アルカリ溶液の様に肉をどろどろにしていく。 むき出しになった神経は、一旦激しい痛みを脳に伝えていたが、やがて痛覚すら消えていく。もがこうにも既に手足は骨と化し、 それすらも溶けかかっている。その浸食が脳や心臓に達するか、ショック死するまで、彼らは楽になれなかった。 100名居た隊員は、今やその装備の一部を残して消え失せていた。 「小隊長、様子がおかしいです」 「ああ」 モラ夫は八頭身の言葉に短く答える。既に何かの気配を察した数名が、安全装置をかけたままであるが、挙銃していた。 指示は出していなかったが、いつの間にか四周を警戒する防御円陣を組んでいる。ちゃんと命令を下そうとモラ夫が思った矢先、 攻撃が始まった。目標からの先制攻撃だ。 AAの南東方向、大破したヘリが横たわっている陰から無数の刃が振り下ろされ、その近辺にいた5・6名が一瞬にして、 挽肉のようになってバラバラと崩れ落ちた。余りに信じられない光景だったが、かろうじて彼らは正気を保ち続けた。 「撃てぇぇぇぇぇーーーー!!!!」 ”バババババ――――” モナ由はAAの方向から響く銃声を聞いて、肝を冷やした。モラ夫が既に到着しているはずだったからだ。 銃声は、斥候が交戦したときとは比べものにならない規模で、連続した音が絶え間なく響き続けた。 「ヒトマルよりマルマル、AA方向より射撃音、ヒトヒト急行する。モナ由2尉、急ぐぞ」 フーンは左手に送受話器、右手に拳銃を持ってモナ由を促す。モナ由は小隊を率いてそれに続いた。 765 名前:That'Z ◆a1IJk6/hJk 投稿日:2006/07/21(金) 01:25:11 [ wDdwfKYg ] その14 紅い記憶 鏖殺 会戦から5分、先ほどまで響いていた銃声は止んでいた。目標は依然健在で、やられたのはモラ夫達の方だ。 ヘリや岩の陰、うっそうとした森林、それらに隠れて目標は襲いかかってきている。まるで周囲の全てが敵になった様だった。 その刃状の触手の一降りで5人の首が転がり、槍状の触手の一突きで5人が串刺しになった。 まったく感情を挟む余地の無い、無慈悲な攻撃。ある程度が死ぬと、まとめて何人も殺されることはなかったが、1人また1人と、 様々な攻撃で死んでいった。 「ぼるずぁっ!」 モラ夫の後ろで相互にカバーをしていた八頭身が、重機のハンマー状の物を横から当てられ、数十メートルも飛ばされた挙げ句、 岩に当たり、ぐしゃぐしゃになって死んだ。これで第3小隊はモラ夫のみになった。 彼が最後に残ったのは、何か特別なスキルを持ち合わせていたからでも、強運だったわけでもない。小隊長である彼を中心にし、 円周防御の姿勢をとったため、たまたま彼と八頭身が森や岩陰から遠かっただけのことだった。しかし最後の1人になっても、 彼は決して諦めることはなかった。倒す方法は存在する、それをどこまで出来るか。考えを必死で巡らせる彼の前に、 遂に目標が、件の怪物が姿をさらけ出した。 とても凶悪には見えないその姿。通常の生物の顔状になった器官に、無数の銃痕が残っている。昨日から先ほどまでの戦いは、 決して無駄ではなかった、モラ夫はそう確信した。そしてその化け物は口を開く。 「 ぼ く を 、 虐 殺 、 し て く だ さ い 」 余りにもめちゃくちゃな台詞、モラ夫はこみ上げる怒りを抑えきれず、叫んだ。 「上っ等だぁぁ!!言われなくても殺ってやるYO!!!」 モラ夫は、何かに取り憑かれた様に鬼気迫る表情で、着剣した小銃を手に目標に躍りかかった。それでも最後に残った理性で、 倒す方法を確認する。 (顔状の器官以外への攻撃に意味は無い、そこに何発も致命傷を作ることがこいつを倒す方法) 資料にはそう載っていた。古い文献と共に未だに生きている怪物。防げないとすら思える攻撃も、こいつは防いできた。 例え不可能に近くても、やるしかなかった。 「せぇい!」下から突きだした刺突は横薙ぎに払われ、逆に返す刀が襲いかかる。すんでの所で身を引き、再度懐に潜り込むと、 今度は銃把での横打ちを喰らわせる。”バギィッ”と言う音がして、命中した部分が陥没した。先ずは1発、モラ夫はそれに続き、 更に2度3度と打撃を叩き込む。懐の、ある程度の間合いに入ったほうが、返って安全だと分かったため、あえて打撃に専念し、 銃撃を行わないでいた。何度の繰り出される打撃、そのうち3発ほどが打ち込まれた辺りで、モラ夫は何故か銃撃の姿勢をとる。 その顔は、狂気に近い笑みを湛え、明らかに正気ではない。わずかに距離をとり撃とうとしたところで、刃が振り下ろされた。 モラ夫は信じられないほどの速度で反応し、咄嗟に小銃を上に突きだして盾にした。 766 名前:That'Z ◆a1IJk6/hJk 投稿日:2006/07/21(金) 01:25:30 [ wDdwfKYg ] その15 初めての戦い ギコ矢はしぃ子の側を離れると、山道とは逆の方に位置し、ぽろろを挑発するように枯れ枝や石を投げつけた。 ぽろろは表情も変えず、触手を繰り出してそれらを払うと、そのうちの2本をギコ矢の攻撃に使う。最初に放たれた一撃、 腹を狙った鋭い槍の様な刺突だが、刺突の軸線と体の軸をずらし、ギリギリの動きで避けた。もう一撃が避けたところに来るが、 今度は頭を狙っていたものだったため、若干首を左に傾け、踏み込みながら左手の平で軌道を逸らす。 (いつもならここで終わりなんだけれど) 崩れたところで左の手刀、右のストレートというのが、シンプルながら得意なパターンだったが、相手はまだ5メートルは離れている。 それでもギコ矢の思惑通り、じわりじわりと挑発に乗って近づいてきていた。ひとまず、しぃ子から離すことには成功した。 「に、げ、て、お願い、、、」 しぃ子は、ぽろろに挑発を続け、離れていくギコ矢に言ったが、それは声にならなかった。出血こそそれほどでもなかったが、 骨折と打撲のショックのため、意識がハッキリとしていないのだ。空からはまだ太陽が山を照らしていたが、 しぃ子の視界は次第に暗闇に包まれていった。 ”ヒュッン”と空を裂く鞭がギコ矢の腕をかすった。毛皮がむしられ、血で染まる。改めて恐怖を感じたが、後戻りは出来ない。 それまでは挑発を続け、1時間近くもかけて断続的に攻撃をかわしていたが、ここらでいいだろうという結論に達した。 遂に戦いが始まる。 今まで離していた間合いを一気に詰める。武器は身一つ、銃も無ければナイフも無い。無謀とも思えるが、 これ以上逃げても事態が好転するわけではない。どのみち結果は明らかだ、ならばせめて、 ”バチッ”、まずは挨拶代わりに、素早い左突きが当たる。飛び込みざまだったが左足を踏み込んで止め、左手を引く回転を、 そのまま右突きの勢いに加える。”バキッ”、今度はその右が当たった。見事なワンツーだったが、ぽろろはビクともしない。 右の拳を引き抜き戻す間際、ギロチンの様に刃が降りる。避けたはずだと思っていたが、指の皮の一部がベロリとはぎ取られた。 痛みは感じたが、まだ感じるだけましだろう。ダメージを掌握出来なくなるほどの傷を負えば、そこで終わりだ。 痛みに負けることなく、再度ワンツーを打つ。”バシッ、バキッ”と気味がいいとは思えない音はするが、ぽろろは一向に怯まない。 今度はジャブで様子を見る。触手が防御に回ったため、顔にはヒットしなかった。逆に鉄板を叩いたような感覚に、顔をしかめる。 (なんて硬ぇ、顔以外は無駄そうだな。そういえば?) ふとギコ矢は気付いた、 (間合いを詰めてからは、さっきみたいは派手な攻撃が少なくなったな) 逆転の発想。恐れずに突っ込めば勝機はあるかも知れない、例えほんの僅かでも、恐れずに。 【続く】 769 名前:That'Z ◆a1IJk6/hJk 投稿日:2006/07/23(日) 05:27:36 [ 3ot/24bE ] その16 勝機 ”バシィッ”、右の足刀、トレッキングシューズに施された補強のため、一番強力な攻撃になる、はずだったが間違いだった。 逆に、死角から現れた触手に足をすくわれ転倒した。転倒したところを、上方から2本の槍が迫る。1本目を転がって避け、 2本目も避けようとしたが、肩を僅かにえぐる。更に攻撃を加えられる前に何とか起きあがり、また突っ込んでいく。 (危ないところだった、もしアレが刃だったら・・・) 斧のような分厚さなのに、皮を綺麗に削ぐほどの鋭い刃。脚のどこを切られても、いや足の小指であっても立ってはいられない。 「漏れの足が」などと叫んでいる間に、首を狩られるか頭を潰されるかして、終わっている。 脚を切られてもがき、首を転がし草むす屍になる自分。ゾッとした。 そもそも足下が不安定で、いくら道場で良い蹴りが出来ても、ここでそれが出来る保証はないのに。軽く反省したが、 後悔でなくて済んだのは幸いだった。 上半身の攻撃に専念したギコ矢の動きは、徐々に回転数を上げていく。 ”パパパッバシィッ”とほとんど同時に音が鳴り、四連撃が成功する。最後の一撃だけを本命としたが、威力が足りなかった。 今度はぽろろが、フックとボディーブローの高さに左から連続して触手を見舞う。ギコ矢は頭を襲った触手をスウェーして避け、 腹に来た一撃を払い、切れなかった。どう処理しようか逡巡したため、対応が遅れた。槍の切っ先は払ったが、 その後の自在に動く触手が、しぃ子を薙ぎ払った時の様に叩き付けられた。素早くはないが、余りにも重い攻撃に飛ばされた。 「ゴフッ!」、口から漏れる空気、ミシミシと音を立てるあばら。4・5メートルは飛ばされ、ゴロゴロと下草の上を転がる。 骨こそ折れていなかったが、内臓に与えられた衝撃のため、息がうまく出来ない。飛ばされ、平衡感覚と共に意識が混乱する中、 ギコ矢は思考を停止させず考えた。ここは相手の間合いだ、早く動かなくてはならない。今度は躊躇うことなく懐に入る。 (もっと速く、もっと!!!) 僅かに数歩の距離、しかしぽろろの攻撃の弾幕が厚い。またしても槍の攻撃、前方から3本が自在にうねる。今度は払わずに避け、 前進することで続く攻撃を封じた。前方からの攻撃を凌いだところに、真上からも刺突が落とされ、鈍い痛みが左腕を襲う。 ”ズッ”と言う音がし、貫かれた気がした。しかし実際は、僅かに上腕えぐっただけだった。 ダメージに構わず前進するギコ矢。そしてその勢いをそのまま打撃に使う、全体重を乗せた飛び込み打ちだ。 ぽろろは触手を戻し、ガードを重ねようと試みていたが、ギコ矢の方が僅かに速かった。飛び込んだ勢いに加え、腰の回転、 脇から腕や肘の筋肉のテンション、全ての条件が合致し、強力な一撃が放たれた。 ”バギャアッ”、とても素手での拳打とも思えない音が響く、ギコ矢本人が何より驚いていた。ぽろろの顔の、丁度口とおぼしき部分、 そこが拳の形に陥没している。人間相手なら、致命傷にすらなりかねない一撃。ギコ矢は自身の力に困惑していたが、 体が出来上がっていない高校生だ。素手でのここまでの拳打に、拳が悲鳴を上げている。明らかに骨折しているのが分かった。 (まさか、、、やったか?) 代償は大きかったが、今までにない一撃でぽろろを仕留めた、はずだった。ぽろろは一向に倒れる気配を見せなかったのだ。 ギコ矢は落胆することもなく、更に回転を重さを増していく。左手も、砕けた右手も徹底的に叩き込む。ぽろろの攻撃さえも、 拳打や掌底を打ち込んで弾く。ぽろろの顔も歪んでいたが、それ以上にギコ矢の手に負った怪我はすさまじい。 効き手である右手は、既に骨が飛び出てすらいる。半壊状態だった。 (次!)自身の痛みを感じないかの様に、右の拳を打ち込もうとしたところで地面に足を取られ、前につんのめり体勢を崩す。 そこへ、 ”ブオォン”と空を切り、棍棒状の一撃がギコ矢の左側頭に命中した。 回転する様に、ギコ矢は宙を飛び、地面に叩き付けられた。 770 名前:That'Z ◆a1IJk6/hJk 投稿日:2006/07/23(日) 05:28:45 [ 3ot/24bE ] その17 紅い記憶 決戦 森の中に穴がぽっかりと空いている、そんな場所にモナ由達は辿り着いた。一面友軍の血と臓物でまみれ、血の海と化している。 高地の涼しさも忘れさせる、むせる様な血の匂い。それを見た数人が、その場で吐いた。 その惨劇のただ中に、モラ夫が目標と対峙していたが、両者とも動きを止めていた。 「モラ夫!!」 何故か小銃をハイポートの形に掲げたまま動かないモラ夫に、モナ由が叫ぶ。だがすぐに、動かない理由は明らかになった。 左の肩口から右脇腹までを結んだ線の、その上と下で、体のラインがずれている。やがてそのずれは次第に大きくなり、 小銃ごと袈裟懸けに断ち切られたのが判明した。 モナ由の前で、友人は真っ二つになって息絶えていた。 切断面の部分より上の半身からは、胸郭に詰まっていた肺や心臓といった、人間の命の中枢に近い物が、生ゴミの様にこぼれる。 下半分も、上の半身がズレ落ちた拍子に崩れ、残った肺や胃、肝臓などがでろんと、飛び出て撒かれる。どれもこれも、 普通に暮らしている者には、実物を見る機会など無いだろう。 どこかの戦争映画で見た場面が、この地獄にもう一つ増えた。 そういえばあいつ、ヘビースモーカーだったから、いつも自分の肺の色がどうだとか、気にしていたモナ。 酒は飲まないから、肝臓はきれいだとか、自慢していたモナ。 大丈夫モナ、どっちもきれいな紅色だモナ。 「モナ由2尉!指揮を執れ!」 隊長の言葉で白昼夢から覚めた。敵、友人を殺した怪物は、だいぶダメージを受けているはずだが、まだ生きている。 (こいつだけは・・・) 「各分隊、散開して包囲するモナ!小銃、分隊支援火器、射撃用意!確実に顔を狙うモナ!」 モナ由の号令が静まりかえっていた森に響くと、数十人の半長靴の音が続いた。 包囲完了し、後は撃つだけ。普通の戦闘であったら、唯の殺戮にしか見えない程の状況。しかしモナ由達は、 決して優位を感じていない。目の前に広がる光景は、次の自分たちかも知れなかったからだ。 「ヒトマルよりマルマル、目標を包囲、これより攻撃を―――」 隊長が無線機に向かい、そこまで言ったところで、モナ由が叫んだ。 「撃てぇぇ!!!」 命令と同時に、各人の持っていた火器が火を噴く。もうもうと弾着の土煙が立ちこめ、視界が徐々に悪化する。モナ由は焦った、 目標の姿を見失ったからだ。そしてその焦りに応えるように、土煙の中から何かが飛び出した。 左翼に展開していた隊員数名が射撃を止めた。代わりに吹き出す紅い物。首を飛ばされた。背の低かった1人は、首ではなく、 頭の中程から輪切りにされ、そこから灰褐色の物体を晒している。 左翼の惨劇に気を取られる中、今度は中央で機関銃を撃っていたアヒャが、直上から突き立てられた触手に絡め取られ、 いや背中から串刺しにされて、血と呻きを吐き出しながら、宙に放り出された。 「(目標を再度確認して・・・)撃ち方止め!止めるモナ!!ロケット弾用意」 本来無線機を背負うはずだった隊員が、その代わりに背負っていた携行型対戦車ロケットを伸長し、射撃準備をする。 小火器によるものとは思えないほどの土煙が徐々に晴れていくが、目標はなおも動かずに、その場に立っていた。 (その余裕な顔を、吹っ飛ばしてやるモナ!) 「撃ぇ!」 ”バシュウゥゥゥ”と音を上げて、100メートルも無い、ほとんど至近距離とも言える距離をロケット弾は飛翔し、命中した。 771 名前:That'Z ◆a1IJk6/hJk 投稿日:2006/07/23(日) 05:28:57 [ 3ot/24bE ] その18 覚醒 ギコ矢は、自分の体が宙に浮いているのに気付いた。僅かな高さだが、足には地面の感覚は無い。 (俺、どうなったんだ?) ぼやける視界、やはり宙に浮いている。一瞬足を切られたのではないかとも思ったが、意識が覚醒するにつれ、 別の部位の痛みに気付く。両腕の上腕が細い触手に貫かれ、見えない十字架へ磔にされた状態になっていた。 「うわぁぁぁ!ぁがぁあああああっ!」 全体重が両腕の傷にかかり、今まで感じたことのない痛みに襲われる。それを弄ぶ風に扱うぽろろ。 先ほどまでに比べれば弱いが、一発一発が尋常でない重さを持つぽろろの”拳”が、ギコ矢の全身にまんべんなく叩き付けられる。 胸を、みぞおちを、脇腹を、鼻っ柱を、急所であるかないかなど関係なく、サンドバッグにされ、拳が打ち込まれた。 「ゴふッ、ゴブぅ、グボ、うっウゥ、、、おゴォッ!!!」 耐え難い苦痛、だが楽にはなれない。ぽろろの攻撃にはその気が無い。正にぽろろのおもちゃと化したギコ矢は、酷く後悔した。 (やっぱ逃げれば良かった、勝てる訳無かったんだ、始めから分かってんのに・・・) (・・・後悔し続けられるのも生きていられるからじゃないか、死んだら結局は、、、何も無いじゃ)「おごっ、オゲェェェ・・・」 何度目かのボディブローで、胃の内容物がダラダラと口から吐き出された。どこから混じったのか、血も一緒に吐き出している。 (俺、死にたくねぇ、死にたく、シニタクナイ) 絶望が全身を包み、目の前の異形に対する畏れ以外何も感じない。その絶望の中、僅かに視界の端で動く物を認めた。 しぃ子が居た。 彼女はその折れた手足で、必死で追いかけてきたのだ。何度も意識を失いながらも、数十分もかけて這いずって。 (なんでだよ、俺がこんなになった意味が、、、ダメだ、俺は、まだ・・・!) ギコ矢は、この戦いを無にしたしぃ子を責めるでもなく、殴打の嵐に曝されながら戦う意志を取り戻した。 同時に意識が覚醒していく。十分に意識はハッキリしたが、それを超えて強く知覚が広がってゆく。 感覚の激しい覚醒とは裏腹に、精神はとても静かに落ち着いている。風ひとつ無い、湖面の様に。 ギコ矢は全身に力を入れると、両腕を串刺しにしている触手から逃れようと、全身を揺り動かした。かなりの痛みを伴ったが、 ぽろろの前方からの殴打がギコ矢の離脱を助長し、遂に一方的な攻撃から逃れることに成功した。 傷は深いが戦える。ギコ矢は冷静に自分のコンディションを確認し、ぽろろに向かって行く。ありとあらゆる方向から攻撃が迫った。 ふと、湖面に波紋が広がっていく情景が、その脳裏に浮かんだ。その波紋を発している元を避けて移動する。 ”ザシュザシュッ”、無数の槍が地面に突き立てられた。しぃ子はギコ矢の断末魔を見たかの如く顔を覆ったが、ギコ矢は平然と、 そして悠々とぽろろに近づく。最終関門としてぽろろが用意していた直上からの刃も、軽くいなし、己の間合いを確保する。 ギコ矢は攻撃を加えようとしたが、瞬時に防御に回る。湖面から何かが飛び出してくるのが見えた。 次の瞬間、ぽろろの腹から巨大な口が飛び出す。ギコ矢など一口で飲み込んでしまうであろう『口撃』は、かすりすらしなかった。 772 名前:That'Z ◆a1IJk6/hJk 投稿日:2006/07/23(日) 05:29:24 [ 3ot/24bE ] その19 紅い記憶 血着 (なんてことをしてくれるモナ、なんてことを・・・) モナ由は絶句した。目標には命中したものの、その顔はがっちりと無数の触手にガードされている。それよりも、その手前。 腹の半分が吹き飛んだアヒャが、腸をはみ出させ、ボタリと倒れ込んだ。串刺しにされた部分がロケット弾にえぐられ、 体重を支えきれずに、その部分が千切れたのだ。 盾にされて絶命したアヒャ、そして射撃によりズタズタになった友人の亡骸。余りにも悲惨な光景だった。 そんな中、今まで口を閉ざしていた目標が言った。モラ夫に言ったのものと、同じ言葉を。 「僕を虐殺してください」 「・・・う、うぁぁ、うおおおおおおお!!!」 怒声を上げて目標に駆け寄りつつ、射撃を実施するモナ由。隊長や一部の分隊長が、射撃の邪魔になるから退くようにと言うが、 全く耳に入っていない。目標は言葉とは裏腹に、あらゆる攻撃でモナ由を迎撃しようとするが、モナ由はそれらを全てかわした。 弾の切れた小銃を放り出し、目標の懐に入り込むと、今度は腰の拳銃を抜き、接射した。 ”パン、パン”と数回銃声が響いた。数発は命中したが、戻ってきた触手が盾となった。今度は目標が下からの斬撃を繰り出し、 モナ由を切り裂かんとしたが、モナ由はかろうじて左に避ける。しかしその拍子に右瞼が裂け、拳銃がはじき飛ばされた。 モナ由は狼狽した様子もなく、次の武器を手にする。それは、モラ夫が最後まで手にしていた、銃身が半ばで切られた銃だった。 その銃身の放熱カバーは脱落していたが、切断面は鋭く斜めになり、それがかえって槍の様に使えそうに見えた。 「でやぁぁぁ!!」と気合いと共に思いっきり踏み込み、目標の懐に入るモナ由。そして大きな予備動作を行い、 渾身の力を込め、その顔状部を貫いた。目標はそれでも叫び声一つ上げない。 モナ由はそれでは足りないとばかりに、銃身を突き刺したまま引き金を引く。”ズブォン”とくぐもった様な音が鳴る。もう1発、 と引き金を引くが、弾丸は発射されなかった。気付いたモナ由は、右手で握把を握ったまま、左手を槓桿に添えて引き、 そして再度引き金を引く。”ズブォン”と先ほどと同じ発射音が鳴った。同じ動作を繰り返す、何度も何度も何度も・・・ ふと目標からの反撃が無いのに気付いたモナ由は、ようやく銃撃をやめる。丁度弾も切れていた。 全身の力が抜け、モナ由は仰向けに倒れる。その迷彩服が友軍の、そして友人の血に初められていった。 「モナ由2尉、だいじょ・・・」 隊長は、勇敢にも自身で目標の状態を確認しようと駆け寄った。 その前にモナ由の無事を確認しようと、その顔を覗き込んだところで絶句したのだった。 その表情は、もはや正気のものではなかったからだ。 「ヒトマルよりマルマル、目標の沈黙を確認。繰り返す―――」 773 名前:That'Z ◆a1IJk6/hJk 投稿日:2006/07/23(日) 05:29:43 [ 3ot/24bE ] その20 かつての戦禍 否、あの時死んだ者達も、戦士だったのだ。 周囲では、入山の準備が進められている。その脇でモナ由と、副官が話し込んでいた。 「結局その時は、160人余りもの犠牲者を出したモナ」 副官のフーンは初めて聞く話に戦慄を覚えていた。モナ由は続けて言う。 「もっとも、旧軍時代の話では千人単位で犠牲が出たと言うから、それだけで済んだのは幸いだったかも知れないモナ」 幸い。友人が死んだ戦いだというのにそう言い放つモナ由に、フーンは何か不気味なものを感じた。 「ときに君、、、穢れ、と言うものを知っているモナ?」 不意に投げかけられた問いに、フーンは答えられなかった。汚れではなく穢れ、余り馴染みの無い言葉だった。 「奴は、穢れをその身に纏うモナ。そして奴を殺した者も、穢れにより豹変するモナ」 「俺も、奴を数度ほど殺したモナ、だからその分だけ穢れがついたモナ」 「数度ほど殺した、ですか?」 「奴は数多の命を、死を内包するモナ。その分だけ殺さなければ奴は死なないモナ。その分の穢れモナ」 フーンはいまいちピンと来なかった、どうも話にオカルトな内容が多すぎる。 フーンの気持ちは分かっていたが、あえてモナ由は続けた。 「だから俺もその後、一時期おかしくなったモナ。気付いたときには妻と子は家を出て行った後、体は酒でボロボロになったモナ」 おかしいのは今でもじゃあないのか。そう言いたげなフーンの考えを見透かしたモナ由は、最後に付け加える。 「安心するモナ、俺も奴に関わる以外のオカルトな話は全く信じないモナ」 先の戦闘に参加した者のうち、判明しているだけでも、8人が精神に異常を来していた。モナ由もその1人だった。 そのうち半数が現場を全く見ていない者だったため、原因が解明されることは無かった。 そしてカウンセリングなどの治療が済んだと思った矢先、立て続けに3人が猟奇的な殺人を犯す。ほぼ衝動的な殺人だった。 殺人を犯した者以外は皆、野良しぃやちびギコを虐殺して心の安定を保っていた。 モナ由は、元来血を見るのが苦手だったため、野良しぃやちびギコにすら手を出すことはなかったが、その代わりに妻子に当たり、 職場では鬱の状態が続き、酒におぼれたのだ。 今でこそ元通りになっているが、その体験は戦闘の記憶と相まって、心に深い傷を刻んでいる。瞼の傷などは些細なものだった。 774 名前:That'Z ◆a1IJk6/hJk 投稿日:2006/07/23(日) 05:29:54 [ 3ot/24bE ] その21 僕を虐殺して下さい 不思議な感覚、だがギコ矢はそれが当たり前であるかのように、その感覚を受け入れていた。 (腕が痛てぇ、けど・・・) ”ド!・・・ン” 全ての手を打ち尽くしたぽろろが、ギコ矢の一撃の下に倒れた。普通の中段構えからの、普通の拳打だったが、極端に重く、速い。 ぽろろの顔は、ギコ矢が先ほど飛び込み打ちを見舞った周囲が完全に潰れ、グジュグジュと崩れていた。 ギコ矢はしぃ子を見やり、倒れたぽろろに背中を向けた。倒したはず、そう思っていた。しかし、 「僕を虐殺して下さい」 ぽろろは起きあがり哀願する。哀願、いや、それは呪詛と同じものだった。 心の中の水面が、炎の海に変わった。 「ずうぉあらああぁぁぁ!!!」 決着がついたはずのぽろろに向き直り、雄叫びを響かせながら、殴りかかるギコ矢。彼のその様子に、しぃ子すらもが怯えていた。 傷ついた手を、何度も叩き付けると、ぽろろの顔はそのたびに崩れていった。 目の様に見えた部位に指を突っ込み、えぐる。 (駄目だ)抑揚の無い声が頭に響く。 両目を一瞬にして潰すと、今度は潰れているはずの口に手を押し込み、アッパーの要領で腰を回し、顔の半ばまでを引っぺがす。 丸耳に手をかけると、それを掴んで自身の体を宙に持ち上げ、空中でトゥキックを打ち込む。 (これ以上は)ギコ矢にだけ聞こえているはずの声。 足がめり込むと、それを足掛かりにし、飛び上がりながら耳を引きちぎった。 その勢いでそのまま高く舞うと、上空からのカカト落とし、頭頂部が陥没した。 (早く止めないと)表情の無い声。 地上に戻っても更にラッシュを続け、右手の飛び出した骨すらも武器にして、ただひたすら殴り続ける。 もはや元の顔がどんな物であったかも分からないほど潰れたぽろろに、ギコ矢は最期の一撃を放つ。 (後はもう・・・)声はそこで途切れ、代わりに、 「僕を虐殺して下さい」 口は既に潰れて、どこから放たれたかは分からないが、間違いなくぽろろはそう言い、その願いはすぐに叶えられた。 ”ズブブッ”とギコ矢の左の貫手が、ぽろろの顔の中央を貫いた。ギコ矢が容赦なく踏み込むと、指先が後頭部まで貫通し、 そして遂にぽろろは息絶えた。 しぃ子は既に気を失っていたが、それで良かったのかも知れない。 いつの間にか空は暗くなり、月が森を照らす。弓張月の冷たい光が照らしたギコ矢の顔は、ぽろろの体液にまみれ、笑っていた。 (まだ、何か居る・・・) ギコ矢の虚ろとも混乱とも言い難い意識の中で、未だに炎は燃え続けていた。 (最も憎むべき者が、ここに居る、殺す) 憎しみ。それは心の火をどす黒く変えてゆく。顔の端までつり上がった口、幽鬼の様な眼。 黒く燃え盛る炎の切れ目に、憎むべき者は居た、動かない、格好の獲物だ。 ギコ矢は炎の切れ目を辿り、その”者”に歩み寄る。 ギコ矢はしぃ子の前に立ちはだかった。足下に居る”者”に狙いを定めると、ギコ矢は地面に対し垂直に、大きく突きの姿勢を取る。 間違いなくその拳は、彼女を狙っていた。ぽろろを貫くほどの突き、彼女が受ければどうなるかは明らかだろう。 砕けた右拳でだが、頭でも、胸でも、腹でも、狙う部位はギコ矢とって大して違いは無い。その”者”を仕留められれば、 どうでも良かった。だが、確実な死を求め、顔面に狙いを付ける。そして・・・ ”ブヲォン” 775 名前:That'Z ◆a1IJk6/hJk 投稿日:2006/07/23(日) 05:30:05 [ 3ot/24bE ] その22 救援 モラ仁は子供達と家族、そして隣人と共に里から下りていた。モラ仁と変わらぬ年の農家のアヒャ、牧場を営むつーと、 そこで育てられたワッシィやオニーニ達が、揃ってゆっくりと歩を進めた。モラ仁は、ギコ矢を助けると言って山に入ろうとしたが、 でぃ香に押さえ込まれたところ腰を痛め、渋々避難することにしたのだ。その中にギコ和の姿は無かった。 ギコ和は電話の無いこの場所での事態を伝えようと、必死で走り、村まで降りていた。 ギコ和が走り駐在警官に伝え、駐在は所轄署、所轄署から県警、県まで行くと、瞬く間に軍に派遣要請がかけられた。 名目上は災害派遣だが、武装した1個小隊が村までヘリで移動し、そこからは近傍の駐屯地から到着していたトラックに移乗する。 ありとあらゆる戦闘に堪えられる戦士が、茜色を通り越し紫色に染まった空を背に集結した。 彼らが山を登る頃には、空は紫から月夜に変わっていた。 状況 ギコ族の少年2名、同じく少女1名が、下山中にぽろろと遭遇。 少女が負傷し、少年1名が現場より離脱に成功、残る少年1名は現場に残った模様。 当部隊は分隊毎に現場まで移動、集合後に目標の追跡を開始する。 集合前に目標に遭遇した際は、応戦を以て他分隊への報せとする。 第1に目標の撃破、第2に少年達の救出を行う。 交戦及び攻撃に関する制限は無し。 部隊のほぼ全員が、暗視眼鏡越しの緑の視界に包まれている。 モナ由達の隊は、先遣隊4名を先行させ、4つの分隊に別れて山に分け入った。先遣隊が現場地域を確保すると、 後続の4個分隊が集結した。モナ由は、少年達の無惨な有様を想像していたが、そこにはそれらしき痕跡は無かった。 (血を流すことも許されず死んでいった奴らも居たモナ) 集合と同時に追跡にかかる。しかし追跡の先導をする、先遣隊のポイントマンのアヒャは妙なことに気付いた。 「隊長、痕跡が変アヒャ、少年と目標は判別出来たアヒャが、少女の足跡がないアヒャ、代わりに何かが這った後が有るアヒャ」 一同は息を呑んだ。少女が喰われてしまったのは想像が出来る、仕方のないことだ。だが、この這いずった跡が、 ぽろろの物だったとしたら、、、 「諸君、獲物が2匹に増えたところで、我々の戦いに何ら影響は無いモナ!」 低い声で飛ばされた檄に、隊員達は奮い立ち、追跡を開始した。 「隊長、アレを」 約2時間、徹底的な警戒を行いながら追跡を続けていた部隊が止まった。ポイントマンが何かを発見したのだ。 「これは、どういう事モナ?」 弱点とも言える、唯一攻撃が有効な顔状部が滅茶苦茶に潰れたぽろろ、そして原形を保った少年と少女。 這いずった跡は少女の物と判明したが、それよりもぽろろが息絶えていることに、その場に居た全員が驚いた。 無論この光景は、かつてぽろろと戦ったモナ由には、到底信じられないものだった。 776 名前:That'Z ◆a1IJk6/hJk 投稿日:2006/07/23(日) 05:30:19 [ 3ot/24bE ] その23 傷 ”パァン”静寂に包まれた森に、銃声が響いた。 「クリア!」 副官のフーンが自ら志願し、ぽろろの死亡確認を行った。死亡確認と言っても、至近距離から銃弾を撃ち込むだけだったが。 ぽろろの潰れた顔は、拳銃弾が1発撃ち込まれた程度では変わることがないほど、酷い有様だった。 未だに信じられないといった風にするフーンと、現実を受け入れているモナ由は出発前と同様に話し込んでいた。 「隊長、本当にギコ族の少年や少女が?彼らの華奢さは折り紙付きですよ」 「例外は何にでも有るものモナ。それに航空さんには現在、戦闘機乗りの卵のギコも居るという話モナ?」 「はぁ、確かに他には何の痕跡もありませんし、フーン、、、これが現実ですか・・・」 なんだか釈然としない、そんな感情がそのままフーンの表情には表れていた。 「両腕の貫通刺創に、右手が粉砕、左手も骨折。他打撲、切創多数。待てよ、頭にも打撲2カ所、内出血のおそれアリ、昏睡」 「女の子の方は、、、こっちも酷いな。右脛骨複雑骨折、右下腕単純骨折、打撲多数、意識無し」 2人を診断した衛生隊員は、すぐさま応急処置を施すと、モナ由の指示を仰いだ。 ヘリを待つよりも、自隊で搬送し下山した方が早いと判断したモナ由の指示により、応急の担架が作成され、2人は運ばれていった。 モナ由がギコ矢達を見送るその後ろでは、ぽろろの骸を官給品のデジカメで撮る隊員が数名居た。モナ由の指示だ。 その後は数名の隊員が、代わる代わるぽろろの監視を続けた。それは監視と言うよりも、儀式でも執り行うかの様でもあった。 隊員達は回収を待っているつもりだったが、払暁の頃には、骸は霧と一緒に森に溶けていった。 777 名前:That'Z ◆a1IJk6/hJk 投稿日:2006/07/23(日) 05:30:33 [ 3ot/24bE ] その24 平凡な生活 病院に運ばれたギコ矢は、3日後には目を覚ました。真っ先に目に入ったのは、泣きじゃくる義母とギコ和、微笑むモラ仁だった。 両手、両腕、頭の大きなこぶ、体全体が痛んだが、それも夏休みが終わる辺りには、ある程度までは回復した。 あの森でのことは、楽しいことしか記憶には残っていなかった。短い時間ではあったが物言わぬ母との語らい、晩餐の材料集め、 本当の弟のように懐いているギコ和との登山。義母からは、足を滑らせて滑落したのだと聞いた。 高校を出て、幸い都市部の大きな商社に採用され、独り暮らしを始める。 平凡な暮らし。 普通に会社に出社し、普通に仕事をこなし、普通に帰宅する。 帰宅する途中、公園に寄って、虐殺され残ったベビしぃやベビギコが居れば、拾って帰る。 彼女らは拾われたことを喜び、ギコ矢に抱かれて”マターリ”として短い生涯を終える。 ギコ矢は高級な柳刃包丁を使って彼女らを殺す。一撃で、労することなく殺すため、その後のため。 眠りながら延髄を貫かれ、一瞬で殺されたベビはまず毛皮を剥がされる。延髄に出来た穴からベリベリと、包丁を用いて。 かつて里で学んだことを”活かし”、足や耳の皮までも全て綺麗に剥ぎ取る。剥ぎ取る時には、”ビィィィィ”といい音が響いた。 肉の塊となったベビは処分する日まで冷凍し、皮は使用可能な状態に処理した。 (ガナ美さんちが先、しぃ花さんちが次か) 裁縫道具を取り出すと、処理をした皮に綿を詰め、ちくちくと縫う。目や口は縫いつけて塞ぎ、首にロープをかけて吊るして完成。 不気味なてるてる坊主状の物体は、人家に近付く街の野良しぃを追い払うのに大変効果的で、町内では予約待ちになっている。 金を受け取るでもないし、ただベビを殺すことの口実だ。一時期彼は自身でそう結論づけていた。しかし実際は違う。 破壊衝動?趣味?トラウマ?快楽? (何で俺はこんな事をしているんだ) そう思いながらも、今日も平凡な日々は続いてゆく。 何も分からなかった、今は。 【終わり】