紅い月

Last-modified: 2015-06-23 (火) 00:09:46
51 名前: 紅い月 1/8 投稿日: 2003/11/20(木) 23:04 [ mXavFtVk ]
ぴたり。
ぴたり。

手首から流れる紅いモノ
傷口は脈打つようにそれを吹き出す
壁に飛び散り、床に飛び散り、彼はそれを目で追った
不意にあるモノに目が停まる

埃を被った小さな箱
銀のリングがその中で彼を見つめていた

そっと手に取る
ぬるり、と滑り、それは音を立てて床に落ちた

なぜだったかな…
何時買ったのかも、誰の為に買ったのかも…

しぃ
僕は未だに君を忘れないでいる

ギコ
君は僕から奪ってしまった
僕の全てを。

52 名前: 紅い月 2/8 投稿日: 2003/11/20(木) 23:04 [ mXavFtVk ]

あの男…嗚呼、思い出しただけでも厭になる
私が心惹かれたあのヒト、彼はもう帰って来ない
誰のせい?私のせい?いえ違う、私は悪くない!

全てあの男のせいよ…

あの男が私から奪ったモノ
ええ、あのヒトよ!あの男さえいなければ…

今から行って殺してやろうかしら?
絞め殺して?刺し殺して?撃ち殺して?焼き殺して?

ああ、厭になる

この血。

53 名前: 紅い月 3/8 投稿日: 2003/11/20(木) 23:04 [ mXavFtVk ]

僕は何処に居るのだろう

古びたアパートは満月に照らされ、蒼く深く

手にはナイフ、滴る血
包帯を巻いても巻いても止まらない
いつもなら止まるのに

あの時もこうだった
彼女が部屋に入ってきて、ヒステリックに喚いて、僕の腹に包丁を突き立てた
何故だか分からなかったけど、ぼくはかのじょがかわいそうだとおもった

見覚えのある風景
見覚えのある匂い
僕の送ってあげた人形、まだあるかな

54 名前: 紅い月 4/8 投稿日: 2003/11/20(木) 23:05 [ mXavFtVk ]

あ…

『もしもし?僕だよ。今ドアの前に居る』

ああ…

あああああ…

あの男。あのヒトを奪っていったあの男。
殺しに来たんだ。私を。
あたしを怨んでいるんだ

あたしを怨んでいるんだ!!

逃げなきゃ、早く逃げなきゃ!
ま、窓が開かない!どうして!?
鉄格子が、どうしてこんなところに!

55 名前: 紅い月 5/8 投稿日: 2003/11/20(木) 23:05 [ mXavFtVk ]

彼が彼女と情緒に耽っている時に、僕がタイミング悪くノックしてしまった
彼女は悲鳴を上げ、病院中の人間に、彼女と彼が姦通している事がバレてしまった
ギコは解任され、しぃは脱走して僕を刺した。
僕は彼女と恋人同士だった。毎日見舞いに行っていた。
それなのに…それなのに!

彼は僕から彼女を奪った。
僕は彼女から彼を奪った。
そして彼女は、僕から愛を奪った。

僕は悪くない。
すべてはあのやぶ医者がわるいんだ。
ぼくをすてたあの女がわるいんだ。
ゆるせない。

56 名前: 紅い月 6/8 投稿日: 2003/11/20(木) 23:05 [ mXavFtVk ]

だ、誰か、助けて!
あの男が、あの男が!
ほら、もうこんなに血が出てる!

どうして誰も来てくれないの!?
私が何か悪い事でもしたの!?
私は被害者じゃないか!あの男の被害者じゃないか!

痛い、熱い、苦しい!
誰か助けて!

57 名前: 紅い月 7/8 投稿日: 2003/11/20(木) 23:06 [ mXavFtVk ]

「モララーさん、彼女はアレが来ると興奮するんですよ。気を付けてくださいね」
僕は深くうなずくと、その善良な看守から鍵を借りた。
何の疑いもなく、精神病棟の鍵を預けてしまった訳だ。

彼女の部屋は名札を見るまでも無かった。
僕は彼女を見て唖然とした。
頬はこけ、目の下に隈ができている。
枯れ枝のような腕はぶるぶると震え、鉄格子にしがみついている。

スカートの間からは、鮮血が滲み出ていた。
彼女はそれが僕にやられた傷だと、必死に僕に助けを求める。
僕は彼女を抱き締め、唇を塞いだ。
途端に僕は彼女を殺すのが惜しくなった。
でも、彼女が騒いだので、僕はナイフで彼女の腹を突き刺した。
口の中に生臭い血が溢れた。
僕はそれを一滴残らず飲んだけれど、きもちわるくてはいた。

58 名前: 紅い月 8/8 投稿日: 2003/11/20(木) 23:06 [ mXavFtVk ]

「これが僕の言える事の全てです」
若い医者は眉間に皺を寄せて、看護婦に耳打ちした。
「重度の精神異常者だな。弁護士に伝えてくれ」

彼はしぃの部屋にあった古びた人形を一瞥すると、それをゴミ箱に押し込めた。
「ふ、誰も損しない事件というのも珍しいものだ」
若い医者の名札にはこう書かれていた
「ギコ・ハニャーン」

モララーは精神病を患っているとの判決を下され、無罪が言い渡された。
彼は今、静岡郊外の精神病院に収容されている。