羨望

Last-modified: 2015-06-23 (火) 01:10:36
766 名前: 羨望 1/4 投稿日: 2004/04/17(土) 22:31 [ L4JoRzHQ ]

「ン…。」
眠りから覚めて、ゆっくりと目を開ける。
慣れた手つきでランプを付け、時計を見る。
13時25分。とっくに太陽は昇りきっているはずだが、この部屋は夜のように暗いままだった。
それもそのはず。この部屋には窓がない。外に通じるものは換気扇と、鉄のドアだけ。
ベットから降りると本棚からアルバムを取り出し、ページを開いた。
そのアルバムには、外で遊びまわるしぃを写した写真が、何枚も貼ってあった。
(”ビョウキ”になるまで、外がこんなに素晴らしいものだとは思わなかったな)
写真の中の幼い自分と今の自分を比べ、しぃは小さく笑った。
半年前。とある村で、奇妙な病が流行っていた。
ある日突然目の色が鮮やかな赤に染まり、太陽を見るとその目玉が焼けてしまう。
このままでは村の皆が感染してしまう、と感染源を探ったところ、あるしぃの家にたどり着いた。
近くの町の協力も得て調べたところ、一番最初に発病したのはこのしぃで、このしぃから村中に
感染していったことが判明した。しかし、何故このしぃは目玉が焼けなかったのか。
その疑問はしぃ自身の一言であっさり解決した。
「私、星を見るために昼間は寝て夜に起きてるの」

その日からしぃはこの部屋に隔離された。
これ以上感染するものが出ないように。
何も知らない人達が、光を失わなくて済むように。

767 名前: 羨望 2/4 投稿日: 2004/04/17(土) 22:31 [ L4JoRzHQ ]
いくつか、村長さんから教えてもらったことがある。

ひとつめは、この病気が空気感染するため私が隔離されたこと。
ふたつめは、太陽をみるとウイルスは死滅するが、道連れに目玉が焼かれてしまうこと。
みっつめは…自分が生かされている理由。
『君がなぜ生かされているかわかるかい?』
いままで病気の話をしていたのに、いきなり自分の話に変わり、しぃは少し驚いた。
『エ?』
『ワクチンを作るためさ。』
彼は嘲笑して言い続けた。
『まだ瞳が赤いままの人のためにワクチンを作らなきゃいけないんだ。』
『ワクチンを作るためにはウイルスが必要でね。』
しぃは目を輝かせた。ワクチンが出来れば、また外に出れる…!
すると村長のモララーはしぃをにらみつけた。
『糞虫にやるワクチンなんてないけどね。』
しぃは一瞬でも浮かれた自分を恥た。この人たちは、しぃを虫よりも低く見ているんだ。
ワクチンなんてくれるわけない。外に出れるわけないじゃないか。

768 名前: 羨望 3/4 投稿日: 2004/04/17(土) 22:32 [ L4JoRzHQ ]
冷たい壁に耳をあてると、かすかにチビギコの声が聞こえた。
とても楽しそうな笑い声。仲良しの子とあそんでいるのだろうか。
しぃは写真の中で笑っている自分をそっと指で撫でた。
(いいな…)
外に出たかった。もういちど太陽の光を浴びて、外で駆け回りたい。
鉄製のドアへ視線を移す。このドアさえなければ外に出れるのに。
この、ドアさえなければ。椅子をつかむと、ドアの前まで持っていく。
その椅子はしぃにとっては少々重いものだったが、力いっぱい振り上げる。
鼓動が早くなる。もしギャクサツチュウ…あの村長に見つかったら、いっぱい殴られるかもしれない。
手や足を、もがれてしまうかもしれない。でも。一目でいい。たった一目でいいから。
(もういちど空が見たい―――…!!)
椅子をドアに叩きつける。ガンッ!と予想以上に強い音がするが、ドアは少しへこんだ。
このままぶつけていれば壊れるかもしれない…しぃの顔が希望であふれる。
だけれどもう一度叩きつける前に、ドアが勢いよく開かれた。

769 名前: 羨望 3/4 投稿日: 2004/04/17(土) 22:33 [ L4JoRzHQ ]
「ア…」
先ほどとは反対に、しぃの顔が青ざめる。
「この糞虫がァァァ!!」
「シィィィィ!?」
感染しないように防護服を着た村長が、しぃに殴りかかった。
「てめえが外に出たらどういうことになるのかわかってるのかこの虫は!!」
しぃの顔や腹などを殴りながら、思い切り怒鳴りつける。
「今外で子供達が遊んでるんだぞ!感染したらどう責任取るつもりだ!?」
「ゴメンナサ…イ…」
「聞こえねーな!?え!?」
そう言って、ただひたすら殴り続けた。

「フン…」
一時間はたっただろうか。
ひとしきり暴行を加えた後、モララーは満足したのか部屋から立ち去っていった。
痛む身体を押さえ、ベットに潜り込む。壁に耳を当てると、まだチビギコたちの声が聞こえた。
「また明日遊ぼうデチ!」
外で自由に遊べる彼らが、羨ましい。
孤独になることもなく、友達と楽しそうに過ごす彼らが羨ましい。
(ああそうか)
しぃの目から涙があふれた。
(私はこれからずっと、孤独と羨望にまみれて生きていくんだ)
そして彼女はもう見ることのない空を夢見て、眠りに付く。
鳥籠のような、冷たい部屋の中で。