耳殺ぎの家

Last-modified: 2015-06-23 (火) 01:12:41
770 名前: 耳殺ぎの家 1/15 投稿日: 2004/04/18(日) 02:38 [ rANiTdlQ ]
盲目な旅 の続編

5年ほど前の事でした。
この村で大量虐殺が行われました。
今では、この村の生き残りは誰一人いません。
唯一、生き残っていた私も、2年前に殺されてしまったからです。
この村の慰霊碑に仲間と同じく弔われた私は、じっと、人を待っています。
一人生き残り怯えていた私を愛してくれた彼らを私は此処で待っているのです。

771 名前: 耳殺ぎの家 2/15 投稿日: 2004/04/18(日) 02:39 [ rANiTdlQ ]
春のうららかな昼下がり、桜満開の今は無き村に二人の親子が訪れました。
それは、私の死を受け入れない夫と、殺される私を見つめ続けた娘です。

「どうも、お久し振りです。ほらベイビー…お前も手を合わせなさい」

無表情で言葉を持たない娘に、夫が慰霊碑に向かって手を合わせる事を教えています。

「前も言ったけれど、ここには、ママの家族や友達が眠ってるんだよ…。もしかして
今度こそ、ママが帰ってるんじゃないかと思ったけど、やっぱり誰もいないし、
誰か居た跡もないねぇ…」

彼の言う通り、この村の跡地には何にもありはしないのです。
元々不便な土地で、人の出入りの少ない村でした。
だけど私はこの村が好きで、町や街に降りる事なく、この狭い世界で
一生を終えるのだと信じていました。
それが、たった一人のモララーの襲来で全てが一変したのです。
あれはそう、5年程前の事でした。

772 名前: 耳殺ぎの家 3/15 投稿日: 2004/04/18(日) 02:40 [ rANiTdlQ ]
一面に広がる死体の山。
それらは、ほんの数時間前まで、私の家族だったり友達だったりした。
だけど、皆、今は意味の無い塊。
私は一人ぼっち、虐殺者の影に怯えながら走った。
恐ろしい声が耳に響く。

「君の目が映した最期をいつまでも覚えるんだ…。僕の伝説の語り部に
君は選ばれたんだよ?コレはとても光栄な事なんだ」

一人のモララーが私の村を滅ぼした。
私達の何処に非があったのかは分からない。
きっと、理由はしぃに生まれついたから、そして奴がモララーだったから、
それだけで済まされてしまう至極簡単な事に違いなかった。

走って走って、遂につまずき、身体が土にまみれた時、モララーの足が視界の端に映る。

「お願い、殺さないで…助けて…」

起き上がった私は手を合わせ、ひざまずき、昨日まで存在すら知らなかった、
そのモララーに命乞いをした。

「…君、人の話をちゃんと聞いていたかい?語り部に選んだって、言っただろう?
まぁ、選んだっていうより、この村の生き残りが君だけになっちゃったって
だけなんだけどねw」

モララーはまるで、お菓子を食べ過ぎてしまったと反省するような気軽さで、
私に向かって笑いかけてくる。

「私だけ…嘘…そんなはず……」

さして大きくはない村だったけれど、それでも50を超える村人達が
此処で暮らしていたはずだ。
それが、もう、誰一人いないなんて、信じられるはずがない。

「僕が嘘をついて、何の得がある。見てみろ、揺らめく木々、飛び交う鳥、
動くのはそんなものだけだというのが分かるはずだ。此処で動くAAは、もう、僕達だけなんだ」

モララーは両手をひろげ、大空を仰いだ。
私はそんなモララーを震えながら見上げる事しか出来ない。

「もう一度言うよ…僕の伝説の語り部に君は選ばれたんだ。
とても光栄な事だと感謝しながら、君は目に最期を映さなきゃならない…」

モララーが愉しそうに笑いながら、私を見下ろした。

「最期??私はやっぱり死ぬの?」

身体の震えは、一向に止まらない。
心臓の音に合わせて、ドクドクと流れる血の音まで感じられるほど
私の緊張は高まっていた。

773 名前: 耳殺ぎの家 4/15 投稿日: 2004/04/18(日) 02:41 [ rANiTdlQ ]
「いいや、語り部と言っただろう?君には僕の勇姿と、この村の素晴らしい
虐殺風景を語って欲しいんだ…。そして、出来るだけ素晴らしい語り部に
なってもらいたい。
ただ…、そのためには今後、君の心を動かすような何かを見られたら困るから……」

モララーが私の右腕を痛いほど握り締め、目をグッと覗き込んでくる。
恐ろしさで逃げ出す事も出来ない私の目の前に、研ぎ澄まされた爪が迫った。

「シィィィィィィィィィィィィィィ―――――」

自分の声で自分の耳が壊れるかと思うほどの、甲高い半角の叫び声。
その声を聞きながら、なお、モララーは愉しそうに笑っていた。

「さぁコレでイイ…。君の目に最期に映ったのは僕と、この村。いつまでも
この最高の惨劇を語り継いでくれよ??一晩で滅んだ村の生き残りの語る、
素晴らしい、このモララー様の偉業をね…」

目からとめどなく、液体が溢れる。
ズキズキと痛む目と、掴まれたままミシミシと音を立てる腕に意識を失いそうに
なるけれど、今、気を失えば殺されてしまいそうで、私は必死にあがいた。

「ハナシテ… ハナシテ… タスケテ オネガイ タスケテ… コロサナイデ…」

口からこぼれ出るのは切れ切れの訴え。

「ったく、何回、言えば、分かるんだよ?頭悪い、女だな…。しぃだから
仕方ないのかもしれないけど、お前は殺さない、俺を称えるために生かしてやるって
言ってるだろ!イイ加減、分からないなら、面倒だし、マジで殺すぞ?」

モララーが頬をガンっと音が鳴る程に強く殴った。
そして、私の耳を掴み、再び『僕の伝説の語り部になるんだ』と囁く。

「……ハイ…」

私はモララー曰く偉業らしい、村の虐殺事件の生き残りとして、コイツの恐ろしさを
語り継がなければいけないのだ。

「もし、お前が、僕を語るのをやめて、幸せに暮らしてみろ…。もう一度、
新たな伝説を作りに逝ってやるからな…」

モララーが私の目の傷を指でなぞる。

「イタイ… オネガイ… ヤメテ… シィィィィィィ!」

目を抉られそうになり、私は必死で腕を振り払い後に飛びのいた。
振り払った腕に力が入らない。
もしかしたら折れたのかもしれないけど、そんな事は関係なかった。
私は動かない腕に構わず、血なのか涙なのか分からない、生温かい何かを
頬に感じながら、見えない世界を必死で駆ける。
山道を何時間も、もしかしたら何日もの間、必死で上り下りして、ようやく地面が
平らで滑らかになったのに気付いた時、私の全身の力が抜けた。

774 名前: 耳殺ぎの家 5/15 投稿日: 2004/04/18(日) 02:42 [ rANiTdlQ ]
どうやらアスファルトの道らしい所で動かない身体を横たえていると、
冷たい小雨が降ってきて、身体のいたる所に出来た擦り傷にジンジンと染みる。
モララーに握られた右腕は動かないし、あの鋭い爪を最後に視界は真っ暗になっていた。
動かない腕や見えない目から来る大きな痛みと、山道を這いずり回ったせいで出来た
擦り傷の小さな痛みが、冷たい雨にうたれている内に段々と麻痺してくる。

「このまま死ぬのかしら…」

何処なのかも分からない見知らぬ土地で、雨にうたれて朽ち果てる自分を想像すると、
いっそ、あの村で潔く、仲間や家族と共に死んでいた方が
幸せだったのかもしれないと思えてきた。

「こんな事になって…幸せになれるわけ無いじゃない…」

私が伝説の語り部になるのを忘れて幸せになったら、再び伝説を作りに来ると
モララーは言っていたけど、私は恐らく、このまま死ぬだろう。
幸せになる所か、伝説も語らずに死んでいくのだ。
伝説を誰にも語っていない事で少しだけあのモララーに一矢報いた気分になって、
私は静かに目を閉じる。
元々、見えない目を閉じるのは不思議な感じだったけれど、疲れていた私は、
冷たいアスファルトの上でも充分に眠る事が出来た。

775 名前: 耳殺ぎの家 6/15 投稿日: 2004/04/18(日) 02:43 [ rANiTdlQ ]
「ベイビー、オニギリ美味しいかい?そうか、良かった…。だけど、ママは
ここにもいないのだとすると、一体、何処に行ったんだろうね…」

私の死を一向に受け入れられない夫は、静かに頷く娘に向かって、
溜息混じりに呟きました。
彼には、本当に悪い事をしたと思っているのですが、今の私では何の償いも
する事が出来ません。

「こんなに桜が綺麗な土地で、5年前に起こった虐殺…。彼女の傷が
あんまり綺麗に消えたから、心の傷も……そう思った僕が悪かったのかな…
目を治そうなんて…僕が言い出さなければ…」

暗い顔で手に握ったオニギリを見つめる彼に、見えないのを承知で、
私は何度も頭を下げました。
確かに、最初、私は目を治す事を拒否していましたけど、最後は自分でソレを
望んだのです。
目を治した事も、彼に殺された事も、何一つ後悔していないし、それ所か
感謝していました。
だけど、私が取った行動が、こんなにも二人に深い傷跡を残すなんて…。
幸せになった罰は、私だけに下れば良かったのにと、それだけが悔やまれてなりません。

776 名前: 耳殺ぎの家 7/15 投稿日: 2004/04/18(日) 02:43 [ rANiTdlQ ]
あのまま朽ちるとばかり思っていた私だけれど、一人の男性に助けられ、
一命を取り留めた。
傷だらけの私を介抱してくれたのは、とてもとても優しい人。
介抱してくれた男性の声も手の感触も、あの伝説を作りたがった
虐殺モララーにそっくりで、私は最初、あのモララーが私を監視に来たのかと
怯えっぱなしだった。
けれど、彼は違う。
怯える私を包み込むような穏やかな雰囲気、見えない私を気遣った
ユックリとした動き、虐殺モララーと彼は似て非なるものだった。

私に怖がられると思っているのか、自分の種族を明かさない彼に
プロポーズをされて、恐らくモララーであろう彼と家庭を作り、娘にも恵まれた。
私はまさに幸せの絶頂。
そんな時、彼から一つの提案が持ち込まれた。

「ねぇ、ママ…。ベイビーの顔を見たいと思わないかい?」

すやすやと眠るベイビーの頭を撫でながら、彼の話をソファーで聞く。

「ええ、パパ…見たいとは思うけど、私の目では無理だわ…。でも見られたら
幸せでしょうね…夢のような話だけれど…。だけど、見えないのは別に
嫌な事じゃないの…。だって、見えなくたって、私はとても幸せですもの。
イイ旦那様と可愛いベイビーがいるからね…」

たわいも無い雑談の一つだと思って、私は彼への感謝をこめつつ気軽に答えた。

「それがね、夢で終わらないかもしれないんだ…。凄腕の眼医者が隣街の
大学病院に赴任してきたんだ!もちろん、無理って言われるかもしれないけど、
診察に行ってみよう?駄目元でも、もしかしたら…見える可能性があるんだ!」

彼の嬉しそうな声。
でも、私は、怖かった。
未だ、彼の口から、はっきりと種族がモララーだと聞いた訳じゃない。
もしかしたら、私は、彼の顔を見た途端、村の事を思い出して
取り乱してしまうかもしれなかった。

「そう、凄いわね…でも、私、手術は怖いから…診察はイイわ…」

そう言って彼の提案を軽く流した私だけれど、彼は挫けず何度も私を説得してきた。
そして、遂に根負けした私は、診察だけど断って病院へと連れ出される。

結果は、難しい手術だが、治る見込みがあるというものだった。

「せっかくだけど、やっぱり怖いの…。ゴメンネ…ベイビーやパパの顔を
見られないのは残念だけれど、このまま盲目でいさせて…」

私は泣いて彼に謝り、彼はそんな私を寂しそうに受け入れてくれた。

777 名前: 耳殺ぎの家 8/15 投稿日: 2004/04/18(日) 02:45 [ rANiTdlQ ]
そんな風に、家で眼の手術の話が、ほぼタブーとして触れられなくなったある日。
墓参りがわりに村の慰霊碑を訪れに来た時の事だった。
うららかな昼下がり、ベイビーとパパは二人で辺りを散策に出かけ、残った私は、
慰霊碑を前に一人静かに祈る。
そんな私の背後に、おぞましい殺気が駆け抜けた。

「やぁ、元気そうだね…。優しい旦那さんと可愛い娘に囲まれて、幸せの絶頂って
所みたいだけど、『伝説』はどうなったのかな?もしかして語るのに飽きて、
娘に語り部を伝承させる気かい?」

彼と村を滅ぼしたモララーが似ているなどと、何故、思ったりしたのだろう。
久し振りに会った、その虐殺モララーの一言、一言が私の全身の毛を
逆立てるほど恐ろしかった。

「娘は…関係、ないわ…語り部も…忘れた訳じゃない…。」

モララーに背を向けたまま、何処からか私達家族を見ていたらしい奴に弁解をする。

「そうかな?僕には、全てを捨てて、安穏と暮らそうとしているように
見えたけれどね…。それに、目を治そうとしていたって聞いたよ?せっかく最期が
焼きついた目を、治すだなんて、冗談だよね?まさか、家族や友達の顔を
忘れたいだなんて薄情な香具師なのかい、君は?」

モララーの足音で奴が私の背後から前へと近付いたのを感じた。

「違う…そんなんじゃ…」

前にやってきた奴に何をされるのかと怯えていると、奴の手が私の頬に触れ、
どうやら目を覗き込んでいるらしい。

「…ふーん…。ああ、そうだ、せっかくだ…目を治してもらえよ…。治った目を
僕がもう一度裂いてあげる。そうすれば、君はきっと、役目を思い出すはずだ。
コレは命令だ。目を治して、もう一度僕に裂かせるんだ。さもないと、
君の娘が新たな語り部になるよ?」

私が静かに頷くと、奴は満足そうに笑いながら去っていった。

その後、ベイビーを連れて帰ってきた夫に、様子がおかしいと問いただされたけれど、
私は、奴の指示に従うためだけに口を開く事しか出来ない。

「ねぇパパ…私、手術を受ける事に決めたわ…」

夫は、その決意を慰霊碑にしたために、私が疲れたのだと解釈してくれた。

778 名前: 耳殺ぎの家 9/15 投稿日: 2004/04/18(日) 02:45 [ rANiTdlQ ]
手術自体にはかなりの時間を要したけれど、包帯が外れるのは、案外早いものだった。
手術の翌日、先生と看護士と、そして彼とベイビーの立会いの元、
私の包帯が解かれていく。
くるくると解かれる包帯の感触にドキドキしながら、私は、彼やベイビーには
悪いと思いつつ、死ぬ覚悟を決めていた。
いずれ私は、あのモララーに殺される。
だけど、アイツが愉しい思いをするなんて冗談じゃなかった。
だから、私は、彼とベイビーの顔を見たら、奴の虐殺欲を満たせないように
自殺してやろう。
潔く死んで、アイツに歯痒さを感じさせてやろうって考えていた。

私が無責任に自殺してしまうと、残されたベイビーや彼に被害が及ぶ可能性もある。
でも、きっと、私の子供や夫として一緒に暮らすよりも、被害の確立は
少ないに違いなかった。

「ゆっくり目を開いて下さい。最初はぼんやりかもしれませんが、少しずつ
視力が戻ってきているはずです。どうですか?見えますか?」

先生が私に優しく問い掛けてくる。
目の前に広がるぼんやりと白い空間、私の目は再び視力を取り戻していた。

「ママ?私が見える?」

ベイビーが私を見上げている。
私によく似た、でも私なんかよりずっと愛らしい利発そうな子だ。

「しぃ、僕が見えるかい?」

聞き慣れた夫の声。
その声に上を向くとモララーが立っていた。

「まだ、よく、見えないわ…」

本当は見えている。
でも、見えたと言った瞬間、私はかねてからの計画を実行しなくちゃいけなかった。
私はまだ、彼を見つめていたい。
だから、嘘をついた。

「そうか、まだ、よくって事は、少しは見える感じなんだよね?」

あの虐殺者と同じモララー種のはずなのに、夫である彼は情けない位に心配そうな顔で
私を見つめている。
本当に穏やかで優しい中身と同じくイイ人そうな、この夫を、これから私は罵るのだ。

「そうね…きっと。…ああ、段々、光になれてきたみたい…ベイビー、もっと
近付いてもイイかしら?」

ベイビーの顔をしっかりと覚えておこうと、彼女を覗き込むと、
本当に楽しそうな笑顔で私を見つめてくる。

「ママと目があったよ!見えてるんだ!」

私と目があったのが嬉しいとベイビーがはしゃいだ。
コレを言われてはアウト。
私の目が見えた事に気付いた、夫の期待の視線を感じた。

779 名前: 耳殺ぎの家 10/15 投稿日: 2004/04/18(日) 02:46 [ rANiTdlQ ]
「パパもそこにいるの?」

ごめんね、アナタ。
元々あまり、イイ妻じゃなかったけど、最後の最後にとても酷い事を
アナタに言います。
私を恨んで構わないから、後を追ったり、ヤケを起こしたりしないでね。
アナタと暮らした3年間。
私は確かに幸せでした。

「あ、ァアァァァァァ!イヤァァ…イヤァァァァァ!」

あの時、虐殺モララーに責められ、殺されて逝った家族や友人の断末魔を
思い出しながら、必死に半角で叫ぶ。
頭を振って、ベッドから転げるように床にへたりこみ、逃げ出すためには
他者をも省みない取り乱した姿をさらすため、ベイビーを突き飛ばした。

「ママ??ママ!どうしたの?ママ―っ!パパ、どうしよう…ママが…ママが…」

ベイビーが叫ぶ。
酷いママでごめんね。
ママみたいな酷い人の事は忘れて、どうか幸せになってねベイビー。

「…モララー?? ヤメテ! コナイデ! モ、モウ…イタイノハ… イタイノハ イヤナノ! オネガイ! イヤァァァァ!」

彼が私に近寄ろうとしたのに気付いて、私は半角の金切り声を搾り出した。
ベイビーの泣き声と、床を這いずり回って自分から逃げようとする妻の姿に、
彼は何を思ったのだろう。
彼は困惑した顔で、頭を抱え、動きを止めていた。

「畜生…何で、そんな目で僕を見るんだ?何で、ベイビーを突き飛ばしたんだ?」

再び動き出した彼の挙動がおかしい。
まるで狂ったようにブツブツと、私に問い掛けるように何かを呟いていた。

「コナイデ ギャクサツチュウ!」

腰の抜けたふりで、彼が近付いてくるのをジッと待つ。

「そうか、お前、偽物だろう?」

彼の手が私の首にかかった。

「シィニ… シィニ ヒドイコト シナイデェ!」

どうやら私の最期は自殺でなく、愛しい人に殺されるらしい。

「偽物は必要ないよね??」

私を殺そうとしている夫の顔は、笑っているのに酷く悲しそうだった。

「シィィィィィィィ!」

私はこんなに辛そうに、人を殺す人を見た事が無い。

「パパ??ママ??二人ともどうしたの!お願い、やめてぇー!ヤメテェー!ヤメテェェェェェェ!」

ベイビーの悲痛な声が聞こえてきた。
半角で叫びだしたベイビーの声が遠い。
私はどうやら、もうすぐ死ぬようだ。
彼がまさか私を殺しにかかるとは思わなかったけど、彼の顔を見ながら
死ねるなんて幸せ。
ああ、こんな事を考えてしまう妻で、本当にごめんなさい。
だけど、私を殺せるなら、きっと、虐殺モララーが責めてきても、アナタが
ベイビーを守ってくれるわよね。

私を罵るアナタの声も、必死で叫ぶベイビーの声も聞こえない。
蘇るのは、あたたかな我が家での思い出ばかりだ。
語り部になれと囁いた奴の声から耳を殺いで、必死に幸せに浸ろうとしていたあの頃。
最近では、無くしたのは目じゃなくて耳だったのじゃないかと思うほど、
あの声を思い出さなくなっていた。

でも、思い出さなくても、やっぱり過去はなくせない。
ありがとう、アナタ。
幸せでした。
どうかアナタも幸せになってね。
私の目に最期にベイビーとアナタが映った幸せを噛みしめながら、私は息絶えた。

780 名前: 耳殺ぎの家 11/15 投稿日: 2004/04/18(日) 02:50 [ rANiTdlQ ]
「そろそろ逝こうか…。もう一度、手を合わせてから逝こうね」

オニギリを食べ終わった夫と娘が立ちあがり、慰霊碑に別れを告げています。

「やぁ、どうも…チビしぃとモララーとは珍しい組み合わせですね…。
何をされてるんですか?」

慰霊碑に手を合わせる二人の後ろに、奴がやってきました。

「ああ、どうも。実は、ここに妻の友人と家族が眠っているので
手を合わせているんです」

奴の不穏な気配をいち早く感じ取ったらしい娘が、夫の足の後に隠れます。

「ほー、奇遇ですね。僕も此処に用があったんです。会いたい香具師がいましてね…。
まぁ、もう、死んでいるんですが…あんた等も、よく知ってる香具師ですよ」

奴はニヤニヤとした笑みで、品定めでもするように、夫と娘を上から下まで
見回していました。

「知っている?もしかして、何処かでお会いしましたっけ?申し訳ありませんが、
どうも記憶にないのですが…」

震え始めた娘とは対象的に、夫はあくまで紳士的な態度で奴に尋ねています。

「直接、お会いした事はありませんでしたが、僕らは同じメスを共有した仲ですよ…。
もしかしたら、この子も僕の娘かもしれない位のね…」

クスクスとありもしない事を夫に吹き込みながら、娘の頭を撫でる奴を止めたくても、
私にはどうする事も出来ないので、ただジッと成り行きを見守っていました。

「…な!しぃを知ってるのか?」

娘に触れる手を振り払いながら、夫が気丈な声で奴を問い詰めます。

「知ってるも何も、あの目の傷をつけたのは僕ですよ?まぁ、最期のとどめは
あんたに取られちまったけど、こんな事なら、あの時、君を語り部にしておけば
良かったなぁ…。なぁ、喋れないんだって?死ぬ直前まで追い詰めたら
声も出るんじゃないのか?なぁ??」

夫が目の前にいるのが、この村を滅ぼした張本人と気付いて驚いた隙をついて、
娘が奴の手に連れ去られました。

「おい、ベイビーを離せ!」

愉しそうに娘を腕の中に抱いた奴に向かって、夫が強い口調で怒鳴ります。

「イヤだね…。アレを語り部にする事も出来なかった上に殺し損ねたんだ。
娘くらいは俺に寄越せよ…。アイツの死に際はイイ顔だっただろ?
目を裂いた時の表情もたまらなかったもんなぁ…」
「何を…言ってるんだ…?」

私を殺した事を認識してない夫は、不安そうに娘を気遣いながら、奴を睨みました。

781 名前: 耳殺ぎの家 12/15 投稿日: 2004/04/18(日) 02:51 [ rANiTdlQ ]
「ああ、そうか。覚えてないんだったっけ…。こうすれば思い出すんじゃないのか?
君の握った首はしなやかだったろう?」

奴は夫の手を、無理矢理に娘の首へと導きます。

「死に際…?首…?この感触…僕は…僕が……しぃを…ウワァァァァァ!」

夫が何かに気付いたように叫びました。

「ほら、どうやって殺したんだ?俺の獲物の最期を教えてくれよ?何なら、
実演でもイイんだぜ?」

娘を差し出し、奴が夫に虐殺を勧めます。

「僕が妻を殺した?そんな…そんな事、あってイイ訳ないだろ!ふざけるなぁっ!」

夫は腕を振り上げ、奴に飛び掛りました。

「自分がした事に逆ギレしてるせいか、攻撃がぬるいな…。まぁ
虐殺の年季も格も違うせいかもな…。しかし、残念だ。君とは友達に
なれるかもしれないと思ったんだけどね…」

奴は夫のコブシを軽くかわして、逆に夫を殴り、地面にへたりこんだ彼を蹴り上げます。

「うぐぅ…」
「イイ様だな…ああ、そうだ。娘の死に顔も、特等席で拝ませてやるよ」

うめき声をあげる夫を踏みつけ、奴が娘の顔を夫の前につきつけました。

「ベイ…ビー……」

「俺があんたの背骨を折るのと、このガキの首を絞めきるの、どっちが先かな…。
やっぱり、死に顔をお前に見せるの勿体無い気がしてきた。俺が最期を
見届けてやるよ、ベイビー??」

奴がニンマリと娘の名を呼んで、娘の顔を覗き込みます。

「…お前がママを傷つけたのね…。そして今、パパも殺そうとしてる…」

ベイビーは息苦しいのか、少し青褪めた顔で、それでも奴を睨みました。

「喋れたのか??だが、残念だが、叫んだ所で、助けなんか、こんな山奥じゃ来ないぜ?
どうする、ベイビー?」

喋れても無駄だと、奴が娘を嘲笑います。

「何も口は、喋るだけのモノじゃないわ…」

ベイビーは暴れながら奴の腹を蹴り、奴がひるんだ瞬間、耳に歯をたてました。

782 名前: 耳殺ぎの家 13/15 投稿日: 2004/04/18(日) 02:52 [ rANiTdlQ ]
「何すんだよ!アフォしぃの糞ガキが!」

耳を一部、千切られ奴が耳を手で押さえながら叫びます。

「あら、私、アナタの娘かもしれないんでしょ?なら、虐殺モララーらしい事を
したってイイんじゃない?」

娘の顔に、恐ろしいほど残酷な笑みが浮かびました。

「てめぇみてぇなヴァカが俺の娘な訳、ねーだろ!」

娘の笑みに奴が震えながら怒りをあらわにしています。

「そう、良かった。私も、アナタみたいなパパは願い下げだわ…。ねぇ…私のパパを
いつまで踏んでるの?こんな行儀の悪い足は、ちょっと、躾直すべきじゃない?」

娘は小さな身体を活かして奴の背後に回ると膝裏を責め、奴を地面に転がしました。

「テメェ!絶対に殺して……グアァァァ!」

娘が仰向けに倒れこんだ奴の首にまたがり、耳を容赦なく引き千切ります。

「ウルサイのって、耳がなくなって、音が聞こえないと少しは静かになるの?」

喉に座った娘は、奴の首を足で徐々に絞めながら、顔を覗き込んでいました。

「何しやがる…この…」

奴は苦しそうに喘ぎながら、なお悪態をつこうとしています。

「ああ、やっぱり耳を取っても騒ぐのね…。私がされたみたいに、口を閉じて
あげられたらイイけど、残念だけど、針も糸もないの。だから、黙れないなら、
死んでね?」

娘が、まるで可哀想なモノを見るような目で、奴を憐れむように笑いました。

「何で、この、伝説の虐殺モララー様が、チビしぃに殺されなくちゃいけないんだ!
冗談じゃねぇ!」

娘の笑顔に、必死に奴が叫びます。

「私は見た目はしぃだけど、ちゃんとモララーの血も通ってるわ。安心して、
別にしぃに殺される訳じゃないわ…じゃぁ、バイバイ…。向こうに逝ったら、
ちゃんとママに謝ってね…」

娘は何のためらいもなく、奴の眼球に指を刺しこみ、そのまま目を抉るのではなく、
その先まで指を埋め込んで、子供とは思えないほど愉しそうに笑いました。
その笑顔は、夫のような虐殺にためらいのある顔でなく、奴に似た幸せそうな笑顔です。

「ガァァァァア――ッッ!!!!」

大きく奴は叫び、激しく痙攣を繰返すと、娘に脳をかき回されながら、遂に
最期を迎えました。
娘はしばらく荒い息で、奴にまたがったまま放心してしまいました。

783 名前: 耳殺ぎの家 14/15 投稿日: 2004/04/18(日) 02:53 [ rANiTdlQ ]
「ベイビー…大丈夫かい…?」

夫の声に、娘がビクリと身体を震わせます。

「…大丈夫だけど…パパこそ大丈夫?……ゴメンネ、パパ。私、本当は…」

奴を嬲り殺した娘は、表情をふっと子供らしいものに戻すと、
倒れている夫を抱き起こし、謝り始めました。

「いや、謝るのは僕の方だ…。すまない、ベイビー…探していたママは僕が…」

起こされた夫は、娘の謝罪を止めると、自らの謝罪を始めます。

「イイの、全部知ってて私はパパについてきたの……ねぇ、次は何処へ逝くの?」

娘は少し困った表情で夫を見た後、楽しそうに笑って目的地を尋ねました。

「そうだな…今度は、僕らが幸せに暮らせる家を探しに逝こうか…」

夫と娘は、真実を白日にさらし、その上で、新たな旅路歩む事を選ぶようです。
帰る家を持たない二人が、あてもなく再び旅路を歩み始めました。

784 名前: 耳殺ぎの家 15/15 投稿日: 2004/04/18(日) 02:54 [ rANiTdlQ ]
五年ほど前の事でした。
沢山の仲間の亡骸を見捨て、私は一人、この村から逃げ出しました。
虐殺厨に滅ぼされ、誰もいなくなった村を訪れる人はいません。
唯一、生き残っていた私も、自ら死を選び、この村の人間はもう誰一人
いなくなりました。
死後、この村の慰霊碑に仲間と同じく弔われた私は、此処で、じっと、
人を見送っています。
自ら命を絶った私には、恐らく最期の訪問者となるであろう私の家族を、
此処で見送る事しか許されていないのですから。


耳殺ぎの家 ~終~