臆病な虐殺

Last-modified: 2015-07-08 (水) 04:09:57
792 名前:とよ 投稿日:2006/06/13(火) 23:24:46 [ vK65DGJk ]
題「臆病な虐殺」


ごうごうと音を立てて黄色い光が通り過ぎる。
僕は、最終列車が通り過ぎてしまったことを確認して草むらから這い出した。
線路脇の電灯に照らされた空き地には雨の音だけが響いている

僕の足元に転がっている薄桃色の生き物、こいつは‘しぃ’と言う。
ふわふわした毛並みは雨にぬれて縺れ、血と泥で汚れている。
いたるところに切り傷があり、背中からナイフの柄が突き出している。

傷口のひとつに指を這わすと、小さな体がビクリと動いた。
誰かに見られていやしないかと後ろを振り返るが、誰もいるはずはない。
周りは田畑、街からも遠い。 こんな時間だから車すらも通らない。 
いや、それ以前に人目を気にする必要さえないのだ。

この町では日常的にしぃが虐殺されている。
繁華街のゴミ捨て場、シャッター街の電信柱の蔭、空き店舗 いたるところにしぃの死体が転がっていて、それらはいつのまにか片付けられていたりする。
余談だが、しぃの死体を処分するバイトは結構いいお金になるらしい。…ウワサだから当てにはならないが、片付ける係りがいるのは事実だろう。
とにかく、しぃ虐殺なら人目など気にせずに堂々とできるのだ。
しかし、僕は決まって人目を避けている。

見られたってどうなるわけでもないのだけれど、とにかく見られたくない。


果物ナイフを勢い良く引き抜き、その手を肩の高さまで振り上げる
「チィィィィィィ…!!!!!」。
うなじを掴むと、しぃは肩をすくめて小さく震えた。
僕はそのまま三回ほどナイフを振り下ろし、柔らかなわき腹をえぐった。
「チィイ!」
そしてふらふらと立ち上がると、線路脇の仄明かりにしぃの体をかざす。
「…チィ」

血と云うものはこんなにも鮮やかなのだろう。本当に自分の中にもこういうものが流れているのか。それにしてもこれが月夜だったらどんなに美しいだろうか……
そんなことを考えながらしばらく立ち尽くしていた。ナイフもいつの間にか地面に落としていた。
相変わらず雨は降りしきっていて、しぃの体を伝った雨水は赤く染まって地面に滴る。
そろそろ腕がつらくなってきたので、僕は掴んでいたものを地面に仰向けに下ろした。
そしてはじめて、それが口から血を吐いていることに気が付いた
僕はかがみこみ、シャツのすそで しぃの口元に付いた血をぬぐった。

「アガ…ァァァ!!」
再びナイフを手に取ると、反対の手で頭を掴んで左目を抉り出した。
赤黒い血が穴の奥からあふれ出た。僕は再びそれをシャツでぬぐった。
僕が手を離すと、しぃは左目があったはずの場所を両手で覆い、地面に崩れ落ちるように倒れた。
弱々しくすすり泣く声が聞こえる。
雨音にかき消されてしまうはずのその声は、耳の奥に染み付いた。

それほどまでに、ここは静かなのだ。

793 名前:とよ 投稿日:2006/06/13(火) 23:25:41 [ vK65DGJk ]
街でしぃをなぶっていると、自然と人が群がってくる。
楽しそうに眺める人、もっと過激にと野次を飛ばす人…
ぼくは、人がいっぱいいるのがあまり好きではない。たくさんの人の声を聞いていると頭が痛くなってしまう。
特に彼らの声は頭にがんがん響く。しぃの声はカンに障るとよくいうけれど、そっちのほうがマシな気がした。
誰が何匹殺したとか、どんな殺しかたが一番楽しいとか、そんな自慢話にはついていけない。

ひとりにしてほしい。


地面に突っ伏しているしぃを抱え上げ、そっと膝の上に乗せた。
僕は目をつぶって、しぃを抱きしめた。湿った吐息があたたかい。かすかな心音も感じられる。
こうしていると、しぃとひとつになっているような感覚に襲われる。
ゆっくりと目を開けると、とても眩しかった。まつげに付いた雨粒が光を反射させていたのだ。

突然、背中にぞくぞくするものを感じた。何かがこみ上げてきた。
いつものアレだ。

僕は震える手でナイフを取り上げると、目の前の生き物にただ闇雲に切りつけた。
「チィィ チィ チィ  チィ…」
さけび声は、先ほどに比べて明らかに弱々しくなっている。
腹、背中、顔…なんども、なんども、  ひたすら刺し続けた。
かすかな叫び声さえも聞こえなくなった。

くるしい。息をするのを忘れていたようだ。地面に手を付いて、しばらく呼吸を整えた。
目を上げるとそこには、赤黒い塊があった。
体中の力が抜けてしまって、僕は地面に倒れこんだ。
頬に感じるぬるりとした感触。雨で跳ね返った血と泥が顔を汚してゆく。
それは冷たかった。

寝そべったまま手を伸ばし、そっとしぃの背中をなでる。
反応はない。
「死んだんだな…」
口に出して言ったかどうかは覚えていない。
もしかすると心の中で呟いていただけなのかもしれない。

僕はゆっくりと体を起こした。
頭がふらふらする。虐殺をしたときは、いつもこうなる。

そういえば
ぼくがいつもやっているようにして、誰かに殺される夢をよく見る。
誰に殺されるのかは毎回思い出せない。
身体の奥から沸いてくるようなかすかな痛み、どこからともなく押しつぶされているような苦しさ どくどくと血があふれ、暖かくて柔らかかった身体が、どんどん冷たくなってゆく。
だが、不思議といやな夢ではない。

目の前には相変わらず血の海が広がっていた。その中心に硬く冷たい肉の塊が横たわっていた。
自分の身体の中にも同じものが流れている。そして自分も死ねばこうなるのだろう…

でも今は生きている。



ぼくは、こんなことでしか自分が生きていると言う実感をもてないのかもしれない。