天と地の差の裏話 その7

Last-modified: 2015-06-27 (土) 23:00:08
426 :魔:2007/10/21(日) 19:15:00 ID:???
>>408~より続き
天と地の差の裏話
『まとめ』




※

巷では殺人鬼と言われていても、本質は子供。
もし、普通の家庭で普通に育つことができたなら、
ちょうどその頃は『正義のヒーロー』に憧れてもいい歳だ。
自分がピンチになった時、颯爽と現れ悪人を倒す。
ブラウン管の中の強者は、いつだって弱者を助けてくれる。

いつも一人で生きてきた。
いつも一人で窮地から脱してきた。
そんな生き方をしてきたメイは、ある事を忘れてしまっていた。

自分にも、憧れているAAは居るということを。
超人的な力を持ち、自分の味方になってくれたAA。
殺人鬼として唯一の、理解者。

※




「・・・くくっ」

ギコは今、この瞬間を心から楽しんでいた。
一ヶ月も恋い焦がれ、追い求めていた者に出会えたからだ。
今行っている虐待は、ただのアドリブでしかない。
文字通りの前戯だし、長い間ずっと考え、熟成させた虐殺のメニューでもない。
しかし、ギコはそれでも非常に強い快感を得ていた。

「左腕のその皮、剥いでやろうか。どうせ要らないだろ?」

そして、気付いてしまった。
やり方など関係なく、単にこいつの苦しむ顔が見たかっただけなのだと。

そうと解れば、思考を切り替えなければいけない。
『どうやって殺すか』ではなく、『どうやって生かし、苦しめるか』に。
自害できないようにし、ひたすら延命させつつ、苦しませる。
そうすれば、自分はもう虐殺の為にAAを殺さなくてもいい。
こいつが居れば、他に何も要らないかもしれない。

※

―――そんな風に、ギコは油断しきっていた。

頭がおかしくなってしまいそうな程の強い快楽に、溺れてしまっていたのだ。
そんな筋肉も精神も弛緩しきった状態では、タカラの脚を止めた時のような反応なんてできる筈がない。
だから今、自分に何が起こったかなんてわからなかった。

メイを持ち上げ、ナイフを再度宛がった時の事だ。




足元を何かが通過した。
唐突に視界が反転する。
目下には空、頭上には地面。
それが更に反転し、腹から地面に叩き付けられた。
その時には既に、手の中にナイフとメイはなかった。

「ぐあッ!?」

衝撃で肺の中の空気が押し出され、出す気のない声が漏れる。
受け身も全く取っていなかったので、そのダメージは見た目より大きい。

集中し過ぎた、悪く言えば盲目になっていたせいで、自分に何があったかわからない。
二手、三手程遅れてから、やっとギコは辺りを見回す。
ナイフは近くに転がっているし、メイは自分と同じようにうずくまっている。
メイの目線はどうしてかこちらに向いておらず、気になってそれを追う。
するとそこには、耳が異様な形をしたでぃが立っていた。

虐待を邪魔された怒りが光の速さで膨張し、爆発した。
考えるより先に、身体が動いて立ち上がろうとする。
だが、どうしてか脚が全く動こうとしない。
何事かと思い、ギコは自分の下半身を見る。

―――両足は、腿のちょうど真ん中で綺麗に真っ二つになっていた。

427 :魔:2007/10/21(日) 19:15:32 ID:???

「え、えっ? な、うわあああぁぁぁぁ!!?」

堪らず、ギコは叫んだ。
一瞬の内にして、自分の脚が大根のように輪切りにされた。
その切り口からは、現実を突き付けるかの如く血が溢れる。

向き直ると、でぃはいつの間にか手の中に自分の脚を握っていた。
いや、よく見るとその鋭い爪に青い脚を串刺しにしている。
爪というよりは、もはや新しい刃物のような気がしてきた。




「ふふっ」

妖しく笑いながらも凄まじい殺気を放ち、その場に全員を縫い付けるAA。
でぃやびぃのようで、そうではない女の正体は、ギコ以外の者は既に知っていた。

彼女の名前は、Vと言った。

「ッ・・・」

今起きた出来事を全て把握し、理解したのはウララーただ一人。
それどころか、ギコの身体が撥ねられる直前に、Vの存在に気付いていたのだ。
しかし、気付いてからの動作が、Vより遥かに遅かったので、最悪の結果を招いてしまった。
その上とてつもない威圧感を受け、身体の自由も奪われてしまっている。

ウララーは、自分を奮い立たせようと必死になる。
一ヶ月もの間、復讐の為だけに追い続けた奴。
フーの仲間の敵が、今まさに目の前に立っているのに。

奴は今、自分に背中を見せている。
やろうと思えば簡単にやれるのに、腕があがらない。
考えたくはないが、搾取される側にまわっているのは自分達かもしれない。
身体が、精神がいうことをきかない。

「あ、ああ脚が、俺の脚があああぁぁァ!!?」

脚を切断され、喚くギコと、それを眺めるだけのV。
茶褐色のその姿は、新しい加虐者としてこの世に舞い降りた者のようだ。

「あら、あら。そんなに痛かった?」

唐突に姿を現し、場の空気を支配したVは早速我が物顔で話し始める。
全てを無視しながら言葉を紡ぐ様は、本質であるしぃに酷似していた。

「脚、脚がぁ!! 俺の脚を返せぇぇぇ!!!」

対するギコは、あまり頭を回転させずに喚き散らす。
これはこれで、ちびギコのような反応でもあった。

「でも、どうせくっつかないでしょう?」

そう言って、Vは串刺しにしていた青い脚をギコの目の前に放り投げる。
そして、くるりとメイの方に向き直った。

「ごめんね。来るの遅れちゃって」

「・・・V・・・?」

メイは既に疲弊しきっていて、片方しかない真っ黒な目は虚ろだった。
それは、早急に手当てしないと命が危ういということを物語っている。
だが、治療という概念を知らないVには通じなかった。

メイ本人も、身体の事を考えたりする事ができないでいる。
助かるのか、そうでないのかと悩み怯えるよりも、ただVの凄みに驚き、眺めるだけ。
それしか、今のメイにはできなかった。

「ホントはキミを嵌めたコを殺してすぐ行こうかと思ってたけど、懐かしい顔してたから」

428 :魔:2007/10/21(日) 19:16:39 ID:???
※

「・・・え?」

Vが続けて吐いた言葉。
それに興味を抱いたのは、メイではなかった。
疑問の声をあげたのは、会話に参加していなかったウララーだ。

Vはそれを知ってか知らずか、ウララーの方を一切向こうとしない。
そのまま、疲労困憊で全く動かないメイとの会話を楽しむ。
まるで、人形に話し掛けるかのように。

「大分前にそのコの眼を潰したんだけど、まだ生きてたの。驚いたわ」

「・・・」

「だからね、つい、つい懐かしんじゃって。あの時の続きが出来るんだって」

外見と、そこから漏れる殺気がなければ普通の少女のような立ち振る舞い。
そのギャップにすくみながらも、ウララーの心の奥底で何かが芽吹く。

(まさか・・・フー・・・!)

信じたくはない。
認めたくもない。
奴の言う事は、全て虚言だと思いたい。
でないと、自分が自分でなくなってしまいそうだ。
恐怖で足が竦み上がっていながら、怒りが沸々と沸き起こる。
相反する気持ちがぶつかり合い、吐き気を催す。

その中で、長い間抱いていた謎が氷解した。
何故、Vという化け物が表に出てこなかったのか。
それは小さな殺人鬼と友達のように会話しているのが、答えだった。

この二人は、仲間だったのだ。

組んでいたことは、意図的なものか、そうでないのかはわからないが。
都市伝説扱いされる程の手練であれば、姿を見せずに虐殺することも可能だ。
加害者がわからず、死体という証拠だけがあれば、今世間で暴れている者の名を挙げてしまう。
ろくすっぽに捜査しないあいつらなら、ほぼ確実にそうしてしまうだろう。

可能性として、考えつくような簡単な答えだった。
どうして、今の今まで気付かなかったのだろうか。

ギコの叫びと喚きをBGMに、Vは笑いながらなお話す。
と、ここでメイが口を開き、一方的な会話は途絶える。
同時にウララーは思考を止め、二つの感情に翻弄されながら聞き耳をたてた。

「そのコは・・・殺したの?」

瞬間、ウララーは心臓が跳ねたかのような感覚を覚えた。
聞きたかった事でもあり、聞きたくなかった事をメイがVに問い掛ける。

(やめろ・・・やめてくれ・・・っ!)

あの時に助けた命だ。
同じ者に殺されては、自分は苦しみを助長させたことになる。
弱者を救うべき者が、弱者により深い地獄に陥れるようなことがあっていいはずがない。

そこまで考えた所で、Vからメイの質問に対する答えが言い渡された。




「殺してはいないわ。殺す前に、凄い音がここでしたから、飛んできちゃったもの」

「・・・ああ、そう」

受け流すメイ。
背中を見せての、Vの発言。
殺してはいない。
確かに、そう言った。

殺してはいない、つまりは生きている。
だが、生きているということにも無数の意味が存在する。
フーが生きている現実は、ウララーにとってどういった意味になるのだろうか。

「耳も、鼻も、手足ももいで、これからって時だったの。残念だったわ」

429 :魔:2007/10/21(日) 19:17:13 ID:???

思考が停止した。
Vが紡ぐ出来事の中で、フーは惨たらしい状態になっていた。
唐突に脳裏にモノクロで浮かぶ、ついさっきまでメイを追い詰めた路地裏。
そこにいるのは、牙を見せて笑うVと酷く怯えるフー。

光を失った身体になりながら、更に残りの感覚も奪われる。
唯一感じるのは、『見えない恐怖』と『全身を駆け巡る激痛』。
その場にいたわけでもないのに、断片的でありながら鮮明に映し出される惨状。

「・・・ふざけンなよ」

自分の中で何かが弾け、呟く。
まだ、Vは笑いながらメイに話し掛けている。
全身が麻痺しているかのような感覚。
動かなかった右手がゆっくりと持ち上がり、ホルスターに掛かる。
そして、そこから銃を抜き、腕を地面と水平になるように上げていき―――




迷う事なく、引き金を引いた。




「ッ!」

「なっ!?」

その場にいたウララー以外の全員が、黒い塊から発せられた炸裂音に驚く。
叫んでばかりだったギコも、満身創痍なメイも目を見開いていた。
唯一、ウララーに背を向けていたVだけが、表情を変えずにいる。
それもそのはず、ウララーが狙ったのはVの頭蓋だったからだ。

しっかりと後頭部から穿たれたVの頭。
赤く開いた穴からは、ゆっくりと体液が漏れ出していく。
しかし、それでもその茶褐色の身体は崩れ落ちない。

「へェ・・・動けルんだ」

Vはゆっくりと振り向き、ウララーの方を見る。
その顔は、貫通したと思われる弾丸が上手いこと左眼を潰していた。
文字通り血涙が流れていながら、不気味に笑うその様はどんな者でも身震いしてしまうだろう。

頭蓋を貫かれていながらも、まだ動けるVはもはやAAであってAAではない。
運よく脳を損傷しなかったかもしれないが、重傷であることに変わりはない。

「ソれ、最初は怖かったけど、もう平気」

銃を指差しながら、舌足らず気味に喋るV。
それは壊れかかった人形よりも、獣としての精神が開花していくかのよう。
容姿とのギャップが消えかかりつつ、じわじわと更に殺気が濃くなっていく。
右側しか機能しなくなったVの眼は、既にウララーの喉笛しか見ていない。

「凄く速い石ころが出てくるんでしョ? しくみがワかったから、平気、平気」

「・・・」

狂気じみた言動になりつつ、悍ましさを増幅させていく。
そんなVを見ても、ウララーは全く動じなかった。

恐怖を乗り越えるどころか、飲み込んでしまったウララー。
今、ウララーが動いている理由は『フーの為の復讐』ではない。
『フーを奪われた自分の為の復讐』だ。
もし、Vの言った事が偽りであっても、怒りはその程度ではおさまらない。
何であれ、リミットを開放された瞬間から、目的を果たすか死ぬまでは止まらないものだ。

眼も据わっており、誰が何を言おうと止まりそうにない。
小さな殺人鬼も青い暴君も、息を呑んでしまう程。
大番狂わせのジョーカーは、ウララーという黒い男の中に潜んでいた。

430 :魔:2007/10/21(日) 19:18:14 ID:???
※

『今までやってきた事』なんて関係ない。
シリアルキラーも、カニバリストもこの場では唯の自慢でしかない。
肩書が場を支配しているのではない。
対峙している二人の能力と気迫だけが、そこにあるのだ。

「・・・」

それを見ている者は、メイとギコのみ。
互いに痛みなどとうに忘れ、黒い男と茶褐色の化け物に魅入っていた。
それぞれそんな事で麻痺する位のダメージではない筈なのに。
だが、二人は自分の目的、念い、夢を後にまわしても良い、と考えている。
AAの範疇を超えた化け物と、凶器を握った男の行く末。
それを見届けたいと、どうしてか心の底から想っていた。




「・・・ふフッ」

かり、かり、とVの爪が妖しく鳴る。
音だけでは一般AAの脚を切断するという程の業物とは思えない。
それでも、Vは自分の爪で幾人もの四肢と命を奪ってきた。

「・・・」

カチン、とウララーの握っている銃が勇ましく鳴る。
安い裁きの為に使われてきた撃鉄が、今復讐の為に起こされた。
感情だけで扱われれば、銃はこの世で最も恐ろしい武器と化す。

「あはッ」

「っ!」

無駄な時間を過ごしたくないと、先手を打ったのはVの方。
殆ど一瞬だった睨み合いは終わり、殺し合いの火蓋が切って落とされた。

瞬時にウララーの懐に潜り込み、屈む。
音もなく行われたそれは、洗練された殺しの技を思わせる。
ウララーも負けじと、一手遅れながら銃口をVに向ける。
だが、一ヶ月前のあの時と同じように、引き金はまだ引かない。
鉛玉が確実に目標を貫く為に、その機会を待つ為に。
『殺人鬼だけが、命を殺る事だけを考えているわけではない』。
と、ウララーはVに向かって無言で叫び、銃がそれを代弁していた。

Vにはそれが聞こえたのか、或いは偶然なのか。
舌足らずの嘲笑を吐き、ウララーを嘗め上げるように見上げた。

「ハハ、ははハハはっ!!」

『撃ってくる』、と感じるより先に、地面を蹴って横方向に距離を離す。
そして、飛蝗か猿かを連想させるかの如く、ウララーの周囲を跳ね、駆ける。

「くッ!」

挑発を意図した撹乱に、ウララーは歯噛みする。
砂粒で目潰しをされるでもなく、フェイントを仕掛けてきたわけでもない。
ただ格の違いを見せ付けたいが為に、大袈裟に跳び回っているようなV。
それでも、何もない所で踵を返したり、頭上を豪快に通過したりと凄まじい。

ウララー本人は自覚していないが、あの暴君であるギコを黙らせた腕力。
更に、的確な判断力とそれに応えられる瞬発力がウララーにはある。
しかし、Vにこう翻弄されてしまっては、持ち味を発揮することができない。

「きャはハははハ!!」

時折、ギリギリまで近付いては脇を通過するV。
風と一緒に薄皮を裂き、ウララーの体力と精神力をじわじわと奪っていく。

Vは既に、今の自分にウララーが何もできないということを読んでいた。
理由は至って単純で、己の武器である銃を下げていたからだ。
銃口を向けていなければ、鉛弾は身体を貫かない。
至極当たり前の事を理解し、Vは高らかに笑った。

431 :魔:2007/10/21(日) 19:18:34 ID:???

気迫や感情の高ぶりだけでは、『格』という差を埋められないのかもしれない。
自分の黒い身体に赤い線が走る毎に、ウララーは追い詰められていく。
Vの技と無数の小さな痛みで、段々と正気に戻されているかのよう。

「クソ・・・っ!」

良い方向に考えれば、それは冷静さを取り戻すことに繋がる。
しかし、熱が冷めてしまえば、また殺気に縫い付けられるだけだ。

無駄に弾を撃つのは自縄自縛。
辺りには文字通り何もない。
どうにかして、Vの動きを止めなければ。
でないと、自分はそのまま皮から細切れにされるだけだ。
焦りと恐怖が舞い戻る前に、解決策を―――

「ぐあっ!?」

突然、左足に激痛が走る。
咄嗟に足を押さえると、夥しい量の血が手に付着したのがわかった。
バランスを崩しかけるが、持ち直す。
だが、精神の方に受けたダメージはかなり大きい。
心の中で再度膨らみつつある、Vへの恐怖が更に加速していく。

(こんなことで・・・殺されてたまるかッ!)

武者震いでない震えを必死で止め、己を奮い立たせる。
全てはフーの為、自分の為。

ざ、と前方で砂が弾ける音がした。
同時に風を切る音も止み、静寂が辺りを包む。
ウララーは痛みを堪え、音がした方に目線を持っていく。

そこには口元を血で汚した、Vの姿があった。
牙に付着したそれをよく見ると、ウララーのものと思われる肉片だった。

「ク、ヒヒっ」

Vは器用に、牙を剥いたまま嫌らしく笑う。
先程の一撃は爪ではなく、顎でやったものと見せ付けるかのように。

「てめェ・・・」

Vの艶かしい嘲笑の直後、消えかかった怒りが再び爆発的に燃え上がる。

「どうしタの? 撃たなイの?」

肉片を吐き捨て、へらへらと頭を揺らしながらの挑発。
上半身を折り、腕を脚として扱っているその容姿は、まさに獣そのもの。
絶対的な差を見せ付けるかの如く振る舞うVは、今までにない威圧感を放つ。

だが、それが効いているのはギャラリーであるメイとギコのみ。
ウララーから見たら、単純に馬鹿にしているだけとしか取れていない。
そのせいでウララーは静かに怒り、空気は更に張り詰めていく。




再度睨み合いに持ち込んだ所で、ウララーは考える。

(・・・どうする)

このまま、また銃口を向けたとしても、Vは同じように飛び回るだけ。
繰り返されれば、自分の黒い身体が赤い身体になるのは明白。
嬲り殺しだけはどうにかして避けたいもの。
いや、何であれ命を落とす事そのものを避けなければ。

「・・・!」

そこまで思考を張り巡らせた時、不意に答えが見つかる。
しかし、それは考えとは真逆のもので、下手をすれば自分が先に死ぬ。

ハイリスク、ハイリターン過ぎるその答えは、行動に移すのに一瞬戸惑ってしまう。
だからといって、ここで動かない訳にはいかない。
元より、自分の命と復讐を天秤にかける方がおかしいのだ。
手足をもがれても、首があれば相手の喉笛くらい食いちぎる事ができる。
その位の覚悟がなければ意味がない。

※

至極簡単で、かつ危険な賭けに挑む事にしたウララー。
Vを強く睨むと、迷うことなく銃口を目標に向けた。

432 :魔:2007/10/21(日) 19:19:44 ID:???

「ハはッ!!」

威嚇とわかっていても、安全のマージンを取る為に回避は欠かさない。
狙いが定まるより先に跳躍し、辺りをまた縦横無尽に駆け回る。
後は最初と全く同じで、ウララーは目線だけしかこちらを追えなくなる。

(次はどこを狙おうかしら・・・首? いや、まだ早いわ)

リズミカルに地を蹴り、常識外れな速度を出しながらVは考える。
念いと怨みの為にこの公園に集った中で、唯一虐殺を優先していた。

己でも持て余す程の『力』を持ち、かつ簡単に扱える状態にある。
そうなると、その『力を持った者』が求めるのは娯楽のみ。
Vもまた、娯楽の事しか頭になく、それだけを探して生きてきた。
メイを好きになったのも、その過程の一つでもある。

今この状況にある娯楽は、『窮鼠猫を噛む』という諺の延長線上。
初めて弱い者が自分に牙を剥いてきたのだから、怒りより驚きしかそこにはなかった。
それに加え、いざ攻撃を開始した時には、簡単に嬲ることができた。
泣いて命乞いをする者もいれば、喉笛に噛み付こうと必死になる者もいる。
それを知らなかったVにとって、この瞬間は凄まじい快楽を得るものとなった。

「ヒヒ!! は、ハハははハ!!」

笑いが止まらない。
ウララーの、その力強い眼が濁り、涙で汚れていくのを想像すると、堪らなく気持ち良い。
時間をかけて、このまま皮を削いで削いで削いでしまおう。
Vはそう思いつつも、また肉を刔る体制に入る。

※

―――要は、気持ちが相反していたということ。
   それは小さい事でもあり、大きな差でもある。
   これが全てを覆す要因となったことは、当の本人達には理解できないわけで。

※

ウララーの方に向かって、強く跳ねた。
狙いは脇腹、また軽くその肉を頂戴する。
だが、あまり深く入ってしまっては致命傷になりかねない。
あえてここでは、爪を使ってそれを刔る。

「キヒイイィィ!!」

先程から、興奮し過ぎているせいか雄叫びのようなものが止まらない。
それは本能でもあり、理性というちっぽけなものでは抑止できなかった。

―――だから。

「カスが」

「っ!?」

ウララーが攻撃を待っていた事に気付かなかった。
自分の攻撃を、身体をはって受け止めようとしていることに。




軌道はもう修正できない。
幸い、銃口はこちらに向いていない。
爪があたってからでも、距離を取る事は遅くはない。

筈だった。
爪が肉に入り込むより先に、ウララーが跳躍する。
突っ込んでくるVに併せるように、後方に跳んだのだ。

「えっ?」

Vには一瞬、それが理解できなかった。
そして同じように、一瞬でそれを理解した。
爪が肉に触れ、ゆっくりと潜り込む。
が、己の自慢の逸品であるそれは、そこで止まってしまった。

刔るのではなく、刺さってしまったのだ。

自分の身体の一部が相手に触れたまま。
それでは、刹那を大事に動く者にとって死活問題である。
心の中で焦りと戸惑いが一気に噴き出し、Vはかなりの遅れを取ってしまう。
逆に見れば、ウララーには欠伸ができる程の余裕ができた。
その余裕を使って、ウララーはまずVにこう言い放った。

「捕まえたぜ。この糞野郎」

433 :魔:2007/10/21(日) 19:20:17 ID:???
※

自分の腹が貫かれていながらも、暴言を吐くのを優先する。
激痛に悶絶するどころか、微動だにしないウララー。
賭けにあっさりと勝つことが出来た今、後はVの命を取る事を考えるのみ。

「ふッ!」

空いた手で素早くVの手首を掴み、肘に銃を宛がう。
間髪入れず引き金を引くと、茶褐色の腕が弾け、真っ二つに別れた。

「キィィイイイイィ!!!」

堪らずVは種特有の叫び声をあげ、その場に崩れ落ちる。

銃口に物を密着させて撃った場合、暴発する可能性だってある。
なのに、ウララーはそれを知らなかったかのように無視して行った。
結果として良い方向に動いたものの、下手をすれば己の手が駄目になっていたかもしれない。
躊躇なく行動に移せた理由は、やはり復讐という感情が原因だった。




「キイィ!! ウウゥァァアアア!!」

無くなった腕を庇いながら、うずくまるV。
と、眼前に 何かが投げ出される。
それは紛れも無く自分の腕。ウララーに突き刺さった己の腕だ。
あの時、一ヶ月前に腹を撃たれた時に匹敵する痛み。
二度目の屈辱に怒りが込み上げ、力強くウララーを見上げる。

―――それとほぼ同時に、Vの頭は綺麗に撃ち抜かれた。

「ブぅグギゃッ!!?」

「・・・」

茶褐色の頭蓋は弾け、脳漿が飛び散る。
息をつく間もなく、二発目、三発目の炸裂音。
その度にVの身体は痙攣し、言葉では表現できない声をあげる。

「グ・・・ゥゥ、ウアアァァ」

もはや顔の凹凸は消え、穴と血と脳漿だけのボールがそこにあった。
そんな無惨な姿になっても、僅かだが動き息もあるV。
対峙している者が正常であれば、それは畏怖となるはずだった。

ふるふると震えながら、なおウララーに爪を向けるV。
それはまさに壊れかかったロボットが、必死に命令を遂行しようとしているかのよう。
そんなVを見ても、ウララーは眉一つ動かさない。
どころか、ゴキブリ並の生命力に苛つきさえ覚えてしまう。

「・・・お前さ、俺ら加虐者にやられてそんな姿になったんじゃないよな」

肘を破壊した最初の一発から数えて、これが最後。
確認の為に呟きながら、狙いを定める。

「そうだったら、俺やフーみたいに復讐を誓う筈だよな」

「ゥ、くァ・・・」

「唯一綺麗な桃色の毛皮・・・あってもなくても、本質は変わらねぇのか」

「・・・」

「糞虫はどこまでも糞虫ってことか? あ?」

何度も問い掛けるが、Vは答えない。
それ程までに痛め付けたのだから、仕方ない。
見限り、最後の言葉を渡して引き金を引く。




「テメェはもう、生まれ変わるんじゃねェ」

遊底が伸びきり、今の弾倉にある正真正銘最後の鉛玉が吐き出される。
その時の炸裂音は何故か酷く小さく聞こえ、Vの断末魔さえも耳に届かなかった。

434 :魔:2007/10/21(日) 19:21:28 ID:???
※

「あ・・・」

Vが、死んだ。
自分が、メイが憧れていたAAは、呆気なく死んだ。
凄まじい生命力も肉体も、鉛弾を放つ黒い塊には勝てなかった。

流れからして、次は自分の番だ。
このまま殺されてもよかったが、Vが遺してくれたものがある。
半ば芋虫と化した、ギコのことだ。
ギコが動けなくなったとなれば、生き地獄は逃れたも同然。
生か死かのチャンスが舞い降りた今、Vの死に浸る暇はない。




ギコとウララーの注意がこちらに向く前にナイフを取り返す。
Vの亡きがらを眺めている今が、絶好のタイミング。

「くっ!」

駆け出すと同時に全身が悲鳴をあげるも、堪える。
そして、転がり込むようにナイフに飛び付き、それを拾った。

「! ウララァァァぁッ!!」

「っ!」

やはり、二人はナイフを取り返した直後にこちらに気付いた。
飛び道具の事を懸念し、逃げ出すより対峙を選ぶ。

「・・・」

「この糞虫がああァ!! 無駄な抵抗してんじゃねぇぇぇ!!」

地響きを感じる程喚くギコよりも、無言を保つウララーの方が驚異である。
先程見せたあの眼に、自分には躊躇という言葉は無いものと報せていたからだ。
しかし、今のウララーは少し違っていた。
眼に変化はないものの、その気迫が薄れているのだ。

極端な殺意は感じない。
それでも、ウララーは弾の切れた銃に新しい弾倉を込め、遊底を引き直す。
ガチン、と黒い塊が唸り、張り詰めた空気を更に重くする。

「う・・・っ」

ナイフをウララーに向けるが、切っ先が震える。
体力の低下と、露骨な殺しの道具が眼の前にあるからだ。
ついさっきまでの、死にたいと願っていた自分なら、ここまで恐怖に苛まれなかっただろう。
だが、生きる道がまた見え出した今、それは最も避けて通りたい壁。
まだ死にたくないと、心が叫び、それに頭が怯える。

銃口が、こちらを向く。
酷く小さく黒い穴、そこから死が吐き出されるなんて想像できない。

「ウララー!! 早くそいつを殺せぇぇェ!!」

「・・・」

なお怒号を響かせるギコ。
それとは真逆の、沈黙を通すウララー。
二人は正に、罵声を浴びせ掛ける群集と血も涙もない処刑人のよう。
さしずめ自分は大罪を犯し、極刑を言い渡されたAA。
いや、寧ろ奴らに居場所を追われた魔女でない魔女か。
混沌としたこの街では、魔女狩りと同じで力を持った者の言葉が正しいのだ。

(・・・そうか、力か)

自分にも、ナイフという力がある。
それに、こんな醜い姿にしてくれた加虐者への怒り。
『感情』という力ならば、誰にも負けない。

AAを殺してきたのは、生きる為だけだと思っていた。
だが、加虐者とこうやって対峙して、やっと理解した。
自分は、『復讐』の為にも加虐者を殺しているのだと。
不意打ちと、逃げてばかりでそんなことを考える余裕がなかったのだ。

思考を張り巡らせていた所で、新たな怒りが込み上げる。
ナイフを握る手に力が入り、震えが止まる。
Vにウララーが抗ったように、今度は自分がウララーに抗う番だ。

435 :魔:2007/10/21(日) 19:21:47 ID:???
※

メイはその片目だけで、力強くウララーを睨み付ける。

「・・・」

すると、何故かウララーの眉間が緩んだ。
据わっていた眼も消え、少し前に会話した時と同じ表情になった。

「ギコ、ちょっといいか?」

ウララーは銃を下ろし、脚を失ったギコに問う。

「あァ?」

濁音が混じったその声は、不満を誰彼構わず撒き散らしているように思える。
それもそのはず、ギコの描いたシナリオは既に崩れ、重傷まで負ってしまったのだ。
それでも、絶望に打ちひしかれるよりも、納得いかないと憤怒する。
そんなギコの気持ちを知ってか知らずか、ウララーは会話を続けた。

「俺が頼まれたのは、こいつを追うことだけだったよな?」

「は?・・・い、今更何言ってんだテメェェェ!!!」

もはやギコのプライドは達磨にされた被虐者のように、ズタズタである。
―――そして、これからギコは今までで感じたことのない『恐怖』に襲われる。




「結論から言う。お前虐殺厨だろ?」




ウララーの冷たい言葉の直後、炸裂音。
鉛弾はギコの右手を穿ち、真っ赤な穴を開けた。

「っ!! うがあああぁぁっ!?」

Vに脚を奪われた時とは違い、はっきりとした激痛が右手を襲う。
空いている手でそれを庇おうとした時、また炸裂音。
今度は左手にも同じような穴が開いた。

「ギャアアアアァァァ!!」

「お前の頼み事も終え、俺自身の復讐も終えた・・・だから」

「ぐ、っううぅ・・・痛ぁぁぁァ!」

「俺は仕事を熟すだけだ」

噛み合わない会話を無理矢理繋ぐのは、やはり炸裂音だった。
ギコの耳が弾け、赤い液と肉の破片が辺りの飛び散る。

「っああああぁぁぁぁ!!!」

押さえようにも、穿たれた手ではより痛みが増すだけ。
吐き気を催す程のもどかしさに、ギコは一層叫びだす。
涙やら鼻水やら涎やらを撒き散らすその様からは、少なくとも爽快感は得られない。
暴君としてのギコは、簡単に、そして既にウララーに殺されていた。

Vの時とは全く逆のベクトルで叫び、痛みに悶えるギコ。
脚にひびくのか、のたうちまわることなく唯々泣き叫ぶのみ。
そんなギコと、無表情を貫き通すウララーをメイは交互に見て、呆気に取られた。
物事の中心である小さな殺人鬼を抜きにして、話は続く。

「最初に出会った時の暴力的な所とか、それっぽさが滲み出ていた」

「なんなんだよォっ!! こんな、こんな理不尽なことあってたまるかよぉっ!!」

「それにな、お前の身体から被虐者のものでない血の臭いもした」

「ッッ!?」

それを聞いて、ギコは一瞬動きを止めた。
それはもう暴君の反応ではなく、犯罪者が追い詰められている時のようなものだった。

「立場上、嗅ぎ分ける事くらい簡単なんだよ」

「そ、そんなことッ・・・第一、証拠が無ぇじゃねーかァっ!!」

「証拠なんていらねぇよ。ホンモノじゃあるまいし」

これまでにない醜態を晒しているギコに、追い打ちをかけていくウララー。
彼の言う事に偽りも嘲りも全くないが、十分にギコの心をいたぶっていく。

436 :魔:2007/10/21(日) 19:23:07 ID:???
※

ウララーが言葉を紡ぐ度、ギコは泣き叫ぶ。
仲間割れのような、そうでないようなやり取り。
それを見ていたメイは、混乱と共に心に落ち着きを取り戻す。

「ぐぎゃああああぁぁぁァ!!」

連続した発砲音がして、ギコの慟哭が強くなった。
見てみれば、肩甲骨の所に赤い穴ができていた。
もう、これでは両腕もまともに動かす事ができないだろう。

「・・・ねえ」

堪らず、ウララーに問う。
だが、ギコの慟哭が酷いせいか届かなかったようだ。
もう一度、少し声を荒げて問う。

「ねえ、なんで殺すの?」

今度はちゃんと届いたようで、ウララーがこちらを振り向く。
その眼は威圧感を放つものの、先程のように強い感情があるわけではなかった。

「虐殺厨だからだよ。爽快感欲しさに、誰彼構わず殺すような奴の事さ」

「虐殺・・・」

「加虐者であれ、虐殺厨になった奴は糞虫と同じ価値。いや、それ以下だ」

「・・・」

「勘違いするなよ。助けるつもりでやったわけじゃないからな」

冷徹に、淡々と喋るウララーは機械のように冷たかった。
Vと彼との関係はわからないが、復讐を終えた今、ウララーに点く火はないようだ。
それでも、燃え尽きてその場に崩れ落ちることなく仕事を熟すのには、寧ろ畏怖してしまう。

(虐殺・・・厨・・・)

ギコの方に目線を落とす。
余りにも醜い顔を晒し、腕のついた達磨と化したそれにはもう恐怖することはない。
泣き叫び、様々な体液を垂れ流す様は自分に新しい感情を芽生えさせた。
声には出さず、心の中で高らかに、ギコを見下ろしてこう呟く。

―――ざまあみろ、と。




「うあ、ぁぁぁ・・・ぐうううぅぅぁァ!」

地面にかじりつき、なお悶絶するギコ。
自分が眼前まで近付いても、気付く気配はない。
それほど、今感じている痛みは凄まじいのだろう。

「糞虫以下なら、何やってもいいの?」

ウララーに、二度目の質問を投げ掛ける。

「さあな」

至極短い返答。
雰囲気からして、本当の質問にも答えてくれたようだ。
再度ギコに向き直り、ナイフを構える。

「・・・僕、は。こいつの仲間にこんな身体にされた」

何故か、口を開いてしまった。
別に重要な話でもないというのに。
それでも、誰かに聞いてほしいという気持ちが、更に言葉を紡ぐ。

「だから、刃を向けるのはこいつじゃないかもしれない」

「・・・」

「でも、虐殺厨とかいう奴だったなら・・・多分、仲間も殺してる」

譫言に近いそれを、ウララーは黙って聞いているようだ。
顔が見えないから、どういった気持ちで聞いているのかわからないけど。

「・・・虐殺はしない。復讐だから、僕はこいつを殺す」

ナイフを握り締め、切っ先を目標に向けたまま掲げる。
そこで、ギコに左眼を奪われた時の事を思い出した。
眉間を狙っていた刃を少しずらし、一気に振り下ろす。

ギコは、惨めな姿のまま左眼を失って事切れた。

437 :魔:2007/10/21(日) 19:23:40 ID:???
※

最後の最期まで慟哭を吐いていたことから、恐らく誰に殺されたか理解していないだろう。
僕は柄が潜り込むまで刺さったナイフを抜きながら、そんなことを考える。

「・・・」

もう、この青い死体には何の感情を持つことはない。
それに、まだやるべき事は残っている。
今この場にいる加虐者の、ウララーとの決着だ。




ぽつ、と頬を何かが叩く。
仰ぎ見れば、鉛色の空が泣いていた。
誰の為に、何の為に泣いているのかはわからない。
木々もそれにざわつき始めた時、場違いな金属音がした。
振り向くと、ウララーがこちらに銃口を向けている。

「計算があっていれば、後一発残ってる」

雨音のノイズに遮られることなく、その言葉ははっきりと聞こえた。

「この弾、誰に使えばいいと思う?」

「・・・」

真意は、汲み取れない。
雨粒というスクリーンが、ウララーの心を覆ったから。
でも、雨の冷たさに打たれ、頭の冷えた僕は既にその答えを知っていた。




「少なくとも、僕に使うべきじゃないと思う」




まだ、死にたくないから。
そういった意味で、発した。

「・・・そう、だよな」

ありがとう、とウララーは続けた。
理由は、わからなかった。
わかった所で、僕にとってはなんの意味もなさないないだろうけれど。

「俺が殺すのは虐殺厨で、お前は殺人鬼。つまり、そういうことだな」

「・・・」

「もうお前を追う理由はない。行け」

その言葉を聞いて、僕の脚は動き出す。
ほんの少し前に、飛び込もうとした森の中へと、進む。

「・・・だがな」

二、三歩歩いた所で、ウララーが呼び止める。
僕は止まり、背中でそれを聞いた。




「次に何のしがらみもなく出会った時は、容赦なく殺す。いいな」




暫く、雨音というノイズに聴き入りながら、その言葉を噛み締めた。
そして、無言で頷き、緑の中へと駆け込む。

水が打つ音。
木々がざわつく音。
何も聞こえなくなるまで、僕は駆けた。

438 :魔:2007/10/21(日) 19:24:44 ID:???
エピローグ
『裏』

※

視界を阻む程降りしきる雨の中を、ひたすら走る。
灰色に染まった世界で、AAの気配は己以外に感じなかった。

「・・・痛、っ」

Vを仕留める為にした無茶が、やっと声をあげた。
内臓はやられていないようだが、その傷は深い。
ウララーはその傷を握るように押さえ、ひた走る。




メイに使わず、銃弾を残した理由はある。
まあ、あの時本人が死を受け入れていたならば、そこで使ってはいたのだが。
着いた所は、小さな殺人鬼を追い詰めた路地裏。
フーがここで殺されるなんて、予想できる筈がなかった所。

いや、実際は殺されてはいない。
Vの言葉が正しければ、フーは生きている。
そうでなくとも、確認をしなければならない。
一時期だけでも、己が助けた命なのだから。

段々と、足取りが重くなる。
フーの姿を見るのを、心が拒んでいる。
それでも、行かなければならない。
ホルスターにおさめた銃を握り、水溜まりを踏み潰していく。

不意に、足元の水溜まりにまだ新しい血が流れ込む。
息を呑んで、更に奥へと進んでいく。
まだ洗い流されなかった肉片や血糊が、壁にこびりついているのを眺めながら。
じわじわと、鼓動が嫌な感じに強くなっていく。

「・・・!」




見つけた。
そこにあったのは、肉塊だった。
目を凝らすと、皮を剥がされた達磨だということがわかった。
壁に横たわるように置かれているそれは、まだ生きている。
必死に腹を上下動させ、ひゅうひゅうと鳴る喉。
時折、口と思われる部分からは血と涎が一緒に流れ落ちる。

遠目に見ても、その体格はフーと同じ。
いや、もうウララーは既にその肉塊がフーだと理解していた。
肉塊の足元に落ちている赤黒い紐が、全てを語っていたからだ。

「・・・」

言葉が、見付からなかった。
もう助からないということしか、わからなかった。
歯を抜かれ、自害もできなくなったフーは何をどう思っているのだろうか。

これ以上の散策は不要か。
そう思ったウララーは銃をその肉塊へと向ける。
そして、最後の炸裂音を路地裏に響かせた。




腹すらも動かなくなった肉塊。
ウララーはそれをゆっくりと抱き上げる。

(墓・・・作ってやらないとな・・・)

黒い腕が赤く染まり、血の臭いが己を包む。
何も考えず、ゆっくりと足を動かして帰路につく。

―――途中、頬を何かがつたうのを感じた。
   それは涙なのか、雨粒なのかはウララーにはわからなかった。