Do You ecstaC?

Last-modified: 2015-06-23 (火) 01:22:11
919 名前: Do You ecstaC?(1/8) 投稿日: 2004/07/13(火) 20:54 [ ETcyM23E ]
NG博愛主義04


 街路樹を囲う木柵に尻を預けて、しぃは彼を待っていた。
 太陽はとっくに沈んでいたが、繁華街を行くAA達は「夜はこれから」と
ばかりに生気あふれる表情で道を急いでいた。未だ捕まっていない
連続殺人犯がうろついているかもしれないというのに、彼らは「自分
だけは大丈夫」とでも思っているのだろう。
 2ch巡回に飽きたしぃは携帯から顔を上げ、周囲を見回し、溜息を
ついて俯いた。
(今日も、会えないのかな……)
 彼女はもう半月近く、毎晩ここで彼を待っていた。彼が現れる気配は
少しもなかったが、しぃは別段不満に思ってはいない。そもそも、彼女と
彼は待ち合わせなどしていないのだ。
 実際の所、しぃは彼の声も顔も職業も知らず――さらに付け加えれば
性別すら確実ではなく「彼女」かもしれない――、ここで待っていれば
会えるという保証はなかった。
 けれどしぃは、出会う事さえできれば一目で彼だと見抜けると確信
していた。彼の方でも同様に、しぃを見かければきっと気付いてくれる
はずだ。
 だから彼女は、この人通りの多い場所で、彼を待つ事に決めたのだ。
 携帯電話をいじって時刻を表示させると、21時を少しまわっていた。
そろそろ帰らなくては、明日の仕事に差し支える。
 しぃは弾みをつけて木柵から飛び降り、駅に向かって歩き始めた。

 それは、運命を感じさせる瞬間だった。
 コンビニエンス・ストアの前に自転車を止めていた青年と目があった。
容易に雑踏に紛れてしまいそうな特徴のないギコ族だったというのに、
しぃは、つまずきそうになりながら立ち止まった。
 彼も驚いた様子で、自転車の鍵を抜こうと手をかけたまま、こちらを
見ている。
 ごく短い時間ではあったが、二人は時が止まったように身動きせずに
見つめ合っていた。

 店内から出てきたAAが、邪魔そうな視線をこちらに寄越した。
 途端に魔法は溶けてしまい、二人の世界は動き始めた。ギコは
自転車から鍵を引き抜き、しぃは彼の方に歩み寄る。
 彼に会えたら最初に何て言おうか、待っている間中考えていたのに、
いざその時が来たらなかなか言葉が出てこない。
「こんばんは」
 結局、こんなありきたりの挨拶で始めてしまった。
「こんばんは」
 ギコは挨拶を返してから、不思議そうな顔をした。
「全角がしゃべれるのか?」
 大学で専攻したから、そう答えるのも無粋な気がして、しぃは
冗談めかして口を開く。
「半角よりも、燃えるでしょう?」
 その解答にギコはきょとんとした。が、すぐに理解の色が広がり、
ノドの奥でくっくっと笑った。
「違いねぇ」
 笑みの残る顔で、彼は店内を示す。
「ちょっと買う物があるんだが……」
 終わったら部屋に来ないか。
 彼の誘いに、しぃはもちろん種族特有の柔和な微笑で頷いた。

920 名前: Do You ecstaC?(2/8) 投稿日: 2004/07/13(火) 20:55 [ ETcyM23E ]
NG博愛主義04


 自転車の荷台に乗せてもらうのは、実に高校生以来の事だった。
ギコの腰に腕を回し、バランスを崩さないように密着する。高校生時代に
戻ったように、しぃの心は高揚していた。
 予想したよりいくらか高そうなマンションの前で、自転車は停止した。
 しぃがついていくとギコは地下の駐車場に入り、自転車を駐輪し、
コンビニで買った物を袋ごと近くの自動車に放り込んだ。わずかに
金属光沢の交じった、綺麗な赤い車体だ。
「車があるのに、どうして自転車で行ったの?」
「近場はチャリの方が楽なんだよ。とめるとことか」
「なるほど」
 まじまじと車体を見つめていると、ギコの手がしぃを引いた。
「車もいいけど……」
「あ、そうだね……」
 これから我が身に起こる事を想像して、しぃの胸は期待に高鳴った。

 ギコの部屋は三階にあり、しぃはすぐに浴室に通された。
 寝室で事に及ぶ変態もいるらしいが、行為の場所については、
ギコもしぃも至ってノーマルだった。第一ベッドの上で事に及べば、
事後の片付けが大変ではないか。
「湯、使う?」
「使った方が、いいのかな……?」
 初めてだから良く分からなくて、言い訳するように続けると、ギコは
笑って頷いた。
「どっちかって言うと、温まってるほうが好みだな」
「じゃあ、借りるね」
 熱めのシャワーを浴びていると、ギコが大きな樹脂製の工具箱を
持って浴室に入ってきた。フタが開くと、整然と並んだ調理道具と
大工用具が白熱灯にきらめいた。
 ギコがこちらを見て薄く笑った。どうやらしぃは、無意識に
物欲しげな目で道具を見ていたらしい。恥ずかしくなって、
しぃはシャワーの水流に顔を隠した。

 ギコが蛇口をひねり、湯が止まった。耳先や指先から滑り落ちた雫が、
タイルの床で小さな水音を立てる。
 沈黙が少々居心地悪くて、しぃは目を伏せる。彼の手がアゴを捕らえ、
しぃの顔を上げさせた。
 しぃはギコの目に、ギコはしぃの目に、誤解しようのない明確な欲望を
見た。しぃがされたい事とギコのしたい事は、完全に同じ物だ。幸福な
陶酔に、二人は目を細める。
「今更 嫌だっつっても、止めねぇからな」
 念押しする必要なんて無いと分かっているだろうに、ギコはそう言った。
 しぃは彼の手を取り、胸元に押し当てた。
「切って、砕いて、滅茶苦茶にして」

921 名前: Do You ecstaC?(3/8) 投稿日: 2004/07/13(火) 20:55 [ ETcyM23E ]
NG博愛主義04


 しぃは浴槽の縁に座らされた。抱き合うような形でギコが覆い被さり、
首筋に顔を埋めてくる。背中に手が回され、背骨のくぼみを指がゆっくり
上下する。
「んっ……」
 しぃはギコの体にすがりつき、その肩に額をすりつけた。
(もっと)
 毛皮越しの指の感触はいかにも不鮮明で、彼女の衝動めいた欲望を
満たしてはくれない。むしろそれは、乾きを増幅させているだけだった。
(もっと強いのが欲しいの)
「……ねえ」
「何だ?」
 しぃが目で訴えかけると、ギコはからかいを含んだ様子で口の端を
上げた。分かっていて、彼は彼女をじらしているのだ。
 しぃは精一杯 拗ねた表情を作って、上目遣いにギコを睨んだ。
「意地悪」
「かもな」
 一言二言 抗議しようと思ったしぃは、しかし、しゃっくりに似た悲鳴を
上げることしかできなかった。
 ギコの爪が背中にひっかき傷を作ったのだ。
 毛皮で隠れて見えないはずだが、しぃの皮膚に刻まれた線には
確実に血が滲んでいるだろう。
 そしてしぃがささやかな痛みに背をそらした瞬間、彼女が待ちわびていた
感覚が首筋に落ちてきた。すなわち、ギコが食いついたのだ。
「ああっ!」
 それだけの刺激で、しぃは体の力が抜けて崩れ落ちてしまった。
危うく浴槽に落ち込みそうになるところを、ギコの腕が背中を支える。
しぃの体内から、ギコの牙がずるりと抜け出ていった。
 いくら鋭くてもそれは結局 哺乳類の歯で、切れない刃物を無理に
突き立てたような鈍い痛みが残った。その特有の重さは、彼女に
とって決して嫌な感覚ではない。
 しぃは痛みに潤んだ目でギコを見上げた。彼の口元は血に染まり、
空気に鉄の匂いが混ざっている。自身の体を見下ろすと、傷口こそ
死角になっていたが、鮮やかな赤が毛皮の上を流れているのが見えた。
 目を伏せてうっとりと息を吐く。彼の指が下りてきて、血の流れを
なぞった。それが少しくすぐったくて、しぃはもう一度彼を見上げる。
「痛ぇか?」
 楽しげにそう聞く彼の目に、あるいは狂気を見いだす者もいるだろう。
ギコは確かに、しぃの血に酔っていた。
「痛いの」
 未だほとんど力の入らない両腕を、ギコの背に回す。
 噛み傷の痛みはじわじわと麻痺していき、しぃは、より鮮烈な感覚を切望した。

922 名前: Do You ecstaC?(4/8) 投稿日: 2004/07/13(火) 20:56 [ ETcyM23E ]
NG博愛主義04


 ギコが工具箱から選んだのはカミソリだった。
 どんな使い方をしたとしても、これなら痛くないはずがない。
「動くなよ……っつっても、無理だろうけど」
 彼はしぃの頭を左手で支え、刃を近づけてきた。
 痛みの予感に、しぃは期待に息苦しくなって目を閉じる。
「んっ」
 ギコのカミソリはしぃの耳の内側の、むき出しの皮膚に当てられた。
 薄く鋭利な刃は、ほんの数秒だけ痛みを与えて、じわりとした熱に
感覚を変える。しぃの頭のわずかな震えはギコの手に押さえ込まれた。
傷自体は浅く、彼女の薄い耳朶を突き抜けさえしない。
「ふっ、うんっ」
 ギコは何度もカミソリを滑らせ、しぃの耳の無数に傷を刻んでいった。
 ひとしきり作傷を終えると、ギコはカミソリを浴槽の縁に置き、
何かのボトルを手に取った。
(……シャンプー?)
 中身を指先に取り、ためらいなく しぃの耳に塗りつける。
「うああっ!」
 細かな傷に界面活性剤が染み込み、肉が溶けているのではないか
と思うほどの痛みが走った。
 そしてギコは、乱暴と形容しても差し支えない遠慮のなさで、しぃの
耳を擦り始めた。
 耳への虐待と言えば引きちぎる事くらいしか知らなかった彼女には、
それは良い意味で予想を裏切る行為だった。
 片耳の、手の平よりも小さな面積に加えられているというのに、その
痛みは全身を震わせ、しぃは気を抜くと意識を失ってしまいそうだった。
こんな鋭敏な箇所をただむしってしまうのは、随分もったいない事だ。
 初めて味わう種類の激痛は、しかし長くは続かなかった。
 遠い昔、まだ全てのAAが痛みを嫌っていた頃。敵に立ち向かうにも
逃走するにも、苦痛は邪魔になる感覚だった。AA達は生き延びるために、
痛みを麻痺させる術を身につけたのだ。
 かつての環境で身に付いた反射で、しぃの意志とは無関係に、
体は痛くないふりをする。今この瞬間 苦痛を和らげようと分泌される
脳内物質を、しぃは恨めしく思った。傷を受けた瞬間のあの鋭利な痛みが
永続したなら、どんなに素晴らしい事だろう。
 途切れ途切れの呼吸は次第に落ち着き、苦痛への叫びはくぐもった
呻きに変わった。ギコの指が通過する度、しぃの耳には未だ痛みは
あったが、それはもう厚いフィルターを通したような不鮮明な感覚に過ぎない。
 しぃはたまらなくなって、ギコの背を抱きしめた。

923 名前: Do You ecstaC?(5/8) 投稿日: 2004/07/13(火) 20:56 [ ETcyM23E ]
NG博愛主義04


 頭上で笑う気配がして、彼の手がなだめるようにしぃの背を叩いた。
「足りねぇか?」
「うん……」
「俺もだ」
 意外に思って、しぃは彼を見上げた。余裕のある虐待ぶりとは裏腹に、
その目には血への焦燥がある。
 追いつめられているのは自分だけではないのだ。しぃは内心安堵した。
「……あのね」
 彼との連帯感が理性を弱めた。普段なら決して言葉にできない
直接的な願望を口にする。
「内蔵に直接 触れて。爪を立てて。あなたの手で握り潰して」
 改めて口に出してみると、自分はなんて異常なんだと恥ずかしくなる。
けれど今は、それすら心を傷つける甘美な痛みに感じられた。
 ギコがしぃを抱き寄せて、工具箱に手を伸ばした。いかにも切れ味の
良さそうな細身の包丁が選ばれる。
 その切っ先を、彼は無造作にしぃの脇腹に突き立てた。
「ああっ!」
 彼女の体は一度びくりと跳ねてから、苦しげに息を吐きながら
背を丸めた。自らを守ろうとするようなその体勢に、ギコの嗜虐心が
煽られる。
「お前、イイ声出すな」
 ぽろぽろと綺麗な球になって落ちていく涙の粒の一つを
ギコは舌で舐め取った。
 しぃは誉め言葉に反応する事もできず、ぎゅっと固く目を閉じて
腹の痛みに耐えているだけだった。静かな浴室内には、ただ、しぃの
荒い呼吸の音だけが響いている。
 ギコはしぃの肩を撫でて、そろそろと包丁を抜きにかかった。
刃が抜けて行くのにつれて、傷口から鮮血があふれ出す。包丁の柄を
握るギコの手が、暖かな赤に染まっていった。
「……ほら、抜けたぞ」
 用済みの包丁は邪魔にならないよう押しやって、ギコはしぃの頭を
撫でてやった。痛みに張りつめていた顔が、わずかに緩む。
「力抜いてろ」
「ん」
 ギコの胸に額を擦り付けるようにして、しぃは小さく頷いた。
 べったりと濡れた毛皮の中に指を潜らせ、傷口をなぞる。彼女の悲鳴は
耳に心地よく、ギコは衝動のままに、一気に指を根本まで突き入れた。
 腹腔内は熱いとさえ感じられるほどで、しっかりと詰まった臓器の表面が
ぬるりとした感触を伝えてくる。
「……だから、力抜いてろって」
 指を締め付けてくる腹筋の強さに、ギコは苦笑した。
「だ、だって……」
 しぃは決して力を入れようとしているわけではない。むしろ脱力しようと
頑張っているのだが、体の方が言うことを聞かないのだ。
 そもそも、こんな場所に異物を挿入されて無反応でいられる者の方が
少数派だろうが。
「ま、構わねぇけど」
 そっちの方が余計に痛むし。ギコはしぃの耳元で囁いて、腹腔内を
指でかき回し始めた。ぬるぬると滑る感触と、ぐっとひっかかる感触。
包丁に切り裂かれた断面が、ギコの指に抵抗するのだろう。そちらの方が
反応が良くて、ギコは内蔵の断面を執拗に攻め続けた。
 最初の内は弾むような悲鳴を上げていたしぃも、やがて痛みに
衰弱してきたのか、ぐったりとギコに身を預けるようになった。くぐもった
うめき声と絶え絶えな呼吸が、ギコの耳をくすぐる。衰弱するにつれて
抵抗も弱くなり、ギコは指を二本に増やした。

924 名前: Do You ecstaC?(6/8) 投稿日: 2004/07/13(火) 20:57 [ ETcyM23E ]
NG博愛主義04


 さすがにこれは効いたのか、しぃの体に一瞬 抵抗が戻った。
「ふ、あ、だめ……」
「駄目? なんでだ?」
 拒絶されたところで、ギコはもうこの感触を手放す気などない。
「だって……いたい」
「知ってる。でも、それが良いんだろ?」
 さらに一本、傷口に指をあてがった。
「あ……」
 しぃの顔に、恐怖と期待が交錯する。
「ほんと、もう、むり」
 実際の所、彼女の言うとおり、最初に開いた傷の広さは指二本が限界だった。
けれどギコは、わずかにではあったが三本目の指を押し入れた。
「どうしても嫌だって言うなら、今すぐ止める」
 腹腔内の指の動きを止め、しぃの返事を待つ。
 突然行為を止められて、彼女は戸惑った。指を増やされるのは恐い。
けれど、こんな状態で放置されるのも嫌だ。
 自分の体が勝手に動いていることに、しぃは気付いた。動かない
ギコの指にじれたように、腹部を彼の方に押しつけるような動きをしている。
 朦朧としていたしぃの意識が覚醒した。自分の体は、なんて
浅ましいのだろう。失血に下がりつつあった体温が、一気に戻ったような
気がした。
 羞恥や欲望・恐れといった感情に翻弄されて、結局しぃは痛みに屈した。
「やめないで、最後まで続けて……」
 顔を伏せ、蚊の鳴くような小さな声で懇願する。
 ギコは言葉の代わりに加虐で答えた。
「あっ、あ、ああっ!」
 柔らかな腹内を二本の指がばらばらに動いて蹂躙する。そして
三本目の指は、ゆっくりと、しかし休むことなく内部への侵入を開始した。
 狭い傷口はすぐに限界を迎え、ギコの指で広げられた傷穴は
ほとんど円形に近かった。
「いくぜ」
 ギコはさらに指を進め、限界を超えた傷口がみちりと裂けた。しぃの
ノドから、悲鳴と呼ぶにはあまりにささやかな、かすれた息が漏れた。
「まだだ」
 筋肉の繊維に沿って、傷はじわじわと大きさを広げていく。
 ついに彼女の腹はギコの指を三本根本まで飲み込み、毛皮越しにも
異物で膨れ上がった箇所がはっきりと見て取れた。ギコが指を動かすと
膨らみもそれに合わせて動き、彼女の腹は何かに寄生されているように
見えた。
「まだ逝くなよ」
 ギコの意図に気付いていないらしい彼女にそう言い聞かせて、腹内を
探る。腸の断面はすぐに見つかり、ギコは三本の指でしっかりと爪を
立てて捕まえた。そして、彼は一気に引き抜いた。
 しぃは呆然と、抜け出ていく臓物を見ていた。巻き尺でも引き出すように、
それは勢い良く伸びていく。重力に引かれてたわんだ腸の下端が、
浴室のタイルにべちゃりとくっついた。
 臓器の量が減って、しぃの腹には変なくぼみができている。体液で
保護されているべき器官は、外気にさらされただけでもひどく痛んだ。
 遠のく意識の中で、しぃは、楽しげに笑うギコを見た。

925 名前: Do You ecstaC?(7/8) 投稿日: 2004/07/13(火) 20:57 [ ETcyM23E ]
NG博愛主義04


 朝が来た。
 天井はクリーム色で、シンプルなデザインのライトが下がっている。
(……あれ?)
 しぃは体を起こそうとして、全身が痛み、またベッドに沈んだ。
「いっ、た……」
 呼吸ができない。
 苦痛の硬直が解けるのを待って、しぃはゆっくり息を吐いた。
(そうだ、昨日は確か……)
 昨夜の出来事が、しぃの脳裏に鮮明に甦る。
(……最後は、どうなったんだっけ)
 自分の内臓を見たところまでは覚えていた。つやつやと血に濡れていて、
自分の体内に納まっていたとは信じられないほど長かった。
 しぃは傷のあたりを触った。肉とも毛皮とも違う、布の感触がある。
(何?)
 数度撫で回し、どうやら包帯らしいと見当をつける。……手当て
されているのだ。
 ゆっくりと起きあがり、確認すると、全ての傷がガーゼや包帯で
覆われていた。
「……何で?」
 しぃは自分の置かれた状況に戸惑っていた。治療どころか、そもそも
朝を迎える事など無いはずだったのだ。
「私、生きてるの?」
 それはとても意外な事だった。
 腹を撫でてみる。引き出された腸は戻されたのか、別段、中身が
少なくなっている感じはしなかった。
(で、ここは?)
 もちろん、しぃの自宅ではない。病室のような気配もないので、多分、
ギコの部屋の寝室なのだろう。
 しぃはベッドから下り、ギコを探して寝室を出た。

「お、起きたか」
 白い深皿の中身はドライフードと牛乳。どうやら彼は、朝は軽く
済ませる主義らしい。
「おはよう。えっと……」
 何から問おうかと悩んでいると、彼はパックの牛乳をマグカップについで、
電子レンジで温め始めた。
「ホットミルクは、砂糖入れるのか?」
 しぃが頷くと、彼は「そうか」と呟いて砂糖壺をテーブルに持ってきた。
「チンって言ったら、自分で持ってこいよ」
「え? あ、うん」
 ギコはドライフードをスプーンですくいながら、テレビのニュースに
目を戻した。画面の中では、アナウンサーが痛ましげな面持ちで、
県内のとある学校の生徒が池で溺死したと報じている。
 最近暑いから、水遊びでもしていたのだろうかと、しぃはぼんやり考えた。
「昨日、お前 内臓逝ってるから、今日は固形物はやめとけよ」
 綺麗に巻かれた包帯の事も相まって、食事指導するギコはまるで
医者のようだった。そう口に出すと、彼は「一応 外科医だぞ?」と
ためらう様子もなく答えた。
 そんな事を自分に教えてもいいのだろうか。しぃは不審に思った。
 命を奪わない限りは、合意の上での虐待行為は罪に問われない。
しかしそれは「法律上は合法」という話だ。医者・教師・警官……そういった
職種の人間には、失職に繋がりかねない趣味である。

926 名前: Do You ecstaC?(8/8) 投稿日: 2004/07/13(火) 20:58 [ ETcyM23E ]
NG博愛主義04

 電子レンジが調理完了の音を立てた。火傷しないように注意して
取り出し――別に火傷は嫌いではないが、反射で手を引っ込めて
床にぶちまけても困る――、彼の正面に腰かけた。角砂糖を一つもらう。
「何で、殺さなかったの?」
 一番の疑問をぶつけると、彼は質問の意味が理解できないと
いう風な顔をした。
「(゚Д゚)ハァ?」
「だから……」
 しぃが言葉を続けようとしたとき、ニュースの話題が切り替わった。
 連続殺人犯は、昨夜も獲物を殺したらしい。
(嘘。だって彼は、昨日は私と……)
 被害者の写真が映し出されているテレビ画面と、ギコを交互に見比べる。
 しぃが勘違いしていた事を理解するのと同時に、ギコの方でも彼女の
誤解に気付いたらしかった。彼はテレビを指さした。
「……あれだと、思ったのか?」
「違ったのね……」
 ギコは盛大に溜息をついた。
「死なせるようなヘマするかよ」
 しぃの疑問は氷解した。ギコは、しぃが待ち望んでいた殺人鬼では
なかったのだ。
 彼は席から立つと、浴室に行って戻ってきた。その手には鎖と
プラスチック製の手錠があり、彼はごく当然のような動きでしぃの両手首を
拘束した。
「……え?」
「自殺願望者を、そのまま帰すわけにはいかねぇだろ?」
 あつらえたように手頃な柱に鎖を回し、手錠に通して南京錠をかける。
「別に、自分で死ぬ気はないんだけど……」
 プラスチック製とは言え手錠は玩具ではなく、壊すのは難しそうだ。
「最初は皆そう言うらしいけどな。いきすぎた自傷も含めて、
えくすたしぃの死因の8割は自殺だ」
 ギコが乱暴に鎖を引いた。
「あうっ」
 全身が揺すぶられ、傷に痛みが走った。
「生きてれば、死ぬよりも、もっと痛ぇ事、教えてやるぞ」
 彼は囁いて、しぃの耳朶に噛みついた。
 背徳の欲望に、彼女の体が震えた。

 待ち人来たらず。
 ……けれど、なんら問題はありません。

                                  (終了)