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Last-modified: 2015-06-20 (土) 12:39:27
965 名前: H 1/4 投稿日: 2003/10/09(木) 00:18 [ wcPNcWq. ]
ぴんぽんぱんぽん。最初のお知らせです。
以下の小説は、流血表現はありますが、虐待or虐殺小説ではありません。
ふざけんな、そんなの許さん、という方は以下4レスすっ飛ばして
>>969までお飛びください。

 それでは、どぞ。


 * * *


「 My Heart is floating across the bloody sea 」


あたしは、死ぬことが出来ない。

ただ、彷徨っているだけ。

ずっと。

ずっと。

血の海を漂っている。

966 名前: H 2/4 投稿日: 2003/10/09(木) 00:19 [ wcPNcWq. ]
机の引出しから、皮製のケースを取り出す。
右側、一番上の引出し。いつでもすぐ手に取れる位置。
ケースを開けて、中からフォールディングナイフを取り出す。
滑らかなハンドルは大理石製。丁度あたしの手のひらにピッタリ納まる。
インレイで埋め込まれた血のように紅いメノウの模様が気に入って買ったもの。
両手でハンドルをもって、折りたたまれている刃を引き出す。
氷のように冷たい輝きを跳ね返す、銀の鏡のような刃にあたしの顔が映る。
しぃ族特有の、淡い色の瞳、繊細な輪郭。
あまり自分の顔は見ていたくない。
あの嫌なオンナと同じ顔。父さんに似ていたら良かったのに。
視線を外し、ナイフを右手に持って、そっと白い左の内腕に当てる。
一寸引いただけで、見る見るうちに紅いモノがあたしの腕からあふれてくる。
切れ味は買った時から相変わらず抜群。
満足したあたしは、今度は思い切りナイフを引く。
腕に真っ直ぐ紅い線。
滴る血は気にせず、二度、三度とナイフを動かす。
皮が裂け、肉がえぐれる。
血溜まりに、あたしの顔が映ってる。
それでも止めずに、あたしはひたすら自分の腕を切り裂く。
腕の肉がこそげ落ち、返り血が右手にかかる。
それでも、ナイフは止まらない。
止められない。

967 名前: H 3/4 投稿日: 2003/10/09(木) 00:20 [ wcPNcWq. ]
ナイフの先に、違和感。
ついうっかり、腕を切ることに没頭していたら、いつのまにか左腕はぐちゃぐちゃ。
白いものが見えてる…さっき硬いものにあたった気がしたのはこれね。
骨までいっちゃったなんて…久々にやりすぎたかしら。
用意していた濡れタオルで、あたしは腕を拭う。
タオルをどけたそこには、いつも通りの白い腕。
今の今までナイフで引き裂いていたとは思えないくらい、なめらかな皮膚。
何処にも切り傷ひとつ見当たらない。
赤く汚れたタオルと、白い腕を交互に見ながら、あたしは落胆の溜息をつく。
せめて、傷跡の一つくらい残っててもいいじゃない。骨まで切ったんだから。
タオルの綺麗なところで、ナイフを丁寧に拭う。
きちんと刃を閉じて、ケースにいれ、引き出しに戻す。
ああ、さっき飲んだ睡眠薬がようやく効いてきたみたい。
あくびを一つして、あたしは重い体を持ち上げた。

968 名前: H 4/4 投稿日: 2003/10/09(木) 00:21 [ wcPNcWq. ]
「ドクター?」
呼びかけられ、病室と廊下を隔てているガラス窓の前に立っていたモララーが振り返ると、ナースのジーが丁度こちらに歩いてくるところだった。
他に殆ど音が無いせいか、リノリウムの床と、ナースシューズが擦れる音が妙に大きく聞こえる。
「こちら、サインお願いします。
 …こんなところでどうしたんですか?
 患者に何か異変でも?」
「いいや、何も変化ナシさ」
ジーから報告書を受け取りながら、ドクター・モララーが答える。
視線の先には、ベットに横たわるしぃが一人。
大量の睡眠薬を飲み、手首を切っていたところを発見され、この病院に先月担ぎ込まれたのだ。
それ以来、彼女はずっと目覚めない。
「相変わらず、眠りつづけているよ…
 いや、眠っているという表現は一寸違うかも知れないな。
 何しろ彼女はずっとレム睡眠、夢を見ているのだからね。
 自分じゃ起きているつもりなのかもしれない」
「そうですね」
モララーの言葉にジーも同意する。
ジーも部屋の中をガラス越しに見る。
しぃにつながれた脳波計は、ずっとレム睡眠の状態を指しつづけている。
布団の上に出されている左の腕には、白い包帯が巻かれており、まだ血が止まっていないのか、僅かに赤く染まっていた。
「一体どんな夢をみているのでしょうね」
モララーからサインの入った報告書を受け取りながら、ジーが言う。
それにモララーは、かすかに苦笑しながら言葉を紡いだ。
「さあ、皆目見当もつかないが…
 楽しい夢ではないだろうな」
ジーは不思議層にモララーを見る。
「何故そう思うのですか?」
モララーの視線は、相変わらず患者に固定されたまま。
「あの顔を見てご覧、ナース」

「まるで海で溺れそうになりながら、
 必死にもがいているようじゃないか」


 …あたしはずっと、血の海を漂っている…
   - My Heart is floating across the bloody sea ...

*フォールディングナイフ…折りたたみ式のナイフのこと。ハンドルとは、ナイフの持ち手の部分。
*インレイ…埋め込み模様(象嵌細工)