after hunt

Last-modified: 2015-06-23 (火) 00:07:44
41 名前: after hunt(1/6) 投稿日: 2003/11/14(金) 21:34 [ SsXTB6qg ]
(関連 >>15-18)

 運びやすい大きさに分けた荷物は、ビニールシートで一つずつ
包んだ。丈夫で水気を通さないそれは、彼らの生活にとって大切な
道具である。

 片耳のしぃは一番大きな包みを抱いて、ふらつきながら下水道を
歩き始めた。
「コゾウ、 ヘイキカ?」
 残りの荷物を取りに来たレコが、心配そうにたずねる。
「ダイジョウブ」
 しぃは種族特有の微笑を浮かべて、残りの荷物を頼むと返した。
「マカセロ コゾウ」
 レコは奥へと走っていき、包みの一つを担ぎ上げた。

 被虐AAの中では、しぃは大柄な種族である。しかしさすがに、
自分の体重ほどもある荷物では運ぶのに手間取った。
 もう一分割すれば軽くはなるのだが、そうすると、中身がこぼれ
落ちてしまう危険があった。彼女には、そんなもったいないことは
できなかった。

42 名前: after hunt(2/6) 投稿日: 2003/11/14(金) 21:34 [ SsXTB6qg ]
 しぃがバックポイントについた時、あたりはすっかり夜だった。
 とっくに運び終えたレコが、積んだ荷物の前に座っている。
「ガンバッタナ コゾウ」
 しぃが荷物を下ろすと、彼はねぎらいの言葉をくれた。
「マアネ」
 かつて子供達が遊んでいたであろう公園は、今では雑草が茂り、
蔦に絡まれた遊具は奇妙なオブジェと化している。
「オリテコイ コゾウ」
 レコがジャングルジムに声をかけた。
「イマ イクデチ」
 ジャングルジムの骨格に板を渡してボロ布を引っかけて、そう
して作った簡易テントの中から、チビギコが答えた。
「フサタン ヤッパリ タベナイ デチカ?」
「いらない」
「ソウデチカ・・・」
 テントの中の仲間にあっさり断られて、チビギコは寂しそうに
下りてきた。
「チビフサクン ブキヲ シラベテ イルノ?」
 自分の運んできた荷物を開きながら、しぃがたずねた。
 チビギコがうなずく。
「ソウデチ。 ハッシンキ ガ ツイテタラ コマルカラ ッテ」

43 名前: after hunt(3/6) 投稿日: 2003/11/14(金) 21:35 [ SsXTB6qg ]
 彼らの仲間のチビフサは、少し異質なAAだった。
 彼は加虐者の気まぐれに拾われ、加虐者の気まぐれに可愛がられ、
そして加虐者の気まぐれに捨てられた。
 チビフサの価値観自体は加虐者に近いが、しぃ達を虐待するつもり
はないらしい。豹変の不安を差し引いても、知識の豊富な彼を仲間に
するのは有利だった。
 事実、今日の狩りが実現したのもチビフサのおかげだ。

 しぃはテントを見上げた。
 張り巡らされたボロ布は、内側からうっすら光っていた。
 十分な月光があるというのに、彼はライトを使っているのだ。
チビフサは、あまり夜目がきかないらしい。
 彼が育った加虐者達の町は夜でも明るいから、見る力が衰えて
しまったのだろうと、しぃは思う。
「キルゾ コゾウ」
 レコが愛用のナイフを突き立て、真っ直ぐ引いた。
 かたまりかけた血が、どろりとあふれる。
 チビギコが歓声を上げて口をつけた。行儀が悪いとレコが苦笑し、
しぃもくすりと笑った。
 傷口に指を差し入れ、とろみのある液体をすくい取る。
 含んだ瞬間、適度な塩気とうまみが広がり、一呼吸送れて鉄サビに
似た香りが追いかけてきた。物理的によく似た成分は、胃に落ちる
よりも早く体に吸収されるようだと、しぃは錯覚する。
「オイシイネ」
 しぃの呟きに、レコとチビギコが同意を示す。
 三人は各自のナイフで、それを切って口に運んだ。
 たっぷりとしたみずみずしい内臓は、狩りの日だけのごちそうだ。
 久しぶりの大きな獲物に、三人は存分に飢えをぶつけた。

44 名前: after hunt(4/6) 投稿日: 2003/11/14(金) 21:36 [ SsXTB6qg ]
 戦利品の点検が終わり、チビフサはジャングルジムのテントから
下りた。月光にぼんやり照らされて、凄惨な晩餐が見える。
 チビフサは吐き気を押さえて目をそらした。
「……要らない物、捨ててくる」
「フサタン タベナクテ ダイジョウブ デチカ?」
 チビギコが赤く染まった口できいてくる。
「僕の分はもらったからいい」
 彼は、戦利品の中にあった食品を見せた。
「デモ・・・」
 しぃが何か言いかけたが、チビフサは頭を振って遮った。
 このむせかえるような血の匂いから、早く離れたかった。

 気にかけているらしい視線を振り切って、チビフサはいつもの
投棄場所に移動した。
 そこはコンクリートで固められた川で、上流で大雨が降ると、
ゴミを一気に海まで流してくれるのだ。
 チビフサは橋の上から、短すぎる金属線や使えなくなった電池を
川に落とした。ゴミは川面に小さな輪を作り、すぐに流れがかき
消していく。
 何事もなかったように流れる水を見ていると、チビフサの心は
穏やかになり、吐き気もおさまった。

 綺麗な空気が流れてくる橋下に移動して、チビフサはコンビニの
店名が印刷された袋を開けた。
 おにぎり二つに飴の缶が一つ、そしてジュースの空パックと中身
を食べた後のビニール袋。
 ラベルから、彼の昼食はカフェオレとチーズバーガーだった事が
分かった。
「……ごめんなさい」
 チビフサは、仲間の腹に消えつつある彼に謝った。
 彼の夕飯を奪った事に対する謝罪なのか、彼の死の一因となった事
に対する謝罪なのか、チビフサ自身にも分からない。ただ、彼が
生きていた時の事を考えると、ひどく悲しくなった。
 彼はこの町に来る前にコンビニに寄ったのだろう。友達が一緒
だったかもしれない。くだらない話をしながら商品を選び、もしか
したら、この飴は、友達にも分けるつもりで選んだのかもしれない。

 チビフサはおにぎりのフィルムをはがしてかぶりついた。
 美味いとか不味いとか、そういった要素よりももっと重要な点に
おいて、これはチビフサの糧だった。
 これは血の味がしない。
 角耳種は、雑食の中でも肉食に近い生き物だ。血の味を不快に
思うほうがおかしいと、チビフサは自覚している。
 けれどあの日――仲間のでぃが命を落としたあの日――仲間達が
ためらいもなく、彼女だった肉を食らうのを見てから、動物性の
食べ物は一切だめになってしまった。

45 名前: after hunt(5/6) 投稿日: 2003/11/14(金) 21:36 [ SsXTB6qg ]
 おにぎりを食べ終わったチビフサは、コンビニ袋に石を入れ、
口を固く縛って川に沈めた。未だ町に残って彼を捜しているかも
しれない、彼の友達が、川に流れている袋をみつけて探しにくると
いけないからだ。
 きっと友達はまだ彼の事を探していると、チビフサは思った。
 しぃ達には実感できないようだが、加虐者は仲間を大切にする。
彼らにとって、仲間を見捨てる事は罪なのだ。
 だから彼らは、仲間を放って逃げる被虐者達を罪人だと言う。

 けれどチビフサは思う。
 仲間を守るには力が必要だ。
 それを持たない被虐者に、仲間に執着する権利はないのだ。

 あの日チビフサは、でぃを守らなかった仲間を糾弾していた。
 そのころは沢山いた角耳の仲間達が、困惑気味に彼を見ていた。
 やがて彼は、弱々しく自分を呼ぶ声に気付く。
 彼の頭を撫でて、彼女は微笑んだ。
 それがこの町のルールだと。
 悲しむ事ではないのだと。

 チビフサは仲間に執着する。
   だから彼には被虐者の資格がない。
 チビフサには仲間を守る力がない。
   だから彼は加虐者にもなれない。

46 名前: after hunt(6/6) 投稿日: 2003/11/14(金) 21:37 [ SsXTB6qg ]
 砂利を踏む音が聞こえて、チビフサは顔を上げた。
 いるはずのない相手を見つけ、思わず息を止める。
「ヤッパリ ココニイタ」
 彼女は笑って手を差し出してきた。
「……なんだ、しぃさんか」
 見間違えた事に気付き、チビフサは息をはいて脱力した。
「ナンダ ハ ナイデショウ」
 しぃが不服そうに言う。
「ごめん」
 素直に謝って、彼女の手にそれを乗せた。
「ナニ?」
 手の上に乗せられた楕円球を、しぃは不思議そうに見つめる。
「ドロップ。多分、それはイチゴ味」
 彼女はそれを口に入れて、甘い、と感想を述べた。

 あらためて彼女の手につかまり、チビフサは橋の下を出た。
 車道のアスファルト舗装はあちこちにひび割れができ、そこから
吹き出すように伸びたススキが、月光に綿毛を光らせている。
「ありがとう」
 唐突な感謝の言葉に、彼女はいぶかしげに彼を見下ろした。
「無事に帰ってきてくれて」
「・・・?」
 理解できないでいる彼女に笑いかけて、チビフサは手を引っ張る。
「言ってみたかっただけ。気にしないで」
 彼の要望通り、彼女は気にせず歩き出した。
 加虐者の倫理で話すチビフサの言葉が通じないのは、いつもの事
だったからだ。

 分かり合えない事を確認しあう関係でも、独りよりはましだった。
 けれど遠くない将来、彼はそれすら失う事になる。