其の参-3

Last-modified: 2008-04-20 (日) 21:51:18

「ウルズ2からウルズ7へ。犯人宅に異常なし。」
「ウルズ7了解。って、コードネーム使う必要全くなくねえか?」
例のワンルームマンションの正面にいる如月が、無線機を通して小田に言った。
[こちらゲーボ1。家宅捜査令状を取った。遠慮なく突っ込め。]
「……森嶋さんもノリノリかよ。」
犯人宅の玄関を見上げながら、如月がため息をつく。
「こちらウルズ6。目標を狙い撃つぜ!」
マンション裏の通りが、大通りにつながる所で待機していた総慈からも通信が入る。
「違う、総慈!何かが違うぞ!」
階段をのぼりながら、声をひそめ如月が叫ぶ。
「だって普通にやってもつまらないじゃないですか。」
無邪気な総慈の声。数十メートルほど離れたマンションを見上げる。
「お前、仕事を……」
「如月さんも、仕事そう真剣にやってる訳じゃないでしょ?総慈みたく如月さんも指を光って唸らせていきましょうよ。」
「うん、それ無理。」
苦笑しながら如月が言った。
そして、数人の刑事とともに玄関のドアに貼りつく。
「藍沢、持ち位置にいるな?」
マンションから数百メートルのところ、ビルの上を振り仰ぐ如月。
「もちろんです。」
ビルの屋上で、双眼鏡を構えた功が言った。
「じゃあ、いくぞ。」
ドアノブに手をかける。
「「「了解。」」」
管理人から預かった合鍵でドアを開け、一気になだれ込む。
数メートルの廊下を通り抜け、奥のワンルームへ。
部屋中央のコタツに、散乱したカップ麺やコンビニ弁当のゴミ。
カーテン越しに、冬の夕日が差し込んできている。
そして、部屋の隅、一人の男がいた。
「井上啓二さん、ですか?」
如月が、逮捕令状と家宅捜査令状を広げて言った。
「う……あ……」
ゆっくりと立ち上がり、二枚の令状を取りつかれたように凝視しながら、窓へと近づく。
「窓から逃げても無駄だぞ。」
冷徹に如月が言うが、男は窓の鍵に手をかけた。
「だから無駄……」
が、次の瞬間には男の姿は消え、ただ窓だけが開け放たれていた。
「飛び降りやがったよ……。足くじいてねえか?」
下を覗き込む如月。冬の風にたなびくカーテンを鬱陶しそうにおさえる。
男は、マンションの塀を飛びこえ、裏路地を走りだそうというところだった。
「頼むぞ、総慈!」
裏通りを目でなぞり、大通りへの一本道であることを確認しつつ、如月が怒鳴る。
「了解、っと。」
その裏路地が大通りへとつながる所にいた総慈は、無線機から手を離し路地の入り口に向き直った。
「いつでもどうぞ……」
地面をつま先でつつき、指を鳴らす。
と、裏路地の暗闇に人影が。
その人影は総慈を見ると、ポケットからナイフを取り出した。
痩せたそのシルエットは、犯人、井上だった。
それを見ても、総慈の顔色は変わらない。
男はナイフを正面に突き出すと、
「どけろ!どけろ!」
そのまま総慈に突進していく。
交錯の一瞬、総慈は男のナイフを持った手を右手で弾いた。
「危ない、」
何気ない足の運びで、バランスを崩した男の左側へ。
「ぞ、と。」
回し蹴りを、男の頭に見舞った。
顔面から地面に突っ込む男。
その腕を、総慈は踏みつけた。
「終了、っと。」

 
 
 

「ふう……」
功は上着をダイニングテーブルの椅子にかけると、ソファーに座りこんだ。
長い髪が、その動きより少し遅れてなびく。
街の明かりが差し込む部屋。月も出ているが、摩天楼の光にかなうはずもない。
「やれやれ、だな。」
功は大きくため息をついて、テレビをつけた。
[六日前中央区で、男性が殺害された事件について警視庁は……]
例の男、井上啓二が、画面に映し出される。
[犯人は、事件から六日間ずっと自宅にこもっていたらしく……]
画面のニュースキャスターが、無表情に事件の内容を綴っていく。
「昼間に出かけるのにカーテンを閉める人間は……いないからな。」
髪を留めていたゴムを外し、黒いシャツの前を外しながら、功は呟いた。
暗い部屋で、功の無表情を照らすのはテレビの光と、街の光。月の光はほとんど届かない。
ニュースを垂れ流すテレビを眺め、髪を指に巻きつけている功。
残りの髪は、彼の薄い胸板にかぶっている。
その時、風呂のアラームが鳴った。
テレビをつけっぱなしで、のっそりと起き上がる功。
洗面所で服を脱ぐと、長い髪を結び、かかり湯もせずに湯船につかる。
目を閉じ、大きく息を吐いた
夜も九時を回り、近隣からの物音はほとんど聞こえてこない。
ただ、天井の結露が水滴になって湯船に落ちる音だけが響く。
「……今、寝そうになったな……」
目頭を押さえて、功は言った。
と、電話の音が鳴る。
居間のものではない。それよりももっと近い。
……携帯電話か?
そう思って濡れたまま風呂場から出て、洗面所に脱いであったズボンのポケットから携帯電話を取り出す。
[如月さん]
……如月さんから?
不思議に思いながらも電話を取る。
「はい。藍沢です。……はい、江東区で殺人ですか。」
途端、やれやれという顔をする功。
「ええ。……え?……いや、なんでもありません。被害者の名前が……」

 
 
 

翌日。
「これより捜査会議を始める!」
森嶋が、会議室の前で怒鳴った。
「被害者の名前は遠山良助、四十八歳。千代田区にある会社の社員です。」
森嶋の隣に座っていた男が、手元のノートパソコンをさわりながら言う。
正面のスクリーンに映し出される、真面目そうな、いかつい顔立ちの男性。
「昨日午後七時半ごろ、帰宅した一人娘が、一軒家の自宅で殺されているのを見しました。」
男がノートパソコンを閉じた。
「次!鑑識!」
「死因は大量失血。家にあった果物ナイフで、腹を一突きです。」
「死亡推定時刻は午後六時ごろ。部屋の中には争った跡があるものの、家には鍵がかけられていました。」
森嶋の声に立ちあがった二人の捜査員が言う。
「……窓から入ったのか?」
捜査員席の最前列中央。いつものように総慈と並んで座っている功が言った。
「ん?家に鍵がかかってんのに犯人は家にいなかったのか?」
森嶋も怪訝な顔をする。
「ええ。窓は、二階のものは開いていましたが。」
「二階から、夕方六時にわざわざ入ろうとする泥棒さんはいねーよ。……となると……」
忌々しげな顔をしてため息をつく森嶋。
眉間を抑え、椅子にもたれる。
「身内か……。嫌なもんだねえ。」
総慈もわざとらしくため息をつき、首を振った。
功も腕を組み、眉間にしわを寄せパイプ椅子にもたれかかる。
「と、あともう一個だ。俺がこの事件の報告を受けたのは八時半。それまで何してたんだ?第一発見者がどうかしたのか、それとも俺ら警察か。」
隣の男の方を向き、森嶋は言った。
「第一発見者の方ですね。被害者の一人娘の、十六歳女の子は交番に駆け込んできたとき相当な興奮状態で、話を聞き出すのに四苦八苦したそうです。」
「……親御さん殺されたらそうなるわな。その女の子、今は話聞けるのか?」
「ええ。今はだいぶ落ち着いて、自分から事情聴取を受ける、と。」
被害者のプロフィールと、自宅の所在地、事件後の中の様子などが映された正面のスクリーンに、一人の少女の顔が写った。
黒髪に、少したれた切れ長の、自信なさげな目。線の細い顔立ちに、赤いカチューシャを付けている。
「おい……これって……」
総慈が目を見開き、机から乗り出す。
「……やはりか。」
功も、憎々しげに顔を歪める。
遠山里紗の顔写真を見て。

 
 
 
 
 
 

其の四-3