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Last-modified: 2007-06-14 (木) 22:28:19

アルヴィス 「さて、今日もシグルドに雑用を押し付けてやるとするか……む、電話中か?」
シグルド  「うん、そうなんだ。ありがたいことに部下も協力してくれているから、もう少しで帰れると思う。
       もしも帰れないようだったらまた連絡いれるから、先に始めていてくれ。それじゃ。
       ……ああ、これはアルヴィス課長。お出でとは気付かず、失礼致しました」
アルヴィス 「いや、構わない……ご家族への電話かね?」
シグルド  「ええ」
アルヴィス 「珍しいな、仕事熱心な君が職務中に私用電話とは」
シグルド  「申し訳ありません」
アルヴィス 「いや、咎めている訳ではない。さほど長い時間でもなかったようだし、帰りが遅くなる旨を伝えていただけなのだろう?」
シグルド  「ええ、その通りです」
アルヴィス 「……単なる好奇心から聞くが、何か、特別な用事でもあるのかね?」
シグルド  「実は、妹の誕生日でしてね」
アルヴィス 「妹……か」
シグルド  「ええ、一番上の妹です。いつも何かと苦労をかけてばかりですので、今日ぐらいは、と思いまして」
アルヴィス 「……」
シグルド  「ところで課長、私に何か御用だったのでは……」
アルヴィス 「いや、特に用はない。通りかかっただけだ。まだ今日の作業が残っているのだろう?」
シグルド  「ええまあ。幸い部下たちが頑張ってくれていますので、今後の日程に支障をきたすことはないかと」
アルヴィス 「よろしい。その調子で頑張ってくれたまえ」
シグルド  「はっ。それでは、失礼致します」
アルヴィス 「うむ……で、いつまで盗み聞きしているつもりかね?」
アレク   「おや、バレてましたか。さすがエリートであらせられるアルヴィス課長様だ」
アルヴィス 「相変わらずの軽口だなアレク君。左遷も減給も怖くないらしい」
アレク   「まさかね。あなたはこの程度で職権を行使するほど器の小さい方じゃないでしょう」
アルヴィス 「皮肉を言うかおだてるか、どちらかにしたらどうかね」
アレク   「すみませんね、口が軽い性分で。ところで、今日はどんな雑用を持ってきたんです?」
アルヴィス 「ふん、お見通しという訳か。ほら、これだ」
アレク   「これはなかなか分厚い書類の束だ」
アルヴィス 「時代の波に合わせて我がグランベル総合商社でも過去のデータのデジタル化が推し進められているのでね」
アレク   「はっ、こんな古いデータ、パソコンに突っ込んだってどうせ使う機会なんぞないでしょうに。
       ……しかしこりゃ厄介だ、さほど難しくはないが、全部打ち込むにはそれなりに時間が必要でしょうねえ」
アルヴィス 「……」
アレク   「ま、いいでしょう。シグルド係長の代わりに俺らがやっときますよ」
アルヴィス 「……君も物好きだな。君ほど要領のいい男なら、もっと高い地位も狙えるだろうに。
       何故いつまでも出世コースから外れたあの男の下で働いている?」
アレク   「『この私の誘いを断ってまで』……ですか?」
アルヴィス 「……」
アレク   「ま、あなたの方が係長よりずっと優秀な方だってのは認めますよ。
       実際、ウチの係長は真面目すぎてちょっと融通が利かないところがありますしね。
       部下のわたしが言うのもなんですが、あの調子じゃ多分一生係長どまりでしょうね」
アルヴィス 「では何故?」
アレク   「楽しいから……ですかね。高い給料もらったり甘い汁啜ったり、
       そういうのよりよほど価値のある時間を過ごしてると思いますよ、今はね」
アルヴィス 「……理解に苦しむな」
アレク   「ところで、今日はずいぶんアッサリとシグルド係長を帰しましたね?」
アルヴィス 「好奇心は猫を殺すぞ」
アレク   「生憎、この通り貧相ですが猫よりは頑丈なつもりですよ」
アルヴィス 「……私にも、弟がいる」
アレク   「ほう、そりゃ初耳だ。将来は我が社の重役決定ですか?」
アルヴィス 「まさか。弟はとうに家を出てしまっていてな。両親がいないからと、厳しくしすぎたのがいけなかったのかもしれん。
       今は親友と共に安アパートで暮らしながら、遠い学校に通っていると聞いている。世間知らずだと思っていたのだがな」
アレク   「……」
アルヴィス 「弟が出ていく前までは、お互いの誕生日は二人きりで祝っていたものだ……ふと、そんなことを思い出したのさ」
アレク   「なるほどねえ。いや、こりゃ意外な一面だ」
アルヴィス 「プライベートな話だ。忘れてくれ」
アレク   「いやいや、いつまでも深く記憶に刻み付けておきます」
アルヴィス 「嫌な奴だ」
アレク   「お互い様でしょう」
アルヴィス 「ふん。さて、そろそろ私も自分の仕事に戻るとしよう。どこぞの係長と違って、普通に忙しい身なのでね」
アレク   「お疲れ様です。しかし分かりませんね、何であなたほどの人がウチの係長みたいな人を目の敵にするのだか」
アルヴィス 「プライベートな話だ」
アレク   「それも聞かせていただけるので?」
アルヴィス 「冗談ではない。ではな」
アレク   「……人は見かけによらない、ってやつかねえ」
ノイッシュ 「アレク! またこんなところで油を売っていたのか」
アレク   「おお我が親友ノイッシュ君ではないか。どうしたね、そんなに怒って」
アーダン  「お前がさぼってる間に仕事終わっちまったぜ、アレク」
アレク   「ふーん。じゃ、係長も帰ったのか」
ノイッシュ 「ああ。今日はなにやら、いつも以上に張り切っておられたからな。仕事が終わったら急いで社を出て行かれたよ」
アレク   「そか。そりゃよかった」
アーダン  「ところで、どうだ。これから飲みにでも」
アレク   「あー、すまん、そりゃ無理だ」
ノイッシュ 「なに? どういう」
アレク   「ほれ、また余計な仕事が増えたのさ。いつも通りのルートからね」
ノイッシュ 「またか!? クッ、どうしてこういつもいつも……」
アレク   「神経使いそうな仕事だからなあ。こういうのは『堅実! 丁寧! でも遅い!』のアーダン君に任せるしかないでしょう」
アーダン  「またそれか! お前がそんなこと言いふらすせいで俺は変なイメージ持たれてるんだぞ」
アレク   「まあそう怒るなよ。今度いい女紹介……しても無駄か、お前の場合は」
アーダン  「アレク、てめえ!」
アレク   「ははは、冗談だよ、冗談。そんなに怒るなって。さ、ちゃっちゃと終わらせて飲みにいこうぜ」
ノイッシュ 「やれやれ……」