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Last-modified: 2007-06-14 (木) 22:35:19

ターナ「ああもう、あいつらー! 許さないんだから」
ミネルバ「……申し訳ない。私がいたらないばかりに……」
ターナ「そ、そんな。顔を上げてください。ミネルバさんが悪いわけじゃ……」
ミネルバ「……いえ。私の身内のしでかしたこと、止められなかった私にも咎はあります」
ターナ「そんなことありませんってば」

エイリーク「ターナ? 荒れているようだけど……あら、そちらの方は?」
ターナ「あ。エイリーク、おはよう。こちらは、騎竜科の……」
ミネルバ「ミネルバと申します。初めまして」
エイリーク「まあ、ご丁寧にありがとうございます。私はエイリークと申します」
ミネルバ「存じ上げております、ルネスの姫君」
エイリーク「え……」
ミネルバ「貴女はご存知ないでしょうが……“姫君”エイリークの名は、私のような武骨な者でも聞き覚えがあるほど有名なのですよ。
その美しさも、心優しさも、凛とした強さも、同世代ならば必ず聞き及んでいるでしょう。
現に我が騎竜科でも、貴女に焦がれる男子は、私が知るだけでも十を数えます」
エイリーク「まあ、そんな……。私などが、そんな不相応な評価を?」
ターナ「謙遜しないの。貴女が美人なのも優しいのも、そんじょそこらの男に負けないのも事実でしょう?」
エイリーク「いえ、私など……。そ、それより、ターナは何を怒っていたの?」
ターナ「そうそう、聞いてよエイリーク! 騎竜科の男たちがひどいの! 勝手なの!」
エイリーク「……ターナ。もう少し具体的に」
ミネルバ「今日は、天馬科と我々騎竜科との、決闘形式の練習試合の予定だったのです。ところが、それを不服とした私の兄が、小隊機動の演習を勝手に始めてしまって……」
ターナ「一騎打ちのつもりでいたわたしたちは、グラウンドに来た順に各個撃破されてったの」
エイリーク「……そんな身勝手な真似を、教師の皆様が許したのですか?」
ターナ「もちろん抗議したのよ。けど、ね……」
ミネルバ「……貴女は知らないかもしれないが、騎竜科の主任は、アシュナードという化物なのです」
エイリーク「…………っ。聞いたことがあります。アイク兄上をして、『人類最強』と言わしめた魔人ですね」
ミネルバ「ええ。貴女の兄弟についても聞き及んでいますが、こと膂力においてアレに敵うものはいません」
ターナ「それで、そのアシュナード先生の方針が、強い奴が正義だー、っていう感じなの。わがままは力で貫き通せ、文句があるなら力で抵抗しろ、って」
ミネルバ「そんなのが主任なので、騎竜科は万事が力づくなのです」
ターナ「もちろんそんな人が、天馬科の先生たちの抗議なんか聞くはずないし。……しかも、この騒ぎを聞きつけたヒーニアスお兄さまが抗議に行って、完膚なきまでに叩きのめされてボロボロにされたし」
ミネルバ「……重ね重ね申し訳ない。ご先祖の盾を持った兄は弓に強くて……」
エイリーク「…………。分かりました」
ターナ「え?」
エイリーク「力が全て、というのでしたら、その横暴、私の剣で止めてみせましょう」
ミネルバ「なっ!?」

エイリーク「ごきげんよう。少々よろしいですか?」
クーガー「む? なんだ小娘。邪魔だ、用ならば後にしろ」
エイリーク「そうはいきません。私は、あなた方の蛮行を止めに来たのですから」
クーガー「……な」
ヴァルター「ふ。ふふふ。勇気があるな女。だがお前に……」
エイリーク「あなたが首謀者ですか?」
ヴァルター「…………。いや。駒の動かし方など、私は興味がない。我が悦びは……」
エイリーク「ではあなたに用はありません。退きなさい」
ヴァルター「……何だと、女……!」

ミネルバ「ああ、本当に行ってしまった……!」
ターナ「早く止めないと! ……ラーチェル! 縄を解きなさいよ!」
ラーチェル「あら、今あなたたちが出て行っては、外部の者に頼った弱虫の汚名を被ることになりますわよ?」
ミネルバ「その程度、無関係な方を巻き込み、傷付ける不明に比べれば取るに足らない!」
ラーチェル「あらあら、それは立派な言葉ですが、エイリークへの侮辱とも取れますわよ?」
ミネルバ「な……」ターナ「……え」
ラーチェル「だってそうでしょう? エイリークの腕前も知らず、戦う前から負けると決め付けているのですから。それは、あなたたちのような剣を持つ者にとっては侮辱ではありませんこと?」
ミネルバ「……っ。だが、エイリーク殿の剣技がどれほどのものでも、あの身体、あの細腕では、竜騎士の突撃に立ち向かえるはずがない」
ラーチェル「それはそうかもしれませんわね。ですが……」
ターナ「…………?」
ラーチェル「……いえ、無粋な予想はやめておきますわ。とにかく、あなたたちはここで彼女の戦いを見届けなさい」

ミシェイル「俺になんのようだ、小娘?」
エイリーク「なぜ、このような身勝手な真似をしたのですか?」
ミシェイル「ふん。部外者に話す必要などないが……まあいい。理由は単純だ。天馬騎士との一騎打ちなど、意味がないからだ」
エイリーク「意味がない? 何故です?」
ミシェイル「結果が分かりきっている。この俺に勝てる者など、天馬科にはおらん。勝敗の分かりきった試合などに時間を潰すぐらいなら、他の有意義な訓練をした方が良い」
エイリーク「……あなたは、天馬科の方、全員を知り、手合わせをした上で、そう仰っているのですか」
ミシェイル「いや。だが試すまでもない。俺に勝る技量の者はいない。ならば、ただでさえ力で劣る女どもに、負ける道理はない」
エイリーク「では。あなたは、私が相手でも、試すまでもなく勝てると、そう思いますか?
ミシェイル「はっ。当然だ」
エイリーク「そうですか……」

 剣を抜き、騎竜の上のミシェイルに切っ先を突きつけるエイリーク。

エイリーク「構えなさい。あなたのその増長、私が切り伏せて差し上げます」
ミシェイル「……ほう。この俺に勝てると、そう言う気か?」
エイリーク「ええ。造作もないことです」
ミシェイル「ふん、安い挑発だが……、いいだろう。買ってやる」

???「なんてことになってるかなぁ……」
???「……どうしますか?」
???「こっそり、気付かれないように一発頼むよ」

ミシェイル「行くぞ! 我が一撃、その身に受けて後悔しろ!」

 叫び、ミシェイルは騎竜を操り、突撃を開始した。
 エイリークのほぼ真上からの、垂直落下による槍の一撃。
 恐らくは城壁すらも切り崩すであろう、彼の竜騎士の必殺の突き。
 だが、エイリークに恐れはない。
 ……自分と比べれば、彼は力においても技においても、遥か上を行くだろう。
 だが、速さにおいては、エリンシアの天馬の機動に遠く及ばない。
 シグルドの変幻多彩な馬術を知る身には、直下の動きなど容易く見切れる。
 まして、ただ突き出すだけの槍など、エフラムの槍技の足元にも及ばない。
 そんな兄弟と共に暮らしてきた自分の方が、「強者との戦い」の経験という点では勝っている。

エイリーク(勝つのは難しいでしょうが……相打ちならば、充分に狙えるでしょう)

 決意と共に剣を構え、突進を見つめ。

ミシェイル「む…………!?」

 衝突の一瞬、気流が乱れた。
 僅かに騎竜の挙動が乱れ、ミシェイルの身体が傾ぐ。

エイリーク「はっ!」

 その一遇の好機、穂先が迷い、隙を見せた右肩に一突きし……前のめりに転がることで、竜との衝突を回避する。
 立ち上がり、呆然とする野次馬の視線を浴びながら、

エイリーク「私の……勝ちですね」

 恐らく誰よりも信じられない思いで、エイリークが宣言した。

ミシェイル「運も実力のうちか……。ああ、確かに俺の負けだ。……それで? 俺に勝って、お前は何をさせたいのだ?」
エイリーク「……迷惑を掛けた皆様に謝罪を。そして、以後このような身勝手は慎んでください」
ミシェイル「分かった。負けた以上、この場は従おう。だが、後々までは約束できんな」
エイリーク「……いいでしょう。ならば、何度でも止めて差し上げます」
ミシェイル「ふん……妹並みにお節介な奴だ。……おい、お前ら! 解散だ!」

ターナ「すごい、エイリーク!」
ミネルバ「まさか、徒歩で兄上に勝てるなんて……!」
ラーチェル「さすがは私の親友ですわね」
エイリーク「(親友?)いえ、そんな……ただの幸運です。私の力で勝てたわけではありません」
ラーチェル「いいえ、そんなことはありませんわ。これは運などではなく、あなたの絆が引き寄せた勝利ですもの」
エイリーク「? どういう意味です?」
ラーチェル「あら、それを明かしてしまうような無粋な真似はできませんわよ、わたくし」
エイリーク「?」

ヴァルター「ふむ、美しく、意思の固い女だな。捕らえて躾ると楽しそうだ。くくっ」
エフラム「……その性根こそを躾るべきだな」
ヴァルター「なに? ぐ…がああっ!」

クーガー「……ちっ。ミシェイルの奴、中途半端な真似しやがって。やるなら徹底しろ、馬鹿が」
リン「そう……私のフロリーナをさらに泣かせるつもりなのね」
クーガー「ん? あぐう!?」

マルス「あ。終わったみたいだ」
マリク「お疲れ様です、お二人とも」
リン「ええ。ありがとう二人とも。この件について連絡くれて」
エフラム「俺からも礼を言う。……しかし、どこから聞きつけたんだ、マルス?」
マルス「え? 聞きつけたっていうか、天馬科には最初から網張ってあるっていうか……」
リン「……ちょっと待ちなさい。女の園の天馬科で、どんな真似をするつもりなの」
マルス「……えーと、その、これは悪戯のため、というか……」
リン「誤魔化さない! 正直に話しなさい。返答によっては今回ばかりは本気で……」
マリク「リンさん、誤解してます。こればかりは、悪戯のためなんかじゃありません」
リン「え? じゃあ、なんで」
マリク「それは……」

シーダ「マルス様!」

エフラム「……」
リン「……」
マルス「やあシーダ」
シーダ「やっぱり来てくれてたんですね! ミシェイルさんが少しぐらついたのは……」
マルス「うん。マリクの風魔法」
シーダ「ありがとう、マリク」
マリク「礼ならマルス様に。僕はマルス様の命に応えただけだし」
シーダ「はい。ありがとうございます、マルス様。このお礼はいつか……」
マルス「気にしないこと。僕がシーダを助けるのも、シーダが僕の力になるのも当然のことだろ?」
シーダ「マルス様……。はい、分かりました」
マルス「うん。じゃあ、行かないと。授業、再開するんだろ?」
シーダ「あ、はい。……今日は、本当にありがとうございました。エイリークさんにも伝えておいてください」

マルス「じゃーねー(手をぶんぶん)」
エフラム「……」リン「……」
マリク「まあ見て分かると思いますけど、これが天馬科を見張る理由です」
リン「マルスって、意外に……」
エフラム「愛妻家になる気がするな……」