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Last-modified: 2007-06-14 (木) 22:42:07

エリンシア 「困ったわね……」
セリス   「どうしたの、エリンシア姉さん」
エイリーク 「姉上、何かお困りですか?」
エリンシア 「いえ、ちょっとお醤油を切らしてしまったみたいで……」
セリス   「それじゃあ、僕が買ってくるよ」
エリンシア 「あら、ありがとうセリスちゃん。それじゃ、ついでだからお使いも頼めるかしら」
エイリーク 「ではわたしもセリスと一緒に行きましょう。荷物持ちは多いほうがいいでしょうから」
エリンシア 「本当にごめんなさいね二人とも。今、買ってきてほしいもののメモを書きますから」

ロイ    「……で、四時間ほど経ったのに帰ってこないと」
エリンシア 「どうしましょう……(オロオロ)」
ロイ    「そんなに心配しなくても大丈夫、ちょっと寄り道してるだけだよきっと」
リーフ   「……あの真面目な二人に限ってそれはないと思うけどなあ」
マルス   「うーん。確かに、むしろ誰かに騙されて外国に売り飛ばされて……なんて展開もありうるかも」
エリンシア 「ええ!?」
リーフ   「いや、さすがにそれは飛躍しすぎだよマルス兄さん」
ヘクトル  「甘いぜリーフ。何せエイリークもセリスも見た感じは良家の令嬢って感じだしな」
リーフ   「それはそうだけど」
ロイ    「いや納得しないでよリーフ兄さん。男に『令嬢』はないよ……似合ってるけど」
エフラム  「……下手をすると今頃は……」

エイリーク 「くっ……離しなさいあなたたち! わたしたちをどこに連れて行こうというのです」
セリス   「エイリーク姉さん……」
エイリーク 「大丈夫ですよセリス、きっと兄上たちが助けに来てくださいます」
???   「クククッ……それは期待できんだろうな」
エイリーク 「誰っ……あ、あなたは!?」
ヒーニアス 「久しぶりだなエイリーク」
エイリーク 「ヒーニアス様……どうしてあなたがこんなところに……ま、まさか!?」
ヒーニアス 「その通り、君達を捕らえるよう命じたのはこのわたしだ」
エイリーク 「な、何故ですか、誰からも『実はいい人』と言われて尊敬を集めたあなたが……」
ヒーニアス 「……恋とは実に残酷なものだ。『実はいい人』とまで言われるほどのわたしをすら、このような愚行に走らせるのだから」
エイリーク 「ま、まさか……」
ヒーニアス 「その通りだ……わたしは君たちがほしい、エイリーク、セリス君!」
エイリーク 「……!」
セリス   「え、僕も?」
ヒーニアス 「そうだ……ああ、その可愛らしいつぶらな瞳、ふっくらとした頬、瑞々しい唇……まさに神が与えたもうた至高の美」
セリス   「でも、僕は男の子で」
ヒーニアス 「性別など些細な問題だ! という訳でまずはこのメイド服を着てもらおうハァハァ」
セリス   「あ、やだ、だめ、離して!」
エイリーク 「ああヒーニアス様、それはいろいろな意味で犯罪です、お気を確かに……!」
ヒーニアス 「ふはははは、よいではないかよいではないか」

エフラム  「……なんてことになっているかもしれない!」
ロイ    「とりあえず兄さんの友人観を問いただしたいんだけど」
リーフ   「……どうしようロイ」
ロイ    「え、なにが? まさかリーフ兄さんまでこんな馬鹿な想像をしてる訳じゃ」
リーフ   「いや、今頭の中でセリスにメイド服着せたら似合いすぎてて……僕はどうしたらいいんだ!?」
ロイ    「とりあえずナンナさんからビンタ喰らうべきだと思うな」
ヘクトル  「あー、くそっ、んなこと話してたら本気で心配になってきやがったぜ……!」
エフラム  「確かにな。ただでさえ謎の黒鎧やら世紀末覇者みたいな回転男が跋扈する町だ……何があってもおかしくない」
マルス   「……そう言えば、エイリーク姉上たちが買い物に向かったスーパーの付近で……」
エフラム  「何かあったのか!?」
マルス   「いや、大したことじゃないですよ。なんか、『男流麗闇(オルレアン)』とかいう暴走族が出没するとか」
ヘクトル  「んだと……!」
マルス   「噂によると、その中には『ウルフ』を名乗る男がいるとか」
エフラム  「男は狼なのよ……!?」
マルス   「ああ、それと、思わず『ウホッ』と漏らしたくなるほどの『いい男』もいるのだそうで」
ヘクトル  「やらないか……!?」
ロイ    (兄さんたちは一体何を言ってるんだろう……?)
ヘクトル  「……ロイ」
エフラム  「……リーフ」
二人    「物置からあれを取ってきてくれ」

ヘクトル  「へへっ……珍しく気が合うじゃねえか、エフラムよ」
エフラム  「当然だ。妹のためだからな」
ロイ    「いやセリス兄さんは『弟』でしょ」
二人    「という訳で、行ってくる!」
ロイ    「ちょ、二人とも……あーあ、行っちゃったよ。しかもジークムントとアルマーズ持って」
リーフ   「僕らはとりあえず落ち着いて待っていることにしようか……」
エリンシア 「ああ、でも本当に心配だわ……お父様お母様、どうか二人をお守りください……」
マルス   「いや、多分何ともないと思いますよ?」
ロイ    「え、でもさっき暴走族がどうとか……」
マルス   「ん? 僕はその辺りを走ってるチームと、そのメンバーの紹介をちらっとしただけだけど?」
リーフ   (……そう言えば、確かに具体的にその暴走族が何をしたかとは言ってないな……)
ロイ    (まさか、マルス兄さんの狙いは……)
マルス   (フフ……エフラム兄さんとヘクトル兄さん相手じゃ、奴等だってただでは済まないはず。これで邪魔な勢力が一つ消えたな)

 ~30分後~

セリス   「ただいまー」
エイリーク 「申し訳ありません、遅くなってしま」
シグルド  「うおおおおおおぉぉっ、二人とも、よく無事で帰った!(だきっ)」
セリス   「わわっ、シグルド兄さん、どうしたの」
エイリーク 「あ、兄上、苦しいです」
ミカヤ   「仕方ないわよ、シグルドったら真っ青になっちゃって、『警察に連絡した方が』なんて言ってたんだもの」
セリス   「え……あ、そっか、連絡入れてなかったっけ」
エイリーク 「申し訳ありません、いろいろなことがあったものですっかり失念していました」
リン    「まあ、何にしても二人が無事で良かったわね」
エリンシア 「さ、とりあえず居間へ行きましょう。何故遅れたのかもそこで聞きますから」
セリス   「はーい」

 ~回想~

セリス   「もうすぐスーパーだねエイリーク姉さん」
エイリーク 「そうですね。買い物、意外に多いみたいですけど」
セリス   「大丈夫だよ、このぐらいなら僕にだって持てるもの」
エイリーク 「ふふっ、そうですね、セリスも男の子ですし……あら?」
セリス   「? どうしたの、姉さん」
エイリーク 「いえ、あちらの方が、何か困っていらっしゃるようですので……」
アスレイ  「うーん、一体どこに……」
セリス   「あのー」
エイリーク 「何か、お困りですか」
アスレイ  「ああ、いえ、ちょっと、友人のペットが逃げ出してしまいまして」
エイリーク 「それで、探していらっしゃるのですね」
セリス   「大変だ、きっと迷子になっちゃったんだ。早く探してあげなくちゃ」
エイリーク 「そうですね。わたしたちも、お手伝いいたします」
アスレイ  「しかし、見ず知らずの方に……いえ、やはりお願いします。野放しにしておくのは少々問題がありますので……」

アスレイ  「(ピンポーン)ルーテさん」
ルーテ   「(ガチャッ)ああ、アスレイ、見つかりましたか……おや」
エイリーク 「こんにちは」
セリス   「アスレイさんのお友達って、ルーテさんだったんだね」
アスレイ  「お知り合いだったのですか」
ルーテ   「ええ、モデルとして協力してもらっているのです。この交友関係の広さも私の優秀さの成せる業」
アスレイ  「……それはそれとして、見つかりましたよ、ペット。はい、どうぞ」
ルーテ   「(受け取りつつ)ああ、良かった、勝手に逃げ出してはいけませんよアスレイ十七号」
アスレイ  「……ペットに私の名前と番号をつけないでくださいよ」
ルーテ   「わたしの個人的な趣味です、アスレイ三号」
アスレイ  「私が一号じゃないんですか!?」
ルーテ   「ちょっとしたジョークを会話に織り交ぜるのは礼儀というものです。わたし、優秀ですから」
アスレイ  「……はあ」
エイリーク 「……変わったペットを飼われているですね?」
ルーテ   「アスレイ十七号のことですか? ええ、この種類のバールはこうして人の両手で抱えられるほど小さなサイズで、
       毒もないため人体に無害、その上ゴキブリや蚊、シロアリなどの害虫を食べてくれる益虫なのです。
       蜘蛛の一種ですから外見で敬遠されがちですが、共に生活していると愛着も湧いてくるもの。
       優秀な私としては一家に一匹をお勧めしたいところですね。知能もなかなか高いので生活の助けにもなってくれますし、
       地をちょこちょこと歩き回る姿がなかなか可愛らしいので、愛玩動物としての価値もあるはずです」
エイリーク 「はあ」
セリス   「(アスレイ十七号の脚と握手しつつ)可愛いなあ。ねえエイリーク姉さん、我が家では飼えないかな?」
エイリーク 「……止めた方が賢明だと思います、いろいろな意味で」
ルーテ   「なんでしたら他のアスレイも見て行きますか。特に二十三号は円らな瞳が可愛いビグルで」
セリス   「本当ですか、是非見てみた」
エイリーク 「駄目ですよセリス、わたしたちは買い物の途中なのですから」
セリス   「あ、そう言えばそうだったね。ルーテさん、また今度見にきてもいいですか?」
ルーテ   「もちろんです。事前に連絡して下さればいつでもスケジュールを調整しましょう。私、優秀ですから」
セリス   「わあ、楽しみだなあ」
ルーテ   「いえいえ。アスレイ十七号を見つけてくださった恩はお返ししなければなりませんから」
アスレイ  「……では、お二人とも、お忙しいところを本当にありがとうございました」
エイリーク 「いえ……あの、アスレイさん」
アスレイ  「はい?」
エイリーク 「何というか……頑張ってくださいね?」
アスレイ  「ははは……お気遣いありがとうございます。でも、私としてもこうしているのは楽しいので、大丈夫ですよ」
ルーテ   「? アスレイ、何の話ですか?」
エイリーク 「(話を切るように)さあセリス、そろそろお暇しましょう」
セリス   「うん。じゃあねアスレイ十七号……わぁ、見てよ姉さん、手……いや脚振ってるよアスレイ十七号。可愛いなあ」
エイリーク 「……わたし、少しだけ自分の美的感覚に自信がなくなってきました……」

 ~回想終了~

セリス   「……ということがあって……あれどうしたの皆、変な顔して」
リン    「いや……そのルーテが飼ってた小バールっていうのは、両手で抱えられるぐらいのサイズなのよね?」
セリス   「うん。ぬいぐるみみたいだよね。可愛いでしょ」
ミカヤ   「……わたし、なんだか気分が悪くなってきたわ」
セリス   「え、大丈夫ミカヤ姉さん。働きすぎなんじゃ……」
ロイ    「そういう意味じゃないと思うなあ」
エイリーク 「……それで、わたしたちはその後、予定通りに買い物をしようとしたのですが」
リーフ   「ですが?」
エイリーク 「今度は道の途中で迷子の女の子を見つけまして」
セリス   「エイミちゃんっていう子でね。一時間ぐらいかけてその子の家に送り届けたら、そこが居酒屋さんで」
エイリーク 「ご主人のラルゴさんが涙を流すほど感謝なさいまして、『是非とも女房の料理を食べていってくれ』と」
エリンシア 「あらあら……じゃあ、セリスちゃんもエイリークちゃんも、晩御飯もう食べちゃったんですね?」
セリス   「ごめんなさい」
エイリーク 「どうしても断りきれなくて」
リーフ   (まあ、この二人の性格じゃ断るのは厳しいだろうなあ)
アルム   「夫婦で居酒屋、か。そういうのもなんだかいいよね」
セリカ   「……わたし、お料理頑張ってみようかしら」
アルム   「セリカ……」
セリカ   「アルム……」
シグルド  「……」
ミカヤ   「ティルフィング抜かないでよシグルド、ご飯の前にリーフの血を見たら食欲なくなっちゃうわ」
リーフ   「なんで僕が血を流すのが当然みたいな感じになってるの!?」
リン    「……で、そんなことやってる間にこんな時間になった、と」
セリス   「うん。その後もいろいろあったんだけどね」
リン    「……参考までに、何があったか聞いておきたいんだけど」
エリウッド 「まず、この買い物袋に大量に詰まったティッシュは……?」
セリス   「ラルゴさんのお店がスーパーからちょっと遠かったから、急いで街中を通り抜けたんだけど」
エイリーク 「夜の街には慣れていなかったものでしたから、見かけない通りに入ってしまいまして」
セリス   「それでね、なんだか一生懸命ティッシュやチラシを配ってた人たちがいたけど、皆無視してたんだ」
エイリーク 「困っている人たちを無視するのは道義に反すると思いましたので、丁寧に一つずつ受け取りまして」
ミカヤ   「なるほど、それでこんなにたくさんの広告が…… …… ……」
リーフ   「……ミカヤ姉さんがエステサロンの広告に見入っている……」
マルス   「ははは、何せ今年で(ダキュンダキュン!)才だからね。ちょうどいいや、今度リン姉さんと一緒に行ってきたらぶげぇ!?」
ロイ    「うわぁ、ミカヤ姉さんの裏拳とリン姉さんの拳骨で、マルス兄さんの顔面にクレーターが!」
リーフ   「この人でなしーっ!」
セリス   「あ、そう言えば、そこ歩いてるときにお仕事の勧誘も受けたよね」
エリウッド 「!! そ、そのお仕事って言うのは!?」
セリス   「ええと、なんだっけ。確か、仕事に疲れたおじさんたちと楽しくお喋りして疲れを癒してあげるお仕事とか」
リン    「ま、まさか、引き受けたんじゃないでしょうね!?」
エイリーク 「いえ、福祉活動の一環と解釈しまして、少々興味があったのですが、
       私の学校もセリスの学校もアルバイトは禁止されていますから、丁重にお断りしました」
ロイ    「電話番号とか住所とか教えてないよね!?」
セリス   「うん。でも、もしも将来興味が出たら連絡くれって、その人たちの連絡先は教えられたよ」
エイリーク 「お一人から受け取った途端に、他の方々も半ば無理矢理連絡先を教えてくださいまして……
       高齢化はこの町にも波及しているのですね。それは熱心に福祉活動への参加を勧誘されました」
リン    (うわっ……ちょっと見てよこの連絡先の数……)
ミカヤ   (世も末ね……)
シグルド  (うむ……部下のアーダンなどが、この手の店によく出入りしていると聞いてはいるが……)
エリンシア (キャバクラ、高級スナック、ランジェリーパブ、メイド喫茶……)
リーフ   (……あのさ、これ、セリスも誘われたんだよねこういうところで働かないかって)
リン    (いろんな意味で末期症状だわね……)
エリンシア (……とりあえず、今後セリスちゃんとエイリークちゃんだけで外出させるのは禁止しましょう)
リン    (その方がよさそうね……)
セリス   「どうしたの、皆?」
エイリーク 「なにか、問題でも……」
リン    「ううん、別に、なんでもないのよ」
エリンシア 「さ、買い物もちゃんとしてきてくれたことですし、すぐに晩御飯にしますからね」
リーフ   「ああ、僕もうお腹ぺこぺこだよ」
ロイ    「僕も僕も」
アルム   「……」
セリカ   「どうしたの、アルム」
アルム   「いや……何だろう。何か忘れてるような……?」

 ~同時刻、紋章町の裏町にて~

アンドレイ 「ぐはぁっ!」
スコピオ  「くっ……! まさか我々『素敵前髪コンビ』が敗れるとは……!」
ヘクトル  「へっ……歯ごたえのねえ奴等だぜ」
エフラム  「……次はどいつだ。やられたい奴から出て来い」
アンドレイ 「いい気になるなよ!」
スコピオ  「一斉にかかれ、皆の者! 合図と共に一気に矢を放つんだ!」
ヘクトル  「ちっ……また出てきやがったぜ」
エフラム  「さすがは罵射気裏通多亞(バイゲリッター)……噂に違わぬ武闘派暴走族という訳か……!」
ヘクトル  「男流麗闇(オルレアン)の連中を倒したと思ったら、蟻みてえに湧いて出やがって」
エフラム  「俺達はこの町の不良どもの勢力図を塗り替えてしまったらしいからな。仕方がないだろう」
ヘクトル  「違ぇねえ。ところで、まさかもうへばってるってことはねえよな、エフラム?」
エフラム  「誰に言ってる。お前こそ、そろそろ限界なんじゃないのか?」
ヘクトル  「へっ、誰が。……ところでよ、俺達不良グループを潰しにきたんだったっけか?」
エフラム  「……実を言うと、俺もこの状況に違和感を感じていた。何か忘れているような……」
ヘクトル  「何だったか……あ?」
エフラム  「どうした……ん?」
マナ(物陰)「ひっ……み、見つかっちゃいました……!」
ヘクトル  「……戦闘に巻き込まれた一般市民、ってとこか?」
エフラム  「……そうみたいだな……君、ここは危ないから」
マナ    「いやーっ! けだものーっ!」
エフラム  「……」
ヘクトル  「……ぷっ、けだものだってよ……!? な、なんだ、このヤベエ気配は!?」

ラナ    「……どうしたの皆、騒々しいですよ」
マナ    「あああラナさま、あの人たちが罵射気裏通多亞(バイゲリッター)の皆様をちぎっては投げちぎっては投げ」
ラナ    「ほう……?」
ヘクトル  (……! な、なんだこのひつじ髪……!)
エフラム  (何という闘気……! 見ただけで分かってしまった、この女は間違いなく強者!)
ラナ    「うぬら、何者だ? 我々を武闘派集団罵射気裏通多亞(バイゲリッター)と知っての狼藉ですか?」
ヘクトル  (隙がねえ……! っつーか人を『うぬ』呼ばわりかよ)
エフラム  (そうか、こいつがラナオウか……!)
ヘクトル  (ラナオウって、あれか。女子中学生が紋章町危険人物リスト入りしてるっていう都市伝説の……)
エフラム  (ああ。華奢な体つきに似合わず凄まじい腕力を誇るという……本当に中学生の女だとは思わなかったが)
ラナ    「いや、うぬらの素性など関係ない……どけい、このラナの前に道を開けよ! さもなくば……!」
ヘクトル  「……クッ!」
エフラム  「勝てるか……!? いや、やるしかない……!」
アイク   「……こんなところで何やってるんだ、二人とも」
二人    「!?」
アイク   「何やら騒がしいから来てみれば……友達同士で馬鹿騒ぎ、という訳でもなさそうだが……む?」
ラナ    「……」
アイク   「……」
ヘクトル  (み、見ろ、あの二人、目が合った瞬間言葉も交わさずに戦闘態勢に入ったぜ?)
エフラム  (強者と強者は自然と惹かれあうという……悔しいが、俺達ではまだ力不足ということか……!)
ヘクトル  (癪に障るが、認めるしかねえな。だが、この戦い……)
エフラム  (ああ。後学のためにも、一瞬たりとも目が離せないぞ……!)
ラナ    「……」
アイク   「……」
マナ    「あ、あのー、ラナ様」
ラナ    「(ギロッ)何よマナ、興が削がれるでしょう?」
マナ    「ひぃっ、ごめんなさい! で、でも、今よく見てみたら、この人たちって多分……」
ラナ    「なによ……え? そ、それ本当?」
エフラム  (……? なんだ、急に闘気が萎んで)
ヘクトル  (うげっ、見ろよあの女、急にもじもじし出したぜ、気持ち悪ぃ)
ラナ    「あ、あのぅ……」
アイク   「……なんだ?」
ラナ    「セリス様の、お兄様ですか?」
アイク   「ああ。確かに、俺にはセリスという弟がいるが……なんだ、セリスの知り合いなのか?」
ラナ    「は、はい。私、セリス様と同じクラスでお勉強させて頂いております、ラナと申します。
       先程は失礼致しました、これから末永くよろしくお願いしますね、えへっ♪」
エフラム  「……」
ヘクトル  「……」
ラナ    「ええと、では、こちらの方々も……?」
アイク   「エフラムとヘクトルだ。ああ、俺はアイクという」
ラナ    「そうですか……セリス様のお兄様とは知らず、大変失礼致しました。
       私達演劇サークル『バイゲリッター』と申しまして、今新しい演劇の練習中でしたの
       暴力団同士の抗争を描いた演劇でして、団員の皆も少々熱が入りすぎてしまったようですね。
       そこへエフラム様とヘクトル様が飛び込んでこられたものですから、
       皆ついつい役になりきって抗争を始めてしまいましたのね。そうよね、皆(ギロッ)」
マナ    「そ、そうですそうです! わたしは見た目は地味だけど覚悟が出来てる極道の妻でして」
アンドレイ 「はははっ、どうですこの前髪、なかなか舞台栄えすると思いませんか?」
レスター  「こういったオールバックなんていかにも経済ヤクザっぽいでしょう?」
ディムナ  「僕は抗争に巻き込まれた一般市民役で……」
ラナ    「……ねっ?」
ヘクトル  (嘘だっ!)
エフラム  (いくらなんでも無理がありすぎるぞ……! こんな嘘で納得する人間がいる訳が)
アイク   「そうだったのか」
二人    (いたぁーっ!)
ラナ    「誤解が解けたようでよかったですわ」
アイク   「ああ。スマンな、邪魔をしてしまったようだ。ほら、お前らも謝れ、エフラム、ヘクトル」
二人    (納得いかねぇーっ!)
ラナ    「ああ、いいんですのよ、お気になさらず……あ、でも、このことはセリス様には秘密にしてもらえたらなあ、なんて」
アイク   「別にいいが」
ラナ    「ありがとうございます!」
アイク   「……ラナ、だったか?」
ラナ    「は、はい!」
アイク   「セリスは少々頼りなく見えるが、あれでもなかなか肝の据わった奴だ。これからも、仲良くしてやってくれ」
ラナ    「……!! は、はい、もちろんです! そりゃもう喜んで仲良くさせていただきますわ!」
アイク   「ああ。さっきの演技は凄い気迫だった。俺も本当にあんたが強者だと誤解したぐらいだからな。
       あんたみたいなのがそばにいてくれれば、セリスも心強いはずだ。よろしく頼む」
エフラム  「……」
ヘクトル  「……」
アイク   「さあ、帰るぞ二人とも……どうした、揃って大口開けて」
エフラム  「……いや……アイク兄さんには敵わんと認識を新たにしていたところだ」
ヘクトル  「……俺達じゃ到底及びもつかねえよ……いろんな意味で」
アイク   「……よく分からんが、そんなことはないだろう。お前達もかなり強くなってきている。
       俺とて油断は出来ん。日々の鍛錬を怠らなければ、さらに強く……」
エフラム  (いや、そういう意味では……)
ヘクトル  (止めとこうぜエフラム……この人には何言ったって無駄だ、無駄)

ラナ    「……」
マナ    「……あのー、ラナさま?」
ラナ    「……うふ。うふふふふ……!」
マナ    「ひぃっ!?」
ラナ    「おほほほほ、聞いたわねマナ、聞いていたわね!? 頼まれちゃった!
       セリス様のお兄様によろしく頼まれちゃったわ、わたし!」
マナ    「そ、そうですね……」
ラナ    「ふふふふふ、なんて気分がいいのかしら! 今まではあの根暗な竜女に水を開けられっぱなしだったけど、
       ついにこのラナの時代が来たんだわ! うはははは、我が生涯に一片の悔い無しっ!」
マナ    (さすがラナオウ様、凄まじい闘気です……!)
レスター  (……というか、それは死に台詞だぞ妹よ……)

アイク   「ただいま」
セリス   「あ、お帰り兄さん達。遅かったね……どうしたの、ボロボロだよヘクトル兄さんにエフラム兄さん」
エフラム  「……いや、別に、こんなことは大したことじゃない」
ヘクトル  「ああ、全くだ。今は全然気にならんぜ……」
セリス   「……?」
ヘクトル  「なあ、セリス。お前、ラナオウ……いや、ラナっていう友達、いるか?」
セリス   「え、どうして急に……あ、もしかしてラナと会ったの?」
エフラム  「会った……というか、何というか。むしろ邂逅したというか遭遇したというか」
セリス   「可愛い子でしょう」
ヘクトル  「!?」
エフラム  「ほ、本気で言ってるのか!?」
セリス   「? うん、ふわふわした髪がよく似合う、大人しい女の子だよ。ひつじさんみたいで可愛いよね」
ヘクトル  「……で、でもよ、俺達が見たのは、なあ」
エフラム  「あ、ああ。何というか、凶暴というか横暴というか世紀末覇者というか」
セリス   「あーっ、二人とも駄目だよ、女の子にそんなこと言っちゃ。ラナだって気にしてるみたいだし」
エフラム  「気にしてる……と言うと」
セリス   「ラナ、本当は凄く力持ちなんだけどね、皆の前ではあんまりそういうの見せないんだ」
ヘクトル  (そりゃそうだろ、正直引くぜあれは)
エフラム  (というより、あれを『力持ち』で済ませるのか弟よ……)
セリス   (それで、僕が『どうして』って聞いたら、『力が強い女なんて、可愛くないじゃないですか』って言うんだ。
       だから僕、『そんなことないよ。ラナはとっても可愛いし、力持ちなら皆の役にも立てるじゃない。
       自信を持って、ラナはすごく素敵な女の子だよ』って励ましてあげたんだ)
ヘクトル  (うへえ……それでか、あの世紀末覇者がセリスに惚れてるのは)
エフラム  (恐れられてる自分を唯一『女の子』として見てくれた男に惚れる……図式としてはありがちかもしれん、が)
セリス   「ね、兄さん達もそう思うでしょう。ラナ、とっても可愛いよね」
ヘクトル  「あー、うん、なんか、お前の話聞いたらそんな風に思えて……いや、どう考えても無理だろ!!」
エフラム  「と言うか、お前、竜王家のユリアって子と仲良くなかったか?」
セリス   「? うん、そうだよ。ユリアはね、凄く優しい子なんだ。妹さん思いのいいお姉ちゃんだよ」
ヘクトル  「……」
セリス   「でもね、学校には他にもたくさん友達がいるんだよ。
       フィーって子はいつも元気で見てるとこっちまで楽しくなってくるし、パティって子はとっても手が器用でね。
       ラクチェっていう子はちょっとリン姉さんに似てて、すごく友達思いで面倒見がいいんだ。
       双子の弟のスカサハは誰にでも親切ないい人だし、ヨハンっていう先輩はすごく面白い人でね」
ヘクトル  「あー、分かった分かった、お前にたくさん友達がいるのはよく分かった」
セリス   「そう? あ、でもね、僕の一番の友達はユリウスっていうユリアのお兄さんで、凄く格好いい……」
エフラム  「セリス、悪いが、俺達の分の晩飯を用意しておいてくれるか?」
セリス   「あ、そっか。兄さん達、晩御飯まだだもんね。分かった、先に食堂に行ってるね」
ヘクトル  「……」
エフラム  「……」
ヘクトル  「……エフラムよ。セリスって、ウチの兄弟の中じゃアイク兄貴と同じぐらいの大物なんじゃねえか?」
エフラム  「……何事も気にせず突き進むアイク兄さんと、何事も気にせず受け入れるセリス……
       性質は多少違えど、器の大きさは同等か……」
ヘクトル  「クソッ、自分の器の小ささが情けないぜ……!」
エフラム  「いや、それは多分違う。俺達の器が小さいんじゃなくて、あいつらの器が規格外なんだ……」

リーフ   (……器がどうとかの問題じゃないような気もするけどなあ……)
マルス   (ふむ……セリスを利用すれば、罵射気裏通多亞(バイゲリッター)も傘下に収められるな。夢が広がりんぐ)