13-271

Last-modified: 2008-10-19 (日) 13:37:13

271 名前: 剣姫カアラ ~妻として、母として、妹として~ [sage] 投稿日: 2008/09/16(火) 14:50:17 ID:T/UcGVR0

第1話 永遠の中2病

―朝、目が覚める。
隣を見ると、そこにいるべき人は既にいない、おそらく朝のランニングに向かったのだろう。
「毎朝、よく続くものだ」
感心しながら、着替えを済ませ、台所で朝食の支度を始める。
我が名はカアラ。かつては剣姫などと呼ばれ、ただ剣の道のみに生きていたが、
今では結婚をし、主婦をしている普通のオバサンだ。

???? 「がはははは、気持ちよいぞ」
カアラ  「帰ってきたか」
バアトル 「おお、カアラか。やはり体を動かすのは朝に限るの」
カアラ  「朝昼晩構わず運動している者が言うことではないな」
バアトル 「がははははは、それもそうだの」
カアラ  「今朝食を作る、その間にシャワーを浴びて来い」
バアトル 「うむ、そうする」
―我が夫バアトル。
スポーツインストラクターが本業だが、ブートキャンプとか言うDVDが売れてそこそこの人気者らしい。
以前闘技場で知り合って以来、なぜか私とは気が合い、そのまま結婚してしまった。
少々やかましいところはあるが、豪快で裏表がない、まさに快男児といえる。
私にはできすぎた夫だ。

フィル  「母上、おはようございます」
カアラ  「お早う、今朝も練習か」
フィル  「はい、大会が近いので」
カアラ  「そうか、では顔を洗って来い、あ、いまバアトルがシャワー中だから鉢合わせにならぬようにな」
フィル  「はい」
―我が娘、フィル。
なぜか私と同じく、剣の道を歩みたいらしい、いまも、剣道に夢中だ
生真面目すぎるのが玉に瑕だが、素直で優しい娘に育ってくれた、
私にはできすぎた娘だ。

カアラ  「さあ、食べよう」
バアトル 「うむ、頂こう」
フィル  「いただきます」
―バアトルにフィル、両者とも剣以外に生きる目的の無かった私に、新たな生き甲斐をくれた者達だ
家族に囲まれた生活・・・私のような女が享受するには、大きすぎる幸せなのかもしれない。

フィル  「あ、ところで叔父上は」
カアラ  「・・・・・・」
―さわやかな朝に、できれば聞きたくなかった名を、娘が言う。
そう、我が家には私と夫、娘の他にもう1人同居人がいるのだ。
272 名前: 剣姫カアラ ~妻として、母として、妹として~ [sage] 投稿日: 2008/09/16(火) 14:51:27 ID:T/UcGVR0
カアラ  「どうせまだ寝ているのだろう・・・朝食を一緒に済ませたいからな、私が起してこよう」
―そういって、私はもう1人の同居人の部屋に向かう。

カアラ  「兄者、朝だ、起きてくれ」
―ドアをノックしたが返事は無い。

カアラ  「・・・入るぞ」
―部屋に入ると、中年男性が鼾をかいて寝ていた。
昨日私が片付けたばかりなのに、部屋はもう散らかっている。

カアラ  「おい、起きろ、朝だ」
―しかし、返事は無い。

カアラ  「いいかげんにしろーーーー」
―私は勢いよく布団を剥ぎ取った。
カレル  「くくく・・・我が眠りを妨げるものは、貴様か・・・」
カアラ  「頼むから起きてくれ、朝食が片付かない」
カレル  「宴か、血に染まった宴が始まるのか」
カアラ  「宴じゃない、ただの朝食だ」
―我が実兄、カレル。
かつて剣の一族を継ぎ、「剣魔」と呼ばれ、伝説の剣豪と恐れられた。
しかしそれも20年前の話。
いまは剣の一族も無く、剣魔の称号も意味をなくした、ただの人だ。
おそらく今剣を握らせても大したことはできまい。
それならそれで何か仕事をして欲しいのだが、40過ぎても無職なのには困っている・
幸いバアトルの稼ぎはそれなりなので、経済的にはさほど困らないが、
兄の人生のためを思えば、このままにはできない。
それだけではない、この男にはさらに困ったことがある。

カレル  「闇、闇が私を欲しておる、光ではない、闇の中にこそ私の居場所があるのだ。
闇の中で永き眠りにつく。ふ、血塗られた私には相応しい罰ということか」
カアラ  「明かりを消して寝たいという願いは聞かん、もう起きるんだ」
―この口調を聞けばわかるだろう。
40を過ぎ、もはや剣魔の名に意味も無くなった今でも、なぜか言葉だけは昔のままなのだ。
「闇」だの「血」だの「宴」だのわけもわからないことをのたまっている。
そのくせ肝心の内容は情けなくてしょうもないことばかり。
世間ではこういうのを「中2病」というらしいのだが、
それはその名の通り中学2年生くらいを指すのだろう?
生憎と、私の兄は中学2年生の3倍の年月を生きている。
無職と中2病、このどちらかでもいい、何とかならないものだろうか?

カレル  「足りぬ、足りぬぞ・・・」
カアラ  「朝からどれだけ食えば気が済む?これで4杯目だぞ!?」
カレル  「我が飢えはこの程度では満たされぬ、血も、争いも、飯も、全てが足りぬのだ・・・」
―さらに腹の立つことに、この男は大飯喰らいだ・・・。
夫が半端無く食べるので、我が家の食事は8人分くらい用意しているのだが、それに便乗しているらしい。
夫は別にいい。職業上多く食べるのは仕方ないし、元は自分の稼ぎだ。
しかし、無職で何もしていない兄が大飯喰らいなのは無性に腹が立つ・・・
というのは私が家計を預かる主婦だからだろうか?

カレル  「何だ、これは?既に何者かに斬られた後ではないか。無様に体を左右にひろげおって・・・
このようなものに興味はない。血のように赤い身をした魚、私に相応しいのはそれだ」
カアラ  「今サケはない、アジのヒラキで我慢しろ!!」
―おまけに好き嫌いも多い、要するに全てが子供なのだ、この兄は。
273 名前: 剣姫カアラ ~妻として、母として、妹として~ [sage] 投稿日: 2008/09/16(火) 14:53:23 ID:T/UcGVR0
バアトル 「ハハハ、相変わらず見事な食べっぷりですな、カレルどの」
―ちなみに、夫は兄を特に迷惑がっていない。むしろ、仲はいい。
もともと夫は細かいことを気にしないし、それに義兄をそうそう邪険にするわけには行かないというのもあるのかもしれない。

フィル  「伯父上、今度私に剣を教えてください」
カレル  「私が剣を教えれば、いずれはお前を斬ることになるぞ・・・」
フィル  「もう、またそういってごまかすのですから・・・」
―あと、娘フィルと兄の関係も悪くない。
このように剣を教えてもらいたがっている。
私はしきりにいまの兄は何もできないと言っているのだが、娘は否定している。
なんでも、いまの伯父上は眠っているだけなのだと・・・随分永い眠りだ、もう死んでいるのではないか?
まぁ、剣を志す者にとって、「剣魔」の称号はやはり価値あるもののようだ。

カアラ  「5杯目、もう無いからな、兄者」
―夫と娘を見ていると、私1人が兄者に対して過剰反応しているようにも思える。
以前、夫からもう少し兄に優しくしろとさえ言われたことがある。
私は、これでも甘すぎると思うのだが、それはやはり兄妹という濃い血縁関係にあるからだろうか。
フィルとは伯父姪だし、バアトルとは所詮は他人だ。そのような者達からみれば私の態度は厳しすぎるのだろうか?

カレル  「3分・・・その刹那的瞬間に劇的な変化を遂げるとは、なんとも不思議な食べ物よ・・・
もっとも3分あれば何人の人間が斬られることか・・・くくく」
カアラ  「この期に及んでさらにカップラーメン食うな。昼まで我慢しろ!!」
―いや、やはり私の態度でもまだ甘い、それくらいダメなのだ、この中2病は・・・。

バアトル 「では行ってくるぞ」
フィル  「母上、伯父上、行ってまいります」
カアラ  「2人とも、気をつけるのだぞ。特にフィル、最近は物騒なことが多いからな」
バアトル 「むむ、それはいかん。フィルよ、父が学校まで送ってやろう。
娘に仇なすものは全てわしが叩き潰してくれるわ!!」
フィル  「ち、父上・・・私は友人と登校するので結構です////」
カアラ  「2人とも、遅れるぞ」
―バアトルは相当な子煩悩である。はっきり行って「親バカ」といっていい。
この間も、娘が連れてきた男友達を文字通り、叩き潰した。
ノア殿(笑)とかいったが、彼は無事だろうか?
フィルも父親のことを嫌ってはいないようだが、
思春期の娘にあの父親のストレートぶりは少々辛いのではないだろうか。

カアラ  「さて・・・」
カレル  「小さな箱の中に飛び交う光・・・闇に生きる私にはこの程度の光で十分だということか・・・」
―父と娘が家を出ると、必然的に私と兄で過ごす時間は多くなる。
となると、私が小言を言う時間も増えるということだ。

カアラ  「兄者、テレビもいいが、そろそろ何か仕事に就くことを考えたらどうだ?」
カレル  「仕事だと・・・剣の一族を継ぎ、ただ剣に生き、人を斬る・・・これ以上の仕事がどこにあるというのだ?」
カアラ  「それは20年前の話だろう?言いたくはないが、今の兄者は剣など関係ないただの無職中年だ」
―実はこの言葉は半分嘘である。
いくら衰えたとはいえ、幼少のころより尋常でない鍛錬を積んできたのだ。
少し鍛えなおせば、全盛期の半分程度の剣術は取り戻せるだろう。
それでも人並み以上の剣技はある。それで十分なのだ。
そうすれば、どこかの警備員や、あるいは剣術の指導員としての仕事が見つかるはずなのだ。
私は兄者にそれを期待している。
274 名前: 剣姫カアラ ~妻として、母として、妹として~ [sage] 投稿日: 2008/09/16(火) 14:55:08 ID:T/UcGVR0
カレル  「妹よ・・・」
カアラ  「なんだ?」
カレル  「以前のお前は、斬るに値しなかった。だが、時は人を変える。美しくなったな、カアラ」
カアラ  「いきなり何を言い出す?」
カレル  「今のお前の剣・・・実に美しい。斬らずにはいられぬほどに、な」
カアラ  「支援会話をそのまま抜き出して何が言いたい?ただのごまかしのための時間稼ぎだったら怒るぞ」
カレル  「(ギク)」
カアラ  「おい、いま『ギク』って言っただろ?たしかに聞こえたぞ」
カレル  「お前も一族の者なら、心得ているはず。剣を継ぐのは、一人。我ら一族は剣のために生まれ、死ぬ」
カアラ  「まだ続ける気か・・・」
カレル  「いまだに忘れられない、我が父と母を切り捨てた感触・・・これぞ血で呪われた一族に相応しい・・・」
カアラ  「今度は父と母の話か・・・」
―断っておくが、我々兄妹の両親は健在だ。
たしかに我が剣の一族は、継ぐ者以外全員を斬るのが掟だが、
我々の代の時そんな風習が警察にバレ、両親は捕まった。
数年間の懲役を終えた後、今までの行いが嘘であったかのように穏やかになり、
いまでは有名なおしどり夫婦として、サカでのんびり暮らしている。
この間も、家族で遊びに行ったら喜んでいたな。
もっとも、この中2病の「設定」では、自分が斬ったことになっていて、サカにいるのは亡霊らしいが・・・。

カアラ  「それで、結局何が言いたいのだ?私はおぬしの仕事の話をしていたのだが・・・」
カレル  「我が一族には掟がある。全てにおいて優先され、決して破られることはない、神の摂理に等しい掟が」
カアラ  「(あったか、そんなもの?)で、その掟とは何なのだ?」
カレル  「働いたら、負けかなと思っている」
カアラ  「そんな掟は無ぇぇぇぇぇ。長々としょうもないことを言いおって、ようするに働きたくないだけだろう」
カレル  「くくく、物分りがいいな、妹よ。かつてとは大違いだ」
カアラ  (ブチッ)
―ついに私の我慢の限界を越えた、今風に言うなら「キレタ」というヤツだ。
私はそばにあった鉄の剣を抜き、兄に切りかかった。
はじめは『血の宴だ・・・』と余裕だった兄も、私が結構本気とわかると
「うわ、マジ無理、許して、お願い」などと謝り始めた。
あまりの窮地に素が出てしまったようだ。
しかし、私がなお斬りつけると、兄は一目散に家から逃げ出した、逃げ足だけは速い。

カアラ  「・・・はぁ」
―私は剣を納め、その場に倒れこんだ。
疲れた・・・かつて闘技場で10人抜きをしたときも、ここまでではなかった気がする。

カアラ  「全く、兄者ときたら・・・」
―仕事はしない、大飯は食う、好き嫌いは多い、中2病・・・
あれがかつて最強の剣豪だったとおもうと泣けてくる。

カアラ  「・・・寝るか」
―家事が残っているが正直やる気力が無い・・・午後にやればいいだろう。
私はその場で眠ることにした、寝室に行くのでさえ、そのときは億劫だったのだ。
先ほど暴れたせいで、相当服が乱れていたが直すのも面倒くさい。
胸や脚が半分以上見えている格好だが、どうせ家には誰も・・・

カレル  「乳、すこし垂れただろう」
―その次に私が兄に繰り出した一撃は、わが生涯最強最速のものであったと自負している。

カレル  「くくく・・・流石は我が妹だ・・・(ガクッ)」
カアラ  「人が気にしていることを・・・」
―素晴らしい夫と娘と共にある生活・・・私のような女が享受するには、大きすぎる幸せだ。
兄者はそんな私の幸せを相殺するために、天が遣わした者なのかもしれない・・・(涙)

313 名前: 剣姫カアラ ~妻として、母として、妹として~ 第2話 [sage] 投稿日: 2008/09/19(金) 04:36:34 ID:mkJ6NKNX

カレル  「くくく・・・箱の中で人間を意のままに操る機械か・・・確かにこれは快感だ」
カアラ  「ゲームやってる暇があったら、家事くらい手伝え!!」

剣姫カアラ ~妻として、母として、妹として~
第2話 遠き日のぬくもり

カアラ  「いいかげんにしろーーーー!!」
―今日も私はこの中2病に怒鳴り散らす。
働く気がないのなら、せめて家事くらい手伝って欲しい。
そう言ったのだが、兄は従わない。
結局キレた私は鋼の剣を振り回し兄者に斬りかかった。

カレル  「感じる、遠くに強者の気配を・・・私が斬るに値する者は久しぶりだ」
カアラ  「く、逃げたか・・・本当、逃げ足だけは速い」
―私は剣を納めると、それを持ったまま外に出て、裏の公園に向かった。

カアラ  「人はいないな。では・・・」
―深呼吸を一度したあと、私は一気に剣を抜き左右になぎ払った。
そして間伐入れずに上下に一撃、一歩踏み込み突きを二発・・・

カアラ  「はあああああ!!」
―鞘を捨て、剣を両手に持ち、数歩駆けて跳躍し、渾身の一撃を下す・・・
これまで数々の敵を倒してきた連撃・・・我が一族における基本的な型である。
威力、速さ、正確さ、全てが全盛期の半分に満たないだろうが、それでも一応形にはなっていた。

カアラ  「ふぅ・・・」
―結婚した今となっては全く無用のものであるが(いや、兄者に仕置きができるか・・・)、
幼い頃から剣を体の一部としてきただけに、ある程度は触らないと気がすまない。
流石に毎日というわけにはいかないが、こうして暇を見つけては剣を振っている。
剣の一族の、悲しい性というやつだ・・・。

カアラ  「本当は剣など・・・好きではなかったのだがな」
―ため息をつきながら、剣を納め、帰ろうとしたそのとき、私を呼ぶ声がした。

???? 「ほう、精が出るな」
カアラ  「・・・アイラか」
―「流星のアイラ」、かつてそのように呼ばれた女性が立っていた。
私が現役だった時代、闘技場で無敵だった女性剣士である。
闘技場に女が珍しかったこともあり、私達二人はよく比べられていた。
何度か対戦したことがあるが、結局勝負はつかなかったな。

アイラ  「これは、剣姫の復活と考えていいのか?」
カアラ  「まさか、ただの気晴らしだ。もう、私達の出る幕はないさ」
アイラ  「それもそうだな、今はもう娘達の時代だ」
―彼女も現在は結婚し、二児の母となって、「流星軒」とかいうラーメン屋を経営している。
彼女の娘ラクチェも剣道をしているらしく、先日フィルと対戦をした。
昔を知る者達が、「剣姫と流星の対決、再び」などと騒ぎ立てていたのを覚えている。
娘達にとってはいい迷惑だろう。
314 名前: 剣姫カアラ ~妻として、母として、妹として~ 第2話 [sage] 投稿日: 2008/09/19(金) 04:38:03 ID:mkJ6NKNX
カアラ  「そういえば、先月のツケがまだだったな、丁度財布を持ってきているし、今払おう。いくらだ?」
アイラ  「いや、今度で構わない。給料日前だからお前もそんなに余裕無いだろう?」
カアラ  「そういうわけにもいかない、こういうことはきちっとしないとな」
―互いが結婚した後も、彼女とは親交があった。
しかし、それをいいことに兄者は彼女の「流星軒」に入り浸り、たらふく食べては金も払わずに出て行くのである。
これがかつて最強の剣豪だったとおもうと(以下略)

アイラ  「うちは剣士の客が多いのでな、カレルどのがいると客も喜ぶ。
『あなたに憧れて剣を志しました』とサインをもとめる客もいた位だ」
カアラ  「く、それは・・・」
アイラ  「娘も喜んでいたぞ。一昨日など『フィルの強さの秘密がここに・・・』と、熱心に話を聞いていた」
―騙されている、皆、騙されているぞ・・・。
伝説の剣豪は20年前の話、いまは無職中2病大飯喰らいの役立たず中年なんだ。
とくにラクチェ、私が娘を指導しているわけではないが、これだけは言える。
「フィルの強さの秘密はそこには絶対にない」

アイラ  「そうやってカレルどのがいてくれるメリットを考えれば、ラーメンの30杯くらい安いものだ」
―そんなに食ってんのか、あの男は!! 

アイラ  「だから、金のことは気にしなくて良い」
カアラ  「す、すまない(涙)。ところで、何か用があるのか?」
アイラ  「ああ、そうだ。実は娘の友人がそなたと話をしたいというのでな、紹介を頼まれたのだ」
カアラ  「私に、話?」
アイラ  「ああ、もうすぐ来るはずなのだが・・・あ、いたな。ティニー、こっちだ」
ティニー 「ありがとうございます、アイラ様」
―1人の少女がこちらに向かってきた。
青みがかかったグレーの髪を左右に束ねた特徴的な髪型をしている。
年齢は娘と同じくらいだろうか。

アイラ  「こちらがカアラだ。ああカアラ、娘の友人で、ティニーという」
ティニー 「はじめまして、カアラ様。わたし、ティニーと申します、お会いできて光栄です」
カアラ  「あ、ああ、よろしく頼む」
―挨拶の仕方に育ちのよさを感じさせる、どこかの令嬢だろうか?

アイラ  「役目を果たしたので、私は失礼する」
カアラ  「ああ、またな」
ティニー 「アイラ様、本当にありがとうございました」
アイラ  「では」
―そういってアイラは去った。

カアラ  「私に話ということだが、家に来るか?」
ティニー 「いえ、長い話ではないので、この場で結構です」
カアラ  「そうか、ではそこで座って話そう」
―私達はベンチに座った。

ティニー 「改めて自己紹介させていただきます、私はフリージ家のティニーと申します」
カアラ  「カアラだ、よろしく頼む」
―フリージ家・・・わざわざ言うということは名家なのだろうが、全く知らない。
はっきり言って私は世事にうとい。
結婚して大分ましになったものの(独身時代は日常生活も危なかった)、いまだ政治や経済社会のことはほとんどわからない。
夫は夫で、100字以上のまとまった文字を読むと頭痛を起すので、新聞など読めるはずも無く、やはり世事に疎い。
兄者は問題外。
だから、我が家で政治や社会のことがわかっているのは、学校できちっと勉強しているフィルだったりするのだ。
315 名前: 剣姫カアラ ~妻として、母として、妹として~ 第2話 [sage] 投稿日: 2008/09/19(金) 04:39:10 ID:mkJ6NKNX
カアラ  「それで、話というのは?」
ティニー 「はい、実はわたし、AKJという組織に所属していまして、本日はそのご紹介に参りました」
カアラ  「え、AKJ?」
―世事に疎いものにとって、アルファベットの並びが一番手ごわい。
WTO、PTA、WKB、DQN、NTR・・・全てが同じに見えてならない。

ティニー 「AKJは正式名称『兄が嫌いな女子なんていません同盟』、その名の通り兄を愛する妹で構成された、淑女の集まりですわ」
カアラ  「兄を愛する妹?」
ティニー 「はい、妹達で集まり、互いの愛を語り合い、さらにさまざまな支援を・・・」
カアラ  「ま、まぁ、兄妹の仲がいいのは結構なことだが、そういうのは、その、胸のうちに秘めておくべきものじゃないのか?」
ティニー 「それが誤りなのです。兄弟の愛を秘めてしまっている方が多いからこそ、昨今の世間の風潮が(以下略)」
―ティニーという少女はその後数分間語ってくれたが、正直私にはわからなかった。

カアラ  「ま、まぁ、その辺のことはおいておくとして、いずれにしろ我が家には関係ないな。生憎とフィルは一人っ子で兄はいない」
ティニー 「いえ、AKJに入会していただきたいのはカアラ様のほうですわ」
カアラ  「・・・・・・は?」
ティニー 「カアラ様には素敵なお兄様がいらっしゃるではないですか」
カアラ  「素敵な・・・お兄様?」
ティニー 「はい、剣を極めしカレル様、素敵ですわ」
カアラ  「そ、そうか・・・兄が、素敵か・・・」
―自然と手が震えてきた。恐怖でも悲しみでもない、この感情は怒りだ。

ティニー 「一族の血塗られた掟に翻弄されながらも、深く愛し合っているカアラ様とカレル様には心を痛めずにいられません」
カアラ  「深く・・・愛し合っている?」
ティニー 「はい、お2人を見ているとそのような愛がひしひしと感じられます」
カアラ  「ひしひしと・・・か・・・」
ティニー 「そんなお2人の仲を少しでも支援するために、我々AKJに入会していただきたいのです」
カアラ  「ああ・・・つまりおぬしは、我々兄妹が愛し合っているから、それをより深めるためにAKJに入れと・・・そういうことだな?」
ティニー 「はい、その通りです」
カアラ  「ふふ、ふふふ、ふふふふふふふふ・・・」
―体の震えはさらに増した。そして、気がついたら私は右手で鋼の剣の柄を握っていた。

カアラ  「ティニー・・・といったな・・・」
ティニー 「はい」
カアラ  「私は20年前に剣を捨てた者だ。今では真似事程度しかできない」
ティニー 「え、ええ、それが何か?」
カアラ  「それでもな、まぁ、おぬしの華奢な体を切り裂く程度の腕は残っていると思う」
ティニー 「え?」
カアラ  「いや、別におぬしを斬ろうと言う訳ではない。たとえばの話だ・・・」
ティニー 「え、ええ、たとえばの話ですね」
カアラ  「ただな、今右手に柄は握られているわけだし、おぬしはすぐそばにいるわけだし、
この剣を抜けばすぐに斬ることはできるわけだ。あくまでもしもの話だがな・・・」
ティニー 「あ、あの・・・」
カアラ  「ちなみに私の必殺率は常時30%ほどだが何故か次の一撃は絶対に必殺が出る気がしてならんのだよ」
ティニー 「そ、それって・・・(カアラから離れる)」
カアラ  「無論そんなことはないが、万が一と言うこともあるしな。それに私も剣の一族だ。
眠っていた人斬りの衝動が今目覚めないという保証はない・・・」
ティニー 「・・・」
カアラ  「ふふ、ふふふ、ふふふふふふふふ・・・」
ティニー 「・・・あ、あの、入会の話は、ご、後日改めてお返事を頂くということでよ、よろしいでしょうか?」
カアラ  「ああ、それがいいだろうな・・・」
ティニー 「そ、そそそそそれでは、き、き、今日のところは、しししし失礼いたします」
―ティニーは軽くお辞儀をすると、全速力でその場を去っていった。
316 名前: 剣姫カアラ ~妻として、母として、妹として~ 第2話 [sage] 投稿日: 2008/09/19(金) 04:40:00 ID:mkJ6NKNX
カアラ  「・・・はぁ~~~~~」
―私は右手を剣から離すと、深くため息をつき、頭を抱えた。

カアラ  「あ、危なかった」
―思わず、剣に手がかかってしまった。
あと10分、ティニーがAKJ入会を勧めていたら、間違いなくあの娘を斬っていただろう。

カアラ  「それにしても、あのティニーとかいう娘、なんて恐ろしいことを言うのだ!!」
―よりにもよって、私に今の兄を愛せと言いおった・・・。
あの、無職中2病大飯喰らい役立たずな迷惑中年を・・・愛した上で、その愛を他者に語れというのか!!?

カアラ  「冗談じゃない、30年前ならともかく、今の兄者相手にそんなこと・・・」
―おもわず出てきた言葉の意味を、私は考えた。

カアラ  「30年前ならともかく・・・か・・・」
―私は目を閉じた。30年前の光景を思い浮かべる

幼少カアラ「はぁ、はぁ・・・」
剣の一族 「どうしたカアラ、剣の勢いが落ちているぞ」
幼少カアラ「うう・・・あ、ああ・・・(ひざを突く)」
剣の一族 「立て、まだ終わっていない」
幼少カアラ「・・・無理です。もうカアラは立てません」
剣の一族 「ならば、そこで野垂れ死ね。我が一族に弱者は必要ない」
幼少カアラ「そ、そんな・・・」
剣の一族 「いくぞ、カレル」
幼少カレル「は、はい・・・」

幼少カアラ「グス・・・誰か、誰か、助けて・・・」
幼少カレル「カアラ、無事か?」
幼少カアラ「兄上・・・」
幼少カレル「よかった、無事みたいだね。さぁ、僕の背中に。ここを降りよう」
幼少カアラ「でも、そんなことしたら兄上が・・・」
幼少カレル「僕が勝手にやっていることさ。力ある者が何しようと口を挟めないのがこの一族だからね」

幼少カレル「カアラ、僕はね、必ず一族を継いでみせる」
幼少カアラ「え、それって・・・」
幼少カレル「もちろん、1人も斬ったりしない。ただただ強くなるんだ。とにかく強くなって、一族全員を従わせる」
幼少カアラ「・・・」
幼少カレル「そして、この馬鹿げた風習を終わらせるんだ。そうすれば争うことなく、みんなで幸せに暮らすことができるよ」
幼少カアラ「・・・素敵です、素敵です兄上」
幼少カレル「どんなことがあってもカアラは僕が守る、だからくじけちゃダメだよ」
幼少カアラ「はい・・・兄上」

カアラ  「あの兄者の背中のぬくもり・・あれは今でも憶えている・・・。
私をおぶって歩く兄者・・・この時間が永遠に続けばと、あの時は心から願ったものだ」
―私は自販機で買ったレモンティーを一口のみ、ため息をついた。

カアラ  「あの時の私は本気で兄者を愛していた。ひょっとしたら、あれは家族以上の感情も混ざっていたのかもしれない・・・。
嫌いな剣を本気で学んだのも、結局は兄者に近づくためだったしな」
―私はレモンティーをもう一口飲むと、空を見上げた。気がついたらもう夕方になっている。
兄者が私をおぶってくれたあの夕焼けに、今日はそっくりだった。
317 名前: 剣姫カアラ ~妻として、母として、妹として~ 第2話 [sage] 投稿日: 2008/09/19(金) 04:41:46 ID:mkJ6NKNX
カアラ  「まあ、昔の気持ちはともかく、あの頃の強く優しい姿が兄者の本質に違いない。
だから、今はああでも、いつかは本当の兄者に戻ってくれるだろう、
それまでは気長に信じて待つべきなのかもな。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・だから人の財布をこっそり持ち出すのをやめろ」

カレル  「くくく・・・気づいたか、流石は我が妹だ」
カアラ  「人が信じてやろうと思った側から、この男は・・・」
カレル  「渇きが、我が体にうずまく渇きが、潤いを求めておるのだ・・・」
カアラ  「喉が渇いているからジュースが欲しいと・・・それ位自分で買え!!」
カレル  「血塗られた道に、富など無縁のもの」
カアラ  「小遣いはどうした?月に1000Gあげているだろう?」
カレル  「流星のごとき銀色の玉が飛び交い、3枚の絵がうごめいて、その者の金を吸い取っていく魔性の板。
人は星の行く末と絵柄の揃いに狂い、金を、命を吸われていく。私とて例外ではなかった。」
カアラ  「パチンコか、パチンコで全額スッたのか?」
カレル  「渇き、我が渇きをはやく潤せ」
カアラ  「だーーー、わかったから財布を返せ、私が買う。で、どれがいいんだ?」
カレル  「底の見えぬ漆黒の液体、あれこそ闇をさまよう私にふさわしい・・・」
カアラ  「ああ、ブラックコーヒーだな(この中2病め)・・・ほら、飲め」
カレル  「くくく・・・」
カアラ  「・・・」
カレル  「・・・」
カアラ  「・・・」
カレル  「・・・・・・苦い」
カアラ  「飲めないなら頼むんじゃねぇぇぇぇぇ!!」
カレル  「砂糖がなければ、無理だ」
カアラ  「ああ、もう、私のレモンティーが余っているからそれを飲め。コーヒーは私が飲む」
カレル  「できればミルクティーの方が・・・」
カアラ  「こ の 期 に 及 ん で 贅 沢 言 う な」

カレル  「妹よ、かつて愛した男への言葉としては少々冷たいのではないか?」
カアラ  「/////!?兄者・・・まさか・・・聞いていたのか!?」
カレル  「くくく・・・お前は思っていることが独り言としてよく出るからな」
カアラ  「どこから、どこから聞いていた!?」
カレル  「アイラが去った時からだ・・・」
カアラ  「全部じゃないか!!お、おぬしという男は・・・」
カレル  「妹よ」
カアラ  「何だ!?」
カレル  「『お兄ちゃん、大好き(はあと)』と言ってくれても構わんのだぞ」
カアラ  「誰が言うかぁぁぁぁぁぁ、この無職中年がーーーー!!」
―例によって、私は鋼の剣を抜き、兄者に斬りかかった。
・・・今はこんなだが、30年前はたしかに強くて優しくて、私を守ってくれたんだ。
ほ、本当だぞ(涙)。

続き13-271-2