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Last-modified: 2011-06-07 (火) 23:12:59

168 :シレジアの風が涙に沁みる:2008/12/22(月) 23:50:27 ID:fS3y1NfO
第2話 妹よ・・・

クレイン 「酒がたりんぞぉぉぉ」
セティ  「そうだ、そうだ、もっともってこい!!」

―ここはカリルの店。その名の通り、カリルという女性が経営している酒場だ。
私の前で同じように自棄酒をかっくらっている男はクレイン。
リグレ家の跡取りなのだが、父である当主パント殿がほとんど会社の仕事をしないため、
ほとんど息子であるクレインが取り仕切っている。
つまり彼は私同様、家族のおかげで涙目な苦労人なのだ。
同じ境遇に身をおいている私達2人は、たちまち友となり、
こうして自棄酒をかっくらっては、互いの境遇を愚痴りあっている。

クレイン 「しかし、あれだね、本当自由奔放な家族を持つと苦労するよね」
セティ  「全くだよ、兄上の好き勝手の後始末は全部私がやっているんだから・・・
      はは、飲まなければやっていられないね」
クレイン 「私もだよ。
      年末の最も忙しいこの時期に両親は魔道研究と称してバカンスさ」
セティ  「うちの兄上も一昨日から恋人と旅行さ」
クレイン 「仕事は全部私に周って来てさ、実は3日寝ていないんだよ」
セティ  「甘いな、私は4日だ」
クレイン 「それにさ、いくら重役とはいえできることには限度があるんだよ。
      昨日なんか顧客が怒鳴り込んできてさ、『責任者出て来い』って。
      どうやって答えろっちゅうねん。
      何、『夫婦揃ってバカンス中です』て言えってか!?」
セティ  「あるある!!言えるわけないよな」
クレイン 「今日の昼なんか限界でね、もういっぱいいっぱいでどうしようもなかった時、
      父上から手紙が届いたんだよ。
      きっと仕事の助言だと思って私は喜んで読んださ。
      そうしたらなんて書いてあったと思う?」
セティ  「いや、わからない」
クレイン 「『弟と妹どっちが欲しい?』の一行。
      いい歳こいて盛ってんじゃねええええええええええええ!!」
セティ  「うわ~~~~~~」
クレイン 「ねえ、息子がこんなに苦労してるのに、
      両親はラブラブイチャイチャって間違ってるよね?
      そうだよね?」
セティ  「私のところもそうだ、弟が胃を痛めているときに、
      兄上は温かいベッドで女性とヌクヌク、こんなの絶対間違ってる!!」
クレイン 「ちきしょう、飲まなきゃやってられねえええええええ!!」
セティ  「だから酒を持ってこぉぉぉぉい」
クレイン 「家族といえば、うちにはもう1人困ったのがいてね」
セティ  「もう1人?」
クレイン 「妹なんだよ」
セティ  「妹?たしかクラリーネ・・・だったな。彼女がどうかしたのか?」
クレイン 「兄離れできないんだよ、いつまでも私にべったりなんだ」
セティ  「可愛いもんじゃないか」
クレイン 「限度ってものがあるんだよ。
      もう16だって言うのに、やれ手をつなごうだの、一緒に寝ようだの、
      子供みたいにさ」
セティ  「ははは、私も同じような兄妹を知っているよ」
クレイン 「叱ると泣き出すからあまり強く言ってこなかったけど、
      そろそろ限界だね。
      あの甘えん坊を直すにはどうしようかと、これも頭が痛いよ」
セティ  「そうか、大変だな」

169 :シレジアの風が涙に沁みる:2008/12/22(月) 23:51:52 ID:fS3y1NfO
クレイン 「それに、それに、ティトが・・・うう・・・(涙)」
セティ  「ど、どうした?」
クレイン 「ティトが・・・ティトが・・・
      今年のクリスマスはアレンと約束してしまったって・・・
      彼女の妹から聞いたから間違いないんだ・・・うわーん」
セティ  「そんな、君と彼女はすごく仲がよかったじゃないか」
クレイン 「そのはずだったのに・・・
      なんでか知らないけどデートの度に謎の妨害が起こるんだ
      四方からティトにナイフが飛んできたり、彼女の食事に毒が混ざっていたり、
      おかげですっかり愛想をつかされた・・・最近じゃ電話もしてくれないんだ」
セティ  「クレイン・・・うう・・・(涙)」
クレイン 「ぐす・・・セティ、君はどうだい?
      フリージ家の・・・ティニーでよかったかな?」
セティ  「ふ・・・相変わらずさ。
      葉っぱLOVEでアーサーにべったり・・・私の入る所なんて皆無だ」
クレイン 「君もか・・・お互い、今年も寂しいクリスマスになりそうだな」
セティ  「甘いな、クレイン。
      お互い殺人的な仕事量が課されるから、
      寂しいなんて感じている暇も無いさ(涙)」
クレイン 「何なんだよこれは!?
      本来仕事をすべき者が仕事をほったらかしてリア充ライフ、
      それで私達は仕事にまみれて寂しい独り身・・・
      どう考えても世の中間違っているよね!!?」
セティ  「ああ、間違ってる。
      でもな、クレイン、その間違いを正す方法が、我々には無いんだよ」
クレイン 「だから・・・こうして酒でも飲まなきゃやってられないんだね」
セティ  「全く持ってその通りだ」
クレイン 「だから酒を持ってこぉぉぉぉぉぉぉい」
セティ  「早くしないとフォルセティぶっ放すぞぉぉぉぉぉ」

―私とクレインは新たに運ばれた大ジョッキを一気に飲み干した、そして・・・。

セティ・クレイン 「うわああああああああああん」

―泣いた。

ラルゴ  「ったく、ありゃ、今夜もブッ潰れるまで帰らないな」
カリル  「そうみたいだね、迎えの電話しておくよ。ええっと、電話番号は・・・」

―1時間後、私とクレインは完全に酔いつぶれ、その場に眠ってしまった。
そして、気がつくと、自室のベッドの上だった。
リグレ家の傭兵達がクレインと一緒に、私も一緒に送り届けてくれたらしい。

セティ  「これと、これ、あとこの書類も必要だな・・・」

―次の日、私は、自室で会社に向かう準備をした。
兄上が旅行に行ってしまった以上、私が仕事を処理しなければならない。
相当な量があるし、おそらく泊り込みになるだろう。
準備を終え、部屋を出ようした時、誰かがドアをノックした。

フィー  「お兄ちゃん、入っていい?」
セティ  「フィーか、構わないぞ」

―私がそういうと、1人の少女がドアを開けた。
彼女はフィー。シレジア家の末娘で私の妹だ。
怠け者の兄上や、不運な私に似ず、素直で優しい娘に育ってくれた。
ティニーやフォルセティが危うい今、私の唯一の宝物と言ってもいい、大切な家族だ。
当家を狙う親戚がこの子を利用しようとしているが、この子だけは、私が守らねばならない。

170 :シレジアの風が涙に沁みる:2008/12/22(月) 23:52:37 ID:fS3y1NfO
フィー  「ねえ、またお仕事に行くの?」
セティ  「ああ、かなり溜め込んでいるからな」
フィー  「レヴィンお兄ちゃんは?」
セティ  「フュリーさんと旅行に行った」
フィー  「また?」
セティ  「ああ、まただ」
フィー  「もう、しょうがないな。遊んでばっかりじゃない」
セティ  「まったくだ、お前からも何とか言ってやってくれ」
フィー  「そんなことよりも、お兄ちゃん大丈夫?
      随分疲れているみたいだよ」
セティ  「そんなことはない、充分休んではいる」
フィー  「嘘、お兄ちゃん嘘ついて、無理しようとしてるでしょ。
      ねえお兄ちゃん、お仕事も大事だけど、
      お兄ちゃんの体の方がもっと大事なんだよ」
セティ  「いや、だがな・・・」
フィー  「無理ばっかりして、もしもお兄ちゃんに何かあってからじゃ遅いの。
      もしもそんなことになったら、わたし・・・」
セティ  「フィー・・・」

―悲しそうに俯いた妹を見て、私は反省した。
仕事のためとはいえ、こんな心配をかけてしまっては兄失格だ。
私も兄上のことは言えないな。

セティ  「すまなかったな、フィー。
      どうやらお前に相当心配をかけていたみたいだな」
フィー  「本当だよ、もう・・・」
セティ  「ははは、怒らないでくれ、今日は仕事に行くのをやめるから」
フィー  「本当?」
セティ  「ああ、お前の言うとおりだった。
      確かに、体を壊しては元も子もないからな。
      だから、今日は一切仕事をせずに休むことにした」
フィー  「うん、それが一番だよ、お兄ちゃん」

―フィーは嬉しそうににっこり笑った。
思えば、仕事にかまけていて最近はほとんどかまってやれなかったな。
よし・・・

セティ  「フィー、せっかく休んだんだ、これからどこか2人で遊びにでも行か」
フィー  「ねえ、大丈夫みたい、お兄ちゃんが留守番してくれるって」
セティ  「?」
アーサー 「悪いね、セティ」

―フィーがドアの外に呼びかけると、あの憎きアーサーが部屋に入ってきた。

セティ  「アーサー!!貴様、何の用だ!?」
フィー  「アーサー!!(ギュ)」
セティ  「はい?」

―思わず間抜けな反応をしてしまった。
アーサーが私の部屋に入ると、間伐入れずにフィーはアーサーに抱きついたのだ。

セティ  「おおおおおお前達、いいいいいい一体・・・?」
フィー  「あ、お兄ちゃん、紹介するね。わたしの彼氏でアーサーさん」
セティ  「な、何ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」

―ここここここの男が、フィーの、彼氏!?
アーサー、貴様、ティニーとKINSHINじゃなかったのか!?

171 :シレジアの風が涙に沁みる:2008/12/22(月) 23:54:00 ID:fS3y1NfO
アーサー 「ははは、そんなにはっきり言うなよ、はずかしいじゃないか」
フィー  「アーサーはわたしのこと、嫌いなの?」
アーサー 「そんなことないだろ、きみはぼくにとって大切な人だから・・・」
フィー  「アーサー・・・」

―この野郎、なにが「ぼく」だ。普段は「おれ」の癖にいい子ぶりやがって。

注:アーサーの一人称は「おれ」(セリスの前では「私」)だが、
フィーと恋人だった場合にのみ発生する終章の会話でのみ、なぜか「ぼく」。

フィー  「助かったわ。
      お兄ちゃんが仕事休むのなら、留守番できるよね。
      じゃあ、わたし、アーサーとデートしてくれるから」
セティ  「ちょ、ちょっと待て!!」
アーサー 「留守番お願いしますね、お義兄さん」
セティ  「誰がお義兄さんだ!!」

―貴様が義弟など、死んでもごめんだ!!

フィー  「じゃあ、いってきま~す」
アーサー 「いってきま~す」
セティ  「おい!!」

―私が止めるのも空しく、フィーとアーサーは出て行った。
確かに、シレジア家の者がまとめて家を空けるのはまずいので、
我々のうち誰かは屋敷にとどまるようにしている。
大概は母上がいらっしゃるが今は外出中だったのだ。
ろくでなし兄貴の方はそんなこと気にせず遊び歩くので、
そういうことに気が回る分、妹は偉いのだが・・・。
数分後、私の部屋の窓をノックする音がした。

セティ  「?ここは二階のはずなのだが・・・」

―窓を開けると、天馬マーニャに乗ったフィーと、その後ろでフィーに掴まっているアーサーがいた。
フィーがいなければ撃ち落としてやりたい。

フィー  「お兄ちゃん、やっほー」
アーサー 「やっほー」
セティ  「いちいち私に声をかける必要はない」
アーサー 「もう、そんな冷たいこと言わないで、お義兄さん」
セティ  「だからその呼び名はやめろ!!」
フィー  「きゃ、アーサー、変なところ触らないでよ」
アーサー 「ええ~、だってフィーがしっかりつかまってろって言うからさぁ~」
フィー  「も、もう、アーサーのえっち/////」

―何、このバカップル的やりとり?フィーの顔、相当赤いんですけど・・・。

フィー  「じゃあ、いってきま~す」
アーサー 「お土産買ってくるからね~」

―そう言って、2人を乗せた天馬は飛んでいった。
私は怒る気力も失せ、何も言わず、ただ機械的に手を振るだけだった。
天馬の姿が見えなくなると、私は机の上にある受話器をとった。

172 :シレジアの風が涙に沁みる:2008/12/22(月) 23:54:42 ID:fS3y1NfO
セティ  「・・・ああ、クレインか。私だ、セティだ。
      急で悪いのだが、今夜時間取れないか?
      非常に大事な話しがあるんだ・・・いや、仕事の話じゃない。
      昨夜、妹のことを愚痴っていたが、それについて、ちょっとな。
      ・・・ああ、じゃあ、今夜10時にカリルの店で・・・」

―そう言って私は受話器を置いた。
クレインよ、君は知るべきだ。
兄離れができない?兄にべったり?甘えん坊?大いに結構じゃないか。
本当に辛いのは、そんなかわいい妹が他の男に取られたときだ。
それを目の当たりにしたときだ。
まして、奪った男が憎き敵だった場合など・・・くぅぅぅぅ(涙)。
いいかクレイン、甘えられているうちは幸せなんだ。
今のうちにしっかりその幸せをかみ締め、
そして、妹を任せてもいい男を日頃から考えておくこと。
取られてから後悔しても遅いんだ。
私は、今夜、君にそのことをたっぷりと語ろうと思う。
ふと、開いた窓の方向を見ると、窓から冷たい風が吹いてきた。
そういえば、この窓は北向きだったな。
嗚呼、今日もシレジアの風が涙に沁みる・・・。

第3話に続く