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Last-modified: 2011-05-30 (月) 21:43:16

 私の名はラグネル。仲間の間では剣の貴婦人と呼ばれている。
けれどその昔、私は呪われたただの塊でしかなかった。多くの剣士に蔑まれた。
そんなときに私を手に取り、価値を見出してくれたのが先代の主、オルティナ様だった。
彼女は語る。最もいい剣とは何かと。美しいか、良い匠の作か、強き力が宿っているか。どれも違う。
自分にとって信じれてこそ、最も良い剣なのだと・・・・だから私を彼に授けるのだと仰った。

-貴婦人の願い-

 いつも、この煤けた刀身は濁ってばかり。潰れた刃は、紙一枚さえも切れない。
数多の剣士に拾われては打ち捨てられ、いつの間にかいたのは小さな武器屋の片隅。
使われないならいっそ――そう思っていたある日、銀の髪の少女が店を訪れたのです。
「店主さん、この剣は?」
「ん、ああ・・・それね、磨いても綺麗にならないし、研いでも切れ味の良くならないなまくらだよ」
『っ私のことなんてなにも存知ないくせに、なんて仰りますの!?』
 聞こえもしない言葉で罵るけれど、当然言葉は決して聞こえることはなく。
でも、言葉がとても痛かった。武器として、剣として生まれたことを完全に否定されたから。
少女はそんなことには構うことなく私を剣立てから取り、数回店内で振るいます。
「いい品ですね。御幾らですか?」
『え、えっ!?』
「嬢ちゃん本気かい!? こんな使いようの無い剣なんて――」
 否定は出来ない。けれども、少女は年不相応な柔らかい笑みをして、一言。
「一目見て気に入りました。きちんと手入れして、使えるように私が努力してみせます。
そうすれば、今はこんな風でも、何よりも信頼できる相棒になると信じれます」
 そのとき、刀身が薄く光ったのを感じました。自分から光を発するなんて思いもしなかった。
少女も店主も驚いていて、勿論、私だって驚き。
「あら、刃が潰れてない・・・・・・?」
『え、あ・・・ああ・・・・・・!』
 言われてようやっと自分のことに気がつきました。刃は切っ先まで、美しい直線を描いているのです。
「信じられないけど、選んでよかった! それで、御幾らなんですか!?」
「こいつは驚いた! いいさ、タダでやろう! どうせ二束三文の値段だったんだ!」
「でもそれは・・・はい、ありがたく頂戴します」
 最初は遠慮してたけど、店主さんがニコニコして引く様子も無く、少女は折れたよう。
・・・刃が戻ったのは嬉しいけれど、刀身は煤けたままですね。
それでもこの方となら、いつかあの美しい金色をとりもどせる気がします。

 不思議な剣は、頂いてから毎日磨いたけど、綺麗にならなかった。
答えのない疑問を振り払おうと、川辺へ素振りに行った。でも集中できない。
本当に私はこの剣に選ばれたのかしら? 本当にこの剣は応えてくれているのかしら?
埒が明かないから、少し休むことにした。空はもう夕焼けが薄闇に染まりだしていた。
刀身を指でなぞれば、汚れによって読み解けないこの剣の銘が彫られているのがわかる。
「ら・・・ぬる・・・・・・?」
「どうしたのですか、オルティナ」
 振り向けば、何故か同じクラスのセフェランの姿。一応、恋人でもあったりする。
「えーっと、この剣、いくら磨いても綺麗にならないから、どうしてか考えてた・・・・・」
「そうですね・・・確かに煤けていますが、コレもまたありではないですか?」
「?」
 思わず首をかしげると、セフェランは話を続けてくれた。
「確かに見目麗しいものは良いものですが、中身が伴ってなければそれは意味を成しません。
貴女が選んだ剣ですから、剣としては十二分の力があると思いますよ」
「・・・・・ん。相変わらず上手いことを言うのね。ありがとう」
「いえいえ、正直なことを言ったまでですよ」
 立ち去る彼を見送って、少し伸びて。私は家に帰ることにした。
自分で選んだ剣なのに、そんな些細なことを気にするなんて情けないものね。
そうよ、信じなきゃ。私の剣、私の相棒を信じないでどうするのよ!
なんて自分を戒めたけど、そういえばノート買ってなかった。
道をずれればテリウス地区の中心に行けるから、そこに買いに行こう。
あぁかっこ悪・・・・・・。

 私のことを見捨てずに磨き、剣として扱ってくださることに感謝します。
でも、やはり自信がないのです。貴女の様な若き剣豪の腕に適うのかと。
だから今でも願ってしまうのです。どうか打ち捨てられることがありませんようにと。
「た、助けてください・・・・・・!」
「え、今のは・・・路地から!?」
 小さな声でした。けれどもオルティナ様はそれを聞き身を翻したのです。
歩いていた傍の小さな路地裏。繁華街の明かりに埋もれた暗い隙間。
そこにはいかにも賊といった男三人と、壁に追い詰められた少女の姿がありました。
「ちょーっと俺たちの相手をしてもらうだけだから、な?」
「別に怖がる必要もないんだぜ?」
「いや、です・・・・・・!」
『あのように逃げ場を奪い襲うなんて、卑劣なことを!』
 オルティナ様も考えは同じなのでしょう。私を構え、男たちに声を荒げます。
「待ちなさい、そこの三人。この剣の錆になりたくなければその子を放しなさい!」
「ん、あぁ? なんだ嬢ちゃん、大剣なんか持ってよぉ」
 男は二人がこちらへ向かい、一人は少女を押さえつけたまま。
そして男たちは斧を取り出しました。後ろの男は片手に短剣を構えています。
『あ、あれは、ソードキラー!?』
「いくら嬢ちゃんが腕に自信があるっつってもよ、こいつには適わねぇだろ」
「くっ・・・・・・」
 悔しいけれど、こうなっては剣を下ろすしかありません・・・・・・。
「はっ、そんな薄汚れた剣なんざで俺らに勝とうたって無駄なんだよ」
『!』
 言い返せ、ない。私のような剣なんて、やはりただの塊でしかないのですね。
どうして私は持ち主を得てしまったのでしょう? どうして私は呪われてしまったのでしょう?
どうして私は―――。
「さっさとその剣を地面に置いてだな――」
「・・・・・・・・・なさい」
「は?」
「取り消しなさい、といっているのが聞こえないの!?」
 その大声で、通りからの声も一瞬小さくなりました。
「汚れていようと私の剣よ! あんたたちにとやかく言われる筋合いはない!
そこまで言うならかかってきなさい! 私は、この剣で二人を相手にしてみせるわ!」
『オルティナ様・・・!』
「信じた剣が折れぬ限り、私は、負けない!!」
 ああ、そうでした。私たち剣は、武器は、全ての「物」は信用されて始めて役割を果たします。
私たちもまたそうした主を信頼して役割を果たすのに。それを、忘れていました。
ならば誓いましょう。真に、貴女を信じると。
『信じる主がいる限り、勝利を齎してみせましょう!』
 オルティナ様が私を振り上げた瞬間、また、以前のように刀身が光り輝きました。
今度は、うまく言えないけれど、刀身が軽くなるような気がしました。
その刹那でした。前にいた賊の一人が見えない何かに吹き飛ばされたのです。
路地裏にいた誰もが呆然としています。私も事態の把握に少し時間を要しました。
その直後にオルティナ様も気がつき、もう一人の賊を近づくことなく吹き飛ばしました。
「ひ、ひぃいいい!」
 残った一人は悲鳴を上げています。オルティナ様はその男を薄く睨み、一言仰りました。
「少女を放しなさい」
 もう、気迫の時点で男は負けていました。少女を放し、あっという間に消えていきます。
少女は何度も頭を下げていましたが、オルティナ様の勧めで直ぐに人込みの中へ去っていきました。
その場に残されたのは伸された男二人と、私をしげしげと眺めるオルティナ様。
今はあの薄汚れた姿ではなく、磨き抜かれた黄金のようになっていました。
「これが、本来の姿?」
 私もオルティナ様も二度目の驚きです。戻れると信じていても、本当に適うか分からなかったから。
少し全体を見渡した後、オルティナ様は私の鍔近くの刀身を指でなぞりました。
「ええと、ラ・グ・ネル? この剣、ラグネルって言うのね! いい名前だわ」
『そんな、私には勿体無いお言葉です!』
 聞こえないけれど、嬉しくて思わず答えてしまいたくなります。
これからは、ずっとオルティナ様のお役に立ってみせます。
貴女の様な方に相応しい剣として、存分に力となりましょう!!

 あの日、真のラグネルを得てから色々とあった。
姉妹剣のエタルドを得たり、結局はセフェランと結婚したり。
そうして今日も今、新たな出来事が私に刻まれる。
「アイク、貴方はもう私のところを卒業ね。お疲れ様」
 剣を振る愛弟子に声をかければ、彼はきょとん押した顔でこちらを向いた。
「そうなのか? 俺としてはまだまだ学ぶことがあると思うんだが」
「いいえ。教えれるのは此処まで。後は自分で学び取らなきゃ駄目よ」
 真の強い剣士となるには自分で自分の道を見つけなくちゃいけないもの。
それに、もう教えることなんて私なんかにはもう殆ど無いわ。
「分かった。今日のうちに出ることにする」
「早いわね・・・。何もそんなに急ぐことは無いのよ?」
「いや、此処は居心地がいいから判断が鈍ってしまう」
 随分と正直ね。でも、それが貴方の良いところ。
「なら、これを」
「これはラグネル・・・!? なぜそんなものを俺に?」
「ねぇアイク、最もいい剣とはなんだと思う?」
「・・・・・・?」
「美しいか、良い匠の作か、強き力が宿っているか。どれも違うわ。
自分にとって信じれてこそ、最も良い剣なのよ。
そして貴方が信用に値するからこそ、私はこの剣を貴方に預けるわ」
 彼は少し不思議そうな、驚いたような顔をした後、手を伸ばしてきた。
「いいのか?」
「もしこれよりもっと気に入った剣が手に入ったなら、返して頂戴ね。
この子、ずっと昔からの相棒なんだから」
 そう言って笑えば、笑い返してくれた。普段無愛想だけど、とてもいい表情の笑み。
さぁ、いってらっしゃい。貴方の道を見つけて、貴方の力で歩いてみせなさい。
貴方の願いであった、守る力を見つけ出してみなさい。

 あの日、真の力を得てから色々とあった。
驚きは私の姉に当たるエタルドと逢えたことだ。とても喜ばしいことでもあった。
彼女は私より先に他の剣士の手に渡ったため、呪いがかからなかったらしい。
そして彼女と共に主の力となり、随分と時が経った。
エタルド曰く「随分と変わった」らしいが、悪い変化ではないので構わない。
そして今日、私はオルティナ様から弟子であるアイク様に主が変わった。
正直、ショックだったのかもしれない。ずっと共にあったお方と離れることが。
けれどもオルティナ様は仰った。信用に値するからこそ預けるのだと。
だから私も信用しよう。アイク様は私をオルティナ様のように振るってくださると。
彼は守る力を欲していたから、彼は何でも守れると信じよう。

  私は願う。信じられる剣でいたい、信じられる主と共にいたい。
  それが現実としてあるために、私はこれからも信じ続けよう。