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Last-modified: 2011-06-04 (土) 12:07:22

 ~BAR『ハラの戦い』~

シグルド 「……お疲れ様です」
アルヴィス「ああ。……奇遇だな、こんなところで会うとは」
シグルド 「ええ。何となく名前に惹かれて初めて入ったバーだったのですが」
アルヴィス「社外で敬語はよせ。……昔のように話そうじゃないか」
シグルド 「……ああ、そうだな」
アルヴィス「彼にも同じものを」

 アルヴィスに向かって静かに一礼し、バーテンダーがカクテルを作り始める。
 カウンター越しにそれを見ながら、二人は互いの顔も見ぬまま無言を保つ。

アルヴィス「……」
シグルド 「……」
アルヴィス「……昨晩、嫌な夢を見てな」
シグルド 「ほう」
アルヴィス「ある哀れな男の夢だ。身の程知らずに高い理想を抱き、そのプライドに付け込まれて騙され、利用され、
       汚い手段で他人を蹴落として皇帝にまでなり上がったが、最期は……」 

 言いかけて、アルヴィスは自嘲気味に笑う。

アルヴィス「いや、止めておこう。下らん夢の話だ」
シグルド 「哀れな男の夢なら、私も見た」
アルヴィス「ほう」
シグルド 「清廉潔白で、人を疑うことを知らぬ青年騎士だ。
      友のため平和のためと、彼なりに必死に努力したのだが、状況がよく見えていなかったんだな。
      渦巻く陰謀を見抜けず、運命に翻弄され、最期は愛する人すらも……」

 シグルドは沈痛な面持ちで首を振る。

シグルド 「いや。話したところで、な」
アルヴィス「ああ」

 バーテンダーが差し出したグラスを、シグルドは軽く掲げた。アルヴィスもそれに倣い、二人は静かに飲み始める。

アルヴィス「……シグルドよ」
シグルド 「なにか」
アルヴィス「彼女のことだがな」
シグルド 「……ああ」
アルヴィス「この戦いにおいて、私は卑怯な手を使うつもりは一切ない。必ずや、私自身の魅力で彼女を射止めてみせよう」
シグルド 「それは私も同じだ。たとえ何があろうとも、彼女のことを守り抜いてみせる。誰にも、奪わせはしない」

 互いの顔をちらりと見て、二人は同時に、静かに微笑んだ。
 ~深夜2時~

シグルド 「……ただいま」
ミカヤ  「お帰り、シグルド」
シグルド 「姉上……起きていらしたのですか」
ミカヤ  「ええ。……どこかで飲んできたのね、珍しい」
シグルド 「まあ。腐れ縁の友人と、少し」
ミカヤ  「仲がいいのね」
シグルド 「どうですか。まあ、根っこのところはよく似ているのではないかと思いますが」
ミカヤ  「そう。ところで、あなたを待ってた子がいるのだけれど」
シグルド 「私を?」

 ミカヤに促されて居間に入ると、テーブルに突っ伏して静かな寝息を立てている少年がいた。
 毛布をかけてやったのは、ミカヤだろうか。

シグルド 「セリス……」
ミカヤ  「……夢を見て、不安になったんですって。シグルドがどこかへ消えてしまいそうで」
シグルド 「……夢、ですか」
ミカヤ  「そう、夢」
シグルド 「……何かの前触れでしょうか」
ミカヤ  「そういう感じはしないわね。安心しなさい、ただの夢よ。
     今というこのときがどれだけ幸せなのか、私たちに教えてくれる、ね」
シグルド 「何かご存じなので?」
ミカヤ  「さあ。だけど、私たちの周りには神様とかそういうのが多いから……」
シグルド 「なるほど。いちいち気にしていてはきりがありませんな」
ミカヤ  「そうね」

 眠り続けているセリスに、ミカヤはそっと指を伸ばす。目尻に薄らと溜まっていた涙を、優しく拭ってやった。

ミカヤ  「さ、シグルドも帰ってきたことだし、私もそろそろ休むことにするわ」
シグルド 「ええ。セリスは私が部屋に運んでおきましょう」
ミカヤ  「お願いね……あ」
シグルド 「なにか?」
ミカヤ  「……ううん。どうしてかしらね。そうやってシグルドがセリスを抱えてるの見たら、なんだか妙に幸せな気分になったの」
シグルド 「……私も、似たような気持ちですよ」
ミカヤ  「そう。……きっと、セリスも同じね。穏やかな寝顔だわ」
シグルド 「……ではお休みなさい、姉上」
ミカヤ  「ええ。お休み、シグルド。また明日、ね」