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Last-modified: 2010-06-19 (土) 00:08:47

590 :お金の無い日:2009/07/19(日) 06:35:02 ID:3P7oUKJK
過去ログ読んでたらアイクとイレースに目覚めたので投下

 がちゃり、冷蔵庫の戸をを開けて中を見る。
「………はあ…」
 ぱたん、戸を閉めてため息をつく。昨日、空になったばかりの冷蔵庫に急に物が増えていると
いうことがあるはずも無く、イレースはそんなことを期待してしまった自分を情けなく思った。
「…失敗しちゃったかな」
 やはり昨日の内に食料を全て食べ尽くしてしまったのは失敗だった。明日が給料日とはいえ、
財布を逆さに振っても何も出ない今の状況では自重すべきだったとイレースは思った。
「…………」
 壁に掛けられたホワイトボードには、イレースの知り合いの名前が何名か書き出されてあり、
その全てにバツ印が付けられている。彼らはイレースが空腹に耐え切れなくなったときに
『仕方なく』頼る面々なのだが、今日は仕事やら用事で全員都合が悪いとのことだった。
「…やっぱり貯金を…」
 貯金を切り崩すことも考えたが、以前に同僚兼友人から受けた忠告を思い出す。
「いくらお腹が空いても絶対に貯金使っちゃダメ!一回使ったら歯止めが利かなくなるんだからね!」
「お金借りるのも駄目だかんね!借りようとしたら斬ってでも止めるから!」
「ギャンブルも駄目!うちの兄さんみたくなりたくないでしょ!?」
 彼女らの真摯な警告に涙が出そうになる、自分はいい友人を持ってきっと恵まれているのだろう。
そんなに信用できないのか、ということはあえて考えないようにした。そのほうが幸せだ、うん。
「…………」
 打つ手が無くなったこの状況で、ある人物を頼ることも考えたが。
「やっぱり…ダメ…!」
 浮かんだ考えを振り払うように、頭をぶんぶんと振る。あの人は優しいから、きっと力になって
くれるだろうけど、情けない姿は見せたくない。イレースにも意地はあるのだ。
(…とにかく、今日一日なんとかなれば…)
 明日になれば給料が出るし、友人を頼ることもできる。今日一日凌げばどうにでもなるのだ。
(どこかで暇潰ししてこようっと…)
 部屋にいても気が滅入るだけだと思い、今日は休みでもあるので、イレースは外出して適当に
時間を潰すことにした。
(今日はあそこに行こうかな…)

「…ふう……」
 イレースが今いる場所は、市立の図書館だった。ここは涼しいし、うるさくないし、買えもしない
食べ物の色や匂いに毒されることも無いので、彼女のお気に入りの場所の一つだった。
(今日は夜までここにいよう…)
 人のいない隅の席に移動し、適当な厚さの本を一冊用意する。あとはそれを枕にして夜まで
寝てしまおうというのがイレースの考えだった。
「……う……ん……」
 こういう静かな場所に来ると眠くなるのは何故なんだろうと思いながらも、イレースの意識は
深く沈んでいった。それにしても、考えないようにしていたがやはり空腹だ。周りにある物が全て
食べ物に見えてしまう。この本もパンにしか見えなくなっているような…
「そこの貴方!?何をしているんですか!?」
「……はい…?」
 片眼鏡を掛けた男性に注意された様だが、何かあったのかなと思いつつも自分の周囲を確認してみると…
「…あ……」
 今まで枕代わりにしていた本がボロボロになっている、何やら歯形があちこちについていることから
どうやら寝惚けて本をかじってしまっていた様だった。
「ご、ごめんなさい…」
「全く…本は食べ物ではありませんよ。それにしてもこの町には本を大事にしない人がいて困るなあ…
 ヴァイダさんも本を大事にすることを理解してくれるといいのですが…貴方もこんなことは止めて下さいね」
「は、はい…」

591 :お金の無い日:2009/07/19(日) 06:38:04 ID:3P7oUKJK
 図書館には夜まで居座るつもりだったのだが、何やら居心地が悪くなってしまったので早々に退散することにした。
「はあ…どうしようかな…」
 予定外のトラブルで、図書館で眠る計画はたちまち頓挫してしまった。イレースは適当に通りを歩きながら、
どのように時間を潰すかを考えていたが…
「…やっぱり…お腹空いた…暑いし…」
 考えて見れば昨日の夜から何も口にしていない。それに加えて今は昼過ぎだ、快晴の青空がいつも以上に眩しい、
空腹と暑さで、足元が怪しくなってきた。視界も虚ろな気がする、そのせいか曲がり角から出てきた人影に
気付くのが遅れてしまった。誰かにぶつかり、イレースはよろめいてしまう。
「おっと…」
「きゃ…ご、ごめんなさ…」
「ん…?何だ、イレースか」
「あ…アイクさん…」
 ぶつかった人物は同僚でもあり、イレースが複雑な感情を抱いている相手でもある男、アイクだった。
「何だ、偶然だな。今日はどうしたんだ?」
「あ、あの……」
 まさかアイクに会えるとも思わず、何を話そうかと考えを巡らせるが、空腹で何も言葉が出てこない
それどころか、緊張と空腹と暑さでさらに意識が朦朧としてきた。正直、立っていられるかも怪しい。
「…!おっと…」
「…あ……」
 足元がふらつき、倒れようとしていたイレースをアイクはしっかりと抱きしめる形で支える、傍から見れば
恋人同士の抱擁に見えなくも無い。
「あ、あの…アイクさん…」
「随分ふらついてるな、何があったかは知らんが無理はするな。近くに公園があるからそこまで連れて行ってやる、
 そこで休むぞ」
「え…?あっ…」
 そう言うとアイクは、イレースの背と脚に手を回して抱きかかえる。いわゆる『お姫様抱っこ』というやつだ。
「アイクさん…恥ずかしいです…」
「我慢しろ、すぐ近くだ」
「…でも…」
「軽いな、あんた。片手でも持てそうだ」
「…………」
 イレースは、その近くにある公園がなるべく遠くにあることを祈りつつアイクに身体を任せることにした。
今日は運が悪いとも思ったが、どうやら全く逆だったかもしれないとイレースは自分の悪運に感謝した。

「なるほど…大体わかった」
 アイクとイレースは、二人で公園のベンチに腰掛けていた。イレースは隠しても仕方が無いと思い
これまでの事情を洗いざらい話した。アイクはそれを聞いて何やら考えている。
(はあ…また情けない奴だと思われちゃうな…)
 本当ならこちらから色々アピールしたいのに、いつも世話になってばかりだ。これでは嫁入りどころか
女として意識もされていないのではないかと思い、イレースは沈み込んでしまった。するとアイクが口を開く。
「よし、俺が奢ろう」
「え…?でも…」
 アイクの家の経済状況はが常軌を逸しているのは職場でも有名である。イレースもアイクが
職場で金を使うのを殆ど見たことが無い。だがアイクは自信に満ちた口調で話を続ける。
「金なら心配するな。ほら、これを見てくれ」
 そう言うとアイクは懐から小さな袋を取り出し、イレースに差し出す。
「…!これは…すごいですね…」
 袋の中には、詳細は分からないが一目で高価なものだと分かる装飾品や、各種の宝玉が収められていた。
「実は昨日の夜から今までグラドの奥の方の遺跡に修行に行っていてな。その戦利品として家計の助けになりそうな
 ものを拾ってきた。さっき換金できるものは済ませたからな、持ち合わせもある。食料程度なら任せろ」
「あ…じゃあ…お言葉に甘えようかな……あ…」
(そうだ…お礼…お礼しなきゃ…)
 何か礼をしなくてはと思い、体中を弄ってみるが、無一文の自分に何か礼になるものなどありはしないはずだ。
何か、何かないかと考え、一つの考えが浮かんだ。
(お礼…私…とか言っちゃだめかな…)

592 :お金の無い日:2009/07/19(日) 06:41:20 ID:3P7oUKJK
「アイクさん…お礼に…私を食べて下さい…」
「イレース…」
「…あ…アイクさん…どうですか…?私…美味しいですか…?」
「ああ…だが俺ばかり満腹になるのも悪いな」
「ん……あ…アイク……さん…!」
「どうだ…美味いか…?」
「…あ…アイクさんで…私…お腹いっぱいです…」

「…おい!?おいイレース!」
「…ふぇ…?」
 気が付くとアイクが目の前で手を振っている、どうやら妄想に浸るうちに軽く意識が飛んでしまったようだ。
「す、すみません…」
「今意識が飛んでなかったか?しっかりしろ」
「…………」
 純粋に心配してくれるアイクだが、イレースはまともにアイクの顔を見ることができない。あんなことを考えていた
と知られたら正直自殺ものだ。声に出なかったのが不幸中の幸いである。
「意識を保てなくなるほど空腹なら早く言え。よし、こうしてはいられないな、さっさと買い物に行くぞ」
「あ…待って下さい…」
「どうした?辛いならまた抱えて…」
「い、いえ!大丈夫ですから…」

「すみません…荷物持ちまでやってもらって…」
「気にするな、この程度、鍛錬の内にも入らん」
 二人は買い物を終え、イレース宅まで戻ってきた。荷物は全てアイクが持っている。イレースも持とうとしたが、
ふらついてる癖に無理はするなと一喝されてしまった。
「よし…ここだな」
「はい…ありがとうございます。何か今度お礼を…」
「別に気にするな、困ったときはお互い様と言うしな」
「でも…」
 言葉通り、アイクの行いには何の下心も無いのだろうが、やはりもらってばかりという訳にはいかない。
やっぱりさっきのこと言っちゃおうかなと考えるが、それよりも先にアイクが口を開く。
「それなら今度、手合わせの相手をしてくれ。雷魔法の対策を立てたいと考えていたんだ、俺の知る中で
 一番の雷使いはあんただからな」
「あ…はい!それなら…喜んで!」
「よし、じゃあ決まりだ。今度手合わせだな、俺に勝てたら一食くらい奢ってやるぞ。じゃあな」
「は、はい…ありがとうございました…」

 食料の収納を終えると、イレースは手持ちの魔道書を確認する。
「アイクさんと手合わせ…か…」
 勝てたら一食奢る、とアイクは言っていた。それも魅力的な話だが、もし勝てたら別の話を持ちかけてみようと
イレースは考えていた。
「勝てたら…二人で遊びに行くとか…言ってみようかな…」
 都合のいい考えだと自分でも思うが、考えるだけで自然と笑みが零れ、魔道書の選別にも力が入る。
「もし…いや…でも…」
 都合のいい結果のことを考えると、魔道書を選ぶだけでも楽しく感じられる。食べることよりも、他のことが楽しい
と考えるのはどれくらいぶりだろうとイレースは思った。

勢いのまま書いたらこんな時間になってしまった。
それと本文に欲望が抑えきれなかった表現が含まれていたことをお詫びします。
でもあれでも結構抑えたんだぜ。