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Last-modified: 2007-06-15 (金) 22:30:04

こだわる人、どうでもいい人

 

とある休日の昼下がり、紋章町郊外の原っぱにて、壮年の男を間に置いて睨み合う男が二人。

クーガー 「……」
エフラム 「……」
デュッセル「……始めい!」

 デュッセルの掛け声と共に、二人は気合の乗った声を張り上げながら、互いの体に向けて槍を突き出し合う。
 無論、カバーをつけて殺傷能力を抑えた槍ではあるが、その点以外は実戦とまるで変わりない。
 クーガーは竜に乗り、エフラムは地に足をつけている。
 常識的に考えれば、自在に距離をとり攻撃を仕掛けられるクーガーの方が圧倒的に有利な状況である。しかし、

クーガー 「はぁっ!」
エフラム 「……! もらった!」

 竜と共に突進してきたクーガーの槍を紙一重で避けながら、エフラムは勢いよく槍を突き出す。
 エフラムの槍は見事クーガーの腹部を捉え、彼を竜の背から吹っ飛ばした。
 地面に倒れ、苦しげに咳き込むクーガーを見ながら、デュッセルは一つ頷く。

デュッセル「この勝負、エフラムの勝利だ!」

 周囲で見物していた野次馬たちから、歓声が上がった。その中から司祭が一人飛んできて、クーガーの手当てに当たる。

クーガー 「クッ……負けたか」
デュッセル「うむ。ますます腕を上げたな、エフラム」
エフラム 「ああ。だが、途中何度か危なかった。俺もまだまだだ」
デュッセル「そうだな。その謙虚な気持ちを忘れず、これからも精進を続けるがいい。さて、クーガーよ」
クーガー 「分かっています……受け取れエフラム、これが『陽光』だ」
エフラム 「これがあの名槍、『陽光』か……!」
クーガー 「そうだ。まあ、武器の薀蓄などお前はさして興味がないだろうが……いい槍だろう」
エフラム 「ああ。初めて持ったというのに、こうも手に馴染むとは……やはり、名の知れた槍ともなると違うものだな」
クーガー 「大事に使ってくれ……と言っても、俺は扱える自信がなかったから、飾っていただけなんだがな」
エフラム 「こんないい槍を飾っておくなどもったいない話だ。是非とも実戦で使わせてもらおう」
クーガー 「……出来るか? その長さを考えろ、ほとんど馬上槍だぞ」
エフラム 「使い方次第だろう。降りて使うのが無理なら馬に乗って振り回す手もある」
クーガー 「確かにな……しかし、残念だ。この勝負に勝ったら、俺のコレクションにジークムントが加わるはずだったんだが」
エフラム 「……だからこそ負けられなかったというのも、理由ではあるな」

エフラム 「ただいま。……なんだ、誰もいないのか? まあいいか……
      しかし、何度見ても惚れ惚れするほど美しい長槍だ。クーガーが名槍を集めているというのも分からんでもない。
      ……早速庭で振り回してみたいが、その前にもっと手に馴染ませないとな……
      よし、今日は徹底的にこの槍を磨き上げることにするか。
      そうと決まれば、部屋から布を取ってこないとな……」

ヘクトル 「ただいまー。……って何だ、誰もいねえのかよ。まあいいや、あー、腹減った、なんか駄菓子あったっけかな……」

 トゥルルル、トゥルルル、トゥルルル……(電話の呼び鈴)

ヘクトル 「なんだようるせえな……はいよ、もしもし……なんだエリンシアの姉貴かよ。
      そう、俺……ああ、俺以外は誰もいねえみてえだけど……は、洗濯物干せ? やだよ面倒くせえ……
      あー、分かった、干すよ、干すから晩飯抜きは勘弁してくださいお姉様……(ガチャン)
      チッ、姉貴の奴、何かと言うとすぐ飯抜きとか言いやがって……で、洗濯物は……これか。
      ……って、何か物干し竿がねえぞ? クソッ、またマルスの野郎か誰かが持ち出してやがるな……
      参ったな、何か代わりに……お、ちょうどいいところにちょうどいいものが」

エフラム 「……布一枚探すのにこれだけかかるとは……エイリークの言うとおり、
      もう少し部屋を整理した方がいいかもしれんな。まあいい、これから夜まで時間をかけてたっぷり磨いて……?
      あれ、『陽光』はどこにいった? ……おい、ヘクトル」
ヘクトル 「あんだようっせえな」
エフラム 「俺がここに置いておいた長槍を知らないか」
ヘクトル 「長槍……あー、あれならほら、あそこだぜ」
エフラム 「庭先……?」

 エフラムが庭を見ると、そこには物干し台にかけられてたくさんの洗濯物をぶら下げている名槍の姿が!

エフラム 「アァァァァアァァァァァァァアアァァア!?」
ヘクトル 「いやー、世の中にはあんな長い槍もあるんだな。物干し竿の代わりにちょうどよかったぜ!」
エフラム 「ヘクトル、貴様ァァァァァァァ!」
ヘクトル 「うおっ、いきなり何すんだ危ねえ奴だな、家の中で槍振り回すんじゃねえよ」
エフラム 「黙れ! 貴様、あの槍がどれだけ価値のあるものか分かっているのか!?」
ヘクトル 「知るかよ、んなこと」
エフラム 「ああそうだな、知っていたらあんなことはしないはずだ……」
ヘクトル 「うるせえ奴だな、別にいいだろちょうどいい長さだったんだから」
エフラム 「だからって物干し竿の代わりに洗濯物をぶら下げるんじゃない! あれでは槍と製作者が泣くぞ!」
ヘクトル 「だーっ、うざってえな! 槍の一つや二つにうだうだ言ってんじゃねえよ。
      大体お前、他にもたくさん槍持ってんじゃねえか、レギンレイヴにジークムント始め、
      古今東西の槍をこれでもかってぐらい部屋に集めやがって。もう十分だろうが」
エフラム 「いや、まだだ。真に俺の手に馴染む槍には、未だ出会っていない。
      真に槍の道を究めんとする者が、自分に合った武器を手に入れようとするのは当然のことだ。
      お前だってヴォルフバイルやアルマーズを愛用しているじゃないか」
ヘクトル 「……いや、俺は物置にあった斧を何となく使い続けてるだけだぜ。いちいち選ぶのも面倒くせえし」
エフラム 「お前という男は……! 己の手となり足となる武器に、少しは愛着がないのか!?」
ヘクトル 「ねえよそんなもん」
エフラム 「……そうだったな。お前はヴォルフバイルもアルマーズも、平気で座布団ごと尻の下に敷くような男だったな」
ヘクトル 「おう。多分あいつらには俺の屁の臭いがこれでもかってほど染み込んでるはずだぜ」
エフラム 「最低だなお前は! 製作者に申し訳ないとは思わないのか」
ヘクトル 「別に。大体な、武器なんてものは適当にぶん回せりゃなんだっていいんだよ」
エフラム 「馬鹿なことを。さらに強くなろうとすれば、己に合った武器を吟味するのは当然のこと」
ヘクトル 「アホか。鉄だろうが鋼だろうが銀だろうが、得物の種類に関係なく強いのが、真の戦士ってもんじゃねえか、ああ?」
エフラム 「(ぴくっ)……フン、そんなだから本来有利なはずの槍相手にも勝ち越せないんだな、お前は」
ヘクトル 「(ぴくっ)……へっ、それを言うならてめえだって、結局武器頼りってことじゃねえのか?
      何が槍の道を究めるだ、笑っちまうぜへなちょこ野郎が」
エフラム 「こだわりを持たないお前など、所詮は町のチンピラどまりだろうが」
ヘクトル 「てめえこそ『道を究める』とか格好つけてるだけで、結局は武器マニアが関の山なんじゃねえの?」
エフラム 「なんだと!?」
ヘクトル 「やるか!?」

ロイ   「……」
マルス  「やあロイ、どうしたんだい廊下から居間を覗き込んで」
ロイ   「……マルス兄さんこそ、物干し竿なんか持って何やってるの?」
マルス  「ははは、ちょっと爺追いに行ってきたのさ」
ロイ   「……爺追い?」
マルス  「そう。この物干し竿にファルシオンをくくりつけて、アウトレンジからメディウス爺さんを突きまわす遊びさ。
      逃げ惑う爺さんの悲鳴に、チキとファもキャッキャと大はしゃぎだったよ」
ロイ   「止めてあげなよ……相変わらず外道だね兄さんは」
マルス  「ははは、そんなに褒めないでくれ、照れるじゃないか。で、居間では何やってんだい?」
ロイ   「うん……またエフラム兄さんとヘクトル兄さんが喧嘩してるんだ」
マルス  「あの二人も飽きないねえ」
ロイ   「気が荒いのは両方同じなんだけどね」
マルス  「根っこは同じでも、方向性が違うからねあの二人は」
ロイ   「あくまでも槍一本にこだわって道を究めんとするエフラム兄さんと、
      とりあえず強けりゃ後は割とどうでもいいヘクトル兄さん……」
マルス  「まあ、どちらが正しいかなんてのは宗教論争ぐらい空しいものだけどね」
ロイ   「武人と喧嘩屋って感じだよね。どっちも僕らじゃ太刀打ちできないぐらいに強いのは確かだけど」
マルス  「正面からじゃ無理だろうね、確かに……でもまあ」

エフラム 「もう我慢できん! 今日こそお前のその下品な自信を叩き潰してやる!」
ヘクトル 「おうやってみやがれ、こっちこそテメエの上品ぶった澄まし顔にはうんざりしてたところだぜ!」
二人   『表へ出ろ! ケリをつけてやる!』

マルス  「……根本的には、やっぱり同じなんだけどね」
ロイ   「……とりあえず、誰かにライブの手配をしておくよ、僕は……」

<おしまい>