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Last-modified: 2007-07-08 (日) 00:45:55

その日は、空は雲ひとつなく晴れ渡っていた。
セミの泣き声が残る初秋、まだまだ何とかの秋には程遠く、いまだ冷麺やカキ氷の看板が目に付く。

 

太陽がカンカン照りの中、ロイは汗だくになりながら走っていた。
手提げ鞄を持っているにも関わらず、彼は一通の封筒を持って。
しっかり掴んでいた左手の汗で、封筒がにじんでいたが、急いでいるがゆえ気付かない。 #br
何故急いでいるのかは別にして、ロイの顔は複雑だった。

 

「ただいまー」
「あら、お帰りなさい、ロイちゃん」
丁寧に靴を揃え、ロイは制服の袖で額の汗を拭った。
「・・・エリウッド兄さんは?」
「え?えぇ、まだ学校ですわ」
出迎えたエリンシアは“暑い”の一言もないロイの第二声にしっくりしない感じがした。
その様子に訝っていたエリンシアはロイの様子を流し見してみる、すると一通の封筒に目が行った。
「ロイちゃん、その封筒は・・・」
その言葉を聞いた瞬間、ロイの表情は一変した。
「あ、うん・・・エリウッド兄さんに最初に言っておこうかと思ったんだけど・・・」
「成績表・・・ですか?」
「いや、そういうのじゃないけど・・・まだ新学期始まったばかりだしね」
「ふふ、そうですわよね。それで、見せていただけますか?」
「・・・えーっと」
ロイの目が流れた。エリンシアはそれを見逃さなかったが、あえて聞くことはせず、
「そう、いいんですよ。学校から帰ったら用があると知らせておきますね」
「・・・いや、僕が直接言うからいいよ。ありがとう、エリンシア姉さん」
その表情と、エリウッドだけに見せたいという封筒は、エリンシアにとって不可解なものだった。

 

エリンシアは思った、表情からしてあまり喜ぶべき内容のものではないはずである、
それをあえてエリウッドに見せるということは、すなわち胃を傷める原因にもなってしまう。
ロイのような純粋な心を持った男の子が、まして兄弟の気分を害するような真似をするだろうか。
しかしながら、自分のような第三者は、気になったとしても決して介入してはならない、と。

 

「姉さーん、お風呂空いてるー?今日ホントに暑くてたまんないよ」
「今はマルスちゃんが入ってますから、次にどうぞ」
「はーい」
ようやく“暑い”と言ったロイの口調は、今までと同じであり、
エリンシアは「考えすぎかしら・・・」と悩ましげに呟いた。

 
 
 
 

これは、今から3年前の物語である。

 

その夜、珍しく遅くなったエリウッドが、夕食の席に着いた。
しかし食事の時間はとうに過ぎており、そこにいるのはエイリークだけだった。
「エリウッド兄様、今日は随分遅かったのですね」
エイリークがエリウッドの分のトンカツを揚げ始める。
「すまない、今日も生徒会の仕事が忙しくてね・・・体育祭は盛り上げないといけないし」
「楽しみにしていますよ。ところで高校はどこに行くのか決めているのですか?」
「・・・」
エリウッドの表情が曇った
「・・・まだ決めていない、もしかしたら就職するかもしれない。まだ働き手はシグルド兄さんとミカヤ姉さんだけだからね。
15人もいる家計だと苦しいと思うから、やっぱり僕も力になってあげたいんだ」
「アイク兄様もそろそろグレイル工務店でまともな収入が得られそうですよ。ようやく仕事が板についてきたそうですから」
「あ、そうだね・・・」
「ミカヤ姉様に言ったらきっと“お金がありすぎると心が貧しくなるわ”なんて申されるのでしょうね」
「あはは、そうなんだけどね。でも別に苦労してできたお金なんだから・・・ところで家計簿に興味ないかい?」
「と、突然何を言い出すんですか!・・・あっ・・・!」
「エイリーク、大丈夫かい!?」
エイリークの清楚な指に、油が飛んだ。
別に大したことではないのだが、エリウッドはすかさず飛んで行く。
「・・・大丈夫かな、すまない。唐突すぎたね」
エリウッドが大袈裟にエイリークの手の甲を取り、優しくさすってあげた。
「いえ、ところで、今なぜ家計簿を・・・」

 

エイリークが言おうとした寸陰、ギィ、と扉の開く音がすると、間を置かず本の落ちる音が響く。
その直後、トンカツを揚げる音が返って静寂を引き立たせてしまった。

 

「・・・兄さん」
マルスが放心状態で述べる。これが精一杯の発言だった。
「兄弟の愛・・・そっか、これが俗に言う禁断の・・・はは・・・ははは・・・」
「どうしたの?マルス兄さ・・・こ、この人でなしーっ!!」
たまたま通りかかったリーフまでも、その様子には夢かと疑い出すことに。
ワナワナと震え出す全身は、何かに裏切られたような、そんな人を象徴しているのだ。
「兄さんと姉さんはもっと真面目な人だと信じてたのに!!こんな性癖に目覚めるなんて・・・」
「・・・リーフ、ちょっと来て」
「え?何?」

 

二人がいなくなると、エリウッドは呆然としていた。自分の行いの何が何で、そして二人は何のことを言っているのかさっぱりだったからだ。
「な、何を言い出すんだ、あの二人は・・・」
「兄様、あの、手・・・」
「え?あ、あぁ・・・すまない」
真っ赤になったエイリークがトンカツをお皿に盛る姿を見て、エリウッドは我に返ったように席に戻る。
千切りキャベツの上にに乗せられたカツレツだが、普通のものに比べて一回り小さく、ソースも少量しかかけられていなかった。
「助かるよ、あんまり辛いものは胃に悪いからね」
「このくらい分かって当然ですよ。ただ胃の調子は大丈夫ですか?最近よく胃薬を飲んでいますが・・・」
「そうだね、僕は生徒会会計係なんだよ。だからワユ会長がド派手なことやろうとか言ったり、
ファリナ副会長が節約して、後で私にちょうだいよとか言ってきたりで、大変なんだ・・・あぁ・・・胃が・・・」
(そういえば生徒会選挙の時もすごかったですもんね・・・あの方々のテンション)

 

「くっ・・・!」
ヘクトルの振り下ろす戦斧を辛うじて剣で受け止めたアイクだが、あまりの重さに吹き飛ばされた。
庭の芝生に突き刺さる剣の音が、アイクの敗北を告げる。
「やれやれ、兄貴・・・いくら剣の方が有利だからって、受けきれねぇんじゃ話にならねぇよ。
こないだもエフラムと戦ったらしいが、その時もこんなザマだったらしいな」
「・・・!くそっ・・・!情けなさすぎる・・・!・・・もう一本頼む!!」
フラフラになりながら立ち上がろうとするが、先ほどの一撃にやられたのか、アイクは膝を折った。
「あ、兄貴!無茶すんな!!」
「黙ってろ・・・くそっ、こんなんじゃ駄目だ、こんなんじゃ・・・!」
「兄貴・・・なんでそんなに・・・」
「アイクッ!!」
「っ!!・・・姉さん・・・」
そこに現れたのは長女ミカヤ、華奢なアイクとあどけなさの残るヘクトルを制する、
気が昂ぶり、ミカヤがアイクを睨みつけると、アイクは何も言えず、ただあがる息をひたすら正すだけだった。
ミカヤの釣り上がった目は次第に綻び、涙が浮かんできた。
それを見てヘクトルとアイクがたじろくと、ミカヤはアイクの方に駆け出す。
「・・・ケガでもしたら、どうするの・・・!」
「俺は大丈夫だ、それよりも弟に負ける兄なんて、らしくない」
「アイクっ・・・!なんで?なんであなたはそうなの?あなたは私の弟、強くなんかなくていいの」
「姉さん、もうその言葉は聞き飽きた」
「聞き飽きたじゃないの!あなたが分かってくれるまで何度でも言うつもりよ・・・!」
その会話に入れないヘクトルが斧を芝生に刺し、地べたに座り込んだ
(変わんねぇなぁ・・・リンのやつが昔割り込んで、思いっきり話がややこしくなったことがあったな)

 

「・・・姉さんが何を言っても、俺は揺るがん」
「・・・はぁ、分かったわよ。相変わらず勝てないわ。あなたの負けず嫌いも相当なものね」
狷介なアイクに、いつもミカヤは折れてしまう。
正確には、ミカヤが折れなければ、この喧嘩はいつまでも続いてしまうのだ。
「でもアイク、あなたがいなくなったら悲しむ人がたくさんいるの、絶対に無茶はしちゃ駄目よ」
「・・・分かっている、俺は約束を違えん・・・が」
「が?」
「・・・その言葉も聞き飽きた」
「・・・もう、あなたのせいでしょうが!!」
安心したミカヤは苦笑を浮かべた。

 

セリカはうとうとし始め、そのままアルムに寄りかかる。気付いたアルムはそっと左手をセリカの反対側の肩に回して優しく包み込んだ。
そこにちょうど一緒にいたセリスは微笑みながらその様子を見ているが、シグルドは何故かジンマシンが出ていた。
「ふふ、アルム兄さん」
「なんだよ、セリス・・・」
「いや、僕もそんな風に寄りかかってみたいなぁと思って」
「セリス逆だぞ、お前は男なんだから女性を包容する側なんだ」
普段から“古きを重んずる”シグルドが、セリスの発言に神経質に反応した。
「前から大人しい奴だとは思っていたが、お前も11歳、そろそろ声変わりもするだろうしな・・・
男は男らしくならなきゃいかんぞ」
「シグルド兄さん、男らしさって僕、よく分からないよ」
「そうだな・・・男らしさは男らしさだといえばそこまでなんだが・・・」
「兄さん、セリスに分かりやすいように言わなきゃ」
「・・・難しいものだ、男ならば自然と男らしさが出るはずなのだがな、うちの次男三男五男は特に」
シグルドがセリスへと目をずらした、相変わらずの絶世の美少年の姿を見て、ため息が洩れる。
何故こんなにも女々しく、か弱く、かわいらしいのか。そのことがシグルドは不満なのだ。
「・・・でも兄さん」
アルムが割り込む。
「この姿のセリスが、ヘクトル兄さんやアイク兄さんみたいに大食漢になったら、それこそ破産だよ」
「むっ、小6でそんなことを指摘するとはませてきたな、アルム。私の経済力をなめるなよ・・・
と、言いたいところだがアルヴィス係長に未だに頭が上がらん、さすがにあまりエンゲル係数を圧迫するのは・・・」
「む、無理だよ!だって僕、ご飯おかわりしたことないんだから」
「お、おかわり・・・」
「それもまた・・・はぁ・・・」
シグルドは再びため息をつくと、アルムに寄りかかるセリカを横目で見ながら退出した。
アルムとセリカの空気に馴染めないまま時は経ち、いつか我慢の限界になり、兄弟喧嘩へと発展するのだ。
僅か、数年の後に。

 

「・・・あぁ、アルム・・・」
「ん、セリカ?・・・あれ、なんだ寝言か・・・かわいいなぁ」
「ホントだね、ふふ」
今はまだ空気を読めていないセリス、だがアルムもまた、セリスがいることを不快に思うことはなかった。

 

「でも・・・よくよく考えたら大したことじゃないんじゃない?手を握っていただけなんだから・・・」
時間をおいて、リーフがようやく冷静になってきた。別にさして不自然なことではないのだから。
「リーフ、君は見なかったのかい、エリウッド兄さんのあの真剣な目つきと、エイリーク姉さんのあの恥じらい、
年齢は近いし、中学生っていうのは恋に恋し溺れる年頃なんだよ」
「兄さん、そういう兄さんもまだ中学校に入学したばかりじゃない、なんでそんな自信持って言えるのさ」
「企業秘密だよ」
「こ、怖っ!!なんか年齢ごまかしてるみたい!!」
「さて」
力任せの斧の攻撃を、軽やかに受け流すように、リーフのツッコミを流した
「・・・中学生の男女が行き過ぎると、どうなると思う?」
「どうなると思うか?・・・うーん・・・キスとか?」
「うわ、まだまだ青いな」
「・・・兄さんの精神年齢がおかしいんじゃないかな」
「じゃあこれが行き過ぎた結果だよ、見てごらん」
「えっ?」
何やらいかがわしいムードがぷんぷん漂うアルバムがリーフに渡された。
さすがに開くのをためらっていたリーフであったが、マルスがとても爽やかな笑顔で歯を輝かせるので、嫌がおうにも開かざるを得なかった。
これが、彼の妄想の媒体である。

 

(ブバァァァァァァ!!)

 

「なっ・・・!」
さすがのマルスも、激しい音を立てて噴出される鼻血にたじろいだのか、思わず受身の体勢を取ってしまった。
必死で鼻を押さえようとするリーフだが、その勢いはナイアガラの如し。鼻はガチガチに硬くなっていた。
「あーあ、血で汚れちゃった・・・このページはもう使えないかな・・・あ、次のページにもにじんでる」
「・・・な、何、これ・・・!」
「いや、君の鼻血が何だ」
止まった鼻血は、床に“にじむ”ではなく“たまる”感があり、これを拭き取るとなると大変な労力を要する。
とりあえず鼻血で真っ赤になったリーフにティッシュを渡しながらマルスは続けた。
「・・・正真正銘、中学生の(ダキュンダキュン!)だよ。
これをエリウッド兄さんとエイリーク姉さんがしているところを想像してごらん」

 

(ブバァァァァァァ!!)

 

またも噴き出る血の量は、見かけ致死量であるが、何故かリーフは平静を保っているのだ。
「兄さん、もう、ホント死ぬから・・・」
「あ、うん・・・さすがにやばいな」
事の重大さを理解しだしたマルスが、血をどうにかするために部屋のドアに手をかけようとする。
しかしその時、マルスの意に反して勝手にドアが開いた。マルスがそれに合わせて見上げると、リンが呆然としていた。
床に“たまった”血、血まみれのリーフ、部屋にいるのはマルスだけ。となると、考えられるのは限られる。
リンが持ってきた2切れのケーキ、それを乗せたお盆にヒビが入り始めた。
「あ・・・リン姉さん、あの、その・・・」
「どうしたの?マルスちゃん」
リンは天使のような笑みを見せるが、お盆は今にも砕けそうで、その様子はまるで家中が震撼しているようである。
「その、リーフが鼻血を出して、それで拭き取ろうかと・・・」
「ふふ、そうなの・・・ところでマルスちゃん」
リンはお盆をその場に置き、マルスと向き合った。それはまさに、嵐の前の静けさを象徴しているようだった。

 

「鼻血で水たまりが出来るかぁぁぁぁぁーーーーッッッッ!!」

 

「あれ・・・エリウッド兄さん、帰ってたんだ」
ロイはお風呂からあがり、すっかり火照った顔をしていた。
「ロイ、どうしたんだい?」
「実は・・・その、これ」
ためらいながらロイが封筒を手渡す。エリウッドはその様子を見て、何かあるなと思いつつも、微笑みながら受け取った。
「・・・えーっと、なになに・・・」

 

“大乱闘スマッシュブラザーズDX参戦のお知らせ”

 

「・・・は?あの有名な大会に?」
「うん、でも・・・これじゃ何日か留守にすることになるんだ、でもそんなの駄目かなって・・・」
「ロイは?」
「え?」
「ロイはどう思ってるんだい?この大会、出たくないのか?」
「そ、それは・・・」
ロイの喉元まで来ていた言葉が舌先で留まった。
やっと10代の仲間入りをした彼には、余りに大きすぎたのだ。
「・・・ロイ、名誉とか、富とか、そんなのは期待していないさ。
ただ、君が出たくないというのなら、出なくていい、自分の気持ちが一番だからね。
・・・まぁ、中学3年生が言えた口じゃないかもしれないけどね、はは」
「そっか・・・うん」
ロイは再び真っ白な封筒に目をやる。
「・・・ごめん、まだ決められないよ・・・もう少し考えさせて」
「分かった、だけどいつでも来ていいからね、相談に乗るよ」
その言葉にロイは笑顔で返して、その場を去った。

 

(でも、招待状ならもう少し招待状らしいものじゃないのかな・・・)

 
 
 
 

「・・・なんだこれは」
エフラムが、机の上にある真っ白な封筒を手に取る
「・・・まぁいいか」
自分にはあずかり知らぬものだと、興味なさ気に置かれたその封筒は、マルスのものだった。