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Last-modified: 2013-11-06 (水) 22:19:59

314 :ヤン→デレ 転:2010/11/12(金) 00:49:32 ID:sI8jgHgO

そして試験前日。学生達の憂鬱な心境を反映するように、ぶ厚い鈍色の雲に覆われ、

今にも雨が降り出しそうな空模様だった。
ここは聖ルネス女学院。
私立である当学院では、試験期間は他の高校と若干ずれており、今日から試験休みである。
3人の生徒会長のひとり、ロサ・リザイアであるリノアンは、
図書室ではなく生徒会室で勉強をしようと向かっていた。
生徒会室を自由に使えるのは、生徒会役員共の役得である。
しかも飲食自由。素晴らしい。

生徒会室の扉を開けると、先客がいた。
大空のように透き通った蒼緑の長髪、華奢な体躯に、それ以上に薄い胸元。
優美で気品溢れるその瞳は、普段とは違い、煉獄を埋め尽くす業火のように重く、深く、
暗い熱を帯びて異様な輝きを放っている。
リノアンも信頼する次代の生徒会長エイリークが、鬼気迫る表情でノートを作っているところだった。

リノアン「あらエイリーク。あなたも試験勉強?」

親友でも、いやむしろ親友だからこそドン引きするような危うい雰囲気を発散している
エイリークに対しても、リノアンはいつものように話しかけた。

エイリーク「これはロサ・リザイア! 申し訳ありません、私的なことに生徒会室を使ってしまって……」
リノアン「公式の場でもないのだし、呼び名はやめにしましょう? 肩が凝ってしまうわ」
エイリーク「は、はあ……」
リノアン「それで、そんなに怖い顔をしてどうしたの?
      見たところ、試験範囲外のところをまとめているようだけれど。
      ああ、コーヒーと紅茶、どちらがいいかしら?」
エイリーク「怖い顔……ですか。ターナとラーチェルにも同じことを言われました……
        じゃなくてロサ・リザイア、そういうことは私が……」
リノアン「呼び名はなし、よ。今は生徒会とは関係ないのだし、遠慮することはないわ」
エイリーク「は、はい……ではその、紅茶をお願いします、リノアン先輩」

『寄らば切る』と言わんばかりのエイリークを、あっという間に
自分のペースに引き込む手管は、さすがの人徳といえよう。

315 :ヤン→デレ 転:2010/11/12(金) 00:51:40 ID:sI8jgHgO

馴れた手つきでカップに紅茶が注がれていく。

またたく間にティーパックでは得られない上質な香りが室内を満たし、
ノーブルな雰囲気がふたりを包んだ。さすがはお嬢様学校である。
ターナが生徒会に差し入れしたクッキーをつまみながら、リノアンはエイリークのノートと、
その裏にある事情について聞き出していく。
隠さねばならない理由はないのだが、なんとなく『兄の威厳』云々の話をするのは憚られたので、
その部分はぼかしてここ一週間のことを話すエイリーク。

リノアン「なるほど、エフラムさんの試験範囲のまとめを作っていたのね」
エイリーク「はい。兄上が全力を尽くせるように、私もサポートしなければなりませんから」
リノアン「うふふ。エイリークはエフラムさんのことが本当にお好きなのね」
エイリーク「いえあの、そういうことではなく、兄にも学生の本分を全うしてもらいたく……」
リノアン「エフラムさんのことが好きだから、エフラムさんを取られたくない。
      自分を見てほしい。いなくなってほしくない……だからエフラムさんを束縛する」
エイリーク「……」

言葉が出なかった。

エイリーク(そんな……私はそんなつもりは……兄上のためを思って)

そのはず――だった。だったのに。
ではなぜ、反論の言葉が出てこないのだろうか。
エイリークの瞳から病的な光が消え、入れ替わりに驚愕と困惑の色に染まる。
そんな彼女を見て、リノアンは悟ったような、自嘲するような笑みを浮かべた。
ああなるほど、彼女はかつての自分と同じく、渇望しているだけなのだ――と。
ならば先輩として、ひとつアドバイスをしなければなるまい。

リノアン「そう落ち込まないで、エイリーク。貴方は以前の私と同じような悩みを抱えているだけ。
      それを克服するのは、難しいことではないわ」
エイリーク「あ、あの……それはどういう……」
リノアン「ちょっとのろけ話になるのだけれど、私がディーンと付き合っているのは、
      貴方も知っているわね?」
エイリーク「はい。竜騎士の方ですよね。
        何度か、おふたりが遠乗りをしているのを見かけたことがあります」
リノアン「ディーンは10歳以上も年上なのだけれど、恋愛に関してはとてもストイックなの。
      優しくしてくれることなんて滅多にないし」
エイリーク「は、はあ……」

なにか、話がずれてきている気がする。
乙女の園であるルネス女学院の生徒会室で、威厳ある生徒会長が率先して恋バナに興じる。
その奇妙なギャップに、尊敬する先輩の別の側面が見えて、
エイリークにはそれがずいぶん新鮮に写った。

リノアン「それ以上に許せなかったのは、ディーンが時に、
      私よりエダを優先することがあったことなの。
      あ、エダのことはわかる? 私の護衛なのだけれど」
エイリーク「はい、学内でも何度か見かけたことがあります。とても颯爽とした方でした」
リノアン「そう。とても有能な人で、ちょっと童顔なのだけれど、そこがまたかわいくて……
      って、話が飛んだわね。とにかく、そのエダはディーンの妹なの。
      それで、普通恋人と妹だったら、恋人の方を優先して当然だと思わない?」
エイリーク「えーと、それは……」

妹を優先してほしい、と口に出しかけて、エイリークは言葉を濁した。
さすがにそれは一般的ではない。

316 :ヤン→デレ 転:2010/11/12(金) 00:53:43 ID:sI8jgHgO

リノアン「なのにディーンったら、普通に『明日はエダに稽古をつけるから』とか

      『エダと買い物に行くから』とか言って、デートしてくれないのよ。
      ありえないでしょう?」
エイリーク「それは……たしかに……」

※だがちょっと待ってほしい。
 エイリークもヒーニアスやゼトやサレフやリオンからデートに誘われることがあるのだが、
 『明日は兄上に稽古をつけてもらいますので』とか『兄上と買い物に行きますので』
 とか言って断ってばかりである。
 まあ、リノアンのケースとは違ってエイリークは誰かと付き合っているわけではないのだが。

リノアン「そんなこんなで、一時期エダにつらくあたったり、ディーンと冷戦状態になったりしてね。
      分かりやすく言うなら、今の貴方と同じような感じかしら。
      恋人か、妹かという立場の違いはあるけれど」
エイリーク「あ……」
リノアン「その頃は私も若かったわ。恥ずかしいわね」

冗談めかして笑うリノアン。10代の少女のセリフではない。

リノアン「それである日、ディーンと本気でケンカしちゃったのよ。
     『私のことを好きなら、私だけを見て!』って。
      そうしたら彼ってば、何て言ったと思う?」
エイリーク「……『わかった。俺が悪かった』ですか?」

今もディーンとリノアンの関係が続いているのなら、
こういう返事でないと関係が続けられないような気がする。

リノアン「残念はずれ。
      正解は『俺はリノアンもエダもどちらも大事だ。どちらかを選ぶことはできない。
      俺のことが好きなら、エダを大事に思う俺を丸ごと好きになってくれ』ですって」
エイリーク「……えええ?」

緊迫した場面で格好よく言われたら思わず勢いで頷いてしまいそうなセリフだが、
直訳すると、『お前が我慢しろ』ということになる。
冷静に考えるとずるいというか、自己中というか、何の解決にもなっていないような……

リノアン「まあ今にしてみれば、なに自分勝手なこと言ってるのって思わなくもないけれどね。
      でもそのときは、ああ私は自分のことばかり考えて、自分の想いを
      ディーンに押し付けるばかりで、ディーンのことを
      わかろうとしてなかったんだなって、自分の心の狭量さに気づかされたわ」
エイリーク「そ、そうでしょうか? なにか違うような気も……」
リノアン「そういう考えもあるわね。実際、人によってはディーンの言葉は
      自分に都合のいい詭弁に聞こえるでしょうし。でも私にとっては違ったの」

遠くを見るリノアンは、すっかり恋する乙女モードだった。

317 :ヤン→デレ 転:2010/11/12(金) 00:55:06 ID:sI8jgHgO

リノアン「だから私も、自分が変わろうと思って。

      ディーンが好きなことなら私も好きになる。
      ディーンが大事にしているものなら私も大事にする。
      そうしたら、それまでよりずっとディーンのことが身近に感じられるようになったの。
      エダとも仲直りできたし、それまでよりずっとディーンのことが好きになったの。
      今では3人で遊びに行くこともしょっちゅうよ」
エイリーク「……うらやましいです」

うらやましい。
互いをそこまで信じられるディーンとリノアンも。
恋人と天秤にかけられるくらい強く兄に想われているエダも。
翻って、自分はどうだろう。
自分がエフラムを想うのと同じくらい、エフラムは自分を想ってくれるのだろうか。

エイリーク(そうか……私は兄上に振り向いてもらいたかったんだ)

だからエフラムに対して無理難題を吹っかけた。
エフラムが自力では超えられないハードルを用意し、『優秀な妹がそれに協力する』という名目で兄を縛る。
その裏にあったのは、もっと自分を見てほしいという、双子の兄への哀願。
この1週間の自分がどれだけ、内なる感情に気づかないフリをしたまま強引に行動してきたか。
冷静になった今、嫌になるほどよくわかった。

エイリーク「リノアン先輩……私は、どうすればいいんでしょう」
リノアン「そうね。私はディーンに本音をぶつけて、ディーンも本音をぶつけてくれたから、
      今の関係があると思うの。
      だから、いちばん大事なのはエフラムさんに、
      あなたの素直な気持ちをぶつけることじゃないかしら」
エイリーク「でも私……兄上にひどくつらくあたってしまって……」

この1週間ほどの自らの振る舞いを思い出すにつけ、情けなく恥ずかしく、
そしてエフラムに対して申し訳ない気持ちが湧き上がり、涙が浮かぶのを止められなかった。
声を押し殺してすすり泣くエイリークを、リノアンはそっと抱き寄せてささやく。

リノアン「気にすることはないわ。あなただけが悪いわけじゃない。
      むしろ、かわいい妹にここまで想われているのに、それに応えられない
      エフラムさんが情けないんだから。
      いい男なら、恋人と妹、両方大事にできるはずよ」
エイリーク「ぐすっ……ディーンさんみたいにですか?」
リノアン「うふふ、あなたも分かってきたようね。
      まあ、エフラムさんの場合は実妹と義妹だから、より業が深いわね」

顔を見合わせてお互いに忍び笑いをもらす。
雲はますます厚さを増し、ポツリポツリと雫を降らせている。
その空模様とは対照的に、エイリークの心は軽くなっていた。

エイリーク「(雨……か。そういえば兄上は今朝傘を持って行ったでしょうか)
        リノアン先輩、ありがとうございました! 私、兄上に会ってきます!」
リノアン「がんばってね、エイリーク。
      それと、怖い顔のあなたも危険な魅力があるけれど、やっぱり笑顔がいちばん素敵よ」
エイリーク「か、からかわないでください!」
リノアン「うふふ。ではごきげんよう」
エイリーク「あっ、ごきげんよう……」

ルネスのしきたりである挨拶を残し、エイリークは飛ぶような速さで生徒会室を後にした。

318 :助けて!名無しさん!:2010/11/12(金) 00:56:17 ID:sI8jgHgO

今回はこれで終わり。

あっという間にきれいなエイリークに戻ってしまった。
ヤンデレひんぬー妹派のみなさんには深く謝罪します。
番外編を挟んで結に続く。

リノアンは年齢的にエイリークの先輩にはなり得ないはずなんだけど、そこはそういうもんだと思ってくれ。
最後に、だいぶ前の兄弟スレでエフラムとディーンが似た者同士だってネタを書いてくれた人。
あのネタがあってこそ今回のネタを書くきっかけになった。
ありがとう。