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Last-modified: 2012-08-21 (火) 00:37:33

カコーン!
カコーン!
園内から少し離れた林の中から、一定のリズムで金属音が響いてくる。
用務員のドズラが、料理用の薪を割っている音だ。

「ふぅ、この歳になると薪割りだけでも結構疲れる物じゃな……よっこいせ」

疲れたのか、切り株に座り込み一休みするようだ。
そこに、顔に特徴的な傷痕のある男が近づいていく。

「お、ドズラのじいさんじゃねーか。
 こんな所で休憩か?」
「おお、ディークか。
 お主こそ、剣術指南の仕事はいいのか?」
「ああ。
 今日はシャナンが担当だから、見回りだけすりゃあいい」
「そうか。まぁ、茶でも飲んでいけ」

そう言ってドズラは、丁度いい大きさに割られた木片を抱えて園内へと歩いていく。

――用務員室

「悪ぃな」

「何の何の。同じ職場の仲間じゃからな。
 その代わりと言っちゃあ何じゃが、ちと年寄りの話し相手になってくれんか」
「こっちも暇だったし、別に構わないが……
 なんか悩みでもあるのか?らしくねえぜ」

518 :ロプト幼稚園のとある老人達の一日2:2011/06/08(水) 01:15:05.79 ID:4lVVa9oF

豪儀、の一言が似合うドズラにしては珍しい台詞だと思ったディークが疑問を口にすると、ドズラ本人もそう思ったのか苦笑いをしながらこう答えた。

「ガハハ、いやなに、昨日薪にする為の木を切り倒していた時、ふと自分に衰えを感じてな。
 普段楽に一振りで切り倒せていた木が、一撃で倒れなんだ」
「衰えねぇ……俺から言わせてもらえば、80近いってのに普通に斧を振り回せてる時点で大したモンだと思うがな。
 老けこむにゃあまだ早いんじゃねえか」

世辞ではなく、本気でそう思っての発言だった。
ディークも40過ぎと決して若くは無いが、既にピークは過ぎたと自分でも感じている。
だからこそ、老人と言っていい歳になっても斧という重量武器を扱えるドズラに対し、職員達は一目置いていた。

「紋章町の中ではその位、常人の範囲内じゃよ。
 まあともかく、自分が年をとった事を実感してしまったら、途端に一人の時に昔の事を懐かしむようになってしまってな」
「ふぅん、やっぱりあの金髪のお嬢さんの事とかかい?」
「大部分はそうじゃな。
 あの方が幼い頃からずっとお供させて頂いておるが、あんなに小さかったラーチェル様が今や子供を教育する立場かと思うと、
 やはり色々と感慨深いものがあるのぉ」

そう言いながら過去へ想いを馳せているのか、ドズラの目の焦点が一瞬遠くへと移る。
想い出はいつも、実際にあったこと以上に美しい。
特に自分より半世紀近く長く生きてきたこの老人ならば、相当の想いが積み重なっているに違いないとディークは思った。

「ある意味あんたも、あのお嬢さんの父親みたいなものだからな。
 青二才の俺にはまだ分からない感覚だが」
「はっはっは!お主もわしの様な老いぼれと話している暇があったら、結婚相手でも探したらどうじゃ?」

痛い所を突かれたのか、ディークも先程のドズラのように苦笑いをしながら言葉を返す。

「ま、その内な。
 それより、大部分はっつったが他にはどんな事があったんだ」
「そうじゃな、近所にいた悪戯小僧なんかもよく思い出すのぅ。
 昔はあんなに純粋な瞳をしていたというに、今では女子の下着を盗撮している始末……本当に教育というのは大事だと改めて思ったわい」
(爺さんも、色々あったんだな……)

だんだんと愚痴っぽくなっていく老人の台詞を聞きながら、ディークの昼過ぎの時間は過ぎて行った――

519 :ロプト幼稚園のとある老人達の一日3:2011/06/08(水) 01:15:42.26 ID:4lVVa9oF

「ふむ、今期の入園者の数も前年度以上……

 少しずつじゃが、軌道に乗り始めたな」
ドズラ以上に老成した風貌の男性が、事務机に向かって書類仕事をしている。
やはり歳が響くのか、時折目を瞬かせているが、それなりに健康そうだ。

「にしても、あの娘がまさか保育園をやる等と言いだすとは……」

この老人も、昔を思い出しているのか窓の外の景色をぼんやりと見ながら独り言を始めた。
……後ろに忍び寄る影に気付かないままに。

「仮にも暗黒教団であるロプトを後ろ盾に教育施設を始めるとは、我が孫ながら改めて恐ろしいもんじゃ……
 しかも成功してしまうとはな」
老人――マンフロイの後ろに忍び寄った人物は、動かずにじっと老人の独り言に耳を傾けている。
その表情は窺い知ることができない。

「あの子が自分の境遇を目の前で並べ立て、最後に「他の子達をこんな目に合わせたくない」と言われた時、わしは反論できなんだ。
 ……当然じゃ。わしは祖父として、保護者として、何一つ義務を果たす事ができなかった」

その一言を最後に、老人は黙り込んでしまった。
少しの沈黙の後、いかにも今そこに現れたかのように後ろにいた人物は声を掛けた。
「おじい様、そんな所で何してるの?
 とうとうボケちゃった?」
「うおっ!?」

「さ、サラか。一体いつからそこにいた?」
「ついさっき来たばっかりだけど。
 何、また悪だくみでもしてたんじゃあ……」
「い、いや!断じてそんなことは無いぞ!」
「……ふーん。
 まあいいわ、それより書類、早く全部処理しちゃってね。
 でないとまた漢風呂の刑だから」
「やれやれ……老人はもっと労って欲しいんじゃがなぁ……」

極めて普段の、園内で見受けられる風景。
いつもと違うのは、二人がたまたま同じ事を同じタイミングで考えていた事。

(儂の短い余生の内に……)

(……もう少しだけ…………)

(孫らしくして、あげようかな……)
(祖父らしいことの一つや二つ、するべきかのぅ……)

そこにいたのはロプト教団のツートップでも、保育園の幹部職員でもなく、
一人のわがままな女の子と、振り回されるおじいちゃんだった。

※マンフロイは後日なんだかんだでお仕置きされました。