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Last-modified: 2007-11-09 (金) 23:29:07

フロリーナ「こ、こんにちは!」
リン   「あらフロリーナじゃない。何か用?」
フロリーナ「リ、リン、あの、ヘ、ヘクトルさま……」
リン   「(ピキッ)……あのねフロリーナ。あのバカのこと何か勘違いしてるみたいだけど、
     あれはどうしようもない男よ。ダニよ、害虫よ」
フロリーナ「そ、そんな……ヘクトルさまはたくましくて、とても男らしい方だと……」
リン   「(ピキピキッ)……表現が間違ってるわね。ガサツでズボラというべきだわ」
フロリーナ「細かいことは気になさらないのね。豪放磊落で、凄く憧れるわ……」
リン   「(ピキピキピキッ)……豪放磊落? 傍若無人の間違いじゃないの?」
フロリーナ「ひどいわリン、自分のお兄様のことそんな風に!」
リン   「自分の兄貴だからこそ分かることもあるのよ!」
ヘクトル 「うっせーな、何騒いで……」
リン   「(ピキピキピキピキッ)……ヘェクトォル……!」
ヘクトル 「うわ、こわっ! な、なんだリン、いきなり……って、ん? お前……」
フロリーナ「ヘヘヘヘ、ヘクトルさま! こ、こここここ、ここここここ」
ヘクトル 「落ち着け。鶏かお前は」
フロリーナ「そ、そうよ、落ち着くのよフロリーナ。こういうときは深呼吸……スー、ハー……
      こ、こんにちは、ヘクトル様!」
ヘクトル 「おう。……で、何か用か」
フロリーナ「は、はい! あ、あの、いつぞやのお礼が、結局うやむやになったままでしたので……」
ヘクトル 「ああ、あんときの……いや、気ぃ遣わなくていいぞ、別に」
フロリーナ「あ……ご、ごめんなさい、今更そんなことを蒸し返されてもご迷惑ですよね……」
ヘクトル 「は? いや、そういう訳じゃねえけど」
フロリーナ「いえ、いいんです……本当にごめんなさい。わたしってどうしていつもこうなんだろう……
       気がつかなくて雰囲気読めなくてドジでバカで……ぐすっ」
リン   「ヘェクトォル……!」
ヘクトル 「ちょ、俺が泣かした訳じゃねえだろ別に!?」
エリンシア「どうしたの二人とも、玄関先で騒いで……あら?」
フロリーナ「あ……こ、こんにちは」
エリンシア「まあまあ、可愛らしいお嬢様ですわね。失礼ですが、お名前は何と仰いますの?」
フロリーナ「あ……あの、ふ、フロリーナです。ヘクトルさま……い、いえ、リンディスさんの、友達の……」
エリンシア「あら、あなたがフロリーナちゃん? リンディスからいつも話は窺っていますのよ。
      とても可愛らしい女の子だって。でも、お話よりもずっと可憐でいらっしゃいますわ」
フロリーナ「そ、そんな、わたしなんて……」
エリンシア「いつもリンディスがお世話になっております……ああいえ、立ち話もなんですから、どうぞお上がりに」
フロリーナ「は、はい! お邪魔しま」
リン   「ちょっと待って!」
フロリーナ「え?」
エリンシア「どうしたの、リンちゃん?」
リン   「いや、えーと、あの……この後、何か用事があったんじゃないかしら、フロリーナ?」
フロリーナ「え? えと……別に、ないと思うけど……」
リン   「あるでしょ? あるはずよ。思い出してみて?」
フロリーナ「そういわれても……」

 

ヘクトル (おい、どうしたんだよリン)
リン   (バカ、気付かないの、あのエリンシア姉さんの嬉々とした瞳の色!)
ヘクトル (? 妹の友達が来て、もてなそうと張り切ってんだろ?)
リン   (違うわよ! あれは間違いなく、同じ天馬騎士であるフロリーナに、
     自分の嗜好を叩き込もうとしている顔だわ!)
ヘクトル (自分の嗜好、って言うと……まさか!)
リン   (……想像してみて。エリンシア姉さんと二人っきりでお喋りしたフロリーナが、どんな風になってしまうのか……!)

 

フロリーナ「ハァハァ……ヘクトル様の厚い胸板……でもでも、リンのカモシカのようなたくましい美脚も捨て難い……ハァハァ」

 

ヘクトル 「よしフロリーナ、ちょっと遊びに行くか!」
フロリーナ「え、えぇ!? ど、どうなさったんですか、急に!?」
ヘクトル 「別にどうってこたぁねえよ! さ、行こうぜ!」
フロリーナ(お、おかしいわ、ヘクトルさまもリンも、急にどうしたのかしら……
      落ち着いて、落ち着いて考えるのよフロリーナ。さっきも雰囲気が読めないって落ち込んだばかりじゃない。
      考えて考えて、お二人の言葉の裏にある意味を読み取るのよ……!)

 

 そんなこんなで、フロリーナは頭の中で必死に状況を整理し始めた。

 

 二人が急に自分を家から引き離そうとし始めた
 ↓
 明らかに、エリンシアに家の中へと誘われたのがきっかけ
 ↓
 家の中ではエリンシアと二人でトーキングすることになるはず
 ↓
 自分はコミュニケーション能力に不安があると思われている
 ↓
 つまり、「フロリーナはエリンシア姉さんとまともに話せないに違いない」と心配されている?
 ↓
 でも、将来この家に入ることになるかもしれないのだし、小姑さんとのファーストコンタクトはこの上なく重要
 ↓
 ポジティブに考えれば、自分を売り込む大チャンス
 ↓
 頑張れわたし

 

 結論。

 

フロリーナ「お邪魔させていただきます!」
リン   「フロリーナァァァァァァ!?」
フロリーナ「安心してリン! わたし、必ずエリンシア様のお眼鏡に適ってみせる!」
ヘクトル 「ちょ、何張り切ってんだお前!?」
フロリーナ「へ、ヘクトルさま……! わわ、わたし、か、必ずヘクトルさまと釣り合う女になってみせますから……!」
エリンシア「あらあら、皆とっても仲良しさんなのね。さあどうぞ、フロリーナさん」
フロリーナ「はい!」
リン   「ああ、待ってフロリーナ……!」
ヘクトル 「そこは魔窟だ、行っちゃいけねぇ……!」

 

 だが、二人の願いも空しく、扉は無情に閉められた。

 

リン   「行ってしまった……!」
ヘクトル 「なんてこった、止めることすらできなかったなんて……!」

 

 十分後。

 

リン   「ああ、今頃は上腕二等筋の魅力について懇々と語られているに違いないわ……!」

 

 三十分後。

 

ヘクトル 「いや、大胸筋の美しさについて延々と講義を受けているかもしれねぇ……!」

 

 一時間後。

 

リン   「舌骨下筋の隠された素晴らしさを説かれているところかも……!」

 

 二時間後。

 

ヘクトル 「下手すりゃ二十四時間耐久超兄貴大会に強制参加させられてんじゃねえか……!」
リン   「ああ、無事でいて、フロリーナ……!」
フロリーナ「お邪魔しました!」
ヘクトル 「うおぉ!? で、出てきたぞ、リン!」
リン   「おおおお落ちついてヘクトル! まだ姉さんの毒牙にかかったと決まった訳じゃないわ!」
フロリーナ「あ、リン、ヘクトルさま……」
ヘクトル 「無事かぁ、フロリーナ!?」
フロリーナ「え、えぇ!?」
リン   「大丈夫、どこも触られなかった!? 頭の中で筋肉の名前が延々木霊しているとか、そういうことはない!?」
フロリーナ「き、筋肉……? あの、二人が何を言っているのか、よく……?」
リン   「だって、胸鎖乳突筋の芸術性が云々とか話されたんでしょう!?」
ヘクトル 「短母指外転筋が人体の中でいかに重要かってことを耳が痛くなるほど聞かされたんじゃねえのか!?」
フロリーナ「えと……あの、ケーキと紅茶をいただいて、楽しくおしゃべりをしていたのだけど……」
リン   「つまりケーキと紅茶を筋肉にたとえて……」
フロリーナ「あの……どうしてさっきから筋肉のことばかり話すの?」
リン   「……え?」
ヘクトル 「……そういう話をしてたんじゃねえのか?」
フロリーナ「ち、違います! わ、わたし、初対面の人と筋肉の話なんて、は、恥ずかしくて出来ません……!」
リン   「初対面じゃなくても十分恥ずかしいと思うけど」
ヘクトル 「……じゃあ、どういう話をしてたんだ?」
フロリーナ「え? ええと、学校での悩みとか、天馬騎士としての戦い方のコツとか……
      あ、あと、ここ、恋の、相談、とか……」
リン   「……」
ヘクトル 「……」
フロリーナ「……? あ、あの……?」
リン   「……じゃあ、フロリーナ」
ヘクトル 「……筋肉のことについては、一言も話してないってのか……?」
フロリーナ「……わたし、そんなに筋肉好きに見えるんですか……?」
リン   「ああいや、そういう訳じゃないんだけど……」
フロリーナ「エリンシアさまって、とっても素晴らしいお方ね! さすがリンのお姉さまだわ!
      お土産にお姉ちゃん達のケーキまで頂いちゃったし」
リン   「……」
ヘクトル 「……」
フロリーナ「それじゃ、今日はこれで失礼します。さようなら、リン、ヘクトルさま」
リン   「……」
ヘクトル 「……」
エリンシア「あらあら、どうしたの二人とも、そんな風に固まっちゃって」
リン   「ね、姉さん……!」
ヘクトル 「姉貴……! 俺たちゃてっきり、姉貴がフロリーナを筋肉マニアに洗脳する腹づもりだと……!」
エリンシア「あのねえ……私だって、時と場合はわきまえているつもりです。
      初対面の人に筋肉の素晴らしさを語るような非常識な真似はしません」
リン   「……」
ヘクトル 「……」
エリンシア「……なにかしら、その『納得いかねェー!』と言わんばかりの顔つきは」

 

ユンヌ  「うふふ……フロリーナちゃんたら初心でとっても可愛い。まるで昔のわたしを見てるみたい☆」
マルス  「……」
ユンヌ  「……ごめんマルスちゃん、その心底蔑んだ瞳、本気で傷つくからやめてくださいお願いします……」