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Last-modified: 2007-12-10 (月) 22:06:47

ネルガル 「ふはははははは!」
エフィデル「いかがなさいましたか、ネルガルさま」
ネルガル 「ふふふ……ついに念願のモルフが完成したのだ」
エフィデル「……念願のモルフ、と言いますと……?」
ネルガル 「ふふふ……見るがいい!」

 バッとマントを翻したネルガルが指し示す先、家の奥の間に佇む一人の少女。
 緩やかに波打つ黒髪のショートヘア、彼女がモルフであることを示す金色の瞳、そして異様なまでの無表情。
 華奢で小柄な体は女性的な起伏に欠けており、全体的に中性的な雰囲気のする少女だった。

エフィデル「……今までのモルフと何か違う点があるのですか?」
ネルガル 「ククク……気付かんか、エフィデル? このモルフの正体に……」
エフィデル「正体……ああ! こ、このモルフの顔、どこかで見たことがあったと思えば……!」
リムステラ「……これはわたしですか」
ネルガル 「その通りだリムステラよ! モルフの中でも最高傑作の名に値するお前の因子をベースに作り上げた、
       量産型リムステラ! それがこのモルフの正体よ!」
エフィデル「りょ、量産型リムステラ……ですか」
ネルガル 「うむ。能力は多少オリジナルより落ちるが、それでも並のモルフに比べれば段違いの性能を持っている。
       しかも、量産型は皆、意識の一部を共有していてな。
       戦えば戦うほどデータが蓄積され、量産型リムステラ全体の性能が底上げされていくという仕組みなのだ」
エフィデル「要するにガンダムとジムみたいなものですか」
ネルガル 「……まあ、分かりやすく言えばな。
       だがジムというのは実にいい例えだ! あれ同様、このモルフにも様々なバリエーションが存在するのだからな」
エフィデル「バリエーション、と申しますと」
ネルガル 「まず、この目の前にいるのはリムステラ・シーフタイプだ。小柄な体格を活かした、俊敏な動作が可能だ。
       次に、リムステラ・マージタイプ」
エフィデル「む……シーフタイプより多少理知的な雰囲気ですね。髪も長い」
ネルガル 「元のリムステラに一番近いタイプだ。同種の魔法の一斉射撃を得意としている。
       次に、リムステラ・ソルジャータイプ」
エフィデル「槍兵ですか」
ネルガル 「うむ。コストが安いために、量産という目的には一番適している型といえよう。次に……」

 と、こんな具合に、ネルガルは戦士タイプ、勇者タイプ、弓兵タイプなどなど、様々な量産型リムステラバリエーションを紹介していく。

ネルガル 「……以上だ。これら全てが意識の一部を共有し、命令伝達の齟齬なしに一糸乱れぬ集団行動を可能とする」
エフィデル「なるほど。どんな軍隊よりも無駄のない指揮系統というわけですね」
リムステラ「……ネルガルさま。一つ質問が……」
ネルガル 「なんだ」
リムステラ「……バリエーション豊か、という割には、胸部のサイズが全て同じのような気がするのですが」
エフィデル「ああ、確かにどの量産型リムステラも全部見事にぺったんk」
リムステラ「ワープ」
ネルガル 「……どこに送ったのだ?」
リムステラ「フレイムバレルに。今頃は火竜の群に取り囲まれて『ひぃ……! く、来るなぁっ、来るなぁっ!』とはしゃいでいる頃でしょう」
ネルガル 「ふむ……まあいい。胸部の質問に関しては簡単なことだ。
       余分な部分はないほうがコストが安い」
リムステラ「……そうですか」
ネルガル 「とにもかくにも、この量産型リムステラを一万体生産した! これで兄弟家など恐るるに足らん!」
リムステラ「兄弟家、ですか」
ネルガル 「うむ……特にあの忌々しい胃痛王子め、我が愛しのエイナールの心を独り占めしよって……断じて生かしてはおけん!」
エイナール「あなた、何を騒いでいらっしゃるの?」
リムステラ「いけませんエイナール様。今出てこられてはネルガルさまが混乱されます」
エイナール「あらあら、またボケてらっしゃるのねこの人ったら。ニニアンのことをわたしだと思い込んでいるのでしょう?」
リムステラ「……この状態になればしばらくは戻りませんので……」
エイナール「ええ、ええ、分かっておりますとも。リムステラさん、このボケ老人の世話をよろしくお願いしますね」
ネルガル 「何をしているかリムステラ、早速兄弟家を壊滅せしめてくれるわ!」
リムステラ「……」
ソーニャ 「さっきからうっさいわねえ……何の騒ぎ?」
リムステラ「……ネルガル様が仰るところによると、お前は余分な部分がたっぷりだそうだ」
ソーニャ 「なんの話!?」

 ~一時間ほど後、兄弟家の庭にて~

ネルガル 「フハハハハ、見よこの圧倒的な物量! リムステラが量産の暁には、兄弟家などあっという間に叩いてみせるわ!」
ヘクトル 「クッソ、調子に乗りやがって……」
エリウッド「大丈夫かい、ニニアン」
ニニアン 「はい……エリウッドさま……」
ネルガル 「ええい、エイナールに引っ付くな、胃痛持ちが!」
エリウッド「いや、この人はエイナールさんでは……」
ネルガル 「黙れぇーい! やってしまえ、量産型リムステラ・アーチャータイプよ!」
ヘクトル 「だーっ! また出やがった!」
リン   「……しかし、全員が同じ顔っていうのは実に異様な光景よね……」
エリウッド「皆もそれぞれ苦戦しているようだな……!」

リムステラ・槍兵「……」
リムステラ・マージ「……」
リーフ  「ああ! 冷たい雰囲気のおねいさんと理知的な雰囲気のおねいさんが僕だけを狙って! なんて幸せな気分!」

リムステラ・シーフA「……いきますよ、お兄ちゃん」
リムステラ・シーフB「……死んでください、お兄ちゃん」
エフラム  「くぅ……! 何故どいつもこいつも俺を兄呼ばわり……! これでは気が散って戦いに集中できん……!」

リムステラ・ウォーリア「……」
エリンシア「クッ……! マッチョな女……! 私の周囲には存在しなかったタイプ……! ああ、ダメ、新しい世界に目覚めそう……!」

リムステラ・ロード「……」
エイリーク「ああ……! 何故でしょう、このモルフの胸を見るとシンパシーを感じてしまう……! 斬ることなんてとても……!」

リムステラ・見習い「……」
ミカヤ  「クッ、これは女、これは女……! ああ、でも半ズボンの美少年に見えないこともないだなんて……!」

リムステラ・占い師A「……恋愛運最悪と出た。地獄に落ちる……」
シグルド 「そんなぁ! ディアドラァァァァァッ!」
リムステラ・占い師B「……二人の相性最悪。一生結ばれない運命」
アルム  「セリカァァァァッ!」
セリカ  「アルムゥゥゥゥッ!」

エリウッド「皆もそれぞれ苦戦しているようだな……!」
ヘクトル 「言ってて空しくなんねーか、それ」
エリウッド「黙ってくれ。せめて僕だけでもシリアスにならないと……!」
リン   「損な性格ね……」
ロイ   「ある意味上手く弱点ついてるよね、向こうは……」
マルス  「そんな中でも、あらゆる誘惑などお構いなしに切りまくっているアイク兄さんは凄いな……」
セリス  「さすがだよね」
ロイ   「……それにしても、こうもあからさまに使い捨てみたいな扱いだとさすがに可哀想だな……」
ヘクトル 「相手はモルフだぜ? 人形みたいなもんだって。気にするこたーねーよ」
ロイ   「うーん……でもなあ……どうも……」
リン   「……あ。アイク兄さんがネルガルに剣突きつけてる」

アイク  「……悪いがあんたはここまでだ」
ネルガル 「グゥッ……! 覚えておれ!」
リムステラ「……また来週……」

ヘクトル 「チッ、逃げやがったか」
エリウッド「たまにボケるから困るよなあ、あの人」
リン   「エイナールさん普通に元気なのにね……」
ニニアン 「……ご迷惑おかけしてすみません……」
エリウッド「いや、ニニアンが悪い訳じゃないし……」
マルス  「……しかし、庭が量産型リムステラで死屍累々の状態だね。どうしようこれ」
デニング 「エイナール様からの伝言を伝えます。『すみませんけどしばらくそのままにしておいてください。後で回収に参りますので』
       エイナール様からの伝言を伝えます。『すみませんけど……』」
マルス  「やあご苦労。相変わらずデニングさんは優秀なメッセンジャーだね」
ヘクトル 「ま、それなら心配いらねえな。飯食おうぜ、飯」
リン   「……よくそんな気分になれるわね、あんた……」
ロイ   「……あ、この子……」
エリウッド「ん? そのシーフタイプがどうかしたのか、ロイ?」
ロイ   「いや、まだ息があるみたいだから、治療してあげようかなーって」
ヘクトル 「はぁ? おいおい、言っただろ、人形みたいなもんだって」
ロイ   「うーん……でも、やっぱり放っておけないよ。アルム兄さんに頼んで、復活の泉の水も汲んできてもらおう」
マルス  「全員助けるつもりかい? やれやれ、ロイのお人よしにも困ったもんだ」

 ~十分後~

リムステラ・シーフ「……」
ロイ   「……あ、気がついた? 大丈夫? どこも痛くない?」
リムステラ・シーフ「……大丈夫です、お兄ちゃん」
ロイ   「お兄ちゃんって……まあ、そう言う風に教育されたのなら仕方がないか。
      待っててね、他の子たちもすぐに起きると思うから」
リムステラ・シーフ「……どうして……」
ロイ   「ん?」
リムステラ・シーフ「……どうして、こんな情けを? 我々は作り物。痛みも苦しみもない。憐憫の情を抱く必要はありません」
ロイ   「……確かに作り物なのかもしれないけど、君は生きてるじゃないか。
      それならきっと、自分には分からないだけで、苦しいとか痛いって気持ちはあると思うな」
リムステラ・シーフ「……そうでしょうか……」
ロイ   「そうだよ、きっと。エイナールさんから聞いた話だと、まだ生まれたばっかりみたいだし。
      ネルガルさんの下じゃいろいろ大変だと思うけど、これから楽しいことをたくさん経験していってほしいな」
リムステラ・シーフ「……」

 ロイと一番最初に話をしたその個体は、自分の胸に不思議な感覚が生まれるのを自覚した。

リムステラ・シーフ(……これは、なに? 温かい感じがする……)

 目の前の少年を見ていると、その感覚はどんどん鮮明になっていった。

リムステラ・シーフ(……心拍数の増加及び体温の上昇を確認……極めて異常。調整の必要を……)
ロイ   「……? どうしたの、ぼーっとしちゃって」

 気付くとロイの顔が目の前にある。その個体は目を見開き、顔を背けた。

リムステラ・シーフ「な、なんでもありません、お兄ちゃん……」
ロイ   「……なんか、お兄ちゃんって呼ばれるの変な感じだな……」
リムステラ・シーフ「! い、嫌ですか……?」
ロイ   「あ、ううん。嫌とかじゃなくて。僕末っ子だから、そういう風に呼ばれる機会がないんだ。気にしないで」
リムステラ・シーフ「そうですか……」

 その個体は、生まれて初めて恐怖と安堵を体験した。
 この数分間ほどで、ほぼ白紙の状態だった彼女の情緒面に多大な刺激がもたらされたのである。
 そして、量産型リムステラは全員意識の一部を共有している。
 故に、この個体がロイに抱いた淡い恋心は、現存する一万体の量産型リムステラ全てに伝達されたわけで。

量産型リムステラ's『不思議な感覚が胸に……ロイさま……』

  ~同時刻、オスティア家地下~

 その日の午後、オスティア家地下の秘密施設内には、けたたましい警告音が絶え間なく鳴り響いていた。
 この施設が建造されて以来の、異常事態である。

マシュー 「一体何がどうなってんだ!?」
レイラ  「分からないわ! 極めて異常な事態よ!」
ウェンディ「きょ、兄弟家周辺において、フラグ数量が急速に増加中!」
オージェ 「十……百……五百……千……だ、ダメです、増加が止まりません!」
ボールス 「ふ、フラグ密度が観測史上の最大値を軽く振り切った!」
バース  「これは一体……!?」
リリーナ 「落ち着きなさい!」
マシュー 「り、リリーナさま……」
リリーナ 「……一体何がどうしたというの?」
レイラ  「分かりません。五分ほど前から、強化型フラグチェッカーが一斉に反応を始めて……」

 曖昧な報告を受けて、リリーナは唇を噛む。
 正面の大きなモニターには、紋章町の地図が表示されている。
 その一角、ちょうど兄弟家が存在する区画が、真っ赤に塗りつぶされていた。

リリーナ 「……フラグ数量は?」
オージェ 「……い、一万、です……」
マシュー 「一万!? たった五分の間に、一万本のフラグが立ったっていうのか……!」
バース  「あの少年は一体何者なのだ……」

 驚愕の呻きを漏らす観測員たちの前で、リリーナはぎりりと歯を噛み締める。

リリーナ (恋敵が一万人も……! どうやらこの戦い、一筋縄ではいかないようね……!)

 一部で破壊神と呼ばれている少女は、新たな戦いの予感にゴクリと唾を飲み込んだのだった。

 オスティア家地下に存在する、グラド大学教授リオンの設計による極秘施設。
 十万個以上のフラグチェッカーをを完備する、その名『ロイフラグ観測所』での一幕であった。

 ~再び兄弟家~

ヘクトル 「……」
エリウッド「……」
エフラム 「……おい、一体なにがどうなってるんだ、ロイ」
ロイ   「ぼ、僕に聞かれても……」

 居間にて昼ごはんを食べる兄弟家。その様を、庭に面した窓ガラスに張り付くようにして観察する一団の姿があった。

量産型リムステラ's『……』
リーフ  「……物凄い真剣な顔で見てるね……」
セリス  「……視線の先、明らかにロイだよね?」
シグルド 「……一体何をしたんだ、ロイ?」
ロイ   「し、知らないよ! 僕だって困ってるんだから……」

 呟きつつ、ロイがちらりと庭の方を見ると、それまで窓に群がっていた量産型リムステラたちが、
 一斉に頬を染めて蜘蛛の子を散らすように退散する。
 しかし、ロイが再び食事を開始すると、また音もなく戻ってきて観察を再開するのであった。

ロイ   「……」
エリウッド「……また、厄介な問題ごとが増えたって認識でいいのかな、これは……」
マルス  (作り物であるモルフとの間にすらフラグを立てるとは……! ロイ、我が弟ながら恐ろしい奴……!)

 この後、「申し訳ないんだけど、家を覗くのはやめてください……」というロイの懇願により、
 量産型リムステラたちは悲しげな表情を浮かべながら本拠地であるネルガル邸に戻っていった。
 が、その一万本のフラグは今も健在らしく、その後ロイの周辺に、黒い髪の女の影が絶えることはなかったそうである。