激突!! ゲッター対ガイアー 第六話

Last-modified: 2009-09-17 (木) 21:34:27

「やれやれ、やはりデスクは信じてはくれなかったか……」
 
ひとつ溜息をつきながら、新聞社のビルディングより、岩倉が出てきた。
 
新聞記者である岩倉は、マーズの証言を報道し、市民の協力を得る事は出来ないかと考えていた。
真実を報道する事は、一連の怪事件によって情勢不安に陥っている、世界の混乱を助長する可能性もあったが、
一方で、人類が『敵』の存在を明確に知る事で、マーズ達が戦い易い状況を作れるかもしれないと考えた。
一新聞記者として、岩倉は、少年たちの戦いを、指をくわえて見ている事が出来なかったのだ。
 
だが、結果は芳しいものでは無かった。
岩倉自身がそうであったように、彼の上司もまた、岩倉の言葉を信じなかった。
今のところ、マーズの提示した情報は、その全てが状況証拠に過ぎない。
真実を報道すべきマスメディアが、憶測で社会不安を煽るわけにはいかないと言われれば、
報道に携わる人間である岩倉はぐぅの音も出ない。
 
マーズの憂いを、拓馬の怒りを目の当たりにしたならば、彼らの言葉に偽りの無い事が分かるだろうに、
などと益体の無い事も夢想した岩倉だったが、さりとて、39億の人間全員を少年達と対面させる事も出来ない。
 
(……やはり、デスクにガイアーを見てもらうしかないか。
 検証の為に、工学の専門家を動かす段取りをしないといけないな)
 
そこまで考えたところで、一陣の木枯らしが吹きぬけ、反射的にぶるりと体を震わした。
思わずコートの襟を覆った岩倉が、意外そうな顔で上空を見上げる。
 
「やれやれ、随分と寒いと思ったら……
 ようやくこの間、春一番が吹いたっていうのになぁ」
 



 
「これが、雪ですか」
「あら、マーズは雪を見るのは初めてだったのね?」
「まったく、こっちに来て以来、バカ陽気が続いてたってのに、一体なんだってんだ?」
 
窓の外では、深々と雪が降り続けていた。
温暖な関東平野では珍しい、何年に一度かの大雪。
しかも、真冬と言うならともかく、季節は暦の上では既に春である。
気象観測が始めって以来の異常気象により、各交通機関は既に麻痺し、積雪の影響が各所で出始めていた。
 
と、その時、ドタドタと慌ただしく階段を降りる音が響き、
大きな荷物を背負った拓馬がリビングに顔を見せた。
 
「出かけるぜ、獏、ゲッターを取りに行く」
「何だと!? 
 お前、窓の外が見えてんのか?」
「見えてるから言ってんだろうが
 さっきからラジオを聞いてたんだが、当分雪は止みそうにねぇ
 急いでゲッターを近場に移さねぇと、回収できなくなっちまうぞ」
「とほほ…… この大雪の中、寒中水泳かよ」
 
大きな溜息をついて、獏が重い腰を上げる。
ふたりの常識はずれな行動に、さすがに春美が口を挟む。
 
「……大丈夫、なの?」
「ああ、確かにゲッターを動かす所を見られたら厄介だが、この際もう仕方がないさ。
 今、六神体に襲われたら、ゲッターに乗る暇もなくお陀仏だからな」
「そうじゃなくって、その、寒中水泳って……?」
「あ、そっちか! そっちはまぁ問題ないさ。
 別に長時間潜るってわけじゃないし、最近のパイロットスーツは保温にも優れてるしな。
 ま、熱い風呂でも沸かして待っててくれよ」
 
それだけ言うと、二人はまるで散歩にでも行くかのような足取りで
一面の銀世界へと消えて行った。
 
「……ホントに行っちゃった」
「何事も無ければ良いが」
「もう、あんな人たちのことなんて、心配するだけムダよ、マーズ」
「いや、そうではなくて」
 
言いながら、マーズが視線を窓の外へと戻す。
 
「観測史上、未曾有の大雪が、このタイミングで降るなんて……」
「え? なあに、マーズ?」
 
不思議そうに春美が聞き返したが、マーズはただ無言で、降り積もる雪をじっと睨み続けていた。
 



 
――結局、ラジオの放送通り、それから二日が経っても、雪は止まなかった。
 
日本列島を襲った豪雪の猛威は交通網を遮断し、物流は完全に停止。
結果、各商店でも食糧や燃料といった日用雑貨の不足が目立ち始め、
徐々にではあるが、日本は既に世帯単位での兵糧攻めに包囲されつつあった。
 
「やっぱり、止めておけば良かったかしら……」
 
いまだに帰ってこない二人を思い、春美が心配気に窓の外を見つめる。
一方、マーズは静かにTVの中継を眺め続けていたが、やがてポツリと言った。
 
「やはりおかしい。
 世界の中で日本だけが、こんな天変地異に襲われるなんて」
「え……?」
「前に監視者の男は『六神体は大陸一つを吹き飛ばす力を持っている』と言いました。
 僕はその言葉の意味を、六神体の持つ兵器の破壊力の事だと思っていました。
 けれども、大陸を丸ごと滅ぼす力と言うのは、
 僕たちの考える、一般的な兵器とは異なる代物なのかもしれない」
「どういう事? 日本列島を襲っているこの吹雪が、人為的な力によるものだと言うの?」
 
その時、室内響いてきた電話のベルが、二人の会話を遮った。
拓馬達からの連絡かも知れないと考え、春美がパタパタと廊下へ向かう。
 
「はい、もしもし…… あら、岩倉さん?
 ええ、マーズね、ちょっと待って」
 
一方、マーズの方は始めから電話の主が分かっていたようで
春美に呼ばれるまでも無く、既に廊下に出ていた。
 
「代わりました。
 それで、何か進展が…… それは!
 ええ、間違いないと思います。
 分かりました、富士気象測候所、ですね……」
 
マーズの深刻な表情から、春美は既に、彼の推測が現実になった事を感じていた。
受話器を下ろし、しばし物思いに耽るマーズに、恐る恐る、春美が話しかける。
 
「岩倉さん、何て……?」
「岩倉さんには、昨日の内に連絡を取っていたんです。
 この吹雪が、六神体の力によるものかもしれないので、
 各地の気象観測所に何か異常がないか、情報を集めて欲しい、と」
「それで?」
「異常気象の解明につながるデータは、いまだ見つかっていないようですが、
 代わりに一つ、奇妙な情報を得ました。
 富士気象測候所のに勤める所員の一人が、謎のロボットに襲われたそうです」
「ロボットですって!?」
「もし、その話が本当なら、富士近郊に六神体が潜伏している可能性もあります。
 ともあれ、僕はこれから現地へ向かおうと思います」
 
言いながら、マーズの足は既に玄関へと向かっていた。
マーズの無謀な行動に、仰天した春美が慌てて立ち塞がる。
 
「ま、待って! 無茶よ、マーズ
 外は猛吹雪よ、それに、車も電車も動かないって言うのに」
「僕の事だったら大丈夫です、
 監視者の身体能力をもってすれば、半日もあれば近辺までいける筈です」
「……せめて、拓馬君たちが戻ってくるまで待ったら?
 あなたが死んだら、地球もおしまいなんでしょ。
 ゲッターと協力して立ち向かった方が良いんじゃないかしら?」
 
春美の聡明な言葉に、しかしマーズは、悲しそうに首を振った。
 
「残念ですが、今は彼らを待っている時間がありません。
 彼らの身に何かがあったとは考えませんが、この大雪です。
 何らかのトラブルで、ゲッターが動かせないでいる可能性も考えられます。
 その場合、もし富士の裾野が雪で閉ざされてしまったら、打つ手が無くなります。
 春美さんは、このまま家で彼らの連絡を待っていて下さい」
「もし、六神体がいたら……?」
「戦います」
 
マーズがゆっくりと扉を開ける。
たちまち別世界のような寒風が室内に吹き込んできたが、
マーズはためらいもせず、白一色の世界へ消えた。
 
 
 
常人なら顔も上げられないような猛吹雪の中を、マーズが駆ける。
マーズの体は徐々に加速を続け、やがて、目に止まらぬ程の速度となって、
動く物の無い国道、線路を飛び越え、疾風の如く突き進む。
 
――いくつもの峠を越え、半日の後、マーズの俊足は富士山の麓へと到達していた。
 



 
「うっ!」
 
富士気象測候所の惨状を目の当たりにしたマーズが、思わず驚きの声をもらす。
無残に倒壊した建屋に、巨大な雪玉と化したドーム屋根、
破壊された扉から吹き込む吹雪で、雪の中へと埋もれた室内。
測候所からの連絡が途絶えた、と言う岩倉の言葉に感じた不吉な予感が、現実の光景へと変わった。
 
と、その時、不意にマーズの髪が、ざわり、とたなびいた。
 
「!」
 
反射的に飛びのいた大地の上に、一筋の光線が炸裂し、積雪が瀑布の如く跳ね上がる。
直後、マーズの体は、本人の意識せぬままに動き出していた。
ビームが放たれた吹雪の先へ向け、本能的な殺気を浴びせる。
同時にマーズの髪が、再びざわり、と生物のようにうねり、
前方にいるであろう『敵』目掛け、きらめく針のような物を打ち込んだ。
 
一瞬の後、前方の闇がバチン、とひとつ瞬いて、再び周囲は吹雪に包まれた。
 
「おお!」
 
光線を放った不審者の正体にマーズが呻く。
マーズの足もとに転がっていたのは、銀色のボディに光線銃の指先を持った、撫で肩のロボットだった。
  
「間違いない、これは……!」
「ほう、髪の毛を飛ばしたか。
 やはり、肉体的には何の異常も無いようだな、マーズ」
 
突然、後方から響いたきた声に、ゆっくりとマーズが振り向く。
いつの間にか上空には、企業宣伝用の巨大な気球が浮かんでいた。
 
――いや、まともに顔を上げられないような猛吹雪の中、揺らぎもせずに宙に浮く気球がある筈がない。
 
「お前が六神体か! なぜだ、何故こんな事をする!」
「マーズよ、我々に『何故』は必要ない。
 与えられた使命を果たす為には、わずかな感情の揺らぎも許されんのだ。
 そしてマーズよ、いまだに我が【ウラヌス】の能力を思い出せないお前には、
 もはや、任務を果たす力はあるまい!」
 
男の言葉に合わせ、気球が内側からムクムクと膨らみ始め、
引き裂かられた布の隙間から、緑がかった重厚な金属の地金が姿を見せる。
 
「くっ……」
「死ね! マーズ!
 お前に使命が果たせぬ以上、我々の手で任務を全うする!」
 
男の叫びに呼応するかのように、突如として強烈な暴風が荒れ狂い、六神体の偽装を丸ごと吹き飛ばす。
 
現れたのは達磨!! 数十メートルはあろうかと言う、巨大な顔面!
暗闇に浮かぶオッドアイのセンサーに、幾何学模様の眉と髭、
眉間の浮かぶ前衛的なハート型の紋様が、その不気味さを際立たせている。
 
そして、達磨の内部には、機体とそっくりな顔をした、恰幅の良い老紳士の監視者が居た。
 
「マーズよ…… 事を急いて単身乗り込んで来たのが、お前の運の尽きだ」
 
監視者が、修羅如き表情で手元の装置を操る。
キリキリと言う音を立てながら、達磨の顎がゆっくりと開き、口中から銀色の杭が姿を見せる。
 
直後、ドゥッ、と音を立て、5,6メートルはあろうかという巨大なアンカーが、
咄嗟に飛び退いたマーズの足元に突き刺さった。
 
「ほぅ、良くかわした……、と、言いたいところだが」
「なっ!?」
 
突然、見えざる刃が胸元を掠め、マーズの衣服が切り裂かれる。
驚いて距離をとったマーズが見たのは、周辺の瓦礫を巻き込み、粉微塵にして消し飛ばす竜巻であった。
 
「コンクリートや鉄骨まで……
 あのアンカーが、真空の渦を生み出しているのか!」
「フフ、分かった所でどうしようもあるまい」
 
マーズの頭上へと回り込んだウラヌスが、まるで、鼠をいたぶる猫のように、
逃げ惑うマ-ズの眼前に、次々とアンカーを打ちこんで行く。
その正確無比な攻撃により、いつしかマーズは、四つの柱の中へ閉じ込められていた。
 
「くそ、どこかに突破口は……」
 
脱出口を求め、マーズが周囲に髪の毛を連続して打ち込む。
だが、いずれの針もアンカーを抜けられず、粉々に砕け散っては上空へと巻き上げられていく。
 
「あくまで逃げ場を探すか、マーズ
 どうやら分かっておらぬようだな、今の貴様に悠長な事をしている時間は無いぞ」
「……! うっ!?」
 
突如として視界がぐらりと揺らぎ、マーズが思わず膝をつく。
即座にマーズは、自身の体内で起こっている異変の正体に気付いた。
 
「しまった…… 四本の柱に空気を吸い上げられ、真空状態が起こりかけているのか……」
 
四つん這いとなり、大きく息を荒げながら、それでも脱出の希望を捨てず、闇雲に髪を打ち込む。
だが、そのいずれもが、軌道を変えて地面に突き刺さるか、竜巻に呑まれて消えるのみであった。
 
そして、勝利を確信したウラヌスの影が、ゆっくりとマーズの頭上にのしかかる。
 
「もう、お前に逃げ場は無い。
 終わりだ、マーズ!」
 
身動きの取れなくなったマーズを押し潰そうと、ウラヌスが動こうとした、まさにその時、
 
「うお!」
 
突如、上空より降り注いだ銃弾がウラヌスを襲い、機体がバランスを崩す。
あくまで通常兵器の威力に過ぎない掃射は、六神体の装甲を傷つけるには至らなかったが、
弾丸の一発がアンカーの根元に当たり、柱の一つがグラリと傾く。
 
『走れ、マーズ!』
 
彼方からの声に促され、マーズが渾身の力を込めて大地を蹴り、
力の均衡が崩れた柱間めがけ、勢い良く飛び込む。
衝撃で全身を切り裂かれ、大きく弾き飛ばされながらも、
マーズは包囲の外へと飛び出す事に成功した。
 
「おのれ、させるか!」
 
よろよろと立ち上がったマーズ目掛け、ウラヌスが五本目のアンカーを放つが、
慌てた一撃は狙いを外し、マーズの後方の雪原へ突き刺さる。
直後、発生した真空波が、マーズの体を谷底へと吹き飛ばす。
 
『マァアァァズゥ――ッ!!』
 
中空へと投げ出されながらも、マーズは必死に首を反らし、声のした方を仰ぎ見る。
その視界の端に捉えたのは、降り注ぐ岩盤と、雪の塊の間を縫うように飛ぶ、三台の戦闘機。
 
「くっ…… うう!」
 
マーズが全力で体を捻じり、白色の戦闘機に合わせるように右腕を伸ばす。
直後、機体と体が交錯し、直撃を避けて機種に張り付いたマーズが、コックピットの中へと転がり込んだ。
 
「これが…… ゲッター、ロボ……」
 
マーズが呆然と機内を見渡す。
上下左右、全方位を網羅するスクリーンの中に、浮かぶかのように存在するシートが、
あたかも、自らが生身で宙を飛んでいるかのような、高揚感と不安感をもたらす。
まさにそれは、近未来の地球防衛隊基地より飛び出してきた、秘密兵器を覗いたかのような光景だった。
 
と、不意にブン、とスクリーン脇に画面が開き、愛嬌のある坊主頭が顔を覗かせた。
 
『すまねぇマーズ、すっかり遅くなっちまったな』
「獏…… いや、自業自得さ
 君たちを待たずに、勇み足を踏んだのがいけなかったんだ」
『へへ、ま、そういうこった
 お疲れのとこ悪いが、このままリターンマッチと行くぜ、マーズ!』
 
少年の掛け声に合わせ、機体が突如、垂直に立ち上がり、
はるか上空目掛けて、一直線に爆走を始める。
 
『行くぜ、獏! ゲッターアークだッ!』
『二号機は自動操縦だ、特等席で観戦しててくれや、マーズ』
「ぐっ……、観戦って、冗談だろ……」
 
突然の急制動と全身への負荷に、マーズが歯を喰いしばって操縦桿にしがみつく。
いかに頑健な無性生殖人間とは言え、パイロットスーツ無しの体には強烈な衝撃であった。
 
谷底から上空へと駆け上がるモンスターマシンの威容に、ウラヌスが吠える。
 
「おお、ついに現れたか! ゲッターとやらッ!」
 
『チェンジッ! ゲッターアークッ!!』
 
視界を覆う猛吹雪すら掻き消さんばかりの闘志を込め、少年が勢い良くレバーを倒した。