第3話 ナイトの冒険 キングの初陣

Last-modified: 2011-09-12 (月) 00:34:02

第3話 ナイトの冒険 キングの初陣

 

「…以上が、私が目にしてきた事の全てだ」
窓から差し込む月明かりに照らされた部屋で、千冬は真剣な眼差しで電話先の相手と話をする。
「政府側からの話だけでは眉唾物だったが、実際に目にしてみると想像を遥かに凌駕するものだった」
千冬が話している事は、先日、島本研究所で目の当たりにした現物のS.O.Cと島本博士が開発したという機械の化け物のようなロボットの事である。
『ふむふむ、ちーちゃんはとても愉快痛快な冒険をしてきたんだね?』
ふざけたような話し方をする電話の相手は篠ノ之束。
現在行方不明になっているISを発明した天才科学者である。
行方不明と言っても、一部の人間に限り連絡は取れる状態になる。
その一部の人間の一人が篠ノ之束の友人であり、IS開発に操縦者として協力していた織斑千冬である。
「愉快痛快はともかく、刺激的な体験ではあったよ」
いつもと変わらぬ束のテンションにはぁっとため息をつきながら千冬は答える。
『むふふ。 刺激的な体験とはちーちゃん大人だねぇ☆あだるとだねぇ☆』
「お前に言わせれば、どんな感動的な出来事も陳腐なものになってしまうがな」
『それほどでもないよん』
「…まぁいい。 しかし、今回の件。 お前は何処まで関っている?」
『関っているなんでお人が悪いよ。
 善良な市民である篠ノ之束ちゃんがそんな危なっかしいものに関るなんて』
私は完全にして― と続けた所で千冬が割って入る。
「ならば、政府へS.O.Cの情報を流したのもお前では無い…と」
そう言った千冬の言葉に束は含み笑いを浮かべる。
『例えばの話。そうだね。どこぞの凡才科学者が未知の技術を開発したとするね。
 それを偶然知ってしまったある人物は、その内容を知りたくてハッキングをかけちゃったりするわけだ』
「だが、失敗に終る」
『そうだね。何故かその研究所のコンピューターにハッキングをかけることが出来なかった。
 そこでその人物は困り果てて政府に協力を仰ぐわけだよ』
「政府に協力― というより、
政府から私に直接指令が下るように細工しておいたのだろうな、その人物とやらは。」
『ナイスアイデアだよねぇ。
 優秀なちーちゃんは、実際に見た内容を頭の悪い政府の人間には話さない。
 まずは天才科学者である束ちゃんに相談して意見を仰ぐ。
 そうすれば何かしらの解決策が浮かび上がると考えんたんだろうねぇ。
 ついでに政府側にS.O.Cの情報を漏らせる正に一石二鳥だね』
「はた迷惑な話だ」
本当にね― と束はケラケラと笑った。

 

「その仮説通り、私は政府に事の真相を話してはいない」

 

『本件の決行当日に島本博士は不在であり、以降もその所在は明らかになっていない』

 

それが政府側へ報告した内容である。
「相手が疑うことを知らない純粋な人物で助かったがな」
苦笑しながら千冬は、報告した嘘の内容を頭の中で復唱する。
(嘘の報告をするにしても、もう少しマシな嘘があっただろうに)
気が動転していたのか。自分もまだまだ鍛錬が足りん。
「ありのままを政府に報告するには、この件、そう簡単なものではない」
『ちーちゃんにしてそれを言わせるとは、そのS.O.Cとやらはそれほどの物だったんだろうねぇ』
「単刀直入に言おう。
 S.O.Cの技術はISのそれを越える」
そう言った千冬の言葉に、束の頭に装着された兎の耳のような髪飾りが一瞬ピクッと反応する。
『ほほ~う。 どうしてそう思うのかな?』
「私はお前の全てを知っているわけでは無いし、ISの全てを理解しているわけでもない。
お前に始めてISを見せてもらった時の衝撃は、未だに忘れられない。
 そして実際にISを操縦してみてその技術の高さは身をもって知っている。
 だからこそ、S.O.Cの技術の高さを理解出来る」
千冬の言葉に珍しく聞き入る束。
先ほどまで浮かべていた笑顔から僅かに温もりが消えているのが分かった。
「そして島本博士が開発したというS.O.Cを搭載した巨大なロボット。
 あれが完成し稼動する事になれば…」
そこまで言った所で一旦話を区切る。
「『ISを倒せるのはISだけ』
 近い未来、その事実を覆されることになるかもしれん」
千冬の言葉が現実に起きるとすれば、それは世界全体を揺れ動かす大事件へと発展するであろう。
既存の兵器全てを凌駕するIS。
世界各国がその研究に躍起になっている現状で、そのISを越える兵器が誕生したとあれば、その技術を巡って争いが起きる可能性は十分に考えられる。
IS発表の際にも懸念された事であるが、この時は全世界へのIS技術の提供を行った事で、未然に防ぐことが出来た。
『本当にそうなったら、おもしろいよね~』
しかし、ISを開発した張本人は至ってマイペースにそう答えた。
『でもねちーちゃん。
 世の中には世界やそのカプセルがどうなろうと知ったこっちゃねぇ人間もいれば、
 取り返しの付かない事が大好きな人間もいるんだよ』
一体誰の事を言っているのか千冬には分からなかったが、束は構わず続ける。
『ちーちゃん。
 そのS.O.Cを開発した人って、今の世界をどう思っているんだろうね?』
「…さぁな。 天才の考える事は凡人には分からん」
そう言って千冬は携帯の電源スイッチを押す。

 

ブッと音を立て通信が切れる。

 

「分からないさ。人の考える事など」

 

部屋を照らす満月を窓越しに見つめ、千冬は誰に言うでも無くそう呟いた。

 
 

「ウィー、バロー!
 矢でも鉄砲でも持ってきやがれ!!」
静寂が包む夜の住宅街に、またもドスの効いた男の罵声が響き渡る。
年は中年ほど、パンチパーマに強面の顔、高そうなスーツを身に付けたその道の人間が今日も行く。
赤く染まった顔が、今回も泥酔状態である事を物語っていた。
「俺はここで変なモンを見たんだ!!  グチャグチャの怪物がいたんだ!!」
周りには誰も居ない。
それでも男は、自分が『見た』という怪物が居た場所を指差す。
若干目じりに涙を浮かべながら訴えかけるように叫んだ。
「ちくしょう…。 俺は車なんかぶっ壊してねぇし、テレビや冷蔵庫の部品なんか盗まねぇぞ。」
うえぇん。
男は手近にあった電柱に擦り寄り、ついには泣き出してしまった。
「どうして俺が警察でクサイ飯を・・・」
路上で人知れず泣いている男の姿は、これでもかと言うぐらいに情けないものであった。

 

ガチャ、ガチャ、

 

「ぶーん」
「!!」
モーターの回転するような音が聞こえた。
情けなく泣き崩れる男は、その聞き覚えがある音のする方向に目をやる。

 

視線の先にあったのは、前回あったものと微妙に形は違っていたものの、恐らくは同種であろうと思われる機械の塊であった。
例によって体から無数のコードを伸ばし、周囲を散策しては見つけた機械を解体していっている。
「いやがった!!」
男はまるで親の敵を見つけたかのように、その機械の塊のほうへ駆け寄る。
「俺はてめーらのおかげで・・・!」
そういって足下に迫った機械の塊にメンチを切る男。
機械の塊もまたその男を見上げるように上を仰ぐ。
しかし、その目のようなレンズには男の姿は写っていなかった。

 

雲一つ無い漆黒の闇が広がる夜空にちりばめられた、宝石のように輝く星々。
初夏の夜風が肌に心地よい。
ともすれば温かさすら感じる月光に照らされた町並みは、酔った男と言う例外を除けば幻想的な静寂に包み込まれていた。

 

今夜は満月である。

 
 

その満月の光を遮るかのように、巨大な二つの影が男を、いや、小さな機械の塊を見下ろしていた。
「こら待ちやがれ!」
そんな事などいざ知らず、男は機械の塊に鬱憤を晴らすべく道路に散乱したコードを跨いで歩み寄る。
「ぶーん!!」

 

ガチャガチャッ!

 

小さな機械の塊は、まるで逃げるかのようにその動きを速め、蓋の開いたマンホールへと飛び込む。
「わ!!」
機械の塊がマンホールへ入ると、それに攣られてズルズルと引っ張られたコードが男の足に絡まり、一緒に引きずりこまれる。
その勢いは止まらず、男はそのままマンホールの中へ落ちていった。

 

そんな光景を上空から確認していた巨大な影の一つ。
白いボディが特徴的なそれは、その視線をさらに先のほうに向ける。
その視線の先には市街地の中心に位を構える白い工場のような建物が写っていた。

 

ガチッ!

 

白いボディのそれから何かが動く音が聞こえる。
そして、

 

ドシュッ!!

 

胸元から何かが凄まじいスピードで発射された。
発射された方向には、先ほどの白い建物があった。

 
 
 

さかのぼる事十分ほど前、俺、織斑一夏と友人の五反田弾は夜の街を歩いていた。
その向かう先は市街地の中心に位を構える島本研究所。
「こんな夜中からお邪魔してもいいのか?」
「島本先輩がいいって言ったんだから大丈夫だよ」
そう言った弾は俺の肩を叩きながら笑顔でそう答えた。
前から俺を『島本先輩』に紹介したがっていた弾に連れられて、こんな夜分遅くに島本家宅へ向かっているのだ。
何故夜遅くになったのかと言うと、島本家宅へ行く前に弾が今日こそエアホッケーの因縁に決着を付けようと勝負を挑んできたからだ。
まさか1日で連勝記録を三十も伸ばす事になるとは思わなかったが…
激戦によりボロボロになった利き腕をぶらぶらを揺らしながら歩く。
って言うかなんでこいつ、エアホッケーになるとココまで弱くなるんだ?
早いところ諦めるか、勝つかをしてくれればここまで時間がかかる事は無かっただろうに。
「分かってねえな。男には背を向けてはならない大事なモンってのがあるんだよ!」
それがエアホッケーなのかよ…。っていうか何で俺が思ってること分かるんだよお前ら。
まぁ、そんなこんなでこんな夜遅くになってしまったわけだ。
遅い時間の訪問は迷惑だろうと最初は遠慮したのだが、島本先輩、もとい島本家からは
『ご遠慮なく、いつもの事ですから』
と言う返事が返ってきた。
いつもの事ってなんだよ。と言う突っ込みをしたくなるが、ここは素直にご好意に甘えておこう。
そう考えた俺たちは島本家宅へ足を進める。
学生二人が夜の街を歩くのは如何なものかと思われるが、そこは青春の一ページだ。
その後暫く学生同士くだらない話で盛り上がりながら、目的地まで辿り着いた。
「天才科学者が住んでいるにしては至って普通の家だな」
俺の島本家に対する第一印象がそれであった。
「天才だって人間なんだろ」
そう言った弾は遠慮するでもなく庭先に入っていき何かを探していた。
「おかしいな。
 いつも夜中に来ればジャッキが飛び掛って来たんだけど」
なにやら物騒な事を言っているが、ここは無視しよう。
「とりあえず家の人の挨拶しようぜ」
そういってまだジャッキを探している弾の背中を引き、玄関のインターフォンのボタンに指を運ぶ。

 
 

ドワオォッッ!!!

 

ボタンを押すと同時に凄まじい爆音が辺りに鳴り響き、衝撃が身体を叩いた。
「なっなんだ!?」
急な出来事にパニックに陥る二人。
何かが爆発した音ではあるが、それがすぐ近くで発生したものである事は分かった。
「島本先輩の家、インターフォン派手になったなぁ」
何バカなこと言ってるんだ― と言おうとしたが、勢い良く玄関の扉が開きそのまま一夏の顔面に直撃する。
「いっってぇ!!!」
若干涙目になりながら扉から離れると、タンクトップにジーパン姿の男があわてて飛び出してきた。
「先輩!!」
弾はそういって男の方に駆け寄る。
どうも彼が【島本先輩】なのだろう。
「おう弾か!! 一体どうしたってんだ!?」
「自分達もわかんねぇっすよ!」
そんな二人の後ろから遅れてパジャマ姿のおばさんと女の子がゆっくりと出てきた。
「騒がしいけどどうしたの?」
おばさんは眠そうな目を擦り落ち着いた声で状況を確認した。
「おばさん!お邪魔してます!」
「あらあら、ご丁寧にどうもね」
見たところ、彼女が島本先輩の【お母さん】なのだろう。
そんなことを思っていた俺の方を弾は指を刺した。
「先輩、あいつがこの前言ってた中学校の時のダチです」
「おぅ、お前がIS動かせる世界で唯一の男って言う【織斑一夏】か。
 弾から聞いてたと思うけど、俺が【島本瞬】
 こっちがお袋でそこの小さいのが妹の【チィ子】だ」
「こんな格好ですいまんせねぇ」
「こんばんは!!」
島本家に紹介された俺はあわてて自己紹介をする。
「あっ、此方こそ始めまして。弾とは中学校からの友人です。
 こんな夜分遅くにすいません」
「あらあら、若いのにしっかりされているのね
 うちの瞬ちゃんも見習って欲しいわね」
島本先輩のお母さんはさらにぺこぺことお辞儀をする。
「せっかくだから話の続きはおうちの中でしましょうか」
そう言って部屋の中へ案内しようとするが何かを忘れている気がしてならない。

 

「そうじゃねぇ!! 今はさっきの爆発が何なのか確認するのが先だ!」
島本先輩は一度道路まで出て周囲の状況を確認していた。
そして家の後ろから噴煙と炎が立ち込めているのを確認する。
「研究所のほうだ!!」
言うが早く、島本先輩は急いで研究所の方へ走り出した。
「先輩!俺も行きます!」
「待てって弾! 俺も行く!」
つられて駆け出した弾を追いかけるように俺も走りだす。
後ろからは遅れてお母さんとチィ子が追いかけてきた。

 
 

「なんだありゃ!!」
そう言ったのは島本先輩である。
研究所と思われる場所は悲惨な状態であった。
炎と噴煙によって視界は悪く、瓦礫の山と化したそれが爆発の威力を物語っていた。
そしてその中を巨大な何かが探し物をするように周辺を荒らしている。
「巨大…ロボット!?」
俺の目に飛び込んできたのは、黒いボディと白いボディがそれぞれ特徴的な二機の巨大なロボットが研究所の瓦礫を漁っている光景であった。

 

ウィー ウィー ガシュッ!! ズズッ!

 

独特の機械音を立てて動くそれは、瓦礫の奥に巨大な手を突っ込んで何かを引っ張り出した。
その手にはまるで生き物の蔦のように絡まったコードが束になって?まれている。
「なんなの夜中に。 近所迷惑でしょう。 やめなさい」
遅れて到着したお母さんが、俺の後ろからロボット達を諭すかのように話しかける。
いや、無理だろうお母さん…。
お母さんの言葉など聞こえるはずも無く、黒いボディのロボットは手に掴んだコードの束を勢い良く引き抜こうとしていた。
「親父は!?」
「…!? 先輩! 親父さんが研究所に居るんですか!?」
瞬の言葉を聞いてこれまで以上に焦り出す弾。
話によると今目の前で瓦礫と化した研究所の地下には島本先輩の【父親】が居るようである。
現状では生存は絶望的である。
それ依然に自分達の身の安全すら保証できない状態でもあった。
此方の思惑を知ってか、白いボディのロボットが此方のほうを向く。
その顔はカメラと思われるレンズが一つだけ付いた簡素なものであった。
暫く様子を見ていたロボットは、その巨体を宙に浮かせ此方のほうに迫ってくる。
その巨体には、飛行する為のバーニア等といった装置は見られない、宙に浮く際にも殆ど無音で動作を行っている。
ISが飛行できるのと同じ理屈か、それ以上の技術か。
ともかく、近づいてきているロボットが此方を狙っている事は明らかであった。

 

このままじゃここに居る全員が危険だ。
これだけの騒ぎだから政府も動き出してくれてるはず!
そう思った俺は右手首に装着されたガントレットに左手を添えて集中する。
「一夏!? お前まさか!?」
俺の行動にいち早く気付いたのは弾であった。
弾には前に、ISの起動方法について話をしたことがある。
こちらも完全に理解してる訳ではない為、その内容はかなり曖昧であったが、自分のISを待機形態で身に付けている事は説明している。
これにより、操縦者はいつでもISを展開する事が出来る。
この緊急展開はその機構上、ISスーツ展開時に通常よりも多くエネルギーを使う。
本来ならば、ISそのものを起動した状態で装着するのが望ましいのだが、今回ばかりはそうは言ってられない。
「こい! 【白式】!!」
頭の中で俺の専用IS【白式】のイメージを具現化させる。
右手首から何かが身体中を包み込む感覚が走る。
着ていた衣類は粒子分解され、再構築されていく。
白く輝くそのボディが鎧のように纏われてIS本来の姿が形成された。
それと同時にハイパーセンサーが正常に起動し、視界を中心に感覚が鋭敏化してくる。
ISより送られてくる情報は、眼前の巨大ロボットへの警戒アラームで埋め尽くされていた。

 
 
 

― 前方、未確認機動兵器を二機感知
  過去のデータに該当無し。 戦闘タイプ不明。 ―

 

(正真正銘のアンノウンか…)
ISを展開し地上から約1mほど浮上した所で白式を静止させ、瞬時に【雪片弐型】を展開する。
目の前で急に出現したISの存在に多少の戸惑いを見せたロボットであったが、それもほんの一瞬。
今は此方のISを敵と認識したのか、その巨体からエンジンを蒸かすような轟音が鳴り響く。
(あれはどうみても【IS】じゃない。
前のトーナメント戦で鈴と俺の間に割って入ってきた無人機も、姿はどうあれ【IS】だった…)
しかし、今目の前にいるものは明らかにISの規格から大きく逸脱するものであった。
何よりデカイ。
ISが通常一~二mほどのものであるのに対し、目の前のロボットはゆうに十メートルは越える大きさを持つ。
当たり前だが全身装甲(フルスキン)だ。
先ほどからオープンチャネルで呼びかけを行っているが一向に反応が無い。
ただただ、此方の出方を見守っている、といった雰囲気だった。
(呼びかけには応じない。正体も目的も不明。つまり…)

 

これは実戦だ。

 

IS学園にてISの起動から演習・専門知識の座学など一通りこなしてきてはいるものの、所詮は学生。
こと実戦においては素人と言っても刺し違えないほど経験が浅い。
クラス対抗トーナメントにて、正体不明のISの乱入事件が唯一の実戦ともいえるが、それは相手が【IS】であり、
何より代表候補生である【凰鈴音】の駆る専用IS【甲龍(シェンロン)】と共闘していた。

 

(相手は正体不明の巨大ロボットが二機。 こっちは俺一人。
そして足下には弾や島本先輩達が居る…)
つまり、正体不明の相手二機と上手く立ち合いながら、弾達を安全な場所に避難させなければならないのだ。
戦闘スキル・実戦経験が豊富な人間ならまだしも、それを殆ど持ち合わせていない一夏にとっては正に神業とも言ってよいものであった。
(じっとしてたって始まらねぇ! 俺が皆を守るんだ!)
手に持った雪片弐型を前方の敵に向けて構える。
「俺がこのロボットを足止めします!
 その隙に安全な所まで避難してください!」
白式の展開から浮上までの成り行きを、半ば呆然としながら見守っていた弾や島本先輩達に向けてそう叫んだ。
「あれが、噂の【IS】かよ。 実際に見るのは初めてだぜ!」
「畜生―! 一夏! 俺と変われー!」
「かっこいいー!!」
「なるべく静かにお願いねー」
四人が四人とも緊張感の欠けた返事を返してくる。
「ふざけてる場合じゃ―ッ」

 
 

― ビビーッ!! 熱源急速接近! ―

 

「ッ!!!」
此方の言葉を遮るように警告アラームが鳴り響き、白式を急上昇させる。
その真下を間髪居れず、巨大な腕が凄まじい勢いで空を裂いた。
正に紙一重である。
そう思った一夏はその目線を相手のほうへ向ける。

 

― ビビーッ!! 熱源再度急接近! ―

 

「危ねぇ!」
向けた視線の先には高速で接近する巨大な白い鉄拳が見えた。
またも白式を急上昇させて回避を成功させ、次の攻撃に備える為に一度距離を置く。
(いける…! サイズが違う分、小回りの効くISなら対応出来る!)
ロボットが繰り出す攻撃は、その巨体からは想像できないほどのスピードであったが、あれぐらいなら白式でも十分対応できる。
何よりあれだけの巨体なら、こちらの機動性にまで対応しきれないだろう。
このまま相手を弾達から引き離して時間を稼げば…

 

ガションッ!

 

目の前に構えるロボットの胸部の装甲が開き、中から何かが出てきた。
それは無数の穴が開いた何かの発射台のようにも見える。
あれはまさしく…。

 

ドドドドドドドドドドッ!!!

 

開いた穴から凄まじい爆音が鳴り響き、無数のミサイルが白式に向けて超高速で発射された。
「ヤバイッ!」
襲い来るミサイルの雨の中央に晒され、白式を上下左右へ急旋回させながら回避行動に専念する。
しかし、油断していた所に突然の強襲である。
全てを避けきる事など叶わず、直撃こそしないものの、白式は爆風に包み込まれた。
「ぐっ! マズイ!」
一発一発の爆発により装甲は軋み、神経情報として発生する痛みが全身に走る。
オート・マニュアルの両方で姿勢制御を試みるも、次の爆風ですぐに機体は傾いた。
それだけでも気絶しそうなほどの衝撃である。
しかし、それ自体はさほど問題ではない。
本当に問題となるのは、【絶対防御】がフル稼働しているという事であった。

 

【絶対防御】
それは全てのISに備わっている。
簡単に言えば、スポーツとしてのISバトルの際、過度の攻撃で操縦者に致死的な損傷を与えないようにする防御機構である。
通常のISバトルなら、操縦者の生命を脅かす危険が無いとIS自体が判断すれば作動しないものである。

 

それがいま、フル稼働状態にあるという事。
つまりそれは、この一発一発のミサイルの威力が、操縦者の命を奪うに相応しい威力を持ていると言う事になる。

 

そして、【絶対防御】は作動させると大幅にエネルギーを消費する。
そのエネルギーも無尽で無い為、このまま押し切られたら終わりである。
「くっ! 脱出を!」
試みるも、絶え間なく射出されるミサイルの直撃を避けるだけで精一杯の状態である。
そうしている間にも絶対防御は作動しており、エネルギーは凄まじい勢いで低下していった。

 
 

― シールドエネルギー残量82 
  実体ダメージ間もなく中破へ移行 ―

 

現実を無情に知らせる警告アラームが鳴り響く。
視界は襲い来るミサイルとそれによって引き起こされた爆発・噴煙によって遮られ、前後左右の感覚すらおぼつかない状態へとなっていた。
(こんな所では終れない…!)
そう、ここで自分が殺られれば、弾や島本先輩達まで危険に晒される。
(なら! 一か八かだ!)
心の中でそう叫んだ一夏は、白式を急旋回させる。
敵に対し背後を見せる体勢にもっていくと、目を瞑り全神経を背後に集中させる。
(脱出するなら、これしか方法は無い!)

 

この間、僅か一秒にも満たない一瞬の事であったが、一夏にとっては十分とも二十分とも取れる時間に思えた。
失敗すれば死ぬ。
それが実戦だが自分には許されない。
待っている人も居れば、守るべき人も居る。
この数週間で身に付けた技術を実戦で活かす。
それが今だ。

 

ドォォオオン!!!

 

直後、背後より凄まじい衝撃を受ける。
警戒アラームにより、ミサイルの直撃を受けたことが分かる。
(今…!)

 

【瞬時加速(イグニッション・ブースト) 】作動!!!

 

【瞬時加速】
後部スラスター翼からエネルギーを放出し、それを内部に一度取り込んでから圧縮して放出する。
これにより得られた慣性エネルギーを利用する事で爆発的な加速を得られる。
この際、利用するエネルギーは外部からのものでも構わないという点にメリットがある。
そして、そのエネルギー量に比例して、瞬時加速の速度は上がる。

 

身体が軋む。
先ほどから蓄積しているダメージに更なる負荷を加える事で、引き裂かれんばかりの激痛が走る。
刹那― 視界がクリアになった。
先ほどまで自分を取り囲んでいた爆発光と噴煙は消え失せ、今は綺麗な星空と満月が見える。

 

【瞬時加速】は成功していた。

 

急激な加速を見せた白式はそのままミサイルの猛襲から抜け出し、安全圏へと脱出する。
しかし、そのままでは終らなかった。
瞬時加速により得られた推進力を利用して、まるで反り上がるように飛行する。
当初は満月と星空に彩られた視界から、視界上方に逆さまになった市街地が見えるようになる。
ついにはその視界に、先ほどからミサイルを射出し続けていた白いボディのロボットの頭部を捉えた。
「オオオオオォォォォォオオッッ!!!」
構えた雪片弐型を振り上げ、そのまま一気に急下降する。
エネルギー残量は殆ど無い。
【零落白夜】の使用は、相手に触れる瞬間のみに絞らなければ、たちまちエネルギー切れになってしまう。
それを一瞬で判断した一夏は、雪片が敵の装甲に接触した瞬間にそれを発動させた。

 

ズパァァァァァァアアアンッ!!!

 

一筋の閃光がロボットの左腕線上を縦に走る。
それと同時に、ロボットの足下に着地する所々がボロボロになった白式が姿を現した。

 

ズドンッ

 

何かが地面に落ちる衝撃と音を背後より感じる。
その物体は、ロボットの巨大な左腕であった。
「とりあえずは… 一矢報いたか」
自身の策が成功したことを把握した一夏は軋む身体を気遣うように深い安堵の息を漏らす。
「凄ぇぜ一夏!」
「ロボットの腕を一刀両断しやがったか!」
「おにいちゃんかっこいいー!」
少し離れた所で見守っていた弾や瞬達が歓喜の声を上げる。
それに答えるように一夏は左腕を上げて笑顔を見せる。
「でもあちらもまだ元気みたいねぇ」
緊張感の無い声を上げたのはお母さんである。
その言葉を耳にした一夏は背後でギシギシと音を立てるロボットに目を向ける。

 

そう、まだ、左腕を落としただけなのだ。

 

振り向いた一夏を見下ろすのは、左腕の無くなった白いボディのロボット。
斬撃を極限まで限局させた為、切断部分以外の損傷は殆ど見られない。
それに対し、此方は先ほどのミサイルの雨により著しく損傷した状態である。
エネルギーもあとわずか。
絶体絶命の状況は今も続いているのだ。
「こんな時、アニメや漫画だったら間一髪で救いの手が差し伸べられるんだけどな…」
起こりもしない奇跡を呟きながら、再度自身の身体に叱咤激励し奮い立たせる。
もう攻撃は受けられない。
一度でも絶対防御が作動しようものなら、それこそエネルギー切れでISが強制解除されかねない。
攻撃の最中でそのような事態に陥れば、それは死を意味する。
「死を覚悟するには若すぎるんだよなぁ」

 

ガシュンッ! ズゴォォォォォォオオオ!!!

 

「ああ!」
先ほどから戦っている白いロボットの後ろで、研究所の瓦礫を漁っていた黒いロボットに動きがあった。
黒いロボットの手の先には無数の蔦につながった機械の塊が姿を現していた。
見た目的にはかなりグロテスクなものである。
「タマゴを!!」
グロテスクな機械の塊に見覚えがあるのか、先輩はそれを【タマゴ】と表現した。
どこをどう見たら卵に見えるのかは分からないが、本人はそう思っているのだろう。
「乱暴はいけません」
その横で、これまた悠長なことを口にする先輩のお母さんの姿があったが、今は無視しておくべきだろう。

 

ボコッ!

 

不意に瓦礫の一つが揺れ動く。
白式のハイパーセンサーがそれにいち早く反応し、熱源を感知する。
これは、生体反応である。

 
 

ズゴゴゴゴッ! ガシャッ!

 

「おお!!!」
瓦礫が勢い良く盛り上がり爆ぜる。
そこには屈強な肉体を持つ白衣の男が、瓦礫を素手で押しのける姿があった。
「うわっ! なんだあのおっさん!」
「おやじ!」
(おやじ~!?)
先輩は、頭部より血を流す白衣の男の事を【おやじ】と呼んだ。
つまり、彼が天才科学者【島本平八郎】博士なのである。
「げ! あれが島本博士!」
つい失礼な反応をしてしまったが、センサーのバイタル信号を見る限り、命に別状はなさそうである。
そんな博士を心配してか、島本家や弾が駆け寄って無事を確認していた。

 

ビーッ! ビーッ!

 

「ッ!」
不意に、白式から送られる警告アラームが響き渡る。

 

― 上空より所属不明のISを一機感知
  過去のデータに類似機体あり。 戦闘タイプ不明 ―

 

(ISが近くに来る? 所属不明で過去に似たような機体とあってる?)
と言う事は、と上空に目を向ける。
「あっあいつは!」
そこには、深い灰色を基調とした装甲を持ち、異常に長く伸びた手をつま先から下まで伸ばした、全身装甲のISの姿があった。
あれは以前、クラス対抗戦にて乱入してきた正体不明の無人ISだ。
厳密に言えば至るところ違う部分が見られるが、全体的に見れば同系統の機体であることは分かる。
(同じような機体がいくつもあるのか? いや、先ずこの状況で何で現れるんだ?
目的はなんだ? いやそれよりも…)
予想だにしない来訪者の出現により、頭の中で問題と疑念が次々と溢れかえる。
以前と同じように攻撃されるような事になれば、此方に勝ち目は無い。
そんな事を考えていた矢先、上空の無人ISが動きを見せる。
掌部分に咆口の付いた長い腕を向ける。

 

バシュンッ!

 

両腕の掌より、以前にも見た事があるビーム砲が射出された。
光の速度で飛来するそれは、白い装甲をまともに捉え、表面で大きな爆発を発生させた。
「何!?」
驚くのも無理はなかった。
何せ、無人ISの攻撃を受けたのは、白い巨大ロボットの方だったのだ。
無人ISの目的は未だに分からないが、巨大ロボットを敵と見なしているようである。
ビーム砲の直撃を受けたロボットは、ギギギッと音を立てながら上空を仰いだ。
爆発部分は装甲がへこみ、こげ、亀裂が走ってはいるがまだその機能全てを奪うには足りないようである。
それに対して無人ISは予測の範囲内とでもいうように、さらにビーム砲で追い討ちをかける。

 
 

ドカンッ! ボンッ!! 

 

と音をたてて、ビーム砲により発生した爆発・噴煙がロボットを包む。
装甲は所々剥げ、明らかにダメージを負っているようであるが、その姿は未だに顕在でありロボットの高い耐久性を知らしめる結果となった。
ビーム砲による攻撃を一旦止めた無人ISは、相手の様子を伺うように上空を旋回する。
そんな相手の後を追うように見上げたロボットの胸部が動きを見せる。
胸部の装甲が開き現れたそれは、先ほど白式を窮地に追い込んだミサイル砲である。

 

ドドドドドドッ!!!

 

またもや凄まじい轟音が鳴り響き、夜空に向けて無数のミサイルが発射される。
目標はあの無人IS。
そのミサイルの雨に?まればひとたまりも無いのは、つい先ほど体験済みであった。
だが、無人ISは全身のスラスターを全開に作動させ、紙一重でそれを全て避けて行く。
しかも、避けている最中に標準をあわせ、ビーム砲撃を確実にロボットへ着弾させていく。
ロボットの方は、ビームによる自身の損害に意を介さず、ただひたすらミサイル砲撃を続けている。
「すっげぇ…」
目の前で起こっている戦闘を食い入るように見つめる。
さながらSF世界設定のシューティングゲームを見ているようであった。

 

「味方が来たくれたのか! いいぞやっちまえ!」
そういったのは先輩だ。
相手が以前IS学園を襲撃した相手に似ている事など知る由も無い。
「そんなことよりタマゴだ!」
島本博士は、未だに機械の塊を漁る黒いロボットの方を睨んだ。

 

ガシャッ ズガッ ベキッ バリッ

 

機械を無理やり引きちぎり、潰し、掻き分ける耳障りな音が当たりに響く。

 

機械の塊は、見る見るうちにその球体を崩していき、あたりにはその残骸が散らばっていった。
「おやじ! タマゴが! タマゴが壊される」
「おお!! 今壊されてはすべて無になってしまう… そうじゃ!」
何がそうじゃ!なのか、島本博士は何かをひらめいたように此方に向かって駆け出してきた。
「そこの坊主! そのISを使ってあの黒いロボットの首を刎ねて来い!」
「えぇ~! そんな無茶な!」
そう、無茶なのだ。
只でさえ先ほどの戦闘でエネルギーをほぼ使い果たしている。
それにミサイルの攻撃により、装甲も至るところがボロボロであり、もはや移動する事もままならない状態であるのだ。
そんな状態で、無傷の巨大ロボットの首を刎ねろというのは、もはや神業の域である。
「そんな無理ですよ! こっちはこんなにボロボロなんですから」
「馬鹿モン! 
昔の武士は瀕死の傷をおっても敵の大将の首を捕る事を諦めはしなかったぞ!」
「昔の話でしょ! 今は今ですよ!」
無茶苦茶な事をいう島本博士を何とか諭そうとするも、この手の人間は一度言い出した歯止めが聞かないのか、全く此方の言う事に耳を貸さなかった。
「貴様男なら死ぬ覚悟でやらんか!」
そういって、白式の装甲を掴んでそのまま持ち上げられ、ガタガタと揺らされる。
ISを装備した人間を持ち上げるなんてどんな怪力をしているんだと思ったが、それよりも全身ボロボロの状態でこの揺さぶりはかなりキツイ。
「わっ分かり…ました!
 分かりましたから下ろしてください!」
ガクガクと揺さぶられた為、軽い脳震盪状態になっていたが何とかそれを止めてもらうように懇願する。
「よし、なら行って来い!
 死んだら骨ぐらいは拾ってやる!」
初めて会う人間になんて言い草だよ、とは思ったが、それをいったらまた揺さぶられそうなので止めといた。
ともかく、あの黒いロボットを止めなければまずいことには違いないのだ。
幸いにして、白いロボットは未だに無人ISと攻防を繰り広げている。
そして、黒いロボットの方は此方の方にはまるで関心を示していない。
【零落白夜】が巨大ロボットにも十分通用する事は分かっている為、不意打ちを駆ければ勝機もある。
しかし、エネルギー的に見ても零落白夜の発動は一回きり。
外せばおしまいなのは言うまでもないだろう。

 
 

「なら… 行ってきます!」
「一夏! 千冬さんを悲しませるんじゃねぇぞ!
 後で怖いのは俺なんだからな!」
弾の友愛溢れる声援をもらい若干腹が立ち
「一夏! 死んだらぶっ殺すぞ!」
島本先輩からは何のフォローにもなってない激励を承った。
俺の命ってこんなに軽かったっけ?
「お兄ちゃん頑張れ!」
「出来るだけ静かにね~」
唯一のまともな応援も、最後のお母さんの言葉で台無しになった。
「ちくしょう! やってやるよ!」
半ばやけくそになった俺は、ボロボロになった白式を宙に浮かせる。
バランサーやセンサー類はまだ正常に動いているが、それでも余り無理はさせられない。
相手に気付かれないように背後に回り、急加速による一撃で沈めるのが一番だろう。
プランは立った。あとは実行に移すだけだ。
そうしている間にも、白いロボットと無人ISの戦いは激しさを増す。
このままではこちらも巻き添えを喰らう危険性が高くなってくるため、事は急いだほうがいいだろう。
フワリ…と白式を上昇させ、なるべくゆっくりと黒いロボットの背後に着く。
そして手に添えた雪片に意識を集中させ、突撃の機を伺う。
(さっきの集中を思い出せ。 あれだけのことがやれたんだ)
そう自分に言い聞かせて集中力を限界まであげる。
周りの音が急に小さくなり、視界がクリアになって行く。
目に映るは唯一つ、黒いロボットの首のみ。
その首に白式の一閃をなぞる事だけを考え、重心を前に傾ける。
(今!)

 

ドクンッ!

 

(ん!?)
不意に何かの音が耳に入った。
それは近くで戦闘する白いロボットと無人IS から発せられたものではない。
かといって黒いロボットからでも周囲で見守っている島本家の人間からでもない。
これは、なにかの鼓動?

 

ドクンッ!

 

(まただ…)
再度、なにかの鼓動のような音が耳に入る。
その音源を確かめようとセンサーをフル活用させる。

 

ドクンッ!

 

鼓動が早くなる。
何かが起きる予感がしてならない。

 

ドクンッ!

 

センサーが音源を察知した。

 

ドクンッ!

 

場所は…

 

ドクンッ!

 

今まさに破壊されようとしている機械の塊の中だ。

 
 

バチバチッ ズババババッ

 

不意に機械の塊から電流が走り激しい音が鳴り響いた。
そしてその中から何かが飛び出すように一箇所が盛り上がる。

 

ブズッ ガキィイ!!!

 

機械の塊から何かが勢い良く飛び出してきた。
それは銀光沢を浮かべた、まるで何かの腕のようなもの。
いや、腕そのものであった。
その腕は、先ほどから機械の塊を破壊していた黒いロボットの頭部をガッシリと掴み引き寄せる。
「なっなんだあれは!」
本日何度目かの驚愕の自体に慌てふためく俺であったが、白式のセンサーが高熱原体の存在が機械の塊の中にあるのを捉えた。

 

― 前方、高熱源体感知。 詳細・形状不明。 ―

 

警告アラームはさっきからこのメッセージで埋め尽くされている。
一方黒いロボットは、つかまれた頭部を開放させようともがいているようだが、一向にその腕を払いのけることが出来ていない。

 

そして腕が出てきた機械の塊の一部がさらに盛り上がる。

 

― 高熱源体、反応増強 ―

 

「ウギャオォォォォォォオオオオオオオ!!!」

 

「なッ!」
機械の塊から化け物のような雄叫びを上げて、これまた化け物のような、と言うか化け物の顔が飛び出してきた。
「ギィオオ!!!」
化け物は飛び出してきた勢いのまま、大口を開けて黒いロボットの顔面にかぶりつく。
そして、

 

バキバキッ! ベキ! ジュー…

 

機械のすりつぶし、引き裂く強烈な金属音が鳴り響き、黒いロボットの顔面は、化け物によって目から下を完全に食いちぎられた。
ちぎられた部分はなにかで溶解されているか、ダラダラを液体金属と化した装甲をたらして湯気を上げている。
「おやじ! ロボットが出来上がっているぜ!」
「うおお!!!」
先輩はあの化け物が何なのかを知っているのだろうか?
ロボットといったそれを指差し島本博士に歩み寄る。
「ギャオォォオオオ!!!」

 
 

バキバキッ! ズオッ!

 

一方ロボットと呼ばれた化け物は完全に上半身を機械の塊から這い出し、既に動かなくなった黒いロボットを巨大な爪で引き裂いてトドメを刺した。

 

そんな光景に先ほどから戦っていた白いロボットと無人ISも、お互い攻撃の手を止めて此方のほうを向いていた。
そして、白いロボットは無人ISを無視し化け物のようなロボットの方へ詰め寄って行く。
どうやら敵として見なされたようである。
「ジャキ」
「え?」
「ジャキオー!   邪鬼王―――!!!」
島本博士は、まるで化け物に呼びかけるようにそう叫んだ。
じゃきおう? あの化け物ロボットの名前だろうか?
「ジャキオー… まさか…」
白いロボットはギィーン ギィーンと音を立てて邪鬼王と呼ばれたロボットにさらに接近する。
それに気付いた邪鬼王は、相手を正面に構えるように動き出した。

 

邪鬼王…。 その見た目はかなり異質なものである。

 

人型を思わせる頭部・体幹・両上を備えてはいるが、全体的なイメージとしては二足歩行生物と四足歩行生物の中間に位置するようなイメージを受ける。
その装甲は金属特有の銀光沢を持ち、全体的に白~灰色で統一されている。
両上下肢の上腕・大腿部に位置するパーツにはそれぞれ肩・股関節部よりさらに盛り上がった突起上の構造。
上肢先端には猛禽類を思わせる屈強な鉤爪。
しかし、下半身は上半身に比べ機械の中身がむき出しであり、不完全な足を形成していた。
これだけでも十分に異質なロボットと思われるであろうが、何よりも異質なのが頭部である。
先ず、目と思われる巨大なレンズが備わっているがそれは左目のみ。
右側の目に相当する部位には装甲が覆いかぶさっており視覚領域にどのようなアドバンテージがあるのかは不明。
頭部は頭頂部からそそり立った突起状の構造物と、人間で言うなら耳に相当する部分から生えた棘上の装甲。
そして一番目を引くのが口である。
ロボットに口をつけてどうするのかを思われるが、その形状を見たらその疑問もすぐに無くなる。
先ず、牙が生えている。
それも人間や他の肉食獣のような丸みを帯びた犬歯などではない。
漫画などで出てくる怪物のような棘棘しいまでの牙が口腔内を埋め尽くしていた。
そして上唇に相当する部位からはさらに牙が生えている。
その牙もまた異質であり、なんと関節を有している。
牙が生えている根元、そして牙の中間地点にもう一つ。
もう分かるであろう。
何故ロボットに口が備わっているのか。
恐らくは・・・。
先ほどの黒いロボットのように敵を食べる― とまで言うのは言い過ぎか。
とにかく、そのおぞましい形状をした牙で敵の装甲を引き裂く力を持っている事は照明されている。

 
 

そんなナリをしている為か、このロボットからは禍々しいまでのオーラが漂っている。
始めてみた人間ならば間違いなく「化け物」または「悪魔」と呼ばれるだろう。

 

邪鬼王は両手を胸元でクロスさせて身構えるように屈み込む。
「ギャオオ!!!」

 

ガシュンッ!

 

再び化け物のような雄叫びを上げた邪鬼王の手首部分から、二対の鎌上の刃が飛び出した。
そのままクロスさせた両手を左右に開放するように広げる。

 

ッザン!

 

鈍重な斬撃音が鳴り響き白いロボットが後退する。

 

それと同時に巨大な何かが民間の屋根に墜落する。
家はその衝撃で屋根部分が半壊する衝撃を受けていたが、
「わっなんだい!」
と住人らしき人が部屋から飛び出してきたため死傷者はいないようである。
ちなみ、その墜落してきた物体は、白いロボットの左腕である。
先ほどの邪鬼王の刃により勢い良く切断されてしまったのだ。
一旦は後退した白いロボットであったが、それ以上は引かずに邪鬼王の様子を伺っている。
邪鬼王もまた、相手に追い討ちをかけようと崩れかかった下半身と、それに随伴する機械のコード類を引きずって前に出る。
「おやじ! あのロボット下半身が!」
「時間が無かったのじゃあ!
 邪鬼王はまだタマゴから出るのは早すぎたのだ~!!」
「おやじさん! あのロボット邪鬼王って言うんですか!?」
「あなた! 発明はしっかり完成させてから見せるって言ってたじゃないですか!」
邪鬼王の足下あたりにいる島本家と弾が流石に危険だと感じ、白式をそこまで降下させる。
何かあれば現在のエネルギーでも5人を移動させるだけなら可能だろうと判断した為だ。
その間にも白いロボットと邪鬼王は互いに詰め寄って行く。

 

両腕の無くなった白いロボットはそのままの頭から邪鬼王に突っ込む。

 

バキッ!

 

と激しい音を立てて巨大ロボット同士が衝突する。
邪鬼王は胸元から受けとめるように迎え撃つが、その衝撃で下半身からまるで血液のようにオイルが流出し、機械の軋む音が響く。
「ギャォオオオ!!」
苦しむかのように吠えた邪鬼王は、その左腕の爪を立てて白いロボットの背中へ突き刺す。

 

ガギャン!!!

 

凄まじい音と共に白い装甲に爪が食い込む。
そして右腕を白いロボットの腹部へ持っていき、そのままの状態で持ち上げ始めた。
白いロボットの巨体はグイグイと引っ張られ、両足は地面から離れる。
ついには頭部が逆さまになった状態で完全に持ち上げられてしまった。
しかし、こうしている間にも、その重みで邪鬼王の下半身からはオイルが噴き出し、今にも潰れそうになっている。
そのままの姿勢を続けるのが流石に苦しくなったのか、邪鬼王は白いロボットを前方へ放り投げる。
放り投げられた白いロボットは、民間家に直撃し、家はその衝撃で全開した。

 

その際、夜の営み中であったのだろう全裸の男女二人が
「ひぇ~」
と叫びながら布団と共に吹き飛ばされていったが、センサーを見る限りどうやら命に別状は無いようだ。

 

「なっ なんだあれは!!」
「きゃあ!」
周囲から何処と無く声が聞こえる。
白式のセンサーを稼動させると地域住民が騒ぎを聞きつけ此方に向かっているのが分かった。
野次馬精神たくましいのは構わないが、危険である事には変わりない。
しかしそれでも見に来てしまうのが人の性なんだろう。
「なんだ。なんだ」
と島本家付近に野次馬がどんどん集まってくる。
そのうちの一人、白い頭巾をかぶった眼鏡の男がこちらに寄って来た。
「奥さん。これは一体何事ですかい!」
「あっ みなさん夜分お騒がせしてすいません」
すぐ近くで巨大ロボットがプロレスさながらに組み付いては投げを繰り返している中で、お母さんはいたって冷静に近所の皆さんに頭を下げていた。
「壊した分は全部弁償しますので…」
そういったお母さんの言葉に、先ほどまで不安そうだった住人の顔色は一気によくなり活気を取り戻す。
「おお!!
 金持ちの島本さんが保証してくれるんだ!
 俺たちも応援しようぜ!」
「よかった。 ウチは建て替えようかと思ってたのよ」
などと、事の緊急性を全く理解していないか、地域住民は只で修理費を出してもらえることに歓喜の声を上げていた。
って言うか、まずは巨大ロボットに驚くのが先だろうに、俺の方が可笑しいのか?

 

すぐ近くで繰り広げられる巨大ロボットプロレスに動きがあった。
白いロボットの目と思われる中央のレンズが回転しながら勢い良く飛び出す。

 

ギャンッ!!!

 

と音を立てたそれは、邪鬼王の右肩の付け根に突き刺さり、ギュルギュルと抉る様にさらに回転を加える。
邪鬼王は伸びた突起を両手て掴んで引き抜こうとするも叶わず、突き刺さった部分からは大量のオイルがこれまた血液のように噴き出していた。
「いいぞやっちまえ!!」
「悪人をやっつけちまえ!!」
そう言っているのは地域住民の皆様である。
「あ、あのー
 今やられてるほうがウチのロボットなんですけど~」
ホホっと申し訳なさそうに説明するお母さんであったが、無理もない話しである。
ぶっちゃけ、邪鬼王の方が悪役らしい容姿をしているからだ。
それを聞いた地域住人も
「え?」
といった反応をしているが、それも当然だと思う。

 

「ダメだ! 腰と胴が崩れてゆくよ! 邪鬼王!」
そう叫んだ先輩の声を聞いて振り向くと、右肩の付け根に突き刺さった突起物を何とか引き抜いて体勢を整える邪鬼王の姿があった。
その下半身は元々不完全であった足が今は機械の塊が歪に積み重なっただけのような状態になっている。
そんな邪鬼王にトドメを刺すつもりか、白いロボットの胸の装甲がギギッと音を立てて開く。
あれは、本日三度目に拝むこととなるミサイル砲だ。
この至近距離でまともに受ければ、化け物のような邪鬼王でもひとたまりも無いだろう。
しかもその巨体故、ISのように機動を活かして回避することなどは期待できない。
まさに王手をかけられた状態である。
そんな時、島本博士が先輩の方へ詰め寄る。
「瞬! 邪鬼王はお前の命令なら聞く!
 奴の攻撃を避けるんだ!」
「俺の命令を聞くとはどう言う事だ!」
島本博士の言う事を理解できない先輩は逆に島本博士に詰め寄った。
「細かい説明は後だ! このままではやられるぞ!」
「まさか、ジャッキを…」
「え!? 先輩! まさか、あれがジャッキですか!?」
弾は何かを閃いたように先輩に問いかける。
ジャッキ… はて、何処かで聞いた様な。

 

ガシュンッ!!!

 

ミサイル弾が砲身にセッティングされる。
それが発射されば邪鬼王も一間の終わりである。
「邪鬼王逃げろ!!」
先輩は大声で邪鬼王に回避するように命令する。

 

ドクンッ!

 

(ッ!? まただ!)
先ほどセンサーが感知した鼓動が再度耳を付く。
音源は同じく邪鬼王からである。

 

「ジャッキ! 奴の正面に立つな!!」

 

ドクンッ!!

 

鼓動はより一層強くなる。
邪鬼王は一瞬此方を、いや、先輩をその左目のレンズで捉える。
その目は何かを確認しているようにも見えた。

 

「邪鬼王飛べ―!!!」

 

バクンッ!!!

 

猛烈に激しい鼓動が鳴り響く。
「グワォオオオオオオォオオオオ!!!」

 

ドワッ ドスッ ドドドドドドッ!!!

 

邪鬼王は白いロボットに向けて飛び掛った。
それと同時に白いロボットの胸部からミサイルの雨が高速で射出され、邪鬼王の足の部分をほぼ全部吹き飛ばしてしまったが、邪鬼王の勢いは止まらなかった。
そのままの勢いに任せ、白いロボットの頭部に大口を開けて噛み付く。

 

グチャッ ベキャッ! ギュチャッ! ブリブリッ!

 

その光景を見ていた人間全員が固まってしまった。

 

バリッ ベキッ グチャグチャッ ベキッ バリバリッ

 

機械が千切られ、潰され、そこからオイルが噴き出し、湯気を上げる。
「喰っちまってる。」
たはは… と苦笑いした先輩の言うとおりである。
邪鬼王は白いロボットの頭部を噛み砕き、まるまる引きちぎり、動かなくなったロボットを捕食し始めたのだ。
「ヒッ…」
「ああ…」
先ほどから歓声を上げていた地域住民たちも、目の前で起きている惨状をただただ呆然と見守るだけであった。
それでも邪鬼王は捕食を止めなかった。
両手を上手に使い、白いロボットのパーツを引きちぎっては口に運び、その凶悪な口でグチャグチャと音を立てて貪る。
その口からは白いロボットのオイルが爛れ落ちており、さながら悪魔の食事である。

 

バシュンッ! ドーンッ!

 

ある種の静寂に包まれたこの状況を引き裂くが如く、上空からビーム砲が強襲し邪鬼王に直撃した。
「ギャオォオオン!!」
邪鬼王は突然の強襲に対応しきれず、ビームが直撃し爆ぜた左肩を庇うように右腕を添える。
そして、そのビームを射出した存在がいるであろう上空を仰ぐと、そこには両手の掌の咆口をこちらに向けた無人ISの姿があった。
先ほどの戦闘ですっかり忘れられていたが、どうやら邪鬼王と白いロボットとの戦いの成り行きを見守っていたようである。
そして、邪鬼王に攻撃を仕掛けたと言う事は、対象を敵と見なしたと言う事である。

 
 
 

バシュンッ! バシュンッ!

 

無人ISよ放たれる無数のビーム砲により、邪鬼王の装甲は次々と爆散していった。
それによりいたるところから大量のオイルが噴き出していく。
「やべぇよ邪鬼王!なんとかなんないのか!」
先輩はそういって邪鬼王に現状を打開するように命令するも、邪鬼王はただただ無人ISを見上げるのみであった。
「先輩!あの邪鬼王ってロボット。飛び道具は持ってないんですか?」
弾が先輩に問いかける。
飛行する無人ISに対して接近戦を挑まないところを見ると、邪鬼王は飛行能力を有していないと考えられる。
しかしそれでは強力な射撃武器を持つ相手にとって格好の餌食である。
「俺が知るわけねぇだろ! おやじ、どうなんだ!?」
次は先輩が島本博士に問いかける。
「造ったわしが言うのも何だが知らん!」
博士からは素晴らしい返答が帰ってきた。
自分が造っておいて知らないというのはどんな製造の仕方であろう。
やはり天才は一つの二つも常人の頭のつくりが違うのだろうか…。
そんな事を考えている時にも無人ISの攻撃は止む事は無く、邪鬼王はもはや足の形状すら保てて居ない下半身と両上肢をフルに活用して攻撃を回避していった。
それも完全ではなく、ビームの掠めた所は機械の内部が露出し、直撃した場所は大きな穴が開いた。
「【零落白夜】待機モード… 行くぞ!」
言うと同時に白式を地面から50cmほど浮かせて突撃の体勢をとる。
「一夏!? お前まさか!?」
それにいち早く気付いたのはやはり弾であった。
無人ISが邪鬼王に集中している今ならば、攻撃する隙は十分にある。
先ほども黒いロボットに仕掛けようとしていた作戦を、無人ISへ仕掛けるのだ。
「一夏!? 無理すんな!
 これだけの騒ぎだから政府も他のISを出動させてるはずだ!」
弾は俺を止めようとしたが、返答せず島本家の方を向く。

 

そこには、邪鬼王に命令する先輩と島本博士の姿が。
その後ろで必死に応援する先輩の妹の姿が。
さらにその後ろで心配そうに見守るお母さんの姿が。
島本家全員が、邪鬼王の事を大切に思っている事が分かる。そして。
「先輩の家の犬…なんですよね。あれ」
そう言った俺の言葉に島本博士と先輩が反応する。
「俺、弾からこの家の話を聞いてたんです。
 そしたらジャッキって言う元気な犬が居るって…」

 

話の途中で邪鬼王の方を見る。
未だに無人ISの攻撃に対し、防戦一方であるがなんとか持ちこたえている状態である。
(凶暴だとは聞いてたけど、あれは凶暴ってレベルじゃねーぞ!!)
と心の中で思ったが、今は口に出すのは止めておこう。
「目の前で家族を失わせるわけにはいきませんから!」
それだけ言って、再び目線を上空の無人ISへと向ける。
この白式は誰かを守る為に千冬姉から授かったようなものだ。
目の前の家族を守れずに何を守れるって言うんだ。
そう自分自身に言い聞かせてさらに集中する。
チャンスは一度っきり。外せば俺も邪鬼王も助からない。
一瞬だけ目を閉じて一呼吸すませる。

 

ドクンッ!

 

(ッ! また?)
今回で三度目の鼓動を耳にし、音源と思われる邪鬼王の方を見る。
邪鬼王は未だに攻撃を防ぐことに専念していたが、一度だけその巨大な左目のレンズと視線があった。
それは一瞬ではあったが、何かを伝え合うような、意思疎通が図れたような感覚を受けた。
そして特に根拠も無くこんな考えが頭に浮かんだ。
「相手の体勢を崩せればいい…」
何故かはわからない。
ただ確かにそう感じた。
本来なら疑うべきその直感ともいえる何かを、不思議なことに今は信じることしかしなかった。
「行くぞ…」
そういって白式に全意識を集中させ、突撃の構えをとる。
目標は、上空の無人IS。

 

白式は残るエネルギーを振り絞り瞬時加速を作動させた。
世界が一瞬スローモーションとなり地面から上空に向けて急加速した。
気付けば雪片弐型の間合いに無人ISの姿があった。
「うおぉぉぉぉぉぉおおおおっ!!!」
持てる力全てを振り絞り、【零落白夜】を発動。
そのエネルギー刃を無人ISに叩きつける。
(やった―?)
そう思ったのは一瞬であった。

 
 

無人ISは寸前のところでバーニアを作動させ、体勢を崩しながら此方の攻撃を紙一重で回避した。
作戦は失敗である。
エネルギー刃を失った雪片は粒子となって消えた。
これは【具現維持限界(リミットダウン)】だ。
つまり、エネルギー切れによりISの武装展開が出来なくなった証である。
そして、実戦でそのような事に陥れば、それは死を意味する。
しかし、それでも絶望は無かった。
やれるだけの事はやった。悔いが無いといえば嘘になるけど、精一杯やったさ。
スローモーションに写った視界に無人ISの掌の咆口が此方に向いているのが見えた。
(千冬姉、箒、凛、セシリア… ごめん)
この世との別れを覚悟した俺は、学園で待つ皆に心から謝罪した。

 

ボンッ!!!

 

そんな俺の目の前で信じられない事が起きた。
先ほどまで此方を狙っていた無人ISの上半身が急に爆ぜてしまったのだ。
そしてそこから長い、鋭利な突起状の何かかが伸びているのが分かった。
多分にそれは、無人ISの後方から高速で飛来し、無人ISの上半身ごと貫いたのだろう。
ともかく、こうなってはいくらISといえど機能するはずが無く、下半身だけとなった無人ISはそのまま落ちていった。
地面に叩きつけられて粉々になる無人ISを最後まで見届けると、次は先ほど飛来した鋭利な突起状の物体が何処から来たかを探る。

 

物体の先端はまだ空中に静止している。
そしてそれに沿って下へ下へを目線をやると、そこには邪鬼王の姿があった。
「すげぇぜ邪鬼王!!!」
先輩はボロボロになっている邪鬼王へ駆け寄っている。
それについて行くように島本博士が、弾が同じく駆け寄る。
ボロボロになった邪鬼王からは臀部辺りと思われる部位から巨大な長い物体が生えていた。
それこそが飛来した突起状の物体なのだが、それはまさしく尻尾であった。
つまり、邪鬼王は白式の攻撃により体勢を崩した無人ISを地上から狙ってその巨大な尻尾で打ち貫いたと言う事である。

 

無人ISのシールドを突破して。

 

付け加えるなら、此方の攻撃する意図を邪鬼王が理解しており、それに合わせて攻撃を行なったと言う事である。
「じゃあ、あの時頭によぎった事は邪鬼王が…?
 いや、それよりここまで正確に攻撃を当てられるなんて…」
邪鬼王の行った事に対し、様々な憶測と関心が頭の中を埋め尽くしていったが、目の前の尻尾の先がくねくねと動いているのに気が付いた。
まるでそれは手招きをしているようにも見える。
誘われるようにゆっくりと近づきなんとなくそれに手をかける。

 
 

ブンッ!

 

不意に身体の力が抜ける感覚が過ぎった。
身体の回りを守っていたボロボロの装甲も光の粒子となって消え、今は元着ていた衣類に戻っている。
つまり、飛べなくなってしまったのだ。
「うわっ!」
急に重力を感じた身体はそのまま落下していったが、ちょうど邪鬼王の尻尾に添えていた手を踏ん張りなんとかぶら下がる事が出来た。
まさに間一髪である。
そんな俺を気遣うように邪鬼王はゆっくりと尻尾を地面に下ろして行く。

 

地面に足が付いた時は周囲を弾と島本家に囲まれる形になっていた。
「やるじゃねぇか一夏! ISも噂以上だぜ!」
そういって先輩は肩を組んで礼を言った。
正直、戦いでボロボロになった身体にはしんどかったが今は甘んじて受けようと思う。

 

そして俺も礼を言わなければならない相手が居た。
今回の戦いでの相棒とも言える存在。

 

凶悪な容姿からは想像もできない優しい心を感じる巨大ロボット。

 

その名を邪鬼王という。

 

「邪鬼王。 ありがとうな」
「キュィン!!」
ボロボロになった身体を引きずり、俺たちはお互いの健闘を称えあった。

 
 
 
 

「つまり、ISがIS以外の機体により墜とされたと!?」
銀髪の髪を揺らした少女は、報告書を持ってきた年は二十台前半ぐらいの女性に詰め寄る。
「そのようです。
 ISそのものはどの国にも属さないアンノウン機ではありますが、
 報告書を見る限り、第三世代ISと同等かそれ以上のスペックであると考えられます」
淡々と述べる女性の言葉に、左目に眼帯をしている少女は苦虫を潰したような表情で聞き入っている。
「これで世界がまた大きく動くことになりそうですね」
「もういい!」
二十台前半ほどの女性の言葉を遮り、少女は不機嫌そうに着替えだした。
その服は、軍服である。
「どちらにせよ、私があそこへ行くことに変更は無い。
 それに、もし、もし例のそれが私の邪魔をするようなら…」
そう言って少女は右目の赤い瞳で空を睨みつけた。

 
 
 
 

ピピッ
通信機にメールが届いた知らせを告げるアラームがなる。
「何だろ? 追加指令?」
通信機を手にとって内容を確認しているのはブロンドヘアの少年である。
少年はメールの内容を黙読で確認し、その詳細を頭に入れていった。
「ISをも越える兵器が誕生した可能性あり、男性ISパイロットのデータと一緒に可能ならばその件の情報を収集しろ、かぁ…」
ため息をつきながら通信機器を机に置き、さらに深いため息を付いた。
「指令が増えた所で【私】に何があるってわけでもないし…」
そう言って少年は窓から望む空を見上げる。
「何が変わるってわけでもないしさ…」

 
 
 

                          続く