彼女は泣き叫んでいた。文字通りに。両目から涙があふれ、声は金切り声だ。
さらに手足をじたばたさせている。バグった格闘ロボのように、または駄々をこねる幼児のように。
B女「あーーーっ! やってらんない! もうムリ!」
文化祭の小道具を彼女に任せたのは失敗だった、とクラスの全員が思っているはずだ。僕も含めて。
彼女の手元には炭酸飲料のボトルがあり、彼女の周囲には砂利が散らかっている。
つまり彼女が作っていた小道具とは、ボトルに砂利を半分くらい入れたもの、なのだ。
C女「だ、大丈夫だよ Bちゃん、私も手伝」
クラスメイトが言い終わる前に、B女は飛び上がるように立ち上がった。教室のドアを駆け抜け、その勢いのまま廊下に飛び出し、曲がりきれずに壁に激突した。彼女は一瞬ひるんだが、次の瞬間には再び最高速で走っていた。廊下の端まで走り、階段を転がり落ちた、ようだ。音から推測すると。
僕は教室を出て、彼女を探して歩いていった。
ようやく彼女を見つけたのは、校庭をはるばる対角線で横切った反対側だった。
彼女の後ろ姿から、泣いているのがわかった。
両手の指は噛みつくようにフェンスを掴み、肩が嗚咽に合わせて上下している。
僕が横から近づいても、彼女の姿勢は変わらなかった。
背を丸め、歯を食いしばり、目をきつく閉じている。
歯の間からは、フォークで皿をひっかいたような声がもれる。
目からは涙。
数分経過。話ができるようになった。
B「そうだよ、どうせ私は DDD だよ。これが平成文学の世界なら、ドジっ娘って呼ばれてチヤホヤされたのに。現代じゃ病人扱いだよ。小学校では保護学級に隔離され、普通学級に出てきたら基地害ってイジメられ、担任にも見放されて。薬も飲んだけど効きゃしない。」
DDD、そうだ、彼女の行動について調べるうちに、僕もその病名に行き着いたんだった。
Dexterity Deficit Disorder。
DSM-7 で定義された、国際標準に準拠した、れっきとした精神病だそうな。
彼女の足元を見ると、上履きのままだった。
A男「履き替えもせずに走ってきたのか。そんだけ不器用なら、陸上部のシューズはどうしてるんだ?」
B「紐じゃなくてテープだよ、文句ある?」
彼女の走りでも脱げない粘着力。すると、文具やカバンに使うものとは違う材料かもしれない。
A「その走りなら短距離向きかと思うんだけど、違うんだな。」
B「そう、中距離。体質的には長距離向きなんだって。」
A「何度か競技を見たけど、すごいよな Bって、最初から最後まで先頭だもんな。」
B「けっこう負けるけどね、後半に失速して。はじめのうちは先生も、ペース配分を考えろとか、スタミナを残せとか、いろいろ言ってたんだけど、そのうち諦めたらしい。」
そんな話をしていたら、彼女の涙はすっかり乾いた。