安楽病棟

Last-modified: 2009-10-14 (水) 15:15:23
 

帚木蓬生 『安楽病棟』 新潮文庫

 

お地蔵さんの帽子と前垂れを縫い続ける女性、気をつけの姿勢で寝る元近衛兵の男性、
異食症で五百円硬貨がお腹に入ったままの女性、自分を23歳の独身だと思い込む女性など、
様々な症状を抱える老人たちが住む老人施設。

 

この医療現場で安楽死についての考えを対立させる医師と看護婦。
その渦中で、次々と不自然なまでに老人たちが急死していく。
その意味と意図を、新人看護婦が目撃していくという内容。

 

終末医療の現場での安楽死を行う医師と、その医師に対立する看護婦の行動に焦点を当て、
そこから問題提起を促す医療ドキュメンタリーの体も併せ持ったノンフィクション風ミステリ。

 

著者は精神科医でもあり、実際に医療の現場に長く携わってきただけあって、終末医療現場の拭えない重苦しさや、
それに向き合う患者の心理状態、見舞いにきた家族の言葉。
そして、それらの人々がいない所でしか見せることのできない、医療スタッフたちの本心などに圧倒的なリアリティを感じさせる。
だが、そのような今どこにでもある病棟や施設で、本当に起こっているかもしれない、
安楽死や終末医療の問題という真摯で重々しい内容を、時には恋愛小説要素であったり、
心和ませるエピソードを挿入することでバランスを調節し、読者を飽きさせないように工夫してある。

 

だがしかし、おそらく作者が本当に書きたかったのは前半に書かれているこの上記の部分、
医療ドキュメンタリー風の部分であり、ミステリ要素はあくまでおまけでしかなかったのだろう。
後半残り4分の1ほどになって浮上してくる殺人の疑惑、ミステリ的な展開が、
前半約400頁にわたって描かれたリアリティー溢れる内容と、あまりリンクしていないように思える。
安楽死に関する問題提起として書かれているのだと思うが、それにしては殺す対象が不自然だと感じた。

 

ミステリという形体をとってはいるが、
作者が描きたかったものは前半のヒューマンティックなノンフィクション風部分なのだろう。

 

担当者 - A