象と耳鳴り

Last-modified: 2009-10-13 (火) 23:17:49
 

恩田陸 『象と耳鳴り』 祥伝社文庫

 

元判事の関根多佳雄とその息子の春(検事)、娘の夏(弁護士)が主人公の連作短編集。

 

表題作の「象と耳鳴り」では、多佳雄が立ち寄った喫茶店で「象を見ると耳鳴りがする」と語る老婦人と
彼女の幼馴染である喫茶店の主人の話を聞き、婦人が少女時代に遭遇したという事件の謎を解き明かしてゆく。

 

その他、日常のふとした会話や出来事、何気ない謎掛けなどをきっかけとした短編が全部で12編。
その全てが面白い、というわけではないが作品ごとにそれぞれ惹かれる部分がある。
特に渋谷の駅前や薔薇園などの情景描写は、視覚と聴覚そして嗅覚がその文章によって繋がって膨れ上がり、
情景が自動的に脳内で再現されていくようで印象深い。

 

そしてもうひとつ、収録されている一部の作品にみられる特徴がある。
それは推理小説にもかかわらず作中で真実が語られないことである。

 

関根多佳雄は事実を推理する。しかしたどりついた事実は証明をしなければただの憶測でしかない。
その証明が成されないまま終わる物語がこの『象と耳鳴り』にはいくつかある。
だが答えが証明されることなく幕を閉じる物語でも何故か不快感はなく、むしろ良い余韻が残ったように思えるのだ。
どことなく漂う幻想的な雰囲気のためかもしれない。

 

機会があれば一度、関根一家の日常の推理に耳を傾けてみては如何だろうか。

 

担当者 - ドクマムシ