383 名前: (01/05)(I377/ICE) 投稿日: 2003/06/22(日) 15:59 [ eQT42RAM ] 祭りが過ぎ去ったあとの通りは、あまりにも寂しい風が吹いていた。 それは、全国のしぃが馳せ参じるマターリ・パレードである。 もう10年も前のことだったろうか。しぃの権利が認められ、虐殺が 禁止されたあの日から、毎年のように催されているのだ。 「やっぱりしぃちゃんはかわいいね!」 「うん!」 「しぃタン(*´∀`)ハァハァ…」 かわいいしぃちゃんの行進が目当てで集まった女子供やしぃヲタは、 幸せそうに各々の家へと散っていくが、私は違った。口惜しさのあまり、 左の頬が痙攣する。 -本当なら、俺が、この場所で、行列を止めてやるはずなのに…。 「やぁ、モナ部さん」 ふと聞こえた親しげな声。それは棍棒職人のモラ田さんだった。 今でこそ、法の鎖に縛られ、俗世からは忘れ去られた虐殺文化で あるが、それが隆盛を極めていた頃は、彼も有力な「職人」の一人 だった。「モラ田棍棒が潰したしぃの肉体は1000㌧」。よく、そう言わ れていたものだ。 私の彼に対する畏敬は、今でも変わらない。きっとこれからも。 384 名前: (02/05)(I377/ICE) 投稿日: 2003/06/22(日) 15:59 [ eQT42RAM ] 「モラ田さん!」 「ははは、久しぶりですね。-しかし、ああやってしぃがのさばってる のは、なんか切ないもんがあるねぇ」 モラ田さんは私と違い、今のしぃたちの姿を憂いを持ってみている ようだった。しかし同じ時代に生きた者同士だ、話が弾まぬはずがない。 「ま、こんなところで立ち話も何だし、久しぶりにウチに来ませんか。 駄菓子くらいはご馳走しますよ」 こうして私たちは、モラ田さんのかつての仕事場へ歩き始めた。 「ところで、あんたはちゃんとした仕事には就けたかい?」 「ははは、何とかね。もちろん履歴に『虐殺公会堂でアルバイト』なんて 書きませんでしたが(w」 始めはただ殺すだけだったが、やがて爽快感を求める者、ひたすら 残虐さを追求する者、あるいは性的な要素を含める者が現れた。人々 はそんな彼らを褒め称え、歓声を送った。ミュージシャンのコンサートの ような感覚だったことを覚えている。 私は、そんな彼らを支えるべく、照明やセット、死体処理のアルバイトを やっていたのである。仕事柄、彼と顔をあわせる機会があったのだ。 385 名前: (03/05)(I377/ICE) 投稿日: 2003/06/22(日) 15:59 [ eQT42RAM ] 引き戸が乾いた音で鳴く。最初に感じたのは、かび臭く、懐かしい匂い。 100ドキュソの値も付かない、質素な駄菓子が所狭しと並べられていた。 モラ田さんは、その中におもむろに手を突っ込むと、ぼろぼろに砕けた 煎餅を鷲づかみにして、「あれから、こんな商売でコソーリとやってるんですよ」。 くずかごへと舞った包み紙は、空中で翻って床に落ちた。彼の語勢の 弱さに呼応したかのようだ。 -虐殺棍棒を作っていた人が、今では駄菓子屋のおじさんに成り下がっ たのか…。 そのギャップは、笑うに笑えないもので、リアクションに戸惑う。それを ごまかすために手渡された煎餅を開けた。 「ははは、笑っちゃってくださいよ」 「あ、あははは…」 「あのね、午後3時ごろ、近くのチビギコらが来るんですよ。 『オジサン、コレチョウダイデチ!』って。ま、それは慣れたんですがね。でも奴ら、 もう『あの日』を知らない世代じゃないですか。だからほんとにわがままな わけですよ」 モラ田さんは、もう一枚の煎餅を手でぽきぽきと砕きながら続ける。 心なしか、声がひっくり返っている。 386 名前: (04/05)(I377/ICE) 投稿日: 2003/06/22(日) 15:59 [ eQT42RAM ] 「生意気なだけなら構わんですけどね。万引き…いや、堂々とただ食いを しやがるんですわ。注意すりゃ、『ボクタチハホウリツデマモラレテルンデチ!!』だもん」 「警察に突き出すとか…しなかったんです?」 「ああ、そりゃぁしたよ。でもなんか、警察の人もまともに取り合ってくれな いんでね。そのくせ、一発お見舞いしてみりゃ、10分後には警察が血相変 えてすっ飛んでくるわけですよ」 「チビギコでその様子じゃ、しぃなんか酷いでしょうな」 私は何気なく口を開き、その直後後悔した。珍しく饒舌なモラ田さんが、 更に能弁になってしまった。 「ああそれはもう!! 言うまでもないけど、例のマヌケな歌ですよ…」 私は舌打ちを隠すように、床に舞い落ちた紙くずを拾い上げた。改めて くずかごに放り入れる間も、モラ田さんはいろいろと喋っている。 「世の中は間違ってますよ…。こんな悪法がまかり通るなんて」 私は、モラ田さんの息が切れた隙を狙って言った。この一言で、彼の演説は ぴたりとやんだ。結局、そのことが言いたかったのだろう。 「そうだねぇ…」 「僕らが元気だった頃は、チビギコやしぃが法律で保護されるなんて、考えも しなかったですね。でも…」 ため息と静寂な空気が店内に流れる。木材の匂いも、錆の匂いも、既に褪 せてしまっている。 -ここは棍棒職人・モラ田の仕事場ではない。駄菓子屋なんだよな。 388 名前: (05/05)(I377/ICE) 投稿日: 2003/06/22(日) 16:06 [ eQT42RAM ] バタン! 「オヂタン! マタキタデチ! ヒットポイントガ カイフクスルヨウナ オカシ ウレデチ!」 わんぱくなチビギコが、仲良しのちびしぃをつれて店内に押し入る。 押さえ切れない衝動に、私は床を蹴ろうとする。だが、優しげなおじさんの 声が、私を正気に戻した。 声の主は、モラ田さんだった。 「オヂタン! チビタンハ オコズカイ ナイカラ マケロデチ!」 「そうだね~じゃぁ10円の飴を5円にしてageようか」 私は、『接客中』のモラ田さんに背を向けると、開けっ放しの引きとへと歩き 始める。こんなモラ田さんを見ていられない。 あと1歩で、その店から出られるという時、モラ田さんの声が聞こえた。 「モナ部さん、祭りは終わったんですよ」 「素直に、時代は変わったって言えばいいじゃないですか」 喉まで出かけた言葉を飲み込んで、私は逃げるように店を後にした。人の ことは言えないと、分かっていたから。 「モット イイモノハ ナイデチカ!?」 「シィタチハ アマクテ コウキュウデ ヤワラカイモノシカ タベナイヨ」 「はいはい、しょうがないな~」 祭りが過ぎ去ったあとの通りは、あまりにも寂しい風が吹いていた。 糸冬