162 名前: momo (Wtzjm/vk) 投稿日: 2003/12/07(日) 00:01 [ K5uvEWNU ] 「 ~一億年間~ 」 「シィィィ・・・ モウオカネナイヨォ・・・ オナカスイタナァ・・・」 一匹のしぃが愚痴をこぼしている。 実はこのしぃ、度重なる豪勢な買い物のせいで、激しい金欠病に陥っていた。 バイトをやってはみるものの、自身が飽きっぽい性格の為、どのバイトも長続きしないでいた。 「ドコカニ イイバイトナイモノカシラ・・・・・」 そう言って、仕事斡旋情報誌に無駄な努力とわかっていても目を通すのである。 それが日課となっていた。 そのしぃの名はしぃ美。この日も、いつもの如く既に飽き飽きとした日課を行っていた。 「ハニャ!?」 すると、一行の記事が目に止まった。 それは、しぃ美にとって、天から零れ落ちたような話であった。 ・・・・・非常に簡単!簡単な作業で、現金100万円が貴方の元に!・・・・・ 「ナンカ チョットアヤシイワネ・・・」 しぃ美はそう思いつつも、そこに書かれている電話番号に電話をして見る事にした。 「モシモシ! アルバイトノキジヲ ミタモノデスガ。」 「はい、こんにちわ。営業担当のモラ則です。つきましては、ご説明会を行いたいと思いますので、XX広場までご足労 願えませんか?」 「ワカリマシタ! ドンナアルバイトナンデスカ?」 「その事に関しましても、説明会できっちりと説明致しますのでご安心ください。では、お待ちしてますね。」 「エ? アノ・・・・」 そう言うと、電話はガチャリと切れた。 しぃ美はその対応に些か疑問を覚えつつも、指定された場所に向かってみることにした。 その場所には、もう一匹のしぃがいた。どうやら同じ情報誌を読んできたようである。 「コンニチワ! アナタモザッシヨンデキタノ?」 「ウン! デモ100マンエンッテ スゴイヨネ! ナニカオウカナ・・・・」 そのしぃの名前はしぃ瑠と言うそうである。二匹のしぃは出会いの印にダッコをかわすと、モラ則の到着を待った。 数十分後、手に小型の妙な機械を携えて、モラ則がやってきた。 「こんにちわ、今回はあなた方二人だけのようですね。では、さっそくですが、仕事の説明をさせて頂きたいと思います。 今回、わが社が開発した、ある機械があるのですが、お二人には、その機械の実験台になってもらいたいのです。」 163 名前: momo (Wtzjm/vk) 投稿日: 2003/12/07(日) 00:01 [ K5uvEWNU ] 「ジッケンダイ?? イタクトカハ ナイヨネ・・・・」 「ご心配なく。なんの苦痛も『与えません。』なにも怖がることは無いのですよ。」 見たところ、その小さめの機械には、アースノーマッドのような形をしていて、中にかなり複雑な機械がそのスケルトン 状の胴体から見えている。 上の突起には小さな赤いボタンがついている。 しぃ美は、得体の知れないその機械に、少々の不安を覚え、さらに質問を続けた。 「ソノ ボタンヲオスト ドウナルノデスカ?」 「いい質問ですね。それが今回の仕事で一番重要な事なのです。実は、このボタンを押すと『何も無い空間』に飛ばされ ます。意識だけが飛んだ状態なので、もちろん死ぬことはありません。餓死することも、事故死することも。その空間 で、『一億年間』何もせずに、何もしなくて良いです。ただ、其処にいさえすれば。無論、途中でやめる事は出来ません。 そして、一億年経ち、帰ってくるときに特殊な電波を使い、記憶はリセットされます。」 「イチオクネンモ・・・・」 「デモー、 イタクモナイシシナナインデショ! ワカッタ! シィルヤッテミル!」 「わかりました。では、この機械の上のボタンを押してください。」 「ハーイ!」 しぃ美はしぃ瑠の行為が少し無謀に見えたが、本人が決めたことなので、黙ってみていることにした。 「コノボタンヲ オセバイイノネ・・・」 しぃ瑠の指が、突起上のボタンに掛かり、そのボタンがしぃ瑠の指の圧力によって沈み込んだ。「カチリ」 パチッ 乾いた、電流の音が響いた。しぃ瑠は一瞬目をパチクリさせ、 「アレ? ナンナノ? イマノ」 と、何が起こったのかわからないままでいた。 もちろん、しぃ美にも。この実験をやらせたモラ則を除いて。 164 名前: momo (Wtzjm/vk) 投稿日: 2003/12/07(日) 00:01 [ K5uvEWNU ] 「はい、お疲れ様でした。お約束の100万円です。お受け取りください。」 「エー! イマノデオワリ? ラックチーン! モウイッカイヤロット!」 「ええ、何回でも結構ですよ。どうぞどうぞ。」 「カチリ」 パチッ 「ン? アレ? オワッタ?」 「はいはい、お疲れ様。100万円です。お受け取りください。」 「ヤッタ! ホントーニイイノカナー コンダケデ100マンモラッチャッテ♪」 しぃ美はこのやりとりを見ていて、そんな危険でも無いのだろうと言う考えを持った。 そして、しぃ美も、モラ則に決心を打ち明けたのである。 「アノ・・・ ワタシモヤラセテクレマセンカ?」 「ええ、いいですよ。それではこのボタンを押してください。」 「ハイ」 しぃ美は突起上の赤いボタンに指を当てると、そのまま押し込んだ。実に軽い気持ちで。 「カチリ」 パチッ 一瞬、頭の中で静電気が鳴ったような感覚を覚えた。刹那、しぃ美は『何も無い空間』に立っていた。 足元は風呂場に良くあるタイルを大きくしたような物が敷き詰められている。 空は、ただ、白かった。何も無かった。それが永遠に、どこまでもどこまでも続いていた。 文字通りの、殺風景な地平線が果てしなく続いていた。 しぃ美は、一通り周りを見通した後、呟いた。 「コンナトコロデ イチオクネンモ クラスノタイクツソウダナ・・・」 しぃ美は、まだ『一億年間』という長さ、この空間の恐ろしさに、まだ気づいていなかった。 (続く) 235 名前: momo (Wtzjm/vk) 投稿日: 2004/01/03(土) 03:34 [ xLNM7l5. ] -何も無い空間に 放置され続けるという事 これに勝る 虐待は 無い。- >>164よりの続き しぃ美は、とりあえず暇を潰す為に簡単な遊びをやった。 足元のタイルの線を踏み外さないように歩いたり、タイルが何枚あるか数えたりもした。 しかし、20年もたつと、さすがに何もしなくなった。 「ハニャ・・・・ モウイヤダヨ!! コンナナニモナイトコロ! モウカエル!!」 しぃ美はこの何も無い、虚無の空間から逃げ出そうと、走り出した。何処へ行く当ても無く。 しかし、行けども行けども同じ景色。そのうち疲れて走ることも出来なくなった。 -無論、途中でやめる事は出来ません。- モラ則の言葉が頭に響く。しぃ美は、やっとこの空間の恐ろしさに、恐怖し始めたのである。 しかし、何もかも遅かった。 「ハニャーン!! ギコクンタスケテー!! ダレカイナイノー!!」 必死に空間の中で叫び続けた。喉が枯れるほど叫び、喚き、慄き、騒ぎ散らそうとも、しぃ美の悲鳴は闇に吸い込まれていく だけだった。 喉が枯れ、声が出せない。走り続けたのがいけないのか、足が痛くて動けない。 何も出来なくなってしまった。しぃ美は、ただ時間を何もしないまま過ごしていった。 236 名前: momo (Wtzjm/vk) 投稿日: 2004/01/03(土) 03:34 [ xLNM7l5. ] 空腹すらも感じない。便意も、眠気も、何も感じないのである。 死に直結する感情は全て閉ざされている。無論、死ねない為に。一億年間。 この空間に閉じ込められてから23年。しぃ美は幾度も後悔の念に晒された。 「ナン・・・デ・・・・・・オシチャ・・・ッタ・・・ノ・・カ・・・ナ・・」 既に後悔の念と助けを求める涙を流したせいで、涙は枯れ果てていた。 25年が過ぎた。 しぃ美の脳がゆっくりと閉じていく。常に、頭に薄い膜を貼ったような意識がずっと続いている。 既に、しぃ美にはまともな考えは浮かばなくなっていた。 「カエリタ・・・・アヒャヒャ・・・イ・・・ヒヒ・・・・ギコク・・・・アヒャヒ・・ヒ・・・・ヒ・・ン・・・ドウシテ・・・・シィハ・・ケケ・・・ケナニモ・・・ワワワルクナナイノニ・・・・ ワルククックッククナイノニニニニニニニニニニニニ・・・・・・・・・・・・」 そして、ついに閉じ込められてから100年の歳月が過ぎた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ズ・・・・・イブン・・・・・ナガイコト・・・・・・・・・・・・・・イキタ・・・・ワ・・・・・・」 -後、どれくらい、こうしていたら、良いんだろう?- 何度そう思ったことか。しかし、思うだけで、帰れる訳は無かった。 しぃ美は、また無駄で虚無の時間を、永遠とも感じれる・・・いや、既に永遠と感じれるほど、時間を感じてはいなかった。 脳が殆ど閉じていたから。 237 名前: momo (Wtzjm/vk) 投稿日: 2004/01/03(土) 03:35 [ xLNM7l5. ] そして、閉じ込められてから389年。 しぃ美は、既に考える事すら100年以上前にやめていた。 そして、閉じ込められてから621年が過ぎたある日・・・・・。 「・・・・・・ワタシ・・・シネナイノカナ?」 突然、そう思い始めた。そして、ありとあらゆる事をやり、自分の体を痛めつけ始めた。 自分の手を折り、歯を抜き、片目をくり抜き、足をもぎ、頭をかきむしり、頭蓋を削り、脳を救った。 しかし、苦痛も感じなかった。肉塊となっても、死ぬことは出来なかった。血も一滴も出なかった。 奇妙な事に、目玉をくり抜き、神経が切れてるのに、目は見えていた。床に落ちた目玉からは、床に落ちた視点が見えた。 血は血液の部分で止まっていた。脳みそを抉り出しているのに、思考はやけにはっきりとしていた。 しぃ美は悟った。 「・・・・・シヌコトモ・・・・デキナインダ・・・・」 そして、また考えるのを、やめた。また、虚無の時間が訪れた。 700年・・・・・ 800年・・・・・ 900年・・・・・ 1000年・・・・・ 2000年・・・・・ 3000年・・・・・ そして、3927年が過ぎたある日、欠けた脳漿にまみれながら、しぃ美はある事を思った。 238 名前: momo (Wtzjm/vk) 投稿日: 2004/01/03(土) 03:35 [ xLNM7l5. ] 「ワタシハ・・・・イッタイ、ナニモノナノ?」 そんな突拍子も無い事を思った瞬間、次々と疑問が洪水を如く溢れてきた。 「ココハドコナノ? チキュウノドコ? ドウイウトコロナノ? ワタシハイキテルノ? シンデルノ? モシイキテルトシタラ、ドウシテココニキタノ?」 そんな普段どうでもいい事を、次々と自問自答していった。 そして、それについて、徹底的に考えてみることにした。 というか、しぃ美は今の途轍もなく長い時間を少しでも潰せれば良かった。 自分で抜いた歯を鉛筆かわりにして、地面のタイルに自分の血を使って書いていった。 自分で疑問し、答え、書き、また考え、重い、また、書く。 それを次々と繰り返していった。何度も、何度も。 時間は、淡々と過ぎていく。一匹の雌猫の自問自答を見守りながら。 5000年・・・・・ 6000年・・・・・ 8000年・・・・・ 10000年・・・・・ 20000年・・・・・ 50000年・・・・・ そして、閉じ込められてから、ついに10万年が過ぎた。 しぃ美の考えは既に人智の及ぶ程では無い所にまで達していた。 239 名前: momo (Wtzjm/vk) 投稿日: 2004/01/03(土) 03:36 [ xLNM7l5. ] あらゆる自問自答、考えを巡らしていく内、自分の中の考えはどんどん飛躍していき、ついに物事のあらゆる法則、摂理、論理・・・ 何もかもが、しぃ美の・・・・いやしぃ族の貧相な脳でも、全てが理解出来てしまったのである。 とっくに、自分の歯は全て鉛筆として削り終えていた。体の骨を鉛筆代わりに使った。それも全て使い果たした。 しぃ美は、床をなめてへこましていった。途方も無い時間がかかった。しかし、しぃ美には時間という概念にたいする神経が 既に麻痺していたのだろう。何も感じなかった。一文字書くのに50年かかった。 そして、329万5689年が経過した時、しぃ美は宇宙を理解した。 しぃ美は既に麻痺している神経で、ほんのわずかな達成感を感じた。そして、また何も考えなくなった。 しぃ美は、残りの9670万4311年。空間と調和した。何も考えず、ただ、そこにいた。 -何もしなくて良いです。ただ、其処にいさえすれば。- 最後の意識・・・それはモララーの言葉だった。それを理解し、何も考えなかった。もう、何も。 全ての体の骨を削り取り、目玉は片方のみ。血管はむきだしになった状態で、何百万年も動いていた。脳の頭蓋は自分で鉛筆 がわりにし、無くしていた。そんな見るも無残になったしぃ美であったが、本人は苦痛に感じていなかった。 実際、苦痛を感じる感情は麻痺していた訳だが。 そして・・・・1億年経過。彼女は、元の世界へ、 還る。 パチッ -・・・記憶はリセットされます。・・・- 「・・・・ウワァ! ナニモシテナイノニ ヒャクマンエンガデテキタヨ! モラッチャッテイイノカナ? ナンダカワルイミタイ!」 「ええ、お疲れ様でした。お受け取り下さい。」 「シィミ! コンドモウイッカイヤラセテ♪ ワタシモウヒャクマンエンホシイノ!」 しぃ瑠は目を輝かせ、しぃ美に頼み込んだ。 240 名前: momo (Wtzjm/vk) 投稿日: 2004/01/03(土) 03:36 [ xLNM7l5. ] 「ウン! イイヨ。」 「ワーイ! ソレポチットナ♪」 パチッ 「ア・・・・・オモイダシタ・・・ ヤバイ! コノカンカク・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」 ~一億年 経過~ 「はい、お疲れ様。報酬をお受け取りください。」 「・・・・ウワァ コノキカイコワレテルヨ! ドンドンオカネ タマリマクリダヨw」 「ワタシニモ ヤラセテ! ヨーシ! イイコトカンガエタ♪」 「ソレ! ボタンレンダシテイッキニ カセグワヨ!!」 カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ!! パチッ 「ア・・・・・コノカンジ・・・・マズイ!! イマノナシ!」 叫んだが、時既に遅し。 一億年×16。 しぃ美は、途方も無い時間を折り返し16回繰り返す事になってしまった。 「シマッタ・・・・」 しぃ美は、ただ空間の中で、自分の愚行を悔やみ続けた。もっとも、その行動も10年たらずでやめてしまう訳だが。 (終)