変わらない日

Last-modified: 2015-06-19 (金) 00:08:20
727 名前: BDc(Z2kt9BDc) 投稿日: 2003/08/20(水) 00:44 [ LOC60EE. ]

 その日 ―‐ 昨日と変わらない夜。
 その日 ―‐ いつもと変わらない夜。

 僕は、"ママ"と一緒の布団の中で、明日も「変わらない日」を信じながら、
 眠っていた。

 僕は、生まれた時から、ずっと"ママ"と一緒だった。父親の顔は知らない。
 "ママ"が言うには、僕が生まれてすぐ、死んだらしい。
 寂しいと思ったことはなかった。"ママ"がいるだけでよかった。


  ――‐辺りが完全に静寂に包まれた。
 ただ、規則正しい二人分の寝息だけが夜に舞っていた。
 ――昨日と変わらない夜。
 ――いつもと変わらない夜。


 不意に、ドアが開いた。
 その音で、僕は眠りの世界から引き戻された。
 "風かな?"
 …いや、違った。
 影が、2つ見えた。男だ。
 それが、明らかに敵意を持った眼差しで"ママ"を見ていることは、
 暗闇の中でも、はっきりわかった。
 男の片方が、毛布を乱暴に剥がしてやっと、"ママ"は目覚めた。
 男のもう片方が、眠い目を擦っている"ママ"に、薄い笑いを浮かべながら、言った。
  「…今日、あまりに増えすぎたしぃに対しての政策が決まった。
  君には、それに従ってもらう…。」
 そう言うと、男はよれたジャケットから、小さなナイフを取り出した。

 幼い僕にも、その意味はうっすらとだが、理解できた。
  ――それから、男たちが何をしようとしているか。
  ――それから、この部屋で何が起こるのか。

728 名前: BDc(Z2kt9BDc) 投稿日: 2003/08/20(水) 00:45 [ LOC60EE. ]

  「イヤ!ママヲ離シテ!」

 "ママ"はナイフを持った2人に、抵抗する間もなくベッドに押さえつけられていた。
 僕はどうすることもできず、ただ叶う筈もない叫び声を――。

 「うるせえな!邪魔なんだよ!」

 ―‐僕は、いとも簡単に片手でベッドから落とされてしまった。
 男の片方が痛がる僕に近づき、僕の体を一通り見、言った。

 「お前は、ちびギコか。じゃあ殺せないな。残念だ。」

 そう言って、僕を左腕で軽々と持ち上げた。
 そして、持っていたナイフの柄で、僕の後頭部の辺りを何回か、殴打した。


 ―― 一瞬の歪みの後、僕は暗闇に沈んだ。


  今も、ボクは、そのとき自分がこうなってしまったことを、少なからず幸せだと思ってしまう。
 そしてその度に果てのない自己嫌悪に陥るのだ。
 ただボクが見たくないものを見なくて済んだから、それが幸せだったと。
 ただボクだけを愛してくれた"ママ"が、苦しむ様子を見なくて済んだから、それが幸せだったと。
 目が覚めた後、事実を受け入れる力さえあればいいと思ってしまったから。それが幸せだったと。
 そんなわけないのに。
 もういつもの夜は帰ってこないのに…。


 ――ボクが目覚めた時、部屋は赤く汚れていた。
 どのような惨劇がここで起こったか、察するのは容易かった。
 "ママ"の肉片は部屋中にばら撒かれ、"ママ"はもう"ママ"ではなかった。

 ただ、ただ一つ。
 命を失った"ママ"の優しい瞳だけが、僕をずっと見ていた。

 大きく、目を見開いて――。

                                                        終