殺意

Last-modified: 2022-08-07 (日) 12:04:33

殺意(小説作品・中編完結)

アヒャは何も思わなかった。何も理解できなかった。
ギコはいつも笑っていた。いつも元気だった。そのギコが何故こんな辛い目に遭わされなくちゃいけないんだ?
その時のアヒャは知らなかった。自分に芽生えた感情の名を。
その名は、殺意。

作者


殺意 第1話

296 名前: ナヒャ(yWVxXezQ) 投稿日: 2003/02/16(日) 15:46 [ 3jCns6gE ]
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風が吹く。まだ緑の稲を揺らす。田の水面に波紋を作る。
ここは田舎臭くて、不便で、ださくて、退屈で、そして穏やかで優しい。

用水路のワキにしゃがみ込んでいる子供が数人。
どこか抜けてるアヒャ族の子。空気が読めないアフォな子供。
知的な雰囲気を漂わせたモララー族の子。成績はクラスでトップクラスなのに嫌みな香具師。
明るく活発なギコ族の子。いつもボロボロの服と体。
この辺りじゃ有名な悪ガキ三人組だ。
今、三人は捕まえたカパガエルに悪戯をしている最中だった。
「よし、刺すぞゴルァ」
ギコの子は勇ましく言った。このギコの子、まだ幼いのに顔も口調も大人のギコのようだった。
カパガエルは、頭に皿のあるカエルでこの地方に生息しているカエルだ。鳴き声はカパー。
カパガエルの肛門にストローが差し込まれる。
「カッ、カパーッ!!」
カパガエルの肛門近くの皮膚がプラスチックのストローに削ぎ落とされた。
「お前、吹けよ」
子モララーが子アヒャをつついた。
子アヒャは首を激しく横に振った。子モララーはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、カパガエルを手に取った。
「アヒャは意気地がないな」
モララーは笑いながらそう言うと、ストローから息を吹き込んだ。
カパガエルの腹が風船のように膨らみ、断末魔の悲鳴と共に弾け飛んだ。
「アッヒャァ……。度胸あるなモララーは」
三人は、いくつもの命を無意味に奪ってきた。
カパガエルの尻にストローを刺したりした。
ダッコ虫なる虫を虫眼鏡で焼き殺しもした。
もっとも彼らは動物が嫌いなわけではなかった。
この地に産まれた者達は、このような残酷な行為をとうして命の大切さを学んでいく。

297 名前: ナヒャ(yWVxXezQ) 投稿日: 2003/02/16(日) 15:47 [ 3jCns6gE ]
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ある日、学校に子ギコが来なかった。
ただの遅刻や欠席ではないらしい。教卓のモナ八先生の顔が険しい。
「昨夜から、子ギコが家に帰ってないそうだ。
 子モララー、子アヒャ。お前ら子ギコと仲がイイだろ。何か知らないか?」
二人はあっけにとられた表情で首を横に振る。

次の日、モナ八先生が朝の学活で深刻な声で話し始めた。
「子ギコは見つかった。東京の方だ。帰ってきてからも、皆変わらずに仲良くしろよ」
その後、ギコと仲の良いモララーとアヒャは職員室に呼ばれた。
「いいか、クラスな皆には話してはいけないぞ」
モナ八先生は静かに口を開いた。
モララーとアヒャは知った。
ギコの服がボロボロなのは野山を駆け回って破れたんじゃない。
ギコの体が傷だらけなのは遊びや喧嘩で怪我したんじゃない。
虐待。親から子への虐待。
モナ八先生は眉間にシワを寄せ、教え子を救えない己の無力さに怒っていた。
モララーは友人の身に降りかかっている不幸の大きさ嘆いていた。
アヒャは何も思わなかった。何も理解できなかった。
ギコはいつも笑っていた。いつも元気だった。そのギコが何故こんな辛い目に遭わされなくちゃいけないんだ?
その時のアヒャは知らなかった。自分に芽生えた感情の名を。
その名は、殺意。

 第一話 完

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殺意 最終話

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378 名前: ナヒャ(yWVxXezQ) 投稿日: 2003/02/17(月) 17:43 [ TacQAQG6 ]
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職員室から出て、教室に戻ると級友達の無数の視線が二人に突き刺さった。
無言で席に着く二人。モナ八先生はいない。
「ねぇ子ギコどうしたんデチか?」
ちびギコが子モララーにしつこく尋ねてくる。モララーは重く口を閉ざしている。
「俺は知ってるぞコゾウ」
レコがすっくと立ち上がり大声で叫んだ。とても誇らしげなあの顔、今でもアヒャの記憶に焼き付いている。
「子ギコは、ママンに苛められてたんだとよ(ゲラ」
レコは職員室での話を立ち聞きしていたのだろう。
レコと一緒に笑う者、静かに黙っている者、教室の生徒は二つにわかれた。
アヒャはポカンとしていた。が、モララーは行動を起こしていた。
モララーは、机に入れてあった塾の分厚いテキストの角でレコの頭を叩いた。
いつも大人びていて、冷静で、皮肉屋なモララーが本気で怒ったことは今まで無かった。
が、それでひるむレコではなかった。
その後、レコとモララーは周りの机と椅子を蹴散らしての大喧嘩をした。
レコの蹴りがモララーの腹に直撃し、さらにレコの取り巻きのちびギコがモララーに殴りかかった。
アヒャはその騒ぎをぼんやりと眺めていた。
痛みにうめくモララーがレコに頭を掴まれ、頬を平手で殴られているのを眺めた。
倒れ込んだモララーがちびギコに足蹴にされているのを眺めた。
アヒャはその喧嘩には参加せず、ただ突っ立ていた。
女子生徒のしぃが、おずおずとアヒャに声をかけた。
「ネ、ネェ。モララー君ガ、カワイソウダヨ」
泣き出しそうなしぃの声。アヒャは無言で頷いたが、結局何もしなかった。
「何やってんだおまいら!! いいかげんに汁!!」
騒ぎに気づいたモナ八先生の怒鳴り声で喧嘩はおさまった。

379 名前: ナヒャ(yWVxXezQ) 投稿日: 2003/02/17(月) 17:44 [ TacQAQG6 ]
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帰り道、モララーもアヒャもずっと黙っていた。
保健室で手当されたモララーの体。
赤チンが痛々しかった。
「モララー……ゴメンナ。アヒャ、どうしていいか分からなくて」
モララーはクルリと振り返った。
その目には涙が浮かべられていた。
そして、瞳の奥にある激しい怒りの色が、モララーの目の光彩を鮮やかに照らし出されていた。
傷だらけの顔の中にある二つの目が、アヒャを睨み付けた。
「死ねよ」
それだけ言うと、モララーは走り去った。
もう夕方だった。
カパガエルの声が四方を囲む田んぼから、聞こえてきた。
アヒャの冷えきった心に、その明るい鳴き声は虚しく響いた。

殺してやる。アヒャは誰にともなくつぶやいた。
ギコを虐待した親に対してなのか。
自分に冷たくしたモララーに対してなのか。
モララーを蹴ったレコとちびギコに対してなのか。
何もできなかった自分に対してなのか。

アヒャがその夜見た夢は、ひさしぶりの悪夢だった。
自分が人を殺す夢。
子ギコの親を踏みにじり。
モララーの胸を突き刺して。
レコの内臓引き出して。
ちびの脳味噌ぶちまけて。
最後に自分の腹を裂き、右手で臓物掴み出し、うっとりソレを弄んだ。
色を感触を確かめるように自分の臓物を引き裂く。夢なので痛みはない。
他人の内臓を裂いているような気分に浸る。
そこで夢の世界は母親の声で壊された。
朝、起きねばならぬ。
ギコに、モララーに会わなくては。

380 名前: ナヒャ(yWVxXezQ) 投稿日: 2003/02/17(月) 17:44 [ TacQAQG6 ]
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学校に続くジャリ道を憂鬱そうに歩くアヒャ。
いつものバカみたいな笑顔はなかった。
教室では、皆は何喰わぬ顔で思い思いにすごしていた。
レコは、ちびギコが必死で集めたメンコを取り上げて、女子から非難されていた。
モララーは、いつものように塾のテキストを机の上に広げていた。
ギコは、明るい笑顔でアヒャの方を見ていた。
「アッヒャ。ギコおはよう」
気まずさを隠すような、ぎこちないアイサツをアヒャはした。
ギコはいつも通りのアイサツを返す。
「よぉ。バカアヒャ、来やがったな」
屈託のない笑み、その服も体もボロボロなのに。
どう接すればイイか分からずに戸惑うアヒャにギコは言った。
「イイモンやるぞゴルァ」
ホイと投げつけられたソレは、ゆるい放物線を描いてアヒャの服に付いた。
「ア、アヒャ? ……ヒギャッヒャーーーーーッ!?」
奇声を発して、ソレをはたき落とす。投げつけられたのは、アゲハの幼虫だった。
教室がどっと笑いに包まれる。ギコもモララーもレコもちびギコも笑っていた。
「よ、幼虫系は、ホ、ホ、ホントに、苦手って、前に、い、い言ったアヒャ!!」
怒っているのはアヒャだけ、でもその怒りもやがて笑顔に変わる。
ギコは明るくて、気が強くて、責任感があって、アヒャ達の悪ガキ一味の隊長で。
そんなギコは、アヒャとモララーが厨学にあがる春の頃、東京の施設に入れられた。
虐待は、それまでずっと続けられていて、ずっとギコは元気だった。
今思えば、強がりだったのだろう。悪ガキ一味の隊長としてのギコなりの意地だったのだろう。

桜の花が舞い落ちる中、アヒャとモララーとギコは別れた。
アヒャは公立のDQN厨学へ入学した。
モララーは都会にある大学付属の私立厨学の生徒となった。
ギコは親から離され、独りで施設に入れられた。
アヒャは声をあげて泣いた。
モララーは静かに涙を流した
ギコはそんな二人を慰めた。
「おいおい。お前らガキみたく泣くなよぉ。はぁ、なっさけねえなゴルァ」
今でもアヒャは、ギコの苦笑いを鮮明に思い出せる。

381 名前: ナヒャ(yWVxXezQ) 投稿日: 2003/02/17(月) 17:44 [ TacQAQG6 ]
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あれから随分時は経ち、ギコとの連絡はそれ以降つかなかった。
同窓会の帰り、アヒャがモララーにつぶやいた。
「アヒャは子供の頃、ギコを虐待した親を殺してやりたかったアヒャ」
アヒャは、モララーに昔の本音をさらけ出した。
「僕も同じだったからな。ギコの親、本当に消防の頃は嫌いだった」
ふと、モララーの顔が曇った。
「あの母親も虐待されてたんだよ。新しくケコーンした夫にね。ギコとは血のつながってない父親に」

アヒャは家に帰った。
そして自分の部屋に閉じこもった。
母親の声が聞こえる。
「アヒャッ、ご飯だぞ!! 今日はおまいの大嫌いな蜂の子ウドンだぞ、アヒャヒャヒャ!!」
父親の声も聞こえる。
「アヒャーハッハッハ!! 具合悪いのか? 畳にゲロ吐くなよ、アヒャッハァヒャヒャ!!」
この家は暖かい。言葉は乱雑だが、暖かい。
アヒャには当たり前だと思っていた親の愛情を受けられなかった子供がいた。
腹からどす黒い物が吹き出てくる感覚がする。
今のアヒャは気づいた。この感情は、殺意だと。

 最終話 完