狂気の相違 小説版

Last-modified: 2021-08-10 (火) 14:00:02
903 名前:神と家畜ではないッス ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/01(木) 22:42:21 [ zUuWjpXI ]
ちと思いついたので、書いてみた代物です。
あんまり長くはしない、次か長くてもその次くらいで終わる予定。

狂気の相違 その1


……場所は、どこであろうか。とにかく薄暗い、建築素材は木材であるはずが
何故かやたら鉄の匂いが漂う、家。
……そんな家の中に一人、……モララーとおぼしきAAが、昼間なのに
カーテンを閉め切り、しかし灯りもつけずに暗がりの中、ぶるぶると震えていた。


ああ、ああ、素晴らしい。素晴らしいぞ!!
……頭の中がこれだけ静かなのは、一色に染まっているのは初めてだ!!
雑念がない! 余計なことを考える余地がない! 目覚めたのだ!

そうだ。このどす黒く煮えたぎる頭脳を以て、お前たちを焼き尽くしてやる。
俺から全てを奪った、あの忌まわしき、憎きしぃ族めが!!
倍返し程度で済ますものか。……十倍、百倍、……いや、もっとだ。
とにかく貴様らしぃ族に、心の底にまで絶望を食らわせてやる………


……暗がりの中で震え、歓喜の声を上げたモララーはそのまま立ち上がると
どこかに出掛けていった。

904 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/01(木) 22:43:36 [ zUuWjpXI ]
………………………………

「じゃあ、また明日ね!」
「うん! じゃあねぇ!」
二匹の、小学校に通っているのだろうか。赤いランドセルを背負った
ちびしぃが二匹、夕焼けの元でお互いに別れを告げ、手を振っていた。

「……………………………」
その光景を遠巻きから眺める、一つの視線。

「ハニャニャンニャンニャンニャン……♪ 今日の御飯は何かな?」
その二匹のうちの一匹、ぱっと見た感じではそれほど目立たないが
しかしよく見ると良い身なりをしている、ちびしぃ。
大好きな友達とお喋りをして、いつもの場所で別れて、そのまま家に帰って
遊びに出掛けて、暗くなる前に帰ってきて、ご飯を食べて………
……そんな、いつもの生活。普通ではあるだろうが、何よりも楽しい………

そんな生活が、今日は少し違っていた。

「………、キミ、しぃかちゃん、だよねぇ……?」
「!?」
突然、背後から聞こえてきた声にちびしぃ……しぃかは驚いて振り返った。
振り返ったその先にいたのは、モララー。ただどこか、普通ではなかったが。
……勿論、あからさまに返り血を浴びているとか、どこぞのキモオタのように
ハァハァ息を荒くしているという意味ではない。……むしろ、逆。

……そのモララーは、そんなそこいらのちゃちな虐殺者たちとはまるで正反対で
限りなく、静かだった。……それは、足音がしないとかの物理的なものではない
勿論それもあるのだが、それ以上に、彼の周りから空気が消失したような……
そんな、浮世離れした雰囲気を身にまとっていた。

「ハ、ハニャアァ………!?」
野生の勘というか、しぃかは即座に危険を察知した。だが、遅かった。
「…………………………」
返答を待たずに、そのモララーはしぃかの首をむんずと掴んだ。
思わず手足をじたばたと動かすしぃか。しかしモララーの力の前には為す術などない。

はっ はにゃっ! はにゃあああ!! どうしよう! どうしよう!
助けを呼ぼうにも、周りには誰もいないし…………
そうだ! しぃ魅ちゃんがいる! さっきそこで別れたばかりだから
今声を出せば届くはずだ! 助けに来てくれるはずだ!

……さてそれではと、しぃかが口を開いた瞬間。
「……ああ、言っとくけど、助けを呼ぼうったって無駄だからね」
はにゃっ?
そう言うなり、モララーが自分の目の前に差し出してきたもの。
……首があらぬ方向に曲がり、体をもはやぴくりとも動かさなくなった
さっきまで楽しくお喋りをしていた友人……しぃ魅。

「あ、ああ、あああ………!!」
「さ、行こうか。あまりちんたらやっている時間はないんでね……」

905 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/01(木) 22:44:06 [ zUuWjpXI ]

……………………………………………

「遅いわねぇ……。一体、どこで油を売ってるのかしら……」
とある、住宅街の中の一軒。一匹のしぃが心配そうな顔をして
玄関と家の中とをうろうろしていた。
「夕飯までには、暗くなる前までには帰って来いって言ってあるのに……」
そういいながら、母しぃは時計をちらりと見る。時間は午後七時。
……確かに子供が遊ぶには、遅い時間ではある。

……さて、そうしてどれほど待ったであろうか。時計の音だけが居間に響く中
突然、電話が鳴り出した。

「あの子かしら?」
母しぃはほっとしたようなため息をついて、電話を取った。

「……もしもし? どちら様ですか?」
とはいえ、誰か他人がかけてきた可能性もある。とりあえず普通に応対すると……
「モシモシ? シィカサンノオ母サンデスカ?」
「!?」
思わず母しぃは、電話から耳を離した。

電話口から、聞こえてきた声。それは勿論、愛しい愛娘のそれではなく
あの、テレビなどでよく出る「プライバシー保護」 あれの声に似ていた。

……これは、いたずらか? いや、しかし…………
何か嫌な予感が頭をよぎり、母しぃは再び受話器を耳にした。
「もしもし? ……はい、確かに私は、しぃかの母ですが………」
すると電話口から、かすかに含み笑いのような声が聞こえてきた。
「……クク。ドウモ、オ初ニオ目ニカカリマス。オ母サマ。
 私、オ宅ノチビシィチャンノコトデオ電話サセテイタダイタ者デス。クク」
「う、うちのしぃかが、何か………?」
母しぃは、動悸が速くなっている胸に手を当て、ごくりと息をのむ。
「……イヤァ、ソレニシテモオ宅ノチビシィ……、イエ、シィカチャンハオ元気ダ。
 サッキマデ散々暴レテマシタガ、ヨウヤク今シ方眠ッテクレマシタヨ。クックク……!!」
「!! それは……一体……!?」
「言ウマデモナイデショウ? シィカチャンハコンナ遅イ時間マデ、外デ遊ブ子デショウカ?
 ソウデナイトシタラ、一体何故、シィカチャンハオ家ニ帰ッテナイノカ……
 サァ、オ答エヲドウゾ? ウクククク……!!」
「ま、まさか、まさか…………!!」

……動悸はますます速くなってくる。顔が熱くなる。何も考えられなくなる。
手や足が、無意識のうちに震えだしてくる。
しかし母しぃは、おそるおそる口を開いた。
「まさか……、うちの……しぃかを………ゆう……かい………!?」
「確カメタイノデアレバ、シィカチャンノオ部屋ニ行ッテミルコトデスネ」
「!!」
その声を聞くなり母しぃは、受話器を放り出してしぃかの部屋へと駆けていった。

906 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/01(木) 22:44:33 [ zUuWjpXI ]

「しぃか!?」
勢いよく開けられた扉、もはや悲鳴にも似た母しぃの声。
しかし、誰も答えない。
「…………何が、確かめられる……。え?」
部屋に飛び込み、辺りを見回していた母しぃの視界にある“モノ”が入ってきた。
「……しぃかの、ランドセル………?」
何故か主人がいないのに、ランドセルだけが部屋に戻ってきている。
怪訝に思った母しぃが、手にとって裏側を覗いてみると
「!?」
……途端に、ランドセルを床に落として震えだした。

しぃかのランドセルは、赤いランドセル。その赤いランドセルに
今まで見たこともない、くっきりと残された赤黒い文字。
……字の形からするに、おおよそまともに書かれたモノではないことははっきりしていた。

「OPEN」

赤黒い、殴り書きで描かれたそれに従い、母しぃはランドセル開けた。開けた瞬間

「シィィィィィィィィィィッッ!!??」

……今まで悲鳴の一つも挙げなかった母しぃが、絶叫。尻餅をついて
ランドセルの中にあったモノを、震えながらつまみ上げた。

震える母しぃの手の中にあったのは、……白い、三角形の……、半分が赤く染まった
要するに、耳。恐らくちぎり取られた耳の肉片が一つ、ランドセルの中に入れられていた。
「こ、これは、これはぁぁぁ……、しぃかの…!?」
その肉片に、母しぃは見覚えがあった。なぜならばその肉片、ただの耳のそれではなく
……耳の三角形の、頂点の一つ。そこに見覚えのあるピアスがあったから。
「あの子の……誕生日に……つけてあげた………………」

もはや、疑う余地はない。しぃかは、誘拐されたのだ。
「あ、あああ、あああ、あああ………!!」
涙をこぼし、尻餅をついたまま後ずさる母しぃ。しかしそんな母しぃに、追い打ちをかけるべく
「? はにゃ?」
見覚えのない、恐らく先程ランドセルを開けたときにこぼれ出たものであろう
……これまた赤黒い染みのついた紙切れが一枚、母しぃの手に触れた。
「これも、まさか………!!」
かさかさと紙切れを開いていく母しぃ。しかし、その中身を見た途端

イヤァァァァァァァァアアアァァァアァァ!!!!

……その紙切れに書かれた、二種類の文字。共に文字の色はやはり赤黒く、片方は
まさに殴り書き。何とか読める程度のもので、もう片方は、割合整ったもの

「 ま ま  た す け て
 
 これでお分かりになられたと思いますが、如何でしょうか?
 連絡は追っていたしますので、首を長ぁくしてお待ちください。
 あと、この文字はしぃかちゃんの血液を使わせていただきました。多謝。」

907 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/01(木) 22:45:26 [ zUuWjpXI ]

…………………………………
「あなた……、どうして、こんな………!?」
「落ち着け、落ち着くんだ。……まだ死んだわけじゃないだろ?」
「そうですよ、奥さん。こんなふざけたことをする輩は、絶対に捕まえます」 

……通常ならば、静かな空気に包まれるであろう住宅街。だが、
今日に限ってはそれもかなわぬようだ。

とはいえ別段、野次馬が騒ぎを聞きつけたというのではない。……あのあと、母しぃは
すぐさま夫と、警察に電話。……帰宅した夫と、駆けつけた警察。
それらで応接間がごったがえしていたからだ。

しかし、世間では疎まれる存在であるはずのしぃ族の誘拐事件に、警察が乗り出すというのも
奇妙に聞こえるが、それはアフォしぃの話ならばだ。……しぃ族全体で、一割程度を占める
良しぃ。常識もあり、全角しゃべりの出来る彼女たちは、何ら扱いが多種族と変わることがない。
すなわちそれは、彼女たちの子供も同じと言うことで………

「それで、身代金などの要求は?」
「それは、何も……。この紙に書いてある通り、あとで連絡すると言うことでしょうか……?」
母しぃは泣きながら、机の上に置かれた先程の紙を指さす。

「おそらく、そうでしょう。……おい、逆探知の準備は!?」
「茂羅警視、ただ今設置完了しました! いつでも大丈夫です!」
「よし。……しかし奥さん、相手は声を変えていたということですが、となると相手は
 あなたに面識があるのかもしれない。……誰か、心当たりなどはありますか?」
「……………………」
勿論、母しぃは首を横に振った。
「そうですか。……では、とにかく今はあちらからの連絡を、待ちましょう」
先程「茂羅警視」と呼ばれたAAは母しぃにそう言うと、ソファに腰を下ろした。

その、茂羅警視のちょうど真正面に、母しぃは腰を下ろしていた。
とはいえ、話など出来ようはずもない。……顔面は蒼白で、目の焦点はどこへやら。
手を蝿のようにせわしなく小刻みに動かして、うつむいた姿勢でいた。

ああ、どうして? どうして私のしぃかが、さらわれなきゃいけないの!?
……こんな、お金もないただの庶民の娘を捕まえて、何をしようっていうの!?
……お願い、お金ならいくらでも払うから、要求があるなら何でも聞くから
お願いだから、しぃかを……、返して………!!

908 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/01(木) 22:45:43 [ zUuWjpXI ]

同日・某所

……どことも知れぬ、廃屋。そこにモララーはいた。

さぁてさてさて、この時間ともなれば、母親は俺のあの“メッセジ”を
読んだだろうから、おそらく今家には警察共が来ている頃……か。

くけけけけ……! くかかかかか……! 今の母しぃの顔が目に浮かぶわ。
おそらくと言うより絶対、心労で何も目に入らぬ状態になっているだろう。
カカ……! それでいいのだ。だからこそ良しぃの娘をさらったのだからな!
アフォしぃにはなく、良しぃにはあるもの……。母性。……母性!
良い響きだ。実に良い!! この世で最も尊く、美しいとされるもの……

……それを髄の髄まで踏みにじり、叩きつぶしてやる……! くひゃはは……!!

……と。さぁて、そろそろ時間だ。地獄への呼び水を送るとしますか……!
モララーは、何やら機械をいじくり始めた………

909 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/01(木) 22:46:44 [ zUuWjpXI ]

…………………………………………………

「!!」
電話が、鳴った。一同の顔に緊張が走る。
「……犯人かもしれん、準備はいいか!?」
「OKです! いつでもどうぞ!」
部下が親指を立てたのを確認すると、茂羅警視は母しぃの方へと振り返る。
「……それでは、奥さん。なるべく話を延ばしてください。頼みますよ」
「はい………」
……震える右手を、左手で押さえ、どうにか母しぃは受話器を取った。

「も、もしもし…………?」
「イヤァ、先程ハドウモ。奥サン。」
「!!」
電話口から帰ってきたのは、あの時と同じ機械で変えられた声。
母しぃの様子を見て、茂羅警視たちも動き出した。

「……それで、しぃかは……、あの子は無事なんですか!?」
わなわなと、受話器にかじりつかんばかりの勢いで訪ねる母しぃに対し
「ケカカカ……! サァネェ。 無事ト言エバ無事ダシ、無事ジャナイト言エバ……」
「ま、まさかあの子に何か!? 何をしたの!?」
「ケヘヘヘ。……アァ、ソンナニ知リタイ? ナラ教エテアゲルヨ。……トハイッテモ
 ベタニ声ナンカ聞カセナイヨ。何ヲ言ワレルカ分カッタモンジャナイカラネ」
「え……!? じゃ、じゃあ、どうやって……?」
「ソレハオ楽シミニ。……明日ノ午前中ニハ分カルト思ウヨ
 ソレジャア、今夜ハモウ喋ルコトモナイカラ、コノ辺ニシテオクヨ」
「え、え!? そ、そんな! ちょっと待って……!」
あまりにも早い引き下がりに、思わず母しぃは食いつくが
「……明日マデ連絡ハシナイカラ、ジャア………」
そして無情にも、電話は……切れた。

「おい! 逆探知はどうだ!? 成功したか!?」
茂羅警視は怒鳴るように部下に問いかけるが、彼らの表情は暗い。
「それが、やはり……、不可能で………」
「何!? ……くそ、やはりあんな短時間では無理があるか……」
「はい。それに加えて奴は、スクランブラー……妨害装置のようなものを使用してます
 非常に複雑に暗号化されているので、身元の特定はかなり困難です」
「ち……。準備は万端ってわけか……。くそっ、人を虚仮にしやがって……!
 このふざけた野郎、絶対に監獄に送り込んでやるからな……!!」

そんな凄む茂羅警視を余所に、母しぃはますます震えが止まらなくなっていた。

お願いします、神様……! お願いします………!!
私は、どうなっても構いません。自分の命だって惜しくはありません。
ですから、ですからどうか、あの子を……、しぃかを、助けてください……!

母しぃはますます、それこそ文字通りに地に頭をこすりつけて祈り始めた。


939 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/14(水) 09:58:46 [ 3FFy03Do ]
>>909より 全22話
明朝


「……………………」
……交代で寝ずの番をしていた捜査員と共に、母しぃもまた眠らずにいた。
ただしその目は既に真っ赤に充血しており、顔も青くなるのを通り越して黒みがかっていた。
……言うまでもなく、心労によるものであろう。

「……、奥さん。少し休まれた方がよろしいのでは……?」
そんな母しぃを見かね、捜査員も声をかける。
「あ、い、いえ……。ど、どうかご心配なく……
 で、でも、そうですね。ちょっと……外の空気を吸ってきます……」
そう言いながら母しぃは、ふらふらと外に出て行った。

「……茂羅警視、あれで……大丈夫ですかね?」
捜査員の一人が、同じく夜の番をしていた茂羅警視に話しかける。
「母親か? ……あれじゃ、眠れと言ったって眠れんだろうよ。まったく、誘拐ってのは
 腸の煮えくりかえる犯罪だな。それより、発信元の解析はどうなってる?」
「現在急ピッチでやってますが、何分情報の不足と高度な暗号化とでなかなか進んでません
 ただ、どうも国外からかけられている可能性もあるらしいんですよ……」
「国外から? やけに手の込んだことを……」
「ええ。おそらく身元をより分かりづらくするために、国際回線を経由していると思われます」
「ち……」
茂羅警視が苦々しげに舌打ちをした、その時
「………あの………」
「? どうしました?」
見ると、母しぃがいつの間にか外から戻ってきている。
しかもその手には、何か板のようなものが握られている。

「? 奥さん、それは?」
「あの、ふとポストの中を見てみたら、これが……」
そう言って母しぃが差し出したものは、一枚のDVDだった。

「……あの、もしかして、これは……?」
「犯人からのメッセージである可能性が、非常に高いですな。……おい!」
「はい……!」
捜査員の一人がパソコンを持ってくると、茂羅警視は早速そのDVDを突っ込んだ。

940 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/14(水) 09:59:24 [ 3FFy03Do ]
……………………………………………………

「……………あ、映った」
「ひ……!」
パソコンに映像が映し出されると、母しぃがまず小さな悲鳴をあげた。
「し、しぃか!」
「え!?」
母しぃの言葉に、捜査員も食い入るようにパソコンに向かう。

「しぃか……!!」
画面上に出ていたのは、一匹のしくしくと泣いているちびしぃだった。
片耳が吹き飛び、母しぃが画面に食いついたところから鑑みるに
これはやはり、彼女の言う通り……娘のしぃかなのだろう。

すると、画面から聞き慣れない声が聞こえてきた。
紛れもない。あの機械で変えられた、誘拐犯の声だ。
「サァ、シィカチャン? コノビデオハ君ノママニ送ルモノナンダ。ダカラ
 精一杯力ノ限リ、泣キ叫ンデクレタマヘ。クヒャハハハハハハ!!」
その声が遠ざかると、途端にちびしぃが泣き叫び始めた。
「ママァ!! ママァァァ!! しぃかを、たすけてぇぇぇ!! ママァァァ!!」
画面の向こうで、しぃかがカメラに向かって声を限りに泣き叫ぶと
母しぃもまた、パソコンの画面に食い入って話し始めた。
「しぃか!! ママはここよ!! しぃか!! しぃか!?」
……とはいえ、それはネットのリアルタイム映像ではない。あくまで記録された
DVDなのである。……つまり、双方の交信など出来るはずもない。
画面の向こうからは、やはりそれを見越したようなあざけりの声が。
「クヘハハハハ!! 無駄無駄!! シィカチャンガドレダケ叫ンダッテ
 君ノ叫ビハ、嘆キハママニハ届カナァイ!! 届カナァァイ!! クケカカカ!!
 ホレ! モット叫ベ、泣ケ!! 泣イテセイゼイ、ママニ教エテヤレ!!
 自分ガ今、ドレダケノ恐怖ヲ味ワッテイルカ! タァップリトナァ!!
 ……ア、ソウソウ」
「ママァァ……、ぶっ!?」
すると突然、誘拐犯とおぼしき足がカメラに張り付いていたしぃかを蹴り飛ばし
代わりにカメラに、小型の持ち運びテレビが映し出された。
そのテレビに映っているのは、……早朝のニュース番組だ。
「サテ、コレデシィカチャンガ生キテルコトノ証明ニハナッタネ。ククク
 ソレデハ………」
声が途絶えると、画面がふっと暗くなった。これで終わりかと思ったが
タイムバーのカウントがまだ残っている。では、なにがあるのか……?

……しばらく一同が見入っていると、突然文字が現れ始めた。
「………………!!」
それは、誘拐ではおなじみの文言だった。

“………現金で、一千万円ご用意ください。しぃかちゃんをお返しする
 場所などに関しては、追って連絡いたします。あと、DVDケースの
 中にしぃかちゃんのメッセジをぶち込んでおきましたが、気付きました?
 気付いてないなら、とっとと開いてみやがるがいいでしょう。 See you!!

941 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/14(水) 09:59:56 [ 3FFy03Do ]
……………………………………………………
その画面が数秒続くと、DVDは停止した。
「茂羅警視! DVDの中にあった「手紙」って、これのことじゃ……」
DVDが終わったと同時に、茂羅警視の部下と思われるモナーが声を出す。

「見せてみろ」
「はい……。ですが、これは……」
「………? うっ」
「ど、どうしたんで……、ひっ!?」
口ごもった様子のモナーに続き、茂羅警視も、母しぃも「手紙」を見て言葉を失う。
まぁ、手紙が斑に赤黒くなっていて、しかもやや膨らんでいれば当然の反応であろうが……

「ま、まさか、今度は何……!?」
母しぃが、おそるおそる開封する。途端に辺りに立ちこめる、鉄の臭い……
「警視、これは………」
「馬鹿野郎。何も言うな」
母しぃの震える手で開かれていた袋が、ついに完全に開けられた。
次の起こるのは、やはり

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
母しぃの絶叫と、開かれた手紙に殺到する捜査員たち。

「うわ……! 今度は………」
「こいつは………歯だな。……いち、にぃ、さん……。六本も抜いてやがる!」
「…警視! 包んでいた紙に何か書かれてます!」
「……大体、内容は想像がつきそうなもんだが………」
包み手紙を手にすると、茂羅警視が一層眉をしかめ、机の上にそれを投げ捨てた。
「……犯人の野郎、完ッ全にイカれてやがる……!」

その投げ捨てられた手紙には、赤黒い染みに混じって、……どうせ染みと
同じ方法で書かれたのだろうが、やはりぐちゃぐちゃに乱れた文字が。
その下には、これまた丁寧に整った、犯人が書いたであろう文字が。

 ま ま  い た い よ
 
 これで、一つ進んだね。
.

942 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/14(水) 10:00:35 [ 3FFy03Do ]
………………………………………………
「落ち着いてください。奥さん。まだ大丈夫ですよ……」
「あ……、ふぅ……、す、すみません………」
あれから貧血を起こして倒れた母しぃが、ようやく目覚めた。

「しかし、『一つ進んだ』というのは……?」
「……我々にも真意は分かりかねますが、おそらく取引が
 一段階進んだ、ということでしょうね。……しかし、それをより強く
 知らしめるため、それだけのために子供の歯を抜くなんて……」
「……絶対に、犯人を……捕まえてください!」
「勿論ですよ、奥さ……」
茂羅警視が言いかけた、その時

「!!」
電話が、鳴った。
「おい…………」
茂羅警視が部下の方を向くと、既に準備済みの彼らが手を挙げる。
「よし。……それじゃあ奥さん、電話を………」
「は、はい」

呼吸を整え、ごくりと息をのんで母しぃは電話を取った。

943 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/14(水) 10:01:04 [ 3FFy03Do ]
「も、もしもし……?」
「イヤー! ゴキゲンヨウ、奥サン! ヨク眠レマシタァ? ウヒャハハハハ!!
 ……多分DVDヲ見終ワッタ頃ダト思ッテ電話ヲカケタンデスガ、如何カ……?」
「あ、あなたはしぃかに何をしたの!? アレはあの子の歯なの!?
 あの手紙は、一体……!?」
「……イヤー、本当ハ一、二本抜ケレバイイト思ッタンデスガ、思イッキリ
 パンチヲブチ込ンデヤッタラ、ポロポロト抜ケチャッテ……! イヤハヤ
 チャント歯磨キ、サセテマスカ? 将来困リマスヨ? クケケケ……!」
「あ、あなたが……! ……どうして!? どうして私のしぃかなんかを狙ったの!?
 ……こんな、金持ちでも何でもない、……狙ったって、いいことなんか無いでしょ!?
 それなのにどうして、しぃかを………!?」
涙を浮かべて文字通りに電話に噛みつく母しぃに対し、電話口からはしばしの沈黙の後
「…ソイツハ。直ニ分カルサ。ソレヨリ今アンタガスベキハ、要求サレタ額ヲ揃エルコト
 ……今度ハ12時間後ニ電話ヲカケルヨ。ソレマデニハ用意シテネ」
「ま、待って! しぃかの声を聞かせて! あの子の無事を……」
「……DVDヲ見ナカッタノカ? アレデ………」
「お願い! しぃかと話をさせて! お願いだから………!」
「……ヤレヤレ、仕方ナイネ。ソレジャアホンノ少シダケ時間ヲヤルヨ。
 後ロデ機械トニラメッコシテル連中ニモ、ソノ方ガ都合ガイイダロウシネ」
「!? え、あ、ええ……!?」
……その言葉に、思わずびくりと身を震わす母しぃと捜査員たち。
「な、な、何を言って……?」
「気遅レスル必要ハナイサ。コチラハ一言モ“警察ニ知ラセルナ”トハ言ッテナイシネ
 ……マァ、今モ連中ガ必死コイテ聞イテルダロウカラ、教エテオイテヤロウカ。
 
 君タチハ、僕ヲ捕マエルコトハ絶対ニ出来ナイヨ。ドレダケ手ヲ尽クシタトシテモネ」

「………………………」
挑戦とも取れる言葉に、捜査員たちは受けて立つと言わんばかりの顔をする。
「ソレジャ、感動ノ……声ダケノ再会ト行キマスカ。……抜ケタ歯モ
 奥歯ガ殆ドダカラ、喋ルニハ不自由シナイダロ。ホレ」
電話口から一旦声が消えると、次に聞こえてきたのは……

「ママァァァ!! ママ、たすけてェェェ!!」
……しぃかのそれだと思われる、子供のつんざかんばかりの絶叫。
「!! し、しぃか!! しぃかなのね!? ママよ! 分かる!?」
受話器をこれ以上ないくらいに強く握りしめ、母しぃは大声を出した。
「ママァ!? しぃか、いたいよ!! おみみもはもなくなっちゃったよ!!
 早くしぃかを助けて!! ママ、ママァァァァ!!」
「しぃか!! ああ、しぃか……!! 他に怪我はないの!? 大丈夫なの!?」
「ママ………ぶべぱっ!?」
するとまた、……どうせ殴り倒されたのだろう、奇妙な音と共に電話口の声が変わった。
「ハイ ソウイウワケデス。ソレジャア12時間後マデニ、一千万円ヲゴ用意下サイ。
 ……クヒヒ。デキルヨネ……? ケキャカカカカ……!!
 ……イザトナレバ、手段ハイクラデモアル。…クレグレモ“揃イマセンデシタ”ト
 イウノハ無シデ。……デハ……」

944 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/14(水) 10:01:21 [ 3FFy03Do ]
電話が、切れた。
「……あなた! 今すぐお金の準備を!!」
「……12時間だな。よし、今すぐ回ってくる! 君は家にいろ。
 何か犯人が追加の要求をしてくるかもしれない。」
「じゃ、じゃあ実家にも連絡を入れておくわ。これで……」
「ああ。それじゃあ、行ってくる」

……あわただしく母しぃたちが駆け回っている傍ら、捜査員たちも動き回っていた。
「さぁ! 今度はどうだ? 逆探知は成功したか?」
「はい! 完全ではないですが、大体の位置は特定できました!」
「よぉし! で、どうなんだ!?」
「はい! やはり国外から……、おそらく国際回線を経由してかけられたものです。
 場所は、でぃ湾国を経由しているということまでは判明しました」
「でぃ湾国? ここモナ本から目と鼻の先じゃねぇか。なんでこんな国を経由して
 電話をかけてきてんだ?」
「……でぃ湾国の通信セキュリティ関連の技術は世界有数ですからね。身元を隠して
 通信をするには、もってこいなんですよ」
「け。……でぃ湾国か。昔ッからどことも条約を結ばない『永世中立国』って
 いつぞやそれの百周年だったかで、名前が新聞に出たが……懐かしい響きだぜ。
 まぁいい! とにかく通信経路さえ分かれば、あとはそこに警官を派遣して
 とっ捕まえるだけだ。身代金を取りに来たところでやってもいいが、早いに
 越したこたぁねぇ。国内のどこだろうと、逃がしゃしねぇぞ……!」
「……全速力で、進めます……!」

945 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/14(水) 10:01:51 [ 3FFy03Do ]
さて、その頃一方。

某所

……さぁて、今頃は金策に駆け回っている頃か……
警察はどう出るか。……通信回路には十重二十重にカモフラージュと妨害信号を
施しているから、早々簡単には判明できないとは思うが……
まぁ奴らがどれだけ早く気付こうが、どうだっていいことなんだがね。くくく……!

……それはともかく、奴らに12時間後に電話をかけるとして……
“あれ”はその二~三時間後くらいに、折を見てやればいいか……

さて、いずれにせよ、この12時間は何もすることがないから
今のうちに、寝ておくとしますか。いざというときに眠いのではかなわんからな。
……母しぃの、苦痛に満ちているだろう顔を思い浮かべながら……くふふふ……!!

………………………………………………

「……ふうぅぅ………………………」
夫が金をかき集めに出ている間、母しぃは自宅の……しぃかの部屋にいた。
勿論主はいないその部屋のベッドに腰掛けて、ため息をつく。
……今の彼女は、言うまでもなく娘のことで心がいっぱい。時折風が
窓を揺らす音だけでも、娘が帰ってきたのではないかと窓を見る。
……まぁ、窓枠が錆び付いて、たとえ子供の体格でもせいぜい頭しか通らない
程度にしか開かないし、そもそもどうして、娘が窓から帰宅するものか……

「………………………………」
……この部屋を見渡せば、娘の思い出が次々に浮かんでくる。

壁に貼られた、拙い絵を見れば
“これ、せんせいがほめてくれたんだよ! うまいでしょ!?”
嬉しそうにはしゃいで、自分に見せてくれた………

同じく壁に飾られた、額に入れられた賞状を見れば
“ママァ! いっとうしょうだよ! やったよ!!”
心から喜んでいる笑顔で、辺りを走り回っていた……

……勿論、それだけではない。机も、本棚も、今座っている、ベッドも……
全てから、しぃかを感じることが出来た。全てがしぃかのものなのだから……

「はぁ、うぅ………」
……しかし今、ややもすれば娘が本当に“思い出だけの存在”になり得るのだ。
そうなるにはまだ早すぎるはずなのに、それが………

神様、お願いします。どうか私のしぃかをお救い下さい。
あなたが望むのなら、たとえ私のこの命を差し出しても構いません。
あの子はまだ、ほんの子供なんです。人生を終わらせるには早すぎます。
本当に、あなたが望むのであれば、他に何でも、全てをさしあげます
どうか、どうか……、しぃかにお慈悲を………

これが何度目になるだろうか。…頭の中で、喜びはしゃぐ娘の姿を
思い浮かべながら、母しぃは深く祈り込んだ。

946 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/14(水) 10:02:10 [ 3FFy03Do ]
……十二時間後

「……どうにか、揃えることは出来た」
目の前に置かれた、ボストンバッグ。身代金が入ったものだ。
「……あとは、電話……。あぁ、しぃか………」

「さて、そろそろ時間だが……」
一同が、電話の前に座して待っていると……

「!!」
電話が、鳴った。
「……最後の電話から十二時間ぴったりか。……違いないな。では……」
「はい……」

……これさえ終われば、しぃかは自分のところに帰ってくる。
そうすればまた、楽しい日常が再開されるんだ。悪夢は過ぎ去るものだから…

「はい」
「クケカカカカァ! 用意ハデキマシタカァ?」
……やはり電話口に出たのは、あの声。

「用意は出来たわ! これを……、これをどこに持って行けばいいの!?」
「クッケケケケ。ソレデヨロシイノデスヨ。ソレデハ、場所ヲ言イマショウカ。
 ……ソチラノ家カラ歩イテ数分ノトコロニ、“モナギコパーク”ガアリマスネ?
 ソコノ東口カラ入ッタトコロノ、“森林浴ロード” マズハソコノ入口ニ
“一人デ”来テモライマショウカ。……アア、警察ノオマケハ構イマセンガ
 ゴ主人ハ家ニ残ルコト。…大人数デ来ラレテモ迷惑デシテネ。
 デハ、ソノ入口ニ携帯電話ヲ用意シテアリマスノデネ。オ急ギヲ………」

「……“モナギコパーク”だと? たしかそこって……」
「ええと、確か数年前に閉鎖されたテーマパークですね。今は立ち入り禁止に
 なってますから、ほぼ廃墟になっているようですが……」
「いずれにせよ、人目にはつかない……か。しかし犯人の野郎、今度こそお縄に
 捕らえてやるからな。……茂名田、擬古山。お前らは一応ここに残れ。残りは
 皆出張るぞ。慈円、発信器はバッグに仕掛けたか?」
「もーちろん。ちゃんと仕掛けてあるよ!」
「全員、投擲用の発信器も持ったな? いざとなったらそいつを犯人にくっつければ
 たとえ複数いたところで、巣に帰ったところを狙えば一網打尽だ。」
全員が、パチンコを高々と挙げる。
「よし。では奥さん、行きましょうか」
「はい………。あなた……」
「……心配するな。お前はお前の役目を果たしてきなさい……
 刑事さん、よろしく頼みますよ……。しぃかと、憎き犯人を……どうか」
「勿論です。お任せ下さい。」

947 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/14(水) 10:02:41 [ 3FFy03Do ]
10分後
「モナギコパークってのは、ここのことですか……。
 うっひゃ、今にも幽霊が出そうな……」
「確かバブルの煽りを受けたか何とかだったっけな。……まぁいい。入るぞ。
 奥さん、お気をつけて」
「あ、す、すみません……」
『立ち入り禁止』と書かれた柵を越え、張られたロープを越え
一同は、指定された場所……『森林浴ロード』の入口に来た。
「……奴の言ってた電話ってのは、これのことですね」
成る程確かに、森林浴ロードの入口には携帯電話が置かれていた。
「ああ。……どうせ奴は、俺たちがついてきてることを知ってるだろうが
 しかし何だって、こんな場所を選んだんだ……?」

そうこうしていると、20分が経過。電話が鳴り出した。
「は、はい! しぃかの母です!」
「ハイハイ。チャント時間通リニ着キマシタネ。デハ以後ノ動キニ関シテ
 説明シマス。……マズハコノ携帯電話ノ画面ヲ、ゴ覧クダサァイ……」
「…………?」
怪訝そうな顔をした母しぃが携帯から耳を離すと、成る程、画面上では
何か、サイコロのようなものがころころと動いていた。
「これは……サイコロ?」
「ソノトオリ。子供デモ知ッテイル遊ビ道具デス。……ソシテ、ゴ存ジカ?
 コノ“森林浴ロード”ハ、地面ニ飛ビ石ガ設置サレテイルノデスヨ。
 ……オ分リカナ? コレカラアナタニヤッテイタダキタイノハ、マズソノ電話ノ
 画面ニ出テキタサイコロノ目ニ従ッテ、飛ビ石ヲ進ンデイタダクトイウコト。
 ……簡単デショウ?」
「え、ええ、………?」
確かに子供でも理解できる、犯人が言っているのはいわゆる“双六”だ。
だが一体、彼はこんなことをして何を狙っているのか……?

「そ、それは分かりましたが、何故こんなことを? しぃかは!?
 それに“まず”というのは? どういうことで……?」
「……ソレハ、始メレバ追々理解デキルト思イマスヨ。デハ、準備ハヨロシイカ?
 チナミニソノ電話デスガ、ソチラカラカケルコトハデキマセンノデ、ヨシナニ……」
「え、ええ、はい………」
「デハ、開始………」

948 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/14(水) 10:03:04 [ 3FFy03Do ]
母しぃがまた画面を覗き込むと、早速サイコロが画面の中を転がっていた。
サイコロが転がるのをやめると、出た目は……5だった。
「ええと、5だから………」
懐中電灯で照らし、母しぃは飛び石を5つ進んだ。
「ここに、何が……? あ」
辺りをきょろきょろしていた母しぃが、ふと傍に何か箱が置かれているのに気付いた。
「もしかして、これが……?」
まず間違いはないだろうが、母しぃは茂みをがさがさと抜け
箱を手にして飛び石のところまで戻ってくると、箱を開けた。
直後

「シッ、シィィィィィィ!!??」
驚愕の、悲鳴。周りにいた捜査員たちも駆け寄ってくる。
「ど、どうしました奥さ…… うっ!」
駆けつけた捜査員たちも顔をしかめた、箱の中身。まぁ、想像はつきそうなものだが……
「耳と、歯と……。今度はこれか!!」
その箱に入っていたのは、しぃかのちょこんとした、しかし切断された右の掌だった。
「ハ、ハ、ハニャアアア……!? これは、これは………!?」
ぺたりとへたり込んだ母しぃの足下に、箱の中身がぶちまけられる。
すると、やはり一緒に入っていたものであろう。赤黒い染みのついた紙切れが出てきた。
どうせろくなことが書かれていないだろうが、おそるおそる開くと

“さてさて、驚かれましたか? ですが、こいつぁまだ食前酒ですよ?
 こんなところで腰を抜かしてちゃ、この先が思いやられますよ? しゃんとしなさいな。
 次の出目は、4です。くれぐれも間違えないように……”

やはり染みと同じく、赤黒い文字で書かれていた狂気の文章が載っていた。

しぃか!! しぃか! しぃか!!!
母しぃは震える手で飛び石を数え、震える足で渡っていく。
もみじの葉のように可愛らしかった我が子の掌が、こんなことに!
可愛らしくちょこまかと動いていた手が、こんなことに!!

もはやこの掌一つで、母しぃは自分が錯乱してしまうほどだった。

「おい、鑑定急げ! 簡単なやつなら15分程度で出るだろ!!」
「はい! 急がせます! しかし警視、犯人は一体……?」
「それは分からんが、今は従うしかないだろ。犯人がこう指示している以上、先回り
 するわけにもいかんからな。とにかく、今は………」

949 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/14(水) 10:03:28 [ 3FFy03Do ]

飛び石を4つ進んだ母しぃが、また箱を手にしていた。
さっきは掌。じゃあ今度は、今度は……!?

……こわごわとふたを開けた母しぃだったが、今度もまた小さな悲鳴をあげて
箱の中にあったものを手に取ると、箱をそのまま地面に落とした。
箱の中に入っていたものは、……細い、棒のような…… 腕。
肩口から切断され、おそらくさっきの掌がくっついていたのだろう、手首から先も
すっぱりとなくなっていた。
「あ、あぅぅう!! あああ………!」
あの子の可愛い腕が、こんなことに! か弱く小さなあの子の腕が、こんな……!

涙までこぼし始めた母しぃは、同じく同封されていた手紙を開く。
しかし、哀れかな。そこで彼女は更に、滝のように涙を流し始めた。

「シッ シギャアアァァァァッ!!? どうして!? 何、何なのこれはぁぁぁ!!」
……手紙と一緒に同封されていたのは、ちびしぃ……しぃかの写真。
肩口に鉈の打ち込まれた、まさに切断の瞬間を撮影したものであろう。
しぃかの恐怖と、痛みに支配されて泣きじゃくる顔がそこにはあった。

“前菜からは、お写真を同封いたします。よくご賞味下さい。
 なになに、止血はちゃんと施しましたから、命に別状はございません。
 こんなところで死なれてしまっては、誘拐の意味がないのでね。
 これは悪夢ではない、紛れもない現実ですよ。努々それを忘れぬよう……
 次の出目は、6 おっかなびっくり歩いてきてくださぁい。ウフフッ!”

「警視! これは………!」
「……犯人の野郎、何て奴だ! 見つけたら問答無用で銃殺してやりてぇな!!」

950 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/14(水) 10:04:01 [ 3FFy03Do ]
飛び石を6歩進んだ母しぃ。やはり傍らには同じように、箱が。
今度は、どこが? 体のどこの部分が切り取られているのか!?
何とかふたを開けた母しぃだったが、箱の中にあったのは、今回は手紙だけ。
「………?」
不思議に思いながら、手紙を開く母しぃ。

“慌てん坊の兎さんは、損をする。2歩戻ること”

「……………………………」
指示通りに二歩戻り、辺りを懐中電灯で照らすと、……茂みの中に、あった。
ということはこれが、本物の………
また震える手で箱を開けた母しぃだったが、開けたときの反応は言わずもがな

「も、もうやめてぇぇぇ!! しぃかを、返してぇぇぇぇ!!」
……箱の中に入っていたのは、今度は……ぼろぼろに焼け焦げ、炭化した……腕。
今回は掌も一緒になっているようだが、もはや識別も出来るかどうか。
ただし、同封されていた2枚の写真にはしっかりと残っていたのだが。

腕を煌々と墨が燃えている七輪に括り付けられ、もうもうと煙が上がり
生きたまま腕が焼かれる苦痛に、泣いているしぃか。

そして二枚目は、そのしぃかの肩口に、おそらく腕を七輪で焼き尽くした後に
行われたのであろう。ガスバーナーの炎が当てられ、…炭化して、切り離された
光景があった。

“ね? 慌ててちゃいけませんよ? あやうく主菜その1を取り逃すところでしたね
 素敵な素敵なバーベキュウ。今夜の食卓に是非どうぞ!
 次の出目は、3 焦らず急がず、ゆぅっくりと………”

「………………!!!」
「警視! 先程の結果が簡易ですが、出ました! やはりあの掌と腕はしぃかちゃんの
 もので、肩と手首に生活反応が見られたので、手首→腕の順に切り落とされたと…」
「………………………………」
「警視? どうされたんで………」
「五月蠅い! 分かったから黙ってろ!!」

951 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/14(水) 10:04:27 [ 3FFy03Do ]
………あの子の両手が……、なくなった……。
しかも、もう戻らない。決して元通りになることはない。確かに命に別状はないかも
しれないが、……無惨に、切り落とされ、無惨に、丸焼きにされ………

どうして!? お金さえ払えば、それで解決するはずでしょう!? それをどうして
こんな、残酷で……冷血な!! 悪魔の所業を!! 何の罪もない、子供の腕を……

自分を奮い立たせ、母しぃは前へと進む。……まぁ、それもどこまでもつか
とにかく指示通りに、3歩飛び石を進むと…………………

「今度は………何……?」
ふたを開けると、今度もまた手紙が一枚だけ。

“のろまな亀さんは、間に合わない。5歩進む”

……完全に、弄んでいる。自分をゲームの駒にしているつもりか!!
義憤に駆られ、のしのしと飛び石を五歩進む母しぃ。言うまでもなく、やはり箱が。
……しかしどういうわけか、今回の箱は今までよりもやや大きめのものだった。

「……大きい? でも、しぃかの体が入るほどのものじゃない。
 じゃあ、これは………?」
覚悟を決めたように、箱をにらみつけながら箱を開ける母しぃ。しかし……

「…………………………………… !!!」
そんな覚悟や、奮い立った彼女の態度は所詮まやかしでしかなかったわけで。
箱の中身を見た途端、そんなものはどこへやら、途端に雲散霧消した。

……箱の中身は、今度は大きめの枝のようなものが……二つ。
片方はずたずたにえぐられ、赤黒い肉から白い骨が見え隠れして
もう片方は、不自然なほどに青黒く、しかもぶよぶよと柔らかかった。

「あふ……! あふがははは……! ひぃぃぃ………!!」
もはや悲鳴にもならぬような声を出し、母しぃは手にしていた手紙を落とした。
……地面に落ちた衝撃で、写真がまた二枚、中から出てきた………

一枚目は、血まみれの鋸がしぃかの足に当てられているもの。そして二枚目は
しぃかの足が、金槌で散々に打ち据えられているものだった。
勿論言うまでもなく、双方とも責め苦を受けるしぃかの表情は……

「どうしてよォォォ!! しぃかが何をしたって言うの!!?? 何を! 何を!?
 あの子が何の罪を犯したって言うの!? 何でェェェェ!!?」

地面に手をつき、半狂乱に叫びまくる母しぃ。とはいえ、答える者はどこにもいない
そんな母しぃの傍らで、かさかさと音を立てる……手紙。

“さぁさぁ、今宵の主菜の主菜! ちびしぃのもも肉。巷では絶品との評判ですが、
 如何でしたか? 今回はやや量を多めにいたしましたが、食あたりは起こしていませんか?
 何にせよ、あともう少しで終わりです。前を見てずんずん進みましょう。
 次の出目は、6です。あと少しですよ? 頑張りましょぉね?

952 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/14(水) 10:04:45 [ 3FFy03Do ]
「しぃか……しぃかしぃかしぃかしぃか……しぃか……」
母しぃは虚ろな目つきで、ふらふらとさまようように歩を進めた。
とはいえ、まだ発狂したとかそういうわけではなさそうで、きっちり6歩進んでいる。
……もう言うまでもないが、そこには箱が……しかし小さなものが置いてあった。

「……………………………」
正直、母しぃは開けたいとは思わなかった。どうせ開けたところで、絶望しか
味わうことが出来ないだろうことは、目に見えていたから………
しかし、全ての指示は……箱の中の手紙に書かれている。しぃかを取り戻すためには
たとえ見たくなくとも、箱を開けなければならない。

この犯人は、単なる愉快犯じゃない。明らかに憎悪が感じて取れる。だが
私たち家族が、一体何を? 主人に敵がいるわけでもない、勿論自分もしぃかも
そんなものがいるはずが……ない。それなのに、どうしてこんな凄まじい
憎悪と悪意の標的にならなければ、ならないのか……?

そんなことを考えながら、箱を開けた母しぃだったが………
「…………………………………………………………」
もはや泣きすぎて、悲しすぎて泣けないとはこのことなのだろう。
小箱に入っていた、しぃか本体を除けば最後の代物………

赤黒く染まった、2つのエメラルドグリーンの玉に、三角形のなにか……
説明する必要など、皆無。……しぃかの両目と、ちぎられていなかった方の、耳……
写真にあったのは、既に両手両足がなくなったしぃかの目に、スプーンが深々と
突き刺さっているものが、一枚。……耳にピアノ線か、極細のワイヤーのような
ものが巻き付けられ、朧状、霧状に血が吹き出しているものが、一枚……
写真の中のしぃかは、文字通りに血の涙を噴き出して泣き叫んでいた……。

耳、歯、両手、両足、両目………、たしかに上手くやれば、命に別状はないかも
しれないが、それをあんな小さな子供に、こんなに執拗に………
何故だ!? 何故何故何故何故何故、何故!? これほどのことをするからには
相当の恨みがあるのだろうが、何故!? 思い当たる節など無い。どれだけ
記憶を呼び覚ましても、一向に思い当たらない!! 何故だ!?

“さぁて、デザートはお楽しみいただけましたでしょうか。格別のお味だったと
 思われますが、如何でしたでしょうか? ……では最後に、おみやげをご用意
 致しております。 ……これを以て、ゴールまでのワープとします。
 この『森林浴ロード』、奥まで進むと、管理小屋があります。そこに来てください
 お待ちしております”

953 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/14(水) 10:05:06 [ 3FFy03Do ]
「警視、しぃかちゃんは……その……」
「馬鹿野郎。それ以上は決して言うな」
「は………」

「しぃか……しぃぃ……かぁぁ………」
もはや、前が見えているのか? ……それすらも定かでなかった。
母しぃはまるで千鳥足のように、よろよろと歩いていた。

……もはや、楽しかった日常は戻ってこない。……娘の体は、文字通りに
ばらばらにされてしまい、それは……回復不可能なのだ。
もはやそれでは死んだも同然といえるだろうが、しかしそれでもしぃかが
生きていればいい。どんな形になろうとも、娘は娘だから……

そう自分に告げる母性に従い、何とか母しぃは指定の場所…管理小屋にたどり着いた。

「……ここに、しぃかが………」
母しぃが入口にふらふら近づくと、茂羅警視はその後ろで
「おい。裏口及び周囲を固めろ。……絶対に逃がすな」
「はい。時に周囲の検問は、どうしますか?」
「一応既に、待機命令は出してある。だが、ここで抑えるぞ……
 奥さん、入ってください……」
「はい………」

……今までの惨状から鑑みるに、この中でどんなものが、待ち受けているか……
もしかしたら、この中で既に……しぃかは………

しかし母しぃは、首をぶんぶんと横に振る。
悪い方に考え出したら、どんどん深みにはまってしまう。そうだ。そんなことばかり
考えてちゃいけない。……あの子だって、懸命に生きているんだ。絶望的な状況下
だけど、生きているんだ。だから………

母しぃは意を決したように、ドアノブに手をかける。

神様!!

錆び付いたいやな音を立て、扉がゆっくりと開かれた……。

954 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/14(水) 10:05:22 [ 3FFy03Do ]
…………………………………………………
…………………………………………………
「あれ……?」

扉を開けて、しばらく。母しぃは呆気にとられたような顔をしていた。
……鉄臭い、血の臭いもなければ、そもそも誰かがいる気配もない。
懐中電灯で辺りを照らしてみるも、色あせたコンクリートの壁がうつるだけで
他には何も、見えない……。
「……………、これは……?」
すると辺りをきょろきょろしていた母しぃの目に、机が目に入った。
いや、正確に言えば机ではなく、その上に乗っていた、手紙。
……誰が置いたかは言うまでもないだろうが、それにしても、何故……?

おそるおそる手紙を開けてみると、そこで母しぃの疑問はますます大きくなった。

“ふりだしにもどる”

「……奥さん……」
しばらくすると、茂羅警視が神妙な面持ちで中に入ってきた。
「あ、あの、……これは、どういうことでしょうか……?」
茂羅警視に先の手紙を差し出すと、彼はその手紙を見て、首を横に振った。
「……家に、戻りましょう。さ、早く……」
「え? ど、どういうことなんですか……?」
「……………………………………」
母しぃの言葉に、茂羅警視は何も応えなかった……

955 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/14(水) 10:05:39 [ 3FFy03Do ]
数分後

……母しぃは、自分の心臓が高鳴るのを感じた。
さっきから険しい表情で、何も答えようとしない茂羅警視。そして
誘拐犯がいるかもしれない、あの管理小屋を放ってのとんぼ返り……

まさか……まさか……!?

そして、その不安は………

「……一応、現場には手をつけるなと言ってありますので……。
 奥さん、辛いでしょうが、確認をお願いします………」
そういって茂羅警視は、二階への階段を指さした。

もう、何が起こっているのか……問いただすまでもなかった。
二階へ走り、真っ先にしぃかの部屋の扉を開けた……………


きゃあああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!

つい数日前までは、何ともない、真っ白に綺麗だった部屋が
それが今や、部屋の中は真っ赤に染まっていた。
天井、床、家具。全てが全て、赤黒く染められており、しかも壁には
先のランドセルのそれを大きくしたように、ある文字が残されていた

 G O A L

956 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/14(水) 10:06:28 [ 3FFy03Do ]

あ、ああ、ああああああ………ああ………!!

そしてしぃかの机とベッドの上には、やはり……
この部屋をこうしたであろうものが、乗っていた。

机の上に乗っていた“モノ”は、やはり歯を抜かれ、目をくりぬかれ
耳を両方とも、もぎ取られた………
かたやベッドの上に乗っていた“モノ”は、両手、両足、それと
おまけのように、尻尾をちぎり取られた……

ベッドの方はともかく、机の上のモノは
血の涙を溢れさせ、その最期が如何なるものかをそのまま物語った
苦痛に満ちた表情をして、しかも口の中には『手紙』を押し込まれて
無造作に置かれていた……

しかも惨劇は、それには終わらない。
思わず後ずさった母しぃが、窓枠に手を触れると………
「!?」
突然感じた、ぬるりとした感触。何かと思って、窓から顔を出すと

…………………………………………………………

母しぃは、意識が遠のいていくのを……感じた。
窓の外にも、同じ光景が広がっていた。

彼女の夫もまた八つ裂きになって、窓の下の屋根に…広がっていた。

……突如吹き込んできた風が、しぃかの生首の口に押し込められていた
手紙を飛ばし、かさかさと音を立てた。

“どうも。誘拐ゲームはこれにて終了です。お付き合いご苦労様でした。
 さて、誘拐というモノは、代価と引き替えにお預かりしたモノをお返し
 するというもの……。今回、“しぃかちゃんの命”と引き替えに、
“しぃかちゃん”をお返ししました。お受け取り下さい。一千万円について
 ですが、せいぜいそのお金を使って、壮大な葬式でも挙げてやってください。
 それがしぃかちゃんの何よりの供養になるでしょうから、よろしくお願いします。

ふふ、ふふふ……あはは……

母しぃが不意に、笑い出した。発狂したか? ……いや、そうではなさそうだ。

この犯人は、何とおぞましい奴だ!! 私から夫を奪っただけじゃない、しぃかに
阿鼻の苦痛を与えただけじゃない! そしてその果てに、しぃかを私から奪った
だけじゃない!! しぃかの思い出も、ことごとくを破壊した!!
しぃかが笑って自分に見せてくれた、絵……。しぃかが誇らしげに、嬉しそうに
自分に見せた、表彰状……。それが全部、真っ赤な血で塗りつぶされた!!
娘との素晴らしい、楽しかった思い出が、全ておぞましい犯罪者の手で潰された!!
私が何をした!? しぃかが何をした!? 夫が何をした!?

ふふふふふふふふふふふふふふははははははははははははははははは
あははははははははははははははははははははははははははははぁぁ!!!!
.

957 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/14(水) 10:06:55 [ 3FFy03Do ]
……………………………………………
数日後

「さぁて、今日は大丈夫ですかな、ゴルァ?」
「え、あ、は、はい………」
あの事件から、数日。やはり事件のショックで倒れた母しぃは、入院。
……今は病院で、医師のギコの診療を受けているところだ。

「まぁ、心中はお察ししますよ。私ゃ独り身なんで、想像は出来ませんが……」
「あの、先生……?」
「ん? どうしました……?」
「あの、たとえば私みたいな、……家族を皆殺しにされた患者ってのは
 よくいるんですか……?」
「……まぁ、一括りには出来ねぇんですが、結構いらっしゃいますわな」
「……そういう患者の方たちは、どうしていらっしゃるんで……?」
「ど、どうといわれても………」
「……ねぇ、先生? 私、ここにあった本を読んだんですけど
 ……宗教って、どうなんでしょうか……?」
「あ、ああ。確かにそういう方々に、入信される方は多いんですが……」
「……先生。 ……私、新しく宗教団体を立ち上げてみようと思うんですよ」
「は、はぁ? いきなりどうしたんですか!?」
「……どうも、既存の宗教にぴんと来るモノがなくて。……それならいっそ
 自分で立ち上げてしまおう、って……。 ……先生、お願いというか
 そういった方に、つてはありませんか……?」
「え、あ……。そりゃあ、ありますが……、本気ですか?」
「勿論。……じゃなきゃこんなこと、言い出しませんよ。」
「……どうやら、本気みたいですね。分かりました。ご用意しましょう。
 実はちょうど知り合いに、宗教法人の経営から人心掌握まで、全てを
 こなす連中がいましてね。……まぁ、私もその一人なんですが……
 そいつらに連絡を取ってみますわ。」
「まぁ。渡りに船ですね。ちなみにその方たちは、どういった……?」
「あ、ああ。そうですね。簡単に説明しておきましょうか。さっき述べた連中は
 宗教家アドバイザーみたいなモノで、宗教なら何から何までこなしてくれる
 連中なんですわ。では、そいつらに話をつけてきますわ……?」
「是非とも」
「じゃあ………」

958 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/14(水) 10:07:31 [ 3FFy03Do ]

ふふ、ふふふ。何と言うことだ! こんなにも早く、見つかるとは!
こういった連中ならば、そういったつてがあってもおかしくはないと思っていたが
まさかこんなにも早く、見つかるとは………

犯人が、誰かは知らない。それは個人で見つけるのは、不可能に近いだろう……。
警察の力など、期待できない。ならばどうするか?
……簡単な話、集団を作ればいいのだ。では、集団をまとめるのに効率がいいのは?
宗教だ! これほど皆が団結するものなど、ない!!

見ていろ、私の全てを奪った、卑劣な誘拐犯が!! いまに巨大な集団を作り上げ
貴様が世界のどこにいようとも、必ず見つけ出し、この手で……

…………………………………
そして、また数日後。
母しぃの前には、AAがギコを含めて五人並んでいた。
「それじゃあまず、自己紹介と行きますかね。……まず、モナー。
 宗教団体の経営やお布施の管理等、金銭面についての専門家ですわ」
「どーも! よろしくモナ!」
「次に、隣のニダー。……本業は遺伝子分野なんですが、心理学も心得があるんで
 ……信者の引きつけ方、人心掌握の専門家です」
「アイゴー!」
「そして、そこの二人が流石兄弟。……お兄さんの方が物理学が専門ですんで
 これまた信者を引きつける“超常現象”……これの扱い方などをお教えする方ですわ。
 まぁ、宗教と物理って言ってもいまいちぴんと来ないでしょうが、大丈夫ですよ
 そして弟さんも物理学が専門なんですが、宗教にも深い造詣がありますのでね。
 まぁ、これが根幹になるのですかね。宗教の仕組みをお教えしますわ」
「初めましてというべきかな」
「そもそも以前にいつ出会った? 兄者」
「そして最後に、俺……ギコですわ。俺が担当するのは、主に薬ですな。
 ……ご存じかどうかは知りませんが、宗教と麻薬は密接な絡みがありましてね
 麻薬を酒や食事に混ぜると、信者の信仰の度合いが劇的に違ってくるんですわ。
 勿論、その他にも適切な薬物は色々ありますんでね。…それらを教えていきます」

「……皆さん、頼もしいですわね」
「はっはっは! あ、ああ、あと一つ。これは言っておかないといけないので言いますが
 我らの“仕込み”が終わりましたら、『俺たちが教えた』という記憶を、催眠術で
 消したいんですわ。…あくまでも『俺たちに教えられた』ではなく、『自分で
 立ち上げた』ことにしておいた方が、なにかと今後も都合がよろしいですからね。
 勿論それ以外の記憶はいじりませんので、ご安心を………」

「……そうですか。それは勿論問題ありませんよ。
 それで、いつから“仕込み”を始めてもらえるんですか?」
「それは、今からでも……。なかなか熱心な方だ。ははは………」

そして、それからしばらくしてのこと。
しぃ族の中で、新興勢力が誕生。それはあっという間にほぼ全てのしぃ族の心を引きつけ
もはや文字通りに一枚岩といってもいいくらいに、強固にがっちりと組み上げた。
それを率いているのは、勿論あのかつての母しぃ。ただし現在は、組織を動かす者として
改名、“シスターしぃ”を名乗り、暴れ回っていた………。

959 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/14(水) 23:29:45 [ 3FFy03Do ]
重要なの入れ忘れてました。スミマセン……

「警視…………」
「………、くそ………」
警察署内の、とある部屋。二人の男が険しい顔をして机に座っていた。
「……犯人の狙いは、一千万円なんかじゃなかったんですね。あれは……」
「俺たち警察の目をそらすための罠だったということだ。……事実、あの身代金
 受け渡しの時、家には捜査員が二人しかいなかった。家を狙いとしていれば
 まさしくこの状況は、ザルだわな。くそ……」
「でも、犯人の目星は……」
「まぁな。名前は……確か喪螺虎とか言ったか。あの手紙の筆跡やその他から
 九割九分、こいつの仕業だとは分かっているんだが………」
「でも、逮捕できないんですよね………」
「……でぃ湾国は、永世中立国。どこの国とも政治上の国交はない。つまり
 警察の国交も、……犯罪人引き渡し協定もないわけだ。くそったれ! てっきり
 国内に残って、でぃ湾国を経由しているかと思っていたら、その実とっくに
 でぃ湾国に逃げ込んでやがった! ……金が目当てじゃない、殺戮を楽しむだけ
 なら、一番合理的な方法だ……。でぃ湾国で何かやらん限りは、俺たちモナ本の
 警察は、何も手出しができんわけだからな……!!」
「……あの喪螺虎が送ってきたDVDにも、細工の跡が見られましたし
 またしぃかちゃんも、喪螺虎が最初の電話を送ってきたときに既に死んでいた
 という鑑識結果もありますからね。……最初の電話をして、俺たち警察が
 しぃかちゃん宅に駆けつけた頃に、一方でしぃかちゃんを殺した……確かに
 理に適っているんですが……そうなると一つ、問題が」
「ああ。誰があの「G O A L」 ……血まみれの部屋を作ったか、だろ……?
 その喪螺虎が出国したのが、事件の初日……それ以来帰国していない。つまり奴には
 あの部屋を作ることは、不可能だったわけだが……。ふん、どうせ共犯者でもいたんだろ」
「……いえ。ただ共犯者がいたというだけでは、不自然な点が多すぎます。まず
 警視もご覧になったとは思いますが、しぃかちゃんの部屋は、事件の……ちょうど
 モナギコパークに出る直前まではそのままだったと、そのしぃかちゃんの部屋にいた
 奥さんを呼んだ捜査員が、証言しています。そして我々が出て行ったあとも、二階の
 しぃかちゃんの部屋に通じる階段がある唯一の場所、居間には、捜査員が二人
 待機していました。……ですから、これは……」
「……いや、たしかあの部屋には窓があったろ。そこから………」
「いえ。その窓なんですが……、窓枠が錆び付いていて、とても開く代物ではなく
 事実検証してみたところ、大人ではせいぜい頭が通る程度。子供の体格でも
 抜けるのはかなり難しい……とのことです」
「……それでも抜けようと思ったら、ガラスでもぶち破らにゃならんが……」
「その形跡は、一切無し。他の部屋を経由してしぃかちゃんの部屋に、とも
 考えましたが、しぃかちゃんの部屋の入口は、居間から丸見えなのです。
 ですから誰かがそれで侵入すれば、絶対に分かるはずなんですが……」
「入口は捜査員の目が。そして二階の窓からも侵入は不可能……。つまり……」
「……あの部屋は、密室状態だったってことになりますね」

960 名前:cmeptb ◆KSdlFS2kHA 投稿日:2007/02/14(水) 23:31:11 [ 3FFy03Do ]

「そんな中に、喪螺虎の共犯者……仮に謎かけの象徴:スフィンクスとしてみるか
 共犯者のスフィンクスは、悠々と侵入、部屋をあんなにしてまんまと逃走したわけだが
 ……何者だ、こいつぁ? まさか幽霊が共犯者だってのか?」
「そんなはずが! 事実奴は、AAを一人殺してるんですよ!」
「ああ。しぃかちゃんの父親だったな。……そもそも何で彼は、あの部屋に入ったんだ?」
「いえ、それが…… 家に待機していた捜査員たちの話によると、あの時彼は
“しぃかの部屋から音がした。帰ってきたかもしれない”と言い出しまして……
 でもまだ取引が終わったという連絡も入ってなかったし、まさか二階からしぃかちゃんが
 帰ってくるはずもない。加えて彼も相当憔悴しきっていましたから、疲れによるものだろう
 から、好きにさせておこう、と……」
「……とすると、旦那はスフィンクスに出くわした可能性があるわけだな。……だから
 口封じのために殺された。鑑識が部屋から彼の血液も検出してるし、それに彼はまず
 喉を切り裂かれてた。……声を出せないようにするためのものだろうから、合点はいくが
 ……となると、何か残していないのか? メッセジみたいなものは」
「……それと呼べそうなものが、一つ。……彼の胴体部分の、中央。ちょうどへそですか
 そこに大きく、切り傷がバッテン状に着いていました。……最初は“スフィンクス”の
 仕業かと思ったんですが、彼の爪から肉片が検出されたので、彼自身が傷つけたものだと」
「……わけがわからんな。犯人は腹に手術痕でもあるってのか? なんだってそんな
 ダイイング、メッセジを……。他に何か、変わったところは?」
「……周辺の聞き込みで、変な報告が。……あの夜、ちょうどしぃかちゃんの父親の
 死亡推定時刻の頃ですが、『巨大な、柴犬ほどもあるなめくじのようなものを見た』と…」
「………、何、それ……?」
「……こちらが聞きたいくらいなんですが、しかしこれ、一人だけじゃないんです。
 別々の場所にいた、数人が目撃していますので……まんざらガセとは言いにくいです。」
「……とすると、何か意味があるんだろうな。……ふ~む。犠牲者の腹の傷と、馬鹿でかい
 なめくじ、か……。……何か関連性はあるのかね……」
「それは、まだ何とも………」
「……まぁいい。喪螺虎をお縄に出来れば一番なんだが、その可能性は極めて薄い。だが
 こっちならどうにかなるかもしれんだろ。……捜査開始といこうじゃねぇか」
「はい!」

二人の捜査官は、力強く立ち上がった。……その熱意が
実を結ぶかどうかは、別として………