食べる物

Last-modified: 2019-12-21 (土) 22:51:24
149 名前: ナヒャ(yWVxXezQ) 投稿日: 2003/04/06(日) 19:13 [ UcdmSQOA ]
宙を舞うホコリが、ちびギコの鼻孔に入り込む。
苦しそうにせき込む。ノドの奥が、せき込むたびに、ズキズキと痛む。
水分の少ない、乾いた口膣内。ここ数日、ちびギコは、一滴の水も飲んでいなかった。
遊び半分で忍び込んだ廃屋。ドアノブが壊れた部屋に、うっかり入り込んでしまったのだ。
木製の分厚いドア。クックルや8頭身が、本気を出せば壊せるだろう。
が、彼はちびギコだ。そんな力など、あるわけがない。
ちびギコは、虚ろな目で部屋を見回した。
「何か、食べる物はないんデチか?」
ちびギコのポシェットに入っていたチョコレートは、とっくに食べ尽くされていた。
ふと、開け放たれた窓から蝶が入ってきた。窓はあるが、ここは三階、脱出は出来ないが。
黄色の紋白蝶は、少女のリボンのようにヒラヒラと舞っている。
ちびギコの目に、鋭い光が凝縮された。手がサッと伸びる。もがく蝶が、ちびギコの手にシッカリと握られていた。
口に入れてみる。リンプンが口膣にまとわりつく、小刻みに動いている羽が口蓋に当たる。
触覚、羽、脚、胴、腹。あらゆる蝶の体のパーツが、ちびギコの口を刺激する。
蝶の腹に、ちびギコは前歯を当てた。
力を入れると、甘酸っぱい汁がジワリと滲み出た。酸っぱい臭いが鼻を突く。
パサパサした蝶を飲み下す。
こんな物で、ちびギコの空腹は満たされない。乾きは、余計に増すばかり。
「食べたい、何か。食べ物、どこにありマチか? お腹が減って、気持ち悪いデチ」
餓鬼のような動きで、部屋中を荒らすように探し回る。
その時だった。話し声が聞こえる。誰か居るのだ。助け出してもらえる。
「助けてぇぇっ。ここから出してデチぃ。お腹空いたデチ、何か、何か食べる物ぉぉぉぉおおおっ」
ちびギコは、カラカラのノドから血が滲まんばかりの大声で叫んだ。
この声を聞きつけたのは、ちびギコと同じように、廃屋に遊びに来たぃょぅだった。
ぃょぅは走り出した。
ただし、ちびギコのいる方とは反対方向に。
「怖ぃょぅ!! オバケの声がするょぅ!!」
ぃょぅは、廃屋から脱兎の勢いで逃げ出した。
「何でっ、何で助けてくれないんデチかぁぁぁぁぁっ」
ちびギコの絶叫は、時から忘れ去られた廃屋に、虚しく響き渡った。
「お水、飲みたいデチ」
ちびギコは、自分の手首を見つめた。
毛が口にはいるのも構わず、痛みが走るのも構わず、ちびギコは手首に歯を立てた。
鋭い痛みと共に、血が噴き出した。水分を欲しているノドに、血を流し込む。
「あぁ、美味しいデチ」
切断された血管から血を吸い出す。大量の血が口に入ってくる。
鉄の臭いと、赤い血は、やがて部屋中に広がった。

数日後。即席のミイラのようになったちびギコが、廃屋と共に死の時間を刻んでいた。

 完