great hunter

Last-modified: 2015-06-23 (火) 00:14:29
103 名前: great hunter(1/12) 投稿日: 2003/11/30(日) 09:51 [ j96vbmEI ]
(関連 >>41-46)

 夜が明けても、モララーは帰ってこなかった。

104 名前: great hunter(2/12) 投稿日: 2003/11/30(日) 09:51 [ j96vbmEI ]
 小さな電子音に呼ばれて、モナーは腕時計を見た。設定が間違って
いたわけもなく、デジタル数字は予定時刻を示している。
 車の中で起き出す気配がし、ギコが出てきた。彼は軽くあたりを
見回して、状況に変化がないことを悟ったようだった。
「じゃ、そろそろコンビニ行くモナ」
 モナーはたき火を水で消して、努めて明るい声を出した。
「でも、コンビニが夜閉まるって、どういうことモナ?」
「田舎逝って良し。……まったく、やる気あんのか?」
 ゴルァ、と彼は種族特有の声で鳴いた。

 モナーは、彼のためにとっておいた食料を袋ごと持ち出した。
ジャムパンとペットボトルが、半透明の袋に透けている。
「何か書いておいたほうが良いモナ」
 筆記用具を持っていないかとたずね、彼自身も車のダッシュボード
をあさる。
「出ないかもしれないペンげとー」
 いつから入っていたのかモナー自身にも分からない、安っぽい
黒ボールペンが出てきた。試し書きする物もないので、彼は指で
触って確認した。
「あ、使えるみたいモナ。ギコは白い紙、持ってないモナ?」
「お前、持ってるだろ」
 心当たりがなかったので、モナーは首を傾げて彼を見る。
「レシート」
 ああ、とモナーはうなずき、財布の中から幅と長さのある物を
選んだ。裏返して、メッセージを走り書きする。

  ┌────────────────┐
  │ コンビニ行く                │
  │    すぐ帰ってくる     モナー     │
  └────────────────┘

 レシートを袋に入れ、軽く口を結んで、そこらに転がっていた
大ぶりの石を重石にする。
「案外、帰ってきたら普通にいたりして」
「かもな」
 モナーの希望的観測に、ギコは笑って同意した。

105 名前: great hunter(3/12) 投稿日: 2003/11/30(日) 09:52 [ j96vbmEI ]
 車で三十分戻った所に、その小さな町はあった。
 町に住むAA達にとってあの廃墟は禁域であり、そこに踏み込む
モナー達に対する印象は、最悪と言ってよかった。
 コンビニに入ると、条件反射の笑顔で「いらっしゃいませ」と
言いかけた店長が、客がモナー達であるのに気付いて顔を歪めた。
販売拒否されるわけでもないので、彼らは大して気にしない。
 当座の食事と、長引いた場合に備えて、傷まない物を数食分
選んだ。
 モナーがカゴをレジに持っていき、店長がバーコードを読みとり機
に通し始めた。時々店外に目を向け、もう一人いるはずのモナーの
仲間を探しているようだった。

 彼が行方不明になっていると教えれば、店長は鬼の首を取ったよう
に勝ち誇るだろう。そして、あそこを壊滅させた怪物とやらが、彼を
襲ったと断定するのだ。

 店長から話しかけてくる事はないと踏んだモナーは、意味ありげに
こちらを見る彼を無視した。
「ギコ? 何か買うモナ?」
 勧められれば口にするものの、自発的に買うことなどなかった彼
が、菓子の棚の前にしゃがんでいる。
「いや。俺、案外食ってるな、って」
 隣にしゃがんだモナーも、棚の商品のかなりのものに見覚えが
あった。
「このへんとか、定番モナ」
 その棚には、缶入りの飴や紙筒に入ったマーブルチョコレートなど、
古風な印象の商品が置いてある。
「これだ……」
 ギコは飴の缶を指さした。
「ハッカしか出てこねぇ」
 モララーが缶を振って一粒くれるとき、ミント系が苦手なギコの
番を狙ったように、かなりの確立でそれが出るのだ。
 モナーは彼の言葉に笑って、棚に手を伸ばした。

106 名前: great hunter(4/12) 投稿日: 2003/11/30(日) 09:52 [ j96vbmEI ]
 店を出たモナーは、買い物袋から飴の缶を出して、封をはがした。
 ギコに差し出す。
「なんだ?」
「ハッカが出たら、モララーと会える」
 過去の実績から考えると、それは分の良い占いだった。
 ギコは神妙な顔で缶を受け取ると、フタを開けて揺すった。

 二人は声に出して笑った。
「もうそれは才能モナ」
「って、要らねぇよ、そんな才能」
 しぶしぶギコは、その飴を口に運ぶ。
 嫌いなはずのその味に、彼はわずかに微笑んだ。

107 名前: great hunter(5/12) 投稿日: 2003/11/30(日) 09:53 [ j96vbmEI ]
 山道を行くのは、モナー達の車だけだった。
 誰も使わなくなった車道は長らく管理されていないようで、土砂
や倒木といった障害物が多かったが、モナーの4WDは悠々と乗り
越えていく。
「結局。あそこで研究してたのって、何だったんだろうな」
 木々の向こうにたたずむ廃墟を眺めて、ギコが沈黙を破った。
「……モナは、やっぱり病原菌だと思うモナ」
 ここに居ない友人は核の研究だと主張し、ギコの持論ではそこは
猛毒の開発施設だった。

 あの町には、政府の研究施設があった。
 研究機材や書類が持ち去られてしまった現在、そこが扱っていた
内容は分からない。ただ、何か事故があり、結果ほとんどの町民が
死んだらしかった。
 山道を下ったふもとの町では、それは研究所から逃げ出した怪物
の仕業になっていた。その怪物は八頭身AAよりも巨大で、しかも、
被害者すらその姿を見ることは出来ないのだ。
 ……誰も見ていないのなら、それが「八頭身AAよりも巨大」
なんて分かるはずがない。馬鹿馬鹿しいと、モナーは思う。

 モナー達が出した結論は、そこで研究されていた非人道的な兵器が
流出し、一般市民に被害が出たというものだった。
 政府は公に出来ない事実を隠し、調査結果も発表せずにその町を
封鎖したのだ。そして、付近の住民を遠ざけるために、架空の怪物の
噂を流した。
 流出したのが病原菌でも核でも毒でも、時間はそれを浄化する。
そして、架空の怪物が守る廃墟は、被虐者達の楽園になったのだ。

108 名前: great hunter(6/12) 投稿日: 2003/11/30(日) 09:53 [ j96vbmEI ]
 モララーは帰っていなかった。
 彼のための食料が触られた様子もなく、被虐者すら来てはいない
ようだ。
 ギコがトランシーバーのスイッチを入れて話しかける。やっぱり
返事はなかった。
「……ゴルァ」
 彼は小さく毒づいた。

 二人は静かに朝食を終えた。
 モララーが帰ってきた時のための食料を、ビスケット状の栄養補助
食品とミネラル水に差し替える。
「じゃあ、なるべく通信は切らない、ってことでいくモナ」
「おう。何かあったら連絡しろよ」
 二人は手分けしてモララーを探すことにした。
 モナーは川のこちら側の担当で、ギコは川のむこう側の担当だ。
「モララーがゴミに捕まってる可能性も考えとけよ」
 ないとは思うが、とギコは続ける。
 長短二本の刀をさした彼は、モナーに比べると随分軽装だった。
「モララーが?」
 あり得ない、というニュアンスを含ませてモナーは応えた。
「一応、念のため、だゴルァ」
 自動小銃のスライドを引いているモナーに、ギコは憮然とした様子
で言い捨てた。
「分かったモナ」
 準備の済んだモナーは、予備の銃や弾薬が入った袋を背負った。
体力のない被虐者なら、すぐに疲れてしまうだろう重さだ。
「でも、きっとどこかで動けなくなってるだけモナ」
 トランシーバーが壊れるかなにかして、連絡できないでいるのだ。
モナーはそう考えた。

109 名前: great hunter(7/12) 投稿日: 2003/11/30(日) 09:54 [ j96vbmEI ]
 しばらくぶりに来た住宅地は、初めて見た時と同じように荒れて
いた。
「……そうだ、学校に行ってみるモナ」
 以前そこは、丸耳AA達のたまり場になっていた。
 日当たりの良い広い校庭は畑を作るのに適していたし、雨水が
溜まったプールは、水源としても魚の養殖場としても使える。教室
は、さすがに大きすぎて使いにくいようだったが、周囲には適当な
大きさの民家が立ち並んでいた。
 町を見つけた当時は、三週連続でそこを狩り場に選んだ。結果、
純粋な個体数の減少と、毎週末やってくる彼らに怯えた生き残りの
離散とで、そこは完全な無人になってしまったのだ。
 だが、条件自体は良いのだから、もしかしたら丸耳のいくらかが
戻っているかもしれない。
 モララーもそう考えたかもしれないと、モナーは思った。

 小学校の敷地に入ったモナーは、大きく友人の名前を呼んだ。
 驚いた雀が飛んで逃げた。
 モララーの返事はなかったが、モナーは中を見て回る事にした。
あり得ないとは思ったが、ギコが言うように、モララーが被虐者に
捕まっている可能性もゼロではない。
 グラウンドに作られた畑では、収穫期を過ぎた野菜達が花や種を
つけている。丸耳達が戻っている可能性は低いように感じられた。
(でも、モララーなら何か見つけたかもしれないモナ)
 モララーは被虐者を見つけるのが上手かった。
 ギコが殺気に敏感なように、彼は怯える者や逃げようとする者の
気配を感じ取れるのだ。
 三人の中ではモナーは鈍い方だった。
 だから、いとも容易く被虐者を見つけだす彼らは、まるで魔法使い
のように見えた。

110 名前: great hunter(8/12) 投稿日: 2003/11/30(日) 09:54 [ j96vbmEI ]
 モナーが畑の脇を過ぎたころ、ギコから連絡が入った。
『そっちはどうだ?』
「まだ見つからないモナ」
 モナーが学校にいると言うと、彼はすぐに分かったようだった。
『こっちは角耳を見つけた。確認したのはしぃとレコとチビギコ』
「すごいモナ!」
 モララーの姿はないが、被虐者達は何か知っているかもしれないと、
ギコが言う。
『状況次第で瞬殺するから、そんときは諦めてくれ』
「むしろ、今は虐待する元気なんてないモナ」
 モナーが言うと、彼もそうだと苦笑した。
『これからゴミの家、入るから。こっちはいったん切るぞ』
 被虐者達を押さえたらあらためて繋ぐ、とギコが言った後、電源の
切れる雑音がした。
「……さて、モナも頑張るモナ」
 そこはもちろんモナーの母校ではなかったが、静かな校舎は彼に
郷愁を感じさせた。

 学校という場所は、基本的に親切にできている。
 職員室、多目的室、表示なし、保健室、階段を挟んで、図工室。
モナーは引き戸の上のプレートを確認しながら、一つ一つ部屋の中を
見ていった。
 丸耳達の生活用具として持ち出されたのか、各種備品が減っている
ようだった。特にカーテンは一枚も残っておらず、布地として利用
されたのだろうと、モナーは考えた。
 二階は五年生の教室、三階は六年生の教室になっていた。
「後は……」
 モナーは屋上に続く階段を見た。
 高い場所から周囲を確認しておくのも良いかもしれない。
 鍵のかかっていないドアを開けて、彼は屋上に出た。

 ぽつんと、大きなオリが置いてあった。

111 名前: great hunter(9/12) 投稿日: 2003/11/30(日) 09:55 [ j96vbmEI ]
 オリの中で、彼は布を被って座っていた。
「モララー……?」
 声に反応して、それはこちらを向く。
(……じゃない)
 モナーはがっかりした。
 彼の顔はチビギコ族のそれだった。振り向いた拍子にずれた布の
隙間から、丸い耳がのぞく。
 モナーはオリの前に回り込んだ。オリの中の彼は、無表情に
モナーの動きを目で追った。
「聞きたいことがあるモナ」
 彼は侵入者を見上げたまま沈黙している。
「昨日、ここに誰か来なかった?」
 不審者の問いには答えたくないとか、知っているけど隠そうと
しているとか、そういう反抗的な意志は感じられなかった。彼は
ひどく無気力で、モナーの言葉が通じていないような感触すらある。
「……君、ここで何してるモナ?」
 モナーは困惑して問いかけた。
 どう見ても、彼は誰かに閉じこめられている。
 モナーは、初めてこの町に来た時の事を思い出した。

 道を間違えたモナーは、地図にもないこの廃墟にたどりついた。
 彼はどちらかと言えば穏健派の加虐者で、わざわざ被虐者の群を
探しにいくような性格ではなかった。もちろん、自分の町で被虐者を
見つければ迷わず殺すのだが、その時は、友人に教えれば喜ぶだろう
と思っただけだった。
 しかし、町を離れようとしたとき、彼はそれを見つけてしまう。
 被虐者達は、事故死したという丸耳チビギコの遺体を運んでいた。
それは埋葬するためにではなく、食うために、だった。仲間の死体を
食らうという、あまりにおぞましい行為をモナーは止めた。だが、
死ねば肉に過ぎないとの答えが返ってくる。その言葉は、哀れな
チビギコの母親が言ったのだ。
 モナーは銃を取った。
 発砲と同時に崩れ落ちる彼女を置いて、被虐者達は逃げ出した。

112 名前: great hunter(10/12) 投稿日: 2003/11/30(日) 09:55 [ j96vbmEI ]
 オリの中の彼は、モナーが丁重に埋めてやった子供に似ていた。
 彼がオリの中にいる理由の、一番あってほしくない物を、モナーは
思いついてしまう。
 コミュニケーションが取れない異分子を、彼らは食うために育てた
のではないか、と。
「……お腹空いてないモナ?」
 モナーは彼に微笑みかけ、荷物を下ろした。栄養補助食品の黄色い
箱を取りだす。
 義憤は憐憫を強くした。
 箱を開け、個包装も破いて、オリの隙間から差し入れる。
「これ、チョコ味で結構美味しいモナ」
 毒など入っていないと教えるために、モナーは欠片を口に入れた。
 彼はしばらくモナーを見ていたが、ゆっくりと視線を下げた。自分
の前に置かれたビスケットを手に取り、のろのろと口に運ぶ。
 もはやモナーには、彼を虐待する気はなかった。

 モナーはオリの戸を調べた。そこには大ぶりの南京錠がはまって
いる。
「鍵のある場所、知らないモナ?」
 声をかけると、彼は食べるのを止めて顔を上げた。大きく綺麗な
黒い目が、無心にモナーを見つめる。
「あ、大丈夫、モナが探すから、君は食べてると良いモナ」
 モナーは周囲を見回して、積み上げられた木箱の方に向かった。
ガラクタがごちゃごちゃに詰まっていて、一緒に入っていたとしても
小さな鍵を見つけるのは難しそうだった。
「空き缶なんて、何に使うモナ……」
 白桃のイラストが印刷されたそれを、溜息をついて箱に戻す。
 モナーはオリの前に戻って銃を抜いた。
「ちょっとうるさいけど、我慢してほしいモナ」
 銃声が南京錠を撃ち抜いた。
 ビスケットを取り落として、彼は固まった。
「……ごめんモナ」
 ひどく怯えているように感じられて、モナーは彼に謝った。

113 名前: great hunter(11/12) 投稿日: 2003/11/30(日) 09:56 [ j96vbmEI ]
 トランシーバーからギコの声がした。
 モナーはオリの戸を開けて、トランシーバーを拾いに戻った。
 銃声がギコのところまで届いて、心配してくれたらしい。
「こっちは大丈夫モナ。ギコの方は?」
 彼の方も問題はなく、これから人質にとった被虐者とモララーと
を交換しに行くとの事だった。
「見つかって良かったモナ……。そっち、行った方がいいモナ?」
 ギコは、どちらでもいいと答えた。
 モナーはちらりとオリに目をやった。
 彼は、恐る恐るそこから出ようとしている。
「えっと……ちょっと、連れて帰りたい子がいるモナ」
 不審そうな声を上げ、ギコはそれが被虐者でない事を確認した。
「あー……」
 言葉を濁すのは、肯定と変わらない。
 モナーの行動が理解できないと言いたげなギコに、必死に説得の
言葉を続ける。
「でも、とっても大人しい子モナ。それに、すごく可哀想な……」
 ギコは黙って聞いていたが、溜息をついて許容した。
 モナーが感謝を伝えようとした時、その背に何かがのしかかった。

 瞬間、オリから出た彼がおぶさったのかと、モナーは考える。
 けれど、それにしては背中にかかる力は大きく、直立するモナー
の頭よりも上に重心があるようだった。

 次の瞬間、頭部から背中にかけて発生した感覚を、熱だと思う。
 けれどすぐに、彼はそれが痛みである事に気付いた。
 体毛が、皮膚が、皮下組織が、音もなく酸に溶かされていく。

 悪寒に息を吸い込むように、モナーは声を上げた。
 反射的に銃を引き抜き、自分の背後に引き金を引いた。

114 名前: great hunter(12/12) 投稿日: 2003/11/30(日) 09:57 [ j96vbmEI ]
 彼は屋上にへたりこんだ。
 痛みが混乱を呼び、体は小刻みに震えている。
 やがて、先ほどモナーが取り落としたトランシーバーが、彼の
名前を呼んだ事に気付く。
 急速に現実に引き戻されて、彼は小さく返事をした。